秋田地方裁判所大館支部 昭和51年(ワ)101号 判決 1978年1月27日
原告 国
訴訟代理人 大宮由雄 真壁孝男 鈴木孝昭 ほか一名
被告 工藤高志
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し金七二万八、五一三円及びこれに対する昭和四八年三月三一日から完済に至るまで年五分の割合による金員から金三万四、〇〇〇円を控除した金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文一項同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
訴外堀内政信は、昭和四五年六月二一日午後七時四〇分ころ原動機付自転車(登録番号田代町一五一号)(以下「本件車両」という)を運転し、大館市美園町五の四先道路を進行中、進路前方左側から横断しようとした訴外小原光一(以下「被害者」という)に衝突し(以下「本件事故」という)、同人に左側頭部、左耳介、左肩、左臀部、左下腿擦過打撲傷、右腓骨々折の傷害を負わせた。
2 被告の責任
本件車両は、秋田県北秋田郡田代町役場の所有にかかるもので、右役場では、バツテリーがなく使用ができないため役場敷地内の車庫に置いていたところ、被告は訴外堀内政信及び同工藤定政(以下「定政」という)とともに本件車両を右車庫から盗み出し、右両名と共謀のうえこれを運行可能な状態にして運行していた。そして、昭和四五年六月一一日、右車両を堀内が運転し、被告が後部座席に乗つて田代町から大館市へ遊びに行き、帰る途中本件事故を引き起したものであり、従つて本件車両の運行支配権と運行利益は被告らが有していたものであるから、被告らは自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条でいう自己のために自動車を運行の用に供したものとして、本件事故により被害者が蒙つた損害を賠償する義務を有するものである。
3 損害 <省略>
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、堀内が原告主張の日時場所において本件車両を運転し、本件事故を起したことは認める。
2 同2の事実中、本件車両が田代町役場の所有であること、定政と堀内の両名が右車両を田代町役場敷地内から盗み出したこと、本件事故の際被告が本件車両の後部座席に乗車していたことは認めるが、本件車両を被告が盗み出したとの点、被告が本件車両を運行可能な状態にして運行していたこと、及び被告が本件車両につき運行支配と運行利益を有し運行供用者であるとの点はいずれも否認する。被告は本件事故以前に右車両を乗り回したりあるいは修理するなどしたことはないし、また手を触れたこともない。
第三証拠 <省略>
理由
一 原告主張の日時・場所において、訴外堀内が本件車両を運転中、本件事故を起したことについては当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、本件事故により被害者が原告主張の傷害を負つたことが認められる。
二 そこで、本件車両に対する被告の運行支配及び運行利益の有無、従つて運行供用者としての責任の有無について検討する。
1 先ず<証拠省略>を綜合すれば、
(一) 本件車両は田代町役場の所有(当事者間に争いがない)で同役場の敷地内の自転車置場に放置されていたところ、本件事故の数日前に、堀内が右車両を盗み出して同役場近くの運送会社(丸運)の小屋まで運んで来たこと。
(二) その後、被告及び定政はそれを知つて、堀内と三名で、先ず定政が用意したドライバー等を使つて本件車両の錠を壊し、バツテリーをはずして近くの自転車屋に持つて行き充電したのち、エンジンを直結してこれを始動させ、次いで堀内が早口駅近くのガソリンスタンドからガソリンを買入れて給油し、本件車両を運転可能な状態にしたうえ、その日は三名で交互に乗り廻したこと。
(三) 本件車両はその後もいつでも乗れる状態で右小屋に置かれてあつて、本件事故当日まで各々無免許で乗り廻し、被告も定政もしくは定政、堀内と共に三回位運転したこと。
(四) 当時、被告は一六才、従兄弟である定政は一七才、定政と親戚関係にある堀内は一三才で、同人らは遊び仲間として交際していたが、三人の間では定政が最年長でリーダー格であつたこと。
(五) そして、本件事故当日、堀内がガソリンを買入れて給油したのち、大館市内に遊びに行かないかと被告を誘い、被告がこれに応じて本件車両の後部座席に同乗し、堀内がこれを運転して進行中本件事故を起したこと(被告が後部座席に乗車し、堀内が運転中事故を起したことは当事者間に争いがない)。
