秋田地方裁判所 平成21年(ヨ)4号 決定 2009年7月16日
債権者
X1
債権者
X2
債権者
X3
上記3名代理人弁護士
小林昶
同
寺沢修平
債務者
江崎グリコ株式会社
上記代表者代表取締役
A
上記代理人弁護士
別城信太郎
同
大畑道広
同
荒木博志
主文
1 債務者は,債権者X1に対し,平成20年12月11日から本案判決確定に至るまで,毎月25日限り13万1570円を仮に支払え。
2 債権者X1のその余の申立て並びに債権者X2及び債権者X3の申立てをいずれも却下する。
3 申立費用は,債権者X1と債務者との間に生じたものは債務者の負担とし,債権者X2と債務者との間に生じたものは債権者X2の負担とし,債権者X3と債務者との間に生じたものは債権者X3の負担とする。
事実及び理由
第1申立ての趣旨
1 債権者らが,債務者に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 主文1項と同旨
3 債務者は,債権者X2に対し,平成20年12月11日から本案判決確定に至るまで,毎月25日限り13万2553円を仮に支払え。
4 債務者は,債権者X3に対し,平成20年12月11日から本案判決確定に至るまで,毎月25日限り12万6653円を仮に支払え。
第2事案の概要
本件は,債権者らが,債務者による雇止めが無効であると主張して,債務者に対し,雇用契約上の地位保全及び賃金仮払いの仮処分を求めている事案である。
1 争いのない事実
(1) 当事者
ア 債務者は,菓子,食料品の製造及び売買等を目的とする株式会社である。
イ 債権者X1(以下「債権者X1」という。)は平成5年12月に,債権者X2(以下「債権者X2」という。)は平成11年6月に,債権者X3(以下「債権者X3」という。)は平成16年5月に,それぞれ債務者に営業担当従業員として採用され,以来1年ごとに契約を更新してきた。
債権者らは,担当する各店舗を訪問して債務者商品について営業活動を行うストアセールスという職務に従事していた。
(2) 債権者らの雇止め
債務者は,平成20年4月3日,債権者らに対し,契約期間が満了する同年5月10日をもって雇用を打ち切る旨通告した。
その後,債権者らと債務者との間で雇用の打切りについて交渉が行われ,債権者らと債務者との間の雇用契約は,同月11日から同年11月10日まで,同月11日から同年12月10日までの2度にわたって更新された。
しかし,債務者は,債権者らに対し,同日をもって債権者らとの間の雇用契約を更新せず,雇用関係を終了させる旨通告した(以下「本件雇止め」という。)。
(3) 本件雇止め前の債権者らの賃金
債権者らの本件雇止め前3か月間の平均賃金額は,それぞれ債権者X1が13万1570円,債権者X2が13万2553円,債権者X3が12万6653円であり,債権者らの賃金の支払時期は,毎月25日であった。
2 争点
(1) 本件雇止めの効力
(債権者らの主張)
有期の雇用契約の更新が繰り返された場合においては,①期間の定めのない契約と実質的に異ならない,又は②雇用契約の継続が合理的に期待されていたと評価し得る場合には,使用者の労働者に対する雇止めの意思表示は,解雇の意思表示に当たり,その効力の判断に際しては解雇に関する法理が類推適用されると解されている。
債権者らと債務者との間の雇用契約が長期間にわたって格別の交渉や手続を経ることなく当然に例外なく更新されてきたこと,債務者から債権者らに対して「よほどの非行でもない限り雇用が打ち切られることはない」旨の雇用継続を期待させる言動があったことからすれば,債権者らと債務者との間の雇用契約は,上記①及び②の要件を満たしており,本件雇止めの効力の判断に際しては,解雇に関する法理が類推適用されるというべきである。
そして,本件雇止めは,人員削減の必要性を理由とするもので整理解雇に相当するところ,整理解雇が有効とされるためには,①人員削減の経営上の必要性,②整理解雇回避努力義務の履行,③合理的な整理解雇基準の設定とその公正な適用,④労使間での協議義務の履行が必要とされているのであって,本件雇止めはこれらの要件を欠くから,権利の濫用であって無効である。
(債務者の主張)
債権者らと債務者との間の雇用契約の更新について従前は合理的な期待があったとしても,平成20年4月30日付けの更新に当たっては,今後契約更新が行われない可能性があることを双方承知の上で更新が行われているから,かかる合理的な期待は消失し,債務者が契約更新の申出をしない以上,雇用契約は終了したというべきである。
