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秋田地方裁判所 平成12年(わ)159号 判決 2001年4月20日

主文

被告人は無罪。

理由

1  本件公訴事実の要旨は,「被告人及び分離前の相被告人A,同B,同C,同Dの5名は,暴力団E組員であるが,以前の喧嘩がもとで別の暴力団F組員から,E事務所付近路上で,クラクションを鳴らしながら車両を走行されるなどの挑発行為をされたことなどに憤激し,その報復のため,共同して,F組員らの生命,身体等に危害を加える目的で,平成12年8月7日午後9時ころ,秋田市ab丁目c番d号株式会社G店駐車場に,木刀3本,鉄パイプ4本等の凶器の準備があることを知って集合した」というものである。

これに対して,被告人及び弁護人は被告人が当該日時に当該場所より若干離れた場所に集合したことは認めるも,凶器が準備されていることの認識はなかったと無罪を主張している。

2  前記の分離前の相被告人ら及び同組組員のH(以下「Aら」と略称する)らが,本件公訴事実どおりの凶器準備集合の犯行を犯したことは同人らの認めるところであり,本件証拠上明らかである。その経緯は,本件証拠によれば,次のとおりである。

Aらは前記クラクションの件でFに対する憤激の情を強め,何とかしてクラクションを鳴らした張本人やその関係者をつきとめ,Fに詫びを入れさせなければならないと考え,その件のあった平成12年7月23日ごろから本件の8月7日までの間,執拗に秋田市街を巡回してクラクションを鳴らした張本人やその関係者を探索していた。

被告人はAらの上役にあたるE若頭補佐の地位にある者だが,山形県に居住していて月数回事務所当番として秋田市内のE事務所に来ているにすぎなかった。

しかし,被告人は当時前記クラクションの件はAらから聞き知っており,EとFとが緊張関係にあるということは認識していた。

8月7日,被告人は組当番のため秋田市内のE事務所に午後1時半ころ到着し,当番の役目に就いていた。一方Aらは,この日も同様にF組員の探索に出かけ,市内を巡回し,事務所に戻っては又出て行くということを繰り返していた。同人らは,前日の6日クラクションを鳴らしたとみられる自動車の所有者であるF組員を見つけ,詰問したが,同人に否定され,さらに当7日には別のF組員を捕らえて組事務所に連行しようとしたが,逃げられてしまい,焦燥感をつのらせていた。当日は竿灯祭の最終日であり,F組員も街に繰り出すのは必至であり,Aらは,今夜がFに詫びを入れさせる最後の機会であるととらえ,場合によっては暴力沙汰に及ぶことも想定し,いわゆる戦闘服を着用し,かなり興奮状態にあった。この時既にB所有の乗用車セドリックの後部座席には同人が主導して7月24,5日ころ集められた本件凶器がタオルに包まれ,その上に座布団がかけられて積載されていたが,外見からはそれらしいものは見えないようにしてあった。

午後6時ころ,Aらは巡回から事務所に帰り,Aはその日の状況を事務所当番の被告人に報告し,自分たちだけではF組員を発見してこれを詰問し詫びを入れさせることは困難なので幹部組員である被告人の力を借りたい旨暗に願い出た。これを聞いた被告人は「お前たちだけでは駄目だ。俺が行って話をつけてやる」と答え,Aらと一緒に街に出かけることを了承した。そのため組当番を他の組員と交代した。

午後9時ころ,被告人はBの運転する前記セドリックにAと共に乗車し,他のC,D,Hは,Hの運転する乗用車ミューに乗車して,被告人ら6名はE事務所を出て秋田市中心街に向かった。検察官の本件公訴事実は,この時の被告人の出発時をとらえて,被告人が凶器が準備されているのを知って事務所のあるマンション北側のG駐車場に集合したとしている。これに対して被告人は,当時Bの自動車に本件凶器が積載されていることを知らなかったと供述している。

3  本件凶器がAやBらによって準備された7月24,5日頃から8月6日までの間に被告人が本件凶器の準備状況を知るにいたったという証拠は本件においては存在しない。そこで,本件当日の8月7日午後1時半ころ被告人が事務所に到着してから,午後9時ころ,同所から出かけるまでの間の状況について検討する。

