秋田地方裁判所 平成16年(ワ)34号 判決 2006年6月30日
秋田県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
津谷裕貴
東京都中央区<以下省略>
被告
光陽トラスト株式会社(以下「被告会社」という。)
同代表者代表取締役
A
東京都神津島村<以下省略>
被告
Y1(以下「被告Y1」という。)
東京都江戸川区<以下省略>
被告
Y2(以下「被告Y2」という。)
盛岡市<以下省略>
被告
Y3(以下「被告Y3」という。)
東京都足立区<以下省略>
被告
Y4(以下「被告Y4」という。)
同5名訴訟代理人弁護士
後藤次宏
主文
1 被告らは,原告に対し,各自2358万5168円及びこれに対する平成15年10月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項について,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
(主位的請求)
被告らは,原告に対し,各自3696万0240円及びこれに対する平成15年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告会社は,原告に対し,3696万0240円及びこれに対する平成15年9月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,日光商品株式会社(以下「日光商品」という。)との間で商品取引所における商品先物取引の委託契約を締結した原告が,同社又は同社を吸収合併した被告会社の従業員である被告Y1,被告Y2,被告Y3及び被告Y4が共謀のうえ原告に対し勧誘時から取引終了時まで違法行為を繰り返したと主張して,①主位的に,被告らに対し不法行為に基づく損害賠償を,②予備的に,被告会社に対し債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲げないものは,争いがないか,弁論の全趣旨により認められる。)
(1) 原告(昭和20年○月○日生)は,高校卒業後,銀行に5年間勤務した後,a農業協同組合に採用され,平成13年3月の定年退職まで勤務し,その後,現在まで医療法人に臨時職員として勤務している。
(2) 日光商品は,商品先物取引の受託業務を目的とする商品取引員であり,平成13年1月,商号をディプロ株式会社に変更した。被告会社は,同年10月,ディプロ株式会社を吸収合併し,その権利義務を承継した。
被告Y1,被告Y2,B(以下「B」という。)及び被告Y3は,いずれも日光商品秋田支店の従業員であり,被告Y4は,被告会社盛岡支店の支店長であった。
(3) 原告は,平成12年11月16日,日光商品との間で,商品取引所における商品の売買取引を継続して委託する旨の契約を締結した(甲1)。
(4) 日光商品及び被告会社(以下,時期により両者を区別することなく「被告会社」と総称する。)は,原告の委託に基づくものとして,平成12年11月17日から平成15年10月3日までの間,別紙一覧表1~7(ただし,同一覧表1の6番と16番の取引及び各一覧表の「直」以下の欄は除く。)記載のとおり,東京穀物商品取引所のとうもろこし(以下「東穀とうもろこし」という。),福岡商品取引所のとうもろこし(以下「福岡とうもろこし」という。),東京工業品取引所の金(以下「東工金」という。),銀(以下「東工銀」という。)及びガソリン(以下「東工ガソリン」という。),中部商品取引所のガソリン(以下「中部ガソリン」という。)及び灯油(以下「中部灯油」という。)の売買取引(以下,一連の取引を総称して「本件取引」という。)をした。その結果,3055万0240円を下回らない損失(売買損益から委託手数料及び税金を控除した金額)が生じた(甲10~16,乙7の1~4,8の1~7)。
2 争点
(1) 違法行為及び被告らの責任の有無
(原告の主張)
ア 勧誘上の違法行為
(ア) 適合性原則違反
原告は,商品先物取引を行うための取引経験,商品先物取引の仕組み,危険性,価格変動に関する知識等がなかった。原告は,余裕資金も有しておらず,本件取引に投入した資金は退職金と借入金であった。したがって,原告は商品先物取引を行う適格を有していなかった。また,原告は,商品先物取引の勧誘を受けた当時,a農業協同組合の支所長であったから,「公共団体等の公金出納取扱者,金融機関等における金銭,有価証券等の取扱者」(被告会社の受託業務管理規則7条)に該当する不適格者であった。被告らは,原告に商品先物取引を勧誘したり,取引をさせてはならないにもかかわらず,これを怠り,原告を商品先物取引に勧誘して取引をさせた。少なくとも,原告は,皮膚がんにかかっていることが判明した平成13年11月1日以降,商品先物取引の不適格者であり,被告らは,原告が入院中であることを知りながら取引を行わせた。
(イ) 執拗な勧誘
被告Y1と被告Y2は,原告の職場に電話をかけ,原告に商品先物取引の勧誘をしたところ,原告から断られたにもかかわらず,その後も電話勧誘を続けた。
(ウ) 不当勧誘(説明義務違反,断定的判断の提供等)
被告Y1と被告Y2は,平成12年10月ころ,原告の職場に訪問し,「商品先物取引は,絶対に儲かります。特にとうもろこしは実績がありますから安全ですし,絶対儲かります。是非お願いします。」,「●●●周辺でも儲けている人がたくさんいる。退職金を増やしましょう。当社には専門のディーラーがいるのでその人に任せておけば大丈夫です。」などと商品先物取引の仕組みや危険性などについての説明を怠り,商品先物取引が絶対に儲かる取引であるかのような虚偽の事実を断定的に告げて執拗に勧誘した。
被告Y1は,平成12年11月15日,原告を訪問し,「とうもろこしの先物取引は安全で絶対に儲かります。すぐにお金を倍にしてみせます。」などと言って商品先物取引を勧誘し,原告にその旨誤信させ,約諾書に署名させた。
外務員は,委託者に対し,当初の予測と反対の方向に価格が変動した場合の対処方法などの基本的知識を十分理解できるよう説明するとともに,受託する会社の経営方針,実績,苦情の有無,紛議の件数や内容等も知らせるべきであるにもかかわらず,被告らは,これらの説明を怠っただけでなく,商品先物取引は絶対に儲かるなどと虚偽の説明をした。
イ 取引過程における違法行為
(ア) 新規委託者保護義務違反
商品先物取引は,極めて投機性が高く危険な取引であるから,商品取引員は,新規委託者が商品先物取引に慣れるまでの数か月間は,損害を被らせないように新規委託者を保護する義務がある。被告会社の受託業務管理規則は,3か月間を保護育成期間として,50枚を超える建玉をさせないこととしている。ところが,被告らは,原告の当初投入予定資金が80万円と明示されているにもかかわらず,最初から80万円の建玉をさせ,その後,さらに原告の投入予定額を大幅に超える資金を投入させて大量の取引をさせた。
(イ) 過当売買
本件取引の対象は,東穀とうもろこし,福岡とうもろこし,東工金,東工銀,東工ガソリン,中部ガソリン,中部灯油と多岐にわたる。被告らは,原告がこれらの商品の相場動向,価格変動要因を知らなかったにもかかわらず,原告に対し,「絶対に儲かる。」,「これまでの損を取り返そう。」などと次々と別の種類の商品の取引を勧誘し,過当な取引をさせた。
(ウ) 両建
被告らは,原告を商品先物取引に引きずり込ませて委託手数料を稼ぐために,本件取引の開始後間もなく,原告に対し,「両建をしないとこれまで出した金は返ってこない。」などと虚偽の事実を述べ,多数回にわたり両建をするよう勧誘し,両建をさせた。
(エ) 一任売買
原告は,商品先物取引の経験や商品に関する知識及び相場が予想と逆に動いた場合の対処の仕方についての知識経験を有しておらず,日中は仕事をしていたので,被告らの一方的な電話連絡に従わざるを得なかった。本件取引の対象品目は多岐にわたるが,原告は各商品の相場の状況について判断する知識も材料も有していなかったので,被告らの言うがまま取引を行わざるを得なかった。したがって,本件取引は実質的に一任売買であった。
(オ) 転がし
被告らは,委託手数料を稼ぐために,原告に対し,多数回にわたり,途転,買直し・売直し,両建といった無意味な反復売買を繰り返し行わせた。
(カ) 仕切拒否
原告は,平成13年10月ころから数回にわたり,被告Y3らに対し,がんで入院するので先物取引を止めたいと申し入れたが,拒否された。
