秋田地方裁判所 昭和52年(行ウ)6号 判決 1979年4月27日
昭和五〇年(行ウ)第三号事件原告
鈴木春雄
外五三名
昭和五一年(行ウ)第九号事件原告
鈴木正和
外八四名
昭和五二年(行ウ)第六号事件原告
鈴木正和
外六一名
右原告ら訴訟代理人
秋山昭一
外七名
被告秋田市長
高田景次
右訴訟代理人
堀家嘉郎
外二名
主文
一 被告が昭和五〇年度秋田市国民健康保険税につき、別紙賦課処分一覧表(一)の原告氏名欄記載の各原告(但し、原告番号41137の各原告を除く)に対し、昭和五〇年七月一日付でなした同年度の国民健康保険税を同表賦課金額欄記載の金額(但し、原告番号191016171920222328ないし30485253の各原告については同原告ら氏名に対応する変更後の賦課額欄記載の金額に各減額変更した額)とする賦課処分、および、同一覧表原告番号41137の各原告に対し、昭和五〇年七月一日付でなした前記保険税を同表賦課金額欄記載の金額とする賦課処分を、同原告ら氏名に対応する変更額決定年月日欄記載の日に、変更後の賦課額欄記載の金額に各増額変更した再賦課処分はいずれもこれを取消す。
二 被告が昭和五一年度秋田市国民健康保険税につき、別紙賦課処分一覧表(二)の原告氏名欄記載の各原告(但し、原告番号2848の各原告を除く)に対し、昭和五一年七月一日付でなした同年度の国民健康保険税を、同表賦課金額欄記載の金額(但し、原告番号419213144454951565961647883の各原告については同原告ら氏名に対応する変更後の賦課額欄記載の金額に各減額変更した額)とする賦課処分、および、同一覧表原告番号2848の各原告に対し、昭和五一年七月一日付でなした前記保険税を同表賦課金額欄記載の金額とする賦課処分を、同原告ら氏名に対応する変更額決定年月日欄記載の日に、変更後の賦課額欄記載の金額に各増額変更した再賦課処分はいずれもこれを取消す。
三 被告が昭和五二年度秋田市国民健康保険税につき、別紙賦課処分一覧表(三)の原告氏名欄記載の各原告(但し、原告番号7の原告を除く)に対し、昭和五二年七月一日付でなした同年度の国民健康保険税を、同表賦課金額欄記載の金額(但し、原告番号561012232527ないし3135ないし384958の各原告については同原告氏名に対応する変更後の賦課額欄記載の金額に各減額変更した額。)とする賦課処分、および、同一覧表原告番号7の原告に対し、昭和五二年七月一日付でなした前記保険税を同表賦課金額欄記載の金額とする賦課処分を、同原告氏名に対応する変更額決定年月日欄記載の日に、変更後の賦課額欄記載の金額に増額変更した再賦課処分はいずれもこれを取消す。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文第一ないし第四項と同旨の判決
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 原告らの請求原因
一 当事者
原告らはいずれも秋田市に住所を有するものであつて、国民健康保険法による秋田市国民健康保険の被保険者たる世帯主である。
右保険の保険者である秋田市は、地方税法および秋田市国民健康保険税条例(以下、本件条例という)の規定により被保険者たる世帯主に対し、国民健康保険税を賦課することができるものとされており、被告は秋田市の市長である。
二 本件賦課処分の存在
被告は地方税法七〇三条の四ならびに本件条例に基づき、昭和五〇年度ないし昭和五二年度の秋田市国民健康保険税(以下単に保険税という。)として原告らに対し以下主張するとおりの賦課処分および再賦課処分(以下単に本件賦課処分という。)をなした。
1 昭和五〇年度の賦課処分
(一) 被告は昭和五〇年度保険税として昭和五〇年七月一日付で別紙賦課処分一覧表(一)記載の原告ら(昭和五〇年(行ウ)第三号事件の各原告)に対し、保険税額を同表賦課金額欄記載の各金額とする旨の賦課決定をなし、そのころその旨を各通知した。
(二) ついで、右原告らのうち、同表原告番号191016171920222328ないし30485253記載の各原告に対しては、同原告らに対応する同表変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を同表変更後の賦課額欄記載の各金額に減額する旨の再賦課処分をなし、同表原告番号41137記載の各原告に対しては、同原告らに各対応する同表変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を、同表変更後の賦課額欄記載の各金額に増額する旨の再賦課処分をなし、そのころその旨を各通知した。
2 昭和五一年度賦課処分
