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秋田地方裁判所 平成6年(ワ)311号 判決 1997年3月25日

秋田市<以下省略>

第一事件原告、第二事件被告

右訴訟代理人弁護士

津谷裕貴

菅原佳典

木元愼一

菊地修

伊勢昌弘

三浦清

東京都中央区<以下省略>

第一事件被告、第二事件原告

カネツ商事株式会社

右代表者代表取締役

秋田市<以下省略>

第一事件被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

佐久間洋一

主文

一  第一事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  第二事件被告は、第二事件原告に対し、金三一万二〇二五円及びこれに対する平成五年九月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、全事件を通じて、第一事件原告(第二事件被告)の負担とする。

四  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  第一事件

1  請求の趣旨

(一) 一次的請求

(1) 第一事件被告カネツ商事株式会社(第二事件原告、以下「被告会社」という。)及び第一事件被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、第一事件原告(第二事件被告、以下「原告」という。)に対し、各自金六〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は被告会社及び被告Y1の負担とする。

(3) 仮執行宣言

(二) 二次的請求

(1) 被告会社は、原告に対し、金六〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

(3) 仮執行宣言

(三) 三次的請求

(1) 被告会社は、原告に対し、金五〇八一万一四七二円及びこれに対する平成六年八月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

(3) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  第二事件

1  請求の趣旨

主文二項ないし四項と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 被告会社の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二第一事件についての当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、国内の商品先物取引の受託業務を業とする会社であり、被告Y1は、もと被告会社秋田支店長であり、現在は被告会社秋田支店営業課長代理である。

原告は、父親が経営する蕎麦屋に勤務し、一〇年ほど前に被告会社等を通じて商品先物取引の経験がある者である。

2  原告は、B名義で、東京砂糖取引所市場に上場されている粗糖、横浜生糸取引所市場に上場されている生糸、前橋乾繭取引所市場に上場されている乾繭の各先物取引を被告会社に委託し(以下「本件取引」あるいは「本件委託契約」という。)、それに伴って、別紙「証拠金預託一覧表」記載のとおり、平成五年二月一八日から同年七月三〇日までの間に、合計五七〇〇万八〇〇〇円を委託証拠金として被告会社に預託した。

(不法行為及び債務不履行)

3  被告らの不法行為

被告会社及びその従業員である被告Y1は、次のとおり、本件取引において、商品取引所法、受託契約準則、商品取引所指示事項等(以下「商品取引所法等」という。)に違反する不法行為を行った。

仮に、商品取引所法等に反する行為が、直ちに違法な行為にならないとしても、本件取引は、取引の勧誘から仕切りまで、商品取引所法等に著しく違反するものとして、全体として不法行為を構成する。

(一) 商品先物取引不適格者の勧誘

商品先物取引市場の目的は、公正な価格形成とヘッジであり、商品先物取引は、その仕組が複雑であり、きわめて危険性の高い投機取引であるから、商品取引員は、先物取引について知識、理解力、資金力がない先物取引不適格者を勧誘してはならない義務がある。

原告は、父親が経営する蕎麦屋の従業員であり、これといった資産がなく(本件取引の委託証拠金や追証拠金は、両親、弟、娘の預金等が充てられた。)、過去に商品先物取引の経験があっても、商品先物取引に必要な知識経験に乏しいものであり、先物取引不適格者である。

被告らは、原告に資金力がなく、先物取引不適格者であることを知りながら、被告Y1は、原告を商品先物取引に勧誘し、被告会社は、平成五年六月下旬か七月上旬にB名義の本件取引が原告によるものであることを知った後も、原告からの委託を拒否することなく、先物取引の受託を続けた。

(二) 断定的利益判断の提供(商品取引所法九四条一号、受託契約準則二二条二号違反)

被告会社の従業員である被告Y1は、平成五年始めころ、原告が勤務する蕎麦屋に赴き、「今やれば儲かる。」などと何度も断定的利益判断の提供をして、違法な勧誘を行った。

(三) 事前交付書面の不交付(商品取引所法九四条の二、取引所定款一二八条の四、受託契約準則三条一項、二二条一号違反)

事前交付書面は、委託者に商品先物取引の仕組・危険性等を理解させる必要から交付が義務づけられているものであり、右書面の交付は契約締結に際して瑕疵のない意思決定を導き、ひいては健全な商品市場を形成し維持するための基本的要件である。それゆえ、その交付義務違反については、刑事罰が定められている(商品取引所法一五九条二号の二)。

そして、右の事前書面交付義務は、商品先物取引の経験者、未経験者を問わず、商品先物取引を始めるすべての者に適用されるべきである。

ところが、本件取引にあたって、被告らは、原告に対し、事前交付書面を交付しなかった。

(四) 約諾書の欠如(受託契約準則二条、三条違反)

商品先物取引契約は、約諾書の取交により成立する要式行為であり、約諾書を取り交わさない契約は、不成立ないし無効であり、そうでないとしても、きわめて重大な義務違反である。

しかるに、被告会社は、原告から約諾書の差入を受けずに、違法な受託を続けた。

(五) 他人名義違反(取引所指示事項3(2)等違反)

商品取引員は、取引所で他人名義による売買取引行為をすることが禁止され、これに違反する場合は刑罰を科せられている(商品取引所法八八条二号、一五二条二号)。この趣旨を受けて、取引所指示事項3(2)において、商品取引員は、他人名義の受託を行ってはならないと規定されている。

他人名義の使用は、仮に、委託者からの要請があったとしても行ってはならないというのが、関係諸規定の趣旨である。

ところが、被告Y1は、原告に対し、「相場をやってみないか。自分の友人の口座を使えば、家族にもうちの会社にも知られずに先物取引ができる。」などと違法な勧誘を行い、その後も、平成五年三月一五日から同月三〇日までに、C、D、Eの各名義を使用した商品先物取引の違法な勧誘を行った。一方、原告は、他人名義であれば、家族にも知られずに都合が良いと考え、また、当時他人名義による取引が禁止されていることを知らなかったので、被告Y1の勧誘に応じて本件取引を行ったが、原告が被告Y1の勧誘に応じたことよりも、登録外務員として先物取引に関する法令の諸規定を熟知している被告Y1が原告に他人名義を勧めることの方がはるかに悪質である。

また、被告会社は、平成五年六月下旬か七月上旬、B名義の本件取引が原告によるものであることを知ったにもかかわらず、その後も右名義による取引行為を勧誘及び許容するなどして、他人名義による本件取引を継続した。

(六) 売買報告書等の不交付(商品取引所法九五条、受託契約準則六条違反)

商品取引員は、委託者に対し、一定の事項を明記した売買報告書等を交付する義務があり、その交付義務違反については刑事罰が科せられている(商品取引所法一五九条二号の三)。

しかるに、被告らは、原告に対し、売買報告書等の書面を一切交付していない。

(七) 追証拠金の徴収時期、方法の恣意的運用

本件取引において、被告会社は、原告に対し、平成五年六月一日から同年八月二日まで合計二九回の委託追証拠金の預託の請求を行ったが、原告は、最終の請求を除く委託追証拠金の預託の請求に対し、受託契約準則に定められたとおりに委託追証拠金が発生した翌営業日の正午までこれを預託したことや、請求どおりの金額を預託したことは一度もなかった。いずれも預託時期はその数日後で、金額においてもその一部を預託したにすぎなかった。被告会社もこれを了承し、原告の建玉を手仕舞せずに維持してきた。

