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秋田地方裁判所 平成17年(わ)286号 判決 2006年7月14日

主文

被告人甲野一郎を懲役3年に,被告人乙山二郎及び被告人丙川三郎をそれぞれ懲役2年6月に処する。

この裁判確定の日から,被告人甲野一郎に対し5年間,被告人乙山二郎,被告人丙川三郎に対し4年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲野一郎は,平成14年4月1日から平成17年5月17日までの間,農業協同組合の組合員が生産する物資の貯蔵,販売等の事業を目的とする全国農業協同組合連合会(代表理事丁田四郎)秋田県本部長として秋田県内における同連合会の業務全般を統括していたものであり,被告人乙山二郎は,平成14年4月1日から平成16年3月31日までの間,同連合会秋田県本部副本部長として被告人甲野を補佐して同連合会の業務を執行していたものであり,いずれも同連合会が秋田県内の農業協同組合からの再委託によりこれら組合の組合員から売渡委託を受けた玄米の貯蔵,販売等の業務に従事していたもの,被告人丙川三郎は,株式会社パールライス秋田代表取締役専務であったものであるが,被告人3名は,同玄米の保管等の業務に従事していた同連合会秋田県本部職員らと共謀の上,上記経緯により戊原五郎ほか2052名から売渡委託を受けて保管中の玄米を不正に売却して,株式会社パールライス秋田の不良債権の隠ぺいに用いる現金を得ようと企て,別紙一覧表記載のとおり,平成16年3月3日ころから同年5月17日ころまでの間,91回にわたり,秋田市外旭川字<番地略>所在のA運輸株式会社A定温冷蔵物流センターほか2か所において,被告人甲野,同乙山及び上記秋田県本部職員らが上記戊原らのために業務上預かり保管中の玄米合計約761.79トン(時価合計約2億5264万7403円相当)を,上記株式会社パールライス秋田の用途に充てる目的で,ほしいままに,同会社から株式会社パールライスBほか1社に売却させて費消し,もって横領した。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

第1  弁護人らの主張

弁護人らは,以下の理由により被告人らは無罪であると主張する。

1  業務上横領罪の不成立

(1) 他人物性の認識の不存在

全国農業協同組合連合会(以下「全農」という。)が戊原五郎ほか2052名の米穀生産者から受託した玄米(以下「本件玄米」という。)の売渡委託は,生産者に対して最終的に分配すべき販売代金とほぼ同額又はそれ以上の金額の仮渡金の支払を終えていた上,販売の時期,金額,相手方等の一任も受け(無条件販売委託),個々の生産者ごとの玄米の特定性も失われているから,実質的には全農と生産者との間の売買と言え,被告人甲野及び同乙山は,このような実態を前提に本件玄米は全農の所有物であると認識していたから,本件玄米を処分するに際し,これが業務上横領罪における「他人の物」であるとの認識(故意)を有していなかった。(被告人甲野及び同丙川の各弁護人)

(2) 不法領得の意思(領得行為)の不存在

被告人甲野及び同乙山には,株式会社パールライス秋田(以下「パールライス秋田」という。)から株式会社パールライスB(以下「パールライスB」という。)ほか1社に本件玄米を売却させて費消させた行為(以下「本件行為」という。)について,権限の濫用があったとは言えるものの,これが無権限の処分行為に当たるとは言えないから,不法領得の意思の発現行為たる領得行為は存在しない。(被告人らの各弁護人)

2  被告人乙山に係る一部共謀の不存在

本件行為のうち,被告人乙山が関与したのは,平成16年2月18日までに明らかになっていた不良債権(額面1億9267万5000円)の隠ぺいに用いるための玄米(約600トン)の処分にすぎず,その後,明らかになったその余の不良債権(額面約6048万円)の隠ぺいのための玄米(約160トン)の処分には,全く関与していない。(被告人乙山の弁護人)

第2  前提となる事実

前掲の証拠のほか,被告人甲野(乙5,9),被告人丙川(乙24ないし26)及びC(甲36ないし38)の各検察官調書,D(甲39),E(甲40)及びF(甲55)の各警察官調書,捜査報告書(甲64),「平成10年産〜平成14年産米の生産者最終精算単価の推移」と題する書面(弁1,4)その他の関係各証拠により明らかに認められる事実は次のとおりである。

