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福島地方裁判所郡山支部 平成9年(ワ)93号 判決 2001年4月12日

主文

1  被告株式会社朝日組及び同丙川三郎は、原告に対し、連帯して金1481万0959円及びこれに対する平成9年3月8日から支払済みまで年18.25%の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告に生じた費用の2分の1と被告株式会社朝日組、同丙川三郎に生じた費用を同被告らの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告甲野一郎、同乙山二郎に生じた費用を原告の負担とする。

4  この判決は、主文1項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求の趣旨

被告らは、原告に対し、連帯して金1481万0959円及びこれに対する平成9年3月8日から支払済みまで年18.25%の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告が、被告丙川三郎(以下「被告丙川」という)、同甲野一郎(以下「被告甲野」という)及び同乙山二郎(以下「被告乙山」という)の連帯保証の下、被告株式会社朝日組(以下「被告朝日組」という)に対して貸し付けた金員の支払いを求めたのに対し、被告甲野及び同乙山が、上記連帯保証契約は、原告補助参加人株式会社ユアテック(以下「補助参加人」という)が被告朝日組に対して発行した架空の工事契約書を信用して締結したものであるから錯誤により無効であるなどと主張し、その効力を争った事案である。

1  争いがない事実及び証拠と弁論の全趣旨により認められる事実

(1)  原告は、平成4年12月28日、被告朝日組との間において、以下の内容の信用組合取引契約を締結した。(甲1の1・2、被告朝日組及び同丙川は適式の呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないので、同被告らは争うことを明らかにしないものとして自白したとみなされる事実(以下、被告朝日組及び同丙川に関して「擬制自白事実」という))

ア 被告朝日組が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、当然に期限の利益を失う。

イ 期限の到来又は期限の利益喪失等によって原告に対する債務を弁済しなければならない場合は、同債務と被告朝日組の原告に対する預金その他の債権とをいつでも対当額で相殺できる。その場合には、原告は、事前の通知及び相殺通知等の諸手続を省略し、被告朝日組に代わって上記債権等を受領し、債務の弁済に充当することが出来る。

ウ 遅延損害金は、年18.25%の割合(年365日の日割計算)とする。

(2)ア  補助参加人は、昭和19年に設立された電気・通信・土木及び建築工事等を目的とした東京証券取引所一部上場の株式会社であり、その資本の額は51億6890万円である。(擬制自白事実、乙16、弁論の全趣旨)

イ  補助参加人は、平成7年ころ、福島競馬場スタンド改築工事を請け負い、施工していたところ、平成8年2月頃、被告丙川から、被告朝日組が下請けとして3億円程度の規模の外注工事を受注したいとの申し込みを受けたが、適当な工事がなかったことから、その申し入れには応じられない旨回答した。しかし、補助参加人は、同年3月頃、被告丙川から、被告朝日組の受注・完成工事高の実績を確保するため、上記工事についていわゆる架空の工事契約書を作成することに協力して欲しいと依頼され、被告朝日組からは営業情報の提供等の協力を得ていたという過去の経緯もあったことから、契約の事実がないにも関わらず、発注者を補助参加人、請負人を被告朝日組とする平成8年4月1日付福島競馬場スタンド改築工事請負契約書(工期:平成8年4月1日~平成9年5月31日、請負代金:1億0300万円)及び同年7月9日付福島競馬場スタンド改築工事請負契約書(工期:平成8年7月10日~平成9年5月31日、請負代金:1億5450万円)を作成し、被告丙川に交付した(以下、上記工事請負契約書を「架空工事契約書」という)。(擬制自白事実、乙2~4、丙1)

(3)ア  被告朝日組は、原告に対して、平成8年7月23日付借入申込書により1500万円の融資を申し込み、同月30日、以下の約定で1500万円を借り受け、被告丙川はその債務を連帯保証した。(争いがない事実、甲2の1~5)

支払期日 平成9年1月31日

利息 年4%(年365日の日割計算)

遅延損害金 年18.25%(年365日の日割計算)

イ  被告甲野は平成8年7月22日付、同乙山は同月29日付各印鑑登録証明書を添え、同月23日ないし29日に前記借入申込書保証人欄に署名し、かつ、前記被告朝日組の1500万円の借入を連帯保証する旨記載された書面の連帯保証人欄に署名押印して前記被告朝日組の原告に対する債務を連帯保証した(以下「本件連帯保証契約」という)。(<証拠略>)

(4)ア  原告と被告朝日組は、平成9年2月17日、前記貸金の返済期日を同年6月30日迄延期する旨の延期証を交わし、被告丙川は、平成9年2月12日付印鑑登録証明書を添付の上、同延期証の連帯保証人欄に署名押印した。(擬制自白事実、甲3の1~3)

イ  被告甲野は平成9年2月13日付、同乙山は同月12日付各印鑑登録証明書を添え、前記延期証の連帯保証人欄に署名押印した。(<証拠略>)

