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秋田地方裁判所 昭和34年(わ)204号 判決 1962年8月31日

判   決

大成実業株式会社

右代表者代表取締役

谷田藤三

会社役員

谷田藤三

会社役員

杉江夘造

会社役員

新谷正

山下武二

被告人大成実業株式会社に対する商品取引所法違反、同谷田勝三に対する業務上横領、商品取引所法違反、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使、商法違反、同杉江夘造、同新谷正、同山下武二に対する各業務上横領、商品取引所法違反被告事件について当裁判所は検察官松田紀元出席の上審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人谷田藤三を懲役十月に、

同山下武二を懲役六月に、

同杉江夘造及び同新谷正を各懲役四月に、

各処する。

但し被告人四名に対し、いずれも本裁判確定の日より二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人木龍二三子、同種村謹一、同古関幸平、同平塚仲治、同増田彦四郎、同西川一郎、同野村源二郎、同五十嵐平助に支給した分は被告人谷田藤三の負担とする。

被告人大成実業株式会社は無罪。昭和三十四年十一月四日附起訴状記載の公訴事実のうち被告人谷田藤三、同山下武二の両名が昭和三十四年八月十日東北電力外三銘柄千百株、同月十一日鶴見臨港二千株を夫々売却横領したとの点、及び昭和三十四年十一月三十日附起訴状記載事実のうち被告人谷田藤三、同新谷正の両名が昭和三十四年七月十七日本田技研外四銘柄八千五百株、同月二十三日電極外三銘柄二千株、同月二十五日荏原製作外二銘柄二千株、同年八月六日豊年油外三銘柄千四百株、同月三十一日東亜道路外一銘柄百二十五株を、

被告人谷田藤三、同山下武二の両名が同年七月二十二日日魯漁業外一銘柄千株、同月二十四日日産農林外一銘柄二千株、同月二十七日鐘紡四百株、同月三十一日日本製粉二百株、同年八月四日富士製鉄五百株を、

被告人杉江夘造、同山下武二の両名が同年八月二十二日新日本工業千株をそれぞれ委託者の書面による同意を得ないで売却横領したとの点、及び被告人谷田藤三に対する商法違反の点、及び同被告人に対する昭和三十四年十一月二十八日附起訴状記載の公訴事実のうち同被告人が小島孝平より借受け保管中の東京芝浦電気株式会社株式一万六千株を横領したとの点はいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、東京都中央区日本橋蠣殻町二丁目十三番地に本店をおき、東京穀物商品取引所、東京ゴム商品取引所、東京繊維を営む大成実業株式会社において被告人商品取引所の各仲買人で商品の仲買業務谷田藤三は代表取締役、被告人新谷正は取締役営業部長、被告人杉江夘造は専務取締役、被告人山下武二は取締役経理部長でいずれも右会社の営む仲買業務を執行し、これに附随する一切の業務を掌理しているものであるが、

(一)  被告人谷田藤三、同新谷正の両名は共謀の上同会社が商品仲買委託者より証拠金充用証券として預り同被告人等において業務上保管中の有価証券のうち

(1) 波多野梅吉預託に係る「不動産」五百株を昭和三十四年七月二十二日

(2) 堀直義預託に係る「油糟船」五百株を同月二十四日

(3) 青島信行預託に係る「本田技研」五百株及び馬場徳馬預託に係る「日東商船」千五百株、「三菱地所」五百株、並に笹瀬勝預託にる「東洋レーヨン」(東邦とあるは東洋の誤記と認める)千株及び酒井三郎預託に係る「コロンビヤ」二百株を同年八月五日

それぞれ東京都中央区日本橋兜町東京証券取引所において山和証券株式会社係員を介し壇に証券市場に上場売却しもつてこれを横領し、

(二)  被告人谷田藤三、同山下武二の両名は共謀の上前同様同被告人等において業務上保管中の有価証券のうち

(1) 宗岡里吉預託に係る「飯野海運」八千株を同年七月二十三日

(2) 沖正夫預託に係る「八幡製鉄」五百株を同月三十日

(3) 石田漠預託に係る「日本酒類」五百株及び茂木丑松預託に係る「日本船舶」千株を同年八月三日

(4) 山田珠三郎預託に係る「中村屋」六百株を同月六日

(5) 加賀谷弘預託に係る「新日本窒素」五百株、徳田一預託に係る「三井鉱山」五百株、石田辰美預託に係る「日本重工」二百株、真野太三郎預託に係る「埼玉銀行」三千株及び堀直義預託に係る「東京電力」百株を同月七日