1  関係者等

(1) 全農秋田県本部は,全農の秋田県内における事業を所管する従たる事務所であり,その前身は,平成14年4月に全農と合併した秋田県経済農業協同組合連合会(以下「秋田県経済連」という。)である。

パールライス秋田は,米穀の販売等を所管していた秋田県経済連パールライス販売課の業務を引き継ぐため,秋田県経済連が全株式を保有する子会社として,平成9年に設立され,平成14年の全農と秋田県経済連の合併に伴い,全農が全株式を保有するに至った,全農秋田県本部が所管する株式会社である。

(2) 被告人甲野は,昭和40年4月,秋田県経済連職員に採用され,平成14年4月,全農秋田県本部長に就任し,平成17年5月17日までその職にあった。また,この間,平成9年6月から平成16年6月まで,パールライス秋田の代表取締役社長(非常勤)を務め,その後も,平成17年5月17日に辞職するまで取締役(非常勤)を務めていた。また,被告人甲野は,平成16年初めころ,周囲の関係者に対し,自らの後任として被告人乙山が適任である旨の意向を示していた。

(3) 被告人乙山は,昭和42年4月,秋田県経済連職員に採用され,平成14年4月から平成16年3月31日まで全農秋田県本部副本部長を務め,平成16年6月からは,パールライス秋田の代表取締役を務めていた。

(4) 被告人丙川は,昭和41年,秋田県経済連職員に採用され,平成13年4月,秋田県経済連からパールライス秋田に出向し,平成16年6月まで,同社の事実上の最高経営責任者である代表取締役専務を務めていた。

2  本件玄米の流通経路等

(1) 本件玄米の流通は,平成15年法律第103号による改正前の主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(旧食糧法)により規制され,生産者は,出荷契約により,第1種登録出荷取扱業者である農業協同組合(G農業協同組合,H農業協同組合,I農業協同組合。以下「農協」という。)に売渡しを委託し,農協は第2種登録出荷取扱業者である全農に売渡しを再委託している。

(2) 全農が売渡委託を受けた米穀を販売し,販売委託者である生産者に対し販売代金を精算する仕組みは以下のとおりである。

ア 全農秋田県本部は,生産者が農協に出荷した米穀について,仮渡金の金額を決定し,農協を経由して各生産者にこれを交付する。仮渡金の償還に関し,売渡委託契約では,全農が委託を受けた米穀の販売代金から控除する方法によること,仮渡金の金利相当額は,後記の共同計算で負担することが定められている。仮渡金を交付する理由は,売渡委託を受けた米穀の販売が完了しその代金が精算できるまでには数年間を要し,その間,生産者が現金を全く得られないのは不適当であること,高額な仮渡金の支払によって,生産者を農協及び全農に対する売渡委託に誘引し,他の集荷業者に米穀が流出することを防ぐことにある。

イ 全農秋田県本部は,集荷した米穀を数年間(3年前後)かけて秋田県内外の卸業者に販売するが,その販売につき,販売時期,販売先,販売数量,販売価格等は一任されており,集荷した米穀の管理も,生産年,種類,銘柄ごとに分別するだけで,個々の生産者ごとには管理しない共同販売方式がとられている。

ウ 全農秋田県本部は,同一年産米の全量販売が完了した時点で,販売金,補助金などの収入と,仮渡金,保管料,広告宣伝費用,運賃等の費用の収支計算をして精算し,各生産者に対する精算額(本精算金額)を算出する(これを「共同計算」といい,共同計算の対象となる米穀を「共同計算米」という。)。

本精算金額が仮渡金より高額になれば,基本的に各生産者に追加支給することになる。反対に,仮渡金に過払いが生じた場合は,生産者が過払額を返還することになり,その方法として,農協が生産者名義の貯金口座から引き落とした上で全農に返還することが売渡委託契約で定められている。