(一) 被告は昭和五一年度保険税として、昭和五一年七月一日付で別紙賦課処分一覧表(二)記載の各原告ら(昭和五一年(行ウ)第九号事件の各原告)に対し保険税額を同表賦課金額欄記載の各金額とする旨の賦課処分をなし、そのころその旨を各通知した。
(二) ついで、右原告らのうち同表記載原告番号419213144454951565961647883記載の各原告に対しては、同原告らに対応する同表変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を同表変更後の賦課額欄記載の各金額に減額する旨の再賦課処分をなし、同表原告番号2848記載の各原告に対しては、同原告らに各対応する変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を、同表変更後の賦課額欄記載の各金額に増額する旨の再賦課処分をなし、そのころその旨を各通知した。
3 昭和五二年度の賦課処分
(一) 被告は昭和五二年度保険税として、昭和五二年七月一日付で別紙賦課処分一覧表番号(三)記載の各原告ら(昭和五二年(行ウ)第六号事件の各原告)に対し、保険税額を同表賦課金額欄記載の各金額とする旨の賦課処分をなし、そのころその旨を各通知した。
(二) ついで右原告らのうち同表記載原告番号561012232527ないし3135ないし384958の各原告に対しては、同原告らに対応する同表変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を同表変更後の賦課額欄記載の各金額に減額する旨の再賦課処分をなし、同表原告番号7の原告に対しては、同原告に対応する同表変更額決定年月日欄記載の各日時に、変更事由欄記載の各事由により、前記保険税額を同表変更後の賦課額欄記載の各金額に増額する旨の再賦課処分をなし、そのころその旨を各通知した。
三 不服申立の前置
そこで、原告らは本件各年度の七月一日付でなされた賦課処分を不服として被告に対し異議の申立をしたところ、被告は右異議の申立をいずれも棄却する旨の決定をしたが、本件処分についての原告らの異議申立、これに対する被告の異議申立棄却決定の経緯は次のとおりである。
1 昭和五〇年度の賦課処分について
別紙賦課処分一覧表(一)記載の原告番号138ないし12142631333643ないし455253の各原告らは昭和五〇年八月二日に、その余の原告らは同月二八日にそれぞれ被告に対し異議の申立をしたが、被告は前者については同月三〇日付で、後者については同年九月二〇日付でいずれも右の異議申立を棄却する旨の決定をした。
2 昭和五一年度の賦課処分について
別紙賦課処分一覧表(二)記載の原告らは、昭和五一年八月三〇日被告に対し異議の申立をしたが、被告は同年九月二八日付で右異議申立を棄却する旨の決定をした。
3 昭和五二年度の賦課処分について
別紙賦課処分一覧表(三)記載の原告番号782430の各原告らは、昭和五二年七月二二日に、その余の原告らは同年九月三日にそれぞれ被告に対し異議の申立をしたが、被告は前者については同年九月一二日付で、後者については同年一〇月一三日付でいずれも右の異議申立を棄却する旨の決定をした。<以下、事実省略>
理由
一請求原因第一ないし第三項の事実は当事者間に争いがないところ、原告らは本件賦課処分の根拠とした本件条例の規定は、憲法三〇条、八四条および地方税法三条に規定する租税法律主義の原則に違反し無効である旨主張するので判断する。
租税法律主義は、租税要件を法定することにより、行政庁の恣意的な課税を排し、国民の財産権が不当に侵害されることを防止するとともに、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を付与することを目的とするものであつて、憲法八四条は「あらたに租税を課し、または現行の租税を変更するには法律又は法律の定める条件によることを必要とする」旨規定し、租税法律主義の原則を宣明している。右租税法律主義の目的および憲法の趣旨に照らし、法律に根拠のない命令、政令による租税の賦課は許されないし、課税の根拠、租税の種類、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等租税債務の成立に関する課税要件その他租税債務の変更、消滅に関する実体規定はもとより、納税の時期、方法等に関する手続規定についても正当な立法手続を経た法律によることを要し、かつ、その内容は一義的で明確であることが要請される。
そして地方税につき憲法八四条に規定する租税法律主義の原則は、憲法九二条、九四条、地方自治法一〇条、一四条、二二三条、地方税法二条の規定により、地方公共団体がその有する課税権に基づき地方税法の定める範囲内で、あらたに地方税を課し、または現行の地方税を変更するには、条例によつてその租税要件、手続規定等を定めることを要するとする趣旨でその適用があると解すべきであり、地方税法三条一項において「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定めをするには、当該地方団体の条例によらなければならない」旨規定することによりその趣旨を明らかにしたものとみるべきである。
