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能代簡易裁判所 昭和47年(ろ)10号 判決 1973年4月03日

被告人 合資会社新栄漁業部 右代表者代表社員 須藤一夫 外三名

主文

被告人千葉貞蔵、同菊地寛三、同岡本繁雄をいずれも罰金二万五、〇〇〇円に、被告人合資会社新栄漁業部を罰金八、〇〇〇円に各処する。

被告人千葉貞蔵、同菊地寛三、同岡本繁雄に対し、右罰金を完納することができないときは一日一、〇〇〇円に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人千葉貞蔵、同菊地寛三、同岡本繁雄はほか六名と共謀のうえ、ほか二八名と共同して昭和四七年三月七日午前七時三〇分ごろから同日午前八時五〇分ころまでの間に青森県西津軽郡岩崎村大字松神西方約六・四海里(約一一・八キロメートル)付近海上において、工藤鉄雄、菊地政次郎、藤田甚作、工藤清勝、菊地源太郎、工藤安治、江戸八十八、工藤徳志ら八名が設置していた同人らの所有にかかる固定式たら刺網漁具のロープ等を所携のまきり庖丁で切断し、ボンデンを投棄するなどをなし、もつて数人共同して他人の器物を毀棄したものである。

第二、被告人千葉貞蔵は、小型機船浜松丸(一四・九九トン)の船主兼船長であり、被告人岡本繁雄は、小型機船第八旭丸(一四・九四トン)の船主兼船長であり、被告人合資会社新栄漁業部(代表者代表社員須藤一夫)は秋田県山本郡八森町字岩館七一番地に本社をおいて水産業を営んでいるものであり、被告人菊地寛三は同社の従業員として同社が使用中の小型機船第一新栄丸(一〇・二九トン)の船長であるところ、いずれも青森県知事の許可をうけないで青森県西津軽郡岩崎村大字大間越西方約七海里(約一二・九キロメートル)、同村大字同字筧の須郷崎西北西約九海里(約一六・六キロメートル)の地点の通称焼山および秋田たら場付近の海面において、被告人千葉においては昭和四七年三月四日ごろから同年同月八日ごろまでの間、被告人岡本においては同年同月四日ごろから同年同月一二日ごろまでの間、被告人菊地においては被告人会社の業務に関し同年同月四日ごろから同年同月一二日ごろまでの間いずれも右各小型機船による底びき網を用いて、すずたい、かれい、ひらめなどを、被告人千葉においては約一・九トン、被告人岡本においては約一・七トン、被告人菊地においては約一・一トン採捕し、もつて各々都道府県知事の許可を受けないで小型底びき網漁業を営んだものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、第一の事実 暴力行為等処罰ニ関スル法律一条、刑法二六一条六〇条(共謀にのみ関与し実行々為にいたらなかつた者との関係において)昭和四七年法六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号、刑法六条、一〇条

一、第二の事実 漁業法六六条一項、一三八条六号、被告人合資会社新栄漁業部につき同法一四五条

一、刑種の選択 罰金刑

一、被告人千葉、同岡本、同菊地につき併合罪加重、刑法四五条前段、四八条二項

一、被告人千葉、同岡本、同菊地につき換刑処分、刑法一八条

一、訴訟費用負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(本件第一の事実についての認定理由)

検察官は、被告人らが外四〇名と共謀のうえ本件第一の犯行を行つたと主張しているが、本件証拠を検討すると、被告人らはほか二八名の者と共同して本件第一の犯行を行つており、さらにその他六名の者と共謀のみをしていることが認められるにとどまり、その他の者との関係では共同して実行行為は勿論、共謀もしていたとは認められないところ、本来暴力行為等処罰ニ関スル法律一条の数人共同して刑法二六一条の罪を犯したというには数人の共同実行の事実が認められれば足り、いわゆる共謀の認定は必要がないので、被告人の罪となるべき事実としては右の共謀にのみ関与した者六名との関係においては「共謀のうえ」となり、その他の者二八名との関係においては「共同して」ということになるわけである。

(本件第二の事実についての当裁判所の判断)

一、本件第二の事実である漁業法違反被告事件についての争点は、本件被告人らが小型機船底びき網漁業を営むについて漁業法六六条にもとづく秋田県知事の許可を受けており、そして右許可証の操業区域欄には「秋田県沖合海面」と記載されていることから、被告人らの本件操業地域が右操業区域内即ち秋田県沖合海面にあたるか否かであるので、この点について当裁判所の判断を示す。

