秋田地方裁判所 平成19年(ワ)8号 判決 2007年7月05日
原告
C川春夫
他2名
原告ら三名訴訟代理人弁護士
小林昶
被告
D原一郎
同訴訟代理人弁護士
加藤堯
主文
一 被告は、原告C川春夫に対し、二八七八万三三六二円及びこれに対する平成一七年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告C川夏子に対し、二八七八万三三六二円及びこれに対する平成一七年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告C川春夫及び同C川夏子のその余の請求をいずれも棄却する。
四 被告は、原告C川秋夫に対し、二二〇万円及びこれに対する平成一七年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は被告の負担とする。
六 この判決の第一項、第二項、第四項及び第五項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告C川春夫に対し、三〇七八万三三六二円及びこれに対する平成一七年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告C川夏子に対し、三〇七八万三三六二円及びこれに対する平成一七年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 主文第四項と同旨
第二事案の概要
本件は、交通事故で死亡した被害者(九歳の女子)の両親及び兄が、自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条等に基づき、加害者に対して損害賠償を求める事案である。
一 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに《証拠省略》により容易に認められる事実)
(1) 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア 日時 平成一七年九月一〇日午前八時三八分
イ 場所 秋田市上新城《番地省略》先路上
ウ 加害者 被告(同人保有の普通乗用自動車〔被告車両〕を運転)
エ 被害者 C川冬子(当時九歳の女子)
(2) 本件事故の具体的な態様は、次のとおりである(別紙「交通事故現場見取図」参照)。被告が被告車両を走行させていた道路は、幅員約六m、片側各一車線(被告車両が走行していた車線の幅員は約二・九m)の一般道路で、時速六〇kmの法定速度制限があった。
被告は、被告車両を運転して添川方面から金足方面に向かって進行していたところ、進路前方右側の歩道上に数名の児童がいることに気付いた。本件事故の現場付近には交通整理の行われていない丁字路交差点があり、交差点の入口には横断歩道が設けられていた。被告は、同横断歩道付近を左方から右方に自転車に乗って横断中の冬子を前方に発見し、被告車両の右転把及び急制動の措置を講じたが間に合わず、同自転車に被告車両前部左側を衝突させて冬子を同自転車もろとも路上に転倒させた。
(3) 冬子は、本件事故によって脳挫傷等の傷害を負い、当日の午前一〇時一三分ころ、秋田赤十字病院において同傷害により死亡した。
原告C川春夫及び同C川夏子は、冬子の両親であり、原告C川秋夫は、冬子の兄(本件事故当時一二歳)である。
二 争点
(1) 損害額
(2) 過失相殺
(3) 遅延損害金
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(損害額)について
ア 原告らの主張
(ア) 本件事故による冬子の損害は、別紙「損害額一覧」の費目「冬子損害額」の「原告ら主張額」欄記載のとおりである。
逸失利益は、全労働者全年齢平均の年収四八五万四〇〇〇円に一八歳からのライプニッツ係数(一八・八一九五-七・一〇七八=一一・七一一七)、生活費控除率(一-〇・四五)を乗じた三一二六万六七二五円である。
原告春夫及び同夏子は、冬子の相続につき各二分の一の法定相続分を有するから、二七三八万三三六二円が各原告の損害額となる。
(イ) 同人らは、冬子の両親であり、深い苦しみと悲しみを慰謝する固有の慰謝料の額として各二〇〇万円が相当である。
原告秋夫は、冬子の兄であり、本件事故を眼前で目撃して自責の念にさいなまれているから、これを特別に慰謝するために固有の慰謝料として二〇〇万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用として、原告春夫及び同夏子につき各一四〇万円、原告秋夫につき二〇万円が相当である。