(キ) その他
被告らは,担当者を頻繁に交代させるなど,違法な受託業務を行った。
ウ 誠実公正義務違反
商品取引員は,誠実公正義務を負うが,被告らの前記ア,イの行為はこの義務に違反する。
エ 被告らの責任
(ア) 不法行為責任
被告Y1,被告Y2,被告Y3及び被告Y4は,原告から商品先物取引の委託証拠金名下に金銭を詐取しようと企て,共謀のうえ,それぞれの役割に応じて,直接的又は間接的に前記アないしウの違法行為を繰り返したから,それぞれ民法709条,719条の共同不法行為責任を負う。
これらの不法行為は,被告会社の事業の執行につき行われたものであるから,被告会社は民法715条の使用者責任を負う。
(イ) 債務不履行責任
前記アないしウの行為は,商品取引員としての誠実公正義務,善管注意義務に違反するものであるから,被告会社は債務不履行責任を負う。
(被告らの主張)
ア 勧誘上の違法行為について
(ア) 適合性原則違反について
原告は,a農業協同組合の支所長を務めた経歴があり,商品先物取引について理解し,判断する能力を備えており,年金等で生計を維持する者ではないから,受託業務管理規則7条の不適格者に該当しない。原告は,理解力と資金力の点において,商品先物取引に対する適合性を有していた。また,原告の疾病は,物事の判断能力や理解能力を低下させるものではない。
(イ) 執拗な勧誘について
原告の主張は争う。
(ウ) 不当勧誘(説明義務違反,断定的判断の提供)について
被告Y1は,平成12年10月30日ころ,原告の勤務先を訪問し,商品先物取引の勧誘をするとともに,商品先物取引の仕組みを簡単に説明した。被告Y1は,同年11月15日,原告の勤務先を訪問し,新聞の商品相場欄を示して取引の単位,取引には証拠金が必要であること,取引方法,損益計算の仕方,追証拠金が必要となる場合があることを説明し,「商品先物取引委託のガイド」を示して,商品先物取引の仕組を具体的に説明し,「予測が外れた場合の売買対処説明書」を示して,相場が不利に動いた場合の処置として,「決済」,「追証拠金」,「両建」,「難平」といった方法を説明した。被告Y1が説明を理解したかどうかを質問したところ,原告は「わかった。」と答えた。被告Y1は,同月16日,原告から契約書に署名押印を受けたが,その際にも内容を丁寧に説明した。被告Y1が断定的判断を示したり虚偽の説明をしたことはなく,その説明に欠けるところはなかった。
イ 取引過程上の違法行為について
(ア) 新規委託者保護義務違反について
原告が本件取引の開始から3か月間で行った取引の最大建玉枚数は30枚であり,受託業務管理規則に定める50枚の制限の範囲内であった。取引金額が初回投資予定額の80万円を超えたのは,原告の意思に基づくものである。
(イ) 過当売買について
原告は,取引数量が多いこと及び取引銘柄が多いことを問題にするようであるが,前者については,被告らが新規委託者保護義務に違反しておらず,取引所の枚数制限にも違反していないから,何ら問題はない。後者についても,原告は農業関係の仕事に従事しており農産物の相場要因を理解していたうえ,その他の商品についても,ガソリンや灯油の価格は中東情勢,産油国の生産動向,為替相場などに左右されること,金・銀は為替相場,生産国の生産動向,輸出入の増減,宝飾の需要などにより左右されることは常識であり,何ら特別な知識や経験を要するものではないから何ら問題はない。東工金,東工銀,東工ガソリン,中部ガソリン及び中部灯油の各取引は,本件取引の開始から長期間経過後に始めたものであり,原告はそれまでに十分な経験を重ねていた。
(ウ) 両建について
両建を禁止する法令等の根拠規定はなく,外務員が顧客から両建を受託すること自体は違法ではない。両建は,計算上の損益を固定するものであり,これ自体が顧客に不利益を与えるものではない。被告会社の外務員らは,原告に対し,当初の予測と外れた際,値洗損金の額を伝えた上で,対処方法として損切り,追証拠金,両建といった方法があることを説明しており,原告は相場状況に応じて自らの相場観と意思に基づき両建を選択した。
(エ) 一任売買について
被告会社の外務員らは,原告に対し,個々の取引ごとに事前に情報を提供し,損益状況や相場動向を伝えた上で,原告から個々の取引ごとに注文を受けており,一任売買は行われていないし,被告会社の外務員らが手数料稼ぎを目的に原告に対し頻繁に取引をさせた事実はない。原告の主張は,自らの努力不足を外務員の責任に転嫁するものに他ならない。
(オ) 転がしについて
被告会社の外務員らが専ら委託手数料を稼ぐ目的で原告に取引をさせたことはない。途転,買直し・売直し,両建といった取引は,商品の価格が絶えず変動する状況下においては合理的な取引方法であり,これらの取引自体は法令上も禁止されていない。流動的な相場状況や損益状況の中でこのような取引が存在するのは当然である。このような取引があることのみから被告会社の外務員らが無意味な手数料稼ぎをしていたと見るのは誤りである。
(カ) 仕切拒否について
原告主張の事実は否認する。原告が被告会社に本件取引を終了したいと申し入れたことはなかった。
(キ) その他について
原告主張の事実は否認する。
ウ 誠実公正義務違反について
原告の主張は争う。
エ 被告らの責任について
原告の主張は争う。
(2) 損害額
(原告の主張)
ア 本件取引において原告が被告会社に預託した委託証拠金の金額から返還を受けた金額を控除した残額は3055万0240円であるところ,この委託証拠金は本件取引による損金の支払に充てられたので,原告はその返還請求権を失い,同額の損害を被った。
イ 原告は,被告らの不法行為又は被告会社の債務不履行により,著しい精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料は,305万円を下回らない。
ウ 原告は,本訴の提起,追行を原告訴訟代理人に委任し,報酬の支払を約した。弁護士費用は,336万円が相当である。
エ よって,原告は,①主位的に,被告らに対し,各自,不法行為に基づく損害賠償として,3696万0240円及びこれに対する不法行為の終了日である平成15年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払,②予備的に,被告会社に対し,債務不履行に基づく損害賠償として,3696万0240円及びこれに対する債務不履行の終了日である平成15年9月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
(3) 過失相殺
(被告らの主張)
原告は,商品先物取引の投機性を熟知しながら本件取引を継続した。原告は,一定の値洗損が発生した場合に追証拠金を入金しなければ取引が終了することを知りながら,追証拠金を入金して本件取引を継続した。したがって,原告には,損害の発生について過失があるから,過失相殺をすべきである。
(原告の主張)
被告らは,長年にわたりいわゆる客殺し商法によって委託者から不当な利益を得ている悪質な業者である。被告らは,商品先物取引の経験のない原告を言葉巧みに危険性の高い商品先物取引に引き込み,取引による利益が出たと称して原告を信用させ,取引の数量を増やしてはその証拠金に振り替え,退職金を全額投入させたり,さらに借金をさせるなどして原告から金を収奪した。被告らの行為は,違法性が極めて高く,悪質なものであるから,過失相殺は許されない。
第3争点に対する判断
1 違法行為及び被告らの責任の有無(争点(1))について
(1) 適合性原則違反について
ア 証拠(甲17~19,23,乙4,10,21,23,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 原告(昭和20年○月○日生)は,昭和38年3月に地元の高校を卒業し,同年4月から昭和43年3月までb銀行に勤務し,同年4月から平成13年3月までa農業協同組合に勤務し,同年8月から平成15年5月まで地元の社会福祉法人の臨時職員として勤務していた。原告は,同年12月以降,医療法人の臨時職員として勤務している。
(イ) 原告は,本件取引開始当時,a農業協同組合●●●の支所長として,同支所の業務全般を統括し,約10名の職員を管理する地位にあった。家族構成は,妻,子供2人及び母の5人暮らしであった。原告は,本件取引開始の際,被告会社に対し,年収は700万円以上1000万円未満,預貯金額は500万円未満と申告した。
