秋田地方裁判所 平成14年(ワ)88号 判決 2004年12月27日
中華人民共和国<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
津谷裕貴
大阪市<以下省略>
被告
日本アクロス株式会社
同代表者代表取締役
A
盛岡市<以下省略>
被告
Y1
上記2名訴訟代理人弁護士
熊谷信太郎
同
布村浩之
同
吉村洋文
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,514万1125円及び内金513万4438円に対する平成13年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主位的請求
被告らは,原告に対し,連帯して,942万6630円及びこれに対する平成13年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
被告日本アクロス株式会社(以下「被告会社」という。)は,原告に対し,942万6630円及びこれに対する平成13年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告会社の登録外務員であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)から商品取引所法(以下「法」ということがある。)等に違反した勧誘を受けるなどしたため,被告会社に委託して行った灯油の先物取引により779万0730円の損失を受けたと主張し,主位的に,被告らの共同不法行為に基づき,予備的に,被告会社の委託契約の債務不履行に基づき,上記損失額相当の金員,慰謝料及び弁護士費用の損害賠償を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠の引用のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和42年に生まれ,昭和61年3月に秋田県立a高等学校を卒業後,b株式会社に入社し,平成元年に秋田県内にあるc株式会社(以下「c社」という。)に転職し,平成12年11月から平成13年3月の間は,同社製造技術部係長の地位にあった者である。
イ 被告会社は,商品取引員の許可を受けた株式会社である。
ウ 被告Y1は,平成12年春ころから平成13年7月ころまでの間,被告会社の登録外務員であって,同社盛岡支店の副課長の立場にあった者である。(被告Y1)
(2) 原告が行った取引の経過
ア 被告Y1は,平成12年秋ころ,原告の職場であったc社に電話をかけ,原告に対し,中部灯油の先物取引を勧誘した。
被告Y1は,同年11月14日,原告と面談し,中部灯油の先物取引を勧誘した。
イ 原告は,同月15日,被告会社に対し,商品先物取引を委託することを約した(以下「本件契約」という。)。(乙1)
原告は,同月16日から平成13年3月1日までの間,被告会社に委託して,別紙取引経過表のとおり,中部灯油の先物取引を行った(以下「本件取引」という。)。(甲1,乙7,17ないし20〔枝番号を含む。〕)
原告が被告会社に対しこの間に預託した委託証拠金の合計額は779万0730円である。
なお,中部灯油の取引単位(枚)は20キロリットルであり,1キロリットル当たりの価格(以下「呼値」という。)を20倍した金額が1枚当たりの取引金額となる。(乙5)
したがって,例えば,呼値が100円変動すると,手数料や消費税を考慮しないとすると,1枚当たり2000円の利益又は損失が生じることになる。
2 争点
(1) 被告らの不法行為責任の成否
(2) 被告会社の債務不履行責任の成否
(3) 原告の損害額
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(被告らの不法行為責任の成否)について
(原告)
被告らの以下の行為は,全体として,商品先物取引に名を借りた不法行為であるといえるが,被告会社としては組織的に行ったものであり,従業員は役割に応じてこれを分担して行ったのであるから,被告Y1は直接担当した行為の責任だけではなく,他の従業員が担当した行為についても共同不法行為者として責任を負い,被告会社は民法709条,715条により不法行為責任を負う。
ア 被告Y1の勧誘行為及び取引の経過
(ア) 被告Y1は,平成12年9月ころから,原告の職場に何度も電話をかけ,原告に対し,「チャンスがある。そういう時期である。会って話をしたい。」などと商品先物取引を勧誘した。
原告は,この勧誘の電話のために同人の職場の者に対し迷惑をかけていたことから,やむを得ず,被告Y1と面談することを約した。
(イ) 原告は,被告Y1と同年11月14日に面談し,一般的な説明を受けた。
被告Y1は,原告に対し,同月15日,電話で,相場の見通しがなかったにもかかわらず,「これから冬になるので灯油が値上がりし儲けられる。」,「今がチャンス。すぐお金は戻せる。」,「過去に,短期間で10万円が数千万円になった。」などと言って,先物取引の仕組みや危険性を説明せず,むしろ委託追証拠金制度があって安全であるなどと積極的に虚偽の事実を述べて,商品先物取引を勧誘した。
原告が,これに対し,仕方なく「3枚なら。」と答えたところ,被告Y1が「抽選なので100枚か200枚でないと駄目だ。」などと説明したため,原告が,「じゃあ100枚で応じる。」と返事をし,中部灯油の先物取引を始めることにした。このため,原告は,同人の母から祖母の遺産である現金を無理矢理頼んで借り受け,その支払に充てたが,必ず返さなければならない貴重なお金であった。
(ウ) 原告が同月16日に建てた100枚の買玉(以下「第1買玉」という。)の呼値は,2万7360円であったが,値下がりしてしまった。
被告Y1は,自分で取引をするのであれば,相場が予想と逆になった場合には仕切るのが一番だと考えていたが,原告に対し,翌日の同月17日,電話で,「今すぐ両建てをしなければ最初の入金分がなくなる。すぐ返せるし,利益もすぐに出る。」などと説明した。
原告は,何とか最初に入金したお金を取り戻そうと考えて両建することにし,被告Y1に対し委託証拠金210万円を支払った。これにより,原告は,最初の取引から2日間で200枚もの建玉をすることになった。
被告Y1は,このころ,原告との間で,中部灯油の価格が反発し,「とんとんになったら,まず切ろう。」などと,当初の買値を回復したら仕切ることを約した。
中部灯油の呼値は,同月27日後場3節,同月28日前場1節には2万7400円に回復していたが,被告Y1は,このときに第1買玉を仕切らなかった。
その後も原告は,被告Y1に対し,リスクがないようにと話しても,同人は,「忘れていた。時期を逃してしまった。」などと挽回の努力をせず,次のとおり,売買を繰り返し,損失を出し,原告に委託証拠金を支払わせ続けた。
(エ) 原告は,同月30日の前場1節で買玉100枚を,同年12月1日の前場1節で売玉100枚を,同月11日の前場2節で買玉25枚を建てたが,これらは途転に当たる。
また,原告は,同月1日の前場1節で売玉100枚を,同月6日の前場1節での売玉65枚を,同月12日の後場2節で売玉90枚を,同月26日の前場1節での売玉50枚を,平成13年1月16日の前場1節で買玉53枚を,同月22日の前場1節で売玉100枚を建てたが,これらはいずれも両建に当たる。
さらに,上記の平成12年11月30日付けの買玉100枚を建てた行為は直しに当たる。
(オ) 原告は,第1買玉につき,同年12月5日に35枚を呼値2万4710円で,同月26日に15枚を同2万1960円で,平成13年2月23日に50枚を同2万3420円でそれぞれ転売して仕切ったが,損失を受けた。
イ 被告Y1の勧誘行為の違法性
(ア) 適合性原則違反
商品先物取引を行うには,① 価格変動の要因について,知識,経験等に基づき自ら判断できる能力,② 商品先物取引をするための余裕資金を有すること,③ 業者に対し自分の意思を明確に伝える表現力が必要であり,これを欠く者を商品先物取引に勧誘することは,法136条の25第1項4号,受託等業務規則3条,5条1項1号,被告会社の社内規則(以下「社内規則」という。)により禁止されている。