もし、被告会社が、受託契約準則に従って、委託追証拠金の預託を請求し、翌営業日正午までに、委託追証拠金の不足分について強制手仕舞をしていれば、原告は、取引を継続せず、殊に委託追証拠金の預託を重ねるようなこともなく、本件のような莫大な損害を被ることはなかった。

(八) 強制手仕舞の違法性

(1) 被告会社は、平成五年八月二日、原告に対し、一一〇八万九八八四円の委託追証拠金の預託の請求を行い、翌三日、委託追証拠金の預託がなかったとして、原告の建玉全部について強制手仕舞をした(以下「本件強制手仕舞」という。)。

(2) 建玉処分権放棄の合意

本件取引において、被告会社は、受託契約準則に定められたとおりの委託追証拠金の預託がなくとも、原告の建玉を維持してきた。これにより、原告と被告会社との間で、委託追証拠金が発生した場合、翌営業日の正午まで委託追証拠金全額を預託しなくても、原告の建玉を処分しない旨の建玉処分権放棄の明示又は黙示の合意が成立していた。

そして、右の基本的合意に基づき、原告と被告会社との間で、各委託追証拠金発生時に、預託すべき委託追証拠金の額及び納付時期について、原告の意向が最大限尊重されて、その都度個別的に定める旨の合意が成立していた。この個別的合意は、原告と被告Y1が行ったものであるが、被告会社も了承していた。

原告は、平成五年八月二日午後、被告Y1から、一一〇八万九八八四円の委託追証拠金が発生したとの電話連絡を受け、五〇〇万円を預託するので建玉を維持してほしい旨申し入れた。これに対し、被告Y1は、翌三日午前二時ころ、五〇〇万円を預託してくれれば、建玉処分のための電報を打たない、強制手仕舞をしないと述べて、被告会社が建玉処分権を放棄する旨の個別的合意が成立した。

原告は、同日午前八時ころ、被告Y1との電話で、右委託追証拠金全額を預託しなければ、同日の後場一節で原告の全建玉を処分する旨の電報が打たれたことを知った。そこで、原告は、同日午前一一時三〇分ころ、電話で応対した被告Y1を通じて、七〇〇万円を預託して建玉を維持したいと述べたところ、被告会社は、原告が七〇〇万円を預託すれば強制手仕舞しないことを了承した。原告は、同日午後一時一〇分ころ、被告会社秋田支店に現金七〇〇万円を持参し、委託追証拠金として現実の提供をした。

しかるに、被告会社は、同日、原告からの現実の提供を拒否して、原告の全建玉を強制的に処分し、本件強制手仕舞をした。

したがって、本件強制手仕舞は、委託追証拠金預託に関する基本的合意及びそれに基づく個別的合意に反する違法なものである。

(3) 通知義務違反

被告会社は、本件強制手仕舞をするにあたって、委託者が原告であることを知りながら、原告の住所に通知しなかった。

(4) 信義則違反

被告会社は、取引勧誘段階から取引終了段階まで、自ら商品取引所法に著しく違反する行為をしているにもかかわらず、原告の軽微な受託契約準則違反を理由に本件強制手仕舞をした。

また、被告らは、原告に多額の損害を与える意図で、原告の建玉に委託追証拠金が発生してもその都度預託を猶予し、原告をして、委託追証拠金が発生しても必ず支払を猶予してくれものと誤信させて、建玉を維持、増加させ、最終的には、原告が委託追証拠金を預託することが困難であることを奇貨とし、最初から計画的に強制手仕舞を行った。

右の事情によれば、本件強制手仕舞は、信義則に反するものとして、違法なものである。

4  被告らの責任

被告らは、勧誘段階から取引終了段階まで、一貫して商品取引所法等に違反した違法な受託業務を行い、それによって原告に多大な損害を与えたものであるから、被告らは、原告に対して不法行為責任を負う。

被告会社の違法行為は、商品取引員としての善管注意義務に違反したものでもあるから、被告会社は、原告に対して債務不履行責任を負う。

5  原告は、被告らの不法行為及び被告会社の債務不履行によって、次の損害を受けた。

(一) 預託金残金相当額 五〇八一万一四七二円

原告が被告会社に預託した委託本証拠金及び追証拠金は、合計五七〇〇万八〇〇〇円であり、被告会社から六一九万六五二八円の返還を受けた。

(二) 慰謝料 五〇〇万円

(三) 弁護士費用 五〇〇万円

(不当利得)

6  3(四)と同旨。したがって、本件委託契約は、不成立ないし無効である。

7  3と同旨。したがって、被告会社は、取引勧誘から取引終了に至るまで、証券取引所法等に著しく違反する行為を行なっており、本件取引は、全体として違法な取引行為であるから、本件委託契約は無効である。

8  3(八)と同旨。したがって、本件強制手仕舞は、違法なものであり、無効である。

よって、原告は、一次的に不法行為に基づき、被告らに対し、各自金六〇八一万一四七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、二次的に被告会社に対し、債務不履行に基づき、金六〇八一万一四七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、三次的に被告会社に対し、不当利得返還請求権に基づき、五〇八一万一四七二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3(一)  同3(一)のうち、先物取引市場の目的が公正な価格形成とヘッジであること、先物取引は、その仕組が複雑であり、極めて危険性の高い投機取引であることは認めるが、その余は否認する。

(二)  同3(二)は否認する。

(三)  同3(三)のうち、商品取引所法等に原告主張の規定が存在することは認め、その余は否認する。

(四)  同3(四)のうち、本件委託契約にあたって、被告会社と原告との間で、約諾書が取り交わされなかったことは認め、その余は争う。

(五)  同3(五)のうち、被告会社と原告との取引が、B名義のものであったこと、原告が家族に知られたくないとの理由で他人名義で取引したこと、被告Y1が、C、D、Eの各名義を使用した先物取引の勧誘を行ったことは認め、その余は否認ないし争う。

(六)  同3(六)のうち、商品取引員が委託者に対し売買報告書等を交付する義務があることは認め、その余は否認する。

(七)  同3(七)のうち、本件取引において、被告会社が平成五年六月一日から同年八月二日まで合計二九回の委託追証拠金の請求を行ったこと、原告が委託追証拠金の預託の請求に対し、受託契約準則に規定されているとおりに委託追証拠金を預託しなかったこと、被告会社が原告の建玉を手仕舞せずに維持してきたことは認めるが、委託追証拠金の請求が恣意的であったことは否認する。