(ウ) 原告は,本件取引を開始する以前,商品先物取引や株式取引といった元本割れの危険を伴う取引をしたことはなかった。原告が保有する主な資産は,自宅の土地建物,農地及び預貯金であった。
(エ) 被告は,「受託業務管理規則」と題する内部規則を設けており,公共団体等の公金出納取扱者,金融機関等における金銭,有価証券等の取扱者に対して商品先物取引の勧誘又は受託を行わない旨を定めている(7条1項5号,6号)。
(オ) 原告は,平成13年11月1日,c大学病院で乳房外ページェット病(皮膚がんの一種)の診断を受けた。原告は,同月12日から同年12月28日まで同病院に入院し,同月5日,同病院で皮膚悪性腫瘍切除等の手術を受けた。原告は,その後,定期的に通院している。
イ 前記の認定事実によれば,原告は,過去に商品先物取引や株式取引といった元本割れの危険を伴う取引をしたことはなかったが,銀行や農業協同組合に勤務して社会経験を重ね,本件取引開始当時,農業協同組合の管理職の地位にあり,通常の社会人として相当程度の理解力や判断能力を有しており,商品先物取引の仕組みや危険性を理解する能力を欠いていたとはいえない。また,資力の点についても,原告に商品先物取引を行う資金的余裕が全くなかったとまではいえない。原告がおよそ商品先物取引を自己責任で行う適性を欠き,取引市場から排除されるべき者であったということはできない。そうすると,被告会社の従業員が原告を商品先物取引に勧誘したこと自体が社会的相当性を逸脱した違法なものということはできない。
ウ 原告は,当時,農業協同組合の支所長であったから,被告の受託業務管理規則7条1項5号,6号の規定する公共団体等の公金出納取扱者又は金融機関等における金銭,有価証券等の取扱者に該当する。しかし,これら公金出納取扱者等を商品先物取引から排除することの趣旨は,公金等の不正な流出を防ぐことにあり,委託者の利益保護を直接の目的としたものとは解されない。原告は,商品先物取引を行うに足りる理解力,判断力及び資金的余裕を欠いていたとはいえないから,被告Y1がこのような内部規則に違反したからといって,原告に対する勧誘が違法ということはできない。
エ 原告は,少なくとも皮膚がんの診断を受けた後は商品先物取引を行う適格性を欠いており,被告会社の担当者らは,原告が皮膚がんにかかっていることを知っていたにもかかわらず本件取引を継続させたと主張する。そして,原告本人は,入院してすぐに被告Y3とBに対し「がんで入院しているので,やめさせてくれ。」と再三にわたり訴えたが,やめさせてもらえなかったと供述し,陳述書(甲18,22,23)にも同旨の記載がある。
しかし,証拠(甲10,乙8の1~7,18の2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成13年12月20日,既存のすべての建玉(東穀とうもろこしの売玉60枚)を仕切り,差引損益累計は654万0560円(内訳:東穀とうもろこし347万3560円,福岡とうもろこし306万7000円)の利益となったこと,原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚と福岡とうもろこしの売玉10枚を建てたこと,被告会社は,間もなく,原告に対し,残高照合通知書を送付したこと,原告が退院の翌日である同月29日付けで作成した残高照合回答書には,残高照合に相違ない旨の記載があることが認められる。また,退院後も,原告が被告会社の担当者に対し自己の疾病を理由に取引をやめたいと申し出た形跡はなく,原告は,平成14年7月3日まで建玉10枚を維持したまま新たな取引を行わなかったが,その後も長期間にわたり取引を継続した。原告は,Bに対し,病気になったと伝えたことはあったが(証人B),がんで入院したことを理由に取引をやめたいと申し出たという原告の供述等は,客観的裏付けが十分でなく,そのまま採用することはできない。被告会社の担当者らが原告ががんで入院していたことを認識していた事実は認められないから,原告の主張はその前提を欠くといわざるを得ない。
(2) 執拗な勧誘について
ア 証拠(甲1,2,17,22,乙6,11,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告会社の秋田支店の従業員である被告Y1は,平成12年10月29日ころ,原告の勤務先に電話し,商品先物取引の勧誘をし,明日訪問したいと申し出た。被告Y1は,同月30日,原告の勤務先を訪問し,原告に対し,とうもろこしの商品先物取引を始めるよう勧誘した。
(イ) 被告Y1は,平成12年11月14日,原告に電話し,再度面会したいと伝えたところ,原告はこれを了承した。被告Y1は,同月15日,原告の勤務先を訪問し,再度勧誘をした。原告は,被告Y1の説明を受け,商品先物取引を始めることを決意し,同月16日付けで,被告会社に対し,商品先物取引を委託する旨の約諾書を差し入れた。
イ 原告は,原告が電話で勧誘を受けた際に断ったにもかかわらず,被告Y1と被告Y2はその後も電話勧誘を続けたと主張するが,被告Y1と被告Y2が執拗な電話勧誘をした事実を認めるに足りる証拠はない。被告Y1は,当時,名簿を利用して1日当たり約300名に電話をかけ,そのうち商品先物取引に興味を示した者と直接面談して具体的な説明をするという方法で勧誘を行っていたから(被告Y1本人),原告が明確に勧誘を拒否したにもかかわらず被告Y1が不特定多数の者の一人にすぎない原告に対して勧誘の電話を繰り返すというのは不自然といわざるを得ない。
ウ 前記アで認定した勧誘の頻度,回数,態様等に照らすと,被告Y1が原告に対して行った勧誘は,社会的相当性を逸脱した違法なものということはできない。
(3) 不当勧誘(説明義務違反,断定的判断の提供等)について
ア 原告の陳述書(甲17)には,平成12年11月15日に被告Y1と会った際,被告Y1から「このあたりで沢山儲けている人がいる。損はさせない。とうもろこしが今とても良い状況なので,絶対,短期で儲けることができます。当社には,専門のディーラーがいるので,その人に任せておけば大丈夫です。」などと勧誘を受け,この言葉をそのまま信用したとの記載があり,原告本人も同旨の供述をする。
イ 証拠(甲1,5の1・2,17,乙1の1~9,2~6,11,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告Y1は,平成12年10月30日,原告の勤務先で原告と面談した。被告Y1は,原告に対し,商品先物取引には買いから入る方法と売りから入る方法があること,取引には委託証拠金を要することなどを説明した。
(イ) 被告Y1は,平成12年11月15日午後3時ころ,原告の勤務先を再度訪問し,原告と面談した。被告Y1は,原告に対し,新聞の商品相場欄を示し,取引単位,限月,証拠金等の基本的事項について説明し,商品先物取引の仕組み,取引に関する禁止事項,商品先物取引の危険性等について記載のある「商品先物取引委託のガイド」と題する冊子を交付し,商品先物取引の仕組み,契約の手順,留意事項などを説明し,とうもろこしを例に挙げて新聞記事やチャートを示しながら値動きの状況等を説明した。さらに,被告Y1は,原告に対し,「予測が外れた場合の売買対処説明書」と題する書面を示し,商品の値動きが予想に反した場合の対処方法として,建玉を仕切って損失を確定する方法(決済),追証拠金を入れて値上がり又は値下がりを待つ方法(追証拠金),既存の建玉と同じ建玉をしてその平均値を下げる方法(難平),建玉を処分して反対の建玉を建てる方法(途転),新たに反対の建玉をして損失を一時的に固定する方法(両建)の5通りがあることを説明した。被告Y1は,原告が説明を理解したかどうかを確認するため,原告に「商品先物取引理解度等確認書(兼)口座設定申込書」と題する書面を示し,これに記入するよう求めたところ,原告は,その中の商品先物取引についての理解度を記載する9つの項目(「(1)商品先物取引は元本保証がないことを理解したか」,「(2)取引を継続する場合には資金の追加(追証)が必要になる場合があることを理解したか」,「(3)値幅制限又は建玉制限があることを理解したか」,「(4)商品先物取引の仕組み(決済方法,限月等)について理解したか」,「(5)売買の注文を担当者に任せてはならないことを理解したか」,「(6)証拠金の種類と,その預託がない時の措置について理解したか」,「(7)決済方法を理解したか」,「(8)損益及び値洗の計算方法を理解したか」,「(9)『予測が外れた場合の売買対処説明書』を理解したか」の各項目について,「充分理解した」,「一応理解した」又は「再度説明を受けたい」で回答を求めるもの)のいずれにも「充分理解した」の選択肢に丸印をつけ,住所氏名を自署した上でこれを被告Y1に交付した。そして,原告は,白紙に「ハイリスク・ハイリターンの取引というのを理解した上で,自己の意志,自己の資金の範囲内で取引します。」と手書きし,住所氏名を自署した上で,これを被告Y1に交付した。
