秋田地方裁判所 昭和51年(ワ)147号 判決 1977年9月29日
原告
杉本和子
右訴訟代理人弁護士
深井昭二
被告
男鹿市農業協同組合
右代表者理事
目黒晃治郎
右訴訟代理人弁護士
柴田久雄
主文
一 原告と被告との間に雇用契約関係が存在することを確認する。
二 被告は原告に対し、金二、三七七、九〇〇円および昭和五二年七月二一日限り金二四、一一六円を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(請求の趣旨)
一 主文第一項と同旨
二 被告は原告に対し、金六三三、五〇〇円および昭和五一年五月一日から昭和五二年七月六日まで、毎月二一日限り金一二四、六〇〇円を支払え。
三 主文第三項と同旨
四 第二および第三項につき、仮執行宣言
(請求の趣旨に対する答弁)
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(請求原因)
一 被告は、昭和四四年四月に五里合村農業協同組合(農業協同組合については、以下「農協」という。)を含む秋田県男鹿市内の農協が合併して設立された農協で、肩書地(略)に本所を置き、昭和五一年四月当時同市内に六支所を有していた。
原告は、昭和二一年三月に五里合村農業会(桜の五里合村農協)に事務職員として雇用され、右農協合併にともない昭和四四年四月から被告の職員となり、以後その本所において生活指導員(昭和五一年四月当時の所属は、生活部生活課である。)として勤務してきた。
二 ところが、被告は、原告との雇用契約が昭和五一年四月三〇日限り終了したとして、同年五月一日以降原告との間に雇用契約関係が存在することを争っている。
三 原告は昭和五一年四月三〇日当時被告から、次のとおり賃金(本俸。以下同じ。)および手当の支給を受けていた。
(一) 賃金
1 月額・金一二四、六〇〇円
2 計算期間および支払期日・毎月当月末日締めの当月二一日払い。
(二) 手当
1 夏期手当・毎年遅くとも八月一五日限り賃金月額の二五〇パーセント(金三一一、五〇〇円)
2 年末手当・毎年遅くとも一二月二五日限り賃金月額の二五〇パーセントに金一〇、五〇〇円を加算した額(金三二二、〇〇〇円)
四 よって、原告は被告に対し、雇用契約関係存在確認と次の金員の支払いを求める。
(一) 賃金
昭和五一年五月一日から本件口頭弁論終結日である昭和五二年七月六日まで、毎月二一日限り金一二四、六〇〇円
(二) 手当
1 昭和五一年八月一五日支払い分の夏期手当として金三一一、五〇〇円
2 昭和五一年一二月二五日支払い分の年末手当として金三二二、〇〇〇円
(請求原因に対する認否)
第一ないし第三項の事実は認める。第四項は争う。
(抗弁)
原告は、昭和五年四月生まれの女子で、昭和五一年四月中に四六才(満年令。以下同じ。)に達するところ、被告の就業規則第一六条には、定年は女子職員については四六才とし、定年に達した職員はその月の末日をもって当然退職とする旨の定めがある。
したがって、被告と原告との雇用契約は、昭和五一年四月三〇日限り終了したものである。
(抗弁に対する認否)
前段の事実は認め、後段は争う。
(再抗弁)
被告の就業規則第一六条には、女子職員の四六才定年に関する定めに対し、男子職員の定年を五六才とする旨の定めがある。
そうすると、同条の女子職員の定年に関する定めは、性別のみを理由として女子職員を男子職員と差別するものであるから、憲法第一四条の趣旨に照らして民法第九〇条に違反する無効なものである。
(再抗弁に対する認否)
前段の事実は認め、後段は争う。
(再々抗弁)
就業規則第一六条が女子職員の定年を男子職員のそれより一〇才短い四六才と定めているのは、次のような合理的理由に基づくものであって、性別のみを理由としたものではない。
一 肉体的生理的差異
被告の職員は農産物や畜産物(主として豚と牛)の集出荷という肉体的重労働をともなう業務に従事することが多い。したがって、当然男子と女子との肉体的生理的差異を考慮する必要がある。