二ところで本件条例(昭和三四年三月二三日条例第一四号)中、保険税額の算定に関する規定はつぎのとおりである。
国民健康保険税(以下保険税という)は、国民健康保険の被保険者(以下被保険者という)である世帯主に対して課する(一条一項)。被保険者である資格がない世帯主であつて、当該世帯内に被保険者である者がある場合においては、当該世帯主を被保険者である世帯主とみなして課税する(一条二項)。保険税の課税総額は、当該年度の初日における療養の給付および療養費の支給に要する費用の総額の見込額から、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額以内とする(二条)。保険税の課税額は、被保険者の属する世帯主(昭和五二年法律第六号地方税法の一部を改正する法律の施行に伴い、同年六月一三日条例第二三号による改正の結果、一条二項の世帯主は三条の適用から除外された)およびその世帯に属する被保険者につき算定した所得割額、資産割額、被保険者均等割額および世帯別平等割額の合算額とする(三条―同条にはただし書として課税額の限度額が定められ、当該合算額が所定の限度額を超える場合においては、課税額は右限度額とすると規定されているところ、その限度額は昭和五〇年度の保険税について一二万円と規定されていたが、昭和五一年法律第七号による地方税法の改正に伴い昭和五一年度の保険税については同年六月二四日条例第二五号により一五万円に、ついで前記昭和五二年法律第六号による地方税法の改正に伴い、昭和五二年度の保険税については同年六月一三日条例第二三号により一七万円に順次改正された)。所得割額は賦課期日の属する年の前年の所得にかかる地方税法三一四条の二、一項に規定する総所得金額(総所得金額中に給与所得が含まれている場合においては当該給与所得については、所得税法二八条二項の規定によつて計算した金額から当該給与所得に係る収入金額の一〇〇分の五の金額(その金額が二万円をこえるときは二万円)を控除した金額によるものとする)および山林所得金額の合計額から地方税法三一四条の二、二項の規定による控除した後の総所得金額および山林所得金額の合計額(以下単に総所得金額等という)を課税標準とし、これに六条の所得割の保険税率を乗じて算定する(四条一項)。地方税法三一四条の二、一項に規定する総所得金額又は山林所得金額の計算については、同法三一三条三項、四項又は五項の規定を適用せず、また所得税法五七条一項、三項又は四項の規定の例によらないものとする(同条二項)。四条一項の場合における地方税法三一四条の二、一項に規定する総所得金額又は山林所得金額を算定する場合においては、同法三一三条九項中雑損失の金額に係る部分の規定を適用しないものとする(同条三項)。三条の資産割額は、当該年度分として納付した又は納付すべき固定資産税額のうち、土地および家屋にかかる部分の額に、六条の資産割の保険税率を乗じて算定する(五条)。保険税率は所得割については、保険税の課税総額の一〇〇分の六五に相当する額を四条に規定する課税標準の総額で除して得た数とし、資産割については、保険税の課税総額の一〇〇の一〇に相当する額を五条に規定する固定資産税額の総額で除して得た数とし、被保険者均等割は保険税の課税総額の一〇〇分の一四に相当する額を当該年度の初日における被保険者総数で除して得た額とし、世帯別平等割は保険税の課税総額の一〇〇分の一一に相当する額を当該年度の初日における被保険者の属する世帯総数で除した額とする(六条)。保険税の賦課期日は四月一日とする(七条)。
三ところで原告らは、本件条例の税率に関する定めが定率または定額によつて規定されていないことを理由に、本件条例は課税要件法定主義に反する旨主張する。よつて判断するに、前記条例の規定によれば、被保険者に対して課せられる保険税の所得割、資産割、被保険者均等割、世帯別平等割の各割額を算定するについて、まず課税総額を決定し、これを所得割総額、資産割総額、被保険者均等割総額、世帯別平等割総額に区分し、課税総額中に占める割合を定め、所得割については四条一項所定の総所得金額等を課税標準(以下所得割課税標準額という)と定め、右課税標準の総額をもつて所得割総額を除し、資産割については五条所定の固定資産税額の総額をもつて資産割総額を除して得た数を税率とし、被保険者均等割、世帯別平等割については被保険者総数、世帯総数等で除した額を税率と規定するものであるところ、現行租税法上、国税および地方税中の普通税については、課税標準と定率または定額によつて表示された税率によつて税額を規定するのが原則であるが、租税法規一般について必ずしも右のような規定の方式をとらなければならないものではなく、租税債務の成立に関する課税要件が行政庁の恣意を容れる余地のない程度に明確かつ一義的に規定されている限り課税要件法定主義の要請を充たすものとみるべきであるから、単に本件条例中形式的に定率または定額による税率の定めを欠くことのみを理由に課税要件法定主義違反をいう原告らの主張は採用し得ない。
