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秋田地方裁判所 平成16年(ワ)154号 判決 2005年4月14日

原告

甲山太郎

上記訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

被告

株式会社△△ゴルフ倶楽部

上記代表者代表取締役

戊谷冬男

上記訴訟代理人弁護士

田中伸一

柴田一宏

主文

1  被告は,原告に対し,金337万2600円及びこれに対する平成16年6月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告は,原告に対し,金562万1000円及びこれに対する平成16年6月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告は,ゴルフ場のクラブハウス内に設置された暗証番号式の貴重品ロッカーに財布を保管していたところ,窃盗グループに暗証番号を盗撮されて財布を窃取された上,その財布に入っていたキャッシュカードを使用してATM機から預金562万1000円を引き出された。

本件は,原告が,ゴルフ場を営業する被告に対し,場屋の主人の責任及び不法行為等に基づいて,ATM機から引き出された預金相当額の損害賠償を求めた事案である。

二  前提事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

1  当事者

(1) 原告は,住所地で○○を経営している××であり,被告が運営する△△ゴルフ倶楽部の会員である。

(2) 被告は,秋田県大仙市協和船岡字上中野所在のゴルフ場「△△ゴルフ倶楽部」(以下「本件ゴルフ場」という。)を経営する株式会社である。

2  原告は,平成15年8月24日朝,ゴルフをするため,知人3名と一緒に本件ゴルフ場を訪れ,午前8時ころ,現金約5万5000円,キャッシュカード(□□銀行※※支店発行)及びクレジットカード(*****)等が在中した財布をロッカー室入口付近に設置されていた貴重品ロッカー(以下「本件ロッカー」という。)の10番のボックスに入れた(甲13,22)。

3  本件ゴルフ場クラブハウスの構造,貴重品ロッカーの位置(甲13)

(1) 正面玄関から本件ゴルフ場のクラブハウス内に入ると,東西に伸びる通路があり,同通路を抜けると吹き抜けのホールになっている。同ホールの北側は,フロントとなっている。

(2) 同ホール南側は,真ん中に2階に至る階段と,その階段の両側にロッカー室等に至る下り階段が2本設置されている。

(3) ロッカー室に至る階段を下りると,東西に通路が伸び,同通路の北側に本件ロッカーとタバコ自動販売機が設置されている。本件ロッカーは,フロントから見て,ホールから2階に至る階段の裏側になり,フロントから本件ロッカーを見ることはできない。

(4) 本件ロッカーが面している東西の通路の南側は男子ロッカー室になっている。男子ロッカー室の入口には,木製の長いすが西側と東側の壁側にそれぞれ2脚設置されており,南側の奥のロッカー室に続いている。

(5) 同通路の突き当り西側は男子トイレになっている。同トイレは,洗面室から,南側に逆コの字形に通路があり,西側は南北に大便便器が6個並び,東側の南北に小便便器が6個並んで設置されている。

(6) 更に,男子トイレの前を通路が南北に伸び,同通路の南側突き当たりは女子ロッカー室になっている。

4  本件ロッカーの構造・操作方法(甲11)

(1) 本件ロッカー全体の大きさは,高さ160cm,幅90cm,奥行き30cmで,47個のボックスから成っており,中央部にはテンキーが設置されている。各ボックスの大きさは,間口13cm,高さ8.5cm,奥行き28cmである。

(2) 各ボックスの扉に赤ランプがあり,点灯しているロッカーは使用中を示し,点灯していないものは,使用されていないロッカーであることを示している。テンキーを使用して,空いているボックスの番号を入力後,任意の暗証番号4桁を入力すると,ボックス扉のロックが解除され,中に物を預け入れることができる。在中物を取り出す際は,同様にテンキーで,ロッカー番号,暗証番号を入力して開錠する。

5  訴外乙野らの窃取(甲13,15,16,24)

訴外乙野春男(以下「乙野」という。),訴外丙川夏男(以下「丙川」という。)及び丁木秋男(以下「丁木」という。以上3名を併せて「乙野ら」という。)は共謀して,本件ロッカー内にあった原告の財布を窃取し,在中のキャッシュカードを使用してATM機から現金を引き出した。その犯行態様は以下のとおりである。

