秋田地方裁判所 昭和27年(行)22号 判決
原告 京谷仁左衛門
被告 天王町選挙管理委員会
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告委員会が昭和二十七年十一月二十五日為したる秋田県南秋田郡天王町々長解職請求者署名簿の署名を有効と認めた決定並びに同年十二月二日原告の異議申立を却下せる決定及び右町長解職請求署名簿は何れも無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
第一、原告は昭和二十六年四月二十三日以降天王町長の職にあつたものであるが、同町選挙権者(以下有権者という。)訴外伊藤達蔵外百五十九名が代表者となり、昭和二十七年十一月十四日より同月二十五日迄の間天王町長たる原告の解職請求署名収集をなし法定数である同町有権者総数六千百四名の三分の一である二千五名を越える二千四百三十名の署名を得たりと称し、同年十一月二十五日該署名簿(以下本件署名簿という。)を被告に提出し該署名が選挙人名簿に記載されたものであることの証明を求めたところ被告は審査の結果、同日該署名は有効である旨決定し、その旨の証明をなし、同日これを告示し、翌二十六日より七日間天王町役場に於て該署名簿を関係人の縦覧に供したので、原告は右縦覧期間内の同年十二月二日被告に対し右署名簿が無効であるとして異議を申立たところ同日被告は原告の異議申立が法定の手続に違背し不適法であるとしてこれを却下した。
第二、然れども本件署名簿を有効と認めた決定及び原告の異議申立を却下した決定は被告選挙管理委員会の委員たる訴外安田甚吉欠席の儘被告委員会が議決してなしたものであり、これは市町村の選挙管理委員会が会議を開くには全員の出席を要する旨を定めた地方自治法第百八十九条第一項に違背するから、かかる違法な手続によつてなされた前記の決定は共に無効である。仮に然らずとするも本件署名簿を有効と認めた決定は審査を経ずしてなされたものであるから地方自治法第七十四条の二第一項第八十一条第二項に違背し違法であつて該決定は無効である。
第三、本件解職請求署名は左記理由により無効である。
(一) 地方自治法第八十五条により準用される公職選挙法第八十九条及び地方自治法施行令第百九条、第百十六条の二、第百十八条によれば国又は地方公共団体の公務員は総て在職中解職請求代表者たり得ないにもかかはらず、代表者の内訴外三浦三蔵外十名は公務員で夫々秋田県統計調査員、天王町嘱託員、天王町連絡班長であるからこれらのものの収集した署名は地方自治法第七十四条ノ三第一項第一号にいわゆる法令の定める成規の手続によらない署名として全部無効である。
(二) 訴外佐藤哲治外四名は昭和二十七年十一月二十五日前記本件署名簿に関する決定をなした被告委員会の開催当日に被告委員会の臨時職員に任命されたが、それ以前既に事実上同委員会の職員としてその事務をとつていたものと認め得るところ、同人等は本件解職請求署名収集運動をなしているからこれらのものが参加してなした本件解職請求運動は公職選挙法第百三十六条第二項第一号に違背し違法であり、かかる違法な解職請求運動により収集された署名は法令の定める成規の手続によらない署名として無効である。
(三) 仮りに右が何れも理由なしとするも、丸谷リツ外十八名の署名は請求代表者により偽造されたもの、渋谷キツヱ外六百九名の署名は偽造若しくは代筆代印されたものでありいずれも無効である。さすれば有効署名は、前示署名総数二千四百三十名より右を控除した千八百一名に過ぎず解職請求に必要な法定数たる有権者総数六千百四名の三分の一たる二千五名に達しないから本件解職請求は成立しないことになる。
以上の次第であるから請求の趣旨記載の如き判決を求めるため本訴に及ぶと陳べ、
(四) 尚本件解職請求に対する賛否の投票は昭和二十七年十二月十九日御庁昭和二十七年(行モ)第一号行政処分執行停止事件に於てその執行が停止せられたが、その後同年同月二十三日有権者訴外沼田竹造外七十八名の請求代表者により再び解職請求署名運動がなされ、右の収集せる署名簿による解職請求に対する賛否の投票は昭和二十八年三月二十六日施行され、その結果有権者総数の過半数の同意を得て同年五月十二日町長選挙が施行された。しかして原告は右の解職請求署名簿については、御庁に出訴し昭和二十八年(行)第二号署名簿無効確認請求事件として係属中であるが、右解職請求に対する賛否の投票に関しては何等不服申立もしなかつたけれども、右町長選挙の効力に関しては原告は法定の期間内に異議申立を為したが、被告委員会は同年六月二十四日これを却下したので同年七月十四日更に秋田県選挙管理委員会に訴願し目下係属中である。
されば後に行はれた署名収集にある署名簿が無効と確定すれば前回賛否投票町長選挙も無効となり本件署名簿にもとづいて再び賛否投票が行はれることになるから本訴を維持する利益がある又訴訟費用負担の為にも本案につき審理判断する必要がある。と陳べ立証として甲第一号証の一、二、三甲第二乃至第九号証を提出し、証人菅生留吉外五百三名(別紙目録の通り)の尋問を求めた。
被告訴訟代理人は「原告の請求はこれを棄却する。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中
第一の事実は解職請求署名者が選挙人名簿に記載された者であることの証明に関する審査決定の内容の点を除き他はこれを認める。右決定は全部有効としたのではなく、伊藤キミ外四十九名の署名は自署に非ずと認め無効としその余を有効としたのである。