前記のように,この間AらはF組員を探し出すため街を巡回したり,事務所に戻って来てそこにたむろしたりするなどの行動を繰り返していたものであって,被告人は事務所内に居て電話やファクス受けなど当番の仕事をしていたものであるが,AらはF組員を探し出す時の模様を被告人に報告するなど,両者の間ではFの話題が出ていたことは,被告人もAらも認めるところである。しかし,Aら5名のいずれの供述によっても,この際具体的にBの自動車に本件凶器が積載されていることが語られたという形跡はない。たしかに,Cの検察官調書には,被告人を交えた6人の話し合いの中で,木刀でF組員をやっつけるという話がなされたということが出ているが,もしこれが,Bの自動車に積載されていた本件凶器を使用して今夜F組員を襲うという趣旨であるならば,もっと進んで,どのような道具が準備されているのか,誰がどの道具を使うのかなどの話し合いがなされる筈であるのに,それらのことが話された形跡がない。従って,前記C供述が真実だとしても,これは単なる一般的な話として誰かが調子に乗って発言したにすぎないのではないかと推測され,これをもって,被告人が本件凶器の準備を認識するに至ったと断定することは相当ではない。

又被告人やAらの供述によれば,事務所内においても,被告人とAらは終始同じ部屋に居たわけではなく,被告人は電話のある部屋に,Aらはソファーやテレビのある部屋に居て,これらの部屋に必ずしも完全に仕切られた個室ではないけれども,テレビもつけ放しになっていて,必ずしも話の内容が全部筒抜けになるということではなかったということである。さらに被告人は,自分自身の生計上の用件(いわゆる「しのぎ」)に関し,盛んに携帯電話をかけていて,Aらが勝手に話していることをよくは聞いていなかったと供述している。被告人が山形登録の組員であり,月数回しか秋田の事務所に出て来ていないことから,被告人とAらの間にはそれほど密着した人間関係がなかったと考えられることから,前記のとおり被告人とAらが終始Fに関する話をしていたものではないという被告人やAらの供述も一概には否定できないといわなければならない。

このようなことから,結局事務所内の状況からは,被告人が本件凶器の準備を認識するに至ったとは断定できない。

4  そこで問題は,被告人がBの自動車に乗車する時,その後部座席に座ったか否かである。すなわち,もし被告人が後部座席に座ったとすれば,そこにはタオルに包まれ,その上に薄い座布団を被せられた鉄パイプや木刀など本件凶器が横に置かれていたのであるから,おのずから身体に対する感触から本件凶器が認識される筈だからである。被告人は「助手席に乗った」と供述している。

Bの自動車には運転したBと,もう一人Aが乗車したわけであるが,同人らの供述は変遷している。AとBは捜査段階では,被告人が「後部座席に乗った」と供述しているが,法廷における証言では,Bは「どちらに乗ったか覚えていない」とし,Aは「助手席に乗った」とし,その根拠に自分が後部座席が狭かったので被告人に助手席を少し前に引いてくれるように頼んだ記憶があると証言している。同人らは,捜査段階の供述は,取調官から組の幹部が後部座席に乗るのが当然ではないかとか,他の者がそう言っているなどと言われて,そのことの重要性を認識しないまま,取調官の質問に迎合して,そのように供述したと証言している。写真撮影報告書(甲20)のBの自動車内の写真によると,後部座席は助手席より狭く,かつ汚れていることが認められる。それに後部座席は本件凶器が置かれていたから,座り心地が悪かったことは想像に難くない。

そうであるならば,被告人がいかにAらより上の地位にある者でも,AやBが被告人に助手席を勧めること或いは被告人が自発的に助手席に乗ろうとした時敢えて後部座席に乗るように勧めないことは十分に考えられることである。検察官はAらが被告人の手前,又事前に組の上役から証言について注意されたこと等から被告人に不利なことを証言できないのであると主張する。たしかに,そのようなことは一般的には考えられることである。しかし,A,B両証人がそのことを否定している一方で,前記のとおり後部座席の狭さ,汚れ,座り心地の悪さなどの事情から被告人が助手席に乗ることの合理性が認められるかぎり,A,Bらの法廷における証言が,同人らの供述調書より信用できるというべきである(なお,D,Hの各供述調書の当該部分は撤回されている)。

