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秋田家庭裁判所 平成13年(少)336号 決定 2001年8月29日

少年 I・N(昭和60.1.11生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、Aと共謀の上、平成13年7月14日午後10時40分ころから同日午後11時ころまでの間、秋田市○○×番××号付近路上において、B(当時18歳)に対し、同人の顔面等を数回足蹴にし、その頭髪を鷲掴みする等の暴行を加え、さらに、「川に入って泳ぐか、俺たちにボコられるか、どっちがいい」「どっちにすんのや」等と怒号した上、これに畏怖した同人が、同所付近に設置された△△川の川岸に通じる階段を下りるに際し、その後方を追従して退路を断ち、同人をして、川に飛び込むことを余儀なくさせて△△川に飛び込ませ、よって、そのころ、同所付近において、同人を溺死させたものである。

(法令の適用)

刑法60条、205条

(処遇の理由)

本件非行は、Aから、被害者であるBが車でクワガタ捕りに連れて行く約束を守らないと聞いた少年が、Aとともに、夜間、被害者を呼び出して詰問した後、被害者の謝り方が悪いとして激昂し、被害者に対し、Aにおいて3回蹴りつけ、少年において頭髪を掴むという暴行を加えたうえ、泳げない被害者に対し、川で泳ぐことと引き続き暴行を受けることのいずれかを選ぶよう申し向け、被害者をして川に飛び込むことを余儀なくさせ、溺死させたという傷害致死の事案である。

本件非行では、被害者が死亡しており、非行事実は重大である。少年及びAは、無抵抗の被害者に対して一方的に暴行を加えたうえ、死の危険を生じる行動をとるよう選択を迫ったものであり、少年及びAを「友達」と思っていた被害者にとって、本件非行により受けた苦痛や無念の思いは察するに余りある。少年とAは、被害者が川に向かった際も、Aにおいては傍観し、少年においては被害者に急かす言葉を掛けたり、川に落ちた被害者に対して冷やかす言葉を言う等しており、総じて非行態様は悪質と言わざるを得ない。被害者は、将来のある若者であり、本件非行により突然生命を奪われたものであって、一人息子である被害者を失った遺族らの衝撃と悲しみが大きいのも当然である。本件非行の原因となった些細な行き違いや、非行態様の悪質さに照らすと、遺族らの少年に対する処罰感情・被害感情が強いのも十分に理解できるところである。少年は、本件非行の責任の重大性や遺族らの心情を真摯に受け止め、内省を深化させて確固たる贖罪意識を涵養し、遺族らへの賠償及び慰謝の措置を具体的・継続的に実行する必要があるというべきである。

しかしながら、本件非行当時、少年は16歳と比較的若年齢であり、非行も、クワガタ捕りの約束に端を発するなど幼稚な側面が認められる。また、秋田少年鑑別所の鑑別結果及び当庁家庭裁判所調査官の調査結果によると、少年には、その資質及び生育歴上、次のような問題点が認められる。すなわち、少年は、同胞4人の末っ子であり、父母は自営業の経営に追われ、また、他の同胞の問題も抱える不安定な家庭環境であった。少年は、父母からは問題がない子として比較的放任され、家族との情緒的な関わりをもつことが乏しいままに育ち、かかる環境の中で、少年は、自己の不安や怒り等の否定的な感情や細やかな情動を認知し、感情統制のすべを習得したり、他人に対する共感性や思いやりを学んで、親密な対人関係を築くことについて、年齢相応の情緒的発達を遂げることができなかった。そして、対人関係においては、現実を検討して自分なりに善悪の判断をすることをせず、安易に摩擦や衝突を回避するため、相対的に強い態度を示す者の意見や価値観を無条件に尊重し、相対的に弱い態度を示す者については、その意見や感情を軽視、嫌悪する行動傾向となった。本件非行においても、少年は、被害者の気持ちを思いやることなく、Aの意向に被害者を沿わせようと無意識に判断し、自分も被害者に馬鹿にされたとの思いから激しい怒りに駆られており、少年のかかる行動傾向が、本件非行の原因となったものと認められる。

少年は、観護措置において内省の機会を得、本件審判においては、被害者及び遺族らの心情を思いやる言葉を述べ、反省の念を述べるに至っている。しかし、少年が、自らの未発達な内面の問題を深く掘り下げて考え、感情統制力や、共感性・感受性を涵養するとともに、被害者及び遺族らの心情に思いを及ぼし、真の反省に至るまでには、より長い時間を要するであろう。少年には、個別的治療的な処遇により、相当期間の矯正教育を施すのが相当であり、またこれが真の贖罪に通じることと思われる。

