秋田地方裁判所 昭和45年(行ウ)2号 判決 1971年12月20日
原告 坂本芳夫
被告 秋田地方法務局六郷出張所登記官
右指定代理人 福田隆映
<ほか二名>
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
1 被告が昭和三七年八月一八日付でなした原告所有の秋田県仙北郡千畑村土崎字門ノ目四八番ノ二畑二五一平方メートル(二畝一六歩)登載の土地確定図差替処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二、被告
1 本案前の裁判について
(1) 本件訴えを却下する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案について
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
一、原告の主張
1 原告は、仙北郡千畑村土崎字門ノ目四八番地畑四反一畝六歩を昭和三〇年三月一日、農地法六一条により訴外秋田県知事から売渡しを受けた。そして、右土地は、昭和三一年千屋村田沢疎水土地改良区の事業区域に編入され、土地改良事業が施行されたうえ、秋田地方法務局六郷出張所昭和三五年三月三一日受付第六七九号をもって原告のため所有権保存登記がなされるとともに別紙第一確定図が備え付けられた。
2 原告は、右土地につき、秋田地方法務局六郷出張所昭和三七年二月一三日受付第三四二号分筆登記をもって同所四八番の一(三・八二四平方メートル)と同所四八番の二(二・二五一平方メートル)とに分筆し、右四八番の一を同年四月一八日訴外坂本曻に譲渡したが、四八番の二(以下本件土地という。)は現在も原告の所有である。そして、右分筆にともない、別紙第一確定図には同第二確定図のとおり分筆線が記入された。
3 しかるに、被告は、秋田県知事の昭和三七年八月一日付秋発農第一三、六二八号確定図差替申請に基づき、秋田地方法務局六郷出張所同月一八日受付第五号をもって別紙第二確定図を同第三確定図のとおり差替える処分をした。
4 そこで、原告は、昭和四五年六月一〇日被告に対し審査請求したところ、被告は、同年八月二二日付で右審査請求を却下し、同月二四日原告はその旨の通知を受けた。
5 しかし、被告のなした前記差替処分は、次に述べる理由により違法である。
(一) 秋田県知事は、本件差替申請をするなんらの権限も有しない。
(二) 秋田県知事の本件差替申請には、所有者の承諾書、委任状、印鑑証明書などの添付がなく、申請要件を具備していない。
(三) 被告は本件差替処分に当たって、現地調査もせず、また、所有者である原告に対し何らの連絡も承諾を求めることもしなかった。
(四) 本件差替処分前の第二確定図は、千屋村田沢疎水土地改良区の土地改良事業後の土地配分計画に基づき作成されたもので、土地改良法による図面であるが、昭和三七年三月二〇日民事甲第三六九号民事局長通達および不動産登記事務取扱手続準則二九条により土地改良登記令による図面は不動産登記法一七条の地図とすることができるとされていることからも明らかなように、右確定図の精度は高く、なんら誤謬はなかった。したがって、右第二確定図を第三確定図に差替えるなんらの必要もなかった。
6 よって、本件確定図差替処分の取消を求める。
二、被告の主張
1 本案前の主張
(一) 原告主張の確定図は、いずれも秋田地方法務局六郷出張所に備付けられた仙北郡千畑村土崎字門ノ目地区の旧土地台帳付属地図(いわゆる公図)の一部である。旧土地台帳付属地図は、旧土地台帳法施行細則二条により、土地の区画および地番を明らかにするため登記所に備付けられていたものであり、それは土地台帳と共に土地の客観的状況を明確にする目的を有するにすぎないのであって、不動産登記簿のように土地に関する権利関係を登録して、公示することを目的とするものではない。従って、登記官のなす前記地図の訂正は、何ら土地の権利関係に影響を及ぼすものではない。
さらに、現行不動産登記法一七条にいう地図は、国土調査法による地籍図等精度の高いものを指し、旧土地台帳付属地図はこれに該当しない。秋田地方法務局六郷出張所には現在のところ同法一七条にいう地図は一枚も存しない。
なお、不動産登記簿と土地台帳との一元化完了(秋田地方法務局六郷出張所の完了は昭和四〇年一二月三一日)後は、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律第二条、附則第三条第三号により土地台帳付属地図備付の根拠規定である土地台帳法は廃止されたのであるが、現在なお右付属地図は登記所に保管され、一般人の閲覧、謄写に供されているけれども、これは不動産登記法一七条の地図が整備されるまでの間、登記所の内部資料として保管され、便宜上閲覧に供されているのにすぎないから、右付属地図は何らの法律上の根拠を有するものではない。
従って、原告主張のとおり本件確定図の訂正がなされたとしても、原告にはこれによって侵害されるべき法律上保護に値する利益は存せず、本件訂正処分は抗告訴訟の対象となり得る行政処分に当たらない。
(二) 仮に、本件訂正処分が抗告訴訟の対象となりうるとしても、原告は昭和四五年二月一二日本件確定図を閲覧し、本件訂正処分を知ったのであるから、本件訴えは三か月の出訴期間を徒過しており、不適法である。
(三) 以上のとおり、本件訴えは不適法であり、却下を免れない。
2 原告の主張に対する答弁
(一) 第1項は認める。
(二) 第2項は、原告が四八番の一の土地を坂本曻に譲渡したとの点を除き、認める。
(三) 第3項は認める。ただし、差替申請ではなく訂正申出であり、差替処分ではなく訂正処分である。
(四) 第4項は認める。ただし、審査請求の日は、六月一一日である。
