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脇町簡易裁判所 昭和41年(ろ)2号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判決理由】<証拠>を総合すると、つぎの事実が認定できる。

(一) 本件事故発生場所の道路状況

1 本件現場は、歩道車道の区別のない南北に直線に走る国道第一九三号線(高松・徳島線、以下単に国道という)上で、かつ右国道西側とほぼ直角T字型に交わる幅員三・五メートル、勾配二五度の西から東降(下り坂)する未舗装の脇町道(以下単に町道という)との三差路交差点(未舗装の砂利敷、ただし現在はアスファルト舗装)内である。

2 右交差点から高松方面へ北進して現場附近の国道の有効幅員を検尺すると、右交差点北側線において七メートル、それより約一〇メートル北の地点において六・三メートル、さらに約五メートル北の地点において五・五メートル、それよりさらに約一〇メートル北の地点において四・三メートルであり、この地点から北にかけては本件事故発生当時国道はアスファルト舗装されていたものである。しかして、右交差点南側線における国道の有効幅員は六・六メートル、それより南へ約四・五メートルの地点においては六・一五メートルと認められる。(この地点は後認定のとおり被告人の車両の停止地点附近に相当する。)

3 右アスファルト舗装(事件当時)末端附近の国道中央部から南の国道上に対する見透しは右交差点を超えて十分可能であり、極めて良存である。

4 右アスファルト舗装末端附近の国道東側には会江谷川にかかる赤谷橋へ至る下り坂道が接しており、右2記載の幅員六・三メートルの地点附近から南へかけての国道東側は雑草の繁茂する傾斜面あるいは落差をなして会江谷川原に臨んでおり、右交差点西北角から東北へ七・五メートル(交差点北手前)の国道東側路肩には徳島西部交通バス番所停留所標識柱が建つている。また、交差点北側国道の東側の人家の状況は、後記(二)1のとおり交差点西北角に上村秀雄方の家屋が建つており、それよりさらに北方三〇メートル位から北へ(国道西側沿いに)六、七軒の家屋が並んでいる程度で、本件現場附近は、いわゆる田舎道ともいうべき非市街地である。

5 町道は、山間部にある脇町藤川部落(戸数二九、人口一五六人)、同町美村(水谷・田尾)部落(戸数二七、人口一三七人)に通ずる、いわば上り山道に近い未舗装の自然道路で、右交差点に至る直前附近は勾配のため土砂の線状流失跡が見受けられ路面に凹凸を生じ、車両の通行上いわゆる悪路ともいうべきものである。

6 右国道は、高松市から穴吹町、徳島市へ通ずる主要道路であり、バス路線でもあり、当裁判所の第一回検証時三〇分間内の交通量は南行、北行あわせて自動車各七台位であるに反して、右町道上の人車の交通は皆無であり、交通極めて閑散であると認められる。

7 本件事故発生当時、右交差点は交通整理が行なわれておらず現場附近において車両に対する公安委員会による速度制限、一時停止、徐行、などの規制は、右国道および町道のいずれについてもなされていない。

(二) 右交差点手前(北側)の国道と町道との相互の見透し状況

1 右交差点西北角に上村秀雄方の家屋が、国道西側に沿う無蓋側溝(幅〇・三五メートル)からさらに約一メートル位西側に国道に平行かつ東面して建つており、かつ、その家屋の東南角の成人の身長程度の高さの所に、琴電バス番所停留所を表示する方形の標識板がその両面を南北に向けてつり下げられているため視界を妨げられ、右国道(交差点北側)と町道との相互の見透しは、互いに交差点内に進出しないかぎり不可能な状況である。

2 もつとも、右国道中央附近を北から南進歩行し交差点方向を望見すると、交差点北側線より手前(北)約一五メートルの地点から、東降する右町道の流土砂が交差点西側線を超えて国道上に堆積していることが認識可能であり、この地点に至つて初めて右町道の存在、すなわち本件交差点が三差路をなしていることを認識しうる。

3 右町道は交差点手前(西)約二〇メートル位はほぼ直線の東降する坂道であり、直角に右国道と交差するものであるから、二〇メートル位手前から国道との交差点を認識することは十分可能である。

(三) 本件事故の発生状況

1 被告人は、一九六五年式いすず大型貨物自動車(登録番号香一そ一八四一号、車両重量六、五九〇キログラム、車長七・〇八メートル、車幅二・四五メートル、最大積載量七、五〇〇キログラムのダンプ車)を空荷のまま単独運転し、時速約四五キロメートルで国道上を北から南進し本件交差点へさしかかつた。(被告人の進行速度は、同人の自認するところであり、かつ実況見分調書記載のスリップ痕の長さなどから逆算して十分首肯できる。)