(6) 石田辰美預託に係る「日本重工」百株及び笹瀬勝預託に係る「函館ドツク」二百株を同月八日

それぞれ前記同様壇に証券市場に上場売却しもつてこれを横領し

(三)  被告人杉江夘造、同山下武二の両名は共謀の上前同様同被告人等において業務上保管中の有価証券のうち

(1) 大須賀強松預託に係る「石川島重工」千株、鈴木達也預託に係る「日産化学」千株及び氏家作治預託に係る「住友化学」千株を同年八月二十一日

(2) 氏家作治預託に係る「四国電力を」同月二十五日

それぞれ前記同様擅に証券市場に上場売却しもつてこれを横領し

第二、被告人谷田藤三は大成実業株式会社の株主総会の決議による定款の変更も取締役会の新株発行の決議もなく且つ株金払込みの事実もないのに会社の発行する株式の総数の増加、及び新株式発行の登記手続をしようと企て、東京都千代田区西神田二丁目二十一番地において山下経理研究所を開設し、株式会社設立登記等の代理業務を取扱つている山下末吉こと小山田季徳と共謀の上

(一)  右会社において昭和三十四年四月二十日臨時株主総会を開催し、その決議により会社が発行する株式の総数を二十四万株に定款を改正した旨の虚偽の臨時株主総会議事録、同日右会社の取締役会を開催し、新株三万四千株を発行することを決議した旨の虚偽の取締役会議事録をそれぞれ作成し、同月二十四日東京都中央区日本橋兜町二丁目東京法務局日本橋出張所において同出張所係員に対し右定款改正及び新株発行をした旨の内容虚偽の登記申請書とともに提出して登記申請手続をなし、その頃情を知らない同出張所係員をして商業登記簿原本に右会社が発行する株式の総数を二十四万株とすると定款を改正した旨及び新株式三万四千株を発行した旨の不実の記載をなさしめ、これを同出張所に備付けさせて行使し、

(二)  右会社において昭和三十四年七月十日右会社の取締役会を開催し新株一万株の発行を決議した旨の虚偽の取締役会議事録を作成し、同月三十日前記法務局出張所において、同出張所係員に対し、右会社が新株式一万株を発行し、株金払込があつた旨の内容虚偽の株式会社変更登記申請書とともに提出して登記申請手続をなし、その頃情を知らない同出張所係員をして商業登記簿の原本に右会社が新株式一万株を発行した旨の不実の記載をなさしめこれを出張所に備付けさせて行使し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法律の適用)

被告人谷田藤三の判示第一の(一)の(1)乃至(3)(二)の(1)乃至(6)の各業務上横領の点は刑法第二百五十三条第六十条に同第二の(一)(二)の各公正証書原本不実記載の点は同法第百五十七条第一項第六十条に、同各行使の点は同法第百五十八条第一項第百五十七条第一項第六十条にそれぞれ該当するところ公正証書原本不実記載、同行使の間にはそれぞれ手段結果の関係があるので同法第五十四条第一項後段第十条により犯情の重い行使罪の刑に従うべく所定刑中いずれも懲役刑を選択し以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により重い判示第一の(二)の(1)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において同被告人を懲役十月に、被告人山下武二の判示第一の(二)の(1)乃至(6)、(三)の(1)(2)、同杉江夘造の判示第一の(三)の(1)(2)及び同新谷正の判示第一の(一)の(1)乃至(3)の各業務上横領の点はいずれも同法第二百五十三条第六十条に該当するところ各被告人の叙上行為はそれぞれ同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条によりいずれも犯情の重い被告人山下武二については判示第一の(二)の(1)、同杉江夘造については同(三)の(1)、同新谷正については同(一)の(3)の各罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人山下武二を懲役六月に、同杉江夘造及び同新谷正を各懲役四月に各処すべきところ本件各犯行の動機、態様、犯行後の情状、その他被告人等の年令、経歴等諸般の事情を斟酌考量して同法第二十五条第一項を適用し被告人等四名に対してはいずれも本裁判確定の日より二年間右各刑の執行を猶予すべく、訴訟費用中証人木龍二三子、同種村謹一、同古関幸平、同平塚仲治、同増田彦四郎、同西川一郎、同野村源二郎、同五十嵐平助に支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により被告人谷田藤造の負担たるべきものとする。

