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秋田地方裁判所 昭和46年(ヨ)53号 判決 1971年12月25日

申請人

藤木幹雄

外三八名

右訴訟代理人

金野繁

外二名

被申請人

東邦技術株式会社

右代表者

石塚三郎

右訴訟代理人

古沢斐

主文

申請人らが、被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

被申請人は、別紙債権表「申請人」欄記載の各申請人らに対し、昭和四六年七月以降毎月二八日限り、同表「賃金債権額」欄記載の各金員を仮に支払え。

申請費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、申請人ら

主文同旨。

二、被申請人

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、申請の理由

1  被申請人(以下被申請会社という。)は、測量全般に関する事業等を目的として、昭和三六年三月三一日設立された株式会社であり、資本金は現在一、〇〇〇万円で、肩書地の本店の外全国六ケ所に支社等を設け、官公庁の公共事業等を幅広く受注しており、東北地方の同種企業ではトップクラスに属し、昭和四六年六月二四日当時従業員一八二名を有していた。

申請人らは、右当時、被申請会社の本店、秋田支社および仙台出張所に各勤務する従業員で、一か月平均の賃金額は別紙債権表記載のとおりであり、毎月二八日にその支払を受けていた。

2  ところが、被申請会社は、昭和四六年六月二四日限りの申請人らを解雇したと称して、同月二五日以後の賃金の支払をしない。

3  申請人らは、本案訴訟の提起を準備中であるが、いずれも賃金のみで生活を維持しているものであり、昭和四六年四月ないし六月分の賃金も大半が争議行為により賃金カットされており、生活が苦しく、本案判決の確定をまつては回復し難い損害を生ずるおそれがある。

二、申請の理由に対する答弁<省略>

三、抗弁

被申請会社は、昭和四六年六月二四日、申請人らに対し解雇の意思表示(以下本件解雇の意思表示という。)をした。

四、抗弁に対する答弁<以上省略>

理由

一、申請の理由第1、2項の事実および抗弁事実は、当事者間に争いがない。

二、申請人らは、本件解雇の意思表示が労組法七条一、三号に該当する不当労働行為として無効である旨主張するので、この点につき検討する。

(一)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

被申請会社は、建設省、農林省その他官公庁発注の公共事業等の測量設計、地質調査を事業種目として、年々生産総額を伸長し、決算書類上は利益を上げ、黒字経営となつているが、右決算書類上の数字は、官公庁からの発注の指名を受けるためには黒字経営であることを要する関係で、帳簿上の操作により紛飾されたものにすぎず、その実情は、従業員の増員に比べて生産の伸び率が低いので、一人当りの出来高が伸びていないうえ、昭和四二年度には、大量の従業員の新規採用、工事の失敗、政府発注の遅れなどにより二、〇〇〇万円近くの赤字となり、同年度末に三、〇〇〇万円の銀行融資を受けてこれを凌ぎ、昭和四三年は賃上げの抑制、新規採用の中止などにより一、七〇〇万円程度の黒字となつたものの、なお、従前の赤字を解消するには足らず、昭和四四年度以降は、会社直営部門の赤字を下請部門における利益によつて補うという状態であつて、経営不振による相当の赤字が累積し、銀行に対する負債は少くとも七、〇〇〇万円を超え、生産性の向上により累積赤宇を解消するために営業政策、労務管理、人員配置などに関する経営上の諸問題の早急な解決に迫られていたが、本件争議の長期化により事業遂行上相当の支障を生じ、右経営改善の必要はさらに差し迫つたものとなつた。

(二)  組合が、昭和四六年春斗において、一人当り平均一六、二〇二円の基本給賃上げ等を要求して団体交渉を行ない、被申請会社の「平均八、〇〇〇円の賃上げ、うち二〇パーセントにつき職能給導入」等の回答を不満として、同年四月一四日から出張拒否、指名スト等の部分ストを開始したこと、被申請会社が右争議継続中である同年六月一六日、従前の回答を白紙撤回し、現業部門を廃止して、管理職を除く現業従業員全員(うち組合員九六名)を退職させ、嘱託請負制に改めるとの新方針を示し、嘱託請負制を承諾しない従業員は解雇する旨通告し、同月二四日、申請人らを含む八八名の不承諾者全員を解雇したことは、当事者間に争いがない。