2 被告人は、従前の運転経験からして本件交差点の存在は予め認識していたが、町道から人車が進出することはあるまいと思い、前記速度のまま、その車体右側が国道西側端(右)から一メートル前後の距離に保ちつつ進行した。

3 被害者は、ホンダスポーツカー五五cc自動二輪車(登録番号脇町三七六六号)を、その後部荷台に藤井定夫を乗せかつ車体を町道北側端から約一・二メートルの距離に保ちつつ、運転し西から東へ町道を降りて交差点に進出する直前一たん停止することなく、微速のまま国道上の本件交差点に進出し、左折態勢を執りつつ(その地点は交差点西北角より約一・九メートル東寄りと認められる。)、左方(北)の交通の有無を確認しようとした。(証人藤井定夫は、被害者が交差点へ進入する直前、上村秀雄方東南角附近で一たん停止し、まず右方(南)の交通の安全を確認し、ついで左方(北)を確認しようとしたとき、本件接触事故が発生したと証言するが、実況見分調書記載の被告人車両のスリップ痕の位置および同証人の第一回検証時の指示地点などと対比すると、被害者が交差点直前で一たん停止したという証言は到底真実と認めがたい。)

4 被告人は、被害者が右3のように交差点西北角から国道上へ進出するのを、その手前約一メートルの地点で発見し、ハンドルをわずかに左に切りつつ急制動措置を講じたが及ばず、右3のように被害者が左折態勢を執りつつあつた地点において被害車両の前輪ホークの右側部分と被告人車両の右前輪ホイールナット附近とが接触し、被告人車両は接触後さらに八・三メートル位前進して停止した。(被告人は実況見分あるいは検証に際し発見地点は一〇メートル位手前であつた旨指示し、かつそう供述するが、現場におけるスリップ痕の長さ、接触地点、被告人車両のホイル・ベース、速度、本件事故発生時路面は乾燥していたと認められること、通常の自動車運転者の知覚反応時間が〇・六秒ないし〇・八秒であること、前記(一)で認定される道路状況とをあわせ考えると、発見地点は少くとも交差点手前一五メートルより北であると認められる。)

四、本件公訴事実は、被告人の過失として交通整理の行なわれていない西方(右)の見透しの利かない交差点における減速徐行義務を怠つたことを指摘しているので、この点は注意義務の内容としてまず道路交通法第四二条の徐行義務を挙げているものと考えられる。しかしながら、前記三(一)、(二)認定の道路および見透し状況の下では、国道上を南進する車両に対しては本件交差点のごときは客観的に同法第四二条に規定する交差点に該当するとは到底解しえない。特に、国道と町道との幅員の差、町道は山間の部落から東降する坂道であり、交差点の存在確認可能地点も町道においては二〇メートル位手前から十分可能であるに反し、国道上からは約一五メートル手前にしてようやく認識可能となること、車両に対する公安委員会による速度制限のないこと、相互の交通量、高速度交通機関である自動車の機能と性格などにかんがみると、むしろ右町道から進出する車両に対しては、本件交差点は同法条にいう徐行を要請される交差点に該当するものというべきである。また、国道上を南進する車両に対しては本件交差点が一般的に徐行すべき交差点に該当しない以上、被告人が本件交差点の存在を予め認識していた事実は、同法第四二条違反とは無関係と解すべきである。そこで、被告人が減速徐行しなかつたことが同法条違反にならないとしても、被告人が本件交差点の存在を予め認識していたという事情も考慮に容れて、被告人の右行為がその他の業務上の注意義務違反にならないかどうかを検討するに、前記のように本件交差点が国道南行車両に対し一般的に徐行すべき場所に該当しないし、また、前記三(三)認定の被害者の進出状況および被告人の発見地点などから考えると、法定速度以下で進行していた被告人に対し被害者を発見する直前特に減速徐行を要求すべき具体的な危険発生のおそれ、ないし、その危険発生の認識が可能であつたと証明するにたる証拠はない。むしろ、被告人は被害者の進出と同時位に被害者を発見し、急制動措置を執つたものと認められ、その措置に責むべき点は認められない。本件交差点は前示のとおり町道から進出する被害者に対しては徐行すべき場所に該当するのであり、また、条理上から考えても、主要幹線である国道上に、全くといつてよい程見透しの利かない町道から左折進行する被害者こそ交差点手前で一たん停車のうえ十分国道上の交通の有無安全を確認すべき義務がある。以上のとおり、被告人に対し公訴事実記載の減速徐行義務を課することはできないので、結局右義務違反は成立しない。

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