エ 全農秋田県本部において,共同販売の収支は,年産別,種類別,銘柄別に管理されており(「共計勘定」という。),全農秋田県本部の会計勘定においては,流動負債のうちの事業預り金の中で処理される。

(3) 全農が売渡委託を受けた米穀を共同販売し,共同計算により生産者に対する精算を行う目的は,①米穀の全量販売には数年間を要する特質があることに照らし,全農又は農協が価格変動による損失を負うことを回避すること,②生産者間において価格変動に伴う損失の分散を図り,保管や運搬等の流通経費負担の平準化を図り,個々の生産者の収入が大きく変動することを避けること,③販売の規模拡大と組織化を図ることによって,生産者にできるだけ有利な販売条件を実現し,生産者の収入をできるだけ増大させることにある。

3  本件犯行に至る経緯

(1) パールライス秋田事業部営業課長の己沢六郎(以下「己沢」という。)は,多額のリベートと引換えに米穀卸売販売業を営む有限会社J商事(以下「J商事」という。)に長期にわたって便宜を図っていたところ,平成14年には同社の資金繰りが悪化して売掛債権の回収が難しくなっていたにもかかわらず,代金支払義務を負わせない形式的な販売先としてパールライスBを介在させながら,J商事への米穀販売を続けていた。

(2) 被告人丙川は,グループ会社で経営状態にも問題のないパールライスBに対する売掛債権の支払が遅滞している事態に不審を抱き,内部調査を進めたところ,平成15年11月,己沢が行っていた前記取引の実態を知るに至り,パールライスBやJ商事と交渉を重ねたものの,同社に対するその時点における約2億円の売掛金(以下,J商事に係る売掛金を「不良債権」という。)の回収は困難な状況にあることを認識し,このままでは,パールライス秋田が,平成16年3月末の平成15年度決算において,4000万円の貸倒引当金を計上しなければならず,期末後の4月末には残り約1億1000万円の売掛金についてもその50パーセントを貸倒引当金として計上しなければならない事態に直面した。

(3) 被告人丙川は,平成15年12月16日,全農秋田県本部に赴き,被告人甲野に対して,不良債権の存在とその回収が極めて困難な状況にあることを報告し,全農秋田県本部の協力を要請した。

被告人甲野は,被告人丙川に対し,解決まで表面化しないよう注意深く対応するよう指示するとともに,平成16年2月3日,被告人乙山に事情を説明した。

(4) 被告人らは,平成16年2月18日,パールライス秋田及び全農秋田県本部の各幹部らとともに,不良債権残額約1億9000万円を平成15年度決算に計上せずに済ませる方法について協議し,全農秋田県本部が売渡委託を受けている共同計算米を売上げとして計上することなく,簿外でパールライス秋田に出荷し,パールライス秋田が販売した代金をJ商事に係る不良債権に充当する方法を採ることになった。この会議の席上,一部の出席者から,不良債権は隠さずに正規処理すべきである旨の意見も出されたが,これに対して,被告人らから,連結決算の対象となるグループ会社であるパールライスBを貸倒先とすることはできず,赤字決算は避けなければならない旨の意見は出たものの,赤字決算になれば生産者らに迷惑をかけることになるなどといった意見が出ることはなかった。また,被告人乙山は,不良債権の一部のみを隠ぺい処理して直近の決算を乗り切ろうとする提案について,一時しのぎにすぎないと反対する一方,共同計算米を流用する方法によれば,不良債権全部を隠ぺいすることが可能であり,その補填は困難ではあるが,他の方法よりも最も補填までの期間を稼げることから賛成していた。その後,販売先はパールライスBとパールライスK株式会社(以下「パールライスK」という。)にすることが決まった。

4  本件玄米出荷の具体的方法

(1) 全農秋田県本部が共同計算米を出荷する場合,通常,電算システムに入力して出荷指図書と呼ばれる伝票を作成し,そのことにより,自動的に売上げが計上されて請求書が発行され,共計勘定にも計上される。例外的に,急な注文に対応する場合など,手書きの出荷指図書(これは「仮出荷指図書」と呼ばれる。)を交付する場合もあるが,事後,数日のうちに必ず電算システムへの入力作業を行い,通常の出荷指図書を作成することになっている。

