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秋田地方裁判所 平成10年(レ)4号 判決 1998年12月21日

控訴人兼被控訴人(第一審原告)

ディックファイナンス株式会社

右代表者代表取締役

田中彰

右代理人支配人

植田将美

控訴人兼被控訴人(第一審被告)

佐藤美幸

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

主文

一1  第一審被告の控訴に基づき原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

二  第一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1  原判決中第一審原告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、金三二万六九八二円及びこれに対する平成五年一二月一日から支払済みまで年三割六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  第一審被告

1  原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、金銭貸付等を業とする第一審原告が、第一審被告に対し、カードと現金自動入出金機(以下「ATM」という。)を利用する方法により、第一審被告との間で金銭消費貸借契約が締結されたと主張して、この契約に基づく貸金の返還を求め、仮に、右カードが不正使用されていた場合には、第一審原告と第一審被告との間の限度額借入契約(以下「本件基本契約」という。)に定める特約によって第一審被告が責任を負うと主張して、同様の金員の支払を求めるものである。

原審は、第一審被告の責任を認めた上、第一審原告にも、カード取引システムの管理等に不十分な点があり、責に帰すべき事由があるとし、信義則に基づき請求の範囲を制限するべきであるとして、第一審被告に対し、九万八〇九四円及びこれに対する平成五年一二月一日から支払済みまで年三割六分の割合による遅延損害金の支払を命じた。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

1  第一審原告は、近畿財務局に登録済みの金銭貸付等を業とする会社である(甲二号証の一、二)。

2  第一審被告は、平成四年七月二二日、次の約定が記載されているDICカード入会申込書に署名押印し、第一審原告との間で、五〇万円を貸付限度とする本件基本契約を締結した(第一審被告が右申込書に署名押印したことについては争いがなく、その余については甲二三号証の一、二、弁論の全趣旨。なお、第一審原告との間で右契約を締結した者について、以下、単に「会員」という。)。

(一) 有効期間

基本契約締結の日から五年間とする。

(二) 借入方法

会員は、第一審原告の店頭において直接借入する方法や第一審原告から貸与されたカードとATMを利用する方法等により、契約限度額の範囲内で、第一審原告から繰り返し金銭を借入することができる。なお、カードとATMを利用する場合には、カードを使用するとともに会員の暗証番号をATMに入力することとなる。

但し、金銭消費貸借契約は、第一審原告が会員に対して金銭を交付したときに成立する。

(三) 弁済方法

会員は、第一審原告に対し、そのときの借入残高が一〇万円以下の場合は五〇〇〇円以上、借入残高が一〇万円を超える場合は一〇万円ごとに五〇〇〇円を加算した額以上を毎月の支払額とし、約定の月(第一審被告については平成四年八月)から支払済みまで、毎月の約定の日(第一審被告については三〇日)限り、これを支払う。

但し、追加借入したときは、その直前の借入残高と追加借入金額との合計額を借入金額とする。

(四) 利息及び遅延損害金の割合

いずれも実質年率39.5パーセントとする。

(五) 期限の利益の喪失

会員は、本件基本契約に基づく返済を怠ったとき等には、当然に期限の利益を失う。

(六) 特約(以下「本件特約」という。)

カードの紛失・盗難等による不正使用があった場合は、会員が一切の責任を負う。

3  本件基本契約に至る経緯(乙一ないし二五号証、証人高梨清の原審における証言、分離前控訴人兼被控訴人(第一審被告)伊藤順子、同伊藤広美、同児玉祐子、同橋本真貴、同佐藤晃子、同小玉さくらの原審における各本人尋問の結果、弁論の全趣旨)

(一) 第一審被告は、平成四年七月ころ、かつて同じ会社に同僚として勤務していたことがあり、そのころ生命保険の勧誘員をしていた訴外五十嵐久美(以下「五十嵐」という。)から、貸金業者に対して顧客を紹介すれば、貸金業者の社員らが生命保険に加入してくれるので協力して欲しいと頼まれ、その際、金銭は一切借りないなどと説明された。