(八)(1)  同3(八)(1)は認める。

(2) 同3(八)(2)のうち、被告Y1が、平成五年八月二日午後、原告から五〇〇万円を預託するので建玉を維持してほしいとの申入を受けたこと、被告会社が、右同日、原告に対し、右委託追証拠金全額を預託しなければ同日の後場一節で全建玉を処分する旨の電報を打電したこと、原告が、翌三日午前一一時三〇分ころ、電話で応対した被告Y1に対し、七〇〇万円を預託して建玉を維持したいと述べたことは認める。原告と被告会社との間で、原告主張の建玉処分権放棄の明示又は黙示の基本的合意及び個別的合意が成立していたこと、原告が同日午後一時一〇分ころ被告会社秋田支店に現金七〇〇万円を持参し、委託追証拠金として現実の提供をしたことは否認し、本件強制手仕舞が違法であることは争う。

(3) 同(八)(3)は否認する。

(4) 同(八)(4)は否認ないし争う。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  同6は、3(四)のとおり。本件委託契約が不成立ないし無効であることは争う。

7  同7は、3のとおり。本件取引が全体として違法であり、本件委託契約が無効となることは争う。

8  同8は、3(八)のとおり。本件強制手仕舞が違法であり、無効となることは争う。

三  被告らの主張

1  先物不適格者の勧誘

被告らは、原告からその資金が両親や兄弟のものであることはまったく知らされていなかった。

原告は、昭和六〇年ころ、第三者の商品先物取引の相談に乗り、第三者から報酬を受けて商品取引員と示談交渉したり、弁護士の商品先物取引の勉強会で講演したりし、当時の新聞記事にも、原告を評して「商品先物取引に誰よりも詳しい人」「プロ」「相場師」などと記載されている。したがって、原告は、商品先物取引に十分に精通していた。

被告会社は、本件取引が原告によるものであることを知ってからは、原告との取引を縮小する方向で対応し、将来他人名義であることによって起こり得る混乱の予防に努めた。

2  断定的利益判断の提供

断定的利益判断の提供が規制の対象となっている理由は、これにより委託者がその判断が根拠を持つものと誤信し、客の自主的判断の余地がほとんどなくなってしまうことにあるから、違法な断定的利益判断の提供にあたるか否かの判断にあたっては、商品の種類、客の商品先物取引における経験や知識、職業が考慮されるべきである。

原告は、商品先物取引に精通しているものであるから、外務員の発言により影響を受けるものではなく、断定的利益判断の規制の目的にあるような弊害はなかった。

3  事前交付文書の不交付

商品取引員に対し取引前の事前交付書面(委託のガイド)を要求する趣旨は、委託者保護のためである。原告は、商品先物取引の仕組み、危険性を熟知し、右書面の交付がなくても、これによる実質的な弊害はなかった。しかも、原告は、かつて被告会社との取引において、現在の「委託のガイド」とほぼ同内容の「商品取引委託のしおり」を受領しているから、実質的には本件取引においても事前交付書面の交付があったといえる。

また、事前交付文書が不交付であったとしても、これだけで違法ということはできないし、本件委託契約が無効になるわけではない。

4  他人名義違反

取引所指示事項3(2)は、仮名又は他人名義を使用することによる取引をめぐる問題発生等を防止するため、商品取引員は、「委託者に仮名又は他人名義などを使用させること」を「厳に慎む」こととされ、禁止と明記されているわけではない。商品取引員で組織された社団法人日本商品取引員協会の「受託業務に関する規則」において、他人名義を禁止行為としているが、商品取引員内部の自主規制にすぎず、右の違反があるからといって、直ちに委託者と商品取引員との取引が違法になったり、無効となるものではない。

また、本件取引を他人名義でした理由は、原告が本名で取引することによって被告会社から未払金の取立を受けることを防ぎ、原告が商品先物取引を再開したことを家族に知られないようにするためであり、この提案は原告の方から出されたものであった。

5  報告義務違反

被告Y1は、原告に対し、売買報告書等とほぼ同趣旨の建玉明細書、値洗表を、原告からの注文時、金銭の授受時、原告の要求時に交付していた。また、被告会社は、本件取引が原告によるものであることを知った後は、住所の変更をさせたうえで、原告の指定した住所に右法定文書を送付した。

原告も右文書と面談によって、自己の取引内容を把握していた。

6  追証の恣意的運用

商品取引員が強制手仕舞をするかどうか、強制手仕舞をするにしても、委託者の建玉全部を対象にするのか、一部にするのかは、取引員の権利であって、義務ではない。商品取引員は、委託者の資力、証拠金の金額、取引期間、性格、従前までの対応、右証拠金の支払計画、時期、その他委託者に関する諸事情を勘案して、強制手仕舞をするか否かの判断を行うのである。

被告会社では、個々の委託者について、その都度強制手仕舞をするか否か、支払を猶予するか否かを決定し、この決定の最終決定権者は、被告会社本社管理部(以下「管理部」という。)であるが、管理部は支店との間で委託者について情報交換し、まず支店の判断を尊重している。

被告会社の委託証拠金の徴収時期、徴収方法は、ある程度標準化され、恣意的には行われていない。

本件強制手仕舞は、委託追証拠金の請求金額が高額であったこと、電報を打った後における原告の秋田支店における言動、当時の同人の資力、委託追証拠金の支払時期の見通しが立っていなかったことを考慮し、決定されたものであって、恣意的にされたものではない。

7  違法な強制手仕舞

委託追証拠金の猶予をするか否かは、管理部が行うものであって、被告Y1は、委託追証拠金の支払時期、金額、強制手仕舞の決定に関する権限を持つ者ではない。被告会社が建玉処分権を放棄する旨の黙示あるいは明示の合意をする理由はなく、これまで右のような合意に応じた前例もない。原告は、十分な商品先物取引の経験から、被告Y1に右合意に応じる権限がないことや、委託追証拠金が入金されない場合の商品取引員の対処の方法、手順を知っていた。

仮に、右のような合意が成立していたとしても、原告は、七〇〇万円を委託追証拠金として現実に提供しなかった。原告は、納付期限である正午に遅れて来店し、紙袋を机の上に置いただけであり、紙袋から現金を出しておらず、被告会社の従業員は、紙袋の中味を確認していない。原告は、強制手仕舞用の伝票がすでに作成されていたことを知って憤慨し、被告Y1になだめられても収まらず、被告会社秋田支店長らから何回も預託を催促され、強制手仕舞の警告を受けたにもかかわらず、一旦机の上に置いた紙袋をポケットにしまい込み、最終的に七〇〇万円を支払わないで帰宅した。

第三第二事件についての当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、商品取引所法に基づく商品取引員であって、全国各地に所在する各種取引所の全部に加入し、本店を肩書地に、支店を全国各地にもうけ、顧客より右各取引所市場に上場されている商品の先物取引の委託注文を受託すること等を業としている者である。

2  原告と被告会社は、平成五年二月一八日、原告がB名義をもって、被告会社秋田支店を通じ、東京砂糖取引所市場に上場されている粗糖、横浜生糸取引所市場に上場されている生糸、前橋乾繭取引所市場に上場されている乾繭の各先物取引を、受託契約準則に従って各取引所が定めた委託・受託及びその決済をすることを合意した。

3  被告会社は、平成五年二月一八日から同年八月三日までの間に、別紙「委託者別先物取引勘定元帳」記載のとおり、原告から委託注文を受け、各取引所市場において原告の指示どおりの売付、買付をし、その最終仕切差損金、取引税、委託手数料、消費税は次のとおりであり、その合計額は五〇七九万一三二一円である。

