秋田地方裁判所 昭和48年(わ)134号 判決 1974年12月23日
主文
被告人を懲役一〇月に処する。
この裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。
押収してある印鑑証明書五通(昭和四八年押第五〇号の一ないし五)の各偽造部分を没収する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、秋田市役所(本庁)市民課調査係長であつたものであるが、自宅新築資金を借入れるため印鑑証明書が必要となつたことから、同市役所本庁においては、同本庁に住民登録をしている市民についてのみ印鑑証明書発行事務を取扱い、同市太平地区に居住する市民については、同市役所太平出張所がこれを取扱うものであり、また、同市役所本庁におけるその発行事務は市民課市民係が所掌し、被告人にはその権限がないにもかかわらず、その発行手続を知悉していたこともあつて自らこれを作成して右資金借入れの際使用しようと企て
第一、一、昭和四七年九月一日、秋田市山王一丁目一番一号秋田市役所市民課事務室において、同課備付の印鑑証明書用紙の住所欄に、秋田市楢山共和町七番一四号、氏名欄に伊藤千鶴子、昭和一八年八月二三日生と記入し、印鑑欄に同人の印鑑を押捺したうえ、作成年月日を昭和四七年九月一日とゴム印で押捺し、次いで、作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に戸籍住民基本台帳専用秋田市長之印と刻した市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の右伊藤宛印鑑証明書一通(昭和四八年押第五〇号の一)の偽造を遂げ
二、右同日同所において、同様にして、住所欄に秋田市楢山共和町七番一四号、氏名欄に被告人名、大正一五年七月一九日生と記入し、印鑑欄に自己の印鑑を押捺したうえ、作成年月日を昭和四七年九月一日とゴム印で押捺し、次いで、作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に前記の市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の被告人宛印鑑証明書一通の偽造を遂げ
三、昭和四七年一一月一日、右同課事務室において、同様にして、住所欄に秋田市楢山共和町七番一四号、氏名欄に被告人名、大正一五年七月一九日生と記入し、印鑑欄に自己の印鑑を押捺したうえ、作成年月日を昭和四七年一一月一日とゴム印で押捺し、次いで作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に前記の市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の被告人宛印鑑証明書一通(前同押号の三)の偽造を遂げ
四、右同日、田村英夫に印鑑証明書用紙の住所氏名欄にその所要事項を記入し、印鑑欄に同人の印鑑を押捺してもらつたうえ、右同課事務室において、作成年月日を昭和四七年一一月一日とゴム印で押捺し、次いで、作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に前記の市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の右田村宛印鑑証明書一通(前同押号の四)の偽造を遂げ
五、前同月二日、佐藤仁に右同様にその所要事項を記入しその印鑑を押捺してもらつたうえ、右同課事務室において、作成年月日を昭和四七年一一月二日とゴム印で押捺し、次いで、作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に前記の市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の右佐藤宛印鑑証明書一通(前同押号の五)の偽造を遂げ
六、前同月一三日右同課事務室において、鈴木銀次の印鑑は秋田市役所本庁に登録されていないにもかかわらず、前同様にして、印鑑証明書用紙の住所欄に秋田市太平山谷字一三岱九四番地、氏名欄に右鈴木銀次、大正五年一月一二日生と記入し、印鑑欄に同人の印鑑を押捺したうえ、作成年月日を昭和四七年一一月一三日とゴム印で押捺し、次いで、作成名義者秋田市長荻原麟次郎名下に前記の市長公印をほしいままに押捺し、もつて秋田市長作成名義の右鈴木宛印鑑証明書一通(前同押号の二)の偽造を遂げ
