米子簡易裁判所 昭和26年(ハ)69号 判決
原告 茅野喜三郎
被告 田口文三
一、主 文
被告は原告に対し金三千八百七十五円及びこれに対する昭和二十六年九月六日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払わなければならない。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は三分しその一を原告、その二を被告の負担とする。本判決は仮にこれを執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二万五千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として別紙目録<省略>記載(イ)並びに(ロ)の宅地及び(一)乃至(六)の建物は何れも元訴外中村豊吉の所有であつたが、同人は昭和十四年十一月六日これを訴外桑原文子に譲渡し、原告は昭和二十三年十一月一日文子から更にこれを代金十万円にて買受け、以つてその所有権を取得すると共に同年同月五日その登記をも完了した。而て被告は文子の所有権取得当時から右目録記載建物の中の(一)の居宅を占有している者であるが、昭和二十一年十一月十五日文子を相手取つて「右目録記載(一)乃至(六)の建物を中村豊吉から買受けたのは文子ではなく自分である。文子はその実父訴外桑原幸次郎が被告のため代金の立替払をなした関係上仮に所有名義人となつている者である。」との理由の下に右(一)乃至(六)の建物の所有権移転登記手続請求訴訟を鳥取地方裁判所米子支部に提起した。而て同訴訟は同裁判所において詳細に審理された結果、昭和二十二年二月十七日「別紙目録記載(一)乃至(六)の建物は桑原幸次郎が実子文子に買与えたものであつて被告(同訴訟における原告)の買受けたものではない。」との理由を以つて被告(同訴訟における原告)敗訴の判決言渡があり、これに対する被告(同訴訟における原告)の控訴並びに上告は何れも棄却され、該判決は昭和二十三年四月二十七日確定した。然るに被告は右目録記載建物が原告の所有に帰した後においても、依然としてその中の(一)の居宅を占有しこれを明渡す気配も見えなかつたので、原告は昭和二十三年十一月六日被告に対し内容証明郵便を以つて爾後三日以内にこれを明渡すよう催告したところ、被告は翌七日青戸辰午法律事務所の名入用紙を使用し「所有権を取得したからと云つて直ちに明渡せるものでないことは、小生所有貴殿使用の家屋に付いて昨年以来御承知の通り。小生としては明渡せない理由があるので右請求には応じられないから回答します。尚貴殿が小生占有の家屋内に無断立入られたと云う事を仄聞したが、今度右家屋内に立入る事は差止めます。今後の事もあるので此の事を明かにしておきます。」と記載した回答書を送付し来り、全然明渡の誠意が認められなかつたので、止むなく原告は同月八日本件原告訴訟代理人である鳥取弁護士会所属村上(仮名)弁護士を訴訟代理人として、被告を相手取り右(一)の居宅並びにその敷地の明渡請求訴訟を鳥取地方裁判所米子支部に提起した。而て被告は同訴訟において、既に確定判決に依り明かになつているにも拘らず、依然として該居宅は被告が中村豊吉から買受けたものであると主張し、且「仮に該居宅が原告の所有に属するものとしても、原告は被告がこれを機械修理工場として使用して居ることを知り乍ら被告を苦しめる目的を以つて桑原文子から買受けたのであるから、被告に対しその明渡を請求するのは所有権の濫用である。」旨の理由のない抗弁を提出して争い、更に昭和二十五年二月二十日には自己の不法占有の事実を秘匿して原告に対する仮処分申請をなし、因つて右居宅区域への立入禁止等の仮処分決定を得たのであるが、昭和二十六年八月二十二日に至り、同訴訟に付き右裁判所において原告勝訴の判決言渡があつた。而て被告は従来該居宅に対する占有権限として一貫して自己の所有権を主張しているのであるから、他に占有権限のあるべき筈もなく、現に右明渡請求訴訟においても他の占有権限は何等これを主張しなかつたのであるが、元来被告は前記登記手続請求訴訟の判決において、その唯一の占有権限たる所有権を否定されているのであるから、少くとも同判決の確定と同時に自己の該居宅に対する所有権従つて亦占有権限の不存在を自覚した筈である。