秋田地方裁判所 平成24年(ワ)367号 判決 2014年7月18日
秋田市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
近江直人
同上
澤入満里子
東京都渋谷区<以下省略>
被告
第一商品株式会社
同代表者代表取締役
A
宮城県<以下省略>
被告
Y1
青森県<以下省略>
被告
Y2
被告ら訴訟代理人弁護士
川戸淳一郎
同上
滝田裕
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して640万0374円及びこれに対する平成21年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その7を被告らの,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して914万4820円及びこれに対する平成21年9月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,商品先物取引受託業者である被告第一商品株式会社(以下「被告会社」という。)に委託して商品先物取引を行ったところ,当該取引を担当した被告会社の従業員被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告Y2(以下「被告Y2」という。)の勧誘行為等は違法性を有するものであったと主張して,被告らに対し,不法行為ないし債務不履行に基づき,連帯して商品先物取引の取引差損金831万4820円,本件訴訟に要する弁護士費用83万円及びこれらに対する原告と被告会社との取引の最終日の翌日である平成21年9月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告
原告は,昭和32年○月○日生まれの男性である。
イ 被告ら
(ア) 被告会社
被告会社は,住所地を本店とする東京工業品取引所等の商品取引員であり,商品取引所の市場における上場商品の売買取引の受託等を目的とする株式会社である。
(イ) 被告Y1及び被告Y2
被告Y1及び被告Y2は,後述する本件取引がされた当時,被告会社の仙台支店の登録外務員として,本件取引を担当していた者である(なお,以下においては,被告Y1及び被告Y2を指すものとして単に「被告ら」と表記することがある。)。
(2) 本件取引の概要
ア 原告は,平成16年9月22日,被告会社との間で,商品先物取引委託契約を締結し,同月27日から平成21年9月28日までの間に,被告会社に委託して,別表「建玉分析表」のとおりの商品先物取引(以下「本件取引」という。)をした。
イ なお,本件取引における原告から被告会社への入金及び被告会社から原告への出金は,以下のとおりである。
(ア) 原告から被告会社への入金
平成16年9月25日 360万円
同月30日 360万円,180万円の合計540万円
同年12月20日 138万円
(イ) 被告会社から原告への出金
平成16年10月5日 190万8300円
平成23年1月18日 15万6880円
2 当事者の主張の骨子及び本件の争点
(1) 当事者の主張の骨子
原告は,本件取引において,被告Y1及び被告Y2には,①適合性原則に反する違法勧誘,②断定的利益判断の提供,③説明義務違反,④新規受託者保護義務違反,⑤実質一任売買があった旨主張し,これらは一連の違法性を有する行為であるとして,被告Y1及び被告Y2のほか,被告会社に対し,不法行為ないし債務不履行に基づき,本件取引の取引差損金等の損害賠償を請求する。
これに対し,被告らは,本件取引において,被告Y1及び被告Y2には原告が主張するような違法行為は認めらない旨反論するとともに,仮に被告らに責任が認められるとしても,その損害額については,過失相殺が認められるべきである旨主張する。
(2) 本件の争点
以上のことからすれば,本件の争点は,次のとおりとなる。
ア 不法行為ないし債務不履行責任の有無(争点1)
(ア) 適合性原則に違反する違法勧誘の有無
(イ) 断定的利益判断の提供の有無
(ウ) 説明義務違反の有無
(エ) 新規受託者保護義務違反の有無
(オ) 実質一任売買の有無
イ 損害の有無及びその額(争点2)
ウ 過失相殺の可否(争点3)
3 争点に対する当事者の具体的主張
(1) 争点1(不法行為ないし債務不履行責任の有無)について
(原告の主張)
ア 適合性原則に違反する違法勧誘
(ア) 原告は専門学校を卒業して以来,農業に従事してきたところ,本件取引当時の年収も300万円ほどで,決して余裕のある生活を送っていたわけではなかった。そして,投機的な金融商品取引の経験は全くなく,商品先物取引についての知識はもちろんのこと,その価格動向を左右する経済情勢にも精通していなかった。また,原告は日中は野外で農業に従事し,新聞やテレビ,インターネット等を見て商品先物取引の価格動向や経済情勢についての情報を得ることは難しく,商品先物取引を行う時間の余裕もなかった。
したがって,原告は,商品先物取引を行う適合性を欠いていたというべきである。
(イ) この点,本件取引の取引口座開設申込書(乙4)には,原告の収入状況として700万円,流動資産として5000万円と記載されているが,これは,原告が被告らに言われるがままに記載したものにすぎない。
また,被告らは,平成16年9月21日,原告が被告Y2に対し,金先物取引の詳しい話が聞きたいと来宅要請をしたことから,被告Y1及び被告Y2が同月22日に原告宅を訪問することとなった旨主張するが,事実とは異なる。原告は,同月上旬ころ,金地金取引に関する資料をインターネット上で被告会社に請求したところ,被告らが突然原告宅に来訪したものであって,これに困惑した原告は,被告らにすぐに帰ってもらったところである。そして,その数日後,再度被告らが原告宅を訪問した際,金地金が欲しいと思って資料請求をした旨を説明したにもかかわらず,被告らから,商品先物取引を勧められたものである。具体的には,被告Y1は,地金は盗難や後の管理を考えると大変であり,金地金より利益が出る商品先物取引がある旨を原告に提案した。原告は,自分は素人なのでよく分からないことから地金の方が安心であると返答したが,被告Y1はなお,金と白金とを組み合わせる方法があり,金と白金は相反する動きになるので,万一予想が外れても一方の利益が一方の損失を埋めてくれるので安心である旨説明するなどし,再三,商品先物取引を勧めたものである。
イ 断定的利益判断が提供されたこと
(ア)a 被告らは,上記で述べたような経緯で原告宅を訪問したものであるが,被告Y1は,平成16年9月上旬に2回目に原告宅を訪問した際,原告が素人で商品先物取引の表の見方も何も分からないので取引は無理である旨告げたにもかかわらず,「大丈夫です。任せてください。私とY2がサポートしていきますので安心して任せてください。」と述べたほか,その後同月22日の訪問の際(なお,同日の訪問までに,被告らは4回程度原告宅を訪問している。),被告Y1は,「利益が出てから元金を戻し,利益金でできるようになります。そしたら心配しないで取引できます。」と述べた。
さらに,本件取引が開始された後の同月30日にも,被告Y1は,「チャンスです。今,180万円入金すると1週間ほどで190万円になります。」と告げ,原告がもう現金がないと断ると,「今がチャンスで明日はもうありません。間違いなく10万増えて戻ります。なんとかなりませんか。よろしくお願いします。僕を信用してください。」と食い下がった。そして,原告が検討してみる旨伝えたところ,「ありがとうございます。今しかありません。間違いなく利益が出ます。」と回答した。その後,同日,原告が言われたとおり現金を振り込み,間違いなく現金が戻るかと聞いたところ,被告Y1は,「間違いなく戻りますので安心してください。楽しみにお待ちください。」と述べた。
加えて,同年12月中旬,被告Y1は農作業中の原告に架電し,「以前話したインドと中国の需要で今がチャンスです。年末から来年1月にかけて間違いなく利益が出ます。」と執拗に訴えた。そして,原告がもう現金を用意できない旨を告げると,「絶対損はさせません。絶対利益が出ます。お願いします。」と数度にわたり訴え,原告がまた入金を検討すると答えると,「絶対に利益が出ます。信用してください。」と述べた。