仮に本件雇止めに解雇に関する法理が類推適用されるとしても,同年初めころ,秋田県においては5名のストアセールスに対して4名でまかなえる業務量しかないことが判明し,同県北部に居住するストアセールスと同県南部に居住するストアセールスに営業担当先を割り当てると,債権者ら3名に対して2名分程度の業務量しか残されていなかった。さらに,本件雇止めが行われた同年12月10日の時点では,債務者の秋田事務所を取り巻く経済環境の更なる悪化により,債権者ら3名に対して1名分程度の業務量しか残されておらず,しかも,その1名分の業務は正社員がカバーすることが可能な状況であった。債務者は,整理解雇回避努力を尽くしているのであって,本件雇止めが整理解雇の有効要件を具備していることは明らかである。
同日の時点で秋田県内のストアセールスの仕事量が3名分残っていたと判断される場合に備え,債務者は,同年5月11日から半年間の人事考課の結果が悪かった債権者X2及び債権者X3との雇用契約を予備的に解除する。
(2) 保全の必要性
(債権者らの主張)
債権者らは,債務者から賃金が得られなければ,その家族の生活が成り立たなくなる。
また,健康保険及び厚生年金の被保険者資格を失うことは,債権者らにとって大打撃となるから,雇用契約上の地位保全が必要である。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
後掲各疎明資料によれば,本件雇止めに関し,以下の各事実が認められる。
(1) 債権者らと債務者との間の雇用契約
債権者らを含むストアセールスは,転勤がないことを前提に,債務者と1年以内の有期の雇用契約を締結しており,勤務時間は午前10時から午後5時まで(休憩時間45分間を除くと実働時間は6時間15分。)とされ,自宅の近くの駐車場から債務者が貸与した社有車で営業担当先の各店舗に直行し,債務者商品の宣伝・商談,什器の設置・補充,商品の陳列方法の提案等の営業活動を行い,各店舗から自宅に直帰するという業務内容であった(<証拠省略>)。
平成20年当初の債務者の秋田県内におけるストアセールスは,いずれも秋田市新屋地区に居住する債権者ら3名のほか,秋田県北部に位置する大館市に居住し,主として同県北部にある店舗の営業を担当するF(以下「F」という。)及び同県南部に位置する横手市に居住し,主として同県南部にある店舗の営業を担当するH(以下「H」という。)の合計5名であった(<証拠省略>)。
債権者らは,いずれも債務者との間で原則として1年間の雇用契約を締結してきたが,平成19年までは,債務者との間で具体的な話合いが持たれることもなく当然のように毎年5月に雇用契約が更新されており,ストアセールスについて契約期間の満了を理由として雇用契約が更新されないという前例はほとんどなかった(<証拠省略>)。
(2) 債務者の経営状況とストアセールスの業務の実態調査
債務者の単独決算における売上高は,平成5年度当時は1679億円余りを計上していたが,以後年々減少傾向になり,平成20年度には1375億円余りとなっており,同年度には過去15年間で初めて営業損失(3億4600万円)を計上するに至った(<証拠省略>)。
上記の債務者の経営状況等を反映して,債務者においては,平成20年1月及び2月の総括支店長会議において,ストアセールス等の営業職の業務内容の再整理を行い,効率的な営業体制の構築を目指すことなどが決定された(<証拠省略>)。
これを受けて,同月ころ,債務者の東北管内のストアセールスについて業務の実態調査が行われ,各ストアセールスの仕事量を客観的に表す指標として,各ストアセールスが営業担当先として訪問すべき店舗数,各店舗における債務者商品の売上げ,各店舗において活動可能な業務内容等に基づいて「標準コール数」という数字が算出された(<証拠省略>)。
その結果,東北管内のうち秋田県と同じくストアセールスが菓子のほか加工食品及びアイスクリームに関する営業活動を兼務する県におけるストアセールス1人当たりの「標準コール数」は,青森県が93.9(ストアセールス4名),岩手県が100.3(ストアセールス4名),福島県が82.9(ストアセールス5名)であった(<証拠省略>)。