(一) 東京砂糖取引所市場の粗糖の取引について(取引期間・平成五年二月一八日から同年八月三日)

売買差金 一〇〇四万円(損)

取引税 一四三一円

委託手数料 九一万円

消費税 二万七三〇〇円

(二) 横浜生糸取引所市場の生糸の取引(取引期間・平成五年六月二九日から同年八月三日)

売買差金 八八五万一五〇〇円(損)

取引税 一六九六円

委託手数料 三三万円

消費税 九九〇〇円

(三) 前橋乾繭取引所市場の乾繭の取引(取引期間・平成五年四月一三日から同年八月三日)

売買差金 二六六八万六八〇〇円(損)

取引税 一万五二九五円

委託手数料 三八〇万三三〇〇円

消費税 一一万四〇九九円

4  被告会社は、本件取引において、原告に生じた損金等について、次のように処理した。

(一) 別紙「委託者別委託証拠金現在高帳」記載のとおり、原告から預託を受けた委託証拠金合計五六五〇万八〇〇〇円を被告の売買損金に振替充当した。

(二) 別紙「委託者別委託証拠金現在高帳」記載のとおり、原告に生じた売買益金合計五六九万六五二八円を証拠金へ振替充当した。

(三) 別紙「委託者清算状況表」記載のとおり、原告に生じた売買益金九八万七七八四円を同年三月三一日原告に支払った。

5  2の商品先物取引委託契約に基づく原告の被告会社に対する差損金等の残高は、九六万七六三三円である。

6(一)  被告会社は、原告に対し、原告がD名義で預託した証拠金六五万五六〇八円の返還債務がある。

(二)  被告会社は、平成五年一一月一七日、原告に対し、右(一)の債務と5の債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

よって、原告は、被告会社に対し、商品先物取引委託契約に基づき、金三一万二〇二五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年九月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

3  同3ないし5は不知。

三  抗弁

1  信義則違反

第一事件請求原因3のとおり。

原告は、客殺しの目的で原告を勧誘し、違法な行為で取引を継続させ、最終的には違法な手仕舞で客殺しを完成させたもので、取引勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が一体として不法行為を構成するものである。

かかる違法行為を行なった被告会社が、被害者である原告に対し差損金を請求することは信義則に反する。

2  本件強制手仕舞の無効

第一事件請求原因3(八)のとおり。

四  抗弁に対する認否

第一事件請求原因に対する認否3のとおり。差損金の請求が信義則違反となること、本件強制手仕舞が無効であることは争う。

第四証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  第一事件について

一  被告会社が国内の商品先物取引の受託業務を業とする会社であること、被告Y1がもと被告会社秋田支店長であり、現在は同支店営業課長代理であること、原告は、父親が経営する蕎麦屋に勤務し、一〇年ほど前に被告会社等を通じて商品先物取引を行った経験があること、原告は、被告会社に対し、東京砂糖取引所市場に上場されている粗糖、横浜生糸取引所市場に上場されている生糸、前橋乾繭取引所市場に上場されている乾繭の各先物取引を委託し、それに伴って、別紙「証拠金預託一覧表」記載のとおり、平成五年二月一八日から同年七月三〇日までの間に、合計五七〇〇万八〇〇〇円の金員を委託証拠金として預託したことは、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と証拠(甲第一、第二、第三の一ないし三、第四の一及び二、第五の一ないし四、第九の一、第一〇ないし第一四、第一六、第一八ないし第二〇、第二六の一ないし五、証人G、証人H、原告本人、被告Y1本人)によれば、本件取引に至る経緯、本件取引の内容等について、以下の事実が認められる。

1  被告会社は、商品取引所法に基づく商品取引員であって、全国各地に所在する各種取引所の全部に加入し、本店を肩書地に、支店を全国各地にもうけ、顧客より右各取引所市場に上場されている商品の先物取引の委託注文を受託すること等を業としている者であり、被告Y1は、もと被告会社秋田支店長であったが、現在は同支店営業課長代理である。

原告は、父親が経営する蕎麦屋に勤務している。

2  原告は、平成二年の旧カネツ商事株式会社(以下「旧カネツ商事」という。)とカネツ貿易株式会社の合併によって現在の被告会社になる以前に、合併前の両社との間で、F名義でもって商品先物取引契約を締結し、精糖、粗糖の商品先物取引を行っていた。

右の先物取引において、原告は、昭和五七年一二月と昭和五九年一月の二度、旧カネツ商事から、「商品取引委託のしおり」及び「受託契約準則」の交付を受け、受託契約準則に従って売買取引を行う旨の承諾書を取り交わし、また、通知書も旧カネツ商事に差し入れている。右各文書の内容は、本件取引において交付すべき事前交付文書(委託のガイド)、約諾書及び通知書とその実質的内容はほぼ同様である。

3  右の取引は、強制手仕舞により終了し、原告は、多大な損失を被ったが、その最終仕切差損金の支払をしなかったため、旧カネツ商事から仕切差損金七〇八万七三〇〇円の支払を求める訴訟が提起された(秋田地方裁判所昭和五九年(ワ)第二八四号商品先物取引仕切差損金請求事件)。原告が請求原因事実を認めたため、昭和五九年一一月一五日旧カネツ商事勝訴の判決が言い渡された。原告は、その支払を履行せず、被告会社も、資産調査で、原告にさしたる資産がなかったため、原告にその履行を求めないでいた。

4  原告は、昭和六〇年ころ、県生活センター所長の依頼を受けて、県生活センターに寄せられた第三者の商品先物取引の苦情等の相談に協力し、第三者のために商品取引員と示談交渉にあたり、その報酬を受けていた。また、原告は、弁護士を相手に、秋田先物・金取引被害問題研究会の勉強会で、商品先物取引の仕組、流れ等について説明し、その際には、商品先物取引の経験に基づく感想を求められて、「毎日血の小便が出るようだった。」と述べている。

右県生活センター所長は、昭和六〇年八月、県民から寄せられた先物取引の苦情や契約の解約要請などの情報を原告にもらし、その謝礼を受け取った収賄容疑で逮捕され、原告もその贈賄容疑で逮捕された。当時の新聞記事では、原告について、「商品先物取引に誰よりも詳しい人」「プロ」「相場師」などと報道されている。

5  被告会社の従業員である被告Y1は、前記2の取引の営業活動で原告と知り合い、その後も、原告が勤務する蕎麦屋に頻繁に食事に行ったり、金銭の貸借をするなどの交際を続けていた。

原告と被告Y1との間で、商品先物取引について話題になることがしばしあったが、原告は、商品先物取引を再開することを希望する一方で、被告会社に対して差損金の未払金があるため被告会社と取引できないことや、家族に知られると困ることを述べていた。そこで、被告Y1は、被告会社の既存の顧客であったB名義で取引を行うことを勧め、原告は、B名義で商品先物取引を行うことに応じた。