四そこで以下本件条例が課税要件明確主義に違反するとする原告らの主張について判断する。
1 地方税法に定める国民健康保険税額の算定方法についてみるに、同法は国民健康保険税の標準課税総額を、当該年度の初日における療養の給付及び療養費の支給に要する総額の見込額から、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額と規定し(同法七〇三条の四、二項)、右標準課税総額を、応能原則を考慮して被保険者に負担させるため、所得割総額、資産割総額、被保険者均等割総額、世帯別平等割総額に区分する四区分方式、所得割総額、被保険者均等割総額、世帯別平等割総額に区分する三区分方式、所得割総額、被保険者均等割総額に区分する二区分方式に各分類し、市町村にいずれか一つの方式を選択させることとし、その各方式ごとに標準課税総額に対する区分された各総額の標準割合を定める(同条の四、三項)。そして納税義務者に対する課税額は、当該市町村の採用する課税総額の区分に応じて、世帯主およびその世帯に属する被保険者につき算定した所得割額、資産割額および被保険者均等割額、世帯別平等割額の合算額とする(同条の四、四項本文)。この場合、国民健康保険の被保険者である資格がない世帯主であつて、その世帯内に被保険者がある場合においては、当該世帯主を一項の被保険者である世帯主とみなして保険税を課するものとし(同条の四、一〇項前段)、右のいわゆる擬制世帯主については、昭和五二年法律第六号地方税法の一部を改正する法律による改正前の同条の四、一〇項後段では、現行法のように四項の適用について擬制世帯主を除くことをせず、単に右世帯主について所得割額、被保険者均等割額を条例の定めるところにより減額できるものとし、右のほか、地方税法は総所得金額等が一定の基準に達しない低所得者についても条例で定めるところにより、被保険者均等割額または世帯別平等割額を減額すべきものとされ(同法七〇三条の五)、他方応能原則の適用に一定の限度を設ける必要から課税の限度額を設け(同条の四、四項ただし書)、これらの規定を受けて市町村の条例で、被保険者の負担すべき課税額の軽減や限度額について規定することを予定している。
右地方税法の規定によれば、同法にいう標準課税総額とは、限度額による制限、擬制世帯主、低所得者に対する軽減等の規定を適用した結果、被保険者に現実に賦課される課税額の合計額ではなく、保険者である市町村が国民健康保険に要する費用に充てるため、被保険者から賦課徴収すべき右の規定を適用する以前の保険税の総額をいい、右保険税の総額は、当該年度の療養の給付および療養費の支給に要する費用の総額の見込額から、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額と規定し、各市町村は右の額を基準として、被保険者に対し、保険税を課することができるものとする趣旨で標準課税額と規定したに止まり、本件条例も、税額の算定方法につき、右地方税法と同様の規定をしていることに照らし、同条例中の課税総額も右地方税法の課税総額とその意味内容を同じくすると解すべきである。
2 ところで地方税法は、地方公共団体が条例によつて各別に異なつた税制を定めるときは、住民の税負担に不均衡を生ずる惧れがあることのほか、国税との関係を考慮し、課税権者である地方公共団体に対し地方税についての統一的な基準や枠組を定めるものであつて、前記健康保険税に関する地方税法の規定も、保険税が直接各地方公共団体の国民健康保険事業に要する費用に充てる目的で徴収される目的税であることに鑑み、各地方公共団体によりその事業の規模、運営の実情等を異にするため、普通税のように税額を課税標準と定率または定額によつて表示された税率によつて規定する方法によらず、前判示のとおり、国民健康保険事業における必要経費の中心をなす療養の給付および療養費の支給に要する費用(以下単に療養給付費等という)の総額の見込額を基礎とし、右の額から療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額の一〇〇分の六五に相当する額を課税総額の基準とし、応能原則、応益原則をそれぞれ加味した賦課方式によらしめることとして、右課税総額を二ないし四に区分したうえ課税総額中に占める区分された総額に対する標