しかるに,原告は,① これまで商品先物取引の経験がなく,その仕組み,危険性及び灯油の価格変動要因に関する知識等がなく,② 地元企業のサラリーマンであり,商品先物取引のために使用できる金額はせいぜい10万円であり,余裕資金もなかった上,③ 技術系の人間であったため表現力も不十分であったから,商品先物取引不適格者であった。
したがって,被告Y1が,原告に対し商品先物取引を勧誘をしたことは違法である。
(イ) 迷惑,執拗な勧誘
迷惑,執拗な勧誘行為は,省令46条5号ないし7号,受託等業務規則5条2号,社内規則により禁止されている。
しかるに,被告Y1は,上記ア(ア)のとおり,原告の職場に電話をかけて同人に対し商品先物取引を勧誘し,原告が断ったにもかかわらず,その後何度も,しつこく原告に対し電話による勧誘を続けたから,被告Y1のこれらの行為は違法である。
(ウ) 断定的判断の提供
断定的判断を提供して行う勧誘行為は,法136条の18第1号,第2号,省令46条8号,社内規則等により禁止されている。
被告Y1は,相場の見通しのないまま,上記ア(イ)のとおり,「今日は絶好のチャンス。」,「これから冬になるので灯油が値上がりし儲けられる。」,「過去に,短期間で10万円が数千万円になった。」などと具体的な例を出して,断定的な判断の提供を行っており,被告Y1のこれらの行為は違法である。
(エ) 説明義務違反
商品先物取引は,商品の価格変動要因の不安定なものが多く,取引の仕組みが複雑で,価格が自己の予測と反対方向に変動した場合には委託追証拠金が必要となるもので,取引の8割が損で終わる極めて危険な投機取引である。
したがって,商品先物取引を勧誘するには,同取引に関する基本的知識を十分理解できるよう説明しなければならない。また,同取引を委託を受けることになる会社の概要,取扱商品の実績,苦情や紛争の件数及びその内容について知らせなければならない(受託業務規則4条,5条4号)。
しかし,被告Y1は,原告に対し,上記のような説明をしないばかりか,「数量が少ないとできない。」,「50枚ないし100枚でできる。」,「お金はアクロスが立て替えるので,5日以内に210万円を用意するように。」などと虚偽の説明をして,原告を本件取引に引きずり込んだ。
また,被告Y1は,中部灯油の先物取引を何故勧めるのか,被告会社も自己取引のポジションについて何ら説明しなかった。
また,両建についても,仕切りのタイミングが極めて難しいこと等を十分に説明しなければならなかったが,被告Y1はこれを怠った。
よって,被告Y1の本件での勧誘行為は,違法である。
ウ 取引開始後の被告Y1の行為の違法性
(ア) 新規委託者保護義務違反,過当取引
商品先物取引は,極めて投機性が高く,危険であること,一般消費者にとって,商品の価格変動要因に関する情報が乏しいこと,価格が刻一刻と変動するものであり,これに対応するためには即時に,機動的に注文を出さなければならないことから,一般消費者が商品先物取引に参加することには懸念があるとされている。
したがって,被告会社は,原告のような新規の顧客に対し,商品先物取引に習熟するまでの間,損害を受けないよう保護すべき義務を負っており,平成11年の商品取引所法改正以降は社内規程に委ねられるところとなった。また,過当取引も禁止されている(取引所細則,省令46条2号)。
しかるに,被告会社では,受託等業務管理規則7条において,新規委託者に対する保護を定めていたところ,被告Y1は,原告に,取引開始日の平成12年11月16日から買玉100枚,同月17日に売玉100枚と,2日間で200枚の取引をさせており,違法である。
(イ) 両建
同一商品について,既存の建玉と反対の玉を建てる行為を両建というが,売玉と買玉を同時に建てること自体無意味であるばかりか,委託者は二重に手数料を取られ,また,両方の玉が共に損となる可能性も高く,商品先物取引業者にとって委託者を泥沼に引き込む常とう手段といわれ,商品先物取引の諸悪の根源といっていいほどの悪質な取引方法である。
しかるに,被告Y1は,上記ア(エ)のとおり,原告に7回の両建をさせたから違法である。
(ウ) 特定売買
特定売買とは,途転,難平,両建,直し(買直し,売直し),日計りをいうが,これは,委託者に損害を与える危険な取引であり,旧通商産業省のミニマムモニタリング(MMT),農林水産省のチェックシステムによれば,特定売買の割合(特定売買比率)が全仕切玉数の20パーセント,月間回転率が3回,損金に占める手数料の割合(手数料化率)が10パーセントを超える取引は違法というべきである。
本件では,① 本件取引のうち特定売買に当たるものは,上記ア(エ)のとおり,両建は6回(途転でもある1回は途転として算定するので,両建の回数には含めない。),途転は3回,直しは1回の合計10回となるから,本件15回の取引に占める特定売買の割合は66.66パーセントとなり,② 本件取引は,平成12年11月16日から平成13年3月1日までの3か月と16日間の間に15回の取引が行われたから,月間回転率は5回となり,③ 取引損776万円のうち手数料は197万5600円であったから,手数料化率は24.45パーセントであったから,違法となる。
(エ) 一任売買
委託者が商品取引員に対し売買を一任することは禁止されているところ(法136条の18の3号,省令46条3号,受託契約準則24条),原告は被告Y1から相場の状況について連絡を受けていたが,価格変動要因を知らなかったため,将来の価格の動向,対処方法等がわかるはずもなく,結局,被告Y1の情報と判断に頼らなければならなかったから,実質的には一任売買であり,違法である。
(オ) 向玉
向玉とは,顧客の建玉に対する反対の建玉をいうところ,① 商品取引員が委託者の建玉全部に向かう全量向玉と,② 委託者の建玉の買玉と売玉の差について向玉をする差向玉がある。
商品取引員は,向玉を行うことにより,取引所との関係では精算金を支払わないですませ,最低限委託者の取引を成立させることにより委託者からの手数料収入を得た上,取引利益を得ることができる。
これは,委託者を犠牲にして利益を得るものであるから,商品取引員の委託者に対する善管注意義務,誠実公正義務に反することになる。
本件では,被告会社は,以下のように向玉を行っていたから,違法となる。
① 被告会社は,平成12年11月16日,前場1節で売玉235枚を建てながら,原告には買玉100枚を建てさせた。
② 被告会社は,同月17日,前場1節で,買玉388枚を建てながら,原告には売玉100枚を建てさせた。
③ 被告会社は,同月29日,前場2節で売玉485枚を建てながら,原告には買玉100枚を建てさせた。
④ 被告会社は,同月30日,前場1節で,売玉107枚を建てながら,原告には買玉100枚を建てさせた。
⑤ 被告会社は,同年12月1日,前場1節で,買玉468枚を建てながら,原告には売玉100枚を建てさせた。
⑥ 被告会社は,同月12日,後場2節で,買玉117枚を建てながら,原告には売玉90枚を建てさせた。
⑦ 被告会社は,平成13年1月22日,前場1節で,買玉100枚を建てながら,原告には売玉100枚を建てさせた。
⑧ 被告会社は,同年2月23日,前場2節で,買玉50枚を建てながら,原告には売玉50枚を建てさせた。
⑨ 被告会社は,同年2月26日,後場1節で,買玉33枚を建てながら,原告には売玉12枚を建てさせた。
(カ) 誠実公正義務,配慮義務,情報提供義務の違反
商品取引員は,主務省から許可を得て営業をするものであるから,高度の注意義務を負っているところ,平成11年の改正により誠実公正義務も負うことになり,許可業者にふさわしい,高度の注意義務,具体的には配慮義務,情報提供義務等を負うことになった。
しかし,被告Y1は,第1買玉100枚の価格が下がり続けていたところ,原告との間で価格が回復したら仕切ることを約束をしたにもかかわらず,相場が回復した平成12年11月27日,28日に仕切ることを勧めずに放置した上,上記(ウ)のとおり特定売買により原告に損害を与えたから,上記各義務に違反し,違法である。
(被告ら)
原告の主張は結果論にすぎず,以下のとおり原告の主張上記を否認し,被告らの不法行為責任を争う。