(1) 乙野らは,平成15年8月24日午前7時30分ころ,丙川が運転するレンタカーで本件ゴルフ場に到着し,既に,ゴルフ客を装う服装に着替えていた丁木が暗証番号盗撮用の小型カメラなどを持ってクラブハウス内に入って行った。丁木は,本件ロッカーを使うゴルフ客の暗証番号を撮影するため,本件ロッカーのテンキーの蓋の裏側に小型カメラを取り付けた。

(2) 丁木は,遅れてクラブハウスに入ってきた乙野と一緒に,本件ロッカー付近の男子トイレ個室内で,テンキーの上に設置した小型カメラから発信される映像の受信状態を確認したが,受信状態が悪く,暗証番号を判読できなかった。

そこで,乙野は,小型カメラと受信機との距離を短くするため,受信機と録画用ビデオカメラが入ったバッグを,本件ロッカーの隣にあるタバコ自動販売機の後ろに置いた。それから30分ないし40分間,乙野と丁木は,男子トイレの個室内に身を隠して時間を潰した。そして,丁木が,受信機とビデオカメラが入ったバッグを回収し,乙野と一緒に,男子トイレの個室内で,ビデオカメラに録画された画像を再生して暗証番号の判読を試みたところ,10番のボックスの暗証番号が判明した。

(3) 乙野は,同日午前8時50分ころ,その暗証番号を使って本件ロッカーの10番のボックスを開け,原告の財布を窃取した。その間に,丁木は,丙川の待つレンタカーに戻った。

(4) 乙野が原告の財布を窃取してレンタカーに戻ったところ,丁木が車中で録画したビデオを再生しており,「もう1か所の番号が分かっている。俺が行って来る。」などと言って,1人でクラブハウス内に入って行き,約10分後に,財布を盗み出しレンタカーに戻ってきた。そして,乙野らは,レンタカーを発進させ,本件ゴルフ場の駐車場を後にした。

(5) 乙野らは,レンタカーで秋田市内に向かっていたが,本件ゴルフ場を出発して程なく,ビデオを再生していた丁木が,「もう1か所映っている。このまま終わりにするのは,もったいない。」などと言い出したので,丁木が判読した暗証番号を使って盗みをすることになり,Uターンをして本件ゴルフ場に戻った。

(6) 乙野は,その時,丁木から,「さっき,俺が行ってきたから,今度は,乙野君行ってきて。」などと言われたため,ゴルフプレイヤーを装って,丁木が判読した3か所目のボックスの暗証番号を使って扉を開け,在中していた財布を窃取した。

(7) ATM機からの現金窃取(甲24)

乙野らは,レンタカーで秋田市山王<番地略>所在の株式会社秋田銀行山王支店に行き,本件ロッカーから窃取した原告の財布に入っていたカードを使用して,同支店に設置されていたATM機から以下のとおり,現金562万1000円を引き出した。

ア キャッシュカード使用

(ア) 62号機のATM機

10時28分 100万円ずつ2回 暗証番号入力ミスなし

10時29分 100万円を1回 暗証番号入力ミスなし

(イ) 61号機のATM機

10時31分 100万円ずつ2回 暗証番号入力ミスなし

10時32分 62万1000円 暗証番号入力ミスなし

イ VISAカード使用

10時33分に30万円,10時34分に20万円を引き出そうとしたが,いずれも暗証番号違いにより引き出せなかった。

ウ JCBカード使用

10時33分及び10時34分に各20万円を引き出そうとしたが,いずれも暗証番号違いにより引き出せなかった。

(8) 原告のキャッシュカードと本件ロッカー使用時の暗証番号は,ともに****である。本件ロッカーの暗証番号とカードの暗証番号が同一であるキャッシュカードは被害に遭ったが,暗証番号が異なるクレジットカードは被害に遭わなかった。(甲21)