二 職種等の制約
被告の業務は農家を対象としているところから、購買、農協共済保険の勧誘、各種会合等の業務も夜間に行なうことが多いが、夜間における女子の一人歩きは避けなければならないので、女子の職域には自ずから制約がある。
また、女子は男子に比して管理能力や専門的業務を修得する能力が低いので、他の職種への配置転換が困難である。
三 賃金と労働能力との不均衡
女子は、四〇才代後半に肉体的更年期を迎えて一般的に男子より労働能力が低下するとともに、男子に比べて企業貢献度が低いので、被告が採用している年功序列的賃金体系のもとでは、賃金と労働能力との不均衡が男子の場合より早期に生ずる。
四 就職の門戸の開放
被告の女子職員数の全職員数に対する割合は、昭和四四年四月当時から昭和五一年八月当時まで、四一ないし四五パーセントであり、被告においては従来から他企業の場合よりも女子職員数の割合が比較的高いのであるが、女子職員の定年を男子職員のそれと同一にすることは、被告への女子の就職の門戸を閉ざすことにもなりかねない。
五 生活指導員に対する農家側の希望
原告が昭和五一年四月三〇日当時担当していた生活指導員についてみても、指導を受ける農家側では、近代的感覚に富んだ若くて明るい人を希望し、中高年層の女子を敬遠する傾向にある。
(再々抗弁に対する認否)
冒頭事実は争う。
一 第一項の事実のうち、被告の業務のうちには、被告主張のような農産物や畜産物の集出荷という肉体的労働をともなうものがあることは認める。その余の事実は争う。
二 第二項の事実のうち、被告の業務のうちには、夜間勤務を必要とするものがあることは認めるが、その余の事実は争う。
三 第三項の事実は争う。
四 第四項の事実のうち、昭和四四年四月当時から昭和五一年八月当時までの間における被告の女子職員数の全職員数に対する割合が被告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は争う。
五 第五項の事実は否認する。
第三証拠関係(略)
理由
一 請求原因第一項の事実は、当事者間に争いない。
二(一) 原告が、昭和五年四月生まれの女子で、昭和五一年四月中に四六才に達すること、被告の就業規則第一六条には、定年は女子職員については四六才、男子職員については五六才とし、定年に達した職員はその月の末日をもって当然退職とする旨の定めがあることは、当事者間に争いない。
(二) 憲法第一四条は法の基本理念である法の下の平等について規定し、これを受けて労働基準法第三条は国籍、信条または社会的身分を理由とする労働条件の差別を禁止し、同法第四条は性別を理由とする賃金の差別を禁止している。もっとも、同法第三条および第四条は、その規定の仕方においては、性別を理由とする賃金以外の労働条件の差別を直接禁止の対象とはしていない。しかし、同法第三条および第四条は、性別を理由として賃金以外の労働条件について合理的理由もなしに差別することを許容する趣旨のものとは解されない。同法第三条が性別を理由とする労働条件の差別を直接禁止の対象としなかったのは、男女の労働条件を機械的に同一に取り扱うことによって生ずる不合理を除去するために、同法第一九条、第六一条ないし第六八条等の女子保護の規定が置かれていることによるものと解されるし、また、同法第四条が性別を理由とする賃金の差別のみを禁止の対象にしているのは、封建的経済構造のもとにおいて性別を理由とする賃金の差別から生ずる弊害が従来特に顕著であったという歴史的事情から、同法第一一九条第一号に罰則規定を設けて特にこれを禁止しようとしたためであると解されるからである。そして、以上のことと憲法第一四条第一項の趣旨に照らせば、労働条件について性別のみを理由として合理的理由もなく男女を差別してはならないことは、公の秩序を構成するものと解すべきである。したがって、労働条件について合理的理由を欠く男女の差別的取扱いを定める就業規則の規定は、民法第九〇条に違反し無効であるというべきである。