(無罪の理由)

第一、本件公訴事実中商品取引所法違反の点について本件記録並に証拠によれば被告人等が預託を受けた有価証券はすべて委託証拠金充用の有価証券であることが明らかであり、検察官は右充用有価証券が商品取引所法第九十二条所定の商品仲買人が委託者から預託を受けた「物」に該当するとの見解に立ち本件起訴に及んだものである。そこで右有価証券が果して同法第九十二条に所謂「物」に含まれるかどうかを検討考察する。

一、商品取引所は商品の価格の形成及び売買その他の取引を公正にすると共に商品の生産及び流通を円滑にし、国民経済の適切な運営に資するため商品仲買人を会員として組織された法人で営利を目的とした業務を営むことが禁止され、一種又は数種の商品について売買の当事者が商品取引所が定める基準及び方法に従い将来の一定の時期において当該売買の目的となつている商品及びその対価を現に授受するように制約された取引及び当該商品の転売又は買戻をしたときは差金の授受によつて決済することができる所謂先物取引並に清算取引を行うために必要な市場を開設することを主たる目的として設立されたもので、その健全な運営を確保するため商品市場において売買取引をすることができる商品仲買人は当該商品市場において売買取引をすることができる会員であつて資産上の要件を具備することを要し、取引所別に主務省に備える商品仲買人登録簿に登録を受けたものに限り取引に対し法定の仲買保証金を預託し且つ商品市場において売買取引する商品ごとに会員信認金を預託した後商品市場において売買取引をすることができ、右仲買保証金、会員信認金に有価証をもつて充てるときはその充用価格には法定の制約が附され、更に会員は商品市場における売買取引について売買証拠金を取引所に預託する外当該会員が商品市場において売買取引する商品ごとに特別担保金を預託し、取引所は定款で定めるところにより毎事業年度の剰余金の百分の十以上の損失てん補準備金を積み立てることが義務づけられているのである。そして右会員信認金、仲買保証金、売買保証金については会員が商品市場における売買取引に基く債務の不履行による債権に関し弁済を受け、なお不足があるときは当該売買取引の相手方なる会員の当該商品市場におい売買取引する商品についての特別担保金について他の債権者に先だつて弁済を受ける権利を有し、商品仲買人に対し売買取引を委託した者はその委託により生じた債権に関し、右会員信認金、仲買保証金、売買証拠金について他の債権者に先だつて弁済を受ける権利を有し、右優弁済権が互に競合するときは会員でない委託者の有する権利は会員たる委託者の有する権利に対し優先することが保証されている。このように商品仲買人は商品取引所の健全なる運営確保のため商品取引所に対し以上の会員信認金、仲買保証金、売買証拠金、特別担保金を預託する関係から受託契約準則の定めるところにより商品市場における売買取引の受託について委託者から委託手数料を徴し、また担保として委託証拠金を徴することが義務づけられているのである。即ち委託証拠金は売買取引の委託をした者がその委託により生じた債権に関し当該商品仲買人の会員信認金、仲買保証金、売買証拠金に対し優先弁済権が保証されている反面、その委託により生じた債務に関し、当該商品仲買人に対し担保として供与されるものであり、これにより取引の公正を確保し委託者又は受託者の保護を完うすることができるものとされているのである。従つて委託証拠金は商品仲買人が委託を受けた商品につき売買取引をした都度生ずることあるべき当該取引の赤字補填に充当することが取引全般の健全、公正を確保し、且つ受託者を保護する上から必要であり、そうだとすれば右証拠金寄託の法律関係は委託者より商品仲買人に対し消費寄託されるものと解するのが相当である。然らば商品取引所法第九十二条所定の「物」に「委託証拠金」を包含しないことは明らかであるといわなければならない。