準割合を定め、その区分された額に応じ所得割課税標準額、固定資産税額、被保険者数、世帯数にあん分して各税額を算出し、その合算額をもつて課税額とする旨規定することにより、各市町村が被保険者から賦課徴収すべき税額について、その基準を与えたに止まるものと解され、右課税総額の基礎をなす療養給付費等の総額の見込額、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額等は、各市町村において過去の実績から推定される当該地方公共団体の受診率、一件あたりの単位数のほか、当該事業年度における被保険者数、老人の占める割合、療養取扱機関の数、疾病構造、医療費の改定等諸般の社会的経済的事情を綜合勘案して初めて確定することができ、そのためには地方公共団体の事情に通ぎようし、直接保険事業の衝にあたるものの認定判断に任すのでなければ到底適正な見込額を確定することができない性質のものであるから、これを基礎に地方公共団体がその住民たる被保険者に対し、現実に保険税を賦課徴収するためには、地方税法の定める基準と制限のもとで、地方公共団体が条例をもつて課税要件を規定しなければならず、右条例の規定が租税法律主義の原則に適合するものでなければならないことはいうまでもない。
3 そこで、本件条例の規定について検討するに、前記のとおり本件条例は、地方税法の規定中いわゆる四区分方式を採用し、所得割額については課税総額の一〇〇分の六五に相当する所得割総額を、条例四条一項所定の所得割課税標準額の総額で除した数を税率とし、右課税標準に右の税率を乗じてその額を算定し、資産割額については課税総額の一〇〇分の一〇に相当する資産割総額を、条例五条所定の固定資産税額の総額で除して得た数を税率とし、右固定資産税額に右の税率を乗じてその額を算定し、被保険者均等割額は、保険税の課税総額の一〇〇分の一四に相当する被保険者均等割総額を、当該年度の初日における被保険者総数で除した額とし、世帯別平等割額は、保険税の課税総額の一〇〇分の一一に相当する世帯別平等割総額を、当該年度の初日における被保険者の属する世帯総数で除した額とし、その合算額をもつて保険税の課税額と規定するものであつて、税率について右のような規定の方式によるときは、直接条例をもつて定率または定額により税率を規定した場合と異なり、税率算定の根拠となる六条所定の「課税総額」「四条に規定する課税標準の総額」「五条に規定する固定資産税額の総額」「被保険者総数」「被保険者の属する世帯総数」等の内容をなす額または数の変動により、税率はその都度条例の改正を待つまでもなく必然的に変更され、それが納税義務者の負担する税額に重大な影響を及ぼすことは明白であるから右の総額または総数は、それ自体税額を決定する課税要件をなすものと解すべきである。そして課税要件は、租税法律主義の原則の目的が課税権者の恣意的な課税を排し、国民の財産権が不当に侵害されることを防止するとともに、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えるにあることに鑑み、その税額を算定するについて課税権者の恣意的な裁量を容れる余地がなく、かつ、納税義務者が或程度自己に賦課される税額を予測することができ、不当または違法な課税処分に対し、行政上の不服申立、訴の提起をなすべきか否かについて合理的な判断を可能ならしめる程度に一義的かつ明確に規定されていることが要請される。
4 これを本件条例六条の規定についてみるに、同条に規定する課税総額につき、本件条例は二条において「当該年度の初日における療養の給付及び療養費の支給に要する費用の総額の見込額から、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した残額の一〇〇分の六五に相当する額以内とする」と規定するに止まり、その規定の内容をなす額について本件条例中には他に何らの規定も置かれていない。
(一) この点につき、被告は、地方自治法九六条において、予算が議会の議決事項とされていることを根拠に、国保会計予算案が可決されることにより、課税総額は当初予算に計上された現年課税分と賦課期日の到来により自動的に確定する旨主張する。
そこで、右被告の主張について検討するに、<証拠>によれば次の事実を認めることができ右の認定に反する証拠はない。
(1) 秋田市では、毎年一一月頃から市の保険課において次年度における国保会計予算の編成作業に着手するが、例年一二月頃秋田県保険課と県内の各市町村の国民健康保険担当者との間で事務打合せ会が行われ、その際、県側より予算編成要綱が示され、市の保険課では、右の要綱に基づいて次年度における被保険者数の把握や医療費の伸び率の推計等の本格的な編成作業に取りかかり、翌年一月頃に予算原案が作成されると直ちに被告の査定を受けたのち、公益代表者、被保険者代表者および医療機関の代表者によつて構成される秋田市国民健康保険運営協議会に諮問したうえ、毎年三月頃開催される秋田市定例市議会に提案されること。
