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秋田地方裁判所 平成13年(わ)116号 判決 2002年2月20日

主文

被告人を懲役7年に処する。

未決勾留日数中180日をその刑に算入する。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1中華人民共和国の国籍を有する外国人であるが,平成12年6月17日,有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで,同国から航空機で大阪府a郡b町cd番地A空港に到着し,そのころ同所に上陸した後引き続き同13年6月10日まで大阪府内などに居住するなどし,もって,本邦に不法に入国し,上陸後引き続き不法に在留し

第2B及びCらと共謀の上,

1 平成13年6月10日午後零時18分ころから同日午後零時22分ころまでの間,山形県e市f町字gh番地のi株式会社D店において,同店店長E管理に係る化粧品約21点(販売価格合計8万6900円相当)を窃取し

2 同月11日午後2時3分ころから同日午後2時5分ころまでの間,秋田県j市k町字lm番地F株式会社G店において,同店店長H管理に係る育毛剤等約42点(販売価格合計20万6600円相当)を窃取し

第3平成13年6月11日午後2時10分ころから同日午後2時30分ころまでの間,同県j市n町字op番地株式会社I店において,B及びCらと共に,同店店長J(当時44歳)管理に係る発毛剤等29点(販売価格合計14万2460円相当)を窃取したところ,同人に気づかれて逃走し,同人及び同店従業員K(当時25歳)に追跡され,同市n町字qr番地株式会社L店駐車場において,同人らに追いつかれて逮捕されそうになるや,逮捕を免れるため,前記Kの顔面に所携の催涙スプレーを噴きつけ,前記Jに対し,同催涙スプレーを噴射した上,その顔面を左手拳で殴打するなどの暴行を加え,その際,前記暴行により,同人に約1週間の外来処置を要する顔面・頭部打撲傷,下口唇挫創の傷害を負わせ

たものである。

(判示第3の事実認定に関する補足説明)

第1争点

被告人は,本件第3の事実について,被害者を殴打した事実はなく,催涙スプレーを被害者のうち1名に対し噴射したが,これは逃げるためではなく,被害者らに押さえつけられた痛みに耐えきれずに噴射したものである旨供述し,それに基づき弁護人も被告人には逮捕を免れる目的がなかったので事後強盗致傷罪は成立せず,単に窃盗罪が成立するに過ぎない旨主張するので,以下検討する。

第2検討

1 被害者両名の法廷証言によれば,被告人の万引きを認知した当該店舗の店長のJと店員のKが逃走を企てた被告人を追跡した際,まずKが被告人に追いつき,その左腕を捕まえたが,被告人はズボンの右ポケットから催涙スプレーを取り出し,噴射したため,同人は顔面にスプレーを受けて,被告人から手を放してしまった,その直後にJがやって来て,被告人の胸倉をつかんだところ,被告人は,さらにJに対してもスプレーを噴射した,しかし,Jは顔を右下にそむけたため,スプレーは左顔面から頭部にかかったのみで,同人はひるむことなく,被告人を捕まえた手を放さなかった,その直後,被告人の手拳がJの顔面に当たり,同人は強い衝撃を受け,歯が欠け,唇を切って出血する傷害を負った,この場面はJ自身は顔を下に向けていたため目撃していないが,Kはスプレーのため,目から涙が出ている状態ではあったが,被告人がJの顔面を手拳で殴った(少なくとも自然に当たったとは思われない)のを見た,ということであり,この様子を近くで目撃したMの供述によれば,被告人がJの顔面を左手拳でストレートパンチのような格好で殴ったということである。

2 これに対し被告人は,当該店舗において万引きをして,逃走を企てたことは認めるも,J及びKにほぼ同時に追いつかれ,Jに左腕を,Kに右腕をそれぞれ捕まれ,2人に両手を後ろから上にねじ上げられ,地面に押さえつけられて膝をつく状態になり,身体の痛みに耐えられず,手を振りほどこうとして暴れ,右手が何とか自由になった時,ズボンの右ポケットに入れていた催涙スプレーを取り出して,地面から立ち上がろうとしながらKに向けてこれを噴射した,その後,Jから胸倉を捕まれて股間を何回か蹴られ,これを避けようと努力したが,同人を殴っていない,と供述している。

3 しかし,J及びKの各証言は,具体的で,特に不自然な点もなく符合し,目撃者Mの供述ともほぼ符合していること,被告人がJを故意に殴打したということについて,2人とも断定していないことやJが自らも被告人を蹴ったこと等被告人に有利なことも述べていること,特にJがスプレーを噴射された時,2人で被告人を押さえつけていたことは絶対にないと強調していること等から,両名の証言は総じて信用性があるというべきである。これに対して被告人の供述は,逮捕後2か月ほど万引き自体を否認していたこと,催涙スプレーを2人の店員に噴射したことが明らかなのに,1人の店員にしか噴射していないとしていること,被告人の手がJの顔面に当たったため,同人が怪我をしたことが明らかであるのに,故意か否かはともかく,当たったこと自体も認めていないこと(身体のどこかがぶつかった可能性があることはほのめかしている),本件催涙スプレーを護身用として知人からもらい,よくその機能を知らないまま1年近く常に携帯していたとか,蛇頭を通じて偽造旅券を使用して不法入国しているにもかかわらず,中国で勤めていた会社社長の指示で商談をするために日本に来たなどという,明らかに虚偽と思われる内容を含んでいること等に照らし,にわかに信用しがたい。