ア 被告Y1の勧誘行為及び取引の経過
(ア) 被告Y1が原告主張のような態様の勧誘を行ったことを否認する。
(イ) 被告Y1は,平成12年10月下旬ころ,原告の勤務先のc社に電話をかけ,原告に対し,「灯油の値動きを利用した商品先物取引の勧誘をしているが,少し話を聞いていただけないか。」と話したところ,原告は,被告Y1の勧誘を断ることなく,二,三週間先であれば時間をとることができると思うと答えた。
そこで,被告Y1は,原告に対し,同年11月初旬ころ,電話をかけたところ,原告は,翌週であれば時間がとれると答えた。
被告Y1は,同月13日に原告の職場に電話をかけ,原告と話をしたところ,原告が昼休みの時間帯にc社において面談することを希望したので,同人との間で同月14日午後1時から○○で面談することを約した。
(ウ) 被告Y1は,同日昼ころ,c社を訪問し,原告と昼休みの時間に面談し,同人に対し,被告会社の会社概要を説明してから,商品先物取引委託のガイドを交付し,それを示しながら商品先物取引の仕組みや危険性(元本割れする可能性のあるハイリスク,ハイリターンな取引であること)等を説明し,更に,中部灯油のパンフレットやチャートも交付し,中部灯油1枚当たりの委託証拠金額,値幅制限,取引時間等を説明した。
被告Y1は,この際,中部灯油の相場について,冬の需要があること,OPEC(オペック)の増産見送り等の材料に基づき価格値上がりの見込みを有しており,原告に対しこの見込みを伝えたが,同時に,値下がりすることもあり得ることも説明しており,必ず値上がりするといった説明はしなかった。
被告Y1は,原告に対し,買玉100枚(必要となる委託証拠金額は210万円)の取引で灯油の価格が1000円上昇した事例を用いて説明したところ,同人から,「下がったときはどうなるのか。」,「いつまで持っていることができるのか。」,「何枚からできるのか。」などと質問を受けたので,価格が下がったときには当然損になること,決済方法や委託追証拠金制度があること,取引は1枚からできること等を説明した。
被告Y1は,原告に対し,これらの説明の節目節目で,説明した内容について理解できているか否かを確認したが,原告は,いずれも理解したと答えた。
原告は,中部灯油の先物取引に興味を持ったものの,昼休みが終わり,被告Y1の説明が途中で終わってしまったため,後で電話することにしてこの日の面談を終えた。
(エ) 被告Y1は,同月15日,原告に対し,電話をかけ,これまで原告と同世代のサラリーマンに対し通常提案していたのと同様に,中部灯油50枚(必要となる委託証拠金の額は105万円)の先物取引を提案したところ,原告から100枚(同210万円)で取引をすることを考えているが,できないかと聞かれたため,少し驚きながらも,100枚で取引することはできる旨答えた。この際,被告Y1は,原告に対し,取引の資金について確認したところ,同人は,家を建てたときの資金が余っていると答えた。
そこで,被告Y1は,同日,原告が希望したc社で原告と面談し,商品先物取引の仕組み,危険性,委託追証拠金制度について詳しく説明し,書面を用いながら,予測が外れた場合に決済,委託追証拠金,難平,両建等の方法があることを紙に具体例を書きながら説明した。原告は,被告Y1が各方法についてそれぞれ理解できたか否かを確認すると,理解できていると答え,約諾書に署名し,押印した。
そして,原告は,被告会社に対し,商品先物取引の口座設定申込みをしたが,その申込書に商品先物取引の仕組みや危険性について十分に理解した上で申し込む旨記載し,土地建物,田畑山林,1000万円未満の預貯金があること,インターネットや経済新聞により経済情報を入手し,当初の取引予定資金は500万円未満であることを申告した。
被告Y1は,この際,原告との間で,同月16日の朝にc社を訪問し,中部灯油100枚の買玉を建てるための資金である210万円を預かることを約した。
(オ) 被告Y1は,同月16日の朝,c社を訪問し,原告から210万円を預かった上で,被告会社盛岡支店に電話をかけて,原告の注文を伝え,売買を成立させた。
しかし,中部灯油の価格が予想に反して値下がりしたため,被告Y1は,同日,原告と相談し,翌日の同月17日に価格が戻らなければ決済,追証,難平,両建等の方法で対処せざるを得ないが,翌日の相場をみて対処方法を決めることにした。
被告Y1は,同月17日の朝,海外の外電から中部灯油の価格が戻りそうにないと判断し,原告に対し,損切り決済することを提案したが,委託追証拠金を入金する方法があることも説明した。なお,被告Y1は,原告に対し,両建にしないと全部消えるとか,両建すれば必ず戻せるというようなことは言わなかった。
原告は,損切り決済はしたくなかったこと,委託追証拠金を2度入金しなければならない可能性もあったことから,両建をすることを決め,売玉100枚を建てた。
(カ) 原告は,同月24日付けの被告会社のアンケートに対する回答で,商品先物取引委託のガイドの交付を受け,説明を受けたこと,商品先物取引に元金等の保証はなく,相場の変動により損をすることがあること,相場の変動により損計算が委託本証拠金の半分を超えた場合には建玉を維持するのであれば委託追証拠金を入金しなければならないこと,1日の値動きには値幅制限があり,ストップ値がついた場合には売買注文が成立しないこともあること,残高通知書には建玉状況,証拠金内訳,返還可能金額等が記載されており,その内容をよく確認の上異議の有無について回答すべきこと等を理解できた旨回答した。
(キ) 原告は,同月29日,中部灯油の価格が大きく下落していたことから,被告Y1と相談し,多少反発が来るのではないかとの判断から,買い増しして対応することにし,売玉100枚を一旦仕切って若干の利益を出し,新たに買玉を建てることに決めた。
(ク) 原告は,遅くとも同月下旬ころ以降,インターネットを利用して中部灯油の値動きを把握し,チャートの研究をするようになり,被告Y1が不在の場合にはその上司に当たるBと1日に2回程度連絡を取り,相場状況,価格の予想,原告の取引状況について協議した上で,取引を行った。なお,原告が被告Y1の提案を断ることも何度かあった。
原告は,同月17日以降の取引においても両建を行ったが,すべて自らの判断で行い,申出書が差し入れられた。
(ケ) 原告の預託限度額の上限は,被告会社の内部規則上,500万円であったが,被告会社に対し,同年12月22日,同上限を1000万円としたい旨の申請し,162万円の入金し,取引を継続した。
(コ) その後も,原告は,被告Y1と連絡を取り,協議しながら,本件取引を行ったが,原告は,自己の相場観を持って取引し,本件取引継続期間中,被告らに対し異議や苦情を述べることはなかった。
イ 被告Y1の勧誘行為の違法性について
(ア) 適合性原則について
原告の主張を否認し,争う。
原告の適合性原則の主張は,独自の見解であって到底採り得ない。
法136条の25第1項4号には,受託等業務規則3条,5条1項1号は知識,経験及び財産の状況を基準としており,原告が主張するような内容の規定ではなく,また,旧取引所指示事項は,不適格者の例として未成年者,年金生活者,主婦,公金出納取扱者等を挙げていた。
原告は,土地建物のほか,田畑山林を所有する資産家であり,被告Y1に対し,家を建築したときの資金が余っている旨述べ,取引予定資金を500万円以内と申告し,実際,初回取引で210万円,その翌日に210万円を預託できるほどの資力を有していた。また,原告は,所帯を持ち,勤務先のc社では約90人の従業員が働く製造三課の製造技術係長という責任ある立場にあった者であり,また,インターネット,経済新聞や経済誌から経済情報を入手していた教養ある社会人であって,到底上記例示の不適格者と同列には論じられない。また,被告Y1は,取引の前後を通じて,c社に電話をかけ,原告と電話連絡を取っていたから,原告が仕事のために商品先物取引について判断する余裕がまったくないということはなかった。
実際にも,原告は,上記ア(ウ)のとおり,被告Y1の説明を聞いて,質問し,理解できたことに鑑みれば,商品先物取引の不適格者ではない。
(イ) 迷惑,執拗な勧誘
原告の主張を否認し,争う。
