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秋田地方裁判所 昭和55年(行ウ)8号 判決 1985年4月26日

原告 佐藤康雄

右訴訟代理人弁護士 柴田久雄

被告 畠山健治郎

右訴訟代理人弁護士 深井昭二

右訴訟復代理人弁護士 虻川高範

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は秋田県大館市に対し、金一一三七万七九〇三円及びこれに対する昭和五七年一一月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年三月七日以降引続き秋田県大館市の住民であったところ、昭和五九年六月一日行政区画の変更により原告の住所地が秋田県北秋田郡比内町に編入され、一旦は大館市の住民でなくなったが、その後間もない同年九月一七日同市内に転入して再び同市の住民となった。

2  被告は、昭和五四年五月一日大館市長に就任し、その後任期終了による改選を経て現在に至っている。

3  被告は、昭和五四年八月一三日訴外富樫安民(以下「富樫」という。)に対する昭和五二年一二月二七日付懲戒免職処分を取り消し、昭和五四年九月一日から大館市職員として復職させた。そして、被告は富樫に対し、同年九月二一日以降昭和五七年九月二一日までの間別表記載のとおり合計金一一三七万七九〇三円の給料、扶養手当、期末手当、勤勉手当、寒冷地手当、通勤手当、住居手当、特勤手当、時間外手当、共済負担金、公務災害負担金及び退職手当(以下これらを合わせて「給与」という。)を支払ってきた。

4  しかし、富樫に対する前記懲戒免職処分(以下「本件免職処分」という。)の取消は、後記のとおり無効であるから、同人に対し被告が支払った前記給与の支給は違法な公金の支出に該当し、大館市はこれにより右同額の損害を被った。

5  被告のなした本件免職処分の取消(以下「本件取消処分」という。)は、次のとおり無効である。

(一) 前大館市長石川芳男は、昭和五二年一二月二七日富樫に対し本件免職処分を行ったが、その処分理由は以下の事由によるものであった。

即ち、大館市では、他の自治体と同様昼休みに窓口事務を実施してもらいたいとの市民の強い要望に応えるべく、石川前市長は昭和四四年頃から八年間にわたり大館市職員労働組合(以下「組合」という。)と鋭意話し合いを続けてきた。ところが、組合は、労働強化につながる等到底市民を納得させることのできない理由によって右事務実施に絶対反対の態度を固持し、どうしても市長の説得に応じようとしなかった。このため昭和五二年一二月一日同市長は昼休み窓口事務の実施に踏み切ることを決断し、関係課の職員に対しその旨の職務命令を発した。これに対し、組合の執行委員長であった富樫ら組合役員は、右職務命令書を受領者から無理矢理回収して管理職に突き返し、職務命令に従って昼休み窓口事務に就こうとする職員らを実力を用いて阻止する等、違法な妨害行為を一か月近くの長期にわたって展開、指導し、市の業務に重大な支障を生じさせ、ひいては市民に市政に対する不信感を抱かせるに至った。同市長による前記職務命令は、住民の強い要望に応えて住民の福祉(地方自治法二条三項一号)を増進するための適法な命令であることはいうまでもなく、右命令に実力をもって抵抗した富樫らの行為は地方公務員法三二条(上司の職務上の命令に従う義務)、三三条(信用失墜行為の禁止)に違反し、同法二九条一項一号、二号に該当することは明白である。

従って、本件免職処分は何ら瑕疵のない適法・有効な処分であった。

(二) 被告は、もと自治労秋田県職員労働組合委員長であったが、昭和五四年四月二二日施行の大館市長選挙に立候補するにあたり組合の支援を受け、当選して市長に就任するや、組合と馴れ合いのうえ本件免職処分を取り消したものである。

(三) 一般に行政処分は、公定力を有し処分者を拘束するものであり、また、一旦行政処分がなされると、それを基礎として新しい法律関係が形成されるから、仮に行政処分に瑕疵があっても行政庁が職権によって自由に無条件に取り消すことは許されず、そこには当然条理上の制限があるのであって、これを取り消すためには取消を必要とするだけの公益上の理由がなければならない。本件免職処分のごとき懲戒処分にあっても、法的安定の立場から見て、単に自由裁量に基づく職権による取消は許されず、これを取り消すためには公益上懲戒処分の効力を存続せしめ得ないような事由がなければならない。

(四) また、富樫は、本件免職処分を不服として昭和五三年一月一四日大館市公平委員会に不利益処分審査請求の申立をなし、同委員会において審査が開始されたから、本件免職処分の当否は同委員会において判断されるべきであった。ところが、被告は大館市長に就任後、それ以前に任期満了となっていた二名の公平委員と、それ以後に辞任した一名の委員について、速やかにその後任の委員を任命して右審査手続を進行させなければならなかったのに、そのまま放置して意図的に公平委員会の機能を停止したうえで、本件取消処分をした。

(五) 以上のとおり、被告のなした本件取消処分は、本件免職処分に何ら瑕疵がなく、取り消すべき公益上の必要性もないのにこれを取り消したものであって、重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