(2) 市の保険課では予算案を編成するにあたつて、歳出の中心となる療養の給付に要する費用の総額の見込額から療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した金額を「療養給付費」とし、療養費の支給に要する費用の総額の見込額を「療養費」として予算に計上するため、療養給付費、療養費の額を県の前記予算編成要綱等に基づき過去の実績を勘案して算出するとともにこれと平行して事務経費等その他の支出項目についても試算し、他方歳入のうち国庫負担金、財政調整交付金、その他任意給付に対する国庫補助金、一般会計からの繰入金等の見積額を試算し、当該年度において保険税収入によつて賄うべき金額を決定し、これを予算案中の歳入の「現年課税分」の欄に計上する。
しかし、右現年課税分は被保険者の倒産、転居先不明、滞納等の理由により、その全額を収納することは事実上不可能であり、また予算編成にあたり、県側より実際に収納しうる金額を予算に計上するようにとの指導を受けていたことなどから、過去数年間における保険税の収納実績を基準に、毎年一定の収納率を定め、賦課期日直前の三月中に開催される市議会の委員会における予算審議の際、右の収納率について口頭で説明しており、その率は昭和五〇年度が九五パーセント、昭和五一年度は九二パーセント、昭和五二年度は九一パーセントであつたこと。
(3) 被告は、国保会計予算が市議会で可決成立すると、現年課税分に当該年度の収納率で除して得たいわゆる予算上の調定額を算出したうえ、右調定額を基礎に被保険者に賦課徴収するための作業に入ることとなる。すなわち、賦課期日の到来を待ち、税率算出の基礎資料となる被保険者らの所得割課税標準額の総額、固定資産税額の総額、被保険者の総数、世帯総数等の各数値を確定し、擬制世帯主に対する軽減(ただし、前記のとおり昭和五〇年度分、昭和五一年度分の課税についてのみ適用があり、昭和五二年度の課税分については条例の改正により廃止された)低所得者に対する軽減、限度額の制限等の規定を適用した後の調定額と一致する課税総額と税率を確定するため、前年度の実績を参考にして課税総額を定め、これを基礎に税率を算出し、右税率によつて算定した額に前記課税額の軽減、限度額に関する規定を適用した結果被保険者に対し賦課徴収し得る保険税の累計を算定し、右累計と前記調定額を比較検討し、その間に不一致があれば、更に課税総額に別の数字をあてはめて税率を試算し、これを前同様の方法で被保険者について算定した結果得られる保険税の累計と前記調定額を比較検討するという作業を繰り返すことにより、条例二条の制限内にあつて、しかも調定額とほぼ一致する保険税の累計を導くための課税総額および税率を確定する。以上の作業を行う必要から、課税総額および税率が決定されるのは、毎年六月中旬ころとなり、納税義務者に対しては翌七月一日付の納税通知書によつて通知されること。
(4) 右納税通知書には、所得割について所得割課税標準額、その税率、所得割額を、資産割額について資産割課税標準額、その税率、資産割額を、均等割額について被保険者一人当りの金額とその総額を、世帯平等割額についてその金額を各記載するに止まり、税率算定の根拠となつた課税総額等の各数値については、その記載のないこと。
以上のとおりであり、本件各課税年度における税率、税率算定の根拠とする課税総額等の各数値が、別表(二)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。
右認定の事実および争いのない事実によれば、被告は予算の編成にあたり、本件条例上三条本文に規定する課税額から減額すべきものとされ、あるいは、限度額を超えるため賦課し得ないものとされている額を除き、被保険者に対して現実に賦課し得る課税額の総額を現年課税分として予算に計上し、右現年課税分を基礎として、そのうち、事実上徴収不能となることの予想される額を見込んで収納率を定め、現年課税分を収納率で除した額を調定額とし、その額と前記の軽減額、課税限度額を超える額との合算額をもつて課税総額と解していることが窺われるのであるが、課税総額を右のように解することの当否はさて措き、そもそも条例上課税要件として規定された課税総額が予算の可決と賦課期日の到来により自動的に確定し、予算に計上された現年課税分が当然に条例の内容となつて納税義務者を拘束し税額を決定する根拠となると解することは困難であり、以下述べる事由によつても、被告の主張の理由のないことは明らかである。
すなわち前掲各証拠によれば、つぎの事実が認められ、右の認定に反する証拠はない。
