秋田地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決
原告
兎澤人司生
右訴訟代理人弁護士
荘司昊
被告
地方公務員災害補償基金秋田県支部長
佐々木喜久治
右訴訟代理人弁護士
内藤徹
事実及び理由
第三 当裁判所の判断
一 原告が地方公務員災害補償法に基づき障害補償給付を受けるためには、原告に本件事故に起因する身体的、精神的障害があることが必要であるところ、被告が、原告の障害は別表一二級に相当すると判断していることから、原告に本件事故に基づく一定の障害があることは当事者間に争いはない。
本件の争点は、原告に存在する障害の程度が何級に相当するかであるが、どの程度の障害等級に該当するかについては、実務上、理事長通知に定める基準により実施されている。理事長通知は、別表の基準とほぼ同一基準を定めている労働者災害補償保険法との均衡を図りつつ、適正な評価を行うために規定されたものであり、内容的にも特に不合理な点は認められないから、原則として、理事長通知に従って等級を定めるのが相当である。原告も、理事長通知に基づくことを前提とする主張を行っているので、本件においても、理事長通知に基づき、原告の障害等級を判断する。
理事長通知によれば、別表七級四号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」とは、中等度の神経系統の機能又は精神の障害のために、精神・身体的な労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているものであり、一般平均人以下に明らかに低下しているものとは、独力では一般平均人の二分の一程度に労働能力が低下していると認められる場合をいい、労働能力の判定に当たっては、医学的他覚的所見を基礎とし、更に労務遂行の持続力についても十分に配慮して総合的に判断するものとされ、別表九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」とは、一般的な労働能力は残存しているが、神経系統の機能又は精神の障害のため、社会通念上、その就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるものであり、身体的能力は正常な場合であっても、脳損傷に基づく精神的欠損症状が推定されるとき、てんかん発作やめまい発作発現の可能性が医学的他覚的所見により証明できるとき、または軽度の四肢の単麻痺が認められるときなど(例えば、高所作業や自動車運転が危険と認められるとき)とされ、別表一二級一二号「局部にがん固な神経症状を残すもの」とは、労働には通常差し支えないが、医学的に証明し得る神経系統の機能又は精神の障害を残すものであり、中枢神経系の障害であって、例えば、感覚障害、錐体路症状(錐体外路症状)を伴わない軽度の麻痺、気脳撮影により証明される軽度の脳萎縮、脳波の軽度の異常所見等を残しているもの(なお、自覚症状が軽い場合であっても、これらの異常所見等が認められるものは、これに該当する。)とされている。
右基準によれば、別表一二級においては、神経系統の機能又は精神の障害があることが医学的に証明し得れば足り、その障害により労働能力が低下していると認められることまでは要しないが、別表七級あるいは九級に相当するためには、神経系統の機能又は精神の障害によって労働能力が当該等級の想定する程度まで低下していると認められることが必要(別表七級では、神経系統の機能又は精神の障害の程度が中等度であることも必要)である。
二 〔証拠略〕によれば、原告の受傷、診療経過などに関し、次の事実が認められる。
1 原告は、昭和三八年に転倒して頭頂部に外傷を受けた。外傷後一週間くらいから一時期、言語障害が現れた。