b 一方で,被告Y2も,平成19年12月,追証拠金入金の提案の際,「ご提案のご入金を頂けると立て直していけます。」と述べた。さらに,被告Y2は,同月下旬,重ねて追証拠金の入金を提案する際に,「今,良い時期です。年末から来年にかけて回復できます。立て直しのための再度のご入金のお願いです。」と述べた。
c 以上で述べたとおり,原告は,被告Y1及び被告Y2の上記言動を信じて本件取引を行ったものであるが,そもそも先物取引において,確実に値段が上がることはない。それにもかかわらず,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,断定的な利益判断を提供したものである。
(イ) この点,被告らは,被告Y1及び被告Y2の上記言動を否認するが,本件取引では,平成16年9月中に合計900万円もの入金が短期間のうちになされている上,そのうちの一部は,原告が消費者金融から借り入れてまで工面したものである。したがって,このような入金の仕方は,被告らからの断定的な利益判断が提供されるなどの強い働きかけがない限り考えにくいものというべきである。
殊に,被告らは,平成16年9月30日に被告Y1が「チャンスです。今,180万円入金すると1週間ほどで190万円になります。」などとは告げていない旨主張する。しかしながら,本件取引において,原告は,同月30日に180万円を入金したところ,実際に,同年10月5日,被告会社から190万8300円が入金されている。そして,別表「建玉分析表」記載のとおり,同年9月30日の建玉が同年10月5日に仕切られて発生した利益は63万2200円であり,同年9月27日からの益金の累計は111万0700円にすぎなかった。その一方で,委託者別証拠金現在高帳(甲4)によれば,同年10月5日,原告に対し,被告会社は79万7600円を出金しており,これらの金額の合計は190万8300円となる。しかるところ,上記のとおり,被告会社が同年10月5日に79万7600円を出金し,これを原告に返金すること自体およそ不可解というべきであり,このことは,被告Y1が原告に対し,190万円の返金を事前に約し,これを実際に履行したからこそというべきである。
ウ 商品先物取引についての十分な説明がされなかったこと
(ア) 商品取引員は,顧客の勧誘に当たり,先物取引の基本的な仕組みや取引の危険性,委託の手法,手順,証拠金の内容や決済方法等について,書面を交付するだけではなく,口頭で具体的に説明して顧客の理解を得た上で,自主的判断によって取引に参入できるように配慮すべきところ,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,商品先物取引の仕組みの説明や取引の危険性等につき十分な説明をしなかった。
(イ) この点,被告らは,原告に対し,各種資料を示して説明しているほか,投資判断を行うためのプログラムを原告のパソコンにインストールした旨主張する。しかしながら,そもそも,原告は商品先物取引の仕組み自体を理解していなかったのであるから,いずれにしろ,これらに基づき原告は何ら的確な投資判断を行うことはできなかった。
また,被告らは,原告が本件取引を開始するに当たって被告会社の審査に的確に回答していることをもって商品先物取引について十分な理解をしている旨主張する。しかしながら,その回答は,原告が被告会社の審査担当者と電話で話をしている際に,その側にいた被告Y1から誘導がされた上での回答にすぎない。
エ 新規委託者の保護義務に違反したこと
商品先物取引は投機性が高く,かつ取引自体が複雑であることなどから,取引外務員には,取引開始から間がない新規委託者に対しては,建玉枚数を制限して委託者を保護すべき義務,過大な建玉を勧誘してはならない義務,すなわち新規委託者保護義務が認められるものというべきである。
しかるところ,本件取引において,被告らは,原告に対し,取引の開始に当たって360万円もの入金をさせているほか,取引開始の3日後である平成16年9月30日にはさらに540万円もの入金をさせている。また,取引初日である同月27日には,金30枚を買い,白金30枚を売りにしており,その後も同月30日には合計120枚もの取引をしている。
したがって,被告らの行為は,新規委託者保護義務に違反するものというべきである。
オ 実質一任売買がされたこと
(ア) 一任売買は,取引外務員の立場からすれば,自己が顧客から依存され,顧客が自己の言うとおりに取引をすれば,継続的に手数料名目で収入を得ることができるものということができるから,一任売買がされた取引は違法性を有するものというべきである。
そして,既に述べたとおり,原告の属性や,本件取引の勧誘の経緯からすれば,原告が被告らに一任せずに自己の判断で本件取引を行うことは不可能であった。殊に,原告には商品先物取引の知識や経験もなく,また日中は農業に従事しており,被告らに対し,売買の指示を行う資質も時間的余裕もなかった。
そもそも,原告が本件取引を行うことを決意したのは,飽くまで資産運用の一環として,自己の資産を預けさえすれば,被告会社において利益が出るように運用してくれるものと考えたからであり,原告の認識としては被告らに取引を一任することが前提となっていた。そして,このような認識を原告が持ったのは,被告Y1及び被告Y2が本件取引において利益が出る旨再三にわたって訴えたからであって,例えば,平成16年9月27日,被告Y2から原告に対し,「金30枚買付けと白金30枚売りにしたいと思いますがよろしいですか。」との問合せがあった際,原告は「何度も話しましたが,僕は全く分からないです。Y1さんとY2さんを信用して契約したので僕に聞かれても分からないです。Y2さんが責任をもってお願いしますよ。」と回答するなどした。また,その後も,被告らからは原告に対し,農作業中に携帯電話で次々に連絡が来るため,仕事に支障を来すようになった原告は,同年10月中旬頃,被告Y2に対し,「電話なしでそちらで売買できないか。」と申し入れるまでに至った。
(イ) また,本件取引においては,両建が37回,途転が30回,直しが10回,日計りが3回,手数料不抜けが4回されており,これらの特定売買の比率は50.60パーセントに及ぶほか,本件取引において原告の損金に対する手数料の割合は91.99パーセントにも及ぶ。そのため,このような特定売買の比率及び手数料率の高さは,被告らによる手数料稼ぎの目的を推認させ,ひいては本件取引において実質一任売買がされたことを裏付けるものである。殊に,原告はこれらの特定売買の効用を理解し取引を行う知識がなかったことは明らかであって,特定売買の比率の高さそれ自体によっても,本件取引において実質一任売買がされていたことを裏付けるものである。
(ウ) したがって,本件取引は,実質的に一任売買がされていた違法なものというべきである。
カ まとめ
以上のとおり,被告Y1及び被告Y2の行為には,違法性が認められることから,被告会社も含め,被告らは,不法行為ないし債務不履行責任を負うものというべきである。
(被告らの主張)
ア 被告らの勧誘は適合性原則に何ら違反しないこと
本件取引を開始するに当たって,原告は,取引口座開設申込書(乙4)に年収700万円と記載している上,被告会社の審査担当者に対しても,流動資産が5000万円あり,初回投資予定が500万円,投資可能金額が600万円である旨回答している。また,原告は,農業に従事しているものの,春・秋の仕事内容と夏・冬の仕事内容では全く違うものであって,多忙のために相場判断を一任せざるを得ないような商品先物取引不適格者ではない。そして,原告のパソコンには,被告会社が提供している「DI-Ⅱパソコンサービス」がインストールされており,原告が都合の良い時間に各銘柄のチャート検索も可能であった。