(ウ) 原告は,平成12年11月16日,「先物取引の危険性を了知した上で,取引所の定める受託契約準則の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾したので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との記載のある約諾書に署名押印し,これを被告Y1に交付した。
ウ 前記イの認定事実によれば,原告は,もともと商品先物取引について経験や関心を有していなかったから,被告Y1が原告に対し,商品先物取引に興味を持たせるために,商品先物取引によって短期間で多額の利益を得ることができるとの期待を抱かせるような説明をしながら勧誘をしたことは容易に推察される。
しかし,原告は被告Y1から商品先物取引の仕組みや危険性について説明した書面の交付を受けるとともに口頭で一応の説明を受けた。とりわけ,原告に交付された「商品先物取引委託のガイド」には,商品先物取引は投機的な性格の強いハイリスク・ハイリターンな取引であることや,商品先物取引は利益や元金を保証するものではなく,総取引金額と比較して少額の委託証拠金をもって取引するため,多額の利益となることもあるが,逆に預託した以上の多額の損失となる危険性もあることが明記されており(乙1),通常人であれば,初回の取引をするまでに一読して容易に理解することができる。被告Y1は,具体例を示しながら,取引市場における商品の価格は日々変動しており,予測に反する値動きをする場合もあることを説明したが,原告は,職業柄,被告Y1からこのような説明を受けるまでもなく,天候等の要因でとうもろこしを含む農作物の価格が変動することを知っており,日ごろから仕事の関係で農業新聞を読んでいた(原告本人)。原告は,商品先物取引は元本が保証されないハイリスク・ハイリターンの取引であることを理解した旨の書面を作成し,これを被告Y1に交付した。これらの事実に照らすと,被告Y1から絶対に短期で儲かるとの説明を受け,これを信用したという前記アの原告の供述等は不自然といわざるを得ず,採用することができない。原告本人は,被告Y1から勧誘を受けた際,商品先物取引は投機的取引であり,金融機関の責任者という立場上,農家の人々には勧められないと考えた,商品先物取引を行うことは妻に内緒にしていたとも供述しており,原告は,詳しい知識を有していなかったものの,被告Y1の説明を受け商品先物取引は預貯金とは性質の異なる危険性の高い取引として警戒していたことがうかがわれ,これが確実に儲かる安全な取引であると考えていなかったことは明らかである。
前記イの認定事実によれば,被告Y1が原告を勧誘した際の発言は,将来の不確定な予測や期待の域を出るものではなく,利益が生じるのが確実であると誤解させるに足りるものということはできない。したがって,被告Y1が原告を勧誘した際の発言が確実に利益が生じるとの断定的判断を提供したものと評価することはできない。
エ また,前記イの認定事実によれば,被告Y1が原告に対して商品先物取引の内容,とりわけその危険性を説明することについて不十分なところがあった,あるいは商品先物取引の内容について虚偽の説明をしたということはできない。
(4) 新規委託者保護義務違反について
ア 証拠(甲10,17,22,乙4,7の1,8の1,10~12,14,原告本人,被告Y1本人,被告Y2本人,被告Y3本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告会社の受託業務管理規則及び同実施要綱は,商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託については,初回建玉日より3か月間は,最大建玉枚数を50枚以内に制限する旨を定めていた。
(イ) 被告会社が取引開始の際に委託者から提出を受ける「商品先物取引理解度等確認書(兼)口座設定申込書」には,委託者の年収,取引経験等を記載する欄があり,原告は,本件取引の開始に先立ち,預貯金額の欄に「500万円未満」の選択肢に丸印をつけ,商品先物取引への初回投資予定額の欄に約80万円と記載し,商品先物取引への初回投資予定枚数の欄に10枚と記載し,これを提出した。
(ウ) 原告は,平成12年11月16日,被告会社に委託証拠金80万円を預託した。原告は,同月17日,被告Y1に勧められ,東穀とうもろこしの買玉10枚を建てた。委託証拠金は1枚につき8万円であったので,原告は委託証拠金の全額を使い切った。
(エ) 被告Y2は,平成12年12月8日,原告に電話し,とうもろこしが大幅に値下がりしているので追証拠金が必要になりそうであると伝えるとともに,対処方法として,仕切って損失を確定する方法,追証拠金40万円を預託する方法,委託証拠金を追加して両建をする方法があることを説明した。原告は,同日,被告会社に委託証拠金80万円を預託し,東穀とうもろこし10枚の売玉を建て,両建とした。
(オ) 被告Y2は,平成12年12月19日,原告に電話し,とうもろこしの値下がりが予想されるとして東穀とうもろこしの買玉10枚の仕切りを勧めた。原告は,同日,同建玉を仕切り,47万8600円の利益(売買損益から委託手数料及び消費税等を控除した差引損益であり,以下同様である。)を得た。
(カ) 平成12年12月25日,原告の建玉は東穀とうもろこしの売玉10枚のみであったが,とうもろこしの値上がりのため,再び追証拠金が必要となった。被告Y3は,原告に対し,決済すれば約146万円の損失となり,追証拠金又は両建の場合は委託証拠金32万1400円が必要になるが,様子を見た方がよいと説明した。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚を建て,両建とし,翌26日,被告会社に委託証拠金32万1400円を預託した。
(キ) 被告Y3は,平成13年1月26日,原告に対し,とうもろこしの値上がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚を建て,同月29日,被告会社に委託証拠金120万円を預託した。
(ク) 前記(エ)で両建とした東穀とうもろこしの売玉10枚は,平成13年3月8日に仕切られ,175万5600円の損失となった。
イ 商品先物取引は,極めて投機性の高い取引であり,知識や経験が乏しく十分な資金的な余裕のない一般投資家にとっては大きな危険を伴うから,商品取引員及びその外務員は,新規委託者が取引経験を重ねるまでの間,委託者の資質,能力,知識,経験に応じた適切な情報を提供し,余裕資金の範囲内で取引を行わせ,不測の損害を被らないように保護する信義則上の義務を負うというべきである。そして,商品取引員及びその外務員は,委託者が取引に習熟するまでの間,余裕資金の範囲内での取引を勧め,限度を超えた取引をさせず,過大な取引をしようとする委託者に対して,委託者の注文を執行しない義務を負うというべきである。
ウ 前記アの認定事実によれば,被告Y1は,原告が商品先物取引の経験を有しておらず,多額の取引をする予定もないことを知りながら,取引開始と同時に取引予定資金の上限まで取引を行わせたこと,被告Y2は,初回の取引で多額の値洗損が生じると,原告に対し,委託証拠金を追加させた上で両建をさせ,取引を拡大する方向に誘導したこと,被告Y3は,その後も同様に,さらに委託証拠金を追加させた上で両建をさせたり,両建の状態を維持したまま委託証拠金を追加させた上で新規建玉を建てさせたりしたこと,その結果,原告は取引開始からわずか3か月間に当初予定資金の80万円を大幅に上回る312万1400円の資金を投入せざるを得なくなったことが認められる。
このような取引経過に照らすと,習熟期間中における被告Y1,被告Y2及び被告Y3の原告に対する取引の勧誘や原告からの注文の受託といった一連の行為は,社会的相当性を逸脱しており,新規委託者を保護すべき信義則上の義務に違反するものというべきである。