従つて右登記手続請求訴訟の判決確定後における被告の該居宅に対する占有は、悪意の占有として不法行為を構成するものであり、原告から被告に対する右明渡訴訟はその不法行為の排除を目的とするものである。然るところ、訴訟行為は法律の素人である原告の到底自らなし得ない所であるから、上記の如く原告は右明渡請求訴訟の提起並びに追行を村上弁護士に委任したのであるが、これに関し原告は昭和二十三年十一月八日同弁護士との間に左記の如き報酬契約を締結した。即ち右明渡請求訴訟の訴訟物の価額を金十万円とし、原告は同弁護士に対し契約締結と同時に手数料として金五千円を支払い、又勝訴の際には各審級毎に各判決言渡と同時に右訴訟物価額の二割に相当する成功謝金を支払う旨の契約を締結した。依つて原告は同契約締結と同時に同弁護士に対し手数料金五千円を支払い、且前記第一審勝訴判決の言渡と同時に同弁護士から成功謝金二万円の請求を受けその支払に迫られている。而て村上弁護士の所属する鳥取弁護士会が日本弁護士連合会の承認を得て制定した報酬等基準規程に依れば、訴訟物価額金十万円以下の事件の手数料並びに成功謝金は、訴訟物価額の百分の二十以下と定められて居り、結局訴訟物価額金十万円の事件に付いては手数料金二万円成功謝金二万円合計金四万円迄は正当な報酬として請求することが許されているのであるから、原告が村上弁護士に支払つた手数料金五千円及び支払うべき成功謝金二万円合計金二万五千円が正当な弁護士報酬であることは言を俟たない。然るところ、大審院判例に依れば、不法行為を原因とする訴訟において訴訟代理人たる弁護士に支払つた正当な報酬は、当該不法行為に因る損害として不法行為者に対しその賠償を請求できるのであるから、原告は被告に対し右明渡請求訴訟の弁護士報酬金二万五千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至る迄民事法定の年五分の割合に依る遅延利息金の支払を求めるため、本訴提起に及んだと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として別紙目録記載(イ)並びに(ロ)の宅地及び(一)乃至(六)の建物が元訴外中村豊吉の所有に属し昭和十四年十一月六日同人から訴外桑原文子に譲渡されたこと、原告が昭和二十三年十一月一日文子から同宅地建物を代金十万円で買受け同年同月五日その所有権取得登記を完了したこと、被告が文子の所有権取得当時から現在に至る迄別紙目録記載建物中(一)の居宅を占有していること、被告が昭和二十一年十一月十五日文子に対し原告主張の如き理由の下に別紙目録記載建物の所有権移転登記手続請求訴訟を提起したこと、被告が同訴訟において原告主張の如き理由の下に敗訴判決の言渡を受け昭和二十三年四月二十七日同判決が確定したこと、被告が昭和二十三年十一月六日原告からその主張の如き明渡の催告を受けこれに対し翌七日原告主張の如き回答書を送付したこと、原告が昭和二十三年十一月八日被告に対し右(一)の居宅並びにその敷地の明渡請求訴訟を提起し昭和二十六年八月二十二日被告敗訴の第一審判決があつたこと、同訴訟において被告が中村豊吉からの譲受に因る該居宅に対する自己の所有権を主張し且原告主張の如き仮定抗弁を提出して抗争したこと、被告が昭和二十五年二月二十日原告主張の如き仮処分決定を得たこと及び右明渡請求訴訟において村上弁護士が原告の訴訟代理人として訴の提起並びに追行をなしたことは何れもこれを認めるけれど、原告と村上弁護士との間における報酬契約の成立並びにその内容及び報酬金授受の点は不知、その余の原告主張事実は何れもこれを否認すると述べた。<立証省略>
尚当裁判所は職権を以つて米子市役所に対し、別紙目録記載の土地建物に対する固定資産評価委員会の評価価額の調査の嘱託をなした。
三、理 由