イ 被告の主張
(ア) 葬儀費用は認める。
逸失利益の計算は、女子平均賃金によるべきである。
慰謝料相当額を争う。
(イ) 原告ら固有の慰謝料を争う。
(ウ) 弁護士費用を争う。
(2) 争点(2)(過失相殺)について
ア 被告の主張
本件事故については、被害者である冬子にも過失がある。本件事故の態様、被告車両が明らかに広い道路を走行していたこと、冬子が児童であること等を考慮すれば、被害者の過失の割合は少なくとも一割を下らないから、被告は、一割の過失相殺を主張する。
(ア) 被告車両の速度
被告車両は、本件事故当時、時速約七〇ないし八〇kmで走行していた。本件事故現場は、曲線半径約一四一mの右カーブで、時速約一一二kmが限界速度(遠心力で外に膨らむことなくカーブを回りきれる速度)であったし、被告は、本件事故現場を何度も通ったことがあり、カーブの位置、道幅等の状況を分かっていた。被告は、道路右側の子ども達に気付き、ブレーキを踏むことまではしなかったが、アクセルから右足を離していた。被告は、冬子を発見してハンドルを右に切ると共に急制動の措置を講じたが、冬子と衝突し、その後、右側歩道の縁石にぶつかり別紙「交通事故現場見取図」の⑦の位置に停止した。
したがって、被告が、上記カーブの手前で時速一〇〇kmもの速度を出していたとは考えられない。
被告は、捜査段階や公判段階で時速約一〇〇kmで走行したことを認めていたが、これは幼い女児を死亡させてしまった負い目や捜査官による誘導によるものである。
(イ) 冬子を発見しにくい状況
被告は、本件事故現場の手前で、道路右側の歩道の子ども達の動きに気を配っていた。本件事故現場は緩やかに右にカーブしており、進行方向のやや右前方を主に注視するのが通常である。
被告の進行道路左側には高さ七五cmのガードレールがあり、冬子が進行してきた橋には高さ九七cmの欄干があった。冬子の乗っていた自転車は、高さ九〇cm、サドルの高さ六五cmであったから、冬子はガードレールや欄干に隠れるような形になり、被告にとって発見しにくかった。
(ウ) 冬子の動き
冬子は、突然飛び出したとまでいえないにしても、被告車両との安全距離の判断力が不十分であったため、道路の反対側で待っていた友達の方向に向かって道路横断を開始した。
イ 原告らの主張
(ア) 被告は、交通整理の行われていない丁字路交差点を添川方面から金足方面に向かって進行するに際し、同交差点の入口には横断歩道が設けられていたのであるから、前方左右を注視し、同横断歩道の手前で一時停止できるよう速度を調整して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、進路前方右側の歩道上にいた数名の児童に気を取られ、前方注視を欠き、先を急ぐ余り、法定速度時速六〇kmを遙かに上回る時速一〇〇kmで進行した過失により、同横断歩道付近を左方から右方に自転車に乗って横断中の冬子を前方約四八・六mの地点に迫って初めて発見し、被告車両の右転把及び急制動の措置を講じたが間に合わず、同自転車に被告車両前部左側を衝突させて冬子を同自転車もろとも路上に転倒させた。
(イ) 被告車両の速度についての被告の主張は、捜査段階や刑事第一審において一貫して認めてきた時速一〇〇kmを、刑事控訴審以後、責任回避のために覆したものであり、実況見分調書といった客観的証拠とも符合しない。
(ウ) 本件事故は、自転車と四輪車の事故であるが、冬子は幼い児童であり、横断歩道上の歩行者と同視すべき立場にある。被告は、横断歩道付近に他の児童がいることに気付きながら、法定速度を時速四〇kmも超える超高速運転で突っ切ろうとしたのであり、本件事故は被告の一方的な過失によるものである。
(3) 争点(3)(遅延損害金)について
ア 被告の主張
被告は、JA共済連の自動車損害賠償共済に加入していたことから、共済連の職員が原告らとの示談交渉を求めてきたが、原告らは刑事手続終結まで頑なに交渉を拒否し、自賠責保険金の被害者請求もしなかった。
したがって、自賠責保険金相当額の部分はもとより、その余の請求部分についても、被告に対して遅延の責任を問うことは衡平の原則に反するもので、遅延損害金は発生しない。
イ 原告らの主張
被告において弁済又は弁済の提供・供託がない以上、遅延損害金の支払義務があることは当然であり、原告らに自賠責保険の請求義務があることを前提とする被告の主張は失当である。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(損害額)について