二、然して右委託証拠金については商品取引所法が会員信認金、仲買保証金、売買証拠金について認めているような、これに充用する有価証券(倉荷証券を含む)の制度は規定しておらず、すべてを受託契約準則の定めるところに委せている(商品取引所法第九十七条)のであるが、被告人等の所属する東京穀物商品取引所所定の受託契約準則(弁証第三十五号中)によれば委託証拠金には(1)委託者が売買取引の委託注文を発するとき預託する委託本証拠金(2)委託売買値段とその後における単一約定値段との比較において損益差引額の損失が委託本証拠金の百分の五十に達するごとに委託者が預託する委託追証拠金(3)取引所が商品仲買人に対し定時増証拠金又は臨時増証拠金を徴収した場合に預託する委託定時増証拠金、委託臨時増証拠金の大略三種類があり、いずれも委託者は委託した売買取引につき以上の証拠金を預託しなければならない事由が発生したときは商品仲買人の請求によりその都度速かに差入れなければならないものとされ殊に右(3)の証拠金については商品仲買人が定時増証拠金又は臨時増証拠金を取引所に預託する二時間前までに預託しなければならないものと規定している。この点は委託証拠金は商品仲買人が取引所に預託する証拠金とはその本質を異にするものであるにも拘らず仲買人が委託者の委託証拠金を直ちにこれに流用することを前提として規定しており注目に値するところである。そして準則第十八条において「委託者の預託する委託証拠金は市場性のある有価証券をもつて充用することができ、その種類及びその価格は商品取引所が定める売買証拠金の充用有価証券の種類及び充用価格に準ずる」旨規定し、委託証拠金に有価証券をもつて充用することは右準則の規定によつて始めて認められているのである。即ち商品取引所法においては委託証拠金に有価証券を充用するという制度は全然予定されておらず準則においてこれを委託証拠金と経済的には全く同一に観念して規定していることが明らかであるから商品取引所法第九十二条所定の「物」が法の予定していない委託証拠金充用の有価証券を含む筈はないと考えられるのであり、又前項において説示したとおり「委託証拠金は右に所謂「物」に包含されないことが明らかであるからそれと同一に取扱うべき充用有価証券も亦「物「に含まれないと解するのが相当である。それ故にこそ準則第十九条が委託証拠金充用の有価証券は「委託者がその債務を履行しないときはこれを現金に換えることができる手続を完了したものでなければならない」ようにその取扱いを指示しているのであり、そのような手続を履践していてこそ前記(3)の定時増証拠金又は臨時増証拠金の預託も円滑に進むものといわなければならない。

三、更に以上のことは次の事実からも裏付けされる。即ち受託契約準則第二章には「売買取引の委託」と題して第三条乃至第十四条が規定され、その第十一条に「商品仲買人は委託者から預託を受けて又はその者の計算において自己が占有する物件を書面による委託者の同意を得ないで委託の趣旨に反して担保に供し、貸付けその他処分してはならない」と規定しており商品取引所法第九十二条と全く同趣旨の規定がなされているのであるが、委託証拠金を規定した部分は章を改めて第三章中に規定され、その第十八条において始めて委託証拠金に有価証券を充用することができる旨を規定していることは前述のとおりであり、これについては商品取引所法第九十二条、準則第十一条のような預託物件の処分の禁止、制限した規定は存在しない。このように準則自体において明らかに委託証拠金充用の有価証券を商品取引所法第九十二条所定の物から除外した取扱いをしていることは叙上の判断を裏付けるに十分であると考える。

四、然らば商品取引所法第九十二条にいう「物」には一体如何なるものがあるのかという点について考察してみるに、商品仲買人が注文に応じて商品市場において売買取引を行うため委託者から預託を受けた商品がこれに該ることはいうまでもない。次に委託者の計算においてする売買取引の結果委託者に引渡すべき商品(倉荷証券を含む)がこれに含まれることも勿論であろう。然し売買取引の結果受渡しする代金及びその取引による差益金は本来これらがすべて商品仲買人の名においてなされている以上委託者に対する債務として内部的に清算されるべきものでありその不履行に対しては前記一項において述べたとおり取引所に預託された担保金でもつて優先弁済権が保証されているのであるからこれは含まないと解する。要するに受託契約準則第二章にいう「売買取引の受託」と直接関係のある「物」がこれに該ると考えられるのであつて委託証拠金充用の有価証券はこれを含まないと解するべきである。