以上によれば、本件非行は重大であるが、上記少年の年齢、資質、生育歴、家庭環境、反省の態度等に鑑みると、少年には、刑事処分以外の措置を相当と認め、施設において専門的な矯正教育を施すのが相当であると思料する。

よって、少年法20条2項但書き、24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 菊池絵理)

〔参考1〕処遇勧告書

平成13年(少)第336号

処遇勧告書

少年 I・N

生年月日    昭和60年1月11日

決定年月日   平成13年8月29日

決定少年院種別 中等

勧告事項 本件については、少年の贖罪意識の獲得に至るまでには、相当時間をかけた処遇が必要である。また、事件の重大性や、社会に与えた影響の大きさ、さらに被害者遺族の感情を考慮すると、少年に対する処遇としては、通常の長期処遇を相当期間上回って収容すべきであると考えるから、特段の配慮を願いたく、少年審判規則38条2項に基づき勧告する。

平成13年8月29日

秋田家庭裁判所

裁判官 菊池絵理

〔参考2〕環境調整命令書

平成13年9月6日

秋田保護観察所長殿

秋田家庭裁判所

裁判官  菊池絵理

少年の環境調整に関する措置について

少年氏名 I・N

生年月日 昭和60年1月11日生(16歳7月)

本籍   秋田県秋田市△○字□△×××番地

住居   本籍に同じ

電話 ×××-×××-××××

職業   ○□高校2年在学

当裁判所は、平成13年8月29日、上記少年について別添決定書謄本のとおり相当長期の処遇勧告を付して中等少年院に送致する旨の決定をしましたが、出院後の社会適応の円滑化をはかって再非行を防止するために、早期に環境調整に関する措置を行うことが特に必要であると考えますので、少年法第24条2項、少年審判規則第39条に基づき、下記の措置を執られますよう、要請します。

1 措置の内容

少年が少年院入所中は、担当保護司は定期的に保護者と面会するなどして連絡を密にし、保護者が被害者遺族らに対して謝罪等の誠意ある態度をとり続けるよう、助言・指導を行うこと。

2 上記措置を必要とする理由

被害者遺族は、本件によって一人息子を失うという癒しがたい精神的な傷を負ったが、少年の保護者からきちんとした謝罪の言葉は一度しか受けておらず、それ以後も被害者遺族からなんの連絡もないと述べ、少年及び保護者に対し、不信感と怒りを募らせている。一方、少年及び保護者は、被害者遺族に対して誠意ある対応に務めようとする意思はあるが、本年4月に実父の経営する会社が倒産した上に、本件が起こったため、大きく動揺し、どのような対応をして良いか分からない状態が続いている。多額の負債を抱えて資力が全くないこともあり、被害者遺族への対応についての不安は非常に高い。しかも、そのことで信頼して相談できる者が身近にはいないのである。

少年の出院後の保護環境を整えるためには、少年及び保護者と、被害者遺族との関係をより改善し、少なくともこれ以上被害者遺族の感情が悪化しないよう配慮する必要がある。そのためには保護司ができるだけ早期から、保護者と定期的に連絡を取り、その心情の安定を図るとともに、被害者遺族対応についての指導や助言を行う必要があると考える。そして、少年の贖罪教育をより効果的にし、出院後も贖罪を責任もって継続させるためには、少年院在院中の少年に対して、遺族の心情や状況、保護者による謝罪等の状況を伝え続けることが必要と思われる。したがって、保護者に対し、少年の少年院在院中も被害者への対応をおろそかにせず、遺族の状況や謝罪等の状況について少年に伝え続けるよう、指導及び援助を行う必要がある。少年保護者が被害者遺族にきちんと対応し、その経過は被害者遺族の心情を、少年院入所中の少年に伝えることで、贖罪教育その他の矯正教育の効果が上がることも期待できる。したがって、上記1のとおりの環境調整の必要性があると考えられる。

なお、詳細は、当庁家庭裁判所調査官□□外2名作成の平成13年8月27日付け少年調査票、同裁判所書記官□○作成の同日付け意見聴取書、秋田少年鑑別所作成の同年8月24日付け鑑別結果通知書の各写しを参照してください。

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