本件取引にあたって、被告Y1は、原告が以前に被告会社を通じて商品先物取引の経験があり、原告との会話からも先物取引にかなり精通していると判断していたことから、事前交付書面(委託のガイド)及び受託契約準則を交付しなかったとしても、さして問題にはならないと考えて、右各書面を交付しなかった。また、被告Y1と原告は、B名義による本件取引が原告の取引であることを被告会社に知られないように既存の顧客であるB名義を利用したため、約諾書を取り交わしたり、通知書の提出を受ける手続をとらなかった。

6  原告は、被告会社との間の本件委託契約に基づき、別紙「委託者別先物取引勘定元帳」記載のとおり、平成五年二月一八日から東京砂糖取引所市場に上場されている粗糖、同年四月一三日から前橋乾繭取引所市場に上場されている乾繭、同年六月二九日から横浜生糸取引所市場に上場されている生糸の先物取引を行なった。

本件取引にあたって、原告は、被告Y1の相場判断や意見を聞くことはあっても、それに影響を受けることなく、自らの相場判断に基づいて注文を行い、その注文方法も事前注文を出すことはほとんどなく、商品取引所の取引の立会中に電話での注文によることが多く、売買が成立した場合には、その場で被告Y1からの報告を受けていた。

また、注文が成立したときにその都度送られる売買報告書及び売買計算書は、本件取引がB名義によるものであったため、本件取引が原告によることを知らなかった被告会社は、右書面をBに宛てて送付し、原告には送付しなかった。なお、売買報告書には、商品、限月、約定年月日、場節、売付け・買付けの別、新規・仕切りの別、枚数、約定値段、総取引金額が記載され、売買計算書には、反対売買により建玉を決済したときに売買差損金が記載される。

被告Y1は、原告に対し、売買報告書及び売買計算書に代わるものとして、委託者建玉明細書(建玉の明細)及び委託者値洗表(委託者から預託を受けている委託証拠金の明細、建玉を仮に手仕舞った場合の差損益金)を、原告からの注文時、金銭の授受時等に交付した。原告も、右各文書と自らのメモによって自己の取引内容を把握し、これに基づいて被告会社に注文を出し、売買報告書及び売買計算書の交付を受けなかったことによって、本件取引に支障を生じたことはなかった。

7  被告会社の管理部は、同年六月下旬ころ、本件取引が大きいものであったため、被告会社秋田支店(以下「秋田支店」という。)に対し、B名義の取引が同人によるものかどうかを問い合せ、同支店長が被告Y1に右の点を確認したが、被告Y1は、本件取引はB本人によるものであると説明した。そこで、管理部がBについて資産調査を行ったところ、本件取引がBの資産には相応しくない大きな取引であることが判明した。

被告Y1は、同年七月中旬ころ、原告が作成した「貴社で平成五年二月一八日より取引しているB名義口座は私が依頼し、口座を設けたものです。尚B名義で取引し発生した損益については私が一切の責任を負うことを約束します。」との内容の同月一五日付念書を提出し、被告会社は、B名義の本件取引が原告によるものであることを確認した。

三  そして、証拠(甲第一、第二、第三の一ないし三、第四の一及び二、第六の一ないし一四、第七及び第八の各一ないし四、第一八、第二〇、第二一ないし第二三、第二七の一及び二、第二八、第二九、乙第二、証人G、証人H、原告本人、被告Y1本人)によれば、本件取引における委託追証拠金の預託状況、本件強制手仕舞に至る経緯について、次の事実が認められる。

1  受託契約準則には、約定値段とその日の最終約定値段との価格差(値洗い損)が損計算になり、その額が委託本証拠金の五〇パーセント相当額を超えた場合、その建玉を手仕舞せずに維持するためには、所定の計算方法による委託追証拠金を翌営業日の正午までに預託しなければならないと規定され(九条三項)、また、強制手仕舞について、商品取引員は、委託を受けた取引について、委託者が所定の日時までに預託しないときは、当該委託を受けた取引の全部又は一部を当該委託者の計算において転売又は買戻しにより処分することができ、商品取引員は、右の処分をするときは、その旨をあらかじめ当該委託者に通知しなければならないと規定されている(一三条)。なお、右の通知は、電報(以下「手仕舞電報」という。)によって行われる。

2  被告会社では、強制手仕舞をするかどうか、強制手仕舞をするにしても、委託者の建玉全部を対象にするのか、一部にするのかについて、委託者の資力、委託追証拠金の金額、取引期間、相場の経緯、過去の入金状況、委託追証拠金の入金計画、その他委託者に関する諸事情を総合勘案して判断していた。この決定の最終決定権者は、管理部であるが、管理部は、支店との間で委託者について情報交換し、まず支店の判断を尊重していた。

そこで、秋田支店では、当日の四時ころまでに、委託者に委託追証拠金が発生したか否かが判明するので、電話等により委託者に連絡をとってその旨を報告し、委託者が預託できる委託追証拠金が請求金額に足りないときは、管理部と交渉して、その金額で建玉を維持することの了解をとっていた。

3  本件取引において、原告と被告会社との間で、平成五年六月一日から同年七月一五日まで合計二〇回の委託追証拠金が発生し、被告会社は、その都度、委託追証拠金預託の請求を行なったが、手仕舞電報を打電したことはなかった。

原告は、右の委託追証拠金預託の請求に対し、受託契約準則のとおりに請求を受けた翌営業日の正午までに委託追証拠金を預託したことはなく、金額においてもその一部を預託したにとどまっていた。建玉の維持は、原告の希望に基づくものであった。

被告会社は、同年七月上旬、手仕舞した場合の返還金が少なくなったため、原告の建玉の強制手仕舞を検討したことがあったが、原告から一八五枚の逆指値の注文を受けて、手仕舞電報を打電する措置をとらなかった。

4  管理部及び秋田支店は、仕切差損金の未払金がある原告を不良委託者であると位置づけていたため、同年七月一五日、B名義の本件取引が原告によるものであることを知って、原告に対する委託追証拠金請求においては、原告に入金計画、日時、金額等を具体的に約束させ、厳正に対処する方針をとることにした。

第一回目及び第二回目の手仕舞電報の経緯は、次のとおりである。

(一) 七月一九日、被告会社は、原告に対し、委託追証拠金一二二二万八三三二円を請求するとともに、これが預託されないときは原告の建玉全部を手仕舞する旨の一回目の手仕舞電報を打った。一回目の手仕舞電報が打たれた理由は、不良委託者であると認識していた原告の取引であることが判明したため、被告会社が厳正に対処する方針をとったこと、手仕舞残金が二四〇万円であったこと、値動きが激しいとされる乾繭、生糸の建玉が六月三〇日の時点で七〇枚であったのが、七月一九日の時点で一三〇枚に増加していたこと、一三日、一五日の委託追証拠金の預託請求に対して原告からまったく預託されなかったことを理由とするものであった。

原告は、翌日六〇〇万円を入金し、残金の六二二万円についても一応の入金計画を示すとともに、原告の建玉三四〇枚について逆指値(一定額以上になったら買う、一定額以下になったら売る、といった指示であり、ある価格以上の損失を被らないよう仕切り注文の際に用いられる。)の注文の申出をしたため、被告会社は、残金六〇〇万円の預託を猶予した。