(5)  被告朝日組は、平成9年2月末に手形不渡りを出し、同年3月7日、手形交換所の取引停止処分を受けた。(<証拠略>)

2  当事者の主張

(1)  被告甲野、同乙山の主張

ア 錯誤無効

被告らは、原告担当職員丙山春男(以下「丙山」という)から、架空工事契約書を示され、被告朝日組はこれだけの工事をするから融資金の返済は問題がなく、被告らの保証責任は形式的なものである旨の説明を受けてこれを信じ、本件連帯保証契約を締結したのであって、その動機は表示されているから、同契約の要素には錯誤があり無効である。

イ 保証責任を負わない旨の合意の存在

本件連帯保証契約締結の際、丙山は、上記のとおり説明しており、原告と被告らの間には、被告らが上記保証契約による保証責任を負うことはない旨の合意が存在する。

ウ 信義則違反・権利濫用

本件連帯保証契約締結の際、丙山は、上記のとおり説明しており、補助参加人と被告朝日組間の工事請負契約が架空である以上、原告が被告らに本訴請求をするのは信義則に反し、あるいは権利の濫用である。

エ 連帯保証契約の条件不成就

本件連帯保証契約は、被告朝日組が補助参加人から福島競馬場スタンド改築工事を請け負い、その代金で本件貸金を返済することが停止条件となっていたところ、その条件は成就していないから、連帯保証契約は成立しない。

(2)  原告の主張

ア 丙山が、本件連帯保証契約締結に際し、被告甲野、同乙山らに対して、連帯保証は形式的なもので、同被告らが責任を負うことはない旨の説明をしたことはない。

イ 被告甲野、同乙山らは、前記のとおり、平成9年2月に返済期日を延期した際、本件連帯保証契約に関して何らの異議も申し入れなかった。また、平成9年2月28日に原告朝日組が手形不渡りを出した後の同年3月2日、被告甲野は、原告に対し、自宅以外の土地を売って支払うと申し入れ、被告乙山も、同年4月4日、原告に対して、所有不動産の賃料収入で保証債務を支払いたい旨申し入れた。

ウ 被告甲野、同乙山らは、本件連帯保証契約締結に際し、補助参加人と被告朝日組間の架空工事契約書による有効な工事請負契約の存在を前提とする旨の動機を明示していなかった。

エ 被告甲野は被告朝日組の従業員であり、被告乙山も被告朝日組と親しい関係にありながら、架空工事契約内容を十分調査せず、本件連帯保証契約を締結しており、仮に錯誤が認められるとしても、重大な過失がある。

(3)  補助参加人の主張

前記連帯保証契約締結当時、被告甲野は被告朝日組の被雇用者、被告乙山は被告朝日組の取締役の地位にそれぞれあったものであるから、架空工事契約書が架空工事であることは、当然知っていたはずである。したがって、被告甲野らの錯誤等の主張は失当である。

3  争点

(1)  被告朝日組及び同丙川に対する請求の当否

(2)  被告甲野及び同乙山に対する請求の当否

ア 本件連帯保証契約は、被告らの錯誤により無効であるか否か。

イ 原告と被告らの間には、被告らが保証責任を負わない旨の合意が存したか否か。

ウ 原告が被告らに対して保証責任を求めることが、信義則違反ないし権利の濫用に当たるか否か。

エ 本件連帯保証契約は、被告朝日組が補助参加人から福島競馬場スタンド改築工事を請け負うことが停止条件となっていたか否か。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)について

被告朝日組及び同丙川は、前記のとおり、請求原因事実を自白したものとみなされる。よって、同被告らに対する本訴請求は理由がある。

2  争点(2)アについて

(1)  証拠によれば、以下の事実が認められる。

ア 被告甲野は、被告丙川の亡父の友人であり、平成4年ころから被告朝日組の人夫としてその仕事を手伝っており、本件以前にも、被告朝日組の借入金について、2、3回保証人となったことがあった。また、被告乙山は、被告朝日組の取締役であり、被告甲野と同様、本件以前に被告朝日組の借入金につき、2、3回保証人となったことがあった。(被告甲野、同乙山)

イ 被告朝日組は、前記平成8年7月30日付借入金の外、原告から、信用保証協会の保証付で、支払期日を平成9年2月28日として平成8年8月30日に1500万円を借り入れた。被告甲野及び同乙山は、本件連帯保証を行った際、同時に、この借入金についても連帯保証をした。(甲4の1~8)

ウ 原告は、架空工事契約書の存在に重きを置き、返済は、同契約書による工事請負代金をもってあてるとの被告丙川の言を信じ、被告朝日組に対する本件融資を行った。(<証拠略>)

