大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 昭和54年(ワ)62号 判決 1980年7月15日

原告

鈴木聡

ほか二名

被告

有限会社関組

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して、原告らそれぞれに対し各金二三四万二、九九八円及びうち各金二一三万二、九九八円に対する昭和五三年七月二日以降支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告らそれぞれに対し各金五三一万三、三六八円及びうち各金四八三万三、三六八円に対する昭和五三年七月二日以降支払ずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡鈴木ミヨ(以下「亡ミヨ」という)は、次の交通事故(以下「本件事故」という)により受傷し、約二か月後に死亡した。

(一) 事故発生日時 昭和五三年四月二九日午後五時四〇分ころ

(二) 事故発生地 秋田県南秋田郡飯田川町下虻川字道心谷地四三番地の二先路上(以下「本件事故現場」という)

(三) 加害車両 大型乗用自動車(秋二二さ一八二七号、以下「加害車両」という)

右運転者 被告宮田金一(以下「被告宮田」という)

(四) 被害者 亡ミヨ(自転車で走行中)

(五) 事故の態様 亡ミヨは本件事故現場を自転車に乗つて国道七号線方面から豊川方面に向つて進行中後方から来た被告宮田運転の加害車両に左頭部付近を衝突され、はね飛ばされて路上に叩きつけられた。

(六) 結果 右事故によつて亡ミヨは脳挫傷、頭蓋骨骨折、右硬膜下血腫、右硬膜上血腫、右耳出血の傷害を負い、直ちに秋田県交通災害センターに入院し手術を受けたが、外傷性痴呆となり、同年六月三〇日午後一一時一〇分ころ同センター五階病室の窓から三階ベランダに転落し、翌七月一日午前四時三九分ころ死亡した。

2  責任原因

(一) 被告有限会社関組は加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告宮田は前方注視を怠つた過失により本件事故を惹起した。

3  損害

亡ミヨは本件事故により前記傷害を負い、昭和五三年四月二九日から同年七月一日まで入院し、同日死亡した。

(一) 亡ミヨ本人の損害

1 入院諸雑費 三万七、八〇〇円

一日当り六〇〇円、六三日分

2 逸失利益 一、一五四万二、九六四円

亡ミヨは死亡時四七歳の健康な女子で昭和五三年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計によれば女子労働者四五ないし五〇歳の年平均給与額は一六九万五、五〇〇円であり、亡ミヨは死亡時から六七歳までの二〇年間稼働しえたものと推定されるから、右給与額からその五割を生活費として控除し、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して死亡時の現価を算定すると一、一五四万二、九六四円となる。

3 受傷入院による慰藉料 五八万五、〇〇〇円

(二) 原告ら固有の損害

1 葬儀費用 各三二万八、一一四円

原告らは、亡ミヨの葬儀を行ない、その費用として合計九八万四、三四二円を支出したから、原告一人当りの支出額は三二万八、一一四円となる。

2 慰藉料 各三〇〇万円

原告鈴木農市(以下「原告農市」という)は亡ミヨの夫、同鈴木聡及び同鈴木康晴(以下それぞれ「原告聡」「原告康晴」という)はいずれも亡ミヨの子であり、原告らの被つた精神的苦痛を慰藉するには各三〇〇万円が相当である。

(三) 相続

原告らは右身分関係に基づき亡ミヨの死亡により前記(一)の亡ミヨの損害賠償金債権(合計一、二一六万五、七六四円)を各三分の一ずつ相続し、原告一人当りの相続債権額は四〇五万五、二五四円となる。

(四) 損害の填補

原告らは自動車損害賠償保障保険(以下「自賠責保険」という)から合計七六五万円(原告一人当り二五五万円)を受領した。

(五) 弁護士費用 各四八万円

原告らは本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人弁護士廣嶋清則に委任し、その費用として各自その取得すべき賠償額の一割(四八万円)を支払うことを約した。

4 よつて、原告らはそれぞれ被告らに対し連帯して損害賠償金残金各五三一万三、三六八円及びうち各四八三万三、三六八円に対する亡ミヨ死亡の日の翌日である昭和五三年七月二日以降支払ずみまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)ないし(四)の各事実はいずれも認める。