被告らは,80万円は初回投資予定額であって新規期間内の投資限度額ではないと主張するが,原告が当初から80万円を超える金額を本件取引に投入する態度を示したり,被告会社の担当者が原告に対し投資限度額を確認した形跡はないから,採用することができない。
エ もっとも,これらの行為は,3か月間の建玉枚数を最大50枚以内に制限する被告会社の内部規則に違反しておらず,投入資金の拡大は原告自身の判断に基づくものである。しかし,原告は商品先物取引の経験を有しておらず,十分な相場観や判断力を備えていなかったから,原告のこのような判断は,冷静かつ合理的なものとは言い難い。被告Y1及び被告Y2は,商品の価格が予想に反する方向に動いた状況下で原告が冷静に対応する能力を有しているかどうかを十分に検討することなく,最初から取引予定資金の上限まで取引を行わせ,損失を免れたいあまり次々と資金を投入せざるを得ない方向に誘導したといわざるを得ない。被告会社の内部規則に違反していないことは,前記ウの判断の妨げにならないというべきである。
(5) 過当売買について
ア 証拠(甲17,18,22,23,乙7の1~4,8の1~7,12~15,証人B,原告本人,被告Y2本人,被告Y3本人,被告Y4本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 各外務員の担当時期等
本件取引については,①平成12年11月17日の初回取引は被告Y1が担当し,②同月20日から平成13年3月30日までの取引は被告Y2が担当し,③同年4月1日から平成14年7月31日までの取引はBが担当し,④同年8月1日から平成15年4月3日までの取引は被告Y3が担当し,⑤同月10日から同年10月3日までの取引は被告Y4が担当した。ただし,担当者が不在などの際に,他の外務員が原告から注文を受け,これを執行したこともあった。本件取引は,当初,被告会社の秋田支店で行われていたが,同支店が廃止された平成14年10月15日以降,盛岡支店で行われた。
(イ) 平成13年3月6日~同月30日
a 被告Y2は,平成13年3月6日,原告に対し,アメリカでは遺伝子組換えとうもろこしの混入問題が話題となっているのでとうもろこしの値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚を仕切るとともに,東穀とうもろこしの売玉25枚を建て,両建とした。
b 被告Y3は,平成13年3月8日,原告に対し,とうもろこしの価格上昇が続いているので売玉の値洗いが悪化していると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉25枚を損切りした。
(ウ) 平成13年4月1日~平成14年7月31日
a Bが担当を引き継いだ平成13年4月1日時点で,本件取引の差引損益累計は,156万9450円の損失となった。
b 被告Y3は,平成13年4月12日,原告に対し,アメリカでは種まきの時期に低温状態となることが予想されているのでとうもろこしの値上がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉10枚を損切りし,買玉のみを残した。
c Bは,平成13年5月9日,原告に対し,追証拠金が必要になりそうだと伝えた。原告は,同月10日,被告会社に対し,追証拠金3万1400円を預託した。
d Bは,平成13年5月23日,原告に対し,とうもろこしが大幅に値下がりしているので再び追証拠金が必要になりそうである,決済すれば約130万円の損失になり,追証拠金の場合は40万円が必要になる,両建の場合は80万円が必要になると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉10枚を建て,両建とし,同月24日,被告会社に委託証拠金80万円を預託した。
e Bは,平成13年7月17日,原告に対し,とうもろこしは値上がりを続けていたが天井となり今後は値下がりが予想されるので売玉を建てるよう勧めた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉30枚を建て,両建とし,翌18日,被告会社に委託証拠金160万円を預託した。
その後,とうもろこしは値下がりした。Bは,平成13年7月19日,原告に対し,さらに値下がりが予想されると伝え,とうもろこしの売玉を増やすよう勧めた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉20枚と売玉30枚を仕切り,いずれも利益を得た。原告は,同日,Bから,売玉を建てるには東穀とうもろこしよりも価格が高いうえ取引期間が1か月長い福岡とうもろこしの方が有利であると勧められ,福岡とうもろこし40枚の売玉を建てた。
その後も,とうもろこしは値下がりを続けた。Bは,平成13年7月23日,原告に対し,とうもろこしの値下がりが続くことが予想されるので,建玉を利食いして売玉を増やしてはどうかと勧めた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉40枚を利食いするとともに,福岡とうもろこしの売玉60枚を建て,建玉数を増やした。
f Bは,平成13年7月25日,シカゴの穀物市場でとうもろこしの値上がりが始まったと伝えた。原告は,同日,被告会社に委託証拠金263万9100円を預託したうえ,東穀とうもろこしの買玉35枚を建て,両建とした。
その後,とうもろこしの価格は横ばい状態が続いたが,平成13年8月10日から値上がりに転じた。Bは,同月13日,原告に対し,買玉を増やすよう勧めた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉35枚を利食いするとともに,東穀とうもろこしの買玉38枚を建てた。
g Bは,平成13年8月20日,原告に対し,アメリカではとうもろこしの生育に良好な天候が予想されているので値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉60枚を利食いするとともに,東穀とうもろこしの売玉80枚を建てた。
ところが,その後,とうもろこしは値上がりに転じた。原告は,平成13年8月29日,両建としていた東穀とうもろこしの売玉のうち30枚及び東穀とうもろこしの買玉のうち8枚をそれぞれ損切りするとともに,東穀とうもろこしの買玉15枚を建て,両建とした。
h Bは,平成13年9月20日,原告に対し,アメリカでは収穫期に大雨が予想されていることやBSE問題への対応から穀物需要の増加が予想されていることを材料に,とうもろこしの値上がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉30枚を利食いするとともに,東穀とうもろこしの買玉15枚を建てた。
i 被告Y3は,平成13年10月19日,原告に対し,とうもろこしの値下がりは底をつき,今後は値上がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉30枚を利食いした。その結果,建玉は東穀とうもろこしの買玉60枚のみとなった。
j Bは,平成13年12月20日,原告に対し,既存建玉の限月が期近2番目の限月になったので臨時増証拠金が必要になると伝えたところ,原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉60枚の全部を損切りした。Bは,東穀とうもろこしと福岡とうもろこしの価格の差が徐々に縮小しているので,価格の高い福岡とうもろこしの売玉を建て,価格の安い東穀とうもろこしの買玉を建てれば,価格差が縮小して双方で利益が得られるとして,「さや取り」と呼ばれる方法を勧めた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚及び福岡とうもろこしの売玉10枚をそれぞれ建てた。
ところが,当初意図したような価格差の縮小は生じなかった。とうもろこしの価格は,平成14年7月2日に上昇が終わり,同月3日に大幅に下落したため,Bは,原告に対し,とうもろこしの値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉10枚を利食いするとともに,福岡とうもろこしの売玉60枚を建てた。