同五〇年ころから健康診断の際、血圧の下の値が九〇位となり、高血圧と言われるようになり、中央診療所(花輪)で内服療法の治療を受けていた。また、原告は、本件事故前は、一日五合から一升の飲酒をしていた。
(〔証拠略〕)
2 本件事故の態様
本件事故は、昭和五五年一二月一一日、原告が同乗していた普通乗用自動車が幅員四・八メートルの圧雪路面で左方に曲がる見通しの悪い道賂を時速約三〇キロメートルで走行していた際、対面から時速約二五キロメートルで進行してきた大型ミキサー車がブレーキをかけ減速しながら道絡中央をはみ出し、同車右サイドバンパーを右普通乗用自動車の右前部に衝突させたというものであった。本件事故により、普通乗用自動車の右前部バンパー、フェンダーが小破し、フロントガラスは割れはしなかったが、ひびが入った。なお、普通乗用自動車を運転していた斉藤明彦は受傷しなかった。
(〔証拠略〕)
3 原告(本件事故当時三九歳)は、本件事故の際、頭部をフロントガラスに打ちつけたが、出血はなく、意識喪失、吐き気、嘔吐もなかった。
原告は、本件事故後、直ちに鹿角組合総合病院に運ばれ、外来で検査治療を受け、頭部打撲と診断されたが、頭部X線検査の結果異常はなかった。
本件事故当日は、原告は特に頭痛等の痛みは感じなかった。
原告は、本件事故翌日の同月一二日、出勤し通常どおり勤務したが、首を左右に振ったり、振り向いたりすると右こめかみに痛みを感じたため、鹿角組合総合病院に通院し、腰痛及び頸部痛を訴えた。
(〔証拠略〕)
なお、原告は、昭和五九年七月三日東北大学医学部附属病院で受診した際及び同六一年五月ころ岩手県立中央病院の受診中、本件事故の際、意識喪失があった旨の話をしたことが認められる(〔証拠略〕)が、右より以前である同五六年七月一日、大館市立総合病院脳神経外科を受診した際、同五七年一月二七日今井病院受診の際、同年七月二三日東北大学医学部附属病院脳神経内科受診の際、いずれも、本件事故においては意識喪失はなかった旨明確に話していること(〔証拠略〕)からして、本件事故の際に意識喪失があったとは認められない。
4 原告は、昭和五五年一二月一六日、秋田労災病院脳外科を受診し、傷病名は右頭頂部頸部腰部挫傷で、右側頭、前頭部痛、眼痛等の症状で、向後二週間の通院加療を要する見込みと診断されたが、脳波、X線検査の結果は異常が認められなかった。
原告は、週一回の割合で同病院脳外科に通院していたが、血圧が高いことから、内科で受診するようにいわれ、同月二七日、同病院内科を受診し、高血圧症(二二〇/一四〇)、肝機能の異常があると指摘された。
原告は、同五六年一月六日から、同病院内科に入院し、腹腔鏡検査等を受け、慢性肝炎(アルコール性肝障害を伴う)と診断され、高血圧症、肝炎の治療を受け、併せて脳外科(右頭頂部頸部腰部挫傷)、整形外科(腰痛)、外科(内痔核)の治療も受けた。原告は、肝機能が安定し、頭痛等も軽減したので、同年六月二三日に退院した。
なお、原告は、入院中の同年四月二〇日、眉間部に不快感があって、新聞が読んでいられないと訴え、その後数回前額部痛を訴えたが、同年五月一二日頭痛は軽減したとして、その後は前額部痛等の訴えはなかった。なお、担当医師は、右前額部痛は高血圧のためであると判断していた。
原告は、退院後、同病院内科に通院し、同年八月と九月に鼻痛を訴えたが、同年一一月初めには鼻痛は軽減した。
原告は、再び、肝機能の悪化、血圧の上昇があったので、同年一一月二七日、同病院に、慢性肝炎、高血圧の診断名で入院し治療を受けた。入院中、原告が頭痛、鼻根部痛を訴えたため、同年一二月二五日、同病院の脳外科で診察を受け、後頭神経の神経痛と診断された。原告は、同五七年一月一二日、肝機能が安定したことから退院した。
原告は、退院後同年二月二日まで、同病院内科に通院して、治療を受けた。