三  争点及び当事者の主張の要旨

1  寄託を受けた場屋の主人の責任(商法594条1項)

(原告の主張)

(1) 寄託関係の成立

ア 本件ロッカーは,顧客が貴重品を被告のフロントに預けるのを事務処理上等の都合上,被告側の事情でこれを省力化するために設置しているものであって,本件ゴルフ場では,被告が顧客に対して,貴重品を預ける場合は,本件ロッカーに保管するよう張り紙によって指示をしていた。

イ 確かに,本件ロッカーの暗証番号は,顧客が任意に決めて,当面は,顧客が利用するが,本件ロッカー自体は,被告のクラブハウス内にあり,フロントからも直ぐ近くの距離にあり,その管理下にあるといえる上,仮に,顧客が暗証番号を忘れたり,また緊急の場合は,被告がロッカーを開けることができる仕組みになっている。したがって,本件ロッカーの在中物は,顧客と被告が重畳的に占有,管理しているものである。

(2) 場屋の主人

被告の経営するゴルフ場は,客の来集を目的とする場屋であるから,被告は,商法594条の「場屋の主人」に該当する。

(被告の主張)

(1) 寄託関係について

張り紙の事実は認めるが,寄託関係の成立は争う。

被告は,ゴルフ場利用者の便宜を考慮し,本件ロッカーを設置したが,事務の省力化を図ったものではなく,ゴルフ場利用者に対し,本件ロッカーに貴重品を保管するよう特に指示はしていない。また,原告は,被告の同意等を得ることなく,自由に本件ロッカーに保管中の貴重品を出し入れできる状態にあったため,原告と被告との間において寄託関係は成立していない。被告が顧客に本件ロッカーの使用を許諾しているのは,単に場所の提供を目的とするものにすぎない。

(2) 被告が場屋の主人に該当することは認める。

2  寄託を受けた商人の責任(商法593条)

(原告の主張)

(1) 被告は,株式会社であるから商人であり,商法593条により寄託物について,善管注意義務を負う。

(2) 善管注意義務違反

ア 本件窃盗事件が発生した平成15年8月24日当時,本件ロッカーと同様のゴルフ場の貴重品ロッカーから,暗証番号を盗用し,キャッシュカード等を窃取するという事件が多発しており,平成13年度では,全国で年間3743件,1件あたりの被害は数万円から数千万円といわれ,手口は貴重品ロッカー操作部分の上部にカード型の小型カメラを貼り付けて暗証番号を盗撮するというものである。したがって,本件窃盗事件発生当時,被告は,ゴルフ場では本件同様の犯罪が多発していることを認識していたか,あるいは認識できたといえる。

イ 乙野らは,本件窃盗を遂行する前に,秋田県内のゴルフ場をいくつか下見した上で,本件ゴルフ場の管理が最もずさんと判断し,本件ゴルフ場のクラブハウスを犯行対象としたのである。

すなわち,本件ロッカーは,フロントからは直接は目につきにくい場所に設置されている上,不審者等のチェック並びに見回り及び監視カメラ等による監視も不十分であり,暗証番号盗撮用カメラを設置することも容易であった。また,トイレが隣接しているのでそこに隠れて本件ロッカーの利用者の有無を確認し,窃取する機会を窺うことも容易にできた。

(被告の主張)

被告が商人であることは認めるが,寄託関係の成立は否認する。

フロントから本件ロッカーが視認できないことは認めるが,本件ロッカーは,トイレおよび男子ロッカールームの入口前に設置され,そのため,トイレ掃除等のため被告従業員が常に周囲を歩行している場所にあり,その管理に不十分な点はない。

3  寄託を受けない場屋の主人の責任(商法594条2項)

(原告の主張)

仮に,本件ロッカーに物を入れたことにより寄託関係が生じないとしても,被告には,上記2の原告の主張(2)記載のとおりの不注意があるから,被告は,本件窃盗事件によって原告に生じた損害を賠償する責を負う。

(被告の主張)