(二)  同(五)は争う。道路右側から左側へ斜め横断中の亡ミヨに衝突したものである。

(三)  同(六)の事実のうち亡ミヨが本件事故により原告主張の傷害を負つたこと、同人が直ちに秋田県交通災害センターに入院し手術を受けたこと、同人が外傷性痴呆となつたこと、同人が原告主張の日時に死亡したことは認める。ただし、亡ミヨは軽度の後遺症による療養の長期化及び治療の不安に対する悲観、厭世観から飛降自殺したもので、本件事故と亡ミヨの死亡との間には相当因果関係がなく、また亡ミヨが外傷性痴呆となつたのは右飛降自殺を図つた後であり右同様本件事故との間に相当因果関係がない。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故については亡ミヨの自転車による斜め横断も原因をなしており、同人の過失は三割を下らない。

2  仮に亡ミヨの死亡につき本件事故との間に相当因果関係があるとすれば、右結果に対する同人の因果関係の寄与分として損害額のうち五割が減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁はいずれも争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生、責任原因、本件事故と亡ミヨの死亡との因果関係及び抗弁について

1  請求原因1(一)ないし(四)、2の各事実、亡ミヨが本件事故により脳挫傷、頭蓋骨骨折、右硬膜下血腫、右硬膜上血腫、右耳出血の傷害を負つたこと、同人が事故後直ちに秋田県交通災害センターに入院し手術を受けたこと、同人が外傷性痴呆になつたこと、同人が昭和五三年七月一日午前四時三九分ころ死亡したことは当事者間に争いがない。

2  事故の態様について

成立に争いのない乙第一ないし第一一号証、第一六号証、証人藤原隆の証言、原告農市及び被告宮田各本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は歩車道の区別のない幅員六・七メートルのアスフアルト舗装の平担な見通しのよい直線道路で、最高速度が時速四〇キロメートルと指定されているところ、被告宮田は、加害車両(マイクロバス)を運転して右現場を国道七号線方面から豊川方面へ向つて時速約三〇キロメートルで進行していたが、衝突地点手前の左方交差道路に停車中の車両に気をとられて前方注視を怠り、同乗していた訴外藤原隆の「危い」という声で前方を見て初めて進路右前方約五・六メートルの地点に右方から左方へ向つて斜め横断中の亡ミヨの自転車を発見し、誤つてブレーキとアクセルを踏み間違えて右自転車に加害車両前部中央部付近を衝突させ、亡ミヨをはね飛ばしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件事故と亡ミヨの死亡との因果関係について

前掲乙第八号証、成立に争いのない甲第二、三号証、第四号証の一ないし三、第七号証の一、二、第八ないし第一〇号証、第一二号証、第一三号証の一、二、乙第二一号証、原告農市本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一一号証を総合すると、亡ミヨは本件事故のあつた昭和五三年四月二九日から同年六月三〇日まで秋田県交通災害センターに入院し、前記傷害により四か月の入院加療を要するとの診断を受け、同年四月三〇日頭部の手術を受け、同年六月三〇日秋田赤十字病院に転医し入院したこと、亡ミヨは右交通災害センターに入院した当初は意識不明であり、右手術後同年五月一〇日ころから少し意識が出てきて、同月二三日ころから一人で歩けるようになつたが、訳の分らないようなことを言つたり一日に二、三〇回も廊下をぶらぶら歩くなどの言動があり、秋田赤十字病院に転医したところにおいても暗算ができ人も判つてはいたが、日時が分らないとか、聞きわけが少し不良で同じことを何回も言つたりし、軽度ないし中等度の痴呆状態であつたこと、入院中亡ミヨは前記手術により頭蓋骨が切除されていることを気にかけ、頭蓋骨がいつ入るのか、頭は元に戻るのかなどと医師や原告農市に尋ねたり、この体では原告農市の母に難儀をかけるばかりだから死んだ方がよいなどと言つたりし、他方早く退院することを欲し、家に帰りたいと言つて暴れたこともあつたこと、同年六月三〇日にも原告農市に対し死にたいとか、家に帰りたいなどと何度も言つていたこと、同日原告農市が帰宅した後午後一一時一〇分ころ、亡ミヨは、前記秋田赤十字病院五階病室の窓枠に坐つて外を見ていたが、これを目撃した訴外宇佐美ヒサが他の者を起こすため目を離していた間に窓外に転落し(過失によるものか故意による飛降りかはしばらくおく)、翌日死亡したことが認められ、右事実を総合すると、亡ミヨは外傷による痴呆のため正常な判断能力に支障のある状態で自己の病状及び将来を悲観して飛降自殺を図つたものと推認され、当時の亡ミヨの前記精神状態及び前記傷害の程度等をも併わせ考えると、亡ミヨの死亡と本件事故との間には相当因果関係があると認められる。