(二) 七月二二日、被告会社は、被告Y1に指示して、原告の建玉(乾繭売建五〇枚、買建一五〇枚の合計二〇〇枚、生糸買建五〇枚、粗糖買建五〇枚)を確認するとともに、売買報告書等の郵送先を変更する内容の書面(甲第二七の一)を原告に提出させた。

(三) 七月二八日、被告会社は、原告に対し、委託追証拠金三〇三万一六三六円を請求し、翌二九日、これが預託されないときは原告の建玉全部を手仕舞する旨の二回目の手仕舞電報を打った。電報が打たれたのは、原告が二三日に約束していた委託追証拠金の残金二二二万円の預託が実行されなかったこと、手仕舞した場合の返還金が少なくなったこと、値動きの激しい乾繭、生糸の建玉が百五〇枚に増え、しかも、相場の変動で損がさらに拡大する可能性がある買あるいは売だけの片玉が多くなっていたことなどの理由からであった。これに対し、原告は、翌日、委託追証拠金三〇四万を預託した。

(四) 原告は、管理部に本件取引が原告によるものであることを知られてからは、委託追証拠金の請求の都度、被告会社から委託追証拠金の入金計画の提示を求められたり、委託追証拠金の預託が、被告Y1による集金によっていたものが秋田支店へ持参しなければならなくなったり、さらには手仕舞電報を打たれるなど、被告会社からの委託追証拠金預託の請求が厳しくなったことを感じていた。

5  八月三日の強制手仕舞の経緯は、次のとおりである。

(一) 被告Y1は、八月二日夕方、委託追証拠金が発生したことを知り、原告に連絡したところ、なんとか五〇〇万円は用意できると言われ、建玉を維持することができるように交渉すると答えた。

被告Y1は、その旨を上司に報告し、秋田支店G支店長(以下「G支店長」という。)は、管理部と相談したうえで、もう少し何とかならないかと被告Y1に述べた。

(二) 被告会社は、同日午後八時ころ、原告に対し、原告の手仕舞返還金が三四〇万円になったこと、乾繭、生糸の片玉がさらに増えたこと、原告から残り六〇〇万円の具体的な入金計画等の提案がなかったことなどから、委託追証拠金一一〇八万九八八四円を請求するとともに、右金額の預託がないときは建玉全部を手仕舞する旨の三回目の手仕舞電報を打った。

原告は、翌三日午前一時ころ、被告Y1からの連絡で、手仕舞電報が打たれたことを知った。

(三) 原告は、同日午前中、被告会社に電話し、被告Y1に対し、二〇〇万円を上積みした七〇〇万円を金融機関から借り入れてそれを預託し建玉を維持したいと連絡し、被告Y1は、原告が七〇〇万円を持参することを上司に伝えた。

被告会社では、原告が七〇〇万円を持参した場合、不足金額分を手仕舞する方向で処理し、それに応じなければ、原告の建玉全部を強制的に手仕舞する方針を考えていた。

(四) 被告Y1は、粗糖の後場一節の立会時間が迫ってきたので、東北地区各支店を束ねるI部長の指示を受けて、手仕舞伝票を書いて、業務に伝票を回した。

原告は、平成五年八月三日午後一時一〇分ころ、秋田支店に現金七〇〇万円を持参し、紙袋に入れたままで机の上に置いた。

原告は、「手仕舞どうしましょうか。」と女性従業員がG支店長に質問したことから、強制手仕舞の伝票がすでに作成されていたことを知り、何で手仕舞するのかと激怒した。G支店長は、原告に対し、何度も入金するかどうかを確認し、入金しないなら強制手仕舞すると述べたが、原告は、まず手仕舞を撤回するように主張して言い争いとなり、最後には、電報どおりやればいいだろうと述べ、現金の入った紙袋をポケットにしまい込み、結局、委託追証拠金を入金しないで帰宅した。

そこで、被告会社は、原告の建玉全部について、強制手仕舞を行った。

四  商品取引所法は、その規定の性格上、行政上の取締法規であるとみられるうえ、受託契約準則、取引所指示事項等は、商品取引所、商品取引員の自主的取決めであり、実質的にみても、委託者が、利益を受けた場合にはこれをそのまま享受しながら、損失を被ったような場合にだけ右諸規定の違反を理由として損害賠償を請求することを認めるのは、委託者の保護という目的を逸脱することになって相当ではなく、むしろその保護は商品取引所法の罰則や主務大臣の監督上の処分により維持すべきであるから、右諸規定に反したというだけでもって、ただちに違法であるということはできない。

しかしながら、他方で、商品取引所法等は、取締法規又は商品取引所ないし商品取引員の自主的取決めではあるけれども、商品先物取引がきわめて投機性の高い特殊な取引であって、商品取引をする一般大衆が損失を被る危険性が大きいため、商品取引の適正を確保することにより委託者が不測の損害を被らないように保護育成していくために定められているものであるから、商品取引員及びその従業員の注意義務の内容を構成するものであって、当該委託者との関係で、右規定の違反の程度が著しく、商品先物取引としての社会的相当性を欠き、委託者の自由な意思に基づく判断を妨げるような態様で勧誘、受託業務が実施された場合には、その行為は不法行為を構成し、商品取引員及びその従業員は、右の違法な勧誘、受託業務によって委託者が出捐した金員を損害として賠償すべき責任があるということができる。

そうであるとすれば、委託者に対する関係で、右規定に反する程度が著しいか否かは、商品取引所法等における規制の目的及び趣旨、当該委託者の属性、とりわけ、委託者が商品先物取引の仕組、危険性について、どの程度の認識を有していたか、違反行為によって右規制の目的及び趣旨がどの程度損われたか、違反行為が行われるに至った事情等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである。

五  勧誘における違法行為について

1  商品取引所法九四条一号には、断定的利益の判断を提供して商品先物取引の勧誘を行うことが禁止され、また、同法九四条の二、取引所定款一二八条の四、受託契約準則三条一項には、商品取引員は、委託契約の締結に際し、事前交付書面と受託契約準則を委託者に交付しなければならないと定められている。商品取引員が商品先物取引に勧誘するにあたっては、商品先物取引の仕組とそれがきわめて危険性の高い投機取引であることを説明し、顧客が誤った認識と理解で商品先物取引行為に加わることがないように配慮すべき義務があり、前記の諸規定もこの趣旨を明らかにしたものということができ、委託者の自主的かつ自由な判断を阻害するような態様で勧誘が行われたと認められるときには、右規定の違反の程度が著しく、その行為は違法になるということができる。

原告は、本件取引の勧誘にあたって断定的利益判断の提供が行われたと主張し、外務員である被告Y1が原告に対して、商品先物取引によって利益が得られる程度のことは述べたであろうと推認することはできるが、前記二で認定したところによれば、原告は、本件取引以前においても、被告会社等を通じて商品先物取引を行い、被告会社に委託しての取引では多大な損失を被った経験があり、商品先物取引の仕組、危険性を十分に理解していたものであるから、被告Y1がそのようなことを述べたとしても、原告がこれをそのまま信じたとは考え難く、本件委託契約は、商品取引経験のある原告の自由な判断ないし意思決定のもとで行われたと認めるのが相当である。したがって、原告の右主張は理由がない。