フロントから本件ロッカーが視認できないことは認めるが,本件ロッカーは,トイレおよび男子ロッカールームの入口前に設置され,そのため,トイレ掃除等のため被告従業員が常に周囲を歩行している場所にあり,その管理に不十分な点はない。

4  民法717条に基づく責任

(原告の主張)

(1) 本件ゴルフ場のクラブハウスは建物であり,土地の工作物である。そして,本件ロッカーは,クラブハウスの一部であるから,土地の工作物の一部である。

(2) 本件ロッカーは,フロントからは直接には目につきにくい場所に設置されている上,不審者等のチェック並びに見回り及び監視カメラ等による監視も不十分であり,暗証番号盗撮用カメラを設置することも容易であった。また,トイレが隣接しているのでそこに隠れて本件ロッカーの利用者の有無を確認し,窃取する機会を窺うことも容易にできた。

(3) したがって,被告は,クラブハウスの設置管理に瑕疵があったものとして,民法717条により,本件窃盗事件により原告に生じた損害を賠償する責を負う。

(被告の主張)

本件ロッカーは,容易に移動および搬出が可能なものであり,これを民法717条の土地の工作物ということはできない。したがって,被告は,民法717条の責任を負担しない。

5  民法709条に基づく責任

(原告の主張)

上記2の原告の主張(2)と同旨。

(被告の主張)

(1) 本件ロッカーは,トイレおよびロッカー更衣室の入口付近に設置され,本件ゴルフ場利用者及び被告従業員が常に行き来する場所にあり,窃取が容易な場所に設置されたものではない。また,被告従業員は,ロッカー更衣室及び本件ロッカー付近を時々見回る等して,疑わしい者の侵入等を防止していた。

(2) さらに,乙野らの窃取行為は極めて巧妙かつ新規のものであり,本件ロッカーのメーカー等から,その問題点を指摘されていなかった被告において,そのような窃取行為を予見し,結果回避の措置を取ることは不可能であった。

(3) したがって,本件ロッカー等に関する設置管理等に過失はなく,被告は,民法709条の責任を負担しない。

6  財布の窃取とATM機からの現金引出しとの間の相当因果関係

(原告の主張)

(1) 財布の中には,クレジットカードやキャッシュカードが入っており,財布が盗まれれば,その中のクレジットカード,キャッシュカードを使ってATM機から現金が引き出されるというのは,現在では何ら珍しいことではない。

その意味で,本件ロッカーからカード類が入った財布を盗まれれば,それを使って現金が引き出されるというのは,十分予測されるところであって,財布の窃取とATM機からの現金引出しの間には相当因果関係がある。

(2) ところで,キャッシュカード等の暗証番号には,電話番号や誕生年月日を使用する者が多いのが現実である。

現代はカード時代で,1人で何枚ものカードを持っているが,このような場合に,カードの暗証番号を別々にすることは極めて困難,不可能であるといえる。まして,ゴルフ場の貴重品ロッカーの暗証番号とカードの暗証番号を別々に分けるというのは,理想ではあるが,困難である。

(被告の主張)

(1) キャッシュカードの窃取行為により,当然にキャッシュカードによる預金払戻しも可能となる関係にはなく,たまたま原告が,キャッシュカードの暗証番号を本件ロッカーの暗証番号にも使用した,キャッシュカードによる預金払戻しが可能となったものである。

(2) したがって,キャッシュカードによる払戻しは,原告の暗証番号の管理が十分ではなかったことにより可能となったものであり,このような原告の行為が介在する窃取行為と払戻行為との間には,相当因果関係はない。

7  高価品の明告の欠如

(被告の主張)

現在においては,高額な預金を解約できるキャッシュカードも高価品と評価すべきものであるから,被告に何らの説明のないまま,原告が本件ロッカーにキャッシュカードを保管し,そのキャッシュカードが窃取されて損害が発生している本件においては,高価品に関する商法595条が適用されるべきである。

(原告の主張)

(1) ゴルフ場は,それなりの資産がある人が多く利用している。被告のゴルフ場は,会員権の当初販売金額では県内2位の名門コースであり,原告は,被告の会員である。フロントで受付をしていた被告従業員は,原告が本件ゴルフ場に来ていることを認識しており,本件ロッカーが利用されることも予測できた。