なお,弁護人は,被告人のズボンの右膝部分が実際に破れていることが被告人が2人に押さえつけられた証左であると主張するが,被告人が駐車場の自動車の下に盗品を隠そうとした時,あるいはスプレー噴射後,Jに蹴られたり押さえつけられたりなどして膝をついたかも知れないこと等からズボンが破れた可能性も考えられ,この一事をもって,被告人供述の信用性が高いということはできない。

そして,被告人がJの顔面を故意に殴打したか否かについては,現に被告人の手拳がJの顔面に当たり,同人が歯の欠損,唇の挫創等の傷害を負ったことは明らかであるところ,J自身直接殴打された瞬間を見ていないが,Kは被告人の内心の意思はわからないが,殴打と見られ,自然に当たったとは思われないと証言し,目撃者Mも殴打したと供述している。そして,それはJが催涙スプレーにもひるまず,被告人の前面に位置し,その胸倉をつかんで放さなかった時点であることから,被告人が何とかしてJの手を放させるため,故意に同人の顔面を殴るということが十分考えられる状況であった。このような点を総合すれば,被告人がJを故意に殴打したと認めるのが相当である。

なお,被告人に逮捕を免れる目的があったことは,被告人が現に逃走を企て,店舗より数百メートル先でJらに捕らえられたことから,明らかであるところ,被告人がスプレーを噴射する以前に早々と逃走の意思を放棄したとは到底考えられず,又,前記のとおり被告人が痛みに耐えられず催涙スプレーを噴射したり,殴打したりするような状況ではなかったと認められるので,被告人の逮捕を免れる意思は,Jらのほかにも人が寄って来て,被告人が暴れる行為を中止するまであったものというべきであり,被告人には強盗致傷罪が成立する。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は,出入国管理及び難民認定法70条1項1号,2項,3条1項1号に,判示第2の各所為はいずれも刑法60条,235条に,判示第3の所為は同法238条,240条前段にそれぞれ該当し,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を,判示第3の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,以上の各罪は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第3の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,偽造パスポートを利用して本邦に不法入国し,その後,中国人を中心とした窃盗組織に加わって,共犯者とともに2店舗で化粧品等を大量に万引きした上,単独で万引きが発覚して店員らに捕まりそうになり,逮捕を免れるため,店員らに催涙スプレーを噴射し,うち1名の顔面を殴打するなどの暴行を加えて,傷害を負わせたという出入国管理及び難民認定法違反,窃盗,事後強盗致傷の事案である。

被告人は,平成10年オーバーステイにより強制送還されたにもかかわらず,その2年後に,偽造パスポートまで用いて,本邦へ不法入国して第1の犯行をした(なお被告人は商用で入国したと供述しているが,信用しがたい),このことだけでも,わが国の外国人出入国に関する秩序を乱す悪質なものである上,さらにその後1年ほど大阪周辺で日雇いの土木作業員として稼働していたが,やがて失職し,東京へ出て来て中国人を主体とする窃盗組織に加わり,仲間と共に窃盗のため東北地方に赴き,本件第2,第3の犯行に及んだものである。被告人らの窃盗は,高額の化粧品等を狙って大量に万引きし,盗品はすぐに東京の仲間に送って換金するというものであって,きわめて計画的,組織的かつ職業的なものであり,悪質というほかはない。被害総額は,本件起訴にかかる分だけでも3店舗から43万5960円相当と多額に上っているほか,証拠上はさらに多数の余罪が窺われる。さらに,本件第3の犯行では,大量の化粧品等を万引きした際,店員に追いかけられ,予め準備していた催涙スプレーを店員に噴射し,その1名の顔面を手拳で殴打し,傷害を負わせた事後強盗であり,その犯行様態はきわめて悪質である。この種犯行を禁遏すべき一般予防の要請も強い。以上の諸点に照らし,被告人の本件刑事責任は重い。

ただ,被告人が窃盗組織に加わったのは比較的最近のことで,窃盗旅行は初めてであるということ,事後強盗致傷については,スプレーの噴射もそれほどの危害を与えず,殴打行為も1回にとどまり,被害者の負傷も加療1週間程度であって,比較的短時間で抵抗を中止して逮捕に応じていること,事後強盗の点は認めていないものの窃盗等については認め,反省の気持ちを表明していることなど,諸般の情状を考慮して,被告人を主文掲記の刑に処することとした。

(裁判長裁判官 穴澤成巳 裁判官 菊池絵理 裁判官 剱持亮)

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