そこで、第一審被告は、名義だけの会員になればよいものと考え、同月二二日、五十嵐と共に第一審原告の店舗に赴き、五十嵐の助言を受けるなどしながら本件基本契約の申込書に署名押印して、第一審原告との間で本件基本契約を締結し、第一審原告からカードの交付を受けた。

そして、第一審被告は、五十嵐から右カードは不要だから処分すると告げられ、これを五十嵐に交付し、後に、五十嵐から切断された状態のカードを見せられ、これが自己のカードであると考えて、安心していた。

(二) しかしながら、五十嵐は、第一審被告から同人名義の貸金業者のカードを騙取し、これを利用して窃取した金銭を自己の借金の返済に充てる意図であったものであり、第一審被告に見せた切断されたカードも、第一審被告名義のカードではなく、別のカードであった。

また、五十嵐は、第一審被告が第一審原告との間で契約書を作成している際に、傍らで見守り、第一審被告の暗証番号を盗み見て、これを記憶していた。

なお、五十嵐は、右と同様の手口で約二〇名の者から貸金業者のカードを騙取した上、これを利用して多額の金員を窃取したとして刑事責任を問われ、有罪判決を受けている。

(三) ところで、平成三年から平成六年ころまで第一審原告の秋田支店に勤務していた高梨清は、五十嵐と面識があり、そのころ、五十嵐から第一審被告のほか十数名の会員の紹介を受けていた。

また、第一審原告は、そのころ、新規の会員を紹介した者に対し、会員一名につき一万円の商品券を謝礼として交付していた。

他方、五十嵐が第一審原告に紹介した会員である伊藤順子、伊藤広美、児玉祐子、橋本真貴、佐藤晃子、小玉さくらは、第一審原告の店頭においてDICカード入会申込書を作成する際、傍らにいた五十嵐から助言を受けながら記入していたが、右の者らに対応した第一審原告の従業員は、その状況を認識しながら、暗証番号の秘匿等に関し、何ら注意や指導をしていなかった。さらに、右の者らは、右の従業員から、カードの危険性や不正使用があった場合の会員の責任等については説明を受けていなかった。

なお、第一審原告の当時の秋田支店においては、受付のカウンターからATMの機械を見ることができる状況にあった。

4  五十嵐は、第一審被告から右のとおり騙取したカードと、盗み見た第一審被告の暗証番号を用いて、第一審原告のATMを操作し、平成四年七月二七日に五〇万円、同年九月二七日に一万円の合計五一万円(以下「本件金員」という。)を引き出した(甲七号証の一、二、乙一二、一八ないし二五号証。なお、第一審原告は、第一審被告自身がATMを操作して右金員を借入したと主張するが、この主張に沿う事実を認めるに足りる証拠は一切なく、また、右認定を左右するに足りる証拠もない。)。

なお、五十嵐は、別紙計算書のとおり、第一審原告に対して金員を支払った(乙一八、二二ないし二四号証、弁論の全趣旨)。

二  争点及び当事者の主張

1  第一審原告と第一審被告との間での金銭消費貸借契約の成否

(一) 第一審原告の主張

第一審原告は、本件基本契約を締結した際、第一審被告に対して、金員を借入するのと経済的に同価値であるカードを交付しているのであるから、これに基づき、右カードによって引き出された本件金員について、第一審原告と第一審被告との間に金銭消費貸借契約が有効に成立しているものである。また、経済的価値のある右カードを交付しているのであるから、消費貸借契約の要物性にも反しない。

さらに、第一審原告の行為は、債権の準占有者に対する行為(真正なカードを所持し、正しい暗証番号を入力した者に対してなした行為)であり、善意である第一審原告の弁済は効力を有する。