の各事実を認めることができる。
もつとも証人堀内の証言中には「三名が集まつたとき、被告か定政が、本件中両を持ち出して乗り廻そうと云い出したため、被告と堀内が役場に行き、堀内が本件車両を盗み出す間、被告が見張りをしていた」旨原告の主張に副う供述部分が存し、また堀内の供述を録取した調査書<証拠省略>にも同趣旨の記載があるが、しかし証人堀内の他の供述部分及び被告本人尋問の結果並びに<証拠省略>によれば、堀内は本件事故後、大館警察署において本件事故について触法事件として取調を受けた際、当時本件車両の盗難届が出されていたため、その点についても事情を聴取されたが、被告は本件事故について参考人として事情を聴取されたのみで、特に本件車両の盗難事件については何ら取調を受けなかつたことが認められ、これらの事実によれば、当時堀内は、本件車両の窃盗に被告が加担していた旨の供述はしなかつたことが推認されること、にも拘らず堀内は、その後本件事故から数年を経過した昭和五一年八月三日に至つて初めて運輸省の係官に対し被告が窃盗に加担した旨の供述をしていること、堀内と被告とは利害が対立し、堀内は本件賠償金の一部を被告にも負担して貰いたい考えでいること、一方、被告は前記本件事故について警察で事情を聴取された際、本件車両が役場に置き放なしにされていたこと及びバツテリーを取り換えて乗れるようにしたことを認めながら役場から被告が盗み出した旨の供述は何らしていないこと、そして本人尋問における供述でも終始窃盗に加担したことは否定していることなどその供述に一貫性の認められることなどの諸事実に照らすと、前記堀内の証言及び調査書の記載はにわかに措信できない。
また証人工藤定政も「バイクを役場から持ら出したのは多分政信と被告ではないかと思う」、「そのバイクを持つて来て乗ろうという話を被告とした記憶がある」旨の供述があるが、しかしその供述も同証人の他の供述部分に照らすと、前者にあつてはその推測の域を出ないものであり、後者にあつては果して被告との間でバイク持ち出しの相談が成立したか否か疑わしく、いずれもにわかに措信できない。
なお、証人堀内の証言中に「本件事故当日被告も本件車両を運転した」旨の供述があるが、被告本人尋問の結果に照らしにわかに措信できない。
他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。
2 次に本件車両の運行に関し、被告の関与した度合をみるに、前記認定事実によれば、被告は、堀内が盗み出してきた本件車両を運転できるように堀内、定政が手を加えた際その場に一緒にいたこと、そして本件事故までの数日間に三回位自ら運転し、事故当時本件更両の後部座席に同乗していたというに過ぎず、しかも本件車両が使用されていない場合一定の場所に置いてあつて自由に運転乗車し得るような状況にあつたとはいえ、被告自身単独でその車両を持ち出し運転したことはなく、運転する場合には常に堀内と定政の両名かあるいは定政と一緒に使用したに過ぎないものということができる。
ところで、盗難車を犯人以外の者が使用する場合において、その者のいわゆる運行支配及び運行利益は、その使用の状況から、犯人との共同占有ないし共同支配が認められるような場合、その他その使用について排他的に支配力を及ぼし得るような場合は格別、ただ単に犯人の占有に便乗し一時的にそれを利用して使用するに過ぎないような場合にまで肯定すべきではないと解されるところ、本件においてこれをみるに、前記認定の被告ら三名の関係、本件車両の運行に関し各人の果した役割、それに被告の関与の度合、本件車両の使用回数、期間等の諸状況に照らすと、被告は本件車両の窃盗犯人である堀内から、一時的にそれを借り受けて運転したというにとどまり、堀内に本件車両の運行支配と運行利益を肯定するのは格別、いまだ被告が運行支配及び運行利益を有していたとまでは認められない。
他に本件車両につき被告が運行支配及び運行利益を有するとの原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 そうすると、被告は本件車両の運行供用者とは認められないから本件事故により被害者の蒙つた損害を賠償する義務はない。
三 よつて、その余の判断をするまでもなく、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 隅田景一 池田修 島田清次郎)