二、本件操業地域が青森県西津軽郡岩崎村大字大間越西方約七海里(約一二・九キロメートル)、同村大字同字筧の須郷崎西北西約九海里(約一六・六キロメートル)の地点の通称焼山および秋田たら場と呼ばれる海面一帯であることは前記認定のとおりであり、また被告人らも争わないところである。

ところで、いわゆる「秋田県沖合海面」とは秋田県地先海面というのと同じく、秋田県の区域内の陸地に面した海面をいうものであることは明らかである。そしてまた本件に関して秋田県沖合海面とは秋田県知事が被告人ら漁民に与えた漁業法六六条の漁業許可の内容たる操業区域の範囲の問題なので、それは、漁業調整上秋田県知事が海面において行政権限を及ぼすべき相当な範囲という意味にもなる。

そこで、地方公共団体の区域については地方自治法五条で単に「従来の区域による」と定められているだけであり、これは同法施行時存在した区域をそのまま踏襲するという意味であり、そして地方公共団体の区域は、陸地の区域のみならず、その区域内の河川、湖沼の水面およびその地域に接続する海面をも含むものと解するのが今日の通説である。したがつて、陸地においては右のように「従来の区域による」というだけでその範囲はおのずから明らかであるが、海面においては法令または行政庁の告示等によつて正確に方位を測定した上で一律に地方公共団体の区域を確定することが望ましいというべきであるにもかかわらず現在そのような区域を定めた法令告示等は存しない。だから、単に「何県沖合海面」という場合、地方公共団体の区域は陸地に接続する海面も含むという通説に従い陸地の境界からかけ離れた海面についてはおのずから明らかであるとしても、陸地の境界付近の海面においてはきわめて不明確であるといわなければならない。そこで、海面における当該地点が果してどの都道府県の区域内にあるかは結局健全な社会通念にもとづいて決するより外はないことになろう。そしてこの場合必ずしも地方公共団体の海面における境界自体を確定する必要はない。地方公共団体の区域において争いがあるときは陸地においても海面(公有水面)においても地方自治法所定の手続によつて確定すべきであつて、本件のごとき刑事裁判においては、その操業地域が秋田県沖合海面にあたるか否か、即ち仮りに海面における青森、秋田両県の境界を設定するとすれば、本件操業地域が秋田県側に入るとみるのが相当か否かを判断すれば足るものであるというべきである。以上のような意味から本件において海面の境界を問題にするのは、あくまでも本件操業地域が秋田県沖合海面に入ると見るのが妥当か否かを決する上での仮定的な境界のことであり、青森、秋田両県の海面における境界自体を確定するものではない。

三、そこで、右のような前提に立つて一応地方公共団体の海面における境界を仮定するための諸要素について考えるに、まず右のように地方公共団体の区域はその地域に接続する海面を含むという今日の通説を基準として、海面におけるその境界は、抽象的原則的には陸地の境界を社会通念上合理的に海面に延長すること、即ち海面に接する陸地の海岸線の形状および海岸線にいたる陸地の境界の形態等地理的特徴から推して社会通念上最も合理的に陸地の境界線を海面に延長した想定線をもつて一応境界線と認めることが考えられ、さらに、沿岸住民の海面に対する利用度等の従来からの慣行とかまたは境界が問題とされる当該事案についての行政目的等もその要素とされなければならないことになろう。特に、複雑に入りくんだ湾に数個の地方公共団体が面している場合とか島が存する場合などのように陸地の境界線を海面に延長して海面の境界を規定することがきわめて困難な場合や、北海道と青森県のような海峡によつて分断されている場合のように右のような陸地の境界線の延長ということはあり得ない場合においては、後者の即ち従来の慣行とか当該事案についての行政目的等の要素が強く働くものといわなければならない。これを本件のような漁業許可制度について見た場合海面における都道府県知事の行政権限の及ぶ範囲はまず当該地方公共団体区域の地理的関係に従い、それによるも不明確な場合には従来の慣行により、さらにそれによつても不明確な場合は関係都道府県知事の協議によつて定めるか、場合によつては漁業法一三六条による主務大臣の指定によつて定めるというのが今日の漁業関係法規の趣旨であると同時に、関係行政庁の実際の取り扱いとなつているものと認められるところである。