k 平成14年7月31日時点における本件取引の差引損益累計は,675万8660円の利益となり,未決済の建玉(福岡とうもろこしの売玉70枚)の値洗損益は145万円の利益となった。
(エ) 平成14年8月1日~平成15年4月3日
a 平成14年8月に入り,とうもろこしは大幅に値上がりし,原告の建玉の値洗損益は,同月14日時点で626万円の損失となり,さらなる値上がりのため損失は拡大しつつあった。被告Y3は,同月15日,原告に対し,穀物の需給動向に関する情報によれば,とうもろこしはしばらくの間値上がりし,その後値下がりすることが予想されると伝えた。原告は,同日,福岡とうもろこしの買玉60枚を建て,両建とし,翌16日,被告会社に委託証拠金460万1390円を預託した。
b 被告Y3は,平成14年8月20日,原告に対し,「市場関係者はとうもろこしは少し下げることがあっても買いが戻ると強気の予想をしている。」との端末情報に基づき,とうもろこしは値上がりが予想されると伝えた。原告は,福岡とうもろこしの売玉10枚を損切りし,東穀とうもろこしの買玉50枚を建てた。
c 被告Y3は,平成14年8月26日,端末情報によればとうもろこしの値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,被告会社に委託証拠金319万6100円を預託し,東穀とうもろこしの売玉40枚を建て,両建とした。
d 被告Y3は,平成14年8月29日,原告に対し,アメリカでは収穫期を控えて降雨が予想されているので,とうもろこしの値上がりが予想されると伝えた。原告は,東穀とうもろこしの買玉50枚と売玉40枚のいずれも利食いし(もっとも,買玉については,売買損益35万円から委託手数料33万円及び税金を控除した差引損益はわずか3500円であった。),福岡とうもろこしの買玉90枚を建てた。原告は,同年9月4日,被告会社に委託証拠金363万3700円を預託した。
e とうもろこしは,平成14年9月9日から同月12日まで値上がりしたが,同月13日に大幅に値下がりした。原告は,同日,福岡とうもろこしの買玉150枚を損切りした。被告Y3は,同日,原告に対し,福岡とうもろこしと東穀とうもろこしの価格差が240円に拡大したことを理由にさや取りを勧めた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉30枚及び東穀とうもろこしの買玉90枚を建てた。その結果,原告の建玉は,東穀とうもろこしの買玉90枚と福岡とうもろこしの売玉90枚になった。
f とうもろこしは,値下がりした後,横ばい状態が続いたが,平成14年10月2日,大幅に値上がりした。被告Y3は,同日,原告に対し,急激な値上がりを理由に買玉を多く持つよう勧めた。原告は,福岡とうもろこしの売玉30枚を利食いするとともに,東穀とうもろこしの買玉30枚を建てた。
ところが,とうもろこしは,平成14年10月3日に大幅に値下がりし,同月4日の値上がりはわずかであった。被告Y3は,同日,原告に対し,とうもろこしは今後は値下がりか横ばいが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉30枚を損切りするとともに,福岡とうもろこしの売玉25枚を建てた。
ところが,とうもろこしは,平成14年10月18日に値上がりした。原告は,同日,被告Y3に勧められ,福岡とうもろこしの売玉5枚を損切りするとともに,被告会社に追証拠金208万3100円を預託した。
g 被告Y3は,平成14年10月21日,原告に対し,とうもろこしは現在値下がりしており,今後も値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉25枚を建て,両建とした。
その後,とうもろこしは値下がりした後,横ばいで推移した。被告Y3は,平成14年10月29日,原告に対し,とうもろこしの値下がりが止まったようであり,今後は値上がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉25枚を利食いするとともに,東穀とうもろこしの買玉25枚を建てた。
h 被告Y3は,平成14年11月1日,原告に対し,シカゴ市場でとうもろこしが値上がりしているので,国内市場でも値上がりが予想されると伝えたところ,原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉80枚を損切りした。被告Y3は,併せて,とうもろこしは供給量の一時的な増加による値下がりの見込みがないわけではないと伝えたところ,原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉30枚を建てた。原告は,同月12日,被告会社に追証拠金237万9900円を預託した。
i 被告Y3は,平成14年11月15日,原告に対し,端末情報をもとにとうもろこしの更なる値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉76枚を建てた。
j 被告Y3は,平成14年12月4日,原告に対し,シカゴ市場でとうもろこしが大幅に値下がりしているとの情報をもとに,とうもろこしの値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉154枚を建てた。原告は,同月9日,被告会社に委託証拠金150万円を預託した。
k ところが,その後,とうもろこしは値上がりした。被告Y3は,平成14年12月11日,原告に対し,とうもろこしが前日に引き続き値上がりしていると伝えた。原告は,同日,福岡とうもろこしの売玉30枚を損切りした。
l 被告Y3は,平成14年12月12日,原告に対し,東穀とうもろこしの買玉90枚が期近限月になると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉15枚を損切りするとともに,東穀とうもろこしの買玉15枚を建てた。
m 被告Y3は,平成15年1月7日,とうもろこしは前日に値下がりしたが値上がりに転じたと伝えた。原告は,福岡とうもろこしの売玉70枚を損切りし,130枚を利食いした。その結果,原告の建玉は,東穀とうもろこしの買玉115枚となった。被告Y3は,とうもろこしは今後値下がりの可能性があると伝えたところ,原告は,同日,東穀とうもろこしの売玉115枚を建て,両建とした。その結果,建玉数は合計230枚に達した。
n とうもろこしは,平成15年1月14日に大幅に値下がりし,翌15日も値下がりを続けた。被告Y3は,同日,原告に対し,その旨を伝えたところ,原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉15枚を損切りするとともに,東穀とうもろこしの売玉115枚を利食いした。建玉は,東穀とうもろこしの買玉100枚となり,値洗損は1235万円となった。原告は,同日,被告Y3から,とうもろこしはさらに値下がりする可能性があると聞き,東穀とうもろこしの売玉55枚を建て,両建とした。
とうもろこしは,平成15年1月17日も値下がりし,原告の建玉の値洗損は1383万5000円に拡大した。原告は,同日,被告Y3に勧められ,東穀とうもろこしの売玉15枚を建て,両建とした。原告は,被告会社に対し,同月20日に180万6200円,同年2月17日に50万円の委託証拠金をそれぞれ預託した。
o とうもろこしは,平成15年2月中旬以降,値下がりが続いた。原告は,同年3月4日,東穀とうもろこしの買玉15枚を損切りした。
p とうもろこしは,平成15年3月中旬から値上がりが続いたが,同年4月1日以降,値上がりが止まった。被告Y3は,同月3日,原告に対し,その旨を伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉15枚を損切りするとともに,東穀とうもろこしの売玉10枚を建て,両建とした。なお,原告は,被告会社に対し,同月2日に当月限50枚の建玉についての定時増証拠金454万8400円,同月4日に委託証拠金10万円をそれぞれ預託した。
q しかし,その後,予想に反してとうもろこしは値上がりした。平成15年4月9日時点において,本件取引の差引損益累計は3万2640円の損失となり,未決済の建玉(東穀とうもろこしの売玉80枚と買玉70枚)の値洗損益は1394万円の損失となった。