しかし,本件玄米を出荷するに際しては,被告人らは手書きの出荷指図書を用いることとし,売上げが計上されることのないよう電算システムへの入力作業を行わなかった。

(2) また,全農秋田県本部のパールライス秋田に対する米穀販売は,パールライス秋田との売買基本契約に従い,代金決済は,月末締め翌月末払(ただし,実務上,例外的に月末に出荷した場合に,電算入力を翌月初めに行って,翌々月末払の扱いとすることはあった。)とされ,決済日の延長を行う場合は,全農秋田県本部内において,予め決裁の手続を行った上,伝票処理を行い,決済期日延長に伴う遅延損害金(年14.6パーセント)も徴収すべきこととされていたが,本件玄米の出荷に際しては,そのような手続を想定した処理は全く行われなかった。

第3  他人物の認識の有無について

1  本件玄米の他人物性

前記第2の2(1),(2)のとおり,生産者から農協,農協から全農に対する米穀の出荷はいずれも売渡委託の契約に基づき行われているのであって,法形式上,本件玄米の所有権が生産者に属することは明らかである。なお,同(2)イのとおり,全農は売渡委託を受けた米穀を個々の生産者ごとに管理しておらず,出荷後の個々の米穀の所有者を特定することはできないが,受寄者が寄託物を混合して保管する混蔵寄託においても各寄託者の所有権は保持され,各寄託者は混合物に対する共有持分権を取得すると解されているのであるから,本件玄米が生産者らの所有に属すると認めることの妨げにはならない。

これに対し,被告人甲野及び同丙川の各弁護人は,本件玄米につき販売代金とほぼ同額又はそれ以上の金額の仮渡金が支払済みであったこと,全農が無条件販売委託を受けていたこと,本件玄米の所有権が生産者に留保されているのは全農の損失回避にすぎないことなどを理由に,売渡委託は全農と生産者との間の売買と見るべきであり,本件玄米の所有権は実質的には全農に帰属している旨主張する。

しかしながら,前記第2の2(2)ア,ウのとおり,仮渡金は販売代金から償還することが予定されており,共同計算の結果,本精算金額が仮渡金より高額になれば生産者は更に利益の分配を受けることができ,逆に仮渡金に過払いが生じた場合には,生産者は過払分を返還するなどの方法によりその損失を負担すべきこととされており,仮渡金が支払済みであるとしても,生産者はその金額分の利益を終局的に得ることはできず,仮渡金の受領による生産者の経済的利益は浮動的,暫定的なものにすぎない。また,全農は,販売条件を一任されているものの,委託者たる生産者の理解を得ることを重視して,生産者のため共同計算の適正な運営を図る方策を講じるべきこととされ(「全農県本部における米麦等の県域共同計算の運営指針」),共同計算のための専用の共計勘定が設けられて,共同計算に計上できる費用は制限されるなど(前記第2の2(2)ウ,エ),共同計算の適正を維持することに細心の注意が払われており,全農がその保管する米穀について有する処分権限は,共同販売,共同計算の趣旨に沿うものであるよう制約が課されていることは明らかである。そして,全農が米穀の売渡委託を受け,その米穀を共同販売し,共同計算により生産者に対する精算を行う目的は,前記第2の2(3)のとおり生産者の利益を図ることにもあり,単に全農や農協の損失を回避するためだけではない。以上の事情に加え,共同計算米を販売するために必要な経費や全農及び農協の手数料は共計勘定における費用とされ,生産者に負担させていることも併せ考えれば,全農保管に係る本件玄米の所有権は,実質的にも,生産者に帰属していると認められる。

2  他人物性の認識の有無

前認定のとおり,本件玄米の所有権が,法形式的にも実質的にも生産者に帰属しているところ,全農関係者の間において,共同計算米は,生産者がその数量に応じて持分を有する生産者らの共有物であるとの理解が一般的であること,被告人らは,いずれも40年弱にわたる長年の間,秋田県経済連,全農秋田県本部及びパールライス秋田に勤務し,共同計算の実情を熟知する立場にあったこと,他人物性の認識を否定する被告人甲野及び同丙川も,各公判供述において,「理論」ないし「建前」としては生産者の物ということは分かっていた旨を供述していることなどの事情を総合すれば,被告人らが,本件玄米が生産者の所有に属するものであることの認識を有していたと認めるのが相当である。