第二、一、昭和四七年九月一八日、秋田市中通一丁目五番一号株式会社羽後銀行秋田駅前支店事務室において、同銀行との間で、同銀行を債権者、被告人を債務者、伊藤千鶴子を連帯保証人とする銀行取引契約を締結するに際し、偽造にかかる右第一の一記載の印鑑証明書一通を、あたかも真正に成立したものの如く装つて右支店の係員である日景典義に交付し
二、同年一一月一〇日ころ、同市山王一丁目一番一号秋田市役所人事課内秋田市役所職員共済組合事務局内において、同組合から、被告人を債務者、田村英夫および佐藤仁を連帯保証人として金員貸付を受けるに際し、偽造にかかる右第一の三ないし五の印鑑証明書三通を、あたかも真正に成立したものの如く装つて右組合の係員である熊谷金十郎に交付し
三、同月二〇日ころ、前記羽後銀行秋田駅前支店において、同銀行との間で、同銀行を根抵当権者、被告人を債務者兼根抵当権設定者とする根抵当権設定契約を締結するに際し、偽造にかかる右第一の二記載の印鑑証明書一通をあたかも真正に成立したものの如く装つて前記日景に交付し
四、同月二一日ころ、右羽後銀行秋田駅前支店において、同銀行との間で、同銀行を債権者、被告人を債務者、鈴木銀次他一名を連帯保証人とする銀行取引契約を締結するに際し、偽造にかかる右第一の六記載の印鑑証明書一通を、あたかも真正に成立したものの如く装つて右日景に交付し
もつて、それぞれ行使し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(当裁判所の判断)
前判示事実を認定するに至つた当裁判所の判断を示すと次のとおりである。
判示第一の一、二記載の印鑑証明書について、被告人は、昭和四七年八月三一日に市民課窓口に自己名義で申請書を提出し、手数料も支払つたうえで当日正規にその交付を受けたものとも供述している。しかしながら、押収にかかる判示第一の一の伊藤千鶴子宛印鑑証明書(昭和四八年押第五〇号の一)および司法警察員作成の捜査報告書に添付された判示第一の二の被告人宛印鑑証明書写の発行日付は、いずれも昭和四七年九月一日付となつているところ、当公判廷における証人古谷一男、同佐々木滋の各証言によれば印鑑証明書の発行日付は当該申請の日付となるべきものであること、並びに印鑑証明書の認証事務を担当していた右古谷一男は昭和四七年八月三一日付の被告人の妻伊藤千鶴子名義の申請書は見ているものの、被告人名義の申請書はみていないことが認められ、また、当公判廷における証人船木茂・同佐々木滋の各証言によれば、右発行日付を押捺するゴム印にセツトされた八月三一日の日付が九月一日にずれるということはほとんど考えられないことであり、また他の日付にセツトされたまま右ゴム印が誤つて用いられることもほぼありえないことが認められる。そしてさらに第二回公判調書中の証人小野寺久治の供述部分によれば、秋田市役所においては諸証明の申請書はすべて五年間保存されていると認められるところ、昭和四七年八月三一日分証明に関する申請書綴(右同押号の一三)によるも、右同日被告人が提出したとする印鑑証明申請書は、これを見出すことができず、また翌九月一日分証明に関する申請書綴(右同押号の七)中にも見出すことができない(当公判廷における証人小野〓子の証言によれば当日の午後三時半以降に証明書が交付された場合、その申請書は翌日分に綴られることが認められる。)。これらの事実からすると、昭和四七年八月三一日に正規の手続を経て印鑑証明書の交付を受けたとの被告人の前記供述は、これを信用することができない(なお、前記八月三一日分証明に関する申請書綴と同日分レジスター記録用紙(右同押号の一〇)とを対比すると、そのすべてが合致するものではないが、この事実も右判断をゆるがすに足るものではない。)。