(2) そもそも,ゴルフ場の利用者があえて貴重品として本件ロッカーに入れる物は相当高価なもの,あるいは貴重なものであることは,被告従業員においても当然認識しているはずである。また,貴重品ロッカーには,財布や車のキーが入れられ,財布にはクレジットカード,キャッシュカードなどが入っているのは当然のことである。

(3) したがって,顧客が当該貴重品の種類及び価額の詳細を明示していなくても,本件ロッカーを使用すること自体が高価品の明告と評価すべきであるし,被告従業員は,本件ロッカーの在中物が貴重品であることを認識していたというべきである。

8  約款による免責

(被告の主張)

(1) 被告は,本件ロッカーの使用について,使用約款を定め,本件ロッカー利用者に見える場所にその使用約款を掲示している。

(2) その使用約款では,暗証番号の盗用による被害については,被告において責任を負担しない旨定めている。

(3) 本件は,乙野らにおいて,本件ロッカーの暗証番号を撮影して盗用し,本件ロッカー利用者がゴルフプレー中に盗用した暗証番号により本件ロッカーを開け,その中のキャッシュカード等を窃取した事案,そのような乙野らの行為は,使用約款にいう暗証番号の盗用に該当する。

(4) したがって,被告は,上記使用約款により,原告の損害を賠償する責を免れるというべきである。

(原告の主張)

(1) 仮に,免責約款が存在していたとしても,原告はその存在を知らされていない上,その掲示は利用者が判読できるような方法によって行われていなかったから,免責約款の適用はないというべきである。

(2) また,上記2の原告の主張(2)で述べた事情は重過失と評価されるものであるから,その観点からも,免責約款は適用されないというべきである。

9  過失相殺

(被告の主張)

(1) 原告は,本件ロッカーの暗証番号について,キャッシュカードの暗証番号をそのまま使用しているが,カード類を窃取された場合の危険性から,暗証番号の管理を十分行うよう様々な広報活動が行われていることは周知の事実である。にもかかわらず,原告は,暗証番号の管理を十分行うことなく,安易にキャッシュカードと同一の暗証番号を本件ロッカー利用の際にも利用して,損害拡大を自ら招いている。したがって,原告には,暗証番号の管理について重大な過失があったといえる。

(2) また,キャッシュカードは,多額の現金を容易に入手できる機能を有するものであり,そのようなキャッシュカードを管理する場合,常に身に付けて所持する等の注意を払うべきものである。仮に,原告がキャッシュカードを身に付けていた場合,本件窃取行為の被害に遭うことはなく,損害発生もなかったはずである。ところが原告は,キャッシュカードを身体付近に置かず,その結果,本件窃取行為の被害に遭ったものであり,原告には,キャッシュカードそのものの管理についても重大な過失があるというべきである。

(3) したがって,仮に,本件窃盗につき被告の賠償責任が肯定されるとしても,原告においても重大な過失があり,過失相殺がなされる必要がある。

(原告の主張)

(1) 現代はカード時代で,1人で何枚ものカードを持っているが,このような場合に,カードの暗証番号を別々にすることは極めて困難,不可能であるといえる。利用者にとっては暗証番号を,カードごとに,いちいち覚えきれないからである。

ましてゴルフ場の貴重品ロッカーの暗証番号とクレジットカードの暗証番号を別々に分けるというのは,理想ではあるが,困難であり,それをしなかったから利用者の過失を問うというのは酷というものである。

最近では,ゴルフ場でも貴重品ボックスは,暗証番号によるものではなく,他の方法による設備を備えているのである。

(2) また,何よりも,本件は,被告が,ゴルフ場のクラブハウスの管理,とりわけ貴重品ロッカーの管理をきちんとしていなかったことから,原告の財布やキャッシュカードが窃取されたのであり,これは,被告の重過失であって,そうした自己の非を棚に上げ,原告の落ち度を云々するのは,不当である。

