秋田地方裁判所 平成15年(ワ)123号 判決 2004年10月15日
原告
X
同
訴訟代理人弁護士 湊貴美男
被告
横手市
同代表者市長
五十嵐忠悦
同訴訟代理人弁護士
阿部三琅
同指定代理人
高堂弘道
同
佐々木久雄
同
嶌田敏雄
主文
1 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成15年5月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告担当職員らによる違法行為の成否)について
(1) 上記の前提となる事実及び証拠(〔証拠略〕)によれば、以下の事実が認められる。
ア(ア) 原告は、平成13年1月、横手市〔番地略〕所在の仮設住宅16号に転居し、同月24日、横手市長に対し、糖尿病による視力障害及び下肢の機能障害を理由にホームヘルパーの派遣の申出をし、同月26日、身体障害者ホームヘルプサービス事業によるホームヘルパーの派遣が決定されたことから、同月29日以降ほぼ毎日、ホームヘルパーの派遣を受け、自宅での治療、入浴、食事の準備、買物、通院等につき介助を受けていた。
(イ) しかし、原告の居住地区が横手市による都市計画事業の対象に含まれていたため、原告は、平成14年3月末日までに同仮設住宅から退去し、他所へ転居しなければならなかった。
被告担当職員らは、原告に対し、上記退去期限までに転居先を見つけて同仮設住宅から退去するよう伝えたが、原告から保証人がいなかったため賃貸物件を見つけられないと聞かされていたので、原告の実父や実母に連絡を取って原告の扶養について相談したり、原告が以前入所していた保護施設に入所が可能か否かを問い合わせるなどしたが、いずれからも原告の受入れを拒否されたため、同年3月末までに原告の転居先を見つけることができなかった。
(ウ) そこで、原告は、同年4月1日から1か月間、更生訓練センターに1か月(1週間ごとの更新)の短期滞在の形で入所したが、同センターは、この入所が原告の転居先が見つからないことによる緊急避難的な措置と考え、原告に対しては宿泊場所及び食事の提供をするのみであったため、原告が病院へ通院する際の介助等は被告担当職員らが必要に応じて行っていた。
イ(ア) 被告担当職員らは、原告が将来ピアカウンセラーになる勉強をするため秋田市内に転居する希望があることを伝えられていたことから、同月3日ころから、秋田市内の複数の不動産会社を訪ね、原告の転居先となる賃貸物件を探し始めた。
被告の市民生活部社会ふくし課長A(以下「A課長」という。)及び地域担当職員(ケースワーカー)B(以下「Bケースワーカー」という。)らは、同月11日、原告が秋田市へ転居した後の事務の引継ぎ等を相談するため秋田市福祉事務所を訪問し、同市で生活保護を担当していたC保護課長補佐、D査察指導員と面談し、原告が秋田市への転出を希望していること、原告は視力が全くないこと等を伝え、原告のケース移管を依頼したところ、原告の秋田市内での住居が決まってから連絡するよう指示された。
そこで、被告担当職員らは、秋田市内の不動産会社に連絡を取って、原告の転居先となる賃貸物件を探していたが、原告の身体障害の内容や連帯保証人がいないことなどが障害となって、アパート探しが難航していたところ、同月19日に至り、原告の転居先としてaアパートを賃借できそうになったことから、Bケースワーカーは、秋田市福祉事務所を訪ね、同事務所のD査察指導員と面談し、同月22日に賃貸借契約を締結できれば、同月23日原告についてのケース移管を行いたい旨を伝えた。
被告担当職員らは、同月23日、不動産会社との間で、aアパートを原告が賃借することで事実上合意し、同社から賃貸借契約書を受け取り、原告が同書面に押印した上で、同月24日、同社に同契約書を交付した。
なお、原告は、aアパートに行ったことがなかったので、同月26日、同アパートを見学することにした。
(イ) 被告担当職員らは、このように原告の転居先がaアパートに事実上決定したことから、同月23日、秋田市福祉事務所を訪れ、秋田市福祉保健部障害福祉課(以下「秋田市障害福祉課」という。)のE障害福祉担当主事(以下「E主事」という。)、D査察指導員らと面談し、原告の転居先がaアパートにほぼ決定したことを伝えるとともに、同年5月初めから原告に対しホームヘルパーを派遣するように求めた。
秋田市障害福祉課の担当者らは、原告の症状等についてほとんど把握していなかったため、被告担当職員らに対し、原告に対しホームヘルパーを派遣するためには、なるべく早期に、できればその週のうちに原告と面接をする必要があることを伝え、同年4月26日に原告の通院先の市立秋田総合病院で面接を実施することになった。
被告障害福祉課のF係長らは、原告の秋田市への転居が決定したことから、原告を代行して、秋田市に対し、同月24日、原告のホームヘルパー派遣の申請書を提出した。
