大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 平成13年(行ウ)5号 判決 2001年10月12日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告がした(仮称)能代ニューライフセンターに併設される予定の市営住宅の実施設計の決定を取り消す。

第2事案の概要

本件は,能代市の住民である原告が,能代市長である被告に対し,地方自治法242条の2第1項2号の規定に基づき,(仮称)能代ニューライフセンターに併設される予定の市営住宅の実施設計の決定の取消しを求めた事案である。

1  前提となる事実(特に証拠を摘示していない事実は争いがない。)

(1)  原告は能代市の住民であり,被告は能代市長である。

(2)  原告は,平成13年5月2日,能代市監査委員に対し,(仮称)能代ニューライフセンター建設事業における市営住宅の工事費が地方自治法2条14項に違反しているとして住民監査請求をした。

(3)  能代市監査委員は,原告の請求が地方自治法242条所定の要件を具備しているものと認めて監査を実施した結果,平成13年6月18日付けで原告の請求を棄却した(甲1,弁論の全趣旨)。

2  争点

(1)  争点1

被告がした(仮称)能代ニューライフセンター建設事業における市営住宅の実施設計の決定(以下「本件決定」という。)が,地方自治法242条の2第1項2号で定める住民訴訟の対象となるか否か。

ア 原告の主張

被告が本件決定をしたことにより,(仮称)能代ニューライフセンターが建設されることが相当の確実さをもって予測されることになったから,本件決定による公金の支出は財務会計上の行為に該当する。

また,公共事業がいったん完成すれば原状回復は極めて困難であるから,これによる損害を未然に防止するためには,本件決定のように,それによって直接住民の権利義務が形成されたりその範囲が確定されたりすることがないものであっても,地方自治法242条の2第1項2号にいう行政処分として住民訴訟の対象とし,実質的な審査をすべきである。

イ 被告の主張

原告が取消しの対象としているのは本件決定であるところ,これは,地方公共団体において建設事業に係る請負契約を締結するための準備段階としての事実行為にすぎず,財務会計上の行為には該当しない。

また,本件決定は,法律に基づき,行政機関の意思により権利を設定し,義務を命じ,その他の法律上の効果を発生させる行為とはいえないから,行政処分にも該当しない。

よって,原告が取消しを求める本件決定は,住民訴訟の対象となりえないから,本件訴えは不適法である。

(2)  争点2

本件決定が地方自治法2条14項に違反するか否か。

ア 原告の主張

(仮称)能代ニューライフセンターの平成12年度計画概要によれば,同センターの全体工事費は24億5700万円で,そのうち市営住宅の概算工事費は40戸分で11億5693万2000円とされている(ただし,平成13年3月議会では,同センターの全体工事費は26億6777万6000円に増加している。)。不況下において住民が必死で納めている税金を,建設につき住民の合意の形成されていない秋田県随一の高額市営住宅に使うことは,「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と定める地方自治法2条14項に違反するものである。

イ 被告の主張

原告の主張を争う。

第3争点に対する判断

1  争点1について

(1)  地方自治法242条の2に定める住民訴訟は,公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で,選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの(行政事件訴訟法5条)として民衆訴訟に該当するところ,民衆訴訟は,法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができるとされている(同法42条)。したがって,法律が定める住民訴訟の定型に合致しない訴えは,不適法であるといわざるを得ない。

(2)  ところで,住民訴訟について規定する地方自治法242条の2第1項本文は,同法242条1項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき,訴えをもって同法242条の2第1項各号に掲げる請求をすることができると規定しており,住民訴訟の対象となるのは,同法242条1項に定める事項,すなわち公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・履行,債務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実,財産の管理を怠る事実に限られている。そして,住民訴訟制度は,これらの行為又は怠る事実が違法な場合,究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害することから,これを防止するため,住民に対し,その予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであることに照らせば,住民訴訟の対象となる前記各事項は,財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は事実としての性質を有するものに限られると解するのが相当である。なぜなら,財務会計上の行為又は事実としての性質を有しない一定の行政目的の実現のために行われるものについてまでをも住民訴訟の対象に含めるとすれば,一般行政上の違法を直接住民訴訟で争いうることとなり,地方財務行政の適正な運営の確保という住民訴訟の前記目的を逸脱することになるからである。

これを本件についてみるに,本件決定は,公の施設である市営住宅を建設するという一般行政上の責務の遂行を目的とするものであって,財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為としての性質を有するものとはいえない。

原告は,本件決定により,市営住宅を含む(仮称)能代ニューライフセンターの建設が相当の確実さをもって予測されることになったから,本件決定による公金の支出は財務会計上の行為に該当すると主張するが,原告が取消しの対象としているのは本件決定であり,また,本件決定が直ちに能代市に対して具体的な支払義務を発生させるわけではなく,公金を支出するためには建設工事請負契約を締結するなど,別途財務会計上の行為をなすことを要するから,その主張は採用できない。

(3)  また,地方自治法242条の2第1項2号にいう行政処分とは,行政庁がその優越的地位に基づき公権力を発動して,個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの具体的影響を与えるような対外的行為をいうところ,本件決定は市営住宅の実施設計についてのものであって,一般的にはこれに該当せず,また,本件決定に行政処分的性質を付与する特段の法的規制が加えられていると認めることもできない。

原告は,公共事業がいったん完成すれば原状回復は極めて困難であるから,これによる損害を未然に防止するためには,本件決定についても行政庁の内部的手続にすぎなくとも行政処分として住民訴訟の対象とすべきであると主張するが,住民訴訟が法律に定める場合にのみ提起することができる民衆訴訟であることは前記(1)のとおりであって,その趣旨に鑑みれば,原告の主張は採用できない。

(4)  なお,能代市監査委員は,原告の監査請求を適法なものとして受理した上で実体判断をしているが,そのことによって当該監査請求に引き続く本件訴えが適法となるものではない。

2  以上のとおり,本件決定は,財務会計上の行為としての性質を有するものではなく,かつ,行政処分にも該当しないから,地方自治法242条の2第1項2号で定める住民訴訟の対象とはなり得ない。

第4結論

よって,本件訴えは不適法であるからこれを却下することとして,主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例