(1) 昭和五〇年度においては、予算編成時における推定被保険者数が、賦課期日と定められた四月一日の時点においては八三〇名の減少をみたことを理由に、被保険者の負担軽減の趣旨で、減少した被保険者数に対応して調定額を減額して課税していること、
(2) 昭和五二年度においては、七月一日の賦課処分時における調定額に対し、予算決算時における調定額が例年増加傾向を示していることに鑑み、前同様被保険者の負担軽減を理由に、昭和五二年六月二日市議会で可決された補正予算の調定額から三パーセントに相当する額を減額して課税していること、
(3) 昭和五〇年度においては、累積した過年度分の赤字解消策と前年度より高額療養費の支給が任意給付となつたことに伴い、当該年度における医療給付費等の急増が見込まれたことから、指導機関である秋田県と協議の結果、同年度の療養給付費国庫負担金を三〇〇〇万円減額して予算に計上したが、昭和五〇年五月頃、前年度の療養給付費国庫負担金が四三〇〇万円余り入ることが判明したため、補正予算を組んで、右国庫負担金のうち三〇二〇万円を歳入として前年度国庫負担金の欄に、右同額を歳出として繰上充用金の欄にそれぞれ計上することとしたに止まり、当初予算において減額計上した前記三〇〇〇万円については、なお医療費の改訂が予想されていたことや総医療費のうち三パーセントを予備費として予算に計上するようにとの県の指導に対し、一パーセントしか計上していなかつたこともあつて、医療費の増加分に充てる予定で予算措置を講ずることなく持ち越していたこと、
(4) 昭和五一年度には、予算編成の時点で前年度の黒字繰越分が見込まれたが、当該年度において医療費の増額改訂が予測されたため、予算中に療養給付費等の支出の見込額を増額するかわりに、右黒字分を繰越分として計上しない措置をとつたこと、
(5) 昭和五二年度においても、予算編成時において八〇〇〇万円から九〇〇〇万円の過年度の黒字が見込まれたが、予算には確実な分として五〇〇〇万円のみを繰越金として計上していたところ、前年度の最終的な決算が大巾な黒字となつたことから、昭和五二年六月議会における補正予算で更に一億五三〇〇万円を繰越金として追加計上したこと、
以上のとおりであり、右認定の事実によれば、被告は前年度の赤字や黒字の処理の便宜のため、あるいは医療費の改訂が予測されるという理由で、国庫負担金を減額して計上したり、黒字分を繰越金に計上しない等の措置を講じて予算上の現年課税分を決定し、あるいはまた、議会の議決した予算中の現年課税分をその裁量によつて定まる収納率によつて除して調定額を算定し、賦課期日後においても、被保険者の負担軽減という理由で自由にこれを減額して課税総額および税率の顕出作業をしていることが窺われ、被告の講じた右認定のような予算上の措置が現年課税分の額に影響を与えることは明らかであるが、予算の議決は単なる地方公共団体の内部的な意思決定に止まると解され、また調定額算出のための収納率は予算の内容とはなり得ないもので、元来調定とは地方自治法二三一条に基づき普通地方公共団体の長が、その歳入の内容を調査して収入金額を決定する行為をいい、右の行為もまた普通地方公共団体の内部的意思決定に止まると解され、歳入の徴収、収納自体は、予算の議決、調定による収入金額の決定とは別個に、法令の規定または法令に従つてなされた契約などにより適法に発生した権利に基づき、法令の定める手続に従つて行われなければならないことはいうまでもなく、納税義務者の側で、議決された予算の内容、調定によつて収入すべきものとして決定された額に対しては不服の申立、訴の提起が許されると解し得る余地のないことを考慮すると、現年課税分ないしは調定額によつて本件条例中課税要件として規定された課税総額が充足確定されると解することの不合理なことは明らかである。
(二) さらに被告は、被告が課税総額を確定するについては、条例と予算の議決に拘束され被告の裁量を容れる余地はない旨主張する。
保険者である市町村は、国民健康保険に関する収入および支出について、政令の定めるところにより、一般会計と区分して特別会計を設置することが義務づけられ(国民健康保険法一〇条)、市町村長は、他の一般会計予算とは別個に特別会計予算を作成し、これを地方公共団体の議会に提案してその議決を経ることが必要とされているが(地方自治法九六条一項二号)、そもそも予算とは、一会計年度における歳入および歳出の予定的計算であり、ただ歳出予算については予算の議決により地方公共団体の長その他の執行機関に対し、予算を執行してこれを支出する権限および義務を付与する反面、執行機関は支出の金額、目的、時期等につき予算の議決に拘束されるということはあつても、歳入予算は当該年度における歳入の単なる見積りに過ぎず、歳出の財源を明示して通観の便宜を与えるに止まり、前記のとおり租税その他の収入は、予算とは別個に法令の規定等に基づいて徴収又は収納されるのであつて、歳入予算によつて地方公共団体の徴収権または収納権が影響を受けることはあり得ず、また、被告は歳入予算を超えて、徴収又は収納してはならないという拘束を受けるものでもないのであるから、被告の主張はその理由がない。