被告Y1が原告に対してした電話による勧誘の態様は,上記ア(イ)のとおりであって,被告Y1が原告から勧誘を断られたのにもかかわらず,勧誘を続けたという事実はない。
(ウ) 断定的判断の提供
原告の主張を否認し,争う。
被告Y1が原告に対してした説明の内容は上記ア(ウ)及び(エ)のとおりであって,商品先物取引が安全確実であるというようなことは言っていない。
実際,原告が,被告Y1に対し,本件取引継続中に,必ず儲かるという話だったのに,損が出たという苦情を受けたことはなかった。
(エ) 説明義務違反
原告の主張を否認し,争う。
被告Y1が原告に対してした説明の内容は上記ア(ウ)及び(エ)のとおりであって,商品先物取引の仕組みや危険性について説明しなかったとか,数量が少ないとできないとか委託追証拠金制度があって安全であると説明した事実はない。
また,商品取引員が自己取引を行うことは認められているから,自己玉についての説明義務なるものは,原告独自の見解であって,到底認められるものではない。
ウ 取引開始後の被告Y1の行為の違法性について
(ア) 新規委託者保護義務違反,過当取引
原告の主張を否認し,争う。
新規委託者の取扱いについては,平成10年の商品取引所法の改正により,各商品取引員の判断に委ねられることになっており,省令46条2号は,原告が主張するような規定ではない。
被告会社では,平成10年9月1日制定,平成12年4月3日改正の受託業務管理規則で,新規委託者保護として3か月間の保護育成期間中の資金の上限を設定したが,本件では,同年12月22日,原告が同規則別添②第2項に基づき,超過申出をし,被告に対し500万円を超える委託証拠金を入金したのであり,新規受託者保護義務に違反した事実はない。
また,商品先物取引の1枚あたりの委託本証拠金の額は,東京灯油が10万5000円であるのに対し,中部灯油は2万1000円というように銘柄により異なるものであるから,単に100枚という枚数のみを取り上げて論じることは失当である。
仮に,本件取引に同規則違反があったとしても,これは社内規則の問題であるから,損害賠償請求権を根拠づける違法性は生じない。
(イ) 両建
原告の主張を否認し,争う。
商品取引所法施行規則46条1項11号は,同数量,同限月の両建を勧めることを禁止しているだけである。
また,両建は,既存の建玉に値洗い損が生じたが,決済して損失を確定させる決断に至らず,かつ,目先の相場動向の予測がつきにくい場合に用いられる手法であり,既存建玉に対応する新規玉を建てるのであるから,目先相場が乱高下しても相互の建玉の損益が相殺されて損失の拡大を予防することができ,委託者にとって全く有害無益なものということはできず,これを違法ということはできない。
本件でも,原告は,OPECの追加増産見送りの情報等から中部灯油について値上がりの相場観を有し,第1買玉を建てたが,予想に反し,値下がりし,委託追証拠金が発生する結果となったことから,被告Y1と相談して両建することを選択したのであるから,違法ではない。
(ウ) 特定売買
原告の主張を否認し,争う。
原告が主張するように,監督官庁による基準が出された事実はなく,また,農林水産省や旧通商産業省の通達(チェックシステム,ミニマムモニタリング)は,もともと行政上の規制でも,特定の委託者の取引についての違法性を判断するための基準でもなかった上,平成11年4月にいずれも廃止された。
また,① 特定売買比率という基準は,偶然の入る余地が大きく,同数の取引でも限月や場節を分けて建玉することにより大きく異なってしまうこと,② 手数料化率は,全委託者受取手数料の合計を預かり証拠金の合計で除すべきものであるのに,原告の主張は原告のもののみを算定している点,損金に占める割合として計算している点で誤りがあること,③ 月間回転率は,監督官庁や取引所の示した基準ではなく,根拠がないことから,原告の主張は到底認められない。
(エ) 一任売買
原告の主張を否認し,争う。
本件取引は,すべて,原告と被告会社担当者が事前に連絡をとりあって,双方協議し,原告の指示により行われたものであり,原告の指示なく行われたものはない。
実際,被告会社は,原告から,本件取引の間に,異議を受けたことはなかった。
(オ) 誠実公正義務,配慮義務,情報提供義務違反
原告の主張を否認し,争う。
原告は,誠実公正義務,情報提供義務や配慮義務を独自に解釈し,被告らに対し,結果論に基づく根拠なき義務を負わせようとするものであり,到底認められない。
(2) 争点(2)(被告会社の債務不履行責任)について
(原告)
上記(1)で主張したとおり,被告会社は,商品取引員としての善管注意義務に違反し,被告会社は,原告に対し,債務不履行責任を負う。
(被告会社)
上記(1)のとおり原告の主張を否認し,被告会社に債務不履行責任があることを争う。
(3) 争点(3)(原告の損害額)について
(原告)
ア 預託金残金
原告は,被告会社に対し,平成12年11月16日から平成13年1月26日まで,合計779万0730円を預託した。
イ 慰謝料
原告は,被告らの違法行為により,多額の金銭を詐取され,この間甚大な精神的損害を受けたから,これを慰謝するにはアの約1割に相当する77万9000円を下らない。
ウ 弁護士費用
本件は,弁護士に訴訟の追行を委任しなければこれらの損害を回復できないから,その費用は85万6900円が相当である。
エ 以上のとおり,原告が被告らの違法行為により受けた損害額は,合計942万6630円である。
(被告ら)
ア 原告主張アの預託金残金があることを否認する。
被告会社は,原告に対し,本件取引終了時に原告から預託を受けた779万0730円のうち2万2150円を清算金として返金した。
預託金残金が原告の損害となるとする主張は争う。
イ 原告主張イの慰謝料,ウの弁護士費用についての主張は,否認し,争う。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(被告らの不法行為責任の成否)について
(1) 上記前提となる事実及び証拠(甲1,5,6,11,12,25,27,乙1ないし3,5,7ないし11,13,17,18,20,25ないし27,34,35〔枝番を含む〕,原告本人,被告Y1本人)によれば,次の事実が認められる。
ア 原告は,昭和42年に秋田県●●●で生まれ,昭和61年にa高等学校を卒業し,同年からb株式会社に,平成元年からはc株式会社(以下「c社」という。)にそれぞれ勤務し,本件取引当時,同社製造部製造三課の統括係長の職にあり,年間400万円程度の収入を得ていた。
原告は,本件取引をするまで,商品先物取引や証券取引をした経験がなかった。
本件取引当時に原告が有していた財産は,平成12年2月21日に売買により取得した土地の持分5分の4,同土地上に同年10月28日に新築した自宅建物,農地(田)のほか,現金少々があったが,同土地及び同建物には被担保債権額を2600万円とする抵当権が設定されていた。
イ 被告会社が本件取引の当時に定めていた委託業務管理規則には,次のような定めがあった。
(ア) 第3条(勧誘の際の説明義務)
被告会社は,商品先物取引の勧誘に当たり,商品先物取引の仕組み,上場商品に関する知識及び情報収集の方法等の基本的知識について詳細に説明するとともに,取引の投機的本質について危険開示を行い,委託者には自己の判断と責任において取引を行うことについての十分な自覚を促した上,参加を求めることとする。
(イ) 第7条(新規受託者の保護育成措置)
被告会社は,商品先物取引の経験のない新たな委託者から受託があった場合,委託者の保護育成を図るため,① 商品先物取引についての理解と確認等を行い,必要に応じて知識の啓蒙を行い,② 取引に当たっては余裕資金を保持した取引を励行させ,資金力,理解度,判断力,取引経験等からみて明らかに不相応と判断される取引に対しては抑制する等の措置をし,③ 当初の委託証拠金の預託額が200万円未満の場合は,初回取引から3か月間の預託金の限度額は200万円を上限とし,当初の委託証拠金の預託額が200万円以上500万円未満の場合には,初回取引から2か月間の当該預託金の限度額は500万円を上限とすることとする。もっとも,委託者の申出があり,被告会社において承認された場合,預託額が200万円未満の場合には500万円を上限として,当初預託額が200万円以上500万円未満の場合には1000万円を上限として,限度額を拡張することができる。