被告人甲野及び同丙川は,各公判供述において,本件玄米について,実態としては全農の物と思っていた旨も供述するが,その趣旨は,生産者の所有物との認識を前提にしながらも,本件行為が必ずしも生産者の所有権に対する不当な侵害にならないとの当時の認識を表明したものにとどまり,故意を阻却するに足りるものではないというべきである。

3  以上のとおり,被告人らは,本件行為当時,本件玄米が生産者の所有に属するものであることを認識していたと認められ,被告人甲野及び同丙川の各弁護人らの主張はいずれも採用できない。

第4  不法領得の意思(領得行為)の存在について

1  業務上横領罪は,他人の物の占有者が,業務上の委託の任務に背いて,その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思(不法領得の意思)を実現する犯罪である(最高裁昭和23年(れ)第1412号同24年3月8日第三小法廷判決・刑集3巻3号276頁参照)。

2 この点,全農が共同計算米を保管するのは,生産者から委託されて販売を行うためであり,共同計算米やその販売代金を貸付け,出資,経営支援等に充てることが許されないことは明らかであり,本件行為を生産者が許容することも考えられないから,本件行為は委託の任務に背くものと認められる。

また,全農秋田県本部は,本件玄米を出荷するに際し通常の取引を装ってパールライス秋田に出荷しているが,前記第2の4のとおり,本来入力すべき電算システムに入力していないため,共同計算米を出荷した事実は記録に残っておらず,保管されているはずの共同計算米が第三者に引き渡されているにもかかわらずその販売代金相当額を得ていない結果を生じさせた上,販売代金支払の時期,方法も定めていないのであるから,本件行為を売買と見る余地はない(なお,全農秋田県本部とパールライス秋田間の販売における代金支払方法が月末締め翌月末払と定められているのは,販売代金の確実な回収を確保して共同計算の適正な運営を保持するためであり,その結果,生産者の利益を保護することができるのであるから,短期決済の定めは共同販売を行う上で遵守すべき根本的原則ともいうべきで,代金支払方法も定めずに共同計算米をパールライス秋田に引き渡した行為を単なる内部的な手続違反にとどまると評価することはできない。)。

そして,生産者は,本件行為に伴い,本件玄米の所有権を回復することは不可能な立場に置かれているのであって,このような生産者の所有権を侵害する行為は,権限がないのに所有者でなければできないような処分というべきである。

したがって,本件行為は,被告人らの不法領得の意思の発現行為として,業務上横領罪を構成するというべきである。

3(1)  これに対して,各弁護人は,売渡委託に係る共同計算の終了に間に合う概ね2年以内の間に,パールライス秋田から本件玄米の代金に相当する金額が補填されることが見込まれていたから,不法領得の意思を認めることはできないと主張し,被告人らも,各公判供述において,パールライス秋田が補填のための資金を捻出するための種々の方法として,費用及びその計上の圧縮による利益の増大,内部留保金や全農秋田県本部からの販売奨励金による充当,全農から得ていた融資枠の活用を挙げる。

しかしながら,補填の見込みについては,被告人らの供述するところを前提としても,代金相当額の補填までに,相当期間を要することは明らかである。

その上,補填のための代金相当額の捻出方法の本格的な検討が始まったのは,早くとも被告人乙山がパールライス秋田社長に就任した後(平成16年6月以降)のことであり,被告人甲野に対しても,平成17年2月ころに被告人乙山が約9500万円くらい補填できる目途が立ったことを報告するまで,補填の見込みに関する具体的な報告はなされていなかったことが認められるのであるから(被告人乙山の公判供述,被告人甲野(乙3,36),被告人乙山(乙18),L(甲43)及びM(甲47)の各検察官調書並びにNの警察官調書謄本(甲33)),本件玄米の出荷時点において,補填のための確実な見込みはついていなかったと認められる。被告人らが供述する原資捻出方法自体も,明らかに不適正な経理処理等を伴わざるを得ないものを含み,その確実性に疑問を呈せざるを得ない。また,パールライス秋田の当時の財務状況に照らすと,パールライス秋田が,本件玄米流用の発覚を防ぎながら,その代金相当額を調達するためには,最低でも5年間は必要であるとの予測も存するところである(Nの警察官調書謄本(甲33)等)。