(1) 逸失利益 三一二六万六七二五円
年少女子の逸失利益の算定については、従来、被告主張のように女子労働者平均賃金を基礎収入とする立場が実務上有力であった。この立場は、逸失利益の算定は、将来の収入額の蓋然性という事実認定の問題であり、年少者の一人一人に男女を問わず等しい就労可能性があるからといって、一般的に女子が将来男子と同じ収入を得られる蓋然性があるということにはならないということを根拠とするものと考えられる。
しかしながら、最近では女性をめぐる法制度、社会環境・就労環境が大きく変化し、その結果、男性の占めていた職業領域に女性が進出しつつあることからすると、むしろ、基礎収入としては全労働者の平均賃金を採用することに合理性がある。
そして、生活費控除率としては、年少男子との均衡や女性の消費支出の動向等にかんがみ、四五%とするのが相当である。
冬子は、死亡当時九歳であったから、ライプニッツ係数としては、就労可能年齢の始期を一八歳、終期を六七歳とし、五八年の係数一八・八一九五から九年の係数七・一〇七八を差し引いた一一・七一一七を用いることとする。原告ら主張の基礎収入四八五万四〇〇〇円(平成一六年度の賃金センサスにおける全労働者平均賃金)に上記係数を掛け、生活費を控除すると、冬子の逸失利益の額は、三一二六万六七二五円(一円未満四捨五入)となる。
(2) 慰謝料
ア 冬子 一八〇〇万円
被害者である冬子が、死亡当時わずか九歳の女児であり、悲惨な交通事故によって未来を奪われたこと、本件事故について、後述のとおり冬子自身には過失相殺の対象となるような過失が認められず、本件事故はもっぱら被告の危険な運転によって引き起こされたものであることを考慮すると、本件事故による冬子の精神的苦痛を慰謝するには、被告に一八〇〇万円の慰謝料の支払を命ずるのが相当である。
イ 原告春夫及び同夏子 各二〇〇万円
同原告らは、冬子の両親であるところ、民法七一一条に基づき、被告に対して固有の慰謝料請求をすることができる。
本件事故で冬子が死亡したことにより同原告らが被った精神的苦痛が極めて大きいものであることは容易に想像することができ(甲一四、乙三)、これを慰謝するには、被告は、原告春夫及び同夏子の各自に対して二〇〇万円を支払うべきである。
ウ 原告秋夫 二〇〇万円
原告秋夫は、冬子の兄であるところ、証拠(甲六、一四、乙三)によれば、原告秋夫は、至近距離で本件事故によって妹である冬子が被告車両と衝突するのを目撃し、自分が冬子を止めていれば本件事故が起こらなかったと考えて自責の念にかられていることが認められる。
このことは、本件事故当時わずか一二歳の少年であった同原告にまでそのような苦しみを与えることになった本件事故の結果の重大性を示すものであり、本件事故による冬子の死亡が原告ら家族の生活に与えた影響が極めて大きいことを示す事情であるといえる。
原告秋夫自身は、民法七一一条所定の身分関係を有しない者ではあるが、上記事実関係のもとでは、被害者である冬子との間に同条所定の者と実質的に同視できる身分関係があるというべきであり、同条を類推適用するのが相当である。
そして、原告秋夫の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。
(3) 弁護士費用
原告らは本件訴訟において弁護士に訴訟委任をしているところ、本件事案の難易や弁護士費用以外の損害額を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある損害として、原告春夫及び同夏子について弁護士費用各一四〇万円、原告秋夫について弁護士費用二〇万円を認めるのが相当である。
二 争点(2)(過失相殺)について
(1) 被告車両の速度
被告は、本件事故当時の被告車両の速度(冬子に気付いて急制動等の措置を執る直前のものをいうと解される。)につき、時速約七〇ないし八〇kmであったと主張し、甲一三(刑事事件の控訴審公判廷における被告の供述)にもこれに沿う内容の供述がある。
被告は、刑事事件の捜査段階及び第一審公判廷では被告車両の速度につき、時速約一〇〇kmであったと供述していたところ(甲一〇ないし一二)、この供述は、幼い女児を死亡させてしまった負い目や捜査官による誘導によるものであると主張する。