第三  判断

一  争点1(寄託を受けた場屋の主人の責任)について

1  寄託の有無

(1) 寄託契約とは,物の保管義務を契約の主たる目的とする契約であり,物の保管とは,受寄者が物を自己の支配内において,その滅失及び毀損を防いで原状を維持することをいう。

(2) 顧客が本件ロッカーのボックス内に物を入れることをもって,被告にこれを寄託したといえるか否かを検討するに,①ある顧客が本件ロッカーを利用しているのか否か,そして何時物を入れて何時出したのかを被告側で当然に把握できる仕組みがないこと,②顧客が設定した暗証番号はもとより,ボックス内の在中物がどのような物かも被告従業員は認識していないこと,③例外的な緊急時を除いて,被告が顧客に無断で解錠して本件ロッカーの在中物を確認することは予定されていないこと等の事情に鑑みれば,被告が本件ロッカーの在中物を自己の支配内においていると認めることはできない。

また,④原告が,直接フロント係員に財布を預かるように要求した形跡がなく,⑤本件ロッカーの上に掲げられていた「フリーボックス使用約款」と題する文書には,「お客様のご希望により貴重品等をフロントでもお預かりします。」と記載されていること(乙3)を併せ考慮すれば,貴重品を本件ロッカーに保管することを勧める旨の張り紙があったとしても,被告が,従業員に直接保管させる代わりに本件ロッカーを設置していたと評価することはできないというべきである。

(3) 以上によれば,顧客が暗証番号を設定して本件ロッカーのボックスに物を入れることにより在中物自体の支配が被告に移転したと評価できず,保管場所の貸与に止まると解するのが相当である。

2  したがって,寄託を前提とする商法594条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。

二  争点2(寄託を受けた商人の責任)について

上記一で説示したとおり,寄託関係の成立が認められないから,商法593条に基づく損害賠償請求は理由がない。

三  争点3(寄託を受けない場屋の主人の責任)について

(1)  本件ゴルフ場のクラブハウスが場屋に該当し,被告がその主人であることは当事者間に争いがない。

(2)  善管注意義務違反について

ア 上記のとおり寄託関係の成立は認められないとしても,被告は,自らが営業する場屋に,「貴重品ロッカー」と銘打って本件ロッカーを設置したのであるから,本件ロッカー自体の安全を維持確保する義務を負うことは当然である。

イ  本件ロッカーは浴場付近に設置されており,浴場利用者が財布等の貴重品を保管するために本件ロッカーを使用すること,そして,具体的な手口はさておき,浴場の脱衣場やロッカーが窃盗犯の目標になりやすいことは容易に想像されるところである。

乙野らが用いた手口は,模倣性の高いものと考えられ,一般の雑誌等で手口を具体的に紹介することには否定的な立場もあり得ることに照らせば,甲第6号証の雑誌(平成16年3月号)以前に一般人向けの書籍で乙野らの手口が具体的に紹介されたと認めるに足りる証拠はないというべきであるが,窃盗犯人の具体的な手口が認識できない限り防衛策を講じられないものではなく,付近に従業員が常駐している,頻繁に人通りがある,監視カメラが設置されている等の事情によっても,窃盗犯人を心理的に萎縮させる効果があると考えられる。

ウ  本件ロッカーは,上記第二の二3記載のとおり,フロントからは見えない場所に設置されている。また,被告は,①本件ロッカーはトイレおよびロッカー更衣室の入口付近に設置され,ゴルフ場利用者および被告従業員が常に行き来していたこと及び②被告従業員は,ロッカー更衣室および本件ロッカー付近をときどき見回る等して,疑わしい者の侵入等を防止していたことを主張するが,見回りの頻度,担当者等の具体的な立証はない。

エ  また,乙野らは,下見をした上で,盗みが可能なゴルフ場を選択していたこと(甲14),そして,乙野が平成15年12月15日付け司法警察員に対する供述調書(甲14)において,「クラブハウスの入口を入ると,右側にフロント,左側にロッカールームに通じる入り口になっていて,貴重品ロッカーはロッカールーム入口から入ったところの壁に1台だけ置かれていて,そこはフロントからは全く見えない場所だったのです。」と述べていることに鑑みれば,本件ゴルフ場のクラブハウスは,警備の程度が通常とられるべき水準に達していなかったと推認され,これを覆すに足りる的確な証拠はない。