なお、原告は、秋田労災病院通院中の同五六年七月一日、九月二四日に、頭痛を訴え、大館市立総合病院脳神経外科で治療を受け、頭部外傷と診断されたが、CT検査等では異常は認められなかった。
(〔証拠略〕)
5 原告は、昭和五七年一月二七日から同五八年四月二日まで、今井病院で高血圧、右頭頂部・頸部挫傷、慢性肝炎、頸部痛の診断名で週一回くらいの割合で通院治療を受けた。
原告は、同五七年一月二七日の診察の際、眉間から鼻陵の中央にかけてのビクンビクンと脈打つ感じがある点と右後頭部の違和感がある点がすぐに良くなると思っていたのに良くならず、非常に気掛かりで、イライラし勝ちであるが、新聞など細かい物は嫌だという事はなく、物忘れもないと述べ、担当した医師は、精神的所見としては、右前頭から後頭都に異常感覚を感じることが認められたが、記銘力減弱、思考停滞、意思減弱は認められないと診断した。
原告は、今井病院の通院治療において、同年六月二二日、文章を書くときなど思考力が鈍ったと思うと述べ、同月二九日、記銘力減弱、同年一一月二二日、思考障害をそれぞれ訴え、同年一二月一一日、筆記している間に肘関節が疲れて書けなくなると訴えた。
原告が今井病院で受けた脳波検査の結果は、同五七年一月二七日及び同年五月二五日にやや異常が認められたが、同五八年三月一八日の検査結果は正常であった。
同病院の今井篤医師は、原告の症状について、右頭部頸部挫傷(後遺症)と診断し、その原因は本件事故によるものと考えられるとしたが、原告は、かなり心気的、神経質になっていて、心理的な要素が大きいと判断していた。
(〔証拠略〕)
6 原告は、今井病院の紹介で、昭和五七年七月二〇日、同月二三日、八月一六日の三日間、東北大学医学部附属病院第三内科、脳神経内科で受診し、精密検査を受けた。
同病院の検査では、軽度の肝機能の異常は認められたが、頭部CT検査、脳波検査等では異常は認められず、握力測定でも、左右に大差はなかった(七月二〇日の検査では右三八キログラム、左四〇キログラム、同月二三日の検査では右四五キログラム、左四九キログラムであった)。
また、原告は、同年一一月一五日にも、同病院脳神経内科を受診し、鼻部がピクピクする、重い物を持つと手が振るえる旨訴えた。
原告を診察した同脳神経内科の関沢剛医師は、原告には顔面鼻部のスパスム、右手の振戦、右側頭部灼熱感、腰痛の症状があり、頭部外傷後遺症と診断した(変形性頸椎症の疑いもあるとした。)が、CT検査の結果等に異常がないことから本人の訴えの方が表立っていると考えていた。
(〔証拠略〕)
7 原告は、昭和五八年二月一五日から平成二年一〇月ころまで、岩手県立中央病院で治療を受けた。この間、原告は、昭和五八年四月一一日から同年五月一一日まで慢性肝炎で、同年一一月一四日から同五九年六月一二日まで慢性肝炎・高血圧症・糖尿病・頭部外傷後遺症で、同六一年五月二六日から同年六月一一日まで投薬剤の検討のためそれぞれ入院した。
原告は、当初、同病院成人病センター消化器内科で肝生検等を受けていたが、同五八年四月ころからは、頭痛、鼻根部痛、右の上下肢の痺れの訴えが強かったことから、同病院第一内科(神経内科)の鈴木医師の診療を受けることになった。
鈴木医師は、同五八年六月五日付けの被告宛の報告書に、傷病名は頭部外傷後遺症、症状については、右側頭部痛、鼻根部痛、右手振戦、思考力低下、軽度の腱反射亢進があると記載した。
原告の握力は、同五九年二月六日の検査では、右二〇キログラム、左三五キログラムであった。
鈴木医師は、同五九年五月、原告の頭部外傷後遺症に対して、いろいろな薬物療法を試みたが、効果が挙がらず、脳外科担当医師に助言を求めたが、脳外科担当医師は、原告の症状は、外傷後愁訴であるので精神療法が必要ではないかと回答した。
