福島家庭裁判所郡山支部 平成25年(家)19号 審判 2013年6月10日
申立人
X
相手方
Y
主文
1 相手方は,申立人に対し,20万円を支払え。
2 相手方は,申立人に対し,平成25年×月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り金28万円を支払え。
理由
第1申立ての趣旨
相手方は,申立人に対し,平成24年×月分以降相当額の婚姻費用を支払え。
第2当裁判所の判断
1 本件記録及び当庁平成24年(家イ)第×××号婚姻費用分担調停申立事件の記録によれば,次の事実が認められる。
(1) 申立人(昭和39年○月○日生)と相手方(昭和39年○月○日生)は,平成3年×月×日に婚姻し,平成5年○月○日に長女Aが,平成7年○月○日に長男Bが出生した。
(2) 相手方は,歯科医師であり,平成9年,福島県○○(現在○○)内にa歯科医院を開業し,申立人ら家族とともに居住していたが,平成23年×月,東日本大震災による津波で同歯科医院が損壊し,同地区は,b株式会社(以下「b社」という。)c原子力発電所で発生した事故により警戒区域に指定された。
(3) そのため,申立人及び相手方ら家族は,相手方の実家のある○○市の○○に家を借りて引っ越し,相手方は,毎週土曜日は○○市内の歯科医院,月曜日は○○市内の歯科医院に勤務し,毎週火曜日から木曜日まで群馬県○○所在の歯科医院に単身赴任でアルバイトに行き,金曜日に自宅に戻るという生活をしていた。
(4) 平成23年×月×日,相手方の異性関係を疑う申立人と申立人への不満を募らせた相手方が夫婦喧嘩の末,相手方が包丁を取り出して自殺を図ろうとするなどの事態となり,相手方が自宅を出て別居するに至った。
(5) 平成23年×月に別居するまでは,相手方は,申立人に対し,毎月30万円及び簡易保険料6万4000円の合計36万4000円を手渡しで支払っており,そのほか自らの外食費,交際費及び娯楽費等の共同生活関連費を支出していた。
(6) 上記(4)の別居以降,相手方は,申立人に対し,平成24年×月×日に28万円,×月×日に24万2185円,×月×日に23万7384円,×月×日に24万4069円,×月×日に26万4161円,×月×日に26万4686円,×月×日に26万4686円を渡しており(争いがない。),その後も後記(7)の回答に沿った支払いがあると推認される。
(7) 申立人は,平成24年×月×日,相手方に対し,夫婦関係調整及び婚姻費用分担請求,申立人ら家族各人の原子力損害賠償請求について協議を求める通知書を送付したが,相手方代理人からの同月×日付け回答は,相手方の年収が800万円程度であることを前提として月額28万円程度の婚姻費用とし,これから申立人の携帯電話料金を差し引いた残額を送金して支払うという内容であった。
(8) 東日本大震災前の相手方の申告所得(営業所得)は,平成20年分が2859万0530円(専従者給与所得を含む。以下同じ。),同21年分が2385万1937円,同22年分が2988万1907円であったが,東日本大震災後の相手方の収入は,同23年分が467万9000円,同24年1月から9月分までが676万6100円となっており,同年分の年収見込みは900万円程度である。
(9) 相手方は,b社に対し,平成23年×月×日以降のa歯科医院の営業損害について損害賠償請求ができる地位にある。
(10) 申立人は,現在,肩書住所地で長男と同居し,平成24年×月×日から福島県d合同庁舎の臨時職員として稼働している。その給与収入は月額12万円程度であるが,雇用期間の終期(平成24年×月×日)までの給与収入は72万円程度となる。長男は,○○市内の県立高校に転入し,私立医科大学医学部の受験を予定している。一方,長女は成人しており,申立人及び相手方と別居して,e医科大学歯学部に在学している。