(オ) 平成15年4月10日~同年10月3日
a 被告Y4は,平成15年4月10日,原告に対し,シカゴ市場に関する端末情報をもとにとうもろこしの値下がりが予想されると伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉20枚を利食いした。被告Y4は,原告に対し,金は底値を脱して値上がりしているとして,金の取引を勧めたところ,原告は,同日,東工金の買玉35枚を建てた。
b 被告Y4は,平成15年4月11日,原告に対し,とうもろこしが値下がりしていること,東穀とうもろこしの買玉は納会日まで2日しかなく,納会が近づくと値動きが荒くなり,危険であることを伝えた。原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉50枚を損切りした。そして,原告は,同日,東穀とうもろこしの買玉70枚を建て,同月16日,これを利食いした。
c 原告は,その後,平成15年4月16日から同年9月25日までの間,3回にわたり東穀とうもろこしの買玉合計180枚を建てる一方で,6回にわたり東穀とうもろこしの売玉合計330枚を建て,いずれも両建とした。建玉の最大残枚数は,同年9月8日時点で売玉150枚,買玉150枚の合計300枚に達した。なお,原告が同年4月16日に建てた買玉100枚は,同年7月以降の大幅な値下がりのため,最後まで仕切られず,1924万8000円の損失となった。
d 被告Y4は,原告に対し,短期間で損を挽回するにはとうもろこしよりも値動きの大きい商品の取引を行った方がよいとして,東工金(前記a)の他に,順次,東工銀,東工ガソリン,中部ガソリン及び中部灯油の取引を勧めた。原告は,これに応じて,①平成15年4月10日から同年9月25日まで東工金の取引,②同年5月20日から同年7月14日まで東工銀の取引,③同年7月25日から同年8月5日まで東工ガソリンの取引,④同年8月12日から同年9月24日まで中部ガソリンの取引,⑤同年8月29日から同年10月3日まで中部灯油の取引をそれぞれ行った。原告は,その間,被告会社に対し,同年7月7日に委託証拠金104万6450円,同月17日に追証拠金450万円(ただし,預託の必要がなくなったため,同月31日に449万3050円が返還された。),同年8月21日に委託証拠金200万円,同年9月25日に追証拠金200万円をそれぞれ預託した。
イ 前提事実及び前記(4)ア,(5)アの認定事実によれば,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,取引開始から3か月間の習熟期間中に当初予定資金を大幅に上回る取引をさせ,被告Y2,B及び被告Y3は,その後も,商品の値動きが当初の予想に反する結果となり値洗損が発生すると,冷静な判断力を有していない原告に対し,委託証拠金を次々と追加投入させた上で,両建をさせたり,頻繁な売買取引をさせるなどして,とうもろこしの売買取引を継続させるとともに,建玉数を増やす方向に誘導した。被告Y4は,値洗損が既に約1400万円もの多額に達していたにもかかわらず,原告に対し,さらに多額の委託証拠金を次々と追加投入させた上で,とうもろこしの売買取引を継続させるとともに,建玉数をさらに増やす方向に誘導した。さらに,被告Y4は,原告に対し,損を挽回するためと称して,値動きがより大きい,すなわち危険性がより大きい多数の銘柄の取引を勧め,取引を行わせ,その結果,個別的には差引損益が利益となった商品もあるが,全体として原告の取引損失は拡大した。原告は,当初取引予定資金が80万円であり,保有する預貯金は500万円未満であると申告しており,さほど多額の資金を投入する意思を有していなかったにもかかわらず,本件取引を通じて合計4213万5190円もの多額の委託証拠金の投入を余儀なくさせられ,他方,被告会社は,本件取引を通じて原告から合計1870万2800円もの多額の委託手数料を取得した(乙7,8の1~7,9)。
以上によれば,本件取引は,原告の商品先物取引に関する知識,経験,判断力,原告の財産状況等に照らし,全体的にみて過大な売買取引と評価せざるを得ない。このような取引を原告に勧めたり,原告から取引を受託した被告Y1,被告Y2,B,被告Y3及び被告Y4の一連の行為は,社会的相当性を逸脱した違法なものといわざるを得ない。
(6) 両建について
両建は,相場の動向と仕切りの時期によっては,買玉と売玉の両方で利益を得る場合もありうるから,外務員が委託者にこのような取引を行わせること自体が直ちに違法ということはできない。しかし,両建をするには委託者が新たに委託証拠金や委託手数料を負担しなければならないし,両建により差引損益金は一時的に固定されるが,仕切りの時期の見極めにおいて難しい判断を強いられ,売玉又は買玉の一方を処分した後,値段が予想と逆の方向に動いた場合には損金が大きくなる可能性がある。両建をするには,しっかりした相場観と的確な判断力が必要とされている(乙1の1)。商品先物取引の経験がなく,十分な相場観や冷静な判断力を有していない原告にとって,あえて両建をして建玉を維持するほどの合理性を見いだすことはできない。本件取引について見ると,東穀とうもろこしでは,合計36回(建玉の枚数にかかわらず,新たな建玉をする取引を1回と数える。)の新規取引のうち22回,中部灯油では,合計9回の新規取引のうち5回という高い比率で両建が行われ,福岡とうもろこしでは合計12回の新規取引のうち両建が1回行われているが(甲10,11,16),原告の経験や判断力に照らすと,原告が両建の意味を十分に理解した上で冷静な判断のもとで両建をしたとは言い難い。
そうすると,被告Y2,B,被告Y3及び被告Y4は,原告が商品先物取引について十分な知識や経験を有していないことを知りながら,原告に対し,両建の危険性や仕切りの時期の見極めの難しさを十分に説明したり,十分な理解を得ることなく両建という方法があることを示唆して,これを受託したということができ,このような行為は,社会的相当性を逸脱した違法なものといわざるを得ない。
確かに,被告Y2は,最初の両建(平成12年12月8日の取引)に先立ち,原告に対し,値洗損が発生した場合の対処方法として決済,追証拠金,両建といった方法があることを説明し,どの方法をとるかを原告に選択させたが,原告は商品先物取引を始めたばかりで,十分な経験や冷静な判断力を有しておらず,被告Y2もこのことを認識していたというべきである。また,その後の両建についても,予想を大幅に上回る損失が発生した状況下において,原告が冷静かつ合理的な判断のもとに両建を選択したとは言い難い。このことは,東穀とうもろこしの取引の損失の大半は両建を外すのに失敗した際に発生したことからもうかがわれる。被告会社の外務員が原告に対し一応の説明をして了解を得た上で両建を行わせたことは,前記の判断の妨げにはならない。
(7) 一任売買について
ア 前記(4)ア,(5)アの認定事実,証拠(乙16,17,18の1~5,19,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件取引において,被告会社の担当者に連絡して自ら積極的に売買の注文をしたことはほとんどなく,被告会社の担当者が時期を見計らって原告に連絡し,商品の価格の変動状況や建玉の値洗状況を説明した上で取引を勧めていたこと,その際,被告会社の担当者は,原告に対し,端末情報などに基づいた相場の動向や将来の見通しを説明した上で,取引を勧め,原告の承諾を得て,売買の注文を受けたこと,B及び被告Y3は,それぞれ,少なくとも2日に1回程度,原告の自宅あてに相場の変動状況に関する情報をファクシミリで送信していたこと,原告はこれを読み,その内容をおおむね理解したこと,被告会社は,売買取引成立の都度,原告に売買報告書と売買計算書を送付したこと,被告会社は,定期的に原告に残高照合通知書を送付し,原告から残高照合回答書を受領したことが認められる。
イ 確かに,原告は商品先物取引について十分な経験や冷静な判断力を有していなかったから,原告が最初から自己の判断のみによって被告会社に対して売買の注文をしていたと評価するのは困難である。しかし,前記の認定事実によれば,原告は,被告会社の担当者から相場の動向及び将来の見通しについての説明を受けた上で,自己の一応の判断を形成し,本件取引を行ったということができる。そうすると,原告が本件取引を被告会社の担当者に一任していたという原告の主張は採用することができない。