同病院の原告の担当医師らは、同年六月、原告の頭部外傷後遺症に関し、症状の改善がみられず、有効な治療法も考えられないことから、原告の頭部外傷後遺症が心因性のものか判断してもらうため、東北大学医学部附属病院心療内科で原告を診察してもらう必要があると考え、原告に同病院の受診を勧めた。
原告は、同六〇年二月一九日から、岩手県立中央病院眼科で、同六一年一〇月一四日から、同病院耳鼻咽喉科(内耳性難聴)で通院治療を受けた。
鈴木医師は、被告からの照会に対する同六二年一月一三日付け意見書に、傷病名頭部外傷後遺症(同六一年一一月三〇日症状固定)、自覚症状は鼻根部痛、右頭痛、右首から右上下肢痛、右手振戦、眼の疲れ、思考力低下、不眠であり、神経学的には右手振戦、右握力低下の他は所見がないが、現在就労困難な状況で、神経、精神第七級であると記載した。
鈴木医師は、同日付け自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書に、「傷病名頭部外傷後遺症(同六一年一一月三〇日症状固定)、自覚症状は鼻根部痛、右頭痛、右頸から右上下肢痛、右手振戦、眼の疲れ、思考力減退、左耳鳴があり、後遺障害の内容については、軽易な労働以外の労働に常にさしつかえる程度の治療困難な頑固な鼻根痛(一五分から二〇分、数回一時間)が持続し、それに伴い頭が朦朧として思考力・判断力・記銘・記憶・計算全般に減退し、常にイライラして怒りっぽく時に暴力的となる。鼻根痛の激しい時は、意識が朦朧として眼も開けられなくなり、会話も苦痛となる。以上の障害のために、精神身体的な労働能力が一般平均人以下に低下している。その他、中等度の右手振戦のため書字困難、左下肢にしびれもみられる。」旨の記載をした。
鈴木医師は、同六二年六月一日付け自動車保険料率算定会自動車損害賠償責任保険秋田調査事務所長宛回答書において、原告の症状について、精査の結果他覚的所見なく、検査上の所見もないが、症状が頭部外傷直後から出現していることから頭部外傷後遺症と診断した旨記載した。
鈴木医師は、被告の照会に対する同六三年三月八日付け意見書において、原告の鼻根部痛、右頭痛、目の疲れ及び思考力の低下の原因は状況判断より頭部外傷後遺症であり、思考力低下の程度は、本を読んでも、のみ込みが非常に悪く、暗算が浮かんでこないといったものであり、就労可能な仕事としては簡単な事務仕事であると回答した。
岩手県立中央病院のソーシャルワーカーの浅沼は、被告に対する同年四月一三日付け意見書で(原告のADL判定では、シャツを着て脱ぐ、タオルを絞る、公共の乗り物を利用する等の項目につき全自立と判定した旨記載した。
鈴木医師は、被告の照会に対する同年六月九日付け意見書において、右手振戦は軽~中等度で常時あり、握力は右二〇キロ、左三五キロであり、長時間座っていることはできず、気温の温度差に敏感で、鼻根部痛増強時は痛みで不眠となり仕事ができなくなると回答した。
鈴木医師の同年一一月一日付けの診断書には、「病名頭部外傷後遺症で、軽度の右片マヒ、右手振戦、軽度の腱反射亢進が認められ、鼻根部痛、右頭痛、右上下肢痛、眼の疲れ、思考力減退、不眠の自覚症状があるが、これらは頭部外傷による。なお、同年一月一九日の頭部CT検査で左内包に低吸収域を認め、MRIでも明瞭に同部位の異常が認められたが、同年六月、一一月のCTでは上記所見が消失し、同年一一月脳波にも異常所見はなく、CT所見と自覚症状との間の因果関係は不明である。」旨記載がある。
(〔証拠略〕)
8 原告は、岩手県立中央病院の担当医師の勧めで、昭和五九年七月三日、東北大学医学部附属病院心療内科で診察を受けた。
同病院の鈴木仁一医師は、原告の症状について、示談も裁判も終了していない外傷例で良く見られる心気症の状態にあるとして、心気症、外傷後神経症症候群と診断した。
(〔証拠略〕)
