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篠山簡易裁判所 昭和34年(ろ)13号 判決 1960年3月14日

被告人 近成節夫

大一五・四・七生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は国鉄乗合自動車の運転者であるが昭和三三年五月五日午後七時半頃乗合自動車兵二―あ四三六一号を運転し時速約二〇粁で多紀郡篠山町乾新町六二番地所属道路を国鉄篠山口駅方面へ向い進行中前方右曲り角付近に反対方向から進行して来る乗合自動車の光芒を認め同車と擦れ違うことを予想し道路左端に避譲すべく自己の左側を同一方向に自転車に乗り前照灯をつけて進行中の酒井清之介(当時七六才)を認めながら速度を時速約一〇粁に減じ同人の進路を逐次狭めるよう左斜に同人の進路に進入したため同人は運転を誤り道路左側溝中に顛落し因つて同人に左側頸部、左手背及び左下腿に外傷を与え国鉄職員金森信男に直ちにその被害者の救護をなさしめたが該事故の内容等に関し所轄篠山警察署の警察官に所定の報告をなすべき措置を講じさせなかつたものである」というにある。

よつて証拠によつてこれを審究すると右日時場所を被告人が国鉄乗合自動車を操縦して篠山口駅方面へ向つて進行していたこと、その前方を酒井清之介が自転車に乗つて同一方向に進行しているのを認めたこと、被告人が右酒井清之介乗車の自転車の傍を通過する際酒井清之介が左側溝に顛落して怪我をしたこと、金森信男をして被害者の救護をなさしめたが事故の内容等の報告をなさしめなかつたことは被告人の当公廷において自認するところであり且つ当公廷において取調べた他の証拠によつても明らかに認められるところである。

道路交通取締法施行令第六七条は(事故を起した場合の措置)として車馬の交通に因り人の殺傷又は物の損壊があつた場合に当該車馬の操縦者等に被害者の救護等の措置を命ずるとともに当該事故の内容等を所轄警察署の警察官に報告すべき義務を負わせている。

然して当該車馬の操縦者等に右報告義務ありとするには右事故の発生が当該車馬の操縦行為に基因すること換言すれば右車馬の操縦行為と事故発生との間に相当因果関係がある場合に限られるものと解さなければならない。本件の場合において被告人が操縦する自動車による事故というには

(一)  被告人に自動車操縦上の過失があつたかどうかに関係なく被告人操縦の自動車が酒井清之介乗車の自転車又はその積荷、あるいは酒井清之介そのものと接触したことにより酒井清之介が溝に顛落した場合

(二)  それらに接触しなかつたとしても被告人操縦の自動車が対向車を避けるため著しく左側に寄つたことにより酒井清之介乗車の自転車の進路を極度にせばめその結果酒井清之介をして左側溝に顛落のやむなきに至らしめた場合

(三)  被告人操縦の自動車が急速度で酒井清之介乗車の自転車の近くを通過したことによりその風圧等のため酒井清之介が溝に顛落した場合

等が考えられるが

一、当裁判所の証人金森信男、同岸田泰郎、同茨木光雄、同中井次男に対する各証人尋問調書

一、昭和三四年一二月一八日当裁判所がなした検証調書

一、司法警察員中井次男作成の実況見分調書

一、被告人の当公廷における供述

によれば

(一)  被告人操縦の自動車が酒井清之介が顛落した現場付近でハンドルを左に切り漸次溝の方向に寄つて行つたことは認められるが最初被告人が酒井清之介を認めた当時対向車は被告人操縦の自動車の前方約一三五米の個所にある曲り角に達しておらず従つて被告人操縦の自動車がそれと離合するまでにはなお多少の時間的、距離的な余裕があつたので被告人においてハンドルを左に切つたとしても左程急激に左による必要がなかつたこと

(二)  酒井清之介が顛落した現場の付近においても被告人操縦の自動車とその左側溝との間には相当の間隔(約一、五米以上あつたことがうかがわれる)があり酒井清之介が乗つていた自転車(荷台に積んであつた竹籠を含めて巾の最も広い部分と認められるハンドル付近において〇、五九米)が右自動車と併行して進行するのに何等支障を来たすような状態ではなかつたこと

(三)  被告人操縦の自動車が酒井清之介乗車の自転車と併行して進行し酒井清之介が溝に顛落するまで右自動車と自転車又はその積荷もしくは乗つていた酒井清之介と接触したような事実が認められないこと

(四)  当時被告人操縦の自動車は時速約一〇粁程度に速度を落して進行していたこと

が認められそれ等の各事実を綜合すれば右酒井清之介が溝に顛落したことは被告人操縦の自動車によるものということはできず従つて被告人に右事故に関して道路交通取締法施行令所定の報告義務ありということはできない。他に本件事故が被告人操縦の自動車に基因するものであるということを認めるに足る証拠がないので刑事訴訟法第三三六条に則り主文のとおり判決をする。

(裁判官 北林甚太郎)

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