(三)1 ところで、一般に定年制は、高年令で労働能力の低下した職員を若年の職員に代えることによって作業能率の維持、向上をはかるとともに、人事の停滞を防ぎ、あるいは人件費の上昇を押(ママ)える等種々の目的、理由から設けられる。したがって、被告の就業規則第一六条については、右のような定年制の目的、理由からみて合理性があるかどうかを検討しなければならない。
2 当事者間に争いない事実と(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められる(但し、<人証略>中、後記認定に反する部分は信用しない。)
(1) 被告は米、果実、野菜等の農産物や牛、豚等の畜産物の集出荷、肥料、農薬、農機具等各種生産資材、燃料、食料品、衣料品、日用品等の供給、農業経営や家庭生活の指導、貯金や生命保険、火災保険、自動車保険等各種共済保険等の業務を営み、昭和五一年四月当時においては男子職員を七九名、女子職員を五九名雇用していた。
ところで、本所の農産部各課、生活部機械課あるいは各支所で担当している農産物や畜産物の集出荷、各種生産資材の供給、農業経営の指導等の業務には、体力を必要とする肉体労働をともなう作業が多く含まれているが、これらの肉体労働をともなう作業は女子職員には不適当なので、これには通常男子職員が従事している。そして、通常女子職員は一般的な事務(給与計算、現金出納、商品販売代金の精算および商品の受注、発注、発送等に関する経理事務、各種伝票、帳簿、書類等の作成、整理および管理事務)、事業計画の立案、各種会議の計画、家庭生活の指導、貯金や各種共済保険に関する勧誘等の業務、店舗における食料品、衣料品、日用品の販売業務、味噌の醸造加工業務、電話交換業務等に従事しているが、これらの業務はいずれも体力を必要とするような肉体労働をともなわないものであるか、軽作業をともなうに過ぎないものばかりである。もっとも、農産物ことに米、梨の集出荷業務の繁忙期には、その所属、担当のいかんにかかわらず女子職員も男子職員とともにこの業務に携わるが、その際に女子職員が従事する作業も、受付事務、伝票、帳簿等の作成、整理事務等の肉体労働をともなわないものや、三〇キログラム入りの紙袋の口を開けて中から検査用の米を少量取り出したり、取り出した米を検査官のもとへ運んだりする軽作業である。
なお、女子職員も従事している貯金、各種共済保険に関する業務についてみると、農家側の農作業の関係から、貯金や各種共済保険の勧誘業務を夜間に行なうことが少なからずあるし、同様の事情から、家庭生活指導も夜間に会合等を開く等して行なうことがわずかながらある。
(2) 原告が生活指導員として昭和四四年四月から昭和五一年四月三〇日まで従事してきた家庭生活指導の業務内容は、個々の農家を訪れたり、会合を開いたりして、家庭経済の安定確保、健康管理、生活環境の整備、衛生、文化活動等に関する指導をしたり、そのための資料を蒐集、作成したりするというものであって、特に体力を必要とする肉体労働をともなうようなものではなかった。また、被告としては、嘱託としてであれば昭和五一年五月以降においても原告を継続して雇用してもよいと考えていたし、原告の家庭生活指導を受けていた婦人部(被告に加入している農家の主婦によって組織されたもの。)も、定年延長という形式によるか、嘱託という形式によるかはともかくとして、差しあたり五〇才までではあるが原告の雇用継続を望んでいたのであって、原告が家庭生活指導の業務を行なうについて体力的な面だけでなくその他の面においても特に支障を生じたというようなことはなかった。
3 そこで、右2に認定の事実に基づき、就業規則第一六条の定める男女差別定年制の合理性の有無を被告の主張に即して判断する。
(1) 肉体的生理的差異について