(二) 第一審被告の主張

本件金員は、すべて五十嵐が受領して費消し、別紙計算書のとおりの返済も五十嵐が行っていたのであるから、契約当事者は五十嵐であり、第一審被告との間では金銭消費貸借契約は成立していない。

また、第一審被告は本件金員の交付を受けていないから、第一審被告との間では要物契約である消費貸借契約は成立していない。

2  本件特約によって第一審被告が責任を負うか否か。

(一) 第一審原告の主張

本件が五十嵐によるカードの不正使用であったとしても、本件特約により、第一審被告が一切の責任を負うものである。

第一審被告は、本件基本契約の約定を承認して契約を締結しているのであり、また、第一審被告自身がカードの交付を受けている。そして、カードとATMを利用したシステムにおいては、顧客の意思によって定められた暗証番号とカードという二重の安全策が講じられているのであり、また、各種のカードが普及している現代社会では、カードの保管と暗証番号の秘匿はカード利用者の責任で行われるべきことも広く理解されているところである。そして、本件金員は、真正なカードが使用され、正しい暗証番号が入力されて引き出されたものであるから、このような場合、カード発行者である第一審原告において暗証番号の管理が不十分であったことなどの特段の事由がない限り、本件特約は有効であるというべきである。

本件においては、第一審原告が第一審被告にカードを交付した後に、第一審原告の従業員の故意又は過失により第一審被告の暗証番号が漏洩されたり、カードの盗難届や紛失届が提出されたのに第一審原告の対応が遅れたりしたというような特段の事由はないから、本件特約が適用されることに問題はない。したがって、第一審原告のカード取引システムの設計や管理、注意喚起等に不十分な点があったとして、信義則に基づき請求の範囲を制限した原審の判断は不当である。

(二) 第一審被告の主張

第一審原告の右主張はすべて争う。第一審被告の主張は、後記6(権利の濫用)、7(信義則違反)のとおりである。

3  本件基本契約が錯誤により無効となるか否か。

(一) 第一審被告の主張

第一審被告は、第一審原告から金員を借入しなければならないような経済状態にはなく、右一3(一)のとおり、五十嵐から依頼され、単に名義上の会員になる意思で契約したのであって、第一審原告と消費貸借契約を締結する意思はなかったのであるから、本件基本契約又は消費貸借契約は、錯誤により無効である。

したがって、本件基本契約に基づく本件特約の適用もない。

(二) 第一審原告の主張

本件基本契約を締結する点において第一審被告に錯誤はなく、仮に、第一審被告に錯誤があったとしても、その思い違いには重過失がある。

4  本件基本契約が詐欺を理由として取り消されたか否か。

(一) 第一審被告の主張

右一3(一)(二)のとおり、第一審被告は、五十嵐から欺罔されて本件基本契約を締結した。そして、第一審原告は、その旨を知り又は知り得べき立場にあった。

第一審被告は、平成六年三月九日の原審第一回口頭弁論期日において本件基本契約を取り消す旨の意思表示をした。

したがって、本件基本契約に基づく本件特約の適用もない。

(二) 第一審原告の主張

第一審原告は、五十嵐が第一審被告を欺罔していたことについて知らなかった。

5  第一審原告のする消費貸借契約が公序良俗に反するか否か。

(一) 第一審被告の主張

第一審原告は、貸金業を営むものであるが、貸付利息について利息制限法違反の契約を反復継続しており、また、返済内容について借主に容易に判別できないようにし、さらに、一部を返済すると借増させるなどの方法によって、借主の金銭感覚を麻痺させ、高利によって借主に損害を与えているものである。

よって、第一審原告のする消費貸借契約は公序良俗に反して無効である。

(二) 第一審原告の主張

第一審原告は、貸金業法三条所定の貸金業の登録を受けているものであり、会員に貸付を行う際には、同法一七条ほかの法令の要件を具備した書面を交付するなど、法令に則った営業を行っているものであるから、第一審被告の主張は失当である。