9 秋田大学医学部附属病院神経・精神科の大川医師は、支部審査会の依頼で、平成元年五月に原告を診察し、同年七月二八日付け意見書に、「傷病名頭部外傷後神経症、頭部外傷後遺症。自覚症状としては鼻根部異常感覚、頭痛、右手の振戦等であり、神経学的所見としては右握力低下(右が二三キログラム、左が四〇キログラム)、右上腕、手、右下肢の知覚異常、下肢腱反射亢進(中程度)。精神医学的所見としては、通常の問診の範囲においては、了解は大体良く、表情も自然であるが、自覚症状の訴えに対してはかなりの心気的傾向がみられ、知能は鈴木ビネー法で九才、IQ五六であり、全体として作業能力の低下、社会生活能力の欠陥があると考えられ、脳波検査では、軽度異常、頭部CT検査、NMR検査では軽度の大脳皮質の萎縮・脳溝の拡大、第二、第三頸椎椎間板の変形がみられ、後索靱帯の骨化が認められ、このような脳の器質的変化が外傷の直接的な影響かは不明であるが、現症は外傷後に発症あるいは悪化したものと考えられ、障害等級は神経精神一二級に相当すると判断する。」旨記載した。
大川医師は、右のように原告の障害について別表一二級と判定したが、診察時の症状からして、原告は、簡単な事務はできるが、それも長時間は難しいであろうと判断している。
大川医師の診察の際に、原告の心理、知能検査を担当した秋田県精神保健センターの人見功は、原告について、注意集中力、記銘力、見通しを持って耐忍性を要し持続的に行う判断・思考、数の理解・操作等は聴・視覚情報いずれについても低下が認められるとし、その心理面について、自分の窮状が過不足無く理解されていないという不満及び公務災害後、公務のため十分な医療を受けられなかったために、苦痛・障害が進行してしまい、しかもそれが十分に事実として認定されていないという不満が強く、原告の自覚症状の訴えは、障害がないのにあるように訴えているのではなく、障害があるのにあると認めてもらえないという恨みを含んだ心気的訴えであると判断した。
(〔証拠略〕)
10 鈴木医師が鈴木内科神経科を開業したことに伴い、原告は、平成二年一〇月二日から、同病院において、通院治療を受けている。
鈴木医師は、同三年五月二八日、原告の頭部CT検査を行ったが、脳溝拡大・脳室拡大は認められず、軽度の脳萎縮は認められたものの、年齢相当のものと判断した。
鈴木医師は、鼻根部痛、右上下肢の痺れの原因については、他に原因が思い当たることがないこと、本件事故後に発症していることから本件事故が関係し、また、原告の右半身に知覚障害、運動障害があることから脳に器質的損傷があると考えられるが、自律神経障害であるとも考えられるとしている。
鈴木医師は、同七年二月ころの原告の症状について、昭和五八年に別表七級に相当すると診察した当時の情況と殆ど変化がないと診断している。また、同医師は、大川医師が原告の知能程度を九才と診断したことについて、知能面が右程度まで低下しているとは認められないとし、原告の労働能力が低下していると判断した理由は、麻痺・震えのために仕事できないという意味ではなく、仕事をしていると頭が痛くなる等のために仕事に耐えられなくなるという意味であるとしている。
(〔証拠略〕)
11 原告は、昭和五七年四月一日、教員委員会花輸図書館主査となり、受付業務を担当したが、同五八年四月一日から同年六月三〇日まで、同五九年八月一日から同六〇年四月三〇日まで、それぞれ休職した。
原告は、平成元年四月一日、総務部総務課山村開発センター主査となった。その後、原告は、同六年三月一八日以来、療養加療のため休暇中であったが、鹿角市から、今後とも療養に専念し回復後でなければ職務遂行できないとの理由で同年四月一日から同七年三月一三日まで休職処分を受け、更に、同年四月一日、休職処分の期間が同年五月三一日までに延長された。