オ  以上を総合すれば,被告には,原告が本件ロッカーに保管していた財布が窃取されたことにつき,商法594条2項の「不注意」があると認められる。

四  争点4(民法717条に基づく損害賠償責任)について

原告が主張する本件ロッカーの設置場所及びその付近の監視に関する事情は,民法717条1項の「土地の工作物の設置又は保存の瑕疵」には該当しない。民法717条が予定している「瑕疵」は当該工作物に内在する危険性を指すと解されるところ,乙野らの窃盗による損害は,本件ロッカーないしクラブハウスに内在する危険性が顕在化したものとは評価できないからである。

したがって,民法717条に基づく損害賠償請求は理由がない。

五  争点5(民法709条に基づく損害賠償責任)について

本件ロッカーの設置場所の選択及びその付近の監視の程度が,ゴルフ場のクラブハウスの通常業務過程を逸脱したとまでは評価できないから,被告には,乙野らの窃盗による被害についての不法行為法上の注意義務違反は認められないというべきである。

したがって,民法709条に基づく損害賠償請求は理由がない

六  争点6(相当因果関係)について

乙野らが本件ロッカーから原告の財布を窃取した行為とATM機から現金が引き出されたことの間には,相当因果関係が認められる。被告が主張する原告の落ち度は,因果関係の相当性を否定する事情には該当しない。

七  争点7(高価品の明告の欠如)について

キャッシュカードが商法595条の「高価品」に該当することは当事者間に争いがない。

そして,①本件ロッカーの上には,「貴重品ロッカー」との文言が掲げられていたこと(乙2),②平成15年8月24日当時,本件ロッカーに貴重品を預けることを勧める旨の張り紙がなされていたこと(争いなし),③本件ロッカーのボックスの大きさ(上記第二の二4(1))から,財布が預けられることが多いことは容易に想像されること,④財布には通常,キャッシュカードの類が入っていることに加え,預金金額も本件ゴルフ場の会員として常識的な額の範囲内であったこと等の事情を考慮すれば,被告には高価品の認識があったと認めるのが相当である。

したがって,高価品の明告の欠如の主張は理由がない。

八  争点8(約款による免責)について

約款の掲示場所及び文字の大きさ等(乙1から3)に照らすと,その周知性は乏しいといわざるを得ず,他に,約款の周知性に関する主張立証はない。

したがって,本件ロッカーの上に掲げられている約款は,原告と被告の間の契約内容になっているとは認められず,単なる「告示」(商法594条3項)に止まるというべきであるから,約款による免責の主張は理由がない。

九  争点9(過失相殺)について

窃取された財布に入っていたクレジットカードは,暗証番号違いのため使用できなかったこと(上記第二の二5(7),(8))に照らせば,原告のキャッシュカードが使用されてATM機から現金が引き出されたことについては,原告が本件ロッカー使用時の暗証番号を,キャッシュカードの暗証番号と同一にしていたことが寄与していたことは否定できない。

記憶の便宜のために本件ロッカーの暗証番号をキャッシュカードの暗証番号と同一にする心理は理解できるが,本件ロッカーの暗証番号は,ゴルフをしている間だけ記憶していればよい番号であるから,自己の所有するカード類の暗証番号と異なる番号を用いてもさしたる不便はないこと,本件ロッカーの暗証番号の設定は,専ら顧客の支配領域内の出来事であり,被告が介入できない性質の行為であること等の事情を考慮すれば,4割の過失相殺を行うのが相当と考えられる。

第四  結論

以上によれば,原告の請求は,商法594条2項に基づき,キャッシュカードによってATM機から引き出された562万1000円の6割である337万2600円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年6月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。なお,仮執行の宣言は,相当でないので,これを付さない。

(裁判官・山本正道)

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