然らば本件公訴事実中被告人等に対する商品取引所法違反の点は罪とならないものといわなければならない。

第二、次に本件公訴事実中後記第三の事実を除く業務上横領罪の点について考察する。

委託充用有価証券が上来説示のとおり委託証拠金と同様委託者の商品仲買人に対して発生し又は発生することがあるべき現在及び将来の担保として預託されるのであるから寄託の法律上の性質は現金の場合と同様消費寄託と解する余地がないわけではないが、それが債権を確保するための有価証券である点に着眼するならば寧ろ有価証券に対する権利質と解するのが相当である。(尤も前記受託契約準則第十九条の手続を履践した有価証券を寄託した場合は当事者間の意思解釈として消費寄託と見る余地があると考えられる)、従つて商品仲買人は委託契約に伴う権利質の設定契約の趣旨に反しない限り、これを担保に供する(その性質は転質)ことは勿論、委託契約に基き委託者に債務が発生したにも拘らず委託者においてこれを履行しないときは担保権の不可分性によりこれを一括して他に担保に供し或は売却等の処分により商品仲買人の委託者に対する債権の確保をなしうるものと解すべきであり、かく解してこそ前段に説示した委託証拠金制度の適切有効な運用が期待される。即ち商品仲買人が委託者の委託による売買取引決済の結果差損金を生じた場合は委託された充用有価証券を不可分的に処分する権限を取得しこれを処分することは何ら差支えなく、その後は当事者間において債権、債務の清算関係が残るだけであり、従つて取引差損金の発生が証明される限り右処分は横領罪を構成しないと解するのが相当である。

これを本件業務上横領の点につき検討してみるに

一、昭和三十四年十一月四日附起訴状釈明書添付一覧表記載の公訴事実のうち

(一)(1) 荒井雅子委託に係る丸善石油二百株については、柴田百の司法警察員に対する供述書の記載によれば同人は荒井雅子名義で委託した丸善石油二百株を昭和三十四年八月十九日清算の上被告会社より受取つていることが明らかであるから、その十日程前の本件処分は恐らく清算を前提としたものと推測され、且つ売買取引の結末についてはこれを確認しうる証拠がないので横領を疑わしめる事情は極めて薄弱である。

(2) 不詳者委託の信越化学二百株については、これが果して委託充用有価証券として委託されたものかどうか、若しそうだとしても代替物による寄託であつたかどうか、何時如何なる売買取引を委託し、その取引の結末はどうなつたか、これらの点を確認するに由なく、たとえ起訴状記載のとおり処分された事実が是認されても横領罪を認定するわけにはゆかない。

≪中略≫

第三、本件公訴事実中被告人谷田藤三が大成実業株式会社において小島孝平から借受け自己において業務上保管中の東京芝浦電気株式会社株式一万六千株を昭和三十四年五月十一日擅に代金三百三万七千四十九円で売却横領したとの点について

当裁判所の証人小島孝平に対する尋問調書及び弁護人提出の借用書(弁証第十二号)の各記載を綜合すれば小島孝平が大成実業株式会社に対し本件の東芝株式一万六千八百五十株を交付したのは、金融を得させる目的で株券を貸付けたものであり、これに対し右会社が東京穀物商品取引所えの積立金千五百万円を引当てにし且つ品借料名義で利息を支払つていることが認められるのでかゝる事実から考察すると小島孝平と大成実業株式会社の間の右株券交付の法律関係は消費貸借契約ではないかとの疑いがある。然してこの点につき株券の所有権帰属を適確に認定できる証拠が十分でない。従つて本件の横領については犯罪の証明がないといわなくてはならない。

第四、本件公訴事実中、商法違反の点について、

商法第四百九十一条に所謂「預合」とは、同法第四百八十六条に掲げる株式会社の発起人、取締役、監査役らが株金の払込みを取扱う金融機関の役職員と通謀して真実当該会社の資本とする意思がないのに単に設立又は増資の登記をするための手段として、その登記が完了するまで株金の払込を仮装する行為をいうものと解すべきであるが、当裁判所において取調べた証拠に徴しても被告人谷田藤三が金融機関の職員である小林三美と通謀したとの点を確認するに足らない。従つてこの点については犯罪の証明がないことに帰する。

第五、本件公訴事実中有印私文書偽造、同行使の点について、

(一)  各取締役会議事録及び臨時株主総会議事録の偽造の点、

当裁判所の証人種村謹一、同古関孝平、同西川一郎、同五十嵐平助、同平塚仲治、同増田彦四郎に対する各尋問調書の記載に、東京法務局月本橋出張所長作成の登記申請書写中の臨時株主総会議事録、取締役会議事録二通中の各作成人名下の印影及び弁護人提出の臨時株主総会議事録、取締役会議事録(弁証第三十三号の一乃至三)中の各作成人名下の印影を対照して考察すれば大成実業株式会社においては常時株主、取締役らの印鑑を準備して議事録等の作成に当つていた事実が認められ、これによれば本件議事録の内容の点はともあれ、その作成について各名義人の推定的な承諾のあつたことを窺わせる。