また,原告が本件取引を開始した経緯は,次のとおりである。すなわち,被告らは,原告が平成16年7月14日に金地金取引の資料請求をしたことを受け,同月15日,資料を持参して原告宅を訪問したところ,原告からは「資料を見て勉強したい,不明な点があれば連絡する。」と言われた。その後,原告と被告Y2は数度にわたってメールでのやり取りをし,その際,被告Y2は,金地金取引と商品先物取引との比較のほか,商品先物取引の証拠金制度や,金と白金の値動きを例に挙げつつ取引のシミュレーションを説明した。その結果,同年9月21日,原告自らが,被告Y2に対し,金先物取引の詳しい話を聞くために被告らに来宅要請をしたものであって,その結果,被告らは,同月22日,原告宅を訪問し,商品先物取引の説明をしたものである。
したがって,被告らの勧誘は,何ら適合性原則に反するものではない。
イ 被告らは本件取引に当たって,何ら断定的な利益判断を提供していないこと
(ア)a この点,原告は,平成16年9月上旬に2回目に原告宅を訪問した際,原告が素人で商品先物取引の表の見方も分からないので商品先物取引は無理であると告げたのに対して,概要,被告らから,「大丈夫です。任せてください。」などと述べられた旨主張するが,そのような事実はない。そもそも,被告らが同年9月に原告宅を訪問したのは,1回目は同年9月22日,2回目は同月25日であるところ,上記で述べたとおり,原告からの積極的な来宅要請があり,被告らが原告宅を訪れ商品先物取引について説明した結果,原告が本件取引を開始することとなったものである。そして,この2回目の同月25日の訪問は,原告自らが本件取引の証拠金として360万円の現金を用意するので集金に来るよう依頼したものであって,このような経緯に照らせば,その際に,原告が素人なので表の見方も分からず商品先物取引は無理であるなどと述べるはずはない。
また,被告らは,商品先物取引に当たっては,被告会社が提供している情報サービス(メールサービス,FAXサービス)や「DI-Ⅱパソコンサービス」を利用するよう勧めており,取引につき安心して任せてくださいなどと発言することなどはない。
b さらに,原告は,同月30日,被告Y1から,「チャンスです。今,180万円入金すると1週間ほどで190万円になります。」,「今がチャンスで明日はもうありません。間違いなく10万増えて戻ります。」と述べられた旨主張するが,そのような事実もない。被告Y1が,原告に対し,10万円の利益が発生する理由を全く説明することなく,ただ闇雲に入金を迫るようなことはあり得ない。
なお,被告会社は,原告に対し,同年10月5日に190万8300円を入金しているが,これは,原告から同年9月27日に買った金30枚1451円を処分すると手数料を差し引いて利益が幾ら発生するのか尋ねられ,被告Y1が約10万円である旨返答したところ,原告において利益を取って証拠金返金を希望したので,利益10万8300円と証拠金180万円の合計190万8300円を返金したものである。そのため,被告会社による返金は,そもそも原告の希望に沿う返金である。
c 加えて,原告は,同年12月中旬,被告Y1から,「年末から来年1月にかけて間違いなく利益が出ます。」,「絶対損はさせません。絶対利益が出ます。」と述べられた旨主張するが,そのような事実もない。金相場は,同年9月下旬以降,1400円台で推移していたが,同年11月末から同年12月初旬にかけては1500円台に乗せる傾向を示していたことから,飽くまで金価格が再度1500円を超える可能性が高いのではないかと助言したにすぎない。
(イ) 一方で,原告は,平成19年12月,被告Y2から追証拠金入金の提案の際,「ご入金を頂けると立て直していけます。」,「年末から来年にかけて回復できます。立て直しのための再度のご入金のお願いです。」と述べられた旨主張するが,そのような事実もない。そもそも,原告は同年12月3日,金1枚を両落ちして以降,しばらく取引をせず様子を見ることとしたのであって,被告Y2において,追証の提案をすることなどない。
ウ 被告らは原告に対し商品先物取引の説明を十分にしたこと
被告らは,平成16年9月22日,原告宅を訪問した際,原告に対し,金地金取引と金先物取引のいずれを希望するのか確認したところ,原告からは,「金先物取引の参加を考えている。」との返答がされた。そこで,被告Y1は,商品先物取引については誰でも参加できるものではないことを説明した上で,具体的な資料を示しながら,先物取引の仕組み,ルール,証拠金制度,危険開示告知,追証拠金の対処方法等を具体的な数値を挙げつつ説明した。
そして,実際にも原告は,本件取引を開始するに当たって,被告会社の審査担当者に対しても,商品先物取引の仕組みを理解している旨回答するなどしているところである。
エ 新規委託者保護義務違反はないこと
争う。
オ 本件取引において一任売買などないこと
(ア) そもそも,一任売買それ自体が民法上違法性を有するものではない。また,本件取引の全ての注文は,原告の指示ないし了解に基づいて行われており,売買が成立したときも,原告に対して成立値段等の報告が行われている。
例えば,平成16年9月30日,被告Y1は,南アフリカ鉱山会社のストライキ懸念後退のニュースにより一時的な貴金属下落の可能性を原告に架電し,予定の360万円の追加建玉(金買い,白金売り)の取消しを提案したところ,原告はこれに了解した。さらに,被告Y1は,ストライキ懸念後退により白金価格の値下がりのほか,金価格の弱含みが予測される旨話すと,原告からも,白金売建30枚,金売建30枚との意見が出されるなどした結果,当該取引が行われることとなった。また,同日の午後,被告Y1は,上記ストライキ懸念後退により,白金に下落の影響が出る可能性があるが,短期的に白金の売建を提案したところ,原告もこれに応じた。その際,原告からは,白金は南アフリカの生産が多いが,金も南アフリカの生産が多いのではないかとの質問がされ,被告Y1は,南アフリカも金の生産が多いが,白金の比率ほどではない旨説明した。したがって,このようなやり取りからしても,本件取引において,一任売買などなかったことは明らかである。
(イ) また,原告は,本件取引における特定売買の比率の高さをもって,本件取引が実質一任売買であった旨主張するが,そもそも特定売買は,時々刻々変化する商品相場において,取引の戦法,手法として有益なものであり,その比率の高さをもって,直ちに手数料稼ぎのための取引がされたということはできない。また,そもそも本件取引においては,1個の注文が分割されて売買されているため,実質的には原告が主張するような回数の特定売買はなく,実質的には両建が26回,途転が7回,直しが3回,日計りが1回,手数料不抜けが4回され,結局のところ,特定売買の比率は24.69パーセントにすぎない。
さらに,原告は,本件取引の手数料率の高さをもって,本件取引が実質一任売買であった旨主張する。しかしながら,そもそも原告は,損金に対する手数料の割合をもって手数料率としているが,このような算定方法に合理的な理由はない。飽くまで各月末現在預り証拠金と月間受取手数料をもとに手数料率を算定すべきであり,このような方法によって算定した本件取引の手数料率は,7パーセントにすぎない。
(ウ) したがって,本件取引は,何ら一任売買と評価されるようなものではない。
カ まとめ
以上のとおり,被告Y1及び被告Y2の行為には,何ら違法性が認められないことから,被告らは,不法行為ないし債務不履行責任を負うことはないというべきである。
(2) 争点2(損害の有無及びその額)について
(原告の主張)
ア 被告らの不法行為ないし債務不履行によって,原告に現実に生じた損害額は,以下のとおり,本件取引において原告が入金した額と出金した額の差額である831万4820円である。
(ア) 入金
平成16年9月25日 360万円
同月30日 360万円,180万円の合計540万円
同年12月20日 138万円
(イ) 出金
平成16年10月5日 190万8300円
平成23年1月18日 15万6880円
イ そして,原告は,本件の損害の回復のために弁護士に依頼し本訴を提起せざるを得なかったものであり,被告らの不法行為ないし債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用としては,83万円が相当である。
ウ よって,本件の損害額は,914万4820円である。