別紙目録記載の(イ)並びに(ロ)の宅地及び(一)乃至(六)の建物が元訴外中村豊吉の所有に属し、昭和十四年十一月六日同人から訴外桑原文子に譲渡されたこと、被告が右譲渡当時から引続き今日迄右目録記載建物中の(一)の居宅を占有していること、被告が昭和二十一年十一月五日右目録記載(一)乃至(六)の建物は右文子の譲受けたものではなく、被告自身が右豊吉から譲受けたものであると主張して、当時同建物の所有名義人であつた右文子に対し、同建物の所有権移転登記手続請求訴訟を提起したこと、被告が同訴訟においてその主張に係る所有権を否定されて敗訴し、昭和二十三年四月二十七日同判決が確定したこと、原告が昭和二十三年十一月一日右文子から別紙目録記載の(イ)並びに(ロ)の宅地及び(一)乃至(六)の建物を総代金十万円を以つて買受けてその所有権を取得し、同年同月五日その登記をも完了したこと、原告が同年同月八日鳥取弁護士会所属村上弁護士を訴訟代理人として被告に対し右(一)の居宅並びにその敷地の所有権に基く明渡請求訴訟を提起したこと、被告が同訴訟において右居宅は中村豊吉からの譲受に因り被告の所有に属するものであると主張して応訴したこと及び昭和二十六年八月二十二日同訴訟に付き、原告勝訴の第一審判決のあつたことは何れも当事者間に争がない。而て上記の如く被告は従来その占有に係る右(一)の居宅に付き、自己の所有権を主張しているのであるから、同居宅の占有に付き所有権以外の占有権限のあるべき筈もないのであるが、本訴においては右居宅の所有権が桑原文子並びに原告に依つて順次有効に取得されたものであることを自白するに至つたのであるから、被告の右居宅に対する従来並びに現在の占有が無権限のものであることは自ら明白である。又被告は前記の如く所有権に基く登記手続請求訴訟の確定判決において、別紙目録記載建物に対する所有権なしとして、その移転登記手続請求権を否定された者であるところ、仮に同判決の既判力が所有権の存否そのものに及ばないとしても、苟くも確定判決に依り所有権なしとしてその登記手続請求権を否定された以上は、特段の事由のない限り所有権も亦存在しないものと認めるのが常識であるから、少くとも被告は該判決の確定と同時に右目録記載建物に対する自己の所有権の不存在、従つて亦右(一)の居宅に対する占有権限の不存在を認識した筈であり、仮に認識しなかつたとするならばその不認識に付き、重大な過失があつたものと謂わなければならない。従つて右登記手続請求訴訟の判決確定後における被告の右(一)の居宅に対する占有は、単に無権限占有たるに止まらず悪意の無権限占有として、不法行為を構成するものと謂わなければならない。而て各成立に争のない甲第一号証、甲第三号証及び甲第四号証に依るときは、原告が昭和二十三年十一月八日右明渡請求訴訟の訴訟委任に関し、村上弁護士との間に(イ)同訴訟の訴訟物価額を金十万円と定め、(ロ)契約成立と同時に手数料として金五千円を支払い、(ハ)勝訴の際には各審級毎に各判決言渡と同時にそれぞれ右訴訟物価額の二割に相当とする成功謝金を支払う旨の報酬契約を締結したこと及び原告が右報酬契約締結と同時に同弁護士に対し、手数料金五千円を支払つたこと並びに原告が右明渡請求訴訟の第一審判決言渡と同時に同弁護士から成功謝金二万円の請求を受けたことを各認定するに十分である。然るところ、原告は不法行為を原因とする訴訟において、訴訟代理人たる弁護士に支払つた正当な報酬は、大審院の判例に依り当該不法行為に因り生じた損害として、不法行為者に対し賠償の請求をなすことが認められているのであるから、原告が被告の右(一)の居宅に対する不法占有を排除するため提起した前記明渡請求訴訟に付き、訴訟代理人たる村上弁護士に支払つた手数料金五千円並びに支払うべき成功謝金二万円は、当然被告においてその賠償の責に任ずべきものであると主張するのであるが、成る程原告主張の如き趣旨の大審院判例(昭和十一年二月二十八日言渡第二民事部判決、民集十五巻四号三百頁)も存在はするけれども、不法行為そのものと訴訟提起に因つて生ずる弁護士報酬との間に相当因果関係を認めることの無理であることは既に学者の指摘する所(末川教授著判例民法の理論的研究第一巻弁護士の報酬と不法行為の損害の項参照)であり、且大審院も亦その後右の見解を是正している(昭和十八年八月十六日言渡第三民事部判決、民集二十二巻十九号八百七十頁)のであるから原告の右見解には左祖するを得ない。