秋田地方裁判所 平成19年(行ウ)1号 判決 2007年6月15日
主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
秋田市長が原告に対し平成15年3月31日付けでした住民票職権消除処分が無効であることを確認する。
第2事案の概要
本件は,秋田市長の原告に対する住民票職権消除処分につき,原告が,その処分に至る手続の違法を主張して,上記処分が無効であることの確認を求めた事案である。
1 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがなく,又は後掲各証拠により容易に認めることができる。
(1) 平成15年2月3日当時,被告の備える住民基本台帳に編成された住民票には,原告とその母Aが同一世帯に属し,同一の住所(秋田市α×番12号。以下「旧住所」という。)に居住する旨記載されていた(甲19,20)。
(2) Aは,平成15年2月3日,被告市民課に対し,原告が平成14年12月26日に家を出てから行方不明である旨の住民基本台帳法14条2項に基づく実態調査申出書を提出した。
(3) 被告市民課担当者は,上記実態調査申出書の提出を受け,原告の住所について,平成15年2月5日,同法34条2項に基づく調査を実施した。
この調査のため市民課担当者がAの自宅を訪れたが,Aが不在であったため,同担当者は,近隣の住民に対し調査を行い,平成14年9月から原告を見かけていない旨聴取した(乙10)。
また,Aは,その後,市民課窓口を訪れた際,平成▲年▲月▲日に原告の父(Aの夫)が亡くなったが,その時も原告が旧住所地所在のA宅に姿を見せなかったと述べていた(乙10)。
(4) そこで,秋田市長は,原告が旧住所に常住する事実がないと判断し,平成15年3月31日,原告の住民票を職権で消除し(以下「本件処分」という。),原告の住所及び居所が明らかでなかったことから,住民基本台帳法施行令12条4項の規定に基づき,その旨告示(公示)した(甲8)。
2 争点
本件においては,本案前の争点として,本件訴えの適法性が,本案の争点として,本件処分の違法性が,それぞれ争われている。
(1) 本案前の争点(本件訴えの適法性-原告が本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法36条)に当たるか)について
(原告の主張)
原告の旧住所による住民票及び戸籍の附票には,平成15年3月31日に住民票が職権消除された旨記載されており,特に,戸籍の附票の上記記載は,一生消えることはない。また,原告が,B株式会社(以下「B」という。)の窓口で旧住所の住民票の写しを提示したところ,担当者から職権消除の記載について説明を求められ,その担当者に上記記載について理解してもらうまで約1時間20分かかったことがあり,旧住所による住民票の写しを使用することにより,原告に不利益が生じる。
したがって,原告は,本件処分により,精神的苦痛や不必要な時間の浪費という不利益を受ける者であるから,本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法36条)に当たる。
(被告の主張)
原告は,現在,旧住所とは異なる住所を有する者であるから,今後,原告が住民票の写しの交付を受ける場合は,本件処分に関する記載のない,交付時における原告の住所による住民票の写しが交付される。
また,本件処分によりBの窓口で手続に長時間を要したという原告主張の不利益は,社会通念上受忍限度の範囲内のものである。
無効確認の訴えが,当該処分の瑕疵の程度が大きく,国民救済の必要性が高い場合に,取消訴訟の出訴期間を徒過した後でも必要な救済を認めるための訴訟類型として位置付けられているのにもかかわらず,本件訴えには,本件処分を無効にし公定力を排除してまでも原告の権利救済をしなければならない事情はまったく見当たらない。
したがって,原告は,本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法36条)に当たらないから,本件訴えは不適法である。
(2) 本案の争点(本件処分の違法性)について
(原告の主張)
ア 被告国保年金課窓口職員が,Aの相談に対し,住民基本台帳法14条2項に基づく実態調査申出の手続について助言した。この助言は,国保年金課の掌握事務の範囲を逸脱したものである。
イ 被告は,原告の住所に関する実態調査として,近隣住民から聞き取り調査をしただけで,同居人であるAに対する調査をしなかった。原告を見かけていないとの近隣住民からの聴取結果だけでは,原告が旧住所に住んでいることを否定できず,また,他所への一時的滞在や入院等の可能性も否定できない。被告は,Aに対し,警察への家出人捜索願を提出させるなど,他の公的機関を活用すべきであったのであり,被告の実態調査は不十分であった。
ウ 本件処分は,被告国保年金課の違法な助言に基づきAが提出した実態調査申出によるものである上,本件処分の前提となる実態調査が不十分であるから,本件処分には,その調査段階において重大かつ明白な瑕疵があり,本件処分は違法である。
(被告の主張)
ア 被告国保年金課窓口職員は,Aの相談内容が,住民基本台帳に関するものであったため,その事務を所管する市民課に相談するように述べたにすぎない。また,窓口職員が,相談内容が掌握事務の範囲外の事項に関するものである場合に,正しい窓口を教示することは,接遇上の初歩的なサービスである。これをもって本件処分を違法とする原告の主張は失当である。
イ 住民基本台帳法上の住所は,各人の生活の本拠をいうのであって,その認定に当たっては,客観的居住の事実と当該居住者の主観的居住意思の双方を考慮しなければならない。