従つて右各議事録が偽造であることについては証明不十分である。

(二)  新株式申込書五通の偽造について

当裁判所の証人石川惣一、同楠城人、同大羽ウメ、同土屋和雄に対する各尋問調書の記載によればいずれも新株式申込書の作成について承諾があつたものと認めることができる。証人古関幸平の供述記載は右証人石川惣一の供述記載及び弁護人提出の往復ハガキ(弁証第三十九号)の記載に照らし必ずしも右認定を妨げるものではない。従つてこれが偽造であるとする点についての犯罪の証明はない。

(三)  従つて叙上各書類の行使の点については右各書類の偽造が立証されない限り偽造私文書行使罪を問擬しえないこと勿論である。

以上の理由により被告人大成実業株式会社に対しては刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をすべく

被告人谷田藤三に対する商法違反の点及び昭和三十四年十一月四日附起訴状記載の公訴事実のうち、被告人谷田藤三、同山下武二の両名が昭和三十四年八月十日東北電力外三銘柄千百株、同月十一日鶴見臨港二千株をそれぞれ売却横領したとの点(無罪の理由第二の一の(三)(四))、及び昭和三十四年十一月三十日附起訴状記載の公訴事実のうち被告人谷田藤三、同新谷正の両名が昭和三十四年七月十七日本田技研外四銘柄八千五百株(同第二の二の(一)(1)乃至(3))、同月二十三日電極外三銘柄二千株(同第二の二の(一)(5)乃至(7))、同月二十五日荏原製作外二銘柄二千株(同第二の二の(一)(15)乃至(19)同年八月六日豊年油外三銘柄千四百株(同第二の二の(一)(30)乃至(33))、同月三十一日東亜道路外一銘柄百二十五株(同第二の二の(一)(34)(35))を、被告人谷田藤三、同山下武二の両名が同年七月二十二日日魯漁業の外一銘柄千株(同第二の二の(二)(1))、同月二十四日日産農林外一銘柄二千株(同第二の二の(二)(7))、同月二十七日鐘紡四百株(同第二の二の(二)(8))、同月三十一日日本製粉二百株(同第二の二の(二)(14))、同年八月四日富士製鉄五百株(同第二の二の(二)(21))を、被告人杉江夘造、同山下武二の両名が同年八月二十二日新日本工業千株(同第二の二の(三)(8))をそれぞれ委託者の書面による同意を得ないで売却横領したとの点、及び被味人谷田藤三に対する昭和三十四年十一月二十八日附起訴状記載の公訴事実のうち同被味人が小島孝平より借受け保管中の東京芝浦電気株式会社株式一万六千株を横領したとの点(無罪の理由第三)は、いずれも刑事訴訟法第三百三十六条により主文において無罪の言渡をする。

昭和三十四年十一月三十日附起訴状記載の公訴事実のうち判示第一の(一)の(1)乃至(3)、同(二)の(1)乃至(4)及び同(三)の(1)(2)の各認定事実に対する商品取引所法違反の点、並に右認定事実以外の商品取引所法違反並に業務上横領の各公訴事実のうち主文において無罪の言渡をすべき前段説示の各事実を除いた部分及び同年十一月四日附起訴状記載の各公訴事実のうち主文において無罪の言渡をすべき前段説示の各公訴事実を除いた業務上横領の各事実は判示第一の(一)乃至(三)において認定した事実とそれぞれ商品取引所法違反の点は一所為数法の関係にあるものとして業務上横領の点は包括一罪として起訴されたものであり、同年十一月二十八日附起訴状記載の公訴事実のうち私文書偽造、同行使の点は判示第二の(一)(二)の公正証書原本不実記載同行使の罪とそれぞれ牽連犯の関係にあるものとして起訴されたものであるからいずれも主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

昭和三十七年八月三十一日

秋田地方裁判所刑事部

裁判長裁判官 三 浦 克 已

裁判官 石 田 穣 一

裁判官浜秀和は転任のため署名捺印することができない

裁判長裁判官 三 浦 克 已

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