然し乍ら飜つて考えるのに、元来権利の所在又はその内容は必ずしも常に明確ではあり得ずこれを巡つて紛争の生ずることは蓋し止むを得ない所であるから、各人は本来争権の自由即ち他人と権利を争うことの自由を保有するものと謂わなければならない。然し乍ら総て権利がその濫用を許されないのと同じく、争権の自由も亦無制限に自由ではあり得ず其処には自ら一定の限界が存在する。即ち権利の所在又はその内容を明確ならしめんがため争うべくして争うことは固より違法ではないのであるけれども、既に争うべき何物も存在しないのに拘らず、自ら不当に利益を得んがため或は相手方に損害を与えんがため専ら争わんがための争をなすが如きことは、公序良俗に違反する違法行為であり、これに因つて相手方に損害を生ずるならば、行為者はこれに対し不法行為上の責任を免れ得ないものと謂わなければならない。依つて今この見地に立つて右居宅明渡を巡る紛争における被告の争権の態度を観察するに、先ず被告が占有権限のないことを知り乍ら敢えて無権限の占有を継続した者であることは上記の通りであり、その不当なことは今更言を要しない。次に被告が昭和二十三年十一月七日原告の右居宅明渡の催告に対し青戸法律事務所の名入用紙を使用し「所有権を取得したからと云つて直ちに明渡せるものでないことは小生所有貴殿使用の家屋に付いて昨年以来御承知の通り。小生としては明渡せない理由があるので右請求には応じられないから回答します。尚貴殿が小生占有の家屋内に無断立入られたと云う事を仄聞したが、今度右家屋内に立入る事は差止めます。今後の事もあるので此の事を明かにしておきます。」と記載した回答書を原告に送附したことは被告の認めて争わない所であるが、弁護士でもない被告が態々法律事務所の用紙を使用し「小生として明渡せない理由があるから」と云うが如き非常識極まる理由の下に原告の正当な明渡請求を拒否し、更に自己の不法占有を顧ず特段の事由もないのに、正当権利者である原告に対し逆捩的に立入禁止を宣言するが如きことは原告を愚弄し侮辱する以外の何物でもなく、其処に被告の誠意の一片も認めることはできない。従つて斯かる被告の無誠意無反省な態度に対し、原告が訴の提起を以つて対処することは洵に止むを得ない所であり、右明渡請求訴訟は偏えに被告が自らこれを挑発したものと云うことができる。更に被告が同訴訟において自己の無権利を認識し乍ら、右居宅に対する自己の所有権を主張し以つて不当の応訴をなしたことは前記の通りであり、又被告が当訴訟において「仮に原告が桑原文子からの譲受に因り右居宅の所有権を取得したとしても、原告は被告がこれを機械修理工場として使用して居り手離し得ないことを知り乍ら被告を苦しめる目的を以つてこれを譲受けたものであるから、被告にその明渡を請求するのは所有権の濫用である。」との仮定抗弁を提出して抗争したこと及び被告が昭和二十五年二月二十日原告を被申請人として、右居宅区域への立入等禁止の仮処分を申請し因つてその旨の仮処分決定を得たことも亦当事者間に争のない所であるが、無権利者が権利者を装つて仮処分申請をなすことの失当であることは言を俟たない所であるのみならず、各成立に争のない甲第七号証の三及び甲第二十三号証の一乃至十に依れば、被告は右権利濫用の仮定抗弁に付いても、その主眼点である原告の不当な買受目的の点に付いては何等の立証もしていないのであつて、この事は同抗弁が被告自ら却つて抗弁権を濫用した抗弁せんがための抗弁であることを示して余りあるものと謂うことができる。これを要するに被告は右居宅に対する不法の占有と自己の無誠意無反省な態度とに因つて右明渡請求訴訟を挑発し、更に同訴訟においては争権の自由を濫用して専ら争わんがための争をなし、以つて訴訟の引延しと自己の右居宅に対する不法占有の持続とを図つたものと謂わなければならない。而て斯かる争権行為が公序良俗に違反する違法のものであることは疑問の余地がないのであるから、被告はその違法な争権行為に因り自ら挑発した右明渡請求訴訟において、原告に生じた損害を賠償するの責任を免れることはできない。