(ウ) 原告は、同月26日、被告障害福祉課のF係長、Bケースワーカーに連れられ、市立秋田総合病院での診察を受けた後、秋田市障害福祉課のE主事及び障害者生活支援センターほくとのHらによる面接を受け、ホームヘルパーの派遣に必要な調査を受けた。E主事は、この際、被告担当職員らに対し、いつから原告に対してホームヘルパーの派遣を開始できるかわからないが、できるだけ早く調整すると説明し、被告担当職員らが希望する同年5月1日からホームヘルパーを派遣することは確約できない旨を伝えた。
しかし、被告担当職員らは、秋田市との間で、原告が同月1日以降ホームヘルパーの派遣を受けられるよう手続を進めてきたことから、希望どおり秋田市が原告に対し同月1日からホームヘルパーの派遣を開始するものと判断した。
ウ(ア) 原告は、同年4月30日、aアパートに転居した。秋田市障害福祉課は、原告に対し派遣するホームヘルパーの調整がつかず、同年5月1日から原告に対しホームヘルパーの派遣を開始することができなかったが、同課担当者は、被告担当職員らに対しそのことを伝えなかった。
また、被告担当職員らも、秋田市に対し、同日以降、原告に対しホームヘルパーが派遣することが可能か否かを確認しなかった。
(イ) 原告は、同月2日になってもホームヘルパーが派遣されなかったことから、秋田市保護課に連絡し、同課から連絡を受けたE主事らが原告方を訪問した。
原告は、同人方を訪れたE主事らから、同日、秋田市では調整がついていないため原告に対しホームヘルパーを派遣できない旨告げられたため、被告担当職員に電話をかけ、話合いをしたところ、被告担当職員が同月3日に原告宅を訪れることになった。この際、被告担当職員は、E主事から、原告に対するホームヘルパーの派遣開始は同月8日以降であることが伝えられた。
被告担当職員らは、休暇中であったA課長も加わり、同月2日夕方ころから、原告への対応を協議したが、原告は既に秋田市に転居していたことから秋田市が原告へのホームヘルパーを派遣すべきであるとの結論に至り、被告担当職員らが同月3日に原告のもとに訪問することを取りやめた。被告担当職員らは、原告に対し訪問を取りやめた旨を連絡しても、原告の性格上、理解を得られないものと考え、原告に対して、何も連絡をしなかった。
被告担当職員は、同月2日夜に秋田市のG課長と連絡が取れた際、同人に対し、原告が秋田市に転居した以上秋田市が原告に対してホームヘルパーを派遣するように求めたところ、上記G課長からホームヘルパーを直ちに派遣することはできない旨回答され、秋田市からホームヘルパーが派遣されないことを認識したが、あくまでも秋田市が対応すべき問題であると判断して、何ら対応をとらなかった。
原告は、被告担当職員に対し、同月7日、ホームヘルパーが派遣されていないことを電話で連絡したが、被告担当職員は何ら対応をしなかった。
(ウ) 原告は、結局、同月1日から秋田市が原告に対するホームヘルパーの派遣を開始した同月8日までの間、秋田市の担当者や不動産会社の従業員等の協力を得て、食事等をすることはできたが、その他の専門的な介助サービスを受けることはできなかった。
(2) 以上の事実関係を前提に本件における被告の責任の有無について検討する。
ア 身体障害者福祉法9条1項は、同法に定める身体障害者に対する援護は、身体障害者が居住地を有するときは、その身体障害者の居住地の市町村が行うものとすると定めている。したがって、ある市町村において援護を受けていた身体障害者が他の市町村に転居した場合には、その転居先の市町村がその援護を実施すべきものである。
そして、本件においては、上記のとおり、原告は、平成12年8月以降横手市内で居住を開始し、その後同市において身体障害者ホームヘルプサービス事業によるホームヘルパー派遣の援護を受けていたところ、平成14年4月30日、秋田市内のaアパートに転居し同所での生活を開始したのであるから、その後は、転居先である秋田市が原告に対する援護を実施すべき義務を負うことになったものであって、原則として被告は原告に対する援護を実施すべき義務を負わなくなったものというべきである。
イ しかしながら、身体障害者の援護は、ホームヘルパーの派遣が生活維持のために必要不可欠であるような場合には、継続的な援護が必要となる一方、その受入れのためには、人、施設等の面での対応に一定の準備期間を要するものであるから、従前身体障害者に対する援護を実施していた市町村は、転居先の市町村の実施機関と十分協議して当該身体障害者に対するホームヘルパー派遣等の援護が中断されることなく確実に実施されるよう配慮すべき義務を負うものというべきである。