以上の事実を総合すれば,全農秋田県本部とパールライス秋田との間に人事面や資本面において,密接な関係があることを考慮しても,共同計算の終了までの間にパールライス秋田から代金相当額を補填する見込みの確実性は不十分なものであったと言わざるを得ず,パールライス秋田の財務状況や業務の実情に明るかった被告人らにおいても,本件玄米の精算時までに,確実にその代金相当額を補填する見込みは有していなかったと認められる。

(2)  また,被告人甲野の弁護人らは,同被告人は,本件行為に際し,パールライス秋田における不良債権の存在が表面化することによる秋田県産米の販売に支障が生じることを防止し,秋田県産米の生産者の利益を擁護しようとしていたのであって,専ら本人たる生産者の利益を図る意思を有していたのであるから,不法領得の意思に欠けると主張し,被告人甲野もこれに沿う供述をする。

しかしながら,被告人甲野が,パールライス秋田の信用が低下することによって,販売先から取引量縮小や値下げの要求の口実に使われるおそれがあるとする内容は十分な具体性を有するとは言えず,パールライス秋田の財務状況は,一般的な企業イメージに影響を及ぼすことは格別,パールライス秋田が販売する秋田県産米のブランド価値,品質等やそれに対する信用に悪影響を及ぼすものではないから,生産者の利益を擁護しようとしたという被告人甲野の供述は疑わしい。

その点を差し置くとしても,前認定のとおり,平成16年2月18日に開かれた不良債権隠ぺいの方法を協議する席上において,一部出席者から粉飾決算に反対する意見が述べられた際,グループ会社であるパールライスBを貸倒先とすることはできないといった,己沢の不正取引に対する被告人らの監督責任を懸念するような意見が被告人らから出された一方,不良債権問題の発覚によって,秋田県産米の販売に具体的な支障が生じ,生産者らに迷惑をかけるといった議論がなされた形跡はうかがわれない。

また,被告人甲野は,本件不良債権を隠ぺいすることによって,自らに対する責任追及を免れることができるという利益を有していたのであり,本件行為の動機も,そのような利益を得るためであったことは,①不良債権の処理を,限られた関係者の間で進め,秋田県産米の販売促進という点では利害を共通としている全農秋田県本部運営委員会にも一切報告がされていないこと,②後に刑事告発され,有罪判決を受けるに至った,本件の最大の責任者である己沢に対する懲戒処分も,降格処分にとどめており,懲戒解雇処分とすることによる全農全国本部への報告を回避しようとしていたこと(被告人甲野の公判供述)からもうかがうことができる。

以上によれば,被告人甲野が,専ら生産者らの利益を図ることを目的として本件行為に及んだとの主張は採用することができない。

第5  被告人乙山に係る共謀の成否について

1  前掲各証拠に加え,被告人乙山の公判供述,被告人甲野(乙5),被告人乙山(乙14,16,17,19)及び被告人丙川(乙31)の各検察官調書その他の関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

(1) 被告人丙川は,前記第2の3の経緯に基づき,パールライスK及びパールライスBとの間で総額約1億9500万円分の玄米の売買契約を締結した後の平成16年3月8日ころ,己沢の不正取引により,パールライス秋田がJ商事に対して,更に6048万円に上る不良債権を抱えていることを知らされた。

(2) 被告人甲野は,平成16年3月10日ころ,被告人丙川から前記事実を知らされ,同人に対して,もう一度パールライスKに頼むしかないと指示した。そのころ,被告人乙山は,憤っている被告人甲野から,「己沢のやつ,とんでもないことをしやがった。」,「1億9000万円がまた6000万円プラスになった。」などと言われ,J商事に関連する不良債権が1億9000万円からさらに約6000万円増額したことを認識するに至った。