(六) 仮に、本件取消処分が、本件免職処分の瑕疵を前提としない撤回処分であるとしても、特別の規定のある場合のほか公益上その効力を存続せしめ得ない新たな事由が発生した場合でなければ行政行為の撤回は許されないと解されるところ、本件ではそのような事由は何ら発生していないから、撤回処分としても無効である。

6  原告は、昭和五五年三月一〇日大館市監査委員に対し地方自治法二四二条に基づき、被告の富樫に対する前記の違法な公金の支出を停止するとともに、既に支払った金員相当の損害賠償を求める旨の住民監査請求をしたところ、同監査委員は同年五月一〇日原告に対し、右請求を棄却する旨の監査結果を通知した。

7  よって、原告は、地方自治法二四二条の二に基づき大館市に対し損害賠償として金一一三七万七九〇三円及びこれに対する最終の公金支出の日の後にして本件の昭和五七年一一月八日付請求の趣旨訂正申立書送達の翌日である昭和五七年一一月九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  本案前の申立の理由

1  原告は、大館市民でないから、本件訴えの当事者適格を欠く。

2  本件訴えは、地方自治法二四二条の二所定の要件を欠き不適法である。

地方自治法二四二条の二は、地方財政の公正な運営を確保することを目的として、地方公共団体の職員による財務会計上の違法行為に対して、特別に住民による訴えの提起の途を開いているが、本来かかる事項は当然に裁判所の審理権に属するものではなく、法律が特に認めた故に裁判所の審理権に属せしめられるのである。従って、訴訟の対象は法律により特に定められた事項、即ち財務会計上の事項に限定されることはいうまでもない。

ところで、本件訴えは、「違法な公金の支出」に名目的に言及するものの、この点は原告の主張自体から明らかなように、訴え提起のためにする単なる口実にすぎず、原告が本件訴えにおいて求めているのは、結局財務会計事項とは解し得る余地のない富樫に対する懲戒免職処分及びその取消の当否自体なのである。かかる人事権者の専権事項に対する訴訟は、勿論これを争うにつき法律上の利益を有する者が提起する場合においては可能であるが、それ以外の「自己の法律上の利益にかかわらない資格」即ち大館市の住民なる資格をもって提起することは許容される余地のないところである。

よって、本件訴えは不適法であるから、却下されるべきである。

三  本案前の申立の理由に対する認否、反論

1  本案前の申立の理由1項は争う。

請求原因1項記載のとおり、原告は大館市の住民である。もっとも、原告の住所地が昭和五九年六月一日付行政区画の変更によって秋田県北秋田郡比内町に編入され、その意味において一時原告が大館市の住民でなくなったことはある。しかし、地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟の係属中に原告が当該普通地方公共団体の住民でなくなっても、死亡の場合と異なり再びその住民に復帰する余地は十分残されているから、原告適格を失わないものと解すべきである。しかも、本件においては、原告の全く関知しない行政区画の変更によって大館市の住民でなくなったものであり、同条七項によれば、原告が勝訴して弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体に対し相当額の支払いを請求できるのであるから、原告の意思と全く関係のない行政区画の変更によってかかる原告の権利を奪うのは相当でない。

2  同2項は争う。

住民訴訟の対象となる違法行為とは、一般的には当該行為ないし怠る事実が法規に違反している場合を指称し、その法規は被告が主張するごとく財務会計を直接に規律するものに限られない。なるほど大館市職員に対する人事は大館市長の権限に属するが、人事権の逸脱濫用の場合には住民訴訟の対象たる違法行為というのを妨げず、請求原因5項記載のとおり、被告のなした本件取消処分は違法・無効である。そして、本件訴えは、本件取消処分自体を直接審判の対象とするものではなく、違法な本件取消処分を前提としてなされた公金の支出により大館市が被った損害の回復を同市に代位して求めるものであるから、住民訴訟として適法である。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1項のうち、原告が現在大館市の住民であることは否認し、その余の事実は認める。但し、住民票上原告が主張のとおり大館市に再転入している事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項のうち、原告が富樫に対する本件免職処分を取り消し、昭和五四年九月一日から同人を大館市職員として復職させたことは認めるが、被告が同人に給与を支払った事実は否認する。被告は右給与の支払いに何ら関与していない。富樫が支払いを受けた給与の具体的金額は知らない。

4  同4項は争う。

5  同5項冒頭の主張は争う。

同項(一)のうち、石川前大館市長が昭和五二年一二月二七日富樫に対し懲戒免職処分を行ったことは認めるが、その余は争う。

同項(二)のうち、被告がもと自治労秋田県職員労働組合委員長であり、昭和五四年四月二二日施行の大館市長選挙に立候補し当選したことは認めるが、その余は否認する。

同項(三)は争う。

同項(四)のうち、富樫が本件免職処分を不服として大館市公平委員会に不利益処分審査請求の申立をしたことは認めるが、その余は否認する。右公平委員会の審理は、同委員三名中二名が辞任後石川前市長において欠員の補充をすることなく放置されたため、審理は全く進行しなかったものである。