又Cは,DやHらと共に自分所有の自動車「ミュー」に乗車したわけであるが,この際,Cは自分の自動車とBの自動車がG駐車場に並んで駐車されていて同時に出発したので,被告人がBの自動車の後部座席に乗車したのを見たと捜査段階では供述していたのに,法廷における証言では「見ていないからわからない」とし,捜査段階では取調官の皆がそう言っているからという誘導に迎合して,そのように供述したものであると証言している。ところが,そもそもBの自動車がG駐車場にCの自動車と並んで駐車していたかについても疑問がある。すなわち,被告人は捜査段階から一貫して,Bの自動車はG駐車場から事務所の入っているマンションの建物をはさんで反対側つまり建物の南側に面した路上に駐車されていたと供述しているところ,A,Bも捜査段階ではG駐車場に駐車していたと供述していたが(なおAの警察官調書では,前記のとおりの被告人の供述する位置に駐車していたと思うが,もしかしたらG駐車場であったかも知れない,との供述もある),法廷ではいずれもよくわからないと証言している。そして,Hは調書でG駐車場であったと供述しているが(Dの調書の当該部分は撤回されている),証人Iは被告人の供述どおりの位置であったと証言している。これらのことから,結局Bの自動車の駐車位置は判然とせず,あるいは被告人の供述するとおりの位置に駐車していた可能性もあり,そうなれば,Cが被告人のBの自動車における乗車位置を見るわけはないのであるから,同人の捜査段階の供述にも疑問が残るといわなければならない。

このように見てくると,被告人がBの自動車の後部座席に乗車したとは断定できず,それを前提として被告人が本件凶器の存在を認識していたという立論も又否定されなければならない。

5  なお,本件公訴事実が犯行場所をG駐車場としていることから,被告人がBの自動車に乗車する時点における行為をとらえて凶器準備集合罪を構成するとしているものであるが,本罪が継続犯であって,凶器準備の状態がいまだ継続しているとみられるBの自動車の走行中及び2台の自動車が停車して被告人らが降車した時の状況について,念のため検討する。

Bの自動車の走行中,車内において,被告人が凶器の存在を認識したという状況は,本件証拠上存しない。ただ,自動車が秋田市ae丁目f番g号J南方東寄りの駐車場に停車し,被告人やAら計6名が2台の自動車から降車した際,被告人を除くAらがBの自動車に積載していた本件凶器を取り出し,その一部を被服の下に隠して所持し,被告人を含む6名が連れ立って歩き始めたことは本件証拠上明らかであるが,この間の状況につき,被告人は,自分は先に歩きかけていたので,Aらが自動車から凶器を取り出して隠し持ったのを見ていないので当初は知らなかったが,しばらく歩いて行った後Bの衣服のふくらみから何か物を所持しているのではないかと不審に思って問い質し,その結果同人が特殊警棒を,その他2人が短い小木刀を所持していたことがわかったので,「どこかに隠せ」と命じたと供述している。

この点に関するAら5名の供述は一様ではなく,Aらが凶器を取り出す時被告人が傍らで見ていたとか,先の方を歩いていたので見ていなかった筈とか,被告人が何をしていたか記憶がないとかいうもので,明確ではない。又しばらく歩いた後警察官が居る大通りに出た時,Bらが所持していた凶器を植え込みに隠したことも本件証拠上明らかであるが,これが被告人かAか又Bか誰の指示によるものかについて各供述が符合していない。

たしかに,Aらが被告人が降車した直後,その車内から凶器を取り出して,「長い物は置いて行こう」とか「お前これを持て」等と話し合いながらそれぞれいくつかを所持するに至った際,このことを,被告人が全く知らなかったとはにわかに考え難い。しかし,一方F組員と話をつけに行くのに,凶器を持って行くか否かは重要なことであって,被告人が「お前たちでは駄目だから俺が行って話をつけてやる」と大見得を切って出かけて来たのに,部下の組員が凶器を所持することについて,これを知りながら何らの発言も指示もしなかったということも又考え難い。Cの供述には,自分たちが凶器を取り出すのを被告人は見ていたとあるだけで,何ら被告人の言動については述べられていないのは疑問である。又同供述には,被告人が普通の服を着ていて隠し場所がなかったから凶器を所持しなかったとされているが,これは理屈を述べただけで,被告人の行動を述べたものとは言えない。

このようなことから,被告人のこの時の状況に関する前記供述も又一概に排斥し難く,この時点における被告人の凶器に対する認識の存在を,にわかに断定することはできない。

6  以上の次第であるから,結局本件は犯罪の証明がないことに帰し,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 穴澤成巳)

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