被告の業務のうち、農産物や畜産物の集出荷等の業務には体力を必要とする肉体労働をともなう作業が多いが、これには男子職員が従事しており、女子職員は一般的な事務等の体力を必要とするような肉体労働をともなわない作業や軽作業に従事していた。そして、原告が従事していた家庭生活指導の業務も肉体労働をともなうようなものではなかったし、原告がこの業務を行なうについて体力的な面で特に支障を生じたというような事情もなかったのである。
そうだとすれば、男女の肉体的生理的差異は、これによって女子職員がその担当業務を行なうについて体力的な面で特に支障が生ずるというものではないから、これを問題にする基盤に欠け、男子職員と女子職員との定年年令に一〇才の差を設けることを合理的ならしめる理由とはなり得ない。
(2) 職種等の制約について
被告の女子職員も従事している貯金や各種共済保険の勧誘業務には夜間勤務をともなうことが少なからずあるし、家庭生活指導の業務にも夜間勤務をともなうことがわずかながらある。しかし、仮にこのことによって被告主張のとおり女子の職域が制約されるとしても、それは男子に対する女子一般の問題であって、年令に関係ないことであり、四六才に達した女子に固有の年令的制約にかかわる問題ではない。したがって、これも男女差別定年制を合理的ならしめる理由とはなり得ない。
また、女子は男子に比して管理能力や専門的業務を修得する能力が低く、他の職種への配置転換が困難であるとの被告主張の事実については、これを認めるに足りる何らの証拠もない。
(3) 賃金と労働能力との不均衡について
女子は、四〇才代後半になると一般的に男子より労働能力が低下するとか、男子に比べて企業貢献度が低いとの主張については、何ら証拠もなく、その合理的根拠を見出し得ない。したがって、再々抗弁第三項の被告の主張は採用できない。
(4) 就職の門戸の開放について
昭和四四年四月当時から昭和五一年八月当時までの間における被告の女子職員数の全職員数に対する割合が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いない。しかし、再々抗弁第四項の被告の主張は、女子職員がその業務を行なうについての年令的制約とは本来無関係なものであるから、既に雇用されなお雇用継続を望む女子職員との雇用契約を男子職員とのそれより早く終了させようとする男女差別定年制の合理的根拠にはそもそもなり得ないものである。
(5) 生活指導員に対する農家側の希望について
一部の農家だけにとどまらず、農家側が全般的に被告主張のような希望、傾向を持っていたことを認めるに十分な証拠はなく、かえって、婦人部では約七年間生活指導員を勤めてきた原告の雇用継続を望んでいたことは、前認定のとおりである。したがって、再々抗弁第五項の被告の主張も採用の限りではない。
企業が就業規則において男女差別定年制の規定を設けている場合には、その差別の合理性の立証責任は、右規定が有効であることを主張する側にあるものと解すべきところ、以上のとおり、被告の就業規則第一六条が男子職員と女子職員との定年年令に一〇才の差を設けていることにつき、その合理的理由を見出すことはできない。したがって、同条のうち女子職員の定年年令を定めた部分は、合理的理由もなしに女子職員を不利益に差別するものとして、民法第九〇条に違反し無効といわざるを得ない。
三 以上によれば、原告には定年による退職の効力が生じていないから、原告と被告との間には依然として雇用契約が継続していることになる。それなのに被告はこれを争っているから、原告は雇用契約関係存在確認を求める利益がある。
また、原告は被告に対する賃金等の請求権を失うこともないところ、請求原因第三項の事実は当事者間に争いない。そうすると、被告は原告に対し、請求原因第四項(二)のとおりの手当合計金六三三、五〇〇円、昭和五一年五月一日から昭和五二年六月三〇日までの賃金合計金一、七四四、四〇〇円および昭和五二年七月二一日限り同月一日から同月六日までの賃金二四、一一六円(但し、日割計算による。)を支払うべき義務がある。
よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯塚勝)