次に、被告人は判示第一の三ないし六の印鑑証明書を自ら作成したことを認めるのであるが、自己にその権限があつた、ないしその権限あるものと信じていたと供述するので、この点について判断する。秋田市役所本庁においては、印鑑証明書発行事務は市民課市民係が所掌していたことは前判示のとおりであるが、当公判廷における被告人および証人船木茂の各供述並びに第二回公判調書中の証人小野寺久治の供述部分によると、同係において、諸証明発行の事務が輻輳するような場合、同課の他の係の職員が適宜これを援助していたこと、被告人も右事務を分担援助した事実のあつたことが認められる。そこで、被告人の判示第一の三ないし六の所為が右市民係の所掌事務の分担援助と評価し得るかについて考えるに、右の如く評価し得るためには、本来の権限者からその承諾があるか、ないしはその承諾が当然予想されるような状況の下で、作成者の点を除き正規な手続きに則り、当該証明書が作成発行されることを要するというべきである。これを右本件所為についてみるに、被告人の当公判廷における供述および司法警察員に対する昭和四八年一〇月二四日付(二)供述調書によれば、いずれも単に正規の手続を省略するという被告人の恣意からなされたものであることが認められる。また、被告人は判示第一の三ないし五の印鑑証明書につき、右同月六日ごろ迄に申請書を提出し、手数料も支払つたと供述するが、当公判廷における証人佐々木滋、同古谷一男、同小野〓子の各証言によれば発行日より遅れてその申請書を提出して手数料を納付することは、そもそも正規な手続きではないことが認められるうえ、昭和四七年一一月六日分証明に関する申請書綴(同押号の一二)にもさらには同月四日分証明に関する申請書綴(同押号の二五)中にも右に該当する申請書を見出すことはできない。次に判示第一の六の鈴木銀次宛印鑑証明書については、辰時芳および小野寺久治の司法警察員に対する各供述調書によつて認められるとおり、秋田市役所太平出張所において発行すべきもので、同市役所本庁においては本来発行しえないものである。以上のところから明らかなように判示第一の三ないし六の所為は、いずれも被告人の恣意から正規な手続きによらずになされたもので、到底前記市民係の分掌事務の分担とはいえず違法たるの評価を免れない(なお、判示第一の一、二の印鑑証明書についても被告人が自ら作成したと認められることは前判示のとおりであるが、前記のように被告人は正規の発行手続を踏んだものではなく、また同人の司法警察員に対する昭和四八年一〇月二三日付(二)供述調書によれば、その作成動機も被告人のまつたくの恣意によるもので、右と同じく違法たるの評価を免れない。)。また、被告人の当公判廷における供述および司法警察員に対する昭和四八年一〇月二二日付(一)、(二)各供述調書によれば、被告人は昭和四〇年秋より市民課調査係長として勤務し市民課各係の事務分掌および自己の職務権限も充分認識していたものと認められるので、本件各印鑑証明書の作成権限が自己にあるものと信じていたとの供述は信用することができないところのものである。
(法律の適用)
被告人の判示第一の一ないし六の各所為は、いずれも刑法第一五五条第一項に、判示第二の一ないし四の各所為は、同法第一五八条第一項、第一五五条第一項にそれぞれ該当するところ、判示第一の一と同第二の一、判示第一の二と同第二の三、判示第一の六と同第二の四の各有印公文書の偽造と各同行使との間にはそれぞれ手段の関係があるので、同法第五四条第一項後段、第一〇条に従いそれぞれ犯情の重い判示第二の一、三、四の罪の刑で各処断することとし、判示第二の二における判示第一の三ないし五の偽造有印公文書の一括行使は、一個の行為で三個の罪名に触れる場合であり、判示第一の三ないし五の各有印公文書偽造と判示第二の二のその行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法第五四条第一項前段、後段、一〇条に従い、犯情の最も重い判示第二の二の田村英夫宛の偽造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に従い最も犯情の重い判示第二の四の罪の刑に法定の加重をし、諸般の情状を考慮し、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、さらに同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、押収してある印鑑証明書五通の各偽造部分につき、昭和四八年押第五〇号の一は判示第二の一の、同号の二は判示第二の四の、同号の三ないし五は判示第二の二の各偽造有印公文書行使罪の犯罪行為を組成した物でなんびとの所有をも許さないものであるから、いずれも同法第一九条第一項第一号、第二項によりこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、全部これを被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。