(被告らの主張)
争う。
(3) 争点3(過失相殺の可否)について
(被告らの主張)
既に述べたとおり,原告は,本件取引の開始に当たって,自ら流動資産ないし金融資産を5000万円有するなどと申告しており,取引不適格者ではない。また,原告は,本件取引に当たって,「商品先物取引委託のガイド」等を手交され,商品先物取引の危険性につき,十分な取引説明も受けている。また,個々の取引についても,原告と被告らとの電話連絡を通じて行われており,原告においても本件取引を中止することも可能であったにもかかわらず,リスクを覚悟して本件取引を開始,継続し,利益獲得を求めたものである。
(原告の主張)
そもそも本件取引は,新規委託者保護義務にも説明義務にも違反した取引である。そして,原告は,断定的な利益判断が提供された中,被告らから言われるがままに取引を行ったものである。
したがって,被告らが主張する事情は,いずれも被告らの義務違反の結果生じたものであり,原告には落ち度などない。
第3当裁判所の判断
1 証拠(原告本人,被告Y1,甲6,乙13,乙14及び後掲各書証)及び弁論の全趣旨によれば,本件に関し,以下の各事実が認められる。
(1) 原告
原告は,昭和32年○月○日生まれの男性であり,本件取引の開始当時,47歳であった。原告は,秋田県内の高校を卒業した後,空調設備等に関する東京の専門学校に2年半通った後,21歳から東京の設備工事会社に就職した。その後,原告は36歳から再び秋田県に戻り,以後,農業に従事し生計を立てていた。
なお,原告は,上記設備工事会社に就職してから,野村證券を通じて投資信託を行ってきたが,当該投資信託は元金割れのない中期国債ファンドにすぎず,原告には他に株式取引も含めて具体的な投資経験はなかった。
(2) 本件取引に至る経緯
ア 原告が行ってきた野村證券の投資信託は,平成16年9月に満期を迎える予定であり,その元利金は350万円ほどになっていた。ただ,平成16年当時の金利は相当低かったこともあり,原告としては,このまま上記投資信託を継続するのではなく,その資金をもとにして,他の方法によって,例えば子どもたちの学資を増やすことができないかと考えるようになった。そのような中,原告は,マスコミ等で地金の取引が人気であるのを目にしたことを契機に,価格が上昇した際に売却すれば利益が上がるという安心かつ単純な取引である地金の取引に興味を持つようになった。
原告は,偶々,パソコンで金の無料冊子進呈と書かれた被告会社のメール広告を見つけ,平成16年7月13日,インターネット上で当該冊子の資料請求をした(乙15)。その結果,同月15日,被告会社の仙台支店営業部に所属する被告Y1と被告Y2が,「金取引入門」(乙16),「マンガで分かる金地金の買い方」(乙17),「金取引入門GOLD 特別付録NO.3 景気回復で安心ですか?」(乙18),「これからの資産防衛」(乙19)等の資料を持参し原告宅を訪問した(なお,これらの資料は,主として金地金取引に関するもので,先物取引のみに関する資料は含まれていない。)。しかるところ,同日,原告と被告らとは具体的な取引に関する話をすることはなく,被告らは,原告に対し,上記資料を手交するのみであった。それ以後は,原告と被告Y2との間で,数度にわたってメールでのやり取りが続けられることとなった。
イ そうした中,被告らは,平成16年9月22日,原告宅を訪問した結果,原告は,被告会社に委託して,商品先物取引を行うこととした。具体的には,原告は,同日,本件取引を開始するに当たって,約諾書(乙1)のほか,取引口座開設申込書(乙4)を作成したが,その際,自らの資産の状況として,流動資産5000万円,収入状況(年収)700万円,投資可能金額600万円,初回投資予定金額500万円と記載した。併せて原告は,被告会社に対し,値動きの状況をパソコンで検索できる「DI-Ⅱパソコンサービス」なるソフトのインストールを希望した。また同時に原告は,「商品先物取引 委託のガイド」(乙21の1),「商品先物取引 委託のガイド 別冊」(乙21の2)の交付を受け,商品先物取引の仕組み,委託の手順,決済の方法及び危険性等についての説明を受けて理解した旨署名押印した。そして実際にも,原告に対しては,被告らから,「商品先物取引 委託のガイド」(乙21の1),「商品先物取引 委託のガイド 別冊」(乙21の2)が交付され,重要な箇所にはマーカー等が付されながら,商品先物取引の概要について説明がされた。
原告に対しては,上記約諾書(乙1)及び取引口座開設申込書(乙4)が作成されてから程なくして,被告会社の審査部によって本件取引開始の確認の電話がされ,上記申込書の記載内容が確認されたほか,商品先物取引の説明に当たって配布された冊子の確認や,先物取引においては大きく損失が発生する可能性があること,追証拠金の理解等についての確認がされた(乙12参照)。
その後,原告は被告らと相談した結果,本件取引を開始するに当たって,まずは360万円を証拠金として入金することとし,原告は平成16年9月25日に現金360万円を被告Y1に手渡しする旨約束した。そこで,原告は,同月24日,郵便局の定額預金400万円を担保に借入れをし,翌25日,原告宅を訪問した被告らに360万円を交付した(乙10の1,乙11の2)。また,その際,原告は被告らと相談し,成行で金30枚買建,白金30枚売建の注文をすることとしたほか(乙6,乙7),被告Y1は,原告宅のパソコンに原告が希望した「DI-Ⅱパソコンサービス」をインストールし,原告に対し,使い方の説明をした。
(ウ なお,本件においては,被告らが原告宅を訪問した経緯につき,原告は,概要,平成16年9月上旬に金地金取引に関する資料請求をしたところ,その後被告らが資料を持参し,数度にわたって原告宅を訪れた旨主張し,原告本人もこれに沿う供述をするが,被告Y1及び被告Y2が作成し,指導外務員及び指導責任者の点検結果も記載された登録外務員日誌(乙10の1,乙11の1,乙11の2)には,被告らが平成16年7月15日に原告が請求した資料を持参し原告宅を訪問したこと,被告らが同年9月22日に原告宅を訪問したことが記載されているところ,原告においてもその記載内容を積極的に争うものではなく,その記載内容自体に特段不自然,不合理な点も見受けられないことからすれば,少なくとも被告らが原告宅を訪問するまでの経緯については,上記のとおりと認定するのが相当である。)
(3) 本件取引開始後の状況
ア その後,同月27日から本件取引が開始され,金30枚買建,白金30枚売建の注文がされ,平成21年9月28日まで,別表「建玉分析表」記載のとおりの取引が継続された。
本件取引の途中,原告は,同月30日,野村證券で行っていた投資信託350万円を解約し,元利金合計360万円を被告会社に宛てて振り込んだほか,さらに同日,農協貯金から70万円,郵便貯金から60万円をそれぞれ引き出し,消費者ローンから1か月無利子貸付けの上限である50万円を借り入れ,合計180万円を用意して,同額を被告会社に宛てて振り込んだ(甲3の1)。一方,同年10月5日,被告会社からは,原告のa銀行の口座に宛てて,190万8300円が入金された(甲3の2)。
また,原告は,平成16年12月,農協に対し,台風15号等災害特別対策資金の利用の可否を問い合わせたところ,140万円まで資金の借入れが可能となったことから,同月20日,農協から140万円を借り入れ,そのうち138万円を被告会社に宛てて振り込んだ。
なお,本件取引の買注文伝票及び売注文伝票は,ほぼ全て被告Y2が作成し(乙6,乙7参照),本件取引のうち,平成17年の初め頃までの取引は専ら被告Y1が,その後の取引は被告Y2が担当していた。
イ その後,原告は,平成21年9月28日まで本件取引を続け,平成23年1月18日,被告会社から証拠金の残金15万6880円の返金を受けた(甲4)。
2 争点1(不法行為ないし債務不履行責任の有無)について
原告は,本件取引において,被告Y1及び被告Y2には,①適合性原則に違反する違法勧誘,②断定的利益判断の提供,③説明義務違反,④新規受託者保護義務違反,⑤実質的な一任売買があったところ,これらは一連の違法性を有する行為であるから,被告Y1及び被告Y2のほか,被告会社は,不法行為ないし債務不履行責任を負う旨主張するので,以下順に検討する。