同項(五)は争う。

同項(六)は争う。

6  同6項の事実は認める。

五  被告の本案の主張

1  本件において、原告は本件取消処分の無効を前提として被告に対し損害賠償を求めている。しかし、本件取消処分は行政処分であるから、その処分に違法な点があったとしても、それが取り消されることなく外形上有効なものとして存在する限り、何人もこれを有効なものとして取り扱わざるを得ず、従って、本件取消処分に違法な点があるからといって、その結果これを前提とする給与の支出が当然違法となるものではない。右給与の支出が違法であるというためには、本件取消処分に、処分の不存在、処分権限の欠缺、或いはその他処分の無効を来たすような重大かつ明白な瑕疵がある場合でなければならない。そして、一般に行政処分の無効であることを先決問題とする訴訟においては、処分の無効たることの主張・立証責任は、行政処分の無効を主張する側に存する。

原告は、請求原因5項において本件取消処分の無効を主張するが、その無効事由として主張するものは、いずれをとっても本件取消処分を無効たらしめるような重大かつ明白な瑕疵にあたるとはいえない。従って、原告の請求は、本件取消処分の違法事由の存否について判断するまでもなく失当である。

2  本件取消処分には、そもそも何らの違法も存しない。

(一) 本件免職処分及び本件取消処分に至る経緯

(1) 大館市役所においては、職員が昼休み時間を休憩時間としてこれを全員が一斉に休養に充てることとされていたところ、石川前大館市長は、自己の人気取りを目的として昼休み窓口事務を開始しようとし、窓口担当職員との話し合いを行った。ところが、窓口事務に従事する職員の労働条件は、市役所各職場の中で最も厳しい関係上、窓口担当職員は、昼休み窓口事務の実施には当初から反対の意向を表明していた。

(2) 大館市当局は、窓口担当職員を説得できないことを知るや、担当職員の説得を放棄し、昭和五二年三月九日組合に対し昼休み窓口事務実施についての団交を申し入れてきた。組合としては、立場上特定の組合員の労働条件の悪化につながる提案には賛成できなかったが、窓口担当職員の昼休み窓口事務実施後の労働条件の保障が得られ、かつ窓口担当職員自身の納得が得られれば、協力にやぶさかでないとの立場をとっていた。

(3) 一方、その間市当局は新聞を利用してあたかも多数の市民が困惑しているかのようなキャンペーンを張り、石川前市長の政治的立場強化の思惑から、組合が反対行動を行うよう策動した。このような状況に至り、組合も事態を憂慮し、昭和五二年一一月二六日の市長交渉の後間もなく、同五三年一月からの実施を検討し、かつ実施後の労働条件につき市当局と交渉すべく準備していた矢先の同五二年一二月一日、同前市長は一方的に団交を打切り、市民課、税務課、収納課及び花矢支所の昼休み窓口事務開始を通知し、次いで別段の緊急性がないにもかかわらず、処分をほのめかしつつ、同月三日右所属職員に対し一方的に個別に職務命令を発した。

(4) 組合は、交渉の継続をめざす一方、窓口担当職員との間において右職務命令に従う必要のない旨確認しあうとともに、事態の混乱を回避するため、これと並行して同年一二月二〇日以降、同五三年一月からの実施に協力することを前提にしての交渉を申し入れ、その後一二月二六日から昼休み窓口事務に協力した。

(5) ところが、その翌日の同年一二月二七日石川前市長、教育委員会及び農業委員会は相謀り、同前市長は組合の執行委員長富樫を懲戒免職(本件免職処分)にするとともに、副執行委員長を停職六月、書記次長を停職四月、執行委員六名を停職三月に、教育委員会は執行委員四名を停職三月に、農業委員会は書記長を停職六月、執行委員一名を停職三月に、それぞれ処した。結局組合役員の全員一五名が同時に免職一名を含む苛酷な処分を受けたのである。

(6) 大館市当局がなした右懲戒処分は、以上の経過に照らすと、正当な組合活動への嫌悪と報復を示すものであり、本来職員の非違行為について職務秩序を回復し維持するために認められている懲戒権の範囲を超え、組合活動を理由とする干渉・差別(他事考慮)に基づき行使されたものとして濫用というほかない。また、処分内容においても、免職を含む極めて苛酷なものであり、社会通念上も明白に比例均衡を失し、恣意的な裁量権の行使として違法たるを免れない。

(7) そこで、地公労法適用の執行委員二名は、昭和五三年一月一三日秋田地方労働委員会に不当労働行為救済申立を行うとともに、同年二月秋田地方裁判所に懲戒処分取消請求訴訟を提起した。一方、地方公務員法適用の富樫ほか一二名は大館市公平委員会に不利益処分審査請求を行った。しかし、地方労働委員会の審理はかなりの程度進行したものの、公平委員会は委員三名中二名の辞任後石川前市長によって欠員を補充することなく放置されたこと等により、審理開催も不可能な状況の下で審理は全く進行しなかった。

(8) このような状況の下で昭和五四年四月二二日大館市の市長選挙が行われ、石川前市長と被告との間で市長の座が争われたが、その際富樫らに対する前記懲戒処分の当否が選挙戦における大きな争点となった。結局右処分に批判的であった被告が大館市民の多数から支持され市長に当選した。