4  抗弁について

前記一1の当事者間に争いのない事実及び同2の認定事実によれば本件事故の発生については亡ミヨも左方の安全を十分に確認しないで斜めに横断しようとした点に過失があると認められ、右事情並びに前記一3で認定した亡ミヨの死亡に至つた経緯、前記傷害の程度、亡ミヨの死亡により拡大した損害及び減少した損害(治療費、亡ミヨの慰藉料等)等諸般の事情を総合すると、後記二1、2記載の各損害額につき各二割五分の減額をするのが相当である。

二  損害

亡ミヨが本件事故により前記傷害を負つて昭和五三年四月二九日から同年七月一日まで入院し、同日午前四時三九分ころ死亡したことは前記一の争いのない事実及び認定事実のとおりである。

1  亡ミヨ本人の損害

(一)  入院諸雑費 三万七、八〇〇円

入院諸雑費として一日六〇〇円、六三日分計三万七、八〇〇円を相当額と認める。

(二)  逸失利益 一、〇一五万九、一九三円

成立に争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば亡ミヨは昭和五年七月三〇日生れの健康な女子であることが認められ、経験則上死亡時以降六七歳まで二〇年間稼働して収入を得ることができたと認められるのでその間亡ミヨは少くとも毎年一六三万四〇〇円(昭和五三年賃金センサス産業計、企業規模計、女子労働者学歴計の平均年収額)を下らない財産的利益を得ることができたものというべきところ、生活費控除を五割とし、ライプニツツ式計算法(原告らはホフマン式計算法により算定しているが、右計算法によるのが相当である)により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、亡ミヨの将来の逸失利益の死亡時の現価は一、〇一五万九、一九三円となる。

(三)  慰藉料 五八万五、〇〇〇円

本件事故の態様、亡ミヨの受傷の程度・入院期間その他諸般の事情をしん酌すると、亡ミヨの受傷・入院による慰藉料は五八万五、〇〇〇円が相当である。

2  原告ら固有の損害

(一)  葬儀費用 各一五万円

原告農市本人尋問の結果、これにより真正に成立したと認められる甲第六号証の一ないし四一及び弁論の全趣旨によれば、原告らにおいて亡ミヨの葬儀を行ない、その費用として合計九〇万六、五五五円を支出したことが認められるが、亡ミヨの年齢・社会的地位等に鑑みるとそのうち四五万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。従つて原告一人当りの損害額は一五万円となる。

(二)  慰藉料 各二五〇万円

前掲甲第一号証によれば原告農市は亡ミヨの夫、同聡及び同康晴はいずれも亡ミヨの子であることが認められ、本件事故の態様、亡ミヨの受傷・死亡その他諸般の事情をしん酌すると亡ミヨの死亡に伴なう原告らの慰藉料は各二五〇万円が相当である。

3  以上によれば原告ら固有の損害(弁護士費用は除く)は各二六五万円、亡ミヨ本人の損害は一、〇七八万一、九九三円となるが、これらにつき前記一4で説示したとおり二割五分の減額をすると、それぞれ原告ら固有の損害は各一九八万七、五〇〇円、亡ミヨ本人の損害は八〇八万六、四九四円となり、前記身分関係により原告らは亡ミヨの債権をそれぞれ三分の一の割合(各二六九万五、四九八円となる)で同人から相続により承継取得したので、原告らの債権額はそれぞれ四六八万二、九九八円となる。

ところで、原告らが自賠責保険から七六五万円を受領したことは当事者間に争いがなく、右金員は原告らの右各債権に各三分の一の割合(各二五五万円となる)で充当されたものと認めるのが相当であるから、結局原告らの債権額はそれぞれ二一三万二、九九八円となる。

4  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士廣嶋清則に委任したことは記録上明らかであり、本件訴訟の内容・経過、原告らの請求の認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある原告らの弁護士費用は各二一万円と認めるのが相当である。

三  よつて、原告らの本訴請求は、それぞれ被告らに対し連帯して損害賠償金残金及び弁護士費用合計各二三四万二、九九八円及びうち弁護士費用を除く各二一三万二、九九八円に対する亡ミヨ死亡の日の翌日である昭和五三年七月二日以降支払ずみまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の各請求は失当であるからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金谷暁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例