(1) 適合性原則に違反する違法勧誘の有無
ア 本件取引時において施行されていた改正前の商品取引所法136条の25第1項4号は,飽くまで商品取引員に対する改善命令等の対象として,「商品市場における取引の受託等について,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行つて委託者の保護に欠けることとなつており,又は欠けることとなるおそれがある場合」,主務大臣は,商品取引員に対し,改善命令等を行うことができる旨規定していたところ,本件取引後に施行された商品先物取引法215条は,「商品先物取引業者は,顧客の知識,経験,財産の状況及び商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行つて委託者等の保護に欠け,又は欠けることとなるおそれがないように,商品先物取引業を行わなければならない。」旨規定し,いわゆる適合性の原則が明文化されたところである。
そして,これらの規定の趣旨,目的について考えると,商品先物取引は,少額の委託証拠金によって多額の取引を行うことができる投機性が極めて高い取引であり,短期間のうちに預託した委託証拠金の額を大幅に上回る損失が発生することも少なくない。しかも,その商品先物取引市場における相場は,単なる商品の需要と供給のバランスのみならず,株式取引以上に政治,経済,為替相場等の複雑な要因で変動することになるものである。そのため,これらの規定は,商品先物取引のこのような特質に鑑み,顧客の知識,経験,財産の状況等に照らし,当該顧客が複雑困難かつ危険性の高い商品先物取引に参加する適合性に欠ける場合には,顧客である委託者保護のために,そのような顧客に対する勧誘を改善命令等の対象とし,あるいは禁止したものということができる。
したがって,このような委託者保護のために規定された上記各規定の趣旨,目的に照らせば,商品取引所法の改正の前後を問わず,商品取引員及びその従業員が,勧誘しようとする顧客の知識,経験,財産の状況等に照らし,複雑困難かつ危険性の高い商品先物取引に参加する適合性に欠けるものと認められるにもかかわらず,そのような顧客に対し,商品先物取引の勧誘を行うことは,不法行為として違法性を有するものと解するのが相当である。
イ(ア) その上で,被告らの原告に対する本件取引の勧誘が適合性原則に違反し違法性を有するか否かについて検討するに,まず原告の属性について,原告は,専門学校を卒業後に設備工事会社に勤務していたものの,その後長らく農業に従事してきた者であり,特段,商品先物取引に関して有意な知識を有する者ではなかった。また,原告は,これまでは実質的には貯蓄型と評価できるような中期国債ファンドを購入した以外に,株式取引も含めて何ら投資経験はなかった。
(イ) そのような中,本件取引が開始された経緯についてみても,既に認定したとおり,原告は,低金利が続く中で上記中期国債ファンドが満期を迎え,新たな運用方法を思案していたところ,当時,マスコミで報じられていた安心かつ単純な金地金取引に関心を持ち,偶々,被告会社に金地金取引に関する資料請求をしたというものである。そのため,当初の段階で,原告自身が商品先物取引に積極的に興味・関心を持ち,本件取引の開始に意欲を有していたとまで認めることもできない。
(ウ) また,原告の財産の状況についてみても,既に認定したとおり,原告は,本件取引において,平成16年9月25日に360万円,同月30日に540万円,同年12月20日に138万円の合計1038万円を入金しているところ,その原資は,郵便局の定額預金を担保に借り入れたもの,既に述べた中期国債ファンドを解約したもの,さらには消費者ローンから1か月無利子貸付けの上限である50万円を借り入れたもの,ひいては,原告自身が農業を経営するに当たって,特段の資金を必要としていた事情はうかがわれない中,農協から台風15号等災害特別対策資金として借り入れたものであって,およそ原告には投機性の高い商品先物取引を開始するだけの有意な資産があったものと認めることもできない。
ウ 以上のとおり,原告の属性に照らした投機的取引への知識,経験,本件取引が開始された経緯,原告の財産の状況に鑑みれば,原告に対する被告らの勧誘は,適合性原則に違反する違法な勧誘であったものというべきである。
エ(ア) この点,被告らは,原告が本件取引を開始するに当たって作成した取引口座開設申込書において,年収が700万円であり,流動資産として現金・預貯金5000万円を有する旨自ら申告し,その後の被告会社の審査部の審査においても,その旨回答していると主張するところ,確かに,取引口座開設申込書(乙4)によれば,原告は自らの年収を700万円,保有する流動資産を5000万円と記載し,また乙第12号証によれば,原告は被告らの主張するとおり,被告会社の審査部の審査に回答していることが認められるところである。したがって,仮に原告の計算において,自らこのような申告をしたものと認められる場合には,そのような原告に対してされた勧誘が適合性原則に反するものとまでいうことは困難であるところ,上記で述べたような本件取引における入金状況に照らせば,実際の原告の年収が幾らであったかは別にして,原告が5000万円もの流動資産を有することが事実とは異なることは明らかというべきであり,本件においては,被告らにおいて,この点を具体的に確認したような状況も何らうかがえない。その上で,上記で述べたような本件取引が開始された経緯に照らせば,原告自らが本件取引に積極的に興味・関心を有していたものと認められないから,原告の計算において積極的に流動資産の金額に虚偽の記載をしたと考えることはできず,その一方で,他に原告自らが積極的な虚偽記載をする動機も見いだせないことからすれば,かえって,後に被告会社の審査部による審査がされることも踏まえ,被告らにおいて原告に対し,年収額のほか多額の流動資産を保有している旨記載し,また回答するよう原告に誘導したものと推認されるというべきである。
したがって,被告らの上記主張は,理由がないというべきである。
(イ) また,被告らは,本件取引の勧誘の経緯につき,平成16年9月21日,原告自らが金先物取引の詳しい話が聞きたいので来宅要請をしたことをもって,被告らの勧誘は適合性原則に反するものではない旨主張する。しかしながら,仮に,被告らの主張するとおり,同日の時点で原告から被告らに来宅要請があったとしても,被告らの主張によれば,それ以前に被告Y2と原告とがメールでのやり取りを繰り返していた上,上記で述べたような原告の属性に鑑みれば,来宅要請の主体如何によって,直ちに本件取引の勧誘が適合性原則に違反するものではないなどということもできない。
(ウ) その他,被告らは,原告の農業の仕事内容や原告のパソコンに銘柄検索ソフトをインストールしたことをもって,被告らの勧誘は適合性原則に違反するものではない旨主張するが,これらの事情も,直ちに被告らの勧誘が適合性原則に違反する違法なものであるとする上記認定を左右するものではない。
オ 以上のことから,原告に対する被告Y1及び被告Y2の勧誘は,適合性原則に違反する違法な勧誘であったものというべきである。
(2) 断定的利益判断の提供の有無
ア 本件取引時において施行されていた改正前の商品取引所法136条の18第1号は,商品取引員は,「商品市場における取引につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘すること」を禁止していたところ,本件取引後に施行された商品先物取引法214条1号も,商品先物取引業者が「顧客に対し,不確実な事項について断定的判断を提供し,又は確実であると誤認されるおそれのあることを告げて」取引の勧誘を行うことを禁止しているところである。