(三) さらに被告は、国民健康保険税が国民健康保険事業に要する費用を賄うために被保険者に対し賦課される目的税であるという性格上、本件条例のような税率の規定方法もやむを得ず、定額、定率によるよりは本件条例のような規定による方が合理的である旨主張する。
なるほど、国民健康保険税は、市町村が当該年度において必要とする右療養給付費等の国民健康保険事業の経費に充てるために被保険者から徴収する目的税であり、地方自治法や本件条例が規定するように、療養の給付および療養費の支給に要する費用の総額の見込額、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額等を基礎として課税総額に関する定めをなし、応能、応益原則を考量しこれを被保険者にあん分した額をもつて税額とすることが目的税の趣旨にそうものであることは否定できないところであるが、保険税もまた、地方公共団体がその課税権に基づき、その住民たる被保険者に対し強制的に賦課し徴収する金銭給付として、租税たる性質を有することについては普通税と異なるところはなく、税率につき本件条例のような規定の形式をとり、税率算定の根拠となる課税総額の額の決定を課税庁の認定に任せるときは、定率、定額で税率を規定した場合と対比し、税率の決定をその裁量に委ねたに等しく、租税法律主義の原則の適用につき例外を認める結果となり、その許されないことはいうまでもない。
5 以上説示し来つたところにより明らかなとおり、本件条例二条にいう「当該年度の初日における療養の給付及び療養費の支給に要する費用の総額の見込額から療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を控除した額」という規定自体、客観的一義的に明確ではなく、その額の認定については裁量による判断を必要とすると解されるうえ、同条は課税総額を右の額の一〇〇分の六五以内とする旨規定することにより、療養の給付についての一部負担金の総額の見込額を除く療養給付費等の総額の見込額を含め、課税要件をなす課税総額の認定を課税庁である被告の裁量に任せた趣旨と解するほかなく、本件条例六条は右の課税総額の数値を基礎として、所得割額、資産割額、被保険者均等割額、世帯別平等割額の税率を規定することにより、課税要件である税率の決定について、被告の裁量を許容するものとみるべきであつて、被告の主張する如く、同条に規定する課税総額および税率が賦課期日現在において一義的、客観的に定まり、被告の税額確定手続を経由することにより課税額が具体的に確定すると解することは困難である。
五以上の次第で国民健康保険税の課税要件を定めた本件条例二条および六条の規定は一義的明確を欠き、課税総額の認定、税率の確定について課税庁である被告の裁量を許容するものというべく、納税義務者たる被保険者らにおいて、賦課処分前に右課税総額および税率を確知し得ないため、自己に賦課される課税額を予測することは全く不可能であるうえ、賦課処分後においても、課税総額自体が不明であるため、通知された税率の当否、ひいては不当または違法な課税処分に対し行政上の不服申立、訴の提起をなすべきか否かについて客観的、合理的な判断を加えることを事実上著しく困難ならしめる結果を招来しており、右条例の規定が、行政庁の恣意的な裁量を排し、国民の財産権が不当に侵害されることを防止し、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を付与することを目的とする租税法律主義の原則に反することは明らかである。そして租税法律主義の原則を規定する憲法八四条は、地方公共団体が、その有する課税権に基づいて地方税を賦課徴収するため条例を制定し、住民から地方税を賦課徴収するについて、その適用があると解すべきことはさきに判示したとおりであるから、本件条例二条および六条の規定は憲法八四条に違反し無効であつて、右条例の規定に基づいてなされた本件賦課処分は違法であることを免れない。
六よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らが請求原因第五項(一)、(二)、(三)において主張する原告らに対する各賦課処分および再賦課処分はいずれも違法であつて取消を免れず、原告らの本訴請求はその理由があるので全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(名越昭彦 湖海信成 板桓千里)
別紙 賦課処分一覧表(一)(二)(三)<省略>