(9) 被告は、大館市長に就任後、かねてから自己の主張であり、市長選挙における公約でもあったことから、前記のとおり瑕疵のある懲戒処分を取り消すことにより、問題の解決を図った。なお、右解決は、比較的審理の進行していた地方労働委員会による和解の勧めに基づくものであった。

(二) 以上のとおり、富樫に対する本件免職処分は違法なものであり、被告は、大館市長として本件免職処分の瑕疵のほか、市政の公正かつ適正な運営を図る公益上の必要性をも考慮して、本件免職処分を取り消したものであり、本件取消処分には何ら違法の点はない。

(三) 懲戒権者には裁量権があるが、この裁量は、懲戒処分に瑕疵があるか否か、瑕疵がある場合に取消処分をするかどうかについても及び、かつその判断は広範な事情を総合的に考慮してなされることになる。即ち、懲戒権者が裁量権の行使として、懲戒処分に瑕疵を認めてなしたその取消は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にある。

本件取消処分は、本件免職処分に前記の瑕疵を認めてなされたものであるが、社会観念上正に妥当であり、何ら違法はない。

3  富樫に対する給与の支出が違法であるとするためには、本件取消処分と給与の支出の間に法的因果関係が必要である。しかし、右給与は、富樫が本件取消処分後大館市に対して労務を提供したことに対する対価として支払われたもので、本件取消処分と右給与の支出との間には法的因果関係がない。

また、被告に損害賠償責任があるというためには、富樫に対する給与の支出によって大館市に損害が生ずる必要がある。しかし、大館市は、富樫に支払った給与に見合う労務の提供を同人から受けており、大館市には何らの損害も発生していない。

4  被告は、富樫に対する給与の支出については何ら関与していないので、損害賠償の責任はない。

大館市においては、大館市役所事務決裁規程六条により、人件費の支出負担行為及び支出命令を職員課長の専決事項としている。即ち、大館市長は、人件費に関する支出命令権限の全部につき、その意思決定権を補助職員たる職員課長に内部的に委譲しているのである。このような場合には、大館市の内部関係において、専決規定の存するにもかかわらず、なお市長が当該権限の行使に何らかの関与をした等の特段の事情がない限り、当該処理事項については、実質的に権限を行使した受任専決者が責に任ずべきである。本件においては、職員課長が前記規定に基づき富樫に対する給与の支出命令事務を全て行っていて、右支出命令権限の行使につき被告は何ら関与していないから、被告には損害賠償責任はない。

仮に、市長に受任専決者に対する指揮・監督に故意又は重大な過失がある場合には損害賠償の責を負うとしても、本件の場合被告には何ら過失がない。

六  被告の本案の主張に対する反論

1  被告の本案の主張1項は争う。

一般論として行政庁が新たに行政処分をした場合、その効力を争う側においてその違法・無効について主張・立証責任があるとしても、本件訴えは、行政庁のなした新たな行政処分の効力を争うものではなく、前大館市長が富樫に対してなした先行の懲戒免職処分を取り消した後行の行政処分の無効を主張するものである。先行の本件免職処分も適法性が推定されるから、瑕疵がなければたとえ職権によっても自由に取り消すことはできず、もしこれを取り消せば、それは法律の認め得ない処分であって、それだけで取消処分に重大かつ明白な瑕疵があって無効なものといわなければならない。被告が本件免職処分の適法性の推定を覆してこれを取り消したからには、右処分に取り消すだけの瑕疵を一応認めたからにほかならないと思われる。従って、被告側において、その取消事由について主張・立証する責任がある。

2  同2項は争う。本件免職処分及び本件取消処分に至る経過として被告の主張する事実のうち原告の上記の主張に反する部分は否認する。

3  同3項は争う。労務の対価たる支払いといいうるためには、有効な雇傭関係が存在しなければならない。前記のとおり本件取消処分が無効である以上、富樫は大館市の職員としての身分がなく、仮に同人が大館市に労務の提供をしたとしても、大館市としては同人に職員としての給与を支払う義務はない。

4  同4項のうち、大館市において所論の規程によって職員の給与が職員課長の専決で支出されていることは認めるが、その余は争う。

しかし、同規程においても、大館市において職員に対する給与の支出の職務権限はあくまで市長に存し、市長が職員課長に対し常時代って執行させているにすぎない(同規程二条(2)、六条一項)。従って、職員課長の事務処理の法律効果は、勿論大館市長の行為としての効果を生じ、その行為に対する法律上の責任も、補助執行せしめたこと及びその監督責任に止まらず、その事務執行に対する全責任が大館市長たる被告にある。しかも被告は、本件取消処分をした段階において、当然職員課長の専決で富樫に給与が支払われることを熟知していたものであるから、その支出についての責任を免れない。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本件訴えの適否について