これに対し,秋田県におけるストアセールスの各「標準コール数」は,債権者X1が57.5,債権者X2が88.5,債権者X3が63.5,Fが29.8,Hが80.0(以上5名の合計値が319.3,平均値が63.9)という結果になった(<証拠省略>)。
(3) 債務者によるストアセールスの営業体制の合理化への着手
秋田県におけるストアセールスの「標準コール数」が4名でもまかなうことができる仕事量しかないという結果が出たことを受けて,債務者の菓子東北総括支店長のI(以下「I」という。)は,平成20年2月28日,債権者ら,F及びHに対し,秋田県は他県と比べて「標準コール数」が少ないため,同年5月10日の雇用契約の更新時期に従前のように契約を更新できるか分からない旨を告げた(<証拠省略>)。
同年3月ころから,債務者は,営業体制の効率化に着手し,大館市に居住するFには,秋田県北部を中心とした「標準コール数」80に相当する営業担当先を割り当て,横手市に居住するHには,同県南部を中心とした「標準コール数」80に相当する営業担当先を割り当てることになった(<証拠省略>)。
そして,債権者らには,同年4月ころ,居住する秋田市及びその周辺の営業担当先が割り当てられることになった結果,債権者X1,債権者X2及び債権者X3の営業担当先の「標準コール数」は,それぞれ43.5,62.3及び65.3となった(<証拠省略>)。
そのころ,債務者は,秋田事務所の正社員らに対し,債権者らに割り当てるための新たな訪問先や業務を探すように指示し,新たな訪問先としてパチンコ店等,新たな業務として試食等の店頭推奨販売活動等の発掘をそれぞれ試みたが,新たな訪問先や業務を安定的に確保することはできなかった(<証拠省略>)。
(4) 債権者らに対する雇止めの予告
Iは,平成20年4月3日,債権者らに対し,同年5月10日の契約期間の満了をもって契約の更新を行わないこと,代わりに新たに2名のストアセールスを募集する方針であるが,債権者らがこれに応募することも可能である旨を告げた(<証拠省略>)。
すると,債権者らから,債権者ら3名の中から2名を選んでほしい旨の要望が出されたため,債務者は,同年4月16日,新たに2名のストアセールスを募集する方針を改め,同年5月11日から半年間債権者らの雇用契約を更新し,その間に債権者らについて客観的な人事評価を行った上で,債権者ら3名のうちから雇用を継続する2名を選定することにし,債権者らに対してその方針が告げられた。こうして,同日から半年間,債権者らの雇用契約が更新された(<証拠省略>)。
(5) 団体交渉の経緯
債権者らは,その後連合秋田・秋田コミュニティ・ユニオンという労働組合(以下「労働組合」という。)に加入し,労働組合から団体交渉を求められた債務者は,平成20年7月15日に労働組合と1回目の団体交渉を行い,労働組合からは,債権者らとの雇用契約を更に半年間更新すること,労働時間の短縮という方法の検討等を求められたが,話合いは平行線をたどった(<証拠省略>)。
同年8月25日,債務者と労働組合との間で2回目の団体交渉が行われ,債務者は,退職の申出を行った者に対して1人当たり50万円の再就職支援金を支給すること,退職の申出がなかった場合には同年11月11日以降の債権者らの労働時間を従来の6時間15分から4時間へと短縮することを提案したが,労働組合は,労働時間の短縮をすることなく債権者らの雇用を継続することを求め,交渉は不成立に終わった(<証拠省略>)。
その後,債権者らは,秋田県労働委員会(以下「労働委員会」という。)に対してあっせんを申し立て,同年11月8日,労働委員会による第1回のあっせんが行われた。債務者は,労働組合との2回目の団体交渉における提案と同様の提案を行い,労働委員会の勧めにより,債権者らとの間の雇用契約を暫定的に同月11日から1か月間更新した(<証拠省略>)。
同年12月8日,労働委員会による第2回のあっせんが行われ,債務者は,退職の申出を行った場合には再就職支援金として債権者X1には100万円,債権者X2には75万円,債権者X3には50万円をそれぞれ支払うこと,退職の申出がなかった場合には債権者らの労働時間を4時間30分へと短縮することを提案したが,債権者らは納得せず,あっせんは不調となった(<証拠省略>)。
(6) 債権者らの人事評価
債権者らについて雇用契約の更新が行われた平成20年5月から同年11月までの間の債権者らの人事評価の点数は,債権者X1が21.3点で1位,債権者X3が19.8点で2位,債権者X2が18点で3位であった(<証拠省略>)。