6  第一審原告の本訴請求が権利の濫用となるか否か。

(一) 第一審被告の主張

右一3(一)(二)のとおり、第一審被告は、五十嵐から欺罔されて本件基本契約を締結した。そして、第一審原告は、その旨を知り得べきであったのに重大な過失によってこれを怠った。また、第一審原告は、五十嵐に対し、新規の会員を紹介した者には、会員一名につき一万円の商品券を謝礼として交付すると告げて、顧客の勧誘をさせていたのであり、五十嵐の右詐欺行為を誘発した。

即ち、第一審原告は、右一3(二)のとおりの五十嵐の重大な犯罪行為の発端を作ったものであり、そのような第一審原告が右犯罪の被害者である第一審被告に対してする本訴請求は、権利の濫用として許されない。

(二) 第一審原告の主張

第一審原告が、五十嵐の詐欺事件を知ったのは、その捜査に関連して警察から照会を受けた時点であり、また、新規の会員を紹介した者に謝礼を交付していたのは、通常行われている営業活動であって、何ら非難されるべきものではない。したがって、第一審被告の右主張には根拠がない。

7  第一審原告の本訴請求が信義則又は過失相殺の法理によって制限されるべきか否か。

(一) 第一審被告の主張

右6(一)において主張した事実に加え、第一審原告は、五十嵐が、第一審被告らを第一審原告の店頭に同行し、申込書等の作成に関して助言していることや、五十嵐が多数回にわたって第一審原告のATMを操作していることを認識していた。また、第一審原告は、本件基本契約締結の際に、第一審被告らに対して、カードの危険性、カードが不正使用された場合の責任等について、全く説明していなかった。

右の事情に照らせば、第一審原告の本訴請求は、信義則又は過失相殺の法理によって制限されるべきである。

(二) 第一審原告の主張

第一審被告が主張するような事実はないのみならず、右2(一)で主張したとおり、本件基本契約におけるシステムのように、カードとATMを利用したシステムにおいては、顧客の意思によって定められた暗証番号とカードという二重の安全策が講じられているのであり、また、各種のカードが普及している現代社会では、カードの保管と暗証番号の秘匿はカード利用者の責任で行われるべきことも広く理解されているのであるから、第一審被告に落度があるのであって、第一審原告には何ら落度はなく、信義則に反する事情もない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(金銭消費貸借契約の成否)について

1  既に認定したところによれば、本件基本契約は、第一審原告とその会員との間において、その後に締結されることが予定されている個別的な金銭消費貸借契約に関し、その借入方法、弁済方法、利率等についての基本的な約定を定めるものであり、本件基本契約に基づく具体的な金銭消費貸借契約は、会員が、店頭において直接借入を申込む方法やカードとATMを利用する方法等によって、第一審原告に対して借入を申込み、これに対して第一審原告が承諾を与えて金銭を交付したときに成立するものであるというべきである。このことは、本件基本契約自体が、金銭消費貸借契約は第一審原告が会員に金銭を交付したときに成立すると定めていることからも明らかであり、本件基本契約の締結によって直ちに具体的な金銭消費貸借契約が成立するものではない(なお、カードとATMを利用する方法によって会員から借入の申込があった場合、第一審原告の右承諾は、予めATMに入力されていた当該会員の情報に従って自動的に行われることになるところ、第一審原告が、各会員の信用状態等の審査の結果やカードの盗難等の事故に関する情報をATMに入力しておくことによって、右方法による借入申込に対して承諾を拒否することが可能であることは公知の事実である。)。

第一審原告は、金員を借入するのと経済的に同価値であるカードを交付していることにより、第一審被告との間において金銭消費貸借契約が成立するものと主張するが、右カードは、本件基本契約によって第一審原告から金員を借入し得る地位を得た会員が、簡便に金員を借入できるようにする手段に過ぎないのであって、カードの交付だけでは金銭消費貸借契約が成立しないことは、何ら金員を借入していない会員が、カードを所持していることのみによっては、第一審原告に対する貸金返還債務を負う結果にならないことに照らしても、多言を要しないところである。