一  被告は、原告が大館市の住民でないから当事者適格を欠く旨主張するので、判断する。

原告の本件訴えが地方自治法二四二条の二第一項四号による代位請求訴訟であることは、その主張に徴し明らかである。右代位請求訴訟は、当該普通地方公共団体の住民に限り訴えを提起できるのであり(同条一項本文)、原告が住民であることは訴え提起の要件であるとともに本案判決を得るための要件でもあるから、訴訟提起時に原告が当該普通地方公共団体の住民であっても、その後口頭弁論終結の時点までに住民の資格を失った場合には、右訴訟は当事者適格を欠き、不適法として却下を免れない。

これを本件についてみるに、原告が昭和四七年三月七日以降引続き大館市の住民であったこと、昭和五九年六月一日行政区画の変更により原告の住所地が秋田県北秋田郡比内町に編入され、原告が大館市の住民でなくなったことは当事者間に争いがなく、その後住民票上は原告が同年九月一七日に同市に再び転入したとの記載になっていることは、被告の自認するところである。そして、《証拠省略》によれば、比内町に編入された元の住所地である大館市二井田字倉下一一番地には借家があり、原告は妻子と共に居住し、行政書士の仕事をしていたこと、前記行政区画の変更は、もともと大館市二井田字倉下地区が比内町扇田字押切地区に尖入する形状の土地であり、右二井田字倉下地区に居住し又は不動産を所有する者らから、従前より、生活上の利便等の理由で同地区を比内町に編入されたい旨大館市長等に対し陳情がなされていたことに基づくものであること、一方原告は現在の肩書住所である大館市幸町三番三九号には右編入以前から建物を所有し、将来行政書士の事務所として使用し、かつ家族と共に居住する意思を有していたこと、従前の住所地が比内町に編入された後、原告は本件訴訟を維持する目的もあって、昭和五九年九月一七日に住民票上の住所を右建物所在地に移すとともに、行政書士の事務所も同所に移転し、単身で右建物に寝泊りしていること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、原告は、その住所地の行政区画の変更により一旦は大館市の住民でなくなり、本件訴えの原告適格を失ったことが明らかであるが、その後再び大館市に転入し、本件口頭弁論終結の時点では同市の区域内に住所を有していたものと認められる。

一般に、住民訴訟提起後一旦住民の資格を失った原告が口頭弁論終結の時点までに再び住民の資格を回復した場合に、訴訟要件の欠缺が常に補正されるものと解すべきか否かは問題があろう。しかし、本件においては、前示認定事実によれば、(一)原告が一旦住民としての資格を失ったのは、行政区画の変更によるものであって、直接自己の意思に基づいて住所を移転した場合とは性質を異にすること、(二)原告が大館市の住民でなかった期間は約三か月半という短期間にとどまること、(三)右期間の関係から、原告に対する市町村民税は継続して大館市から課されるべき結果となったこと(地方税法三一八条)、(四)原告が大館市に再転入した動機が本件訴訟を維持する点にもあったことは否定できないとしても、現在の住所は、単に一時的、便宜的なものではなく、将来も継続してそこを生活の本拠とすることが見込まれること、等の事情が認められるのであり、これらの諸事情を考慮すれば、少くとも本件においては、原告が一旦大館市の住民たる資格を失ったことにより生じた訴訟要件の欠缺は、原告が本件口頭弁論終結の時点までに住民たる資格を回復したことにより補正されたものと解するのが相当である。

従って、原告は本件訴えの原告適格を有するものというべきである。

二  次に、被告は、本件訴えは地方自治法二四二条の二所定の要件を欠く旨主張するので判断する。

地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟の対象となるのは、同法二四二条一項所定の普通地方公共団体の執行機関又は職員による同項所定の一定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実に限られ、右のような財務会計上の行為又は怠る事実にあたらない非財務的事項は、住民訴訟の対象とすることはできない。

ところで本件訴えは、大館市長たる被告が富樫に対し、同人が同市職員であることを前提にしてなした給与の支給が違法な公金の支出にあたり、同市に損害を与えたと主張して、同市に代位して被告に損害賠償を請求するものである。従って、本件訴訟の対象とされているのは、富樫に対する給与の支給の違法性の有無の点であり、右給与の支給が公金の支出として財務会計上の行為に属することは明らかであるから、本件訴えは、その対象において同法二四二条の二所定の要件に欠けるところはないというべきである。もっとも、原告の主張に徴すると、富樫に対する給与の支給が違法であると原告が主張する理由は、同人に対する本件免職処分を大館市長たる被告が取り消した本件取消処分が違法・無効であるというにあるから、原告の請求が認容されるためには、財務会計上の行為とはいい難い本件取消処分の効力について審理・判断することが不可欠となり、むしろ右の点が本件訴訟の主たる争点であるともいえる。しかし、右の点について審理・判断することは、財務会計事項である前記給与の支給の違法性を判断する前提としてなされるにすぎず、本件取消処分そのものが訴訟の対象となっているわけではない。仮に所論のように、原告が本件訴訟を提起した目的が本件取消処分を攻撃することにあるとしても、本件訴訟の直接の対象が財務会計事項である以上、原告の主観的意図によって本件訴訟が住民訴訟の要件を欠く不適法なものとなるわけではない。