(11) 申立人は,平成24年×月×日,本件調停を申し立てたが,婚姻費用の算定の基礎となる相手方の収入に,b社に対するa歯科医院の営業損害に相当する賠償請求権を含め,月額81万円ないし106万円の支払いを求める申立人に対し,相手方は,平成24年分の年収額900万円を基礎収入としつつ,長女の通信費や学費,長男の家庭教師代等を負担するほか,申立人に月額28万円を婚姻費用として支払うと主張して,両者は合意に至らず,平成25年×月×日,本件調停は不成立となった。
2 以上の認定事実に基づいて検討する。
(1) まず,申立人は,相手方がb社に対し,東日本大震災以前のa歯科医院での営業所得に相当する損害賠償請求ができる地位にあり,かつ,その行使が容易であるのだから,申立人及び長男の生活保持義務を負う相手方は,その確保に努めなければならず,婚姻費用の算定にあたっても,同歯科医院での営業所得に相当する額を前提とし,相手方の収入を年額2841万円余と算定して,東京・大阪養育費等研究会提言の算定表(判例タイムズ1111号285頁以下)に従い,月額81万円ないし106万円の婚姻費用を負担すべきであると主張する。
しかしながら,相手方がb社に対して損害賠償請求できる地位にあるとしても,その具体的な支払額及び支払時期が確定していない以上,これを相手方の基礎収入に加算することは困難であるといわざるを得ない。もっとも,相手方が上記の地位にあることの他に収入の見込みがなく,婚姻費用を一切負担しないと主張するような事情がある場合には,たとえ具体的な支払額及び支払時期が確定していないとしても,その推計額等を基礎収入として婚姻費用を算定することも考えられるが,本件において,相手方はアルバイト収入等の中から婚姻費用等の支払いを継続しており,上記のような事情は認められない。また,申立人の上記計算は,申立人が長女と同居し,申立人が長男のみならず長女の監護養育を行っていることを前提とする点において,上記1(10)の認定事実に反するものである。よって,いずれにしても,申立人の上記主張を採用することはできない。
(2) 次に,申立人は,申立人と長男の生活費として実際に月額60万円から70万円を支出しているのであるから,これに相当する婚姻費用を負担すべきであると主張する。
しかしながら,その額は,別居以前に相手方から受領していた生活費相当額を大きく上回っているうえ,各支出項目及び支出額をみると,上記(1)の申立人の主張額にできる限り近づくように様々な支出を積み上げたのではないかとの疑念を払拭することができず,申立人が提出する支出に関する資料によって継続的に月額60万ないし70万円の婚姻費用を受領しなければ,申立人及び長男の生活が困窮し,その生計が維持できないと認めることは困難である。よって,この点に関する申立人の主張もまた採用することができない。
(3) これらを踏まえて,相手方が負担すべき婚姻費用の額を検討するに,平成24年分の相手方の年収を900万円,申立人の年収を72万とした上で,上記(1)の算定表の表12「婚姻費用・子1人表(子15歳~19歳)」に従って婚姻費用を算定すると月額22万から24万となること,相手方は,別居以前は申立人と長男の生活費として月額30万円を手渡しており,別居後にも月額28万円を支払う旨を回答していること,このほかに相手方は長男の家庭教師代や長女の学費といった教育費の負担を継続する意向を示していること等の本件に現れた一切の事情を考慮すると,相手方が負担すべき婚姻費用を月額28万円と算定するのが相当である。
3 そして,その始期は,本件調停申立時である平成24年×月分からと認めるのが相当であり,上記認定事実によれば,少なくとも毎月26万円は履行済みであると推認できるので,履行期が到来している未払分の額は,同年×月分から平成25年×月分までの10か月分(計20万円)となる。
以上より,相手方は,申立人に対し,婚姻費用の分担として平成25年×月から申立人と離婚又は別居状態の解消に至るまで月額28万円を毎月末日限り申立人に支払うべきであり,また,既に履行期が到来している未払分合計20万円の支払いをすべき義務があることになる。
よって,主文のとおり審判する。
(家事審判官 野口宣大)