第二の事実中解職請求署名者が選挙人名簿に記載された者であることの証明に関する決定並びに原告の異議申立を却下せる決定に訴外安田甚吉が関与しなかつた事実は認める。然れども右証明に関する決定をなすため、昭和二十七年十一月二十五日委員会を開催する旨の招集状を発したところ訴外安田甚吉は出席を拒否したので、委員長二田亮は事態を地方自治法施行令第百三十七条第一項にいわゆる委員会が成立しないとき若しくは委員会を招集する暇のないときに当ると考へ、右につき委員会を開かないで同委員長が専決処分をなし、その後同年十二月委員会を招集したところ安田委員欠席につき地方自治法第百八十九条第三項により補助員訴外三浦周治を招集の上同日委員会を開き右専決処分の承認を受けたものであり、原告の異議申立を却下せる右決定も又訴外安田委員が欠席したので、補助員である右三浦周治を招集の上審査決定したものであつて何れも違法ではない。
第三の事実中
(一) の点は解職請求代表者中訴外三浦三蔵外十名が原告主張の如き職にあつたことは認める。然しそれらの職は何れも公務員とは言へないからこれらの者が代表者であつても何等違法ではない。
(二) の点は原告主張の日時佐藤哲蔵外四名のものを被告委員会の臨時職員に採用したことは認めるが、その余は否認する。
(三) の点は被告が無効と決定した前記伊藤キミ外四十九名の署名は自署に非ず無効であるが、その余の署名は総て有効である。
(四) の有権者訴外沼田竹造等の解職請求署名運動による解職請求に対する賛否投票町長選挙の執行迄の経過事実及び該賛否投票に対し原告が何等不服申立をしなかつた事実はいずれも認める。
以上のとおりであるから本件署名簿は法定数の有効署名があるから原告の請求は理由がないのみならず後に行われた署名簿に関する賛否投票の効力に関し何等不服申立をしないで出訴期間を徒過したのであるから最早賛告投票の効力を争い得ず、本訴を維持する利益がないと述べ甲各号証の成立を認めた。
三、理 由
原告が昭和二十六年四月二十三日以降天王町長の職にありしところ同町有権者訴外伊藤達蔵外百五十九名が代表者となり、昭和二十七年十一月十四日より同月二十五日迄の間天王町長たる原告の解職請求署名の収集をなしてから該署名に対する異議申立が却下せられるまでの経過事実(但し署名簿の署名が選挙人名簿に記載された者であることの証明に関する審査決定の内容の点を除く)、右解職請求に対する賛否投票は同年十二月十九日当庁昭和二十七年(行モ)第一号行政処分執行停止事件において執行が停止せられたこと、その後同年同月二十三日から新たに有権者訴外沼田某等が請求代表者となり町長たる原告の解職請求署名の収集をしたので、原告は右の署名簿の効力を争ひ被告に異議申立をし、更に当裁判所に出訴し、昭和二十八年(行)第二号町長解職請求署名簿無効確認請求事件として係属中、右署名簿による解職請求に対する賛否の投票が昭和二十八年三月二十六日施行せられ過半数の同意を得た結果原告が町長の職を失ひ、町長選挙が同年五月十二日施行せられたが、原告は右賛否投票の効力に関しては何等不服申立をしなかつたこと以上の経過事実が原告主張の如きものであることは当事者間に争ないところである。
よつて先ず原告が本訴を維持する利益があるかどうかの点を判断する解職請求に対する賛否投票は適法な請求を前提として行わるべきところ、法定の有効署名の存することは解職請求の要件であるから、これを欠く請求に基いてなされた賛否投票の手続は、投票を行うべきでないに拘らずこれを行つた違法があることに帰着する。後記改正前の地方自治法の下においては、請求者の署名の効力はすべて賛否投票の効力を争う訴訟において、その無効原因として主張すべきものであつたことは明かである。しかるに昭和二十五年法律第百四十三号改正地方自治法第七十四条の二(同法第八十一条第二項により普通地方公共団体の長の解職につき準用をみる。)の規定により新たに署名の効力に関する独立の争訟が設けられ、同法第二百五十五条の二の規定により署名の効力はこれによつてのみ争うことができ、同時に右の規定によつて賛否投票の効力を争う方法についても制限を設けられるに至つた。そこで右の署名の効力に関する争訟の判決の効力ないしこれと賛否投票の効力に関する争訟との関係については改めて検討を要することとなつた。右の点に関する地方自治法の規定は必ずしも明かでないが前掲諸規定を検討すると、署名の効力に関する争訟においては直接には、各署名の有効無効が確定されるに止まり、右争訟の結果により有効署名の選挙権者総数に対する比率が法定の割合に達しないこと、かかる瑕疵が直接請求手続を違法ならしめ、延いては賛否投票の無効原因となるという関係はすべて賛否投票に関する争訟において確定さるべきものと考える。従つて賛否投票に関する争訟を経ない限り署名の効力に関する争訟の結果によつて、当然に賛否投票の効力が左右されるものと解することは困難である。してみれば、前記当庁昭和二十八年(行)第二号町長解職請求署名無効確認請求事件に関する賛否投票が昭和二十八年三月二十六日執行され、有権者過半数の同意を得たこと、右につき法定期間内に何等不服申立がなかつた結果同年五月十二日町長選挙が執行されたこと前示のとおりであるから同事件においては、原告は最早右賛否投票の効力を争い得ず原告は町長の職を失つたことが確定したのである。従つて本件賛否投票をなす必要消滅し又本訴を維持する利益もなくなつたものといわざるを得ない。
原告は訴訟費用負担を決するため右本案につき尚審理判断する必要ありというけれども、既に右の様に原告の懈怠により訴訟物に関する判断をしてもその目的を達しられなくなつたのであるから当初より訴の利益ないのに訴を提起した場合と同様に解するを相当と考える。
されば爾余の点に関する判断を省略し原告の本訴請求は理由なきものとして、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 小嶋彌作 安岡満彦 松本武)
(別表省略)