被告の右主張は採用できない。

第二原告の請求の当否について

一  原告が大館市の住民であることは先に認定したとおりであり、請求原因2項の事実、同3項のうち被告が富樫に対する本件免職処分を取り消し、昭和五四年九月一日から同人を大館市職員として復職させたこと、同6項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  大館市役所に対する調査嘱託の結果によれば、大館市は、昭和五四年九月二一日から昭和五七年九月二一日までの間に富樫に対し別表記載のとおり合計金一一三七万七九〇三円の給料及び扶養手当その他の諸手当等を支給してきた事実が認められる。

原告は、富樫に対する右給与の支出は被告がしたものである旨主張し、被告はこれを争うので調べてみる。

《証拠省略》によれば、大館市役所事務決裁規程(昭和四八年三月二九日規程第二号)六条一項(2)、別表第二において、歳入歳出予算の執行に関することのうち人件費の支出負担行為及び支出命令についてのすべての事項は職員課長の専決事項と定められ、同規程二条において、「専決」とは「助役、課長およびこれに準ずる職にある職員が市長の権限に属する事務のうち、この規程に定められた範囲の事項について、常時市長に代って決裁を行なうことをいう。」と定められていることが認められる(右のうち、大館市では右規程によって職員の給与が職員課長の専決で支出されていることは、当事者間に争いがない。)。従って、特段の事情がなければ、富樫に対する給与の支出についても、直接的には大館市職員課長の専決による支出命令に基づいてなされたものと推認される。

このように、本来は市長の権限に属する支出命令権限の一部が補助職員に内部関係において委任されている場合には、特段の事情がなければ、当該事項について実質的に権限を行使した受任専決者がその責に任ずべきものである。しかし、右委任規定の存在にもかかわらず、市長が自らの行為によって右支出を違法なものとした場合、又は受任専決者に対する指揮監督権の行使につき故意又は重大な過失の存した場合には、市長も責任を免れないものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告が富樫に対する前記給与の支給手続に直接関与したことを認めるに足りる証拠はない。しかし、富樫は、本件免職処分により一旦は大館市職員の身分を失ったものであり、被告が本件免職処分を取り消したからこそ、同市において同人に対する前記給与の支給がなされるようになった(もとより、同人がその後職員としての勤務をしたことが前提になる。)ことが明らかである。ところで職員の任用(本件の場合は処分の取消)のように、その後に当然給与の支給という財務会計上の負担をきたす行為について、当該行為自体が原告の主張するように無効であるため、給与の支給そのものも違法視されることになる(被告の主張する損害論は別の問題)場合には、任用権者である市長もその責を負うのは当然である。しかも職員に対する給与の支払いのごときは、職務の等級と号俸さえ決まれば、通常、条例等の定めに基づいて事務的、機械的に数額の計算がなされ、かつ支払われるものである(現に、本件においては、同人に支払われた給与の具体的内容、数額の瑕疵もしくは給与支給の手続上の瑕疵が主張されているわけではない。)ばかりか、前記職員課長において、職員の任免についての審査権限があるとは認められないことなどに鑑みると、本件取消処分をした被告が、違法な右給与の支払いをなさせたものとしてその責に任ずべきである。のみならず原告が主張するように本件取消処分が無効であるとすれば、右処分をした被告は、大館市長として当然その指揮監督権に基づいて、職員課長に対し富樫への給与の支給を停止させる義務がある。そのような措置をとることなく放置したとすれば、被告は、受任専決者である同課長に対する指揮監督権の行使につき故意又は重大な過失があるということにもなろう。

そこで、本件取消処分が無効であるとする原告の主張の当否についての判断に進むことにする。

三  本件取消処分は、原・被告双方の主張に徴すれば、富樫に対する本件免職処分に瑕疵があることを理由として、懲戒権者である大館市長たる被告が右免職処分の効力をその処分時にさかのぼって消滅させたというものであるから、いわゆる行政行為の職権取消にあたる。しかし、右取消処分も、その取消の対象となった本件免職処分とは別個独立の行政処分であるから、本件取消処分に違法な点があったとしても、それが権限ある行政庁又は裁判所によって取り消されることなく外形上有効なものとして存在する限り、何人も一応これを有効なものとして取り扱わざるを得ず(行政行為の公定力)、本件取消処分の存在を前提としてなされた富樫に対する給与の支払いが当然に違法となるものではない。右給与の支払いが違法であるというためには、本件取消処分に重大かつ明白な瑕疵が存在する場合でなければならず、右重大かつ明白な瑕疵の存在は、右給与の支払いが違法であると主張する原告において主張・立証責任を負担するものと解するのが相当である。

ところで、原告の主張は要するに、本件取消処分は、本件免職処分が何ら瑕疵のない適法・有効な処分であり、またこれを取り消すべき公益の必要性もないのに取り消したものであるから、重大かつ明白な瑕疵があるというものである。

