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福島地方裁判所郡山支部 昭和33年(わ)82号 判決 1958年11月06日

被告人 斎藤浩一

主文

被告人を懲役三年に処する

理由

(罪となる事実)

被告人は、

第一、昭和三十二年八月中旬頃福島県郡山市字島東八十九番地橋本市治方において、同人所有の五球ナショナルラジオ一台(時価一万円相当)を窃取し、

第二、同年同月中旬頃同市大字大島字伊勢下五十九番地古川己之蔵方において、同人所有の男物オーヴア一着(時価五千円相当)を窃取し、

第三、同年九月頃から同県安積郡富久山町大字久保田字乙高砂利採取販売業A方に砂利取人夫兼自動車運転手として稼働してきたが、昭和三十三年五月頃同人方を解雇されるに当つて同人から退職金または慰労金に相当する手当を貰わなかつたので同人に対し再三この手当金の支給方を求めたがその都度これを断わられてきたことから同人および同人の内妻B(当三十四年)に対し忿まんの念を抱いていたところ、同年九月八日午前九時過何とか右手当金名義で何がしかの金銭をAから都合して貰おうと考えて同人方を訪れた。しかし同人は外出していて内妻Bが独り留守居をしていたので、いつそのことそれまでの成行からみて手当金の要求には応じてくれそうもない同女を、附近の山中に誘い出したうえ脅して金銭の都合をして貰おうと考え、同家勝手口において同女に対し、あんたの子供である勝男が他の中学生を殺して試験場の裏山に隠れて母ちやんに逢いたいと言つた泣いているからすぐ行つてくれ。おれが案内する旨思いつきの嘘を申し向けて同女をだまし、同所から北方徒歩で約二、三十分の距離にある郡山市字増水田四百三十番地内の山林に連れ込み、暫時勝男を探すふりをして同女とともに「勝男、勝男」と呼びながら附近を歩き廻るうち、同女を脅して金銭の都合をさせようという気持が同女に対し前記忿まんの腹いせをしてやろうという気持に変り、同時に人里離れた山林内でのことも手伝つて、夏物の軽装姿の同女に対し情欲をもよおし、ここに同女を強いて姦淫しようと企て、同日午前十時頃同所附近の雑木林中において、やにわに同女をその背後から深さ約一米の窪地に突き落して転倒させ、同女の肩を左手で抑さえ右手を自己の懐中に入れて刃物を携帯している風を装いながら「殺してしもう」「九箇月も働いたが、ろくに金もくれないので面白くないから殺す」などと申し向け同女が勘弁してくれ、と哀願するや「それでは一回だけさせろ」と情交を迫つて同女をその場にその頸部を扼すようにして仰向けに押倒してその抵抗を抑圧したうえ同女の腹部に乗りかかつて強いて同女を姦淫し、

第四、同年同月十三日頃同市字島東八十九番地橋本市治方において同人所有の精工舎製柱時計一箇(時価三千二百五十円相当)を窃取し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(強盗強姦罪の成立が認められない理由)

本件起訴状記載の公訴事実第一(判示第三の事実に対応する公訴事実)によればその要旨は、被告人はBを人気のない雑木林の中に連れ込み脅して金員を強取することを企て、判示のような暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧したが、仰向けに倒れている同女の姿体を見てにわかに劣情を催おし、金員要求に先立つて同女を強いて姦淫することを企て判示のように同女の上に乗りかかつて同女を強いて姦淫したものである、というのであつて罰条として刑法第二百四十一条前段が掲げられている。そこで右公訴事実のいわゆる強盗強姦罪の成立を認めることができるかどうか、換言するならば右強姦に先立つて、あるいは強姦行為と同時に強盗の実行の着手があつたかどうかについて次に検討する。