そして,これらの規定の趣旨,目的について考えると,商品市場における相場は,需要と供給のみならず,株式取引以上に政治,経済,為替相場等の複雑な要因で大きく変動するものであり,その確実な予測は不可能であって,商品取引員が顧客に対して提供する先物取引に関わる利益やリスクについての情報や判断も,不確実な要素を多く含んだ将来の見通しの域を出ないものである。しかるところ,商品取引員は,先物取引に関する専門家として,商品市場における先物取引についての豊富な経験を有していることから,顧客は,商品取引員を信頼し,その提供する情報や勧奨に基づいて先物取引に参入し,取引を委託するのが一般である。そのため,特に商品先物取引の経験や知識に乏しい顧客の場合,商品取引員が,商品先物取引について利益が生ずることが確実であるといったような断定的判断を提供して取引委託の勧誘を行うと,それが十分な根拠を持つものと軽信し,顧客自らが主体的な判断をすることなく,安易にその勧誘に応じてしまうおそれが強いところから,これらの規定は,顧客である委託者保護のために,上記のような断定的判断の提供を禁止したものということができる。
したがって,このような委託者保護のために規定された上記各規定の趣旨,目的に照らせば,商品取引所法の改正の前後を問わず,商品取引員及びその従業員が,顧客に対し,断定的利益判断を提供し,商品先物取引の勧誘を行うことは,不法行為として違法性を有するものと解するのが相当である。
イ(ア) その上で,被告らの本件取引の勧誘が,断定的判断を提供するものであり違法性を有するものか否かについて検討するに,原告は,要旨,本件取引の開始に当たって,また本件取引の期間中も,被告Y1から,「大丈夫です。任せてください。」,「今180万円入金すると1週間ほどで190万円になります。」,「間違いなく10万増えて戻ります。」,「ご提案のご入金を頂けると立て直していけます。」などと述べられ,断定的な利益判断を提供された旨主張し,原告本人も概ねこれに沿う供述をするところ,被告らは,かかる事実を否認し,被告Y1もこれと同旨を供述する。
(イ)a そこで原告の供述の信用性について検討するに,既に述べたとおり,原告には商品先物取引を開始するに足りる有意な資産はなかったところ,本件取引の原資は,郵便局の定額預金を担保に借り入れたもの,既に述べた中期国債ファンドを解約したもの,さらには消費者ローンから1か月無利子貸付けの上限である50万円を借り入れたもの,ひいては,原告自身が農業を経営するに当たって,特段の資金を必要としていた事情はうかがわれない中,農協から台風15号等災害特別対策資金として借り入れたものであった。
また,本件取引の入金の時期についてみても,本件取引の開始に当たって,原告は平成16年9月25日に360万円を被告Y1に手交した後,同月27日の取引を開始し,その3日後である同月30日には,1日のうちに2度にわたって,360万円と180万円の合計540万円を入金するなど,1週間足らずで,少なくとも取引口座開設申込書(乙4)に記載された年収額さえ超える金額を入金したものである。
そのため,以上のような入金の原資や態様は,原告の資産や年収に見合わないものであることは明らかであって,それにもかかわらず,原告がこのような入金をしていることは,被告らから断定的利益判断の提供がされたという原告の供述を強く裏付けるものである。
b 殊に,原告は,同月30日に一度360万円を入金した後,引き続き180万円を入金しているところ,原告のa銀行の普通預金通帳(甲3の2)によれば,平成16年10月5日,被告会社から原告の口座に宛てて190万8300円が振り込まれているところである。そのため,このことは原告は,被告Y1から,同年9月30日に「今180万円入金すると1週間ほどで190万円になります。」,「間違いなく10万増えて戻ります。」と述べられたと供述する点とも整合するものである。
この点,被告らは,原告に上記190万8300円を振り込んだのは,原告から同年9月27日に建てた金30枚1451円を処分した利益10万8300円と証拠金180万円の返還を希望されたためにすぎない旨主張する。しかしながら,委託者別証拠金現在高帳(甲4)によれば,被告会社から原告に平成16年10月5日に振り込まれた証拠金は79万7600円であって,これは,上記被告らの主張とは整合しない。また,そもそも既に述べたような原資でもって,1週間足らずのうちに証拠金として合計900万円を準備し入金したような原告が,被告らの主張するようにその数日後に自ら証拠金180万円の返還を希望すること自体不自然というべきであって,上記被告らの主張は採用できない。
c 加えて,本件取引が開始された契機についても,既に認定したとおり,原告は,低金利が続く中,中期国債ファンドが満期を迎える予定であり,新たな運用方法を思案していたところ,当時,マスコミで報じられていた安心かつ単純な金地金取引に関心を持ち,偶々,被告会社に金地金取引に関する資料請求をしたというものであり,当初の段階で,原告自身が積極的に商品先物取引に興味・関心を持ち,本件取引の開始を希望していたとまで認めることもできない。そのため,そのような原告が,短期間のうちに借入れまでして多額の資金を本件取引に充てていることからすれば,被告らからは,原告が本件取引を開始し,また資金のない中,借入れまでして取引を継続しようと決意させるだけの断定的な利益判断の提供がされたものと強く裏付けるものである。
さらに言うと,本件取引が開始されるまでの具体的経過は,既に認定したとおり,概要,①原告が平成16年7月にパソコンで資料請求をしたため,その数日後に原告宅に資料を持参したが何ら具体的な話はしなかったが,その後,原告と被告Y2はメールで数度のやり取りをすることとなった,②そして,被告らの主張及びこれと同旨の被告Y1の供述によれば,同年9月22日に原告宅へ被告らが訪問したところ,原告から商品先物取引を希望する旨の話がされたことから,その日のうちに原告が本件取引を開始する旨手続をし,同月25日には350万円が被告Y1に手交されたというものである。このような既に認定した事実,被告らの主張及びこれと同旨の被告Y1の供述を前提とすれば,当初は安心かつ単純な金地金の取引に関心があった原告が,単に被告Y2とのメール上でのやり取りによって商品先物取引に原告自らが相当程度の関心を抱き,また初めて面談した同月22日即日のうちに,商品先物取引を開始し,資産のない原告自らが証拠金として350万円を準備する旨の決断までしたことになるが,このような被告らの主張及び被告Y1の供述自体極めて不自然であって,このことは,翻って,被告らの説明において,断定的な利益判断の提供がされたことを物語るものというべきである。
(ウ) 以上のことからすれば,本件取引に当たって被告Y1から断定的な利益判断の提供がされたとする原告の上記供述は,信用性を有するものというべきである。
ウ 一方で,被告Y2(なお,被告Y2については,被告らの申出により本人尋問を予定していたが,被告らから,その申出が撤回された。)については,平成16年7月15日,同年9月22日に被告Y1とともに原告宅を訪れ本件取引を勧誘し,同月25日にも被告Y1とともに原告宅を訪れ集金していること(乙10の1ないし乙11の2),被告Y1が平成17年初め頃まで本件取引を担当している間,被告Y2も買注文伝票及び売注文伝票を作成しているほか(乙6,乙7),海外マーケットの情報などを原告に伝えるなどしていること(乙14参照)からすれば,被告Y1が上記イで述べたような断定的利益判断の提供をした際に,客観的にみて共同して本件取引の勧誘をし,また取引を担当していたというべきであるから,被告Y2も,共同不法行為責任を負うものというべきである(そのため,原告は,被告Y2からも,平成19年12月の追証拠金入金の提案の際,「ご提案のご入金を頂けると立て直していけます。」,「今,良い時期です。年末から来年にかけて回復できます。立て直しのための再度のご入金のお願いです。」と述べられた旨主張するが,かかる事実の有無を認定するまでもない。)。
エ 以上のことからすれば,本件取引においては,被告Y1及び被告Y2から原告に対し,断定的な利益判断が提供されたものであって,その勧誘は違法というべきである。
(3) 説明義務違反の有無