ウ 中部灯油の先物取引価格は,様々な価格変動要因による影響を受けて頻繁に変動するものであって,1日の取引の中でも場節によって価格が上下したり,1か月の中でも価格が上下し,必ずしも価格が一本調子で上昇したり,下落するものではない。
そして,被告会社と顧客との間では,中部灯油の先物取引において,各取引日の最終約定値段により計算した値洗い損が委託証拠金の5割に相当する金額を超え,かつ,当該建玉を決済しない場合,顧客は委託追証拠金を預託することが必要とされ,個別の取引日において価格が一定程度変動した場合には,決済して損失を負担するか,委託追証拠金を預託するかを選択しなければならない。もっとも,顧客が委託追証拠金を預託しても,価格が反発しなければ更に同様の選択を迫られることになる。
エ(ア) 被告Y1は,平成12年春ころ,被告会社の登録外務員となり,それ以降,同社盛岡支店において,名簿に基づき,多くの人に電話をかけ,商品先物取引の説明をし,興味を示した人には直接会って,更に詳しい説明をし,商品先物取引の勧誘を行っていた。なお,被告Y1が外出中に委託者から電話があった場合は,他の登録外務員が電話を受け,取引を勧めるなど応対することになっていた。
被告Y1は,同年10月中旬ころ,上記同様に名簿に基づき,原告の勤務先であったc社に電話をかけ,原告に対し,これから冬に向けて灯油の価格が高騰する見込みがあること,灯油の先物取引(買建て)により儲けることができる,今がチャンスであるなどと話し,具体的なことは会って説明したいと告げた。原告は,「今は忙しい。」,二,三週間後なら時間ができるので説明を聞いても構わないなどと答えた。
そこで,被告Y1は,同年11月初めころ,改めて,c社に電話をかけ,原告に対し,灯油の先物取引について会って説明したい旨を告げた。原告も,灯油の先物取引に興味を持ったことから,被告Y1が同月14日c社を訪問し,原告に対し取引の説明をすることになった。
(イ) 被告Y1は,同日昼ごろ,c社を訪れ,原告の昼休みの時間帯に同人と面談し,新聞に載っている被告会社の広告を見せて同社の概要を説明した。
被告Y1は,この際,原告から商品先物取引や株式取引等の取引を行った経験がなかったことを聞いたことから,同人に対し,商品先物取引の仕組み,商品先物取引は元本や利益の保証のないハイリスク・ハイリターンな取引であることを説明した。しかし,原告は,これまで商品先物取引のような取引について知識も経験もなかったことから,被告Y1の説明を十分には理解できなかった。
被告Y1は,原告に対し,① OPECは,各国から原油価格の高値継続を是正するために平成12年中5回目となる原油の増産を求められていたが,これを見送ることを決めたため,当面は原油高が続く見通しであるとの同月13日付日本経済新聞夕刊の記事と,② 「原油価格高騰!!厳冬に脅える」,「OPEC増産に限界が……」といった見出しが書かれた被告会社作成の中部灯油の先物取引を紹介するパンフレット(乙5は,平成12年末までのデータは記載されている一方で,平成13年のデータは含まれていないことから,本件の勧誘時よりも後に作成されたものであるが,平成12年から平成13年にかけての冬の期間に作成されたものであり,データの点以外は本件勧誘時の記載とほぼ同一であったものと推認できる。)を見せながら,灯油価格の高騰が予想されるから,中部灯油の先物取引で買建てすれば,利益を得られる絶好のチャンスであることを説明した。この際,被告Y1は,中部灯油を100枚買建てした事例を用いながら具体的な説明をした。
なお,このパンフレットには,「今年の冬が厳しいと暖房油が不足するとの予想が一般的」,「客観的にみますと,厳冬に脅えていると言えなくもありません。」などと曖昧な説明があり,原油価格についても「30~35ドルの高値圏での安定推移の見通しが一般的」として,決して今後も原油価格が高騰する見込みがあるという記載がされていたわけではなかった。
原告は,被告Y1の上記説明を聞いて,商品先物取引の仕組み,危険性について十分に理解することはできなかったものの,被告Y1が挙げた上記の説明内容から,その説明のとおり,中部灯油の先物取引により利益を得る絶好のチャンスであると考え,中部灯油の先物取引に興味を持った。しかし,原告の昼休みの時間が終わってしまったため,取引を始めるまでには話が進まなかった。
原告は,被告Y1が説明したように買玉100枚を建てるには,手持ちの資金だけでは足りなかったが,原告の母親が原告の祖母から相続した金銭があったことから,これを借り入れれば取引ができると考えた。
(ウ) 被告Y1は,同月15日の朝ころ,再度c社に電話をかけ,原告に対し中部灯油の先物取引を勧誘したところ,原告は,買玉100枚を建てることを決めた。原告は,上記のとおり,原告の祖母の遺産のお金を母親から借りて中部灯油の先物取引の資金210万円とすることを考えていたが,被告Y1に対しては住宅建築資金の残りであるとの説明をした。
そこで,被告Y1は,同日昼ころ,改めてc社を訪れ,昼休みの時間を利用し,原告に対し,書面(乙2)を示しながら,商品先物取引の仕組みや危険性に関する説明を行った。
同書面には,① 商品先物取引が元金や利益を保証するものでなく,少額の委託証拠金により取引を行うため預託した証拠金以上の損失が発生するおそれ等の危険を有する取引であること,② 委託追証拠金制度の内容,③ 予測が外れた場合には,損失を覚悟の上でいつでも決済できるが,委託追証拠金を入れる方法,損勘定になっている建玉と同じ建玉をする「難平」,従前の建玉の方向を逆転する玉を建てる「途転」,ある玉を建てたが,価格が予想と反対方向に動いた場合に,新たに逆の玉を建てる「両建」という方法もあること,この両建は,一方を処分し価格が逆方向に行った場合には損金が大きくなるので十分な注意が必要であることが記載されていた。
また,被告Y1は,買玉100枚を建てた事例で,値上がりした場合と値下がりした場合にどうなるかを同書面に記載しながら,説明した。
原告は,この書面に,上記の点について「説明を受け理解しました。」と記載された下に,署名し,押印した。
そして,原告は,被告会社との間で,本件契約を締結したが,その際作成した約諾書(乙1),先物取引口座設定申込書(乙35)において商品先物取引の危険性等について理解した旨の回答をした。また,原告は,同申込書に記載されていたアンケートに対し,資産状況について,年収は500万円未満,預貯金等は1000万円未満,経済情報はインターネットから得ている,購読新聞は経済新聞であると回答した。このうち預貯金等は選択肢が1000万円未満か1000万円以上しかなかったためこのような回答になり,また,経済情報の入手方法や購読新聞については,原告はインターネットも経済新聞の購読もしていなかったが,被告Y1の言うままに回答した。
オ(ア) 原告は,同日,その実母から,住宅ローンの支払の関係で一時的に必要になったと偽りの事実を述べて210万円を借り入れ,同月16日朝,被告Y1に対し,210万円を渡し,中部灯油の買玉100枚を建てることを委託する注文をした(本件取引の経過は別紙「取引経過表」のとおりである。)。
原告が同日の前場1節(なお,中部商品取引所では前場及び後場各3節の合計6回の立会に売買を集中させる売買方法をとっていた。)で,建てたこの買玉(以下「第1買玉」という。)の呼値は2万7360円であったが,その日のうちに値下がりし,委託追証拠金の発生が見込まれたことから,原告と被告Y1は,電話で相談し,翌日の価格の様子を見て対応を決めることにした。
結局,同日の値洗い損は110万円となり,仮委託手数料23万1000円と合わせた仮差引損金は133万1000円となった。
(イ) 被告Y1は,同月17日朝,原告に対し電話をかけ,中部灯油の価格が回復する見込みがないとの予想を伝えた。
原告は,被告Y1から利益が得られる絶好のチャンスなどと聞いて,実母から金を借りて第1買玉を建てており,決済して損を出す訳にはいかないと考え,被告Y1に対し,損切りはしたくないと伝えた。