エ 被告甲野及び同乙山は、過去に保証人となった経緯などから被告丙川から被告朝日組のために保証人になることを依頼され、一旦は了解したものの、本件連帯保証契約書(甲2の2)に署名押印する段になり、なお逡巡するような消極的態度を示したところ、被告丙川から、既に示されていた架空工事契約書の工事内容と請負代金額等を再度指摘され、借受金の支払は、大手企業である補助参加人からの工事請負代金が見込まれる以上、被告朝日組において問題なく行うから心配ない旨の説明を再度受け、また、丙山も、これに同調するような態度を示したことから、契約書に署名押印するに至った。(<証拠略>)

この点、原告は、本件連帯保証契約は、特段の障害もなくスムーズに進められ、被告甲野、同乙山において、その締結に難色を示したことはなく、丙山が、架空工事契約書に関連して、本件連帯保証は形式的なものであり、同被告らが保証責任を負うことはないなどと説明したこともないと主張する。確かに、後記のとおり、被告朝日組が倒産した後、被告甲野らが、田を売るなどして保証債務を履行する意思があると原告に伝えていることからすると、丙山が、保証契約は形式的なもので、保証責任を負うことはないと約束したとまでは認め難い。しかしながら、丙山において証言するところによれば、本件連帯保証契約締結に際し、被告丙川は、被告甲野及び同乙山に対し、補助参加人との工事請負契約の話をしていたというのであるが、同被告らが保証人となることを完全に了解していたとすれば、契約書への署名押印という最後の段になって、改めて請負工事の内容について説明する必要は何ら認められず、これは、同被告らが主張するように、一度は了解したものの、署名押印の段階になって保証責任の重さを考え、逡巡したことから、これを説得するため、被告丙川が、被告甲野、同乙山の不安を除こうとして前記説明を行ったものと理解するのが相当である。そして、その際、同席した丙山も、被告丙川の説明に同調するような態度を示したと考えるのが自然である。したがって、上記認定の経過により、被告甲野、同乙山は本件連帯保証契約を締結したものと認める。

(2)  上記各事実によれば、被告甲野及び同乙山は、過去に数回保証人になったというような経緯に加え、架空工事契約書記載の工事が現実に存在し、その工事代金によって被告朝日組が本件借入金の返済を行う見込みが高いと信じ、主として後者の動機に基づき本件連帯保証契約を締結したところ、その前提事実である架空工事契約書記載の工事は存在しなかったのであるから、いわゆる動機の錯誤により意思表示を行ったものということができる。そして、その動機は、前記のとおり、原告においても架空工事契約書を重視していたこと、被告甲野、同乙山が署名押印する際、被告丙川において同契約書の工事内容等を説明し、支払は心配ない旨説明し、丙山もこれに同調する態度を示していたことからすれば、本件連帯保証契約締結に際し、表示されていたというべきである。更に、その内容に鑑みれば、上記錯誤がなければ、すなわち、架空工事契約書の実体を知っていれば、被告甲野、同乙山のみならず、通常人においても本件連帯保証契約は締結しなかったと考えられるから、その錯誤は要素の錯誤ということができる。したがって、本件連帯保証契約は、錯誤により無効である。

なお、被告甲野は、被告朝日組倒産後の平成9年3月2日、原告に対して、田の売却代金で返済することを提案しているが(被告甲野、証人丙山)、同被告が、架空工事契約書の実体を知ったのは、同月19日以降と認められるから(乙4)、それを知らず、倒産した被告朝日組の連帯保証人としての責任を感じて上記提案をしたとしても何ら不自然ではなく、前記認定を左右しない。また、被告乙山は、平成9年4月4日頃、原告に対して、係争中の所有不動産の地代等で返済することを提案しているが(<証拠略>)、これは、原告の行った不動産仮差押に対し、取り急ぎその解除を求めるためなされた提案とみる余地もあり(被告乙山)、前記認定を左右するには至らない。

また、被告乙山は被告朝日組の名目的な取締役と認められ、被告甲野は従業員に過ぎないから(証人丙川)、架空工事契約書記載の工事内容の真否について調査しなかったとしても、過失があるとは言えず、少なくとも、大手の金融機関である原告において、被告朝日組への融資に際し、補助参加人に対して架電して確認するというような一挙手一投足の労を惜しんだ過失と対比すれば、重大な過失があったとは到底言い難い。

また、被告甲野、同乙山が、架空工事契約書の実体を知っていたと認めるに足りる証拠もない。なお、証人丙川は、架空工事契約書が、補助参加人と下請業者間に被告朝日組を介在させ、請負代金の一部を形式的な中間業者たる同被告に支払うことを企図したいわゆるペーパー契約であり、被告甲野、同乙山においてもこれを知っていたはずである旨証言するが、そのとおりであったとしても、請負代金の一部が被告朝日組に支払われることを想定していたことになるから、その入金を信じて本件連帯保証契約を締結したところ、上記ペーパー契約自体架空であったとすれば、同保証契約は錯誤に基づくものであることに変わりなく、前記認定を左右しない。

(3)  よって、その余の争点について判断するまでもなく、被告甲野、同乙山に対する本訴請求は理由がない。

3  よって、主文のとおり判決する。

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