一般に、公務員に対する懲戒処分においては、懲戒事由がある場合に、懲戒権者が懲戒処分をするかどうか、また懲戒処分のうちいずれを選ぶべきかを選択することは、懲戒権者の裁量(もとより自由裁量ではないが)に任されている。しかし、懲戒権者に右のような懲戒処分を行うについての裁量権があるからといって一旦懲戒権者が懲戒処分をした以上は、法的安定の見地からいっても、懲戒権者といえども自由に右懲戒処分の効力を失わせることはできないものというべきである。そして、このことは、懲戒処分の取消が、懲戒処分によって侵害された被処分者の権利を復活させる性質のものであることによっても左右されるものではない。懲戒権者が懲戒処分を取り消すためには、当該懲戒処分に瑕疵が存在したことが必要であり(しかし、右に述べた懲戒処分の取消の性質に鑑みると、右瑕疵の存在以外に、原告が主張するように取り消すべき公益上の必要性があることまで一般的に要求されるものとは解し難い。)、懲戒処分に何らの瑕疵も存しないのに懲戒権者が取り消した場合には、かかる取消処分は違法たるを免れない。

もっとも、本件免職処分は何らの瑕疵もない適法・有効な処分であったからその取消が違法であるとする原告の主張は、本件取消処分の内容に関する瑕疵の主張にほかならず、また、懲戒権者に懲戒処分を行うについて裁量権があるのと同じく、一旦なした懲戒処分に瑕疵ありと認めてこれを取り消す場合(例えば、懲戒権者の選択した懲戒処分がその懲戒事由に対する処分としては重きに過ぎたと判断して取り消す場合)にも懲戒権者の裁量の働く余地があり得ると解される(処分をするについて裁量権を有する懲戒権者が自ら処分の瑕疵を認めてこれを取り消すのであるから、裁判所が懲戒処分の適否を審査する場合とはおのずから異ならざるを得ない。)。従って、本件免職処分が、何人が見ても処分事由の存在することが明白であり、かつ右処分事由に徴すれば免職処分以外の懲戒処分を選択する余地のないようなものでなければ、本件取消処分を無効ならしめるような重大かつ明白な瑕疵が存在するとはいい難い。

四  そこで、右の見地から、本件免職処分及び本件取消処分に至る経緯について検討を加える。

《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

1  大館市における昼休み窓口事務の問題は、昭和四四年頃から市議会で繰返し取り上げられ、石川前大館市長は、勤め人や共稼ぎの市民の便宜を図るため昼休み窓口事務の実施を積極的に推進する姿勢を示し、昭和四六年七月頃から市当局と組合及び市民課職員との間で交渉が重ねられた。しかし、市民課職員の間では、日常の窓口事務が多忙であり余裕がないことなどを理由に実施に反対の意見が強く、組合も、市民サービスに努力することは当然であるとしながらも、昼休み窓口事務の実施は労働条件の変更であり、市民サービスは他の方法で図られるべきであるなどとして、基本的に反対の態度をとり、また、実施するとしても、その条件として代休を与えること、時間外勤務手当を支給すること、職員が昼食をとる場所を設けることなどの要求が出され、交渉は進展しないままに繰返された。秋田県内の大館市を除く八市では、すべての市で既に昼休み窓口事務が実施され、市民からも大館市に対し市役所の昼休み窓口事務を要望する声が強く、昭和四八年頃からは、しばしばこの問題が新聞で取り上げられるようになった。

2  富樫は、昭和三九年一〇月に大館市職員として採用され、同時に大館市職員労働組合に加入し、昭和四一年以降組合執行委員を勤め、昭和四六年書記長、同五一年副執行委員長を経て同五二年一一月執行委員長に就任した。

3  大館市においては市役所庁舎の増改築工事が昭和五一年六月に完成したが、石川前市長は、従前議会の答弁でも新庁舎での執務開始と同時に懸案となっていた昼休み窓口事務を実施したい旨言明しており、右増改築の際に職員休憩室が設けられるなど、ある程度職員の要望も取り入れたことから、新庁舎完成後市当局はさらに右実施に積極的に取り組む姿勢を示し、昭和五二年二月には実施計画案を示して組合に協力を要請し、同年三月一二日には組合に文書で申し入れを行った。組合は、右同日文書で実施に反対する旨回答し、その後も市当局と組合の交渉は行われたが、組合はなお反対意見が根強く、交渉は進展しなかった。同年一一月、石川前市長は年内に昼休み窓口事務を実施したい旨表明し、議会各派にも協力を要請し、同年一二月一日から市民課、税務課、収納課及び花矢支所において右事務を実施することにして、その具体的実施要領を作成した。同年一一月二六日に行われた市当局と組合との交渉には、市側は石川前市長ほかが、組合側は執行委員長富樫ほかが出席し、市側から実施計画案を説明して協力を求めたが、同年一二月一日組合は市当局に対し、協力要請に応じられない旨回答した。

4  以上の経過を経て、石川前市長は昼休み窓口事務の実施に踏み切ることにし、同年一二月一日関係各課長及び支所長に対し右事務を実施するよう文書にて職務命令を発した。さらに同市長は、同月三日及び一七日の二度にわたり、関係職員に対し、文書にて、勤務割合表に従い昼休み窓口勤務に服することを命じる旨の職務命令を発した。