被告Y1は,このように価格が予想と逆になった場合には,損を覚悟で仕切るのが一番であると考えていたが,原告が損を出したくないと言ったので,同人に対し,両建を勧めた。
原告は,この被告Y1の勧めにより,売玉100枚を建てて両建することにし,210万円を交付し,100枚の売建てを委託した。
この売玉の呼値は,2万6570円であり,当初の買玉100枚と合わせた値洗い損は158万円,仮委託手数料は46万2000円となり,仮差引損金は204万2000円と拡大した。
(ウ) 中部灯油の価格は,同月20日ころから少し回復し,後場3節の呼値は同月24日に2万7000円,同月27日に2万7400円となっており,第1買玉の買値とほぼ同じ額になっていたが,同月28日はまた値下がりを始め,同日の前場1節では2万7400円だったものが,後場3節には2万7010円となった。
被告Y1は,この間も,原告と1日に2回程度電話で連絡を取っていたが,原告に対し,価格が回復しているから,決済をしたほうがいいと勧めることも,何らかの取引を勧めることもしなかった。
原告は,同月29日,被告Y1から,同月17日に建てた売玉100枚を仕切ること,新たに買玉100枚を建てることを勧められたため,被告会社に対しそのとおりの取引を委託した。同日前場2節の呼値は2万6350円であり,上記売玉100枚を仕切ったことによる売買差益は44万円となり,これから,手数料22万円,消費税1万1000円を控除した差引益金は20万9000円となったが,この日建てた買玉が値下がりしたため,値洗い損は218万円,仮委託手数料は46万2000円となり,仮差引損金は264万2000円に拡大した。
(エ) 原告は,同月30日,被告Y1又は被告会社の登録外務員(以下「被告Y1ら」という。)の勧めにより,前場1節で,同月29日に建てた買玉100枚を呼値2万6500円で仕切り,これによる売買差益30万円から手数料22万円及び消費税1万1000円を控除した6万9000円の利益を得たが,同節で被告Y1らの勧めにより買玉100枚を建て,同日の後場3節でこれを仕切ったことにより,売買損金66万円,手数料22万円及び消費税1万1000円の合計89万1000円の損失を受けたため,結局82万2000円の損失となった。また,この時点で,第1買玉100枚の値洗い損は238万円となり,仮委託手数料23万1000円と合わせて,仮差引損金は261万1000円となり,状況はほとんど改善していなかった。
(オ) 原告は,同年12月1日,被告Y1らの勧めにより,被告会社に対し,売玉100枚を建てることを委託し,呼値2万5570円で買建てした。同日の値洗い損は358万円となり,仮委託手数料46万2000円と合わせると,仮差引損金は404万2000円に拡大した。
(カ) 原告は,同月5日,被告会社に対し委託証拠金181万3000円を入金し,原告が被告会社に入金した委託証拠金の合計額は540万円となった。また,同日,第1買玉100枚のうち35枚を呼値2万4710円で仕切り193万5850円の損失を受けたが,他方で,同月1日に建てた売玉100枚を呼値2万4710円で仕切ったことより,148万8900円の利益を得たので,結局損失は44万6850円となった。
また,第1買玉100枚のうち残りの65枚の値洗い損は267万8000円,仮委託手数料15万0150円と合わせて仮差引損金は282万8150円となった。
(キ) 原告は,同月22日,被告会社に対し,当初の委託証拠金の預託額500万円の限度額を1000万円とする超過申出書(乙26)を提出し,被告会社に対し,委託証拠金として162万円を入金した。
(ク) その後,中部灯油の価格は,同月25日まで,ほとんど下がり続け,同日の後場3節の呼値は2万2100円となっていたところ,原告は,被告Y1らの勧めにより,同月26日前場1節で第1買玉100枚のうち15枚を呼値2万1960円で仕切り,売買損金162万円,手数料3万3000円及び消費税1650円の合計165万4650円の損失を受けた。
(ケ) 中部灯油の価格は,その後平成13年1月15日までほぼ上昇を続け,同日の後場3節の呼値は2万5590円となり,ストップ高となっていたところ,原告は,被告Y1らの指示により,同月16日の前場1節で買玉53枚を呼値2万5390円で建て,同日の後場1節でこれを呼値2万4990円で仕切った。
(コ) 中部灯油の価格は,同月17日以降原告が最後の取引を行った同年3月1日までの間,ほぼ2万3000円から2万4000円台で値動きしていたところ,原告は,被告Y1らの勧めに従い,同年1月22日の前場1節で売玉100枚を呼値2万4820円で建てたものの,同日の後場3節でこれを呼値2万4820円で仕切り,同年2月23日の前場2節で第1買玉100枚の残り50枚すべてを呼値2万3420円で仕切った。
原告は,その後も,同月26日の前場1節で平成12年12月26日に建てた売玉50枚を呼値2万3860円で仕切り,平成13年2月26日の後場1節で売玉12枚を建て,同月28日の後場3節でこれを仕切り,また,同年3月1日の前場1節で売玉3枚を呼値2万3700円で建て,同日の後場1節でこれを呼値2万4250円で仕切った。
(サ) 本件取引のうち,平成12年11月17日の前場1節での売玉100枚,同月1日の前場1節での売玉100枚,同月6日の前場1節での売玉65枚,同月12日の後場2節での売玉90枚,同月26日の前場1節での売玉50枚,平成13年1月16日の前場1節での買玉53枚,同月22日の前場1節での売玉100枚は,いずれも両建であった。
(2)ア ところで,原告は,被告Y1が,当初原告が電話での勧誘を断っていたのに何度も執拗に電話をかけてきた旨主張し,原告本人作成の陳述書(甲6,11)及び原告本人の供述にはこれに沿うものがあるが,上記(1)エ(ア)で認定したとおり,被告Y1は,その勧誘態様として,一定の名簿に基づき多くの人に対し商品先物取引の勧誘のための電話をかけ,そのうち同取引に興味を持った者に対し直接面談して勧誘するという方法をとっていたことからすると,原告が勧誘を断っていたにもかかわらず,何度も電話をしたというのは不自然であること,原告において被告Y1の勧誘を断る気があったのであれば,原告に取り次がないように依頼することも可能であったことからすると,不自然であり,採用することができず,他に上記認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
イ また,原告は,原告が「3枚なら。」と言って3枚程度で取引を始めようとしたのに対し,被告Y1が,「抽選なので100枚か200枚でないと駄目だ。」などと言った旨主張するが,原告自身50枚か100枚かでなければならないと言われた旨,上記主張と異なる供述をしていること(甲6,11,25,原告本人),また,3枚での取引を考えていたとする原告が50枚にとどめずに100枚の取引を行ったというのは不自然であることから,採用することはできない。
(3) 被告Y1の勧誘行為について
ア 断定的判断の提供について
(ア) 法136条の18第1号は,商品取引員が顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止しているところ,商品先物取引は,元本や利益の保証がないばかりか,価格が予想に反した場合には損失額が大きくなるという特質を有する投機的取引であり,商品先物取引についてそれを必ず儲かるとか,利益を得られる等と説明することは顧客の取引の危険性に対する判断を誤らせるものであるから,商品取引員は,信義則上,委託契約の前提となる勧誘行為において,その相手方に対し,取引の危険性の判断を誤らせるような情報の提供,すなわち,断定的判断を提供してはならないという私法上の義務を負っているものと解すべきである。