しかしながら、被告が被告車両の速度を時速約七〇ないし八〇kmであるとする根拠として供述するところは、一旦は時速約一〇〇kmまで速度を上げたが、本件事故現場に至る前に道路右側に子ども達がいるのを見てアクセルを踏むのをやめていたので減速しているはずであるというものにすぎず、被告自身、速度計を見て具体的な速度を確かめたわけではないことを認めている(甲一三)。また、被告は、本件事故の前、野球の練習に遅れないように急いでおり、山間部の道を抜けて上新城に入った後の道路の直線部分では時速一〇〇km程度の速度を出していたこと自体は一貫して認めているところ、《証拠省略》によれば、被告が、道路右側の子ども達を見た地点から冬子を発見して急制動の措置を講じた地点までの距離は約三八・四mであり、この程度の走行距離でアクセルを踏むのをやめただけで自動車が時速二〇ないし三〇kmも減速するとは考えがたい。
そうすると、被告が急制動の措置を講じる直前の被告車両の速度は、少なくとも時速一〇〇km近いものであったと認められ、危険を発見した時点で多少の減速をしていたとしても、法定速度を大幅に超えるものであったことは明らかであるから、当該減速は、被告の運転態様の危険性についての評価を左右するほどのものではないというべきである。
なお、《証拠省略》によれば、本件事故現場付近のカーブの限界速度が時速約一一二kmであることが認められるが、原告らの主張する時速一〇〇kmは、限界速度を下回るものであり、被告車両の速度が時速七〇ないし八〇kmであったことを裏付ける的確な証拠であるとはいえない。
(2) 冬子を発見しにくい状況
被告は、過失相殺の事情として、被告から冬子を発見しにくい状況があったと主張する。
冬子の身長や自転車の高さ等の関係で、被告の主張するような状況であったのかは証拠上必ずしも明らかではないが、仮に被告が主張するように冬子を発見しにくい状況があったのであれば、被告としては、横断歩道及び横断歩道標識が設置されていた本件事故現場付近では相応の注意を払って通過すべきなのであるから、被告の落ち度を軽減する事情とみることはできない。
(3) 冬子の動き
被告は、被告車両との安全距離についての冬子の判断が不十分であった旨主張する。
しかしながら、本件事故前、冬子は、自転車で横断歩道付近を渡ろうとしていたところ、《証拠省略》によれば、被告車両が冬子に衝突した時点で、冬子は道路中央付近にさしかかっていたことが認められるから、上記認定の被告車両の異常な速度からすると、冬子の判断に不十分な点があったとは認められない。
(4) 過失相殺の可否
以上のように、本件事故は、もっぱら被告が異常な高速度で被告車両を走行させ、横断歩道付近の安全に配慮しないまま交差点を通過しようとしたことによって引き起こされたもので、被害者が自転車に乗って横断歩道付近を通過していた九歳の児童であったことを考慮すれば、冬子に過失相殺の対象となる過失があったとは認められない。
三 争点(3)(遅延損害金)について
(1) 被告は、不法行為の日からの遅延損害金の発生を争うが、被告が原告らに対して弁済の提供を行った等、遅延損害金の発生を妨げる事情についての具体的な主張・立証はない。
(2) 被告は、原告らが示談交渉を拒否したことをもって、遅延損害金の責任を被告に負わせることが衡平の原則に反すると主張するところ、この主張は、遅延損害金の発生自体は認めた上で、その権利行使が権利の濫用又は信義則違反であるとの主張と解されなくもない。
しかしながら、被告側とすれば、適正な賠償額の確定を求めて債務不存在確認を求める訴訟を起こすなど、早期に賠償額を巡る紛争を解決する手段を講じることも不可能ではないのであり、本件事故の結果の重大性や本件事故から本件訴訟提起までの期間等を考慮すれば、加害者である被告の刑事事件の終結まで被害者側である原告らが示談交渉に応じようとしなかったことをもって、遅延損害金の請求を排斥するほどの事情であるとは認められない。
四 結論
以上の次第で、原告春夫及び同夏子の請求は、不法行為に基づく損害賠償として、各自二八七八万三三六二円及びこれに対する不法行為の日である平成一七年九月一〇日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある(別紙「損害額一覧」の「認定額」欄)。また、原告秋夫の不法行為に基づく損害賠償請求は全部理由がある。
なお、原告春夫及び同夏子の請求額と認容額にかんがみると、一部敗訴している同原告らとの間でも、訴訟費用は全部被告に負担させるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 和田健)
<以下省略>