しかし、組合はあくまで右実施に反対する態度をとり、執行委員が職員から職務命令書を回収して課長に突き返したり、関係課長等に抗議したり、職務命令に従って勤務に就こうとした職員を取り囲んで室外に連れ出すなどして、昼休み窓口事務の実施を妨害する行動に出た。この間、執行委員長の富樫自身も、妨害行動の一部に自ら加わった。

5  このようにして、昼休み窓口事務は実施に移されたものの、組合の妨害行動と関係職員の非協力により混乱し、大館市当局は、管理職とパートタイマーを使用して右事務を行う状態であった。しかし、組合の妨害による実施の混乱に対しては市民から非難の声が上り、組合の方針から離反して右事務に就く職員も出始め、市当局の態度から処分者が出ることも予想されるに至り、組合内部にも動揺が生じた。組合は、同年一二月二三日頃市当局に交渉を申し入れたが、市当局は、職務命令に従って勤務に就くことが先決だとして交渉を拒否し、やむなく組合では、職場の混乱を収拾すべく、とりあえず同月二六日から昼休み窓口事務に就くよう組合員に呼びかけるに至った。

6  同年一二月二七日石川前市長は富樫を懲戒免職処分にした(このことは、当事者間に争いがない。)が、同時に、その余の執行委員一四名も全員が市長、教育委員会等により停職六月ないし三月の懲戒処分を受けた。

7  富樫は、昭和五三年一月一四日本件免職処分につき大館市公平委員会に不利益処分審査請求の申立をした。その余の執行委員も秋田県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をするなどして、懲戒処分の効力を争った。大館市公平委員会においては、被告が大館市長に就任する直前の昭和五四年三、四月に三名の公平委員が相次いで辞任又は任期満了により退任したが、本件取消処分の後である昭和五六年七月一日まで後任の公平委員は選任されず、富樫の審査請求申立についての審理は途中で中断したままの状態が続いた。(以上のうち、富樫が本件免職処分を不服として大館市公平委員会に不利益処分審査請求の申立をしたことは、当事者間に争いがない。)

8  昭和五四年四月二二日施行の大館市長選挙は、前市長の石川ともと自治労秋田県職員労働組合委員長である被告との間で争われ、被告が当選したが、右選挙に際し、富樫ら執行委員に対する懲戒処分を不当処分としてその撤回闘争を行っていた組合は、被告を積極的に支援したが、右懲戒処分の当否が特に市長選の大きな争点となったわけではなかった。(以上のうち、被告がもと自治労秋田県職員労働組合委員長であり、右大館市長選挙に立候補して当選したことは当事者間に争いがない。)

9  被告は、大館市長に就任後、右懲戒処分問題について組合と交渉を進めたが、最終的には、教育委員会職員の懲戒処分に関する秋田県地方労働委員会での審理の際になされた和解勧告を受け入れる形で組合との間に協議が成立し、本件免職処分を含む石川前市長がなした大館市職員に対する懲戒処分を昭和五四年八月一三日付で取り消した。富樫は、右協議に従い、大館市公平委員会に対し同日付で不利益処分審査請求取下書を提出した。

五  以上認定の本件免職処分及び本件取消処分に至る事実経過を見る限りでは、被告がなした本件取消処分に処分の無効をきたすような重大明白な瑕疵が存するものとは認め難い。

なるほど、右認定の事実によれば、大館市の昼休み窓口事務実施にあたり組合は各種の妨害行動に出て市の業務に重大な支障を生ぜしめたものであり、富樫は組合の執行委員長として右妨害行動に関与したものであるから、同人が地方公務員法二九条一項所定の懲戒処分の事由に該当したものとすることには相当の理由があるといえよう。しかしながら、右認定の本件免職処分に至る事実関係からは、富樫に対し懲戒権者である大館市長が懲戒免職処分をするのが相当であったか否かは、にわかに断定し難いし、本件全証拠によっても、同人を懲戒免職処分にする以外には裁量の余地がないような処分事由が存在したことを肯定することはできない。むしろ、むしろ、右認定事実に顕われた、昼休み窓口事務実施に至る市当局と組合との交渉の経過、組合の妨害行動の態様、市の業務に与えた影響、本件免職処分時には組合の方針転換により曲りなりにも職場の混乱が収拾化に向っていたとみる余地があること、他の執行委員に対してなされた処分との均衡などの諸事情に照らせば、本件免職処分は重きに失して妥当を欠いたのではないかとの疑いを抱かせる。従って、本件免職処分に瑕疵ありとしてなされた本件取消処分に重大かつ明白な瑕疵があるとは認められない。

また、本件取消処分がなされるに至った経過をみても、本件免職処分についての不利益処分審査請求の申立が公平委員会になされていたこと、公平委員が欠員のまま被告において後任者の選任を行わず長期間放置されていたこと、本件取消処分が別件の地方労働委員会での和解勧告を契機としてなされた市当局と組合との協議に基づくものであることなどの事情が存在するからといって、直ちに本件取消処分が違法になるものとは考えられないし、その他本件取消処分に無効原因があることを認めるに足りる証拠はない。

よって、本件取消処分が無効であるとの原告の主張を肯定することはできない。

第三むすび

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木経夫 裁判官 小松一雄 播磨俊和)

<以下省略>

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