本件においては,上記(1)ウで認定したとおり,商品先物取引は日々の様々な価格変動要因により価格が変動するため,必ずしも一本調子で価格が変動するものでもなく,短期的にみれば価格が逆方向にふれるため,損失を覚悟して決済するか,委託追証拠金を預託しても更に損失が拡大するおそれがあるところ,上記(1)エのとおり,被告Y1は,原告に対し,当初の勧誘の際,OPECの増産見送り,冬に向けての原油の需要増といった事情を挙げて,長期的に原油価格が高騰する見込みであること,これにより灯油価格も高騰するから買玉を建てることにより利益を得られる旨の説明をしながら,上記の損失の危険性を説明しなかったことから,原告に,一定期間後には灯油価格の高騰により利益を得られるとの,灯油の先物取引に対する危険性の判断を誤らせ,取引のための資金も母親から一時的に借りてまで取引を開始することを決意したことが認められ,これは断定的判断の提供に当たるものというべきである。
(イ) この点,被告らは,被告Y1が原告に対し必ず儲かるといったような説明はしなかった旨主張し,上記(1)エで認定したとおり,被告Y1は,原告に対し,商品先物取引が元本や利益を保証するものではなく,損失が出ることもあり得ることは説明したことは認められるが,それは一般的な説明として述べたものにすぎず,その上で,上記のような断定的判断の提供をしたのであるから,被告Y1の勧誘行為が違法であるとの上記(ア)の判断を左右するものとはいえない。
イ 説明義務違反について
(ア) 商品取引員は,取引の委託者との関係では,本来,委託者の指示に従った取引を執行することが本来的な義務であるが,商品先物取引は上記ア(ア)のとおり仕組みが複雑であり,また,価格は世界的な情勢等複雑な要因による影響を受けるもので,これらは一般的に理解されているものではないこと,投機的な取引であり,予測が外れた場合には大きな損失を受ける可能性があるものであることから,委託を受ける前提となる勧誘行為についても,取引の仕組み,取引手法,取引の危険性等について,相手方が十分理解できる程度に説明をすることが信義則上要請されているというべきである。
本件においては,上記(1)ア,エで認定したとおり,① 原告は商品先物取引のような投機的取引についての知識も経験もなかったから,原告が商品先物取引について理解するには,十分な説明が必要であったところ,本件取引開始前に被告Y1が原告に対して実質的に取引について説明したのは平成12年11月14日及び同月15日の昼休みの時間帯の合計2時間程度と短いものであり,その翌日に当たる同月16日には最初の取引が行われたこと,② 原告は,損失を出したくないとして,同月16日に建てた第1買玉を処分せずに保有し続ける一方で,同月29日に買玉100枚を建てた上,翌日の同月30日にはこの100枚の買玉を処分したり,他に取引を行った場合にはそれにより更に損失を拡大させる危険があったにもかかわらず,預託金を追加して入金し,取引を拡大したという原告の意向と矛盾した本件取引の経過に照らすと,原告自身がどういう意図で本件取引が行っているかを理解していなかったと認められること,③ 本件取引はすべて被告Y1らの勧めたものであることからすると,被告Y1の説明は,原告が商品先物取引の仕組み,取引手法や危険性を十分に理解するに足りるだけのものではなかったものと認めることができる。
そうすると,被告Y1の原告に対してした勧誘の際の説明は,上記説明義務を充たすものではなかったというべきである。
(イ) この点,被告らは,被告Y1が原告に対し商品先物取引の仕組みや危険性について十分な説明をし,原告は自己の相場観に基づき取引を行っていた旨主張し,原告が被告会社の書面に取引の仕組みや危険性等について理解した旨回答していたことも認められる(乙1,2,12の1,2,27,35,被告Y1)が,上記(1)エ(イ)及び(ウ)で認定したとおり,被告Y1は,原告に対し,商品先物取引の仕組みや中部灯油の価格変動要因,価格が予想と逆になった場合の対処方法について一通りの説明はしたものの,説明の内容自体が処分のタイミング等実際に両建をする際に最も必要とされるものではなかったこと,被告Y1が説明した内容についても原告が十分に理解するに足りるものではなく,全体として被告Y1が説明義務を尽くしたものとは認められないから,上記(ア)の判断を左右するものとはいえない。
ウ なお,原告は,被告Y1の勧誘行為について,この他に,適合性の原則に違反するものであったと主張するが,上記(1)アで認定した原告の経歴,財産状況に照らすと,原告に対し商品先物取引を行うよう勧誘することが,その説明内容・態様,勧誘する取引の数量・金額の如何を問わずおよそ許されないものであるいうことはできず,この判断を覆すに足りる証拠はない。
また,原告は,被告Y1の電話による勧誘行為は執拗な勧誘に当たるものであった旨主張するが,これらの主張を裏付けるに足りる的確な証拠は認められず,採用することはできない。
(4) 被告Y1の取引段階の行為について
ア 新規受託者保護義務違反について
(ア) 商品先物取引を行うことは本来自由であり,委託者が取引の委託をした場合に,商品取引員及びその外務員がその取引を拒絶することは,委託契約上,原則として債務不履行になりうるから,それを拒絶する義務は負わないのが原則である。
しかし,上記(3)ア及びイのとおり,商品先物取引はリスクの高い投機的取引であることから,取引経験がない者は,商品取引員の登録外務員から事前の十分な説明を受けていた場合であっても,実際に取引を行うと事前の説明と異なり,不測の損害を受ける可能性があることから,商品先物取引の経験,知識が乏しい者については,商品先物取引に習熟するのに必要な一定期間内は,更なる取引を勧誘せず,委託者の注文にも応じないように配慮すべき信義則上の注意義務を負っているものというべきである。
もっとも,その内容は,各商品取引員の内部規則に委ねられているから,その規則の内容が適切なものであれば,それに従っているかぎり,違法とはならないというべきである。
(イ) 本件においては,上記(1)イ(イ)で認定したとおり,被告会社の委託業務管理規則では,① 商品先物取引についての理解と確認等を行い,必要に応じて知識の啓蒙を行うこと,② 取引に当たっては余裕資金を保持した取引を励行させ,資金力,理解度,判断力,取引経験等からみて明らかに不相応と判断される取引に対しては抑制する等の措置をとること,③ 新規の顧客について,最初の委託証拠金額が500万円未満の場合に新規委託者保護の措置を図ることにし,同金額が200万円未満の場合と200万円以上の場合に分けて,保護期間,上限額,上限額を拡張した場合の上限を定めていることから,資金量,知識,経験等を基準に新規委託者の保護を図るものとなっており,一応合理的な規定であると認められる。
もっとも,本件においては,上記のとおり,① 原告は,商品先物取引の知識も経験もなく,被告Y1による原告に対する説明も十分なものではなかったことから,初回取引から200万円を超える取引をするだけの適格を有していたか否かの審査がそもそも不十分であったこと,② 平成12年11月17日には,売玉100枚を建てて210万円を預託し,初回取引からわずか2日間で委託証拠金を合計420万円も預託する結果となったこと,③ 上記のとおり,価格が予想と逆にいった場合の対処方法の説明はしていたものの,原告の知識,取引経験に照らし,対処方法を適切に実行できるか否かを検討すべきであったのに,格別の検討をしないまま,原告に対して取引を勧誘し,両建等の取引を拡大させていったこと,④ この結果,原告は,少なくとも第1買玉を損切しないですめばよいと考えていた自らの意向とは逆に,取引を拡大し,被告会社に対し支払う預託金額を増加させたことが認められる。
そうすると,被告Y1らの行為は,被告会社が負っていた新規受託者保護義務に違反する態様で行われたものであるということができる。
イ 両建について
(ア) 両建は,委託者が十分な理解,判断のもとに行う場合には,これにより短期的な利益を得たり,リスクの拡大を一時的に抑える機能を有するものということができる取引手法であるから,委託者がこの取引により損失を受けることになったとしても,商品取引員の登録外務員がそれを勧誘することそれ自体が違法となるいうことはできない。
