大判例

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福島家庭裁判所 事件番号不詳 判決

被告人 平テルノ

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、

被告人は、肩書地において料理店を営んでいるものであるが、予て女中として雇入れていたA(昭和十五年二月三日生)をして、昭和三十一年十月十八日頃から同年十月二十七日頃までの間四回に亘り右料理店において、B外二名に売淫をなさしめ、もつて十八才に満たない児童に淫行をさせたものである、

というにある。

よつて案ずるに、○○郡××村長作成にかかるAの戸籍謄本によれば、右Aの生年月日が昭和十五年二月三日と登載せられていることが認められる。しかし、

一、証人Cの供述によれば、同人はAの実父であるが、大正九年以来○○郡××村△△字○○×番地(○○○○山麓)で製炭を業としているものであるが、子供の出生届出等については頗る無関心で、独りAのみでなく他の子女についてもいずれも出生届出を相当遅延していたこと、

二、右同人の供述及びその戸籍謄本によれば、同人はDと数十年来同棲し其の間A等数人の子女を挙げているに拘らず、諸種の事情から戸籍面においては兄妹として記載せられている関係上、同人等間に出生した子女はいずれも前記Dの子として届出していること、

三、右Cの戸籍謄本によれば、同人の本籍(従つてDについても同様)は群馬県○○郡△村大字××○○○番地であつたが昭和十八年四月十日に至り初めて○○郡××村△△字○○○×番地に転籍したこと、

四、証人K、同Eの各供述に徴すると、同人等は前記Cの近所に居住するものであるが、同人等間の娘FとGとが昭和十五年三月中結婚するに当り、其の披露宴をK方において催した際、Dも之に招待せられAを伴つて出席しK方の来客等に対しAの数え年が三才である旨を申し向けたことが窺われる。それであるからAは昭和十三年一月一日以降同年十二月三十一日までの間に出生したことになる筋合であるが何月何日出生したかは明かでない、(同人等の供述中Aが同人等の孫H「昭和十四年四月十七日生」より五箇月位早く生れたとの供述は後記証人Cの供述、同Dの供述調書の記載に徴し措信し難い、)

五、証人Cの供述、同Dの供述調書によれば、同人等はAが昭和十三年七月七日出生したと述べていること、

等を綜合すると右Aが昭和三十一年十月十八日当時十八才未満であるとは認め難い。

もつともDの司法警察員に対する供述調書によれば、Aの出生届出は一年一箇月位遅れていること及び同人の出生したのは昭和十四年一月三日であると供述したことが認められるけれども右は前記各事実と対比すると正確であるとは認め難いのみならず、右調書は検察官から刑事訴訟法第三百二十八条により証拠調請求をしたものであるから之を採つて有罪の資料とはし難い。

よつて刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をするものである。

(裁判官 菅家要)

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