四、そこで、本件操業地域が、秋田県沖合海面と呼ぶのにふさわしい場所であるか即ち漁業調整上秋田県知事の行政権限を及ぼすのが適当な地域であるか否かを判断する限りにおいて青森、秋田両県の海面における境界を一応想定してみる。

まず地方公共団体の区域はその地域に接続する海面に及ぶという前記の通説に従い、その地理的関係についてみるに、本件証拠によれば、沿岸の陸地における両県の県境は青森県西津軽郡岩崎村大字大間越字筧の須郷崎(北緯約四〇度二五分)の地点であり、その付近における海岸線の地形は、同村字松神(北緯約四〇度三二分)から須郷崎にいたるまでの約一二キロメートルがおおむね正南に走り、須郷崎から南へは、約八・六キロメートルの秋田県山本郡八森町字茂浦附近まで、須郷崎から正南に延長した線を軸として東南へ約四〇度傾斜し同地点からは逆にゆるやかに南西方向に走つて男鹿半島にいたること、また陸地の県境線は須郷崎より十和田湖附近まで約八八キロメートルの間南北に屈曲はあるものの大体正東に走つていることまた須郷崎、大間越間の距離は約八・一キロメートルであること等が認められる。このように、陸地の境界線の形態も、それが海面に達する付近の海岸線も比較的単調でまた沖合に島もない(なお本件操業地点より正西約二一キロメートル、北に約〇・七キロメートルの地点に久六島が存するが、これは昭和二八年自治大臣告示により青森県の区域内のものとされている)ような青森、秋田両県の海面においては、陸地の境界線を須郷崎から正西に海面に延長した線(真方位二七〇度)をもつて一応両県の海面における境界と考えることにも一理があるものといわなければならない。しかし、海面における境界は、単に沿岸の地理的事情のみならず従来の慣行や漁業調整という当該行政目的をも総合的に斟酌して決すべきことは前記のとおりであるのでこれを本件操業地域について見るに、証人関根正年の証言、被告人合資会社新栄漁業部代表者須藤一夫の当公判廷における供述によれば、本件操業地点はその通称も「秋田たら場」とか「秋田礁」とかいわれるように何一〇年も前から秋田県漁民の漁場として利用されて来たのであり、逆に青森県漁民からは近くによき漁港がないことからごくわずかしか利用されることがなかつたこと、そしてこれまで一度も両県漁民または両県当局の間に管轄区域についての紛争が生じたことがないこと、秋田県としても右のような事情から小型機船底びき網業の許可に際しその操業区域として許可証に「秋田県沖合海面」と表示するが、それは本件操業地域を含むものであるという解釈に立つていることなどの事実を認めることができる。

このような秋田県漁民の従来からの操業の実態を考えれば、確かに本件操業地域は秋田県漁民の漁場としての慣行があると認められ、また秋田県当局も当然その地域まで行政機能が及ぶものとして取り扱つて来たものであるが、これを右の地理的事情と対比し、今この地域を秋田県沖合海面に含ましめるために青森、秋田両県の海面における境界線を陸地の境界線の延長として引くとなれば、須郷崎から正西の線を軸として約三五度北西に引くか、また陸地の境界と関係なく引くとなれば陸の県境から約八・一キロメートル青森県側に入つた前記大間越から正面に引くことになろうが、これらはいずれも前記のような両県の地理的事情から考えて、地方公共団体の区域はその陸地に接続する海面をも含むという今日の通説即ちいわゆる地先海面のみが当該知事の行政権限の及ぶ範囲であるという理論に余りにも反し、徒らに慣行のみを重視した定め方であるといわなければならない。また、これを漁業調整という行政目的から考えても、なるほど本件漁場の利用状況としては前記のとおり圧倒的に秋田県漁民の方が多いとしても青森県漁民の操業も皆無ではないのであるから、この地点を秋田県沖合海面とみなし、青森県漁民の操業には秋田県知事の許可を要すると解するのは青森県漁民にとつても割り切れないものがあろうと推測されることなどから、この地域においては行政当局としてはよろしく両県間の協議を行い、入会漁業を認めるなどの手を打つべきであつて一律に秋田県沖合海面として画定することは行政目的遂行の上からも妥当ではないものといわなければならない。