また、第一審原告は、第一審被告との間における金銭消費貸借契約の成立に関して、債権の準占有者に対する弁済を保護する規定(民法四七八条)の適用があるものと主張するが、本件は、未だ何ら債権債務の存在していない者らの間で金銭消費貸借契約が成立するか否かの問題であって、既に存在している債務に対する弁済を保護することによって、ひいては取引の円滑・迅速等を図ることを趣旨とする右規定の適用がないことも明らかである。

2  そうすると、第一審原告と第一審被告との間で具体的な金銭消費貸借契約が成立しているとするには、第一審被告が、第一審原告の店頭において直接借入の申込を行ったり、カードとATMを利用する方法等で借入の申込を行い、これに対して、第一審原告が承諾を与えて金銭を交付することが必要であるというべきである。

しかしながら、既に認定したとおり、本件においては、第一審被告は何ら借入の申込をしていないのであって、本件金員は、五十嵐が、第一審被告から騙取したカードと、第一審被告が本件基本契約を締結している際に盗み見たその暗証番号を用いて、第一審原告のATMを操作して引き出したものである。

したがって、第一審原告と第一審被告との間で金銭消費貸借契約が成立する根拠は全くなく、本件金員は、五十嵐が第一審原告から窃取したものというほかない。

3  以上のとおりであり、本件金員について、第一審原告と第一審被告との間で金銭消費貸借契約が成立しているとする第一審原告の主張には全く根拠がなく、その他、第一審原告の右主張に沿う事実を認めるに足りる証拠は一切ない。

なお、分離前控訴人兼被控訴人(第一審被告)らの中には、本件基本契約を締結するのと同時に具体的な金銭消費貸借契約をも締結して第一審原告から金銭の交付を受けている者がおり、これらの者が、自ら締結した金銭消費貸借契約に基づいて、その限度で契約上の責任を負うべきであるのは当然のことであるが、本件第一審被告に関しては、右のような事情は一切ない。

二  争点2(本件特約による第一審被告の責任の有無)について

1  本件のようなカードとATMを利用する方法による取引は、そのシステム設営者の店頭による取引事務を省力化するとともに、顧客にとっても、簡便に取引を行うことができ、取引の機会が場所的・時間的に拡大されるという利便があるから、既に社会に定着した取引システムであるというべきであるが、しかし、他方で、右システムにはカードが不正使用される危険性もあるため、右システムを維持する上で、そのような不正使用があった場合の責任の所在を明らかにする特約を設ける必要があることも多言を要しないところであり、その際、システム設営者の責任を合理的な範囲に制限すべき必要があることも明らかであるというべきである。そして、本件特約は、右のような必要から、システム設営者である第一審原告の責任を回避するために規定されたものと解されるところである。

ところで、本件特約は、既に認定したとおり、カードの紛失・盗難等による不正使用があった場合は、会員が一切の責任を負うとするものであり、何らの限定も設けずに、カードの不正使用の結果を会員の負担とするものである。また、会員が負うべき責任の内容については何ら規定がないものの、第一審原告の本訴請求に照らすと、第一審原告は、カードの不正使用があった場合には、右の責任として、会員自身が金銭消費貸借契約を締結したのと同様の義務を負うと主張するものと解される。

しかしながら、私法においては、私的自治の原則、即ち、個人は自由意思に基づいて自律的に法律関係を形成することができる(契約自由の原則)とされる反面、その意思によらないでは義務を負わされることはない(過失責任主義ないし自己責任の原則)という基本的な原理が支配しているのであり、これに照らすと、カードの不正使用に関して会員に全く過失がない場合(例えば、カードの管理について善管注意義務を尽くしていても盗難等に遭う場合)にまで、会員が全面的な責任を負うとする本件特約は、極めて不合理な結果をもたらすものといわなければならない。勿論、本来基本契約を締結すること自体は、右の契約自由の原則に基づくものであるが、本件特約は、第一審原告が一方的に定めた本件基本契約の約款の一部に過ぎないから、契約自由の原則のみから、自己責任の原則に反する結果をもたらす本件特約が無条件に適用されたことを容認することはできないというべきである。