ア 商品取引員は,商品先物取引市場における先物取引についての豊富な経験を有しているところから,その取引の仕組みを熟知しているばかりでなく,商品市場において先物取引の対象とされる商品の相場に関する複雑な変動要因や取引に関わるリスクについても専門的な知見を有している。そして,一般の顧客である投機家は,商品取引員を信頼し,その提供する情報や勧奨に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託する場合が多い。そのため,既に述べたような商品先物取引の性質も考慮すれば,取引の受託を受ける商品先物取引員ないしその従業員は,一般の顧客が商品取引員に委託して商品先物取引を行うに当たって,当該顧客に対し,商品先物取引の仕組み及びその危険性について十分説明し,当該顧客がその自主的な判断に基づいて取引を委託するかどうかを決することができるように配慮するとともに,当該顧客が取引により不測の損害を被らないよう配慮すべき信義則上の義務を負っているものというべきである。そして,商品先物取引員ないしその従業員が,上記説明義務に違反して商品先物取引の委託を勧誘した場合,その勧誘は不法行為としての違法性を有するものと解するのが相当である。
そして,本件取引後に施行された商品先物取引法218条においては,商品先物取引業者の説明義務が明示的に規定されたところ,かかる規定も,上記のような趣旨のもと設けられたものと解され,上記で述べた説明義務は,商品先物取引法の施行の前後を問わず,商品先物取引員ないしその従業員が負うものと解するのが相当である。
イ(ア) その上で,被告らの本件取引の勧誘が,上記説明義務に違反し,違法性を有するか否かについて検討するに,既に認定したとおり,被告Y1は,本件取引を開始するに当たり,原告に対し,「商品先物取引 委託のガイド」(乙21の1)及び「商品先物取引 委託のガイド 別冊」(乙21の2)を手交し,被告らにおいて,要旨,商品先物取引の仕組み,危険性等について,上記資料の重要な部分にラインマーカーを引きつつ説明していることからすれば,被告らは,原告に対し,商品先物取引の概要について,一応の説明をしていることがうかがえるところである。
(イ)a もっとも,単に商品先物取引の仕組みや危険性等につき説明したというだけでは,上記で述べたような目的で認められた信義則上の説明義務を果たしたと解することはできず,商品先物取引を開始しようとする顧客の属性や理解度に照らし,当該顧客がその自主的な判断に基づいて取引を委託するかどうかを決することができる程度に説明を尽くす必要があるものというべきである。
その上で,本件において,原告が商品先物取引の概要について理解していたかどうかについて検討するに,当法廷における原告本人の供述をみても,例えば,金とプラチナを組み合わせて取引をする方法があるが,その具体的な損益について詳しいことは分からない,ただ損はしないということは言われた,被告Y1及び被告Y2から再三にわたって取引を勧められ,その人間性を買って信頼して取引をしただけである,本件取引に当たって360万円を被告Y1に預けたが,その2日後に急に取引がされていることに驚いたなどと供述しているところであって,その内容に不自然な点も見受けられず,原告が本件取引時において,商品先物取引の仕組み及び具体的な危険性を的確に理解していたものと考えることには,相当程度躊躇せざるを得ない。加えて,弁論の全趣旨のほか,既に述べたとおり,原告の属性のほか,商品先物取引が危険性を伴う取引であるにもかかわらず,短期間のうちに相当な額の資金が入金されていることも併せて考慮すれば,原告においては,その自主的な判断に基づいて取引を委託するかどうかを決することができる程度に商品先物取引について理解していたものとまで認めることは困難である。
b(a) この点,本件取引が開始されるに当たって,原告本人が作成した約諾書(乙1)や取引口座開設申込書(乙4)において,原告は,上記ガイドの交付を受け,商品先物取引の仕組み,委託の手順,決済の方法及び危険性等についての説明を受け理解した旨署名押印しているほか,その後,被告会社の審査部が本件取引の開始に当たって原告に確認の電話をしたところ,商品先物取引の説明に当たって配布された冊子の確認や,先物取引においては大きく損失が発生する可能性があること,追証拠金の理解等について理解している旨の確認がされているところである(乙12参照)。
(b) しかしながら,既に述べたとおり,取引口座開設申込書(乙4)に記載された原告の資産については,被告らにおいて原告に多額の流動資産を保有している旨記載し,また回答するよう原告に誘導がされたものと推認されることからすれば,当該申込書の記載自体も,被告らの誘導によってなされたものと推認され,上記のような原告の署名押印があるからといって,原告が商品先物取引の概要につき,自主的な判断に基づいて取引を委託する程度に理解していたということはできない。
(c) また,被告会社の審査部の確認(乙12参照)についても,被告会社の担当者が原告に質問したところ,原告は終始,「んー」,ないし「はい」と返答するだけのものであって,これをもって原告が商品先物取引の概要につき,自主的な判断に基づいて取引を委託する程度に理解していたということはできない。
もっとも,その質問の途中で,追証が必要となる場合の下がり幅について質問されたところ,原告は,唯一間髪入れずに具体的に30円と返答していることが認められる。しかしながら,仮に原告において,商品先物取引の概要を理解した上で,追証が必要となる場合の下がり幅につき30円と返答したのであれば,それに続く質問としてされた必要となる追証拠金の金額についても的確に返答できて然るべきところ,原告は再び具体的な回答をすることなく,また「うん,ええ」と返答するにとどまるなど不自然である。そして,かかる審査部の確認は上記のとおり被告らによる誘導が行われたと認められる書類作成の直後にされたものであることをも踏まえれば,上記原告の回答も,被告らの誘導によってなされた可能性が高いというべきである。したがって,上記審査部の確認をもって,直ちに原告が自主的な判断に基づいて取引を委託する程度に商品先物取引の概要につき理解していたということもできない。
(ウ) 以上のことからすれば,被告Y1及び被告Y2は,原告に対し商品先物取引の仕組み及びその危険性について十分説明し,当該顧客がその自主的な判断に基づいて取引を委託するかどうかを決することができるような説明をしたとまでいうことはできないから,被告Y1及び被告Y2の勧誘には説明義務違反が認められ,被告Y1及び被告Y2は,不法行為責任を負うものというべきである。
(4) 新規受託者保護義務違反の有無
ア 既に述べたような商品先物取引の特質と商品取引員の地位に照らせば,商品取引員は,商品先物取引の専門性及び危険性に鑑み,新規顧客に対し,商品先物取引委託契約に基づき,当該顧客が商品先物取引により適合的となるよう誠実公正に保護すべき善良な管理者としての注意義務を負っているというべきであり,具体的には,新規顧客の投資可能金額,銘柄の種類,枚数等において新規顧客がその自主的な判断に基づいて取引を行うことができるよう配慮すべき義務があるというべきであって,このような義務に違反した勧誘行為は,不法行為としての違法性を有するというべきである。
イ(ア) そこで,改めて本件取引の開始前後約1か月間の入金及び売買の状況について整理すると,以下のとおりになる。
a 入金
平成16年9月25日 360万円
同月30日 360万円,180万円の合計540万円
b 売買
平成16年9月27日 金30枚(買)
白金30枚(売)
同月30日 金30枚(売)
白金60枚(売)
同年10月5日 白金30枚(買)
同月6日 白金20枚(買)
同月8日 白金30枚(買)
同月12日 白金30枚(売)
同月13日 金20枚(買)
白金30枚(買)
同月14日 白金15枚(売)
同月15日 白金20枚(売)
同月21日 白金15枚(売)
同月27日 白金15枚(買)
同月28日 白金15枚(買)
同月29日 白金10枚(買)