原告の任命された、教員委員会花輸図書館主査及び総務部総務課山村開発センター主査は、本件事故前に勤務していた建設部建設課と比べいずれも閑職であった。
(〔証拠略〕)
三 前記認定の事実によれば、原告は、昭和六一年一一月三〇日、症状が固定し、その後の自覚症状として、鼻根部痛、右頭痛、右頸から右上下肢痛、右手振戦、眼の疲れ、思考力低下、不眠の訴えがあったことが認められる。
原告の障害の程度が少なくとも別表一二級に該当することは、当事者間に争いがないことから、本件事故により原告の神経系統の機能又は精神に障害が残ったことを認めることはできる。
そこで、障害の程度が問題となるが、原告は、その障害の程度について、中等度の障害であり、その障害により労働能力が二分の一に低下していると主張し、鈴木医師も、本件事故によって発生した障害のために、労働能力が二分の一程度に低下していると診断し、大川医師も、本件事故によって発生した障害のために、原告の知能は九才程度となり、就労可能な仕事はかなりの程度に制約されていると診断している。
しかしながら、頭部外傷の程度は受傷の機転、意識障害の程度とその持続時間、外傷後健忘の長さ、受傷直後の症状等から判断することができるところ(〔証拠略〕)、前記認定のとおり本件事故の衝撃はさ程大きなものではなかったと考えられること、原告は本件事故により意識を喪失した事実はなく、また、受傷後健忘があった事実もこれを認めるに足りる証拠がないこと、頭蓋内出血がある時には、特徴的に認められる吐き気や嘔吐もなかったこと(〔証拠略〕)、本件事故当日に受診した鹿角組合総合病院の医師の診断結果は単なる頭部打撲に過ぎなかったこと、受傷後五日して受診した秋田労災病院の診療録には頭頂部の痛みや頭部外表の変化についての記載もないこと(〔証拠略〕)、本件事故当日以降のX線、CT検査、脳波検査等の諸検査では異常所見が認められないとするものが殆どであり、異常があっても一時的なものに過ぎないこと(原告は脳波の検査を相当回数受けているが、昭和五七年一月、同年五月及び平成元年五月の検査時に軽度の異常が認められているに過ぎない。また、同月の検査で、軽度の大脳皮質の萎縮、脳溝の拡大、第二、第三頸椎椎間板の変形がみられ、後索靱帯の骨化が認められているが、本件事故から相当年数が経過した後の検査であること、脳溝の拡大は同三年五月の検査では認められていないこと、大脳皮質の萎縮は年齢相当のものとも考えられることからすれば、本件事故との因果関係は必ずしも明確ではない。なお、昭和六三年一月に頭部CT検査で左内包に低吸収域を認め、MRI検査でも明瞭に同部位の異常が認められたが、その後消失しており、本件事故との因果関係は認めがたい。)、原告は、本件事故の翌日には出勤し、仕事をしていること等の各事実を総合考慮すれば、原告の受傷した頭部外傷は比較的軽度であり、脳実質に器質的損傷があったとしても軽微なものに過ぎないと認めるのが相当である。
加えて、原告は、私病として、入院加療を要するほどの高血圧症、慢性肝炎等があったこと、原告の自覚症状の訴えは、本件事故後相当期間が経過した後に現れ、その症状の程度が、軽減する時期もあるものの、概ね時の経過とともにその訴える症状の程度は重くなってきているものが多いこと(鼻根部痛―本件事故半年後の昭和五六年四月ころ眉間部の不快感がある旨の訴えがあり、同五七年一月には、眉間から鼻陵の中央にかけてビクンビクンと脈打つ感じがあり、非常に気掛かりであるとの訴えになり、症状固定期ころには、鼻根部痛がひどい時には目が開けていられなくなり頭が朦朧とするという状態になっている。右手の振戦―同五七年一一月重い物を持つと手が震える、同年一二月一一日筆記している間に肘関節が疲れて書けなくなる、症状固定期ころには、中等度の右手振戦のため書字困難となっている。なお、握力は左右ほとんど差がなかったものが、同五九年二月になって右手の握力低下が急に現れている。