以上のように見てくれば、秋田、青森両県の海面における境界を設定するとすれば、必ずしも須郷崎から正西の線が絶対的に合理性があるとはいえないとしても、少なくとも本件操業地域より北またはその中に境界線を引くことは社会通念上相当ではないものというべきであり、右地域は、これを秋田県沖合海面と呼ぶには適当でなく、また漁業調整上ここまで秋田県知事の行政権限を及ぼすのは相当でないものというべきである。

五、そうすれば、右地域は地形上当然青森県沖合海面となり、青森県知事の許可を得なければ小型機船底びき網漁業を営んではならないこととなる。したがつて秋田県当局が被告人らの小型機船底びき網漁業を許可するに際し、その許可証の操業区域欄に「秋田県沖合海面」と表示し、そして右区域は本件操業地域を含むという解釈を下したとしても、右解釈は明らかに誤りであり、それによつて本件被告人らに本件操業地域において右漁業を営むことを許可したことにはならないといわなければならない。そして、県当局が被告人らに対し積極的に本件操業地域が秋田県沖合海面に含まれるという行政指導をしたとかというように、被告人らが本件操業地域を秋田県沖合海面と誤信するのも無理がないと考えるべき特別の事情がない本件においては、仮りに被告人らがそのように誤信したとしても取締法規としての漁業法の趣旨から考えて被告人らの故意を阻却することもなければ、また責任を阻却することもなく単なる情状にとまるものと解するのが相当である。

六、弁護人は、本来都道府県の海面における境界は、法令に何らの定めもないことから関係都道府県知事の協議による決定がなければ、それは存在しないという前提に立ち、秋田、青森両県の海面における境界については、知事間の協議もなく、単なる常識という根拠からこれが定まるものとすれば、秋田、山形両県間、青森、北海道間等においてはその確定は困難であり、結局そのような根拠の薄弱な全国的に通用しない判断基準を基礎として刑事罰を加えることは憲法によつて保障された罪刑法定主義に反すると主張する。

たしかに都道府県の海面における境界は、法令の定めまたは権限ある行政当局の決定等がない限り確定的に定まるものではないが、本件においては、被告人らの操業地域が秋田県沖合海面に含まれると解すべきか否かの問題に特定され、それに関する判断のみによつて被告人らの無許可漁業の刑事責任を確定することができるのであり、そしてそのためには前記説示のとおり必ずしも秋田、青森両県の海面における境界を確定する必要はなく、単に本件操業地域より北またその中に右境界線を仮定するのが相当か否かを判断するをもつて足るのであるから当該操業地点がもつと須郷崎から正西の線付近の海面とか、秋田、山形両県の県境付近の海面とか津軽海峡とかという場合なら格別、そうではない本件においては構成要件も明確であつて罪刑法定主義に反しないものというべきである。したがつて「秋田県沖合海面」と指定された許可証の持主に対し他県の沖合海面における無許可漁業のかどでこれを罰するには、当該操業地点(即ち犯罪行為地)によつては無許可漁業の犯罪構成要件を不明確に帰せしめることもありうるが、だからといつて、右のような許可をした場合、すべての場合について無許可漁業の犯罪構成要件を不明確にするものとはいえない。

なお以上のことから弁護人の公訴棄却の主張も理由がないことに帰する。

七、なお付言するが、本件漁業法違反については秋田県当局の漁民に対する漁業調整上の指導が適切さを欠いていたことが強く指摘されなければならない。当局は本件操業地域が被告人ら秋田県漁民の漁場として従来から使用されているのを知りながら、その漁業許可証の操業区域として単に「秋田県沖合海面」と指定するのみで、これをもつて本件操業地域をも含まれるものと独自の解釈を下し、これまで両県間の漁民同士の紛争のなかつたことから右のような独自の解釈が問題をはらんでいるということに思いを致さず漁民に対する適切な指導を欠いたというべきであり、当局としては速やかに青森県当局と協議して入会漁業を認めるなり、あるいは秋田県漁民が容易に青森県知事の許可を受けられるようにするなど今後の被告人ら漁民の操業に支障をきたさないよう万全の配慮をされたいと願うものである。

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