(3) 被告人丙川は,平成16年3月17日,パールライスK社長と面会の上,米穀の追加売買を了承してもらい,パールライス秋田とパールライスKが売買する米穀の量を計540トンに増量させ,同月30日,パールライスKから1億7984万4210円が入金された。

そのころ,被告人乙山は,被告人丙川から,「6000万円の分も同じように処理することになったから。」と言われたが,これに対して特別の意見を述べることはなかった。

2  以上のとおり,被告人乙山は,被告人甲野から新たな不良債権発覚の事実を知らされたにもかかわらず,当該不良債権の処理について特別な意見を述べず,その後,被告人丙川から処理方針が決まったことを知らされた後にも異議を述べていない。

ところで,被告人乙山は,前認定のとおり,平成16年2月18日の協議の席において,共同計算米を流用する方法によれば,多額の不良債権を一気に消し去ることができるとしてこれに賛意を表していたのであって,被告人甲野から,J商事に対する新たな不良債権が存在することを知らされた時点において,これに前と同様の方法で対処する高い可能性があることを認識していたと認めるのが相当である。また,被告人乙山は,全農秋田県本部副本部長あるいはパールライス秋田の次期社長候補者として,既に自らも参加して実施が決まっていた約1億9000万円分の共同計算米の流用事実の発覚防止と,可及的速やかなる代金相当額の補填に尽力すべき立場にあった。

一方,被告人甲野及び同丙川も,被告人乙山の協力が得られることを当然の前提としているところ,前記2月18日の協議の際の被告人乙山の言動からすれば,被告人乙山が新たに発覚した不良債権についても同様の処理を行うことに対して異を唱える事態を想定することは困難であり,被告人甲野及び同丙川が被告人乙山の協力を期待するのは至極当然であるし,被告人乙山も,自身が協力を求められる立場に置かれていることは認識していたというべきである。

そうすると,被告人乙山は,新たに発覚した不良債権の処理について,前同様の処理を行う可能性を認識し,その後始末に責任を負うべき立場にありながら,反対意見を述べることもなく,事後的に被告人丙川から報告を受けた際にも正規処理すべきであるなどといった意見を述べていないのであって,被告人甲野及び被告人丙川が期待していた行動を示していたと認められるから,被告人甲野から新たな不良債権の存在を告げられた時点において,その隠ぺい処理に関し,被告人甲野及び同丙川との間で黙示の共謀が成立したものと認めるのが相当である。被告人乙山の弁護人の前記主張は採用することができない。

第6  結論

以上によれば,弁護人らの主張はいずれも採用することができず,前記判示のとおり,被告人らに係る業務上横領の事実を認めることができる。

(法令の適用)

被告人甲野及び同乙山の判示所為は,それぞれ包括して刑法60条,253条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人甲野を懲役3年に,被告人乙山を懲役2年6月に処し,情状によりそれぞれ同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から被告人甲野に対し5年間,被告人乙山に対し4年間,それぞれその刑の執行を猶予することとする。

被告人丙川の判示所為は包括して刑法65条1項,60条,253条に該当するが,被告人には業務上占有者の身分がないので同法65条2項により同法252条1項の刑を科することとし,その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役2年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

1  本件は,全農秋田県本部の幹部職員であった被告人甲野及び同乙山並びにパールライス秋田の代表取締役専務であった被告人丙川が,全農秋田県本部職員らと共謀の上,全農が県内の農協を介し,その組合員らから売渡委託を受けて,業務として預かり保管中の玄米を,パールライス秋田に売却・費消させ,横領したという業務上横領の事案である。

本件犯行は,部下の不始末によって発生した巨額の不良債権の隠ぺいに用いる金銭を得るために,共同計算米を横領したものであるが,生産者からの預り品である共同計算米の流用によって不良債権問題の解決を図ることは,不良債権の発生に何の責任もない生産者に損失やその危険を押し付けようとする「つけ回し」に等しく,全農に対する生産者の負託と信頼を裏切る独善的な行為との非難を免れない。その目的が,不良債権の隠ぺいにあり,企業財務の透明性の要請に反する点も看過できない。