然るところ上記の如く原告は右明渡請求訴訟の提起並びに追行を村上弁護士に委任し、因つて同弁護士に対し既に手数料金五千円を支払い更に成功謝金二万円を支払わねばならぬことになつているのであるが、先ず原告が右訴訟を弁護士に委任したことが相当か否か、換言すれば弁護士報酬が右明渡請求訴訟の提起に因り通常生すべき損害と謂い得るか否かの点に付き考察するに、弁護士強制主義を採らない我が民事訴訟法の下においては固より訴訟を弁護士に委任する法律上の必要はなく、又右明渡請求訴訟は右居宅に関する権利関係が登記手続請求訴訟の確定判決に因り既に明確になつている関係上、その追行も容易ではあつたのであるけれども、元来弁論主義を建前とする民事訴訟は多分に技術的要素を包含し、訴訟技術の巧拙如何に因つては正当な権利者と雖も時に思わない敗訴を招くこともあり得るのであるし、社会の実情も亦訴訟の提起追行はその難易に拘らず弁護士に一任するを通例とするのであるから、原告が右明渡請求訴訟の提起追行を弁護士に委任したことは相当であり、これに依り原告が弁護士に支払い又は支払うべき正当な報酬金は、被告の違法な争権行為に因り原告に生じた損害と謂わなければならない。依つて進んで原告が村上弁護士に支払つた手数料金五千円及び支払うべき成功謝金二万円が適正な弁護士報酬か否かの点に付き考察するに、先ず右手数料並びに成功謝金は昭和二十三年十一月八日原告と村上弁護士との間において、右明渡請求訴訟の訴訟物である別紙目録記載建物中の(一)の居宅並びにその敷地に対する所有権に基く明渡請求権の価額を金十万円と見積り、これを基準として約定されたものであるが、元来所有権に基く明渡請求権の価額は通常明渡の目的物の価額と一致し、且これを超過することは理論上あり得ないのであるから、結局原告並びに村上弁護士は右(一)の居宅並びにその敷地の価額を金十万円と見積つたものと謂わなければならない。然るに原告は右訴訟物価額算定の一週間前である昭和二十三年十一月一日別紙目録記載(イ)並びに(ロ)の宅地、(一)の居宅、(二)の物置兼炊事場、(三)の土蔵、(四)の土蔵、(五)の居宅、(六)の庇全部を代金十万円にて桑原文子から買受けたものである。僅か一週間の中に土地建物の相場に如斯く急激な変動があつたものとは到底解し得られないのであるから、右訴訟物価額の見積が著しく過大なものであることは右事実に徴し自ら明白であり、これを基準として定められた右弁護士報酬は先ずこの点において適正を欠くものと謂わなければならない。又右明渡請求訴訟においては右(一)の居宅の外にその敷地の明渡も請求されているのであるが、元来被告は右居宅占有の反射的効果としてその敷地を占拠するに止まり、何等敷地自体に対し独自の占有を有するものではないから、右居宅の明渡を実現するに付きその敷地の明渡迄も訴求する必要は存在しなかつた筈である。而て斯かる法理は原告は兎も角として、法律の専門家である村上弁護士において弁えない筈はないのであるから、右敷地に対する明渡請求は畢竟右明渡請求訴訟の訴訟物価額を増大せしめんがために附加されたものと認めるの外はない。更に成立に争のない甲第二十号証に依れば、右報酬契約締結当時村上弁護士の所属する鳥取弁護士会は、その会則において同会所属弁護士が訴訟事件受任に依つて受くべき報酬に付き次の如く定めている。即ち一、手数料は(イ)訴訟物価額一万円を超え金五万円以下の事件に付いては金四百円に金一万円を超過する訴訟物価額金千円毎に金二十円を加算した金額、(ロ)訴訟物価額金五万円を超える事件に付いては金千二百円に金五万円を超過する訴訟物価額金千円毎に金十五円を加算した金額を標準とし、二、成功謝金は何れの事件に付いても勝訴額の一割を標準とすべきことを定めている。而て弁護士の報酬は弁護士会所定標準額を基準とし、事件の難易軽重と依頼者の受ける利益とを斟酌して、社会観念上適正妥当と認められる金額において決定すべきものと解するを相当とするところ、右明渡請求訴訟は前記の如くその追行も極めて容易であり、且又それが右居宅の所有権そのものの得喪を争うものでなく、単にその明渡を請求するものに過ぎない関係上、依頼者である原告の勝訴に因つて得る利益も比較的少ないのであるから、同訴訟に付き右弁護士会所定標準額を超過する報酬は到底許容せらるべきものでない。