思考力の低下―同五七年一月二七日、イライラし勝ちだが新聞など細かい物も嫌だということはなく、物忘れもない、同年六月二二日、文章を書くときなど思考力が鈍ったと思う、症状固定期ころには、本を読んでも、のみ込みが非常に悪く、暗算が浮かんでこない状態になっている。)、後遺障害が残存するような中枢神経系の外傷の場合、受傷後から徐々に回復に向かい、半年から一年程の期間を経て症状か固定するのが一般的であり、日時の経過と共に症状が増強したり、かなり後に別個の症状が新たに発現することは、交通事故の症状経過としては異例であること(〔証拠略〕)、原告は、受診した各医療機関に対して、自己の症状を執拗に訴え、心気的傾向が強いと診断されていること(原告が、医療機関に対し、当初は本件事故時に意識喪失はなかった旨話していたが、同五九年以降は数分間意識喪失があった旨話すようになった点からも心気的傾向が窺われる。)、秋田労災病院における同五六年五月七日の胃カメラ検査で十二指腸球部前壁にかけてびらんが散在すること及び岩手県立中央病院の検査で過敏性大腸症候群の所見があることが認められるが(〔証拠略〕)、これらは心身症の代表的疾患であるとされていること(〔証拠略〕)、原告の内面には自己の受けた災害について正当な評価を受けていないという不満などがあると思われること、大川医師は知能程度九才、IQ五六という診断しているが、原告を長期間診察している鈴木医師は、原告の知能面の低下は認められないとし、また、原告が、別件の損害賠償請求事件での三回にわたる本人尋問及び本件における本人尋問において、相当長時間の尋問に対し、応答がさ程不正確になることなく、本件事故の態様、診療の経過等を詳細に供述していることからして、大川医師が指摘する程、原告の知能面が低下しているとは認められないこと、原告は、ADL判定により日常の基本的行為は独力で行えると判定されていること、鈴木医師は、麻痺・震えのためではなく、仕事をしていると頭が痛くなる等のために仕事に耐えられなくなるという意味で、原告の労働能力が低下しているとしているが、このような意味での労働能力の低下には原告自身の精神面の関与が多分にあると推測され、他覚的所見には乏しいと考えられること、以上の諸事情からすると、原告の自覚症状は、本件事故による障害として残った神経系統の機能又は精神の障害によって発生しているという側面よりも、長期間入院治療を要する私病である高血圧症、慢性肝炎等があったことや、心気的、神経質的な性格傾向、自分の窮状が十分に理解されていないという不満などの心因性の原因によって発生しているという側面がかなり強いものと認められる。
原告は、鼻根部痛、右頭痛、右頸から右上下肢痛、右手振戦、思考力低下等の自覚症状が改善されず、冶療を継続しており、療養加療のため休職処分を受けていることなどからして、原告の現在の状況は、労働能力が制限された状態にあるとは認められるものの、右に検討したことからすれば、本件事故に基づく障害として原告に残った神経系統の機能又は精神の障害が中等度のもの(別表七級四号の要件)とまでは認めることはできず、また、原告に残った神経系統の機能又は精神の障害のためその就労可能な職種の範囲が相当な程度制限されている(別表九級一〇号の要件)とも認めることはできないと言わざるを得ない。
したがって、本件事故と相当因果関係が認められる障害の程度は、別表七級四号及び九級一〇号に該当するとまでは認めることはできず、別表一二級一二号「局部にがん固な神経症状を残すもの」に該当するものと認めるのが相当である。
第四 結論
以上から、被告が原告の障害について別表一二級と判定したことは相当であるから、本件処分には違法な点はなく、その取消を求める原告の本訴請求は理由がない。
(裁判長裁判官 片瀬敏寿 裁判官 志田原信三 唐木浩之)