(三)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

被申請会社は、前記経営悪化を改善するため、昭和四五年六月ごろ経営コンサルタント志達秀雄の経営診断を求めたところ、経営上の問題点として、受注内容の貧困(単価の低廉)、相対的人員過剰、作業の低能率、人事管理の弱さ等が指摘され、経営再建策として、人員の配置転換、作業本拠地の移転、企業を細分化して独立採算制による下請企業集団を形成すること等の勧告を受けたこともあつて、同年夏頃から組合との団体交渉などの席上、再建策として、従業員の労働意欲を促進し、生産性を高めるために、同種職種について同一年令、同一賃金という現行賃金体系を改めて、職能給制を導入することなどの考えを示し、昭和四六年春斗においても、前記のとおり職能給案を提示したが、組合は一貫してこれに反対し、賃金水準全体の引上げを主張してきた。ところが、被申請会社は、右春斗が長期化するに及び、同年六月一六日の団体交渉において、組合に対し、倒産の危機を訴えると共に、突如、前記のとおり嘱託請負制の採用および不承諾者を解雇することを通告し、また、同月一七日、右と同旨の内容を記載した書面を現業部門の各従業員に発送した。嘱託請負制の要否および内容については、右団体交渉の席上において被申請会社から説明と若干の質疑が行なわれたのみで、その後は被申請会社が右提案が最終回答であるとして話合いを拒否したため、実質的な団体交渉は行なわれなかつた。そして、被申請会社の説明によれば、嘱託請負制の内容は、嘱託員は被申請会社の従業員たる身分を失い、同会社との間で一年毎に更新され得る専属請負契約を締結し、専属嘱託名義料として月一万円の支払を受け、同会社の施設を利用することができるが、右契約は会社側の業務上の都合その他の理由によりいつでも一方的に破棄され得るものである。ところで、右団体交渉に先立ち、同年五月二九日被申請会社現業部門の管理職らは、前記経営コンサルタント志達秀雄も含め、被申請会社代表者その他役員らと協議の結果、全員退職のうえ、現業部門従業員も含めて数人ごとのグループを組み、それぞれ被申請会社の系列子会社を設立して各自の手持ちの作業を遂行し、その後も引続き被申請会社受注の作業の下請をして行くことを了解し合つた。そして、その翌日ごろ、右管理職らは、一斉に退職願を被申請会社に提出し(同会社は同年六月一四日付をもつてこれを承認した。)、本件解雇後、有限会社東邦技術コンサルタントをはじめとして、仙台、秋田、横手等八ケ所にそれぞれグループを組んで子会社を設立して数名のもと被申請会社従業員を雇入れ、いずれも被申請会社受注の作業を専属的に下請し、官公庁等の発注先に対しては被申請会社の名義を使用し、また、右子会社中六社につき、被申請会社においてそれぞれの賃金台帳を一括して作成し、同会社から従前の賃金より平均八、〇〇〇円程度昇給した賃金相当額を給料の名目で振替伝票を作成して銀行を通じて送付するなど、被申請会社とは極めて密接な関係を持続させている。一方、本件解雇後、被申請会社と個別に嘱託請負契約を締結した従業員はわずか数名に止まる。以上の事実が一応認められる。

右事実によれば、本件嘱託請負制のもとでは、嘱託員は労働契約に基づく被申請会社の従業員たる身分を失い、仕事の継続的供給の保障もなく、雇傭関係に比べて著しく不安定な地位に置かれることになるといわなければならない。そして、前記志達経営コンサルタントの経営診断は、被申請会社から提供された資料のみに基づくものであることをも考慮して評価する必要があるが、これとても独立採算制を建前とする下請企業集団への企業細分化を勧告するに止まり、従業員の労働契約上の身分の完全な剥奪を伴う本件嘱託請負制のようなものが必要であるとまで言及しているものではない。更に、同年五月二九日に現業部門管理職らの退職、系列子会社設立の前詞協議がなされた段階においては、少なくとも右の程度の措置をもつて経営改善が可能であると考えられていたのである。これらの諸点に照らして考えると、被申請会社が経営改善合理化の必要に迫られていたことは前記認定のとおりであるけれども、右管理職会議からわずか半月余りを経たにすぎないのに、一転して本件嘱託請負制の採用およびその不承諾者に対する解雇という労働者の生活の安定に甚大な打撃を加える措置を採るに至つたことについては、余りに飛躍があるものといわなければならない。そして、被申請会社がなぜ右半月余りの間にかかる思い切つた措置を採らざるをえなくなつたかについて、これを首肯させるに足りる特別の事情の存することは認めることができない(右の間も組合の争議は継続されていたから、これにより被申請会社の業務に遅滞の生じたことは明らかであるが、このことは、右管理職会議当時十分予想したことであり、右特別の事情ということはできない。)のみならず、その後被申請会社が前記のようにもと管理職らを中心として組織された系列子会社に作業を下請させて業務を行なつており、嘱託請負制はほとんど実施されていないことからみて、被申請会社が真に嘱託請負制を実施可能なものと考え、かつ、これを実施しようと決意していたかどうか疑わしいものすらある。

(四)  その反面前掲証拠によれば、次の事実が認められる。即ち、

(1)  本件嘱託請負制の新方針も、昭和四六年度春斗のさなかに、争議行為により倒産寸前であるとして、その対策として打出されたものである。

(2)  右新方針により廃止される現業部門は、非現業部門に比較して、組合の組織率も高く、また、組合員と組合役員の大多数が集中している。したがつて、本件解雇によつて組合はかい滅的打撃を受けることになる。

(3)  そして、現実的にも、被申請会社が右新方針に基づいて解雇したのは、いずれも嘱託請負制を承諾しなかつた申請人らを含む八八名であり、全員組合員であつた。

(4)  したがつて、嘱託請負制の採否は、ひとり個々の従業員にとつての大事であるばかりでなく、組合にとつてもその存立に関する重大事であるのに、被申請会社は、同年六月一六日の団体交渉の席上突如最終回答として新方針を発表し、じ後の話合いを拒否し、その後実質的な団体交渉が行なわれないまま、本件解雇の意思表示がなされるに至つた。

(五) 以上のような諸事実を総合して判断すれば、本件解雇の意思表示は、被申請会社が組合の解体をねらい、かつ、組合員を企業内から排除することを目的として実施した不当労働行為(労組法七条一、三号)であると推認すべきであるから、その効力を有しないものというべきである。

三、そして弁論の全趣旨に徴すれば、被申請会社は申請人らに対し昭和四六年七月以降の賃金の支払をしていないことは明らかであり<証拠>によれば申請人らはいずれも賃金を唯一の生活の資とする労働者であり、本件解雇によつて、その途を奪われ、本案判決の確定をまつては回復し難い損害を生ずるおそれがあるものと認められる。

四、よつて、申請人らの本件申請はいずれも理由があるので認容し、申請費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(篠原昭雄 石井健吉 多田元)

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