そうすると、本件特約については、少なくとも右のような不合理な結果を生じないようにするため、制限的に解釈されるべきである。

2 そこで検討すると、カードを不正に使用する者は、カードと暗証番号によって、そのカードの名義人たる会員本人であるという外観を作出しているのであり、カードによる取引システムの設営者は、右の外観を信頼して取引を行うことになるのであるから、これによって会員自身が責任を負い、システム設営者が保護されるためには、一方で、会員の側に右の外観を作出したことについての帰責事由があることが必要であるとともに、他方で、右外観を信頼したシステム設営者の側に保護に値する相当の事由があることが必要であるというべきである。

これを換言すれば、本件特約を適用し得るためには、まず、会員において、カード及び暗証番号の管理等について、通常人であれば尽くすべき注意義務を怠った過失があることが必要であるというべきである。他方、システム設営者については、カードの不正使用を防止するためにシステムを改善し得るのは会員ではなくシステム設営者のみであること、システム設営者は不可避的に生じるカードの不正使用による損害について保険等による填補策を試みることが可能であること等の事情をも考慮して、カードやATMなどのシステムの設計、カードを発行する際のカードや暗証番号の管理等に関する会員への注意喚起等の諸方策、不正使用の疑いの有無等の監視を含む日常的なシステムの管理、会員がカードを使用して具体的な金銭消費貸借契約を締結する際の監視等、システムの全体を通して安全性を確保するために注意を尽くしていることが必要であるというべきである。

そして、右の会員側及びシステム設営者側のいずれの要件が欠けても、本件特約を適用する根拠はないというべきであり、本件特約が適用されるのは右二要件がいずれも充足されている場合であるといわなければならない。

3  右に説示したところに基づき、以下、本件において、本件特約が適用されるべきか否かを検討する。

(一) 既に認定したとおり、第一審被告は、騙取したカードを利用して金員を窃取しようとする意図であった五十嵐から、貸金業者に顧客を紹介すれば、その社員らが生命保険に加入してくれるので、金銭は一切借りないから協力して欲しいなどと依頼され、名義だけの会員になればよいものと考えて本件基本契約を締結し、また、その際、第一審原告に暗証番号を申告するところを五十嵐から盗み見られ、さらに、第一審原告から交付を受けたカードについては、五十嵐から、右カードは不要だから処分すると告げられ、これを五十嵐に交付し、後に、五十嵐から切断された状態のカードを見せられて、これが自己のカードであると考えて安心していたが、五十嵐から見せられた切断された右カードは、第一審被告名義のカードではなく、別のカードであったというのである。

そうすると、第一審被告は、五十嵐から巧妙に欺罔されてカードを騙取されたものであるといわなければならない。確かに、第一審原告が主張するように、各種のカードが普及している現代社会では、カードの保管と暗証番号の秘匿はカード利用者の責任で行われるべきであり、このことは第一審被告も理解しているべきところであって、暗証番号を盗み見られた上、安易にカードを交付した第一審被告には、カード及び暗証番号の管理等に全く落度がないということはできないが、しかし、右の事実関係に照らすと、第一審被告は、五十嵐による詐欺の被害者であるというべきであって、全く帰責事由がないとはいえないものの、その帰責性は相当に希薄であるといわなければならない。

(二) 他方、既に認定したとおり、第一審原告の従業員である高梨清らは、五十嵐と面識があって、五十嵐から第一審被告のほか十数名の会員の紹介を受けていたが、紹介を受けた会員である伊藤順子、伊藤広美、児玉祐子、橋本真貴、佐藤晃子、小玉さくらが、第一審原告の店頭においてDICカード入会申込書を作成する際、傍らに五十嵐がおり、種々の助言を行っている状況を認識しながら、暗証番号の秘匿等に関して何ら注意や指導をしておらず、また、右の会員らに対し、カードの危険性や不正使用があった場合の会員の責任等についても何ら説明していなかったというのである。