また、本件委託契約にあたって、事前交付書面が原告に交付されなかったことは、前記二で認定したとおりであるが、本件取引以前において、被告会社等に委託しての商品先物取引の経験があり、素人であっても商品先物取引の仕組、危険性を十分に理解していたものであることは、右のとおりであるうえ、前記二で認定したところによれば、原告は、かつて被告会社との取引において、事前交付書面とほぼ同内容の「商品取引委託のしおり」を受領しているのであるから、事前交付書面の不交付はただちに違法とはならない。

2  取引所指示事項3(2)は、商品取引員は、「委託者に仮名又は他人名義などを使用させること」を「厳に慎むこと」とされ、商品取引員で組織された社団法人日本商品取引員協会の「受託業務に関する規則」では、他人名義を禁止行為としているところ、被告Y1が他人名義での取引を原告に勧めたことは、前記二で認定したとおりである。

しかしながら、仮名又は他人名義の使用が禁止されているのは、建玉制限など市場管理上の問題を生じたり、脱税やマネーロンダリング等の違法行為の手段として商品先物取引が利用されることになるため、これらを防止しようとする趣旨のものであり、実際にも、仮名又は他人名義を使用するのは、商品取引員や外務員の側よりも、むしろ委託者側にその理由があることが多いから、そのような委託者との関係で、その違反が直ちに違法行為となったり、契約が公序良俗に反して無効とされるものでない。

本件においても、前記二で認定したところによれば、被告Y1が原告に他人名義での取引を勧めたのは、原告が過去の経緯から本名で商品取引員と取引をすることが困難であると考えられたことや、商品先物取引を再開したことを家族に知られないようにするためであり、原告も、商品先物取引を再開することを希望し、被告Y1からの右勧めを受けて、積極的に他人名義の取引に応じたものと認められる。

したがって、右のような原告との関係で、被告Y1による他人名義の取引の勧誘が違法行為であるとまでいうことはできない。

3  受託契約準則二条、三条では、商品取引員は、新規に取引の委託をするときは、商品先物取引の危険性を認識したうえで受託契約準則に従って売買取引を行なうことを承諾する旨の約諾書を取り交わさなければならないとされ、また、約諾書の交付を受けた後でなければ取引の委託を受けてはならないと規定されているから、実質的には、約諾書の差入を受けておくことが委託を受ける際の商品取引員の義務となっているところ、被告らが、原告から約諾書の差入を受けていないことは、前記二で認定したとおりである。

約諾書は商品先物取引契約の契約書であるが、原告は、商品先物取引の基本契約である受託契約は、約諾書の交付により初めて成立する要式行為であると主張する。

しかしながら、約諾書の差入を受けておくことを委託を受ける際の商品取引員の義務とした趣旨は、商品先物取引に参加する意思を文書で確認することにより委託者自身の注意を喚起するためにあるが、右の定めがある受託契約準則は、国家的規制が課せられてはいるものの、商品取引所が定めた自主的な規則にすぎないから、商品先物取引契約が約諾書の交付により初めて成立する要式行為であると解することはできない。

また、右の約諾書が要求される趣旨からすれば、約諾書の差入を受けずに委託を受けたからといって、直ちに違法行為となるものではなく、まして、本件においては、原告は、商品先物取引の経験者であり、商品先物取引の仕組と危険性を十分に理解し、また、原告と被告会社との間で約諾書が取り交わされなかったのは、本件取引が既存の顧客であるB名義によるものであり、原告による取引であることを被告会社に秘匿するためであったのであるから、このような原告との関係で、被告会社が原告から約諾書の差入を受けなかったことをもって違法であるということはできない。

六  取引中における違法行為について

1  売買報告書等の不交付

商取法九五条、受託契約準則六条によれば、売買取引行為があった場合、商品取引員は、委託者に対し、書面をもって、成立した取引の種類ごとの数量及び対価の額又は約定価格等並びに成立の日を通知する義務があり、右通知は、注文が成立したときにその都度売買報告書及び計算報告書を委託者に送付することによって行われているところ、被告会社が原告に売買報告書及び計算書を送付しなかったことは、前記二で認定したとおりである。

しかしながら、本件取引は、被告会社に原告による取引であることを秘匿するために、B名義を使用したものであったために、被告会社は、売買報告書及び計算書をB宛てに送付していたものであり、売買報告書及び計算書が送付されなかったのは、そもそも原告の行為に起因するものということができる。また、実質的にみても、被告Y1は、原告に対し、建玉明細書、値洗表の各文書を、原告に交付し、原告も建玉明細書、値洗表の各文書と自己のメモで取引状況を確認し、そのうえで、自己の意思と判断に基づいて、被告会社に対し、被告Y1を通じて注文を行っていることは、前記二で認定したとおりであり、原告が先物取引を行うにあたって、売買報告書及び計算書がなかったために、その判断を誤らせるような事態が生じたと認めることもできない。

したがって、被告会社が原告に売買報告書及び計算書を送付しなかったことをもって違法であるということはできない。

2  追証の恣意的運用

原告は、本件強制手仕舞に至るまで、受託契約準則に規定されているとおりに委託追証拠金を預託したことはなく、被告会社も、これを最終的には了承して、原告から委託追証拠金全額を徴収せずに、原告の建玉を維持してきたことは、前記三で認定したとおりである。

しかしながら、強制手仕舞するか否かは、商品取引員の権利であっても、義務ではないから、商品取引員が、委託者の商品先物取引に対する無知に乗じて取引を継続したとか、委託者の強制手仕舞の意向を無視して取引を継続したとかの特段の事情がない限り、強制手仕舞しなかったことをもって違法行為であるということはできない。

そして、前記二及び三で認定したところによれば、原告は、商品先物取引の仕組、流れについて理解し、被告会社は、原告の取引維持の希望に基づいて、原告の建玉を維持してきたのであるから、右の特段の事情は認めることはできない。

したがって、委託追証拠金の運用において、被告らに違法行為があったということはできない。

七  強制手仕舞の違法について

1  強制手仕舞するか否かは、商品取引員の権利であっても、義務ではないことは、前記のとおりである。

原告は、本件取引において、原告と被告会社との間で、委託追証拠金が発生した場合、受託契約準則のとおり翌営業日の正午まで委託追証拠金を預託しなくても、原告の建玉は処分しない旨の明示又は黙示の合意が成立し、右の基本的合意に基づき、各委託追証拠金発生時に、預託すべき委託追証拠金の額及び納付時期は、原告の意向が最大限尊重されて、その都度定められ、本件強制手仕舞にあたっても、七〇〇万円を預託すれば原告の建玉全部について強制手仕舞をしないとの個別的合意が成立していたと主張する。