然らば、仮に同訴訟の訴訟物価額の見積金十万円が適正であるとしても、右弁護士会所定標準に従うときは、同訴訟の手数料は金千九百五十円、成功謝金は金一万円となるに過ぎないのであるから、原告と村上弁護士との間に契約に係る手数料金五千円、成功謝金二万円は弁護士会所定標準を超過する点においても失当と謂わなければならない。尚原告は契約に係る右手数料並びに成功謝金は鳥取弁護士会報酬等基準規程所定報酬額の範囲内に属する旨を主張するのであるが、成立に争のない甲第二十一号証に依れば鳥取弁護士会報酬等基準規程が訴訟物価額金十万円以下の民商事事件の手数料並びに成功謝金はそれぞれ訴訟物価額の百分の二十以下の金額とする旨を定めていることは洵に明瞭であるけれども、同基準規程が右報酬契約締結の約一年後である昭和二十四年十一月十六日の制定に係るものであることも亦同号証に依り明瞭である。元来弁護士報酬の適正か否かは、報酬契約締結当時における弁護士会所定標準額を基準として判定すべきものであるのみならず、右報酬等基準規程が手数料並びに成功謝金の最高限度を規定したものであつて、総ての事件に付き当然に訴訟物価額の百分の二十の手数料並びに成功謝金を許容したものでないことも亦同規程自体に依り明白である。これを要するに原告と村上弁護士との間に契約に係る手数料並びに成功謝金は、その算定の基本となつている訴訟物価額の見積が本来著しく過大であるのみならず、不必要な請求が附加されて更に訴訟物価額の増大を来している点及びその算定の率が著しく過大である点の何れよりするも失当であつて、到底右明渡請求訴訟の適正妥当な弁護士報酬と認めることはできない。然らば如何なる報酬を以つて右明渡請求訴訟の適正妥当な報酬と認むべきかの点に付き検討するに、当裁判所の調査嘱託に対する米子市役所の回答に依れば、米子市固定資産評価委員会が昭和二十六年一月一日現在においてなした別紙目録記載の土地建物(但し(三)の土蔵を除く)の評価価額は次の通りである。即ち同目録記載(イ)の宅地は金十四万五千八百円、(ロ)の宅地は金二千八百二十円、(一)の居宅は金十五万六千九百円、(二)の物置兼炊事場は金四千八百円、(四)の土蔵は金四万五千五百円、(五)の居宅は金五万四千九百円、(六)の庇は金一万七千五百円であり、(三)の土蔵は既に滅失していたため右委員会の評価価額は存在しないのであるけれども、これを現存するものと仮定し右(四)の土蔵の評価価額を基準とし両者の建坪の割合からその価額を推定するときは、金八万五千四百円(十円以下切捨)となる。依つて右報酬契約締結従つて亦右明渡訴訟提起当時における別紙目録記載の宅地並びに建物全部の時価金十万円を基礎とし、同宅地の総価額と建物の総価額との割合並びに各建物間における価額の割合に依り、右(一)の居宅の当時の価額を算定するときは金三万五百五十円(円位四捨五入)となる。而て右明渡請求訴訟が弁護士会所定の標準額以上の報酬に値する事件でないこと及び敷地の明渡請求は必要のないものであることは上記の通りであるから、右(一)の居宅の右明渡請求訴訟提起当時における価額従つて亦同訴訟の訴訟物価額金三万五百五十円を基準とし、当時の鳥取弁護士会所定標準に従い適正な弁護士報酬を算定するときは、手数料金八百二十円、成功謝金三千五十五円合計金三千八百七十五円となる。従つて原告が村上弁護士に支払い又は支払うべき報酬金二万五千円は右金額の限度においては適正であり、被告の違法な争権行為に因り原告に生じた損害と謂うことができるのであるけれども、右金額を超過する部分は不適正であつて、被告の争権行為との間に相当因果関係を認めることはできない。
依つて原告の請求は右明渡請求訴訟の適正な弁護士報酬金三千八百七十五円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十六年九月六日から完済に至る迄民事法定の年五分の割合に依る遅延利息金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、仮執行の宣言に付き同法第百九十六条第一項、第三項を適用の上主文の通り判決をする。
(裁判官 前田亮)