(7) 本件雇止めの時点における債務者の秋田事務所の経済状況
平成20年夏以降,量販店の経営破綻,経営不振,秋田市及び周辺の小売業の空洞化等を原因として債務者の秋田事務所をめぐる経済環境は更に悪化し,ストアセールスの営業担当先の店舗の閉店や売上不振,訪問禁止が相次いだため,本件雇止めが行われた同年12月10日の時点における債権者X1,債権者X2,債権者X3,F及びHの営業担当先の「標準コール数」は,それぞれ28.3,37.8,39.5,74.3,75.5に減少していた(<証拠省略>)。
2 争点(1)(本件雇止めの効力)について
(1) 本件雇止めに解雇権濫用法理が適用されること
有期の雇用契約において更新が繰り返されたときには,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になったと認められる場合,又は期間の定めのない契約と必ずしも同視できなくても雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性があると認められる場合には,雇用契約の反復更新後の雇止めには解雇権濫用法理が類推され,合理的な理由のない雇止めは,解雇権の濫用に当たり無効となるというべきである。
債権者X1は,平成5年12月に債務者に採用されて以来,本件雇止めまで約15年間,合計16回にわたって債務者から雇用契約を更新されており,債権者X2は,平成11年6月に債務者に採用されて以来,本件雇止めまで約9年6か月間,合計10回にわたって債務者から雇用契約を更新されており,債権者X3は,平成16年5月に債務者に採用されて以来,本件雇止めまで約4年7か月間,合計5回にわたって債務者から雇用契約を更新されているのであって,上記認定事実1(1)のとおり,平成19年までは債権者らと債務者との間で具体的な交渉もなく当然に雇用契約が更新されてきたこと,ストアセールスについて雇止めの前例はほとんどなかったことに照らせば,債権者らと債務者との間の雇用契約は,形式的には期間の定めのあるものであったが,更新を繰り返すことが当然に予定されており,雇用継続に対する債権者らの期待利益に合理性があると認められるから,本件雇止めの効力を判断するに当たっては,解雇権濫用法理が類推されるというべきである。
(2) 本件雇止めが整理解雇の有効要件を満たしているか否かについて
債務者は,本件雇止めに解雇権濫用法理が類推されるとしても,本件雇止めは整理解雇が有効とされるための要件を具備している旨主張するので,この点について判断する。
整理解雇が有効とされるためには,①人員削減の企業経営上の必要性,②整理解雇回避努力義務の履行,③被解雇者選定の合理性,④労使間における協議義務の履行等の手続の妥当性が必要であると解される。そこで,本件雇止めについて上記①ないし④の要件が備わっているか検討する。
ア 人員削減の企業経営上の必要性について
上記認定事実1(2)のとおり,債務者の売上高は年々減少傾向にあり,平成20年度には過去15年間で初めての営業損失を計上するに至っているなど,債務者の経営状態は相当程度悪化している。また,「標準コール数」で示される債務者の秋田事務所におけるストアセールスの仕事量は,訪問すべき店舗数や各店舗における活動可能な業務内容の減少等を反映して,上記認定事実1(2)及び(7)のとおり,平成20年2月の時点で5名の合計値が319.3と東北管内の他の県と比べると4名分程度の仕事量しかなく,本件雇止めが行われた同年12月の時点では5名の合計値が255.4と3名分程度の仕事量しかなかった。
こうした状況に照らすと,本件雇止めの時点において,債務者の秋田事務所におけるストアセールス合計5名のうち,2名については人員を削減する企業経営上の必要性があったというべきである。
しかしながら,債権者ら3名の本件雇止めのうち1名については,人員削減の必要性が認められず,解雇権濫用法理が類推適用されてその雇止めが無効となると解される。
イ 整理解雇回避努力義務の履行について
上記認定事実1(3)のとおり,債務者は,平成20年4月ころには債権者らストアセールスに割り当てるための新たな訪問先や業務を探すべく努力している。また,上記認定事実1(5)のとおり,団体交渉において債権者らの労働時間を4時間ないし4時間半に短縮することにより債権者ら3名全員の雇用を確保するワークシェアリングの方法を提案したり,債権者らに相当額の再就職支援金の支払を申し出て希望退職を促したりしており,本件雇止めを回避すべく真摯かつ合理的な努力を尽くしたと評価すべきである。