原告が行方不明であるとする本件実態調査申出は,旧住所において原告と同居していた他ならぬ原告の母であるAから提出されたものである上,新聞記事により申出書の記載内容が裏付けられ,Aの申出が虚偽であると疑うべき事情もなかった。また,被告は,近隣住民からの聴取をするなどの実態調査を行い,その聴取内容もAの申出に反するものではなかった。さらに,その後,Aが市民課窓口を再度訪れ,平成15年2月17日に原告の父(Aの夫)が亡くなった際にも原告が旧住所地所在のAの自宅に姿を見せなかったと述べていた。
被告は,上記のとおり,住民基本台帳法14条2項に基づくAの実態調査申出を受け,同法34条2項の調査を行い,調査等の結果から認められる上記諸事情を総合的に考慮し,原告には旧住所に常住する事実すなわち客観的居住の事実がないと判断し,本件処分を行った。
したがって,本件処分は適法に行われたのであり,本件処分には,何ら無効とすべき重大かつ明白な瑕疵はない。
第3争点に対する判断
1 本案前の争点(本件訴えの適法性)について
(1) 本件訴えは,行政庁による処分の効力の有無の確認を求める「無効等確認の訴え」(行政事件訴訟法3条4項)に当たり,かかる訴えは,処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(同法36条)。
本件処分は,住民基本台帳法8条の委任を受けた住民基本台帳法施行令12条1項及び8条に基づく住民票の職権消除処分であるところ,原告がこのような処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有するか否かは,職権消除処分が有する法的効果によって生じる不利益があるか,また,当該処分が無効であることを確認することによってその不利益を回復・除去することができるかという見地から判断されるべきである。
(2) ところで,住民基本台帳法15条1項は,選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行うと規定し,公職選挙法21条1項も,選挙人名簿の登録は住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定しており,これらの規定によれば,特定住民に関する住民票の消除は,その者が選挙人名簿に登録されるか否かを決定付ける法的効果を有するということができる(最高裁判所平成7年(行ツ)第116号同11年1月21日第一小法廷判決参照)。
これを本件についてみると,原告に係る戸籍の附票の写し(甲20)の記載によれば,原告は,本件処分後,秋田市内に旧住所とは異なる新たな住所を有するに至り,その住所による住民票が作成され住民基本台帳に記録された上,法定の期間が経過して選挙人名簿に登録されていることが認められる。
そうすると,原告が,現時点において,本件処分の法的効果により選挙人名簿に登録されないという不利益を受けているとは認めがたい。
また,過去においても,本件処分後,新たな住所による住民票が作成され住民基本台帳に記録されて法定の期間が経過するまでの間に,仮に,原告に本件処分の法的効果により選挙人名簿に登録されないという不利益が生じていたとしても,その不利益は,性質上,本件処分が無効であることを確認することによって回復・除去することができるものではない。
以上のとおり,選挙人名簿との関係において,原告は,現在において,本件処分の法的効果によって不利益を受けているわけではなく,また,仮に過去に生じた不利益があるとしても,その不利益については,本件処分が無効であることを確認しても回復・除去することができない。
(3) これに対し,原告は,戸籍の附票に本件処分の記載が残ること,旧住所による住民票の写しを使用する場合に精神的苦痛や不必要な時間の浪費といった不利益が生じることから,原告が本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に当たると主張する。
しかしながら,前記のとおり,無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有するか否かは,本件処分が有する法的効果によって生じる不利益に関する見地から判断されるべきであるところ,原告が主張する不利益はいずれもそのような法的効果とは関係がなく,もっぱら本件処分の公証行為としての性質から生じる事実上の不利益にすぎず,仮に,そのような不利益が生じていたとしても,それをもって原告が本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者に当たるということはできない。
したがって,原告の上記主張を採用することができない。
(4) 以上のほかにも,原告について,本件処分の法的効果によって生じる不利益があり,かつ,本件処分の無効を確認することによってその不利益を回復・除去することができるというべき事情を認めることはできない。
(5) 結局のところ,原告は,本件処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法36条)には当たらないと解するのが相当である。
2 以上によれば,原告は行政事件訴訟法36条が定める処分の無効確認の訴えを提起できる者には当たらず,本件訴えは原告適格を欠く者によって提起されたものである点で不適法であるからこれを却下することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金子直史 裁判官 和田健 裁判官 能登谷宣仁)