(1)  前掲被告人の検察官ならびに司法警察員に対する各供述調書(但し判示第三の事実の認定証拠にかぎる)を綜合すると、被告人がBを山林に誘い込んだ動機すなわち同女を脅して金銭を都合させようという気持には、退職手当金の支給を拒絶されたことによる、同女やAに対する日頃の忿まんをはらしたいとの念がかなり働いていたことを認めることができる。

(2)  被告人の検察官に対する昭和三十三年九月二十五日附供述調書によれば、被告人は山林に誘い出されたBが金銭を所持している筈がないことを充分認識しており、従つて同女を脅してその場で金銭を取ろうというのではなく、他日同女が被告人の要望に添うように金銭を都合して被告人に交付するかもしくはその為のとりなしをAにしてくれることを要求する意思であつたことを認めることができ、この事実によれば被告人が認識した脅迫暴行と金銭もしくは財産的利益の取得との因果関係が、社会通念上の定型性を著しく欠くものであつたということができる。

(3)  被告人がBに対し強姦行為に先立つて、または強姦行為中に金をくれとか金を都合して貰いたい旨の言葉を発したことその他金員強取の意思を客観的に表象するような行動にでたことについてはこれを認めさせる証拠がなく、被告人が同女を窪地に突き落して転倒させた際に言つた「九箇月も働いたが、ろくに金もくれないので面白くないから殺す」との言葉は金員強取の意思の表現よりはむしろ被告人の(1)に記載した忿まんの表現とみることができる。

(4)  被告人は強姦行為の終了後Bに対し、「金を都合してくれ」「千円位貸せ」という意味のことを言つているが、このことは被告人が強姦行為そのものを金員強取の手段として利用したという事実を認めさせるものでなく、被告人の検察官に対する(2)記載の供述調書によれば、かえつてこの際の被告人の真意は、強姦によつて成立した被告人とBとの肉体関係が惹起する同女のAに対する精神的負目や同女の被告人に対する共通な秘密感などに訴えて金銭を都合させようという点にあつたものと認めることができる。

(5)  被告人の司法警察員に対する昭和三十三年十月二日附供述調書中「処が人里離れた山の中に女を連れて行つたものですから急にやりたくなり、首を締めたりして脅し強姦してしまつたのであります」との記載部分によれば、被告人はBを山林中の窪地に突き落す際すでに同女に対し情欲をもよおしていたことが認めることができる。

以上の各事実を考え合わせると、本件強姦に先立つて、あるいは強姦行為と同時に強盗の実行の着手があつたとは到底認めることができず、被告人の第二回公判廷における供述中被告人がBを前記窪地に突き落してしもうと申し向けた際同女を脅して金を都合させる積りであつた旨の部分は、右各事実に対比して信用できずまた被告人の検察官に対する昭和三十三年九月二十三日附供述調書中「雑木林にBを引き出すとき場合によつてはBをぶち殺してでも金をまき上げようかと考えていました。ところがBを雑木林の中へ連れて行つて溝の処で突きたおしたとき殺すという考えはすでになくなつて同時に金をうばうという気持もうすらいできました。その様な気持ちの反面Bが私に突きたおされてころんでいる姿を見て関係したい気持ちがわいて来てしまつたのであります」との記載部分は、被告人が金品強取の意思を同女を窪地(溝)に突きたおした際まで有しており、その後直ちに強姦の犯意を生じさせたという事実を認めさせる証拠となるのではなく、むしろ被告人の同女を脅して金を都合させようという意思が右暴行の前後に亘る巾のある一連の時間的経過の中で、同女に対する強姦の犯意に移り変つたことを認めさせるものである。

以上の理由で前記強盗強姦罪の成立についてはその証明がないといわなければならない。

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の判示所為中第一、第二、第四の窃盗の点は各刑法第二百三十五条に、第三の強姦の点は同法第百七十七条前段に該当するところ、以上の各罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法四十七条本文第十条によりその最も重い罪である強姦罪の刑について同法第十四条の制限に従つて法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役三年に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してこれを被告人に負担させない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 菅家要 宍戸清七 逢坂修造)

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