また、第一審原告の当時の秋田支店においては、受付のカウンターからATMの機械を見ることができる状況にあったことも既に認定したとおりであるところ、甲四、七、一一、一四、一六、一八、二一号証(各枝番を含む。)、乙一ないし二五号証、分離前控訴人兼被控訴人(第一審被告)伊藤順子、同伊藤広美、同児玉祐子、同橋本真貴、同佐藤晃子、同児玉さくらの原審における各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、五十嵐は、第一審原告に対して紹介した会員である右伊藤順子ほかからもカードを騙取し、そのカードを使用して第一審原告のATMを多数回にわたって操作し、金員を引き出していたほか、第一審原告から右の者らに請求がなされることによって、自らの犯行が発覚することを恐れ、やはり多数回にわたってATMを操作し、分割弁済金を支払っていたこと、五十嵐が右のように騙取したカードを使用して第一審原告のATMを操作した回数は、平成四年七月末ころから平成五年一一月ころまでの約一年四か月余の間に、少なくとも約一〇〇回に及ぶこと、それにもかかわらず、第一審原告は、五十嵐の詐欺事件に関して警察から照会を受けるまで、右事態に何ら不審を抱いていなかったことが認められる。

右の事実関係に照らすと、第一審原告は、まず、カードを発行する際に、カードの危険性やその不正使用があった場合の会員の責任等について説明を尽さず、また、五十嵐が入会申込手続をしている者の傍らにおり、その暗証番号を盗み見し得る危険な状況にあることを認識しながら、暗証番号の秘匿等に関して何ら注意をしていないことに示されているとおり、カードや暗証番号の管理等に関し、会員に対する注意喚起等を怠っていたものというべきである。さらに、五十嵐は、右のとおり、一会員がカードを使用する一般的な回数と比較して常軌を逸するほど多数回にわたってATMを操作しているのであり、第一審原告の従業員らは五十嵐と面識があったのであるから、第一審原告が、不正使用の疑いの有無等の監視を含む日常的なシステムの管理を尽し、また、会員がカードを使用して具体的な金銭消費貸借契約を締結する際にも監視を尽くしていれば、より早期に五十嵐の前記犯罪が発覚していたものというべきであるのに、第一審原告は何ら不審を抱いていなかったというのであって、そうすると、第一審原告は、不正使用の疑いの有無等の監視を含む日常的なシステムの管理や会員がカードを使用して具体的な金銭消費貸借契約を締結する際の監視等において、必要な注意を怠っていたものといわざるを得ない。要するに、第一審原告には、カード取引システムの設営者に求められる、システム全体を通しての安全性確保のための注意に欠けるところがあったというべきである。

(三) 以上によれば、第一審被告には、カードの不正使用についての帰責事由が全くないとはいえないものの、その帰責性は相当に希薄のものというべきであるのに対し、第一審原告には、これを保護するに値する相当の事由があるとはいえないものというべきである。

そして、他に、右に説示したところを左右すべき事情を認めるに足りる証拠はない。

4  よって、五十嵐が引き出した本件金員について、会員である第一審被告が責任を負うべきであるとする本件特約を適用することはできないといわなければならず、第一審原告の本件特約に基づく主張は採用できない。

三  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、第一審原告の本訴請求には理由がないというほかなく、これと異なって第一審原告の請求を一部認容した原判決は相当でないから、第一審被告の控訴に基づき原判決の右認容部分を取り消し、第一審原告の本訴請求を棄却することとし、第一審原告の本件控訴には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官手島徹 裁判官貝原信之 裁判官山下英久)

別紙目録<省略>

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