ウ 被解雇者選定の合理性について
上記認定事実1(3)及び(7)のとおり,債務者が平成20年3月以降Fには秋田県北部,Hには同県南部を中心とした営業担当先を割り当てることとし,さらに,債務者の秋田事務所をめぐる経済環境が悪化した結果,本件雇止めが行われた同年12月の時点では,秋田市及びその周辺を担当する債権者ら3名には,合計しても1名分に相当する仕事量しかなかったのであるから,債権者ら3名のうちから2名の雇止め対象者を選定することには,十分な合理性が認められる。
そして,上記認定事実1(4)及び(6)のとおり,債務者は,同年4月16日,同年5月11日から半年間債権者らの雇用契約を更新し,その間に債権者らについて客観的な人事評価を行った上で雇用を継続する2名を選定する旨の方針を債権者らに告知し,上記半年間債権者らに対して人事評価を行った結果,債権者X1が1位,債権者X3が2位,債権者X2が3位となったものであって,上記人事評価の方法に特段不合理な点は見当たらないから,債権者ら3名の本件雇止めのうち,債権者X2及び債権者X3の雇止めは,対象者の選定について客観的かつ合理的な基準を設定してこれを公正に適用したもので有効というべきであるが,人事評価の最も高い債権者X1の雇止めは無効となると解すべきである。
これに対し,債権者らは,上記のとおりF及びHに営業担当先を割り当てたこと及びF及びHを雇止めの対象としなかったことが不合理かつ恣意的である旨主張する。
しかし,F及びHはそれぞれ秋田県北部(大館市)及び同県南部(横手市)に居住しており,債権者ら3名はいずれも秋田市新屋地区に居住しているのであって,秋田県内の地理及び交通の状況,債務者の社有車で自宅近くの駐車場から営業担当先店舗へと直行・直帰するというストアセールスの業務形態等に照らせば,債務者において秋田県北部及び同県南部に居住するF及びHにそれぞれ同県北部及び同県南部の営業担当先を割り当て,秋田市新屋地区に居住する債権者ら3名の中から雇止めの対象者を決定するという選定方法は,債務者が負担すべき社有車の燃料費,維持費,自宅・店舗間の往復の移動に要するストアセールスの人件費等に鑑みて十分に合理性のある選択であるというべきである。
さらに,債権者らは,県境をまたぐ広域規模のワークシェアリングを行って債権者らの雇用を確保すべきである旨主張するが,債権者らストアセールスが転勤を予定していない職種であること,東北地方の地理及び交通の状況やストアセールスの業務形態等に照らすと,債権者らの上記主張は,およそ合理性及び実現可能性を欠くものといわざるを得ない。
エ 労使間における協議義務の履行等の手続の妥当性について
上記認定事実1(5)のとおり,債務者は,債権者らに対する最初の雇止めの予告をした平成20年4月以降,2回にわたって債権者らとの雇用契約を更新し,その間に労働組合と2回にわたる団体交渉及び労働委員会の2回のあっせんによる債権者らとの話合いを行い,本件雇止めを回避すべく合理的な解決案を債権者らに提案しているから,労使間における協議義務を誠実に履行しているというべきであり,本件雇止めの手続は妥当であったと認めることができる。
(3) 以上の検討によれば,債務者による本件雇止めのうち,債権者X2及び債権者X3に対するものは有効であり,上記両名については本件における被保全権利が認められないが,債権者X1に対する雇止めは無効であって,同人には本件における被保全権利があると認めるのが相当である。
3 争点(2)(保全の必要性)について
上記のとおり被保全権利が認められる債権者X1については,その家族構成,生活状況等に照らすと,本件雇止めの日の翌日である平成20年12月11日から本案判決確定に至るまで本件雇止め前3か月の平均賃金額に相当する1か月当たり13万1570円の賃金の仮払いを求める限度で保全の必要性が認められるが,賃金の仮払いを認める以上,雇用契約上の地位保全の必要性まで認めることはできない。
4 結論
よって,本件申立ては,債権者X1については,主文1項の限度で理由があるから,担保を立てさせないでこれを認容するが,その余の申立ては却下し,債権者X2及び債権者X3については,被保全権利の疎明がないから,その余の点について判断するまでもなくいずれも却下することとし,主文のとおり決定する。
(裁判官 坂田大吾)