(イ) 以上のとおり,原告は,本件取引の開始に当たって,僅か1週間足らずで,900万円もの入金をしており,この金額は,既に述べたとおり被告らによって誘導がされて記載されたものと認められる取引口座開設申込書(乙4)に記載された投資可能金額600万円,年収額700万円さえをも超えるものであり,また,その原資の一部には,既に認定したとおり,消費者ローンからの1か月無利子貸付けも含まれていた。さらに,実際の売買の状況についてみても,本件取引開始1週間で合計150枚もの売買がされ,その後約1か月間をみても,その後間断なく同様の規模の取引が継続されている状況にある。
そして,弁論の全趣旨によれば,日本商品先物取引協会のガイドラインにおいては,概要,商品先物取引の経験のない者が最初の取引を行う日から最低3か月間は,投資額を投資可能金額の3分の1とするよう定めていることが認められ,このような委託者保護のために設けられたガイドラインの内容をも考慮すれば,上記のような入金及び売買は,もはや原告がその自主的な判断に基づいて取引を行うことができるような体裁であったということはできない。
ウ 以上のことからすれば,被告Y1及び被告Y2の本件取引における勧誘は,新規委託者の保護義務に違反したものであって,不法行為としての違法性を有するものというべきである。
(5) 実質一任売買の有無
ア 本件取引時に施行されていた商品取引所法136条の18第3号は,商品取引員が「商品市場における取引につき,数量,対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受け,又はその委託の取次ぎを引き受けること」を禁止していたところ,本件取引後に施行された商品先物取引法214条3号も,商品先物取引業者が「商品市場における取引等又は外国商品市場取引等につき,数量,対価の額又は約定価格等その他の主務省令で定める事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること」を禁止しているところである。
そして,これらの規定の趣旨,目的について考えると,商品先物取引業者が顧客の指示を受けないで取引の委託を受けた場合,すなわち一任売買がされた場合,商品取引員がその裁量権を濫用して,自己の勘定による取引を有利にするため,又は委託手数料稼ぎのために,顧客の勘定によって過当な数量又は頻度の取引をする危険性を否定できない。そのため,これらの規定は,委託者保護のために,一任売買を禁止したものであると解される。したがって,単に形式的ないし実質的に一任売買がされたことの一事をもって,その取引が違法性を有するものということはできないが,商品取引員がその裁量権を濫用して,自己の勘定による取引を有利にするため又は委託手数料稼ぎのためなどという不当な目的のもと,商品取引員が形式的ないし実質的に顧客から取引の一任を受け,顧客の勘定によって過当な数量又は頻度の取引をしたものと認められる場合には,当該取引は違法性を有するものというべきである。
イ そこで検討するに,原告は,被告らが上記のような不当な目的のもと原告から本件取引の一任を受けていたことをうかがわせる事情として,要旨,①原告の属性や本件取引の勧誘の経緯からすれば,原告が被告らに一任せずに自己の判断で取引を行うことは困難であって,実際にも取引の都度かかってくる被告らからの電話に対し,「電話なしでそちらで売買できないか。」などと伝えていたこと,②本件取引に占める特定売買比率が50.60パーセント,原告の損金に対する手数料の割合が91.99パーセントに及ぶことを主張する。
しかしながら,原告の上記①の主張を前提としても,これをもって直ちに商品取引員がその裁量権を濫用して,自己の勘定による取引を有利にするため又は委託手数料稼ぎのために,顧客から取引の一任を受けていたものとまで認めるには足りない。
また,原告の上記②の主張について,個々の特定売買は,相場の変動状況等によって,それぞれに有用な取引方法である場合もあり,それ自体が違法,不当なものとはいえないから,特定売買率の数値をもって,直ちに取引の違法性の有無を判断することは相当でないというべきである。また,手数料化率が高いことは,受託者の手数料稼ぎなどの不当な目的を推認させ得る一事情とはなり得るものの,一方で,原告が主張するような損金に占める手数料の割合は,損失の多寡にも左右されるものであって,流動的な相場の結果である損失額との関係で決まる偶然的な要素の強いものであるから,その比率が高いことをもって直ちに受託者の手数料稼ぎなどの不当な目的があるとまで認めることもできない。
そして,本件においては,他に被告らがその裁量権を濫用して,自己の勘定による取引を有利にするため又は委託手数料稼ぎのためなどの不当な目的のもと,形式的ないし実質的に原告から取引の一任を受け,顧客の勘定によって過当な数量又は頻度の取引をしたものとまで認めるに足りる的確な証拠もない一方で,かえって,本件取引においては,「買注文伝票」ないし「売注文伝票」(乙6,乙7)において,全ての売買につき電話等で原告に注文の発受をした旨記載されていること,また全ての取引につき原告に宛てて「売買報告書及び売買計算書」(乙8)が送付されていること,少なくとも原告本人においても,各売買に当たっては毎回被告らから確認の電話がされていた旨供述していることが認められるところである。
ウ 以上のことからすれば,本件取引においては,違法性が認められる一任売買がされたということはできない。
(6) まとめ
ア 以上のことからすれば,本件取引においては,違法性を有するような一任売買がされたとまでは評価できないにしろ,被告Y1及び被告Y2には①適合性原則に違反する違法勧誘,②断定的利益判断の提供,③説明義務違反,④新規受託者保護義務違反が認められ,これらは一連の違法性を有する行為であるから,被告Y1及び被告Y2は共同不法行為責任を負うものというべきである。
イ また,被告会社は,被告Y1及び被告Y2の使用者として,不法行為責任を負う。
3 争点2(損害の有無及びその額)について
本件においては,既に述べた被告らの違法行為によって,原告が被告会社に対して本件取引を委託することとなり,本件取引を継続することとなったものであるから,本件の損害額は,本件取引による損失額をもって評価するのが相当である。
そして,原告は,本件取引の結果,831万4820円の損失を被ったものと認められるから,被告Y1及び被告Y2の違法行為によって原告が被った損害の額は,831万4820円となる。
4 争点3(過失相殺の可否)について
(1) そもそも,商品先物取引は投機取引であって,極めてリスクが高い取引であることは公知の事実であること,一般の顧客である投機家は,商品取引員を信頼し,その提供する情報や勧奨に基づいて商品先物取引に参入し,取引を委託するとしても,最終的には顧客自らが取引に関わるリスクについて判断し,その責任において取引を委託するか否かを判断すべきものであること,本件においても原告は,被告らから,「商品先物取引 委託のガイド」(乙21の1),「商品先物取引 委託のガイド 別冊」(乙21の2)を手交され,被告らにおいて,要旨,商品先物取引の仕組み,危険性等について,上記資料の重要な部分にラインマーカーを引きつつ説明していることからすれば,原告が主張する事情を考慮したとしても,本件の損害の発生につき原告にも過失があるものと認められ,その過失割合は3割と認めるのが相当である。
そうすると,上記3で認定した損害額の過失相殺後の残額は,582万0374円となる。
(2) なお,本件の訴訟追行の難易その他一切の事情を考慮すれば,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,58万円をもって相当と認める。
5 まとめ
以上のことからすれば,原告が被告らの不法行為によって被った損害の額の合計は,640万0374円となる。そして,かかる損害は本件取引全体から一体として発生したものであるから,これに対する遅延損害金の起算日は,本件取引が終了した日の翌日である平成21年9月29日と解するのが相当である。
第4結論
以上のことからすれば,原告の請求には主文掲記の限度で理由があるから,これらを認容し,その余の請求にはいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 佐野文規)
<以下省略>