ウ 本件においては、上記のとおり、被告は、原告が糖尿病に由来する視力障害、左下肢の機能全廃及び右下肢の機能の著しい障害があることを把握し、原告に対し、ほぼ毎日、ホームヘルパーを派遣し、自宅での治療、入浴、食事の準備、買物、通院等につき介助を行い、ホームヘルパーなしには原告が生活できないこと及び原告は秋田県内に親類等がいないことを認識しており、また、原告が仮設住宅から退去し、転居先を見つけるまで秋田市内の更生訓練センターに短期入所した際には、原告が病院へ通院する際の介助を行うとともに、原告の転居先となる秋田市内のアパートを原告自身では探すことができないため、被告担当職員がこれに当たり、秋田市への連絡や手続も被告担当職員らが必要に応じて代行していたものであって、原告の要保護状態を十分把握していたことが明らかである。これに加えて、原告は、更生訓練センターにおける短期入所期間が平成14年4月30日までに限定されていたものであって、被告担当職員は、原告が同月一杯で転居先を確保しなければならない事情があったことも認識していたことが認められる。これらの状況を踏まえると、被告担当職員は、転居先の市町村である秋田市に対し、原告の援護に対処できるように、早期のゆとりを持った情報提供をするとともに秋田市の実施機関と十分協議をすることが要求されていたものと認められる。
しかるに、本件においては、上記のとおり、<1> 被告担当職員は、同月1日、秋田市職員と面談し、原告の秋田市への転出希望と、原告は視力が全くないこと等を伝えたものの、原告の秋田市内での住居が決まってから連絡するよう指示されたこと、<2> その後、原告の身体障害の内容や連帯保証人がいないことなどが障害となって、アパート探しが難航し、原告の転居先がaアパートに事実上決定したのが同月23日であること、<3> 被告担当職員が、秋田市の担当職員にその旨伝えたのも同日であること、<4> その際、被告担当職員は、秋田市の担当者に対し、同年5月初めから原告に対しホームヘルパーを派遣するように求めたところ、秋田市の担当者は、原告の症状等をほとんど把握していなかったため、原告に対してホームヘルパーを派遣するためには、なるべく早期に、できればその週のうちに原告と面接をする必要があると回答したこと、<5> 被告担当職員が原告を代行して秋田市に原告のホームヘルパー派遣申請書を提出したのは、同年4月24日であること、<6> 同月26日、原告の面接を実施した秋田市担当職員らは、いつからホームヘルパーの派遣を開始できるか分からないが、できるだけ早く調整すると説明し、被告担当職員らが希望する同年5月1日から原告に対しホームヘルパーを派遣することは確約できない旨を伝えたものの、被告担当職員らは、原告に対するホームヘルパー派遣がいつからどのように実施されるかを確認しなかったことが認められるから、早期のゆとりを持った情報提供や十分な協議がされたとはいいがたいものといわざるを得ない。
エ また、上記のとおり、被告担当職員は、同年5月2日、原告からの電話連絡を受け、原告が秋田市からのホームヘルパー派遣を受けていないことを知らされ、翌日に原告方に行くと約束しながら、これを中止し、このことを原告に連絡することをしなかったというのであるから、このような対応は、この時期の第一次的な援護実施義務は秋田市にあったとはいえ、従前原告に対する援護を実施していた実施機関として、視力障害や四肢障害のある原告に対し、翌日の介助を受けられるものと期待させながら、これを実施できないことを伝えなかったものとして、適切さを欠いたものであったと認められる。被告担当職員は、同月2日夜、秋田市の担当職員に電話連絡し、原告方に行かないことを伝えたことが窺われるが、その職員からは被告が約束したことであるから被告が伝えるべきであると言われていたのであって、原告に伝わらないことも十分考えられたのであるから、被告担当職員の対応が十分な対応でなかったことを左右するものとはいえない(なお、それ以前に、被告担当職員において、原告に対し、同年5月1日以降も秋田市の介護が実施されるまで被告においてホームヘルパー派遣等の介護を継続すると約束したことを認めるに足りる的確な証拠はない。)。
オ 以上のとおり、被告担当職員は、視力障害や四肢障害のある原告が秋田市内のアパートに転居するに際し、転居先の秋田市の実施機関に対する早期の情報提供と十分な協議を尽くしたとはいえない面があること、及び、同年5月3日に原告方に行くと約束しながら、その中止を原告に連絡しなかったことによって、違法に原告に対し精神的苦痛を与えたものと認められるから、被告は、原告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、これに対する慰謝料を支払うべき義務がある。
2 争点(2)(原告の損害額)について
上記1(2)で認定した被告担当職員の上記違法行為の内容その他本件における事情を総合考慮すると、これによって被った原告の精神的損害を慰謝するには、20万円が相当である。
第4 結論
よって、原告の本訴請求は、被告に対し、20万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年5月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条、61条を適用し、仮執行の宣言については相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今泉秀和 裁判官 山本正道 岡村英郎)