(五) 第5項は争う。
3 被告の主張
(一) 秋田地方法務局六郷出張所に備付けられた訂正前の仙北郡千畑村土崎字門ノ目地区の旧土地台帳附属地図は、自作農創設特別措置法三〇条の規定により、国(農林省)が買収した同地区に所在する未墾地を入植および増反を実施する者に売渡すため、右地区の土地につき、昭和二八年二月二一日訴外秋田県知事が樹立し公示した土地配分計画に基づき、現地において地番設定のための土地の割振りおよび土地の各筆の確定測量を行なって面積を決定し、この確定測量の結果に基づいて作成された売渡確定図である。
(二) 訴外秋田県知事は、昭和三〇年三月一日、前記各土地を入植者および原告を含む増反者らに売渡した後、昭和三五年三月二三日、旧土地台帳法一八条により前記登記所に対し台帳登録(登録地成の新規登録)の嘱託をなし、同日第一確定図が同登記所に備付けられた。
(三) 訴外秋田県知事は、昭和三七年八月、右確定図中、四八番(原告に増反配分売渡しをした土地)、四七番および四六番の各土地の北西側区画線を第三確定図のとおり表示すべきものを誤って表示していることを発見したので、同月一八日、前記登記所に対し、訂正後の地図を添付して誤謬訂正の申出を行ない、被告はこれを相当と認めて、提出された訂正後の正しい地図(第三確定図)を同登記所に備付けることをもって地図訂正にかえ、訂正処分をなしたものである。
なお、旧土地台帳付属地図は、もともと一般に公開することを目的としたものではなかったため、その取扱いに関して旧土地台帳法には何ら規定がなく、実務上、昭和二九年六月三〇日民事甲第一、三二一号法務省民事局長通達によって、土地の区画および地番を明らかにする必要がある場合に地図訂正を認める取扱いがなされていたのであり、被告は右通達第七四、第七五、二(登録すべき地積が官公署の実測を経た地積で、正確と認められるとき)によって実地調査をするまでもなく相当と認めて前記のとおり処理したのであって、何ら違法はない。
(四) 被告は、本訴により原告が右地図訂正処分を争うので、念のため現地を調査したところ、訂正後の地図は現況に合致している。
(五) 以上のとおり、被告のなした前記地図訂正処分には何ら瑕疵が存しない。
三、本案前の主張に対する原告の反論
1 昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する法律による土地台帳と不動産登記簿との一元化完了後も、右差替処分後の第三確定図は、秋田地方法務局六郷出張所に備付けられ、一般人の閲覧に供されているが、このように登記所が土地に関する図面を備付けてこれを一般人の閲覧に供している場合、法律知識に乏しい一般人が右図面を真実に合致したものと信ずるのは当然であり、このことによって当該土地の所有者が受ける利益は法律上保護されるべきである。したがって、本件のように登記所が土地に関する図面である確定図を差替える行為は抗告訴訟の対象となりうる行政処分というべきである。
2 本件出訴期間は、原告が昭和四五年八月二四日被告から前記審査請求却下の裁決を受領した時から進行するのであり、原告は同年一一月二〇日本件訴えを提起した。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、まず、原告の本件訴えの適法性について検討する。
原告の主張1ないし3の事実は、原告が四八番の一の土地を坂本曻に譲渡したとの点を除き、当事者間に争いがない。
しかしながら、≪証拠省略≫によれば、秋田地方法務局六郷出張所備付けの本件土地を含む仙北郡千畑村土崎字門ノ目地区の確定図は、旧土地台帳法施行細則に基づき登記所に備付けられていた旧土地台帳付属地図であり、本来、土地の権利関係の公示を目的とするものではなく、また、旧土地台帳法が廃止され、不動産登記簿と土地台帳との一元化が完了した後は、法律上の根拠を失ったまま、不動産登記法一七条所定の地図が整備されるまでの間(前記六郷出張所では未だ備付けに至っていない。)、登記所の内部的参考資料として保管され、行政上のサービスとして便宜一般人にも閲覧が許されているにすぎないものであることが認められる。従って、右地図の訂正は、当該土地の権利者たる国民の権利義務ないし法律上の利益に直接影響を及ぼす効力をもつものではないと解すべきであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないものというべきである。そうとすれば、本件地図の訂正処分の取消を求める原告の本件訴えは、その余の点について判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。
もっとも、旧土地台帳付属地図も、土地の客観的状況を明確にする目的のもとに、不動産登記簿とともに登記所に備付けられ、一般に土地の権利関係について相当の事実上の証明力を有するものとして、当該土地に関する争訟においても一つの証拠資料となり得るものであるが、これに対しては反証を挙げて争うことが許されるものであるから、当該土地所有者らがそれによって受ける利益、不利益は事実上のものにすぎないというべきである。(のみならず、右地図の誤った訂正処分によって事実上の不利益を受けるおそれがある場合には、土地所有者らから登記官に対し再度訂正の申立をすることによってこれを避ける方法のあることも、≪証拠省略≫により明らかである。)したがって、右のような事実上の効果が生じ得るからといって、右地図訂正処分を抗告訴訟の対象となり得る行政処分と解することはできない。
二、以上のとおり、原告の本件訴えは不適法であるから却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原昭雄 裁判官 石井健吾 多田元)
<以下省略>