また,本件犯行は,被告人らに加え,多くの全農秋田県本部及びパールライス秋田の各職員等(その中には,本来,本件のような不正行為の監視に努めるべきパールライス秋田の監査役を兼任していた者さえ含まれている。)の関与と協力を得て敢行された組織的な事案でもある。被告人らは,法令等の遵守を推進すべき立場にありながら,むしろ,上司の意向の実現を優先させる風潮に乗じ,一部の部下の正規の決算を行うべきとの進言も退けて,多くの部下を巻き込みながら本件犯行に及んだのであり,その責任は重い。犯行の方法も,謀議を重ねた上,不正規の伝票を使用するという,周到かつ巧妙なものである。

横領に係る共同計算米は極めて多量であり,被害額も巨額に上っている。本件犯行は,我が国農業生産者の共同組織である全農や農協に対する信頼を失墜させる結果を招き,また,米所としての秋田県のイメージも損なうなど,その及ぼした社会的影響は大きい。

多くの農業関係者が被告人らの処罰を求めているのも,当然というべきである。

2  被告人甲野は,不良債権の発覚による自らに対する責任追及を恐れる余り,全農秋田県本部における最高責任者である本部長としての職責を忘れて本件犯行に及んだのであり,その犯行動機は自己中心的である。その職責の重さにかんがみれば,本件犯行の主導的立場にあったというべきで,被告人らの中でも最も責任が重い。

他方,外形的な事実は概ね認め,不適正な処理について反省の態度を示していること,全農に対し100万円の被害弁償を申し入れたこと,見るべき前科前歴はないこと,本件犯行の発覚により全農から懲戒解雇処分を受けたことなど,被告人甲野のために有利に斟酌すべき事情も認められる。

3  被告人乙山は,被告人甲野に対する恩義に応えるとともに,自らの地位の安定を図るという私的又は利己的な理由から,全農秋田県本部副本部長の職責を忘れて本件犯行に及んだものであって,その犯行動機に酌量すべき余地はない。不良債権の隠ぺいの方法を協議する際,共同計算米を流用する方法に積極的賛意を示し,売却先を提案するなど,本件犯行に果たした役割は小さくない。

他方,外形的事実は概ね認め,不適正な処理について反省の態度を示していること,全農に対し100万円の被害弁償を申し入れたこと,前科前歴がないこと,本件犯行の発覚後,パールライス秋田社長等の職を辞職し,退職金も辞退したことなど,被告人乙山のために有利に斟酌すべき事情も認められる。

4  被告人丙川は,不良債権の発覚により部下に対する監督不行き届きの責任を追及されることを恐れ,不良債権の隠ぺいを図るべく,本件犯行に及んだのであり,その動機は自己中心的である。被告人丙川は,秋田県経済連職員であった経歴を有するのであるから,全農及び共同計算に対する生産者の負託と信頼を自覚すべき立場にあり,かつ,パールライス秋田の事実上の最高経営責任者としてパールライスの決算の適正を保持すべき立場であったにもかかわらず,不良債権の存在を知るや,しばらくは実情把握という名分でパールライス秋田の代表取締役社長(非常勤)である被告人甲野に報告しないまま処理を進め,被告人甲野に報告した後は,同人の指示に従い,本件犯行を可能ならしめる準備を整える役割を積極的に果たしており,その初動姿勢が隠ぺい処理の基盤になったともいえ,責任は重い。

他方,外形的事実は概ね認め,不適正な処理については反省の態度を示していること,前科前歴がないことなど,被告人丙川のために有利に斟酌すべき事情も認められる。

5  以上の事情に加え,本件犯行の発覚後,パールライス秋田から全農秋田県本部に対し,本件被害に係る共同計算米の代金相当額が支払われたことにより,被害が回復していること,本件犯行は被告人ら自身が経済的利得を直接得ることを目的としたものではないことなども考慮すれば,被告人らに対しては,それぞれ主文掲記の刑に処した上,その刑の執行を猶予するのが相当と思料される。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・藤井俊郎,裁判官・戸村まゆみ,裁判官・若松光晴)

別紙一覧表<省略>

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