しかし,両建という取引手法は,単純に損失を覚悟して反対売買により仕切る場合と比較して,一方の建玉をみれば利益が出ているようにみえても他方の建玉が放置されて損失が拡大する危険性があることのほか,建玉数が増えるため,両方の建玉がともに損失となり,損失を拡大させる危険性があること,両建した場合の処理については適切にタイミングを計らなければならないが,それは決して容易でないこと,商品取引員に対する手数料や消費税も更に必要となるから,この部分を含めた利益も得なければ結果として損失が拡大することになってしまうことから,単に両建の仕組みを理解させるのみならず,上記のような危険性があることから,一方の玉を仕切るタイミング等を理解させるに足りる説明をしないまま両建を勧誘したり,両建を勧誘しておきながら一方の建玉を放置するようなことは信義則上許されないものというべきである。
(イ) 本件においては,上記(1)オで認定したとおり,被告Y1らは,商品先物取引の知識も経験もなかった原告に対し,損失を回避するためであるとして,7回にわたり両建を行わせ,第1買玉の価格が下落したとして両建を勧めながら,その後は,第1買玉の決済をしないまま放置していたから,被告Y1らによる両建の勧誘,その後の第1買玉の放置は信義則に反するものであったというべきである。
ウ 特定売買について
(ア) 原告が主張するような特定売買も,先物取引一般に用いられる利益獲得,リスク回避の手法として用いられることもありうるものであるから,商品取引員及びその登録外務員がそのような取引を勧めたとしても,そのこと自体が直ちに違法となるものではない。
しかし,それが顧客の取引経験や知識のほか取引全体の経過に照らし,著しく経済的合理性を欠くものである場合には,顧客からの手数料収入を増やすこと等を主たる目的とし,顧客に不必要な支出をさせるものになるから,信義則に照らし許されないものというべきである。
(イ) 本件においては,上記(1)オのとおり,① 平成12年11月29日に建てた買玉100枚を同月30日に決済しながら,第1買玉を決済しなかったこと,同場節で買玉100枚を建て,同年12月5日前場2節で第1買玉のうち35枚を決済しながら,同月1日に建てた売玉を決済するという矛盾した取引をしたこと,② 商品先物取引に関する十分な経験も知識も有していなかった原告は被告Y1らの勧めるままに①の取引を行ったことが認められるところ,このような取引には何らの経済的合理性が認められず,およそ原告の利益となるようなものとはいえないから,被告Y1らの行為は原告に不必要な支出を強いたものであって,信義則に反するものというべきである。
エ 誠実公正義務,配慮義務,情報提供義務違反について
(ア) 商品取引員その役員,使用人は,顧客に対し,誠実公正義務を負っているものの(法136条の17),その内容は必ずしも明らかでない。
もっとも,上記のとおり,商品取引員は,顧客である委託者に対し,説明義務や新規委託者保護義務といった私法上の義務を負っているものと解すべきであり,その一内容として,委託者の知識や経験を配慮し,適切な情報を提供すべきことを内容とする誠実公正義務を負っているものというべきである。
(イ) 本件においては,上記アないしウのとおり,被告Y1らは,原告の知識や経験に照らして不相当な取引を勧め,第1買玉の価格が予想に反して値下がりするや,両建を勧めた上,第1買玉を放置したまま,原告からの手数料収入を増やすために委託証拠金を追加入金させて取引を拡大させており,被告Y1らの本件行為は誠実公正義務に違反したものというべきである。
オ 原告は,このほかに,実質的な一任売買であった,被告会社が向玉を行っていたから違法である旨主張するが,これらの主張の前提となる事実が認められるとしても,それ自体が原告主張のように違法なものとなるとは認められないから,理由がない。
(5) 被告らの不法行為責任
そうすると,被告Y1らは,原告に対し不当な勧誘を行い,第1買玉については両建をさせた上で放置しながら,経済的合理性を欠く取引を拡大させ,そのために被告会社に預託金を入金させたものということができるから,この行為は全体として不法行為を構成するというべきである。なお,上記(1)オで認定したとおり,原告が行った行為の一部は被告Y1以外の被告会社の登録外務員が勧めたことにより行われたものであるが,これは被告Y1が不在の場合に他の登録外務員に原告に対する対応を任せていたものであって,他の登録外務員が独自に行ったものということとはいえないから,他の登録外務員の行為についても不法行為責任を負うものというべきである。
また,被告Y1らの上記の行為は,いずれも被告会社の職務執行につき行われたものと認められ,被告会社は民法715条の使用者責任を負うことになるから,被告人らは,連帯して,原告に対し,原告が本件取引によって受けた損害を賠償する責任があるというべきである。
(6) 過失相殺について
もっとも,上記(1)の認定事実によれば,原告が本件取引を行ったのは被告Y1の違法な勧誘行為によるものであることが認められるものの,他方で,原告にも,商品先物取引に関する十分な知識も経験もないまま,被告Y1の説明を安易に信用して被告会社に委託し本件取引を行ったこと,本件取引に支出した資金についても,家を建てたときに余った金があるなどと事実に反する説明をした上,損を出したくないとして,決済をせずに被告会社に対する預託金額を増加させたことが損害拡大の一因となったことが認められる。
そうすると,本件取引により原告に生じた損害を被告らにすべて帰責させるのは相当ではなく,原告の過失は,上記各事実その他諸般の事情を総合考慮して,その割合を4割として,本件損害賠償額の算定に当たり斟酌するのが相当である。
2 争点(3)(原告の損害額)について
(1) 本件取引自体による損害額
ア 以上によれば,原告は,被告会社に対し,本件取引について,合計779万0730円を預託したことにより,これが損害額となったことが認められる。
なお,証拠(乙9,20の5)によれば,被告会社は,原告に対し,平成13年4月10日に2万2150円を返済したことが認められる。
イ 過失相殺
上記アの原告に生じた損害額779万0730円について,上記1(6)のとおり過失相殺として4割を控除すると,467万4438円となる。
(2) 慰謝料
上記(1)のとおり,原告が被告らの不法行為により財産的損失を受けたことは認められるものの,更に精神的損害まで受けたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,原告の被告らに対する慰謝料の請求は理由がない。
(3) 弁護士費用
原告が同訴訟代理人に対し本件訴訟の提起及びその追行を委任したことは顕著な事実であり,本件の事案の内容,審理経過,認容額その他諸般の事情を総合考慮すると,上記の被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,中間利息の控除の点も含め,46万円が相当である。
(4) 遅延損害金
原告は,遅延損害金の発生時期について,原告が被告会社に対し委託証拠金を最後に入金した平成13年1月26日であると主張しているが,原告は,本件取引全体を被告らの不法行為として主張しており,最終取引まで損害は確定しないことから,遅延損害金の発生時期は,最終取引日の同年3月1日であるというべきである。
そして,上記(1)イの本件取引自体による損害金467万4438円と上記(3)の弁護士費用46万円を合計した513万4438円に対する平成13年3月1日から上記(1)アの2万2150円の返済のあった同年4月10日まで年5分の割合による遅延損害金は,2万8837円(1円未満は切り捨てる。)であるから,上記2万2150円を控除すると,この期間の確定遅延損害金の残額は6687円となる。
よって,原告の平成13年4月10日時点の損害金額は,上記(1)及び(3)のものに確定遅延損害金を加えた514万1125円となる。
第4結論
以上によれば,原告の被告らに対する請求は,514万1125円及び内金513万4438円に対する平成13年4月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条,65条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今泉秀和 裁判官 山本正道 裁判官 岡村英郎)
<以下省略>