しかしながら、原告は、本件強制手仕舞に至るまで、受託契約準則に規定されているとおりに委託追証拠金を預託したことはなく、被告会社も、これを最終的には了承して、原告の建玉を維持してきたことは、前記のとおりであるが、右の事情だけでは、単に被告会社が建玉処分権を行使しなかったというにすぎない。委託追証拠金は商品取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、商品相場は日々変動し、商品取引員にとってみても委託追証拠金を徴収せずに取引を継続することには危険が伴うものであるから、商品取引員である被告会社が、委託者に対する建玉処分権を事前に放棄するようなことは通常ではありえないことである。また、原告も、前記二で認定したような商品先物取引に対する関わりからして、委託追証拠金が預託されなかった場合の商品取引員の委託者に対する対処の方法、手順を知っていたと推認することができるから、受託契約準則に規定されているとおりに委託追証拠金を預託しなかったことを被告会社が了承したことが、建玉処分権を放棄する趣旨のものでないことは十分に弁えていたものと考えられる。したがって、原告が主張するような事前の基本的合意があったことを認めることはできない。

また、本件強制手仕舞にあたって、七〇〇万円を預託すれば原告の建玉全部について強制手仕舞をしないとの個別的合意があったとも主張するが、被告Y1のこれと反対趣旨の供述があるうえ、前記三で認定したところによれば、被告会社は、原告を不良委託者であるとの認識を持ち、本件取引が原告によるものであることを確認した後は、委託追証拠金請求について厳正に対処する方針をとることにしたこと、原告は、すでに二回の手仕舞電報を打たれ、その際にも、不足分に対応する逆指値の申し出や入金計画の提示をして、強制手仕舞を猶予されてきたこと、したがって、三回目の手仕舞電報を打たれたときには、原告の信用はすでに失われ、委託追証拠金の一部七〇〇万円を預託しただけでは、無条件に建玉全部の強制手仕舞を猶予できる状況になかったこと、被告会社秋田支店長は、七〇〇万円の預託があった場合にも不足分については強制手仕舞をすることを考え、原告も被告会社の対応から右の切迫した状況を感得していたこと、原告は、以前の被告会社における取引においても、強制手仕舞を受けた経験があること等の事情が認められ、これらの諸事情によれば、本件強制手仕舞にあたって、原告と被告会社との間で、原告が七〇〇万円を預託すれば強制手仕舞をしないとの合意があったとは認めることはできない。

また、原告は、委託追証拠金の預託として七〇〇万円の現実の提供を行なったと主張するが、前記三で認定した事実によれば、原告は、納付期限の正午に遅れて秋田支店に赴き、お金を持参したとの趣旨のことを述べて、現金の入った紙袋を机の上に置いたものの、「手仕舞どうしましょうか。」と女性従業員が支店長に質問したことから、強制手仕舞用の伝票が作成されていたことを知って激昂し、被告会社秋田支店長から何回も支払をするかどうか確認され、支払わなければ強制手仕舞をする旨の警告を受けながら、電報どおりやればいいじゃないかと述べて、一旦机の上に置いた紙袋から現金を出さないままポケットにしまい込み、結局、委託追証拠金を預託しないで帰宅したのであるから、委託追証拠金の預託として七〇〇万円の現実の提供を行なったと認めることはできない。

したがって、基本的合意及び個別的合意があることを前提として本件強制手仕舞が違法であるとの原告の主張は、いずれの点からみても理由がない。

2  被告会社は、本件強制手仕舞をするにあたって、委託者が原告であることを知りながら、原告の住所に通知しなかったと主張するが、証拠(甲第八の一ないし四、第二〇、被告Y1本人)によれば、被告会社は、原告が指定した住所に宛てて、一一〇八万九八八四円を三日正午までに入金をしなければ、同日後場一節で原告の建玉全部を手仕舞する旨の手仕舞電報を打ったことが認められるから、原告の右主張は理由がない。

3  信義則違反

原告は、本件強制手仕舞をすることは信義則に反して違法であると主張するが、本件取引において、被告会社に違法行為と評価しうるような行為がなかったこと、本件強制手仕舞が違法でないことは、これまで判示したとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

八  不法行為及び債務不履行について

これまで判示したところによれば、被告らに商品取引所法等に形式的に反する行為はあっても、原告の商品先物取引の経験及び知識、本件取引の経緯に照らせば、原告との関係で、その違反の程度が著しいとはいえないから、被告らの不法行為は成立しないし、被告会社が善管注意義務に違反したということもできない。

したがって、不法行為に基づく原告の被告らに対する損害賠償請求及び債務不履行に基づく原告の被告会社に対する損害賠償請求は、いずれも理由がない。

九  不当利得返還請求について

先物取引契約が約諾書の取交を要件とする要式行為でないことは、前記のとおりである。したがって、約諾書の取交がないことを理由に本件委託契約が不成立ないし無効であるとの原告の主張は失当である。

被告会社が、本件取引において、原告との関係で、証券取引所法等に著しく違反する行為を行なったと認めることはできないことは、前記のとおりであるから、本件取引が違法であることを理由に本件委託契約の無効を主張する原告の主張は理由がない。

さらに、本件強制手仕舞が違法ではないことは、前記のとおりであるから、本件強制手仕舞が違法であることを理由にその無効を主張する原告の主張も理由がない。

以上によれば、原告の被告会社に対する不当利得返還請求は理由がない。

第二  第二事件について

一  請求原因1(原告)の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(本件委託契約)の事実のうち、証拠(甲第一、第二、第三の一ないし三、第一八、被告Y1、原告本人)によれば、原告と被告Y1は、原告がB名義をもって、被告会社秋田支店を通じ、東京砂糖取引所市場に上場されている粗糖、横浜生糸取引所市場に上場されている生糸、前橋乾繭取引所市場に上場されている乾繭の各先物取引を行うことを合意したことが認められる。

そして、商品取引所法に基づいて定められた各取引所の受託契約準則は、いわゆる普通契約約款であるから、当該取引所の商品市場における売買の委託については、その知、不知を問わず、委託者を拘束すべきものであるが、さらに、本件においては、原告は、先物取引の経験者であり、以前の被告会社との先物取引契約にあたって、受託契約準則の規定を遵守して売買取引を行うことを承諾する旨の承諾書を取り交わしたことがあることは、第一事件で認定したとおりであるから、原告と被告会社は、右取引にあたって、先物取引の委託・受託及びその決済について各取引所が定めた受託契約準則に従って行うことを合意したことが認められる。

そうすると、請求原因2の事実が認められる。

三  証拠(甲第一、第二、第三の一ないし三、第四の一及び二、第五の一ないし四、第一八)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3(仕切差損金等の存在)、4(損金の処理)、5(仕切差損金等の残高)の事実がすべて認められる。

四  弁論の全趣旨によれば、請求原因6(一)(被告会社の原告に対する委託証拠金返還債務の存在)の事実が認められ、同6(二)(相殺の意思表示)の事実は、当裁判所に顕著な事実である。

五  そこで、原告の抗弁について判断する。

1  信義則違反

本件取引に不法行為となるほどの違法行為がなかったことは、第一事件における判断のとおりであるから、被告会社が原告に対し本件取引に基づく仕切差損金等を請求することが信義則に反することはない。

2  本件強制手仕舞の無効

本件強制手仕舞が違法でないことは、第一事件における判断のとおりであるから、本件強制手仕舞が無効になる余地はない。

3  そうすると、原告の抗弁はいずれも理由がない。

第三  よって、第一事件について、原告の被告らに対する各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、第二事件について、被告会社の原告に対する請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用について民訴法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

<以下省略>

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