(8) 転がしについて
被告会社の外務員が原告から複数回にわたり両建を受託したことが社会的相当性を逸脱した違法なものといわざるを得ないことは,前記(6)で述べたとおりである。
売直し又は買直し(既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に売直し又は買直しを行う取引であり,異なる限月の建玉の場合も含まれる。)及び途転(既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行うものであり,異なる限月の建玉の場合も含まれる。)についてみると,①東穀とうもろこしでは,36回の新規取引のうち売直し又は買直しが9回,途転が9回であり,②福岡とうもろこしでは,12回の新規取引うち売直し又は買直しが2回,途転が1回であり,③中部ガソリンでは,4回の新規取引のうち売直し又は買直しが1回であり,④中部灯油では,9回の新規取引のうち売直し又は買直しが2回,途転が2回であった(甲10,11,15,16)。これらは,一部には期近限月になったため売直し又は買直しをしたものもあるが,その大半は,原告にとって委託手数料の負担が増えるだけの合理性の乏しい取引といわざるを得ないところ,原告の経験や判断力に照らし,原告がこれらの取引を冷静な判断のもとで行ったとは言い難い。これらの取引が全体に占める比率は高いうえ,前記のとおり多数の両建が行われたことも併せると,被告Y2,B,被告Y3及び被告Y4は,原告が取引の知識,経験に乏しいことに乗じて,委託手数料を稼ぐためにこれらの取引を行わせたものといわざるを得ず,このような取引を勧誘し,受託したことは,社会的相当性を逸脱した違法なものといわざるを得ない。
(9) 仕切拒否について
原告は,入院してすぐ,被告Y3とBに「がんで入院しているので,やめさせてくれ。」と再三にわたり訴えたが,やめさせてもらえなかったなどと供述するが(甲18,原告本人),前記(1)エで述べたとおり,客観的裏付けが十分でないから,そのまま採用することはできない。
原告は,平成14年12月,平成15年3月,同年4月にも取引をやめたいと申し出たが拒否されたとも供述するが(甲18,原告本人),原告が被告会社に提出した残高照合回答書には取引内容に異議はない旨の記載がされていること(乙18の4・5),原告はその後も長期間にわたり取引を継続したこと,「商品先物取引委託のガイド」には,苦情の相談を受け付ける窓口があることが明記されているところ(乙1の1),原告が速やかに外部に苦情を申し出た形跡もないことに照らし,採用することができない。
この他に,被告会社の担当者らが原告からの取引を終了したいとの申出を拒否した事実を認めるに足りる証拠はない。
(10) 被告らの責任
ア 被告Y1,被告Y2,被告Y3及び被告Y4の責任
被告Y1,被告Y2及び被告Y3は,原告に対し,新規委託者を保護すべき信義則上の義務に違反した取引の勧誘や受託を行った。被告Y2,B,被告Y3及び被告Y4は,それぞれ,原告に対し,知識,経験,財産状況等に照らして過大な売買取引を行わせたり,多数回にわたり両建等の合理性に乏しい売買取引を行わせた。これら一連の取引の勧誘及び受託は,その経過に照らすと,原告に商品先物取引を継続させるため,被告会社において役割に応じて組織的・一体的に行われたものということができる。そうすると,被告Y1,被告Y2,被告Y3及び被告Y4は,原告主張のその余の違法行為について判断するまでもなく,民法709条,719条の共同不法行為責任を負う。
イ 被告会社の責任
前記アの不法行為は被告会社の職務執行につき行われたものであるから,被告会社は民法715条1項の使用者責任を負う。
2 損害額(争点(2))について
(1) 財産的損害(取引損失)
原告は,本件取引の間,被告会社に合計4213万5190円の委託証拠金を預託し,被告会社から合計1017万8650円の返還を受けたから(乙7の1~4,8の1~7,9),その残金は3195万6540円となる。この預託金は,本件取引による損金等の支払に充てられたから,原告はその返還請求権を失った。そうすると,原告は,前記の不法行為により原告主張の3055万0240円を下回らない損害を被ったということができる。
(2) 精神的損害(慰謝料)
本件において,原告に財産上の損害のてん補によってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実を認めるに足りる証拠はない。
原告は,被告会社の外務員による説明義務違反,仕切拒否又は仕切回避の違法性の程度が大きいこと,原告が本件取引により多額の借金を背負ったことなどを理由に慰謝料が認められるべきであると主張する。しかし,前記1(3),(9)で述べたとおり,本件において,商品先物取引の仕組みや危険性といった基本的事項に関する説明が不十分であったとはいえないし,仕切拒否の事実も認められない。両建に関する説明は不十分であったということができるが(前記1(6)),被告会社の外務員が原告に対し,虚偽の情報を提供して判断を誤らせたり,両建をするよう強要した事実を認めるに足りる証拠はない。証拠(甲18,37~39)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成14年10月18日から平成15年7月6日までの間,a農業協同組合から合計990万円を借り入れ,これを本件取引の委託証拠金として被告会社に預託したことが認められるが,被告会社の外務員が原告に対し借金をしてでも委託証拠金を捻出するよう申し向けた事実を認めるに足りる証拠はない。原告は,被告らは借金のことを知っていたと供述するが(甲18,原告本人),いつ,どのようにして借金のことを伝えたかについては,具体性を欠くうえ,客観的裏付けもないから,採用することができない。したがって,原告の主張は採用することができない。
3 過失相殺(争点(3))について
前記1の認定事実,証拠(甲17,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,当初から,商品先物取引は投機的取引であるとして警戒感を有していたうえ,「商品先物取引委託のガイド」,受託契約準則などの書面の交付を受けたから,これらを熟読すれば商品先物取引の危険性を容易に理解することができたにもかかわらず,短期間に多額の利益を得る可能性があるという一面にばかりとらわれ,給料だけでは貯金できないので金を増やしたいとして,努力することなく財産を増やしたいとの安易な考えから本件取引を始めたこと,原告は,取引開始から間もない時期に多額の損失を出し,商品先物取引が明らかに危険性の高い取引であることを実際に経験したにもかかわらず,これをやめなかったこと,原告は,その後,多額の利益を得て取引を終了することができる時期があったにもかかわらず,取引をやめることなく継続したこと,原告は,自己に十分な相場観や冷静な判断力が備わっていないことを自覚していたにもかかわらず,損失を取り戻すため長期間にわたり次々と資金を投入して取引を続け,その結果,取引損失が拡大したことが認められる。
以上のほか,本件に現れた諸事情を考慮すると,原告には過失があったといわざるを得ず,損害額からその3割を控除するのが相当である。
4 弁護士費用
本件訴訟の内容,審理経過,認容額等を考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として,220万円を認めるのが相当である。
5 結論
以上によれば,原告の主位的請求は,被告らに対し,各自2358万5168円及びこれに対する不法行為の終了日である平成15年10月3日(原告は,取引の勧誘から終了までの一連の行為を不法行為として主張するところ,本件取引が終了してはじめて損害が確定するから,遅延損害金の起算日は中部灯油の手仕舞いにより本件取引が終了した平成15年10月3日と解される。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,原告の被告らに対するその余の主位的請求は,理由がないから棄却し,主文のとおり判決する。なお,予備的請求については,主位的請求が認められる範囲以上に損害が認められるものではないから,判断する必要がない。
(裁判官 龍見昇)
<以下省略>