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花巻簡易裁判所 昭和37年(ろ)32号 判決 1963年12月07日

被告人 山地政雄 外五名

主文

被告人等は、いずれも無罪。

理由

第一、本件公訴事実

本件公訴事実は

第一、被告人山地、同小原、同目黒は川守藤吉、小田島秋夫と共謀の上、昭和三七年七月一日施行の参議員通常選挙に際し、中村順造が全国区から立候補すべき決意を有することを知り、同人に当選を得しめる目的をもつて、未だ同人の立候補届出前である同年五月一六日、岩手県北上市黒沢尻町字里分第一七地割三八番地旅館黒金屋こと前田富士雄方において、右中村の選挙運動者である被告人吉田、同小松、同菊池の三名に対し、来るべき右選挙に右中村のため投票取纒め等の選挙運動をされたい旨依頼し、その報酬として一人当り金五〇〇円相当の酒食の饗応接待をし、右中村順造の選挙運動をなし

第二、(一) 被告人吉田は同選挙に際し、同日同所において全国区から立候補すべき決意を有する中村順造の選挙運動者である右山地、小原等五名から、同人等共謀のもとに右中村のための投票取纒め等の選挙運動をされたい旨依頼を受け、その報酬としてなされる趣旨を諒知しながら一人当り金五〇〇円相当の酒食の饗応接待を受け

(二) 被告人小松は同選挙に際し、同日同所において右山地、小原等五名から右同趣旨のもとになされることを諒知しながら一人当り金五〇〇円相当の酒食の饗応接待を受け

(三) 被告人菊池は同選挙に際し、同日同所において右山地、小原等五名から右同趣旨のもとになされることを諒知しながら一人当り金五〇〇円相当の酒食の饗応接待を受けたものである。

と言うのである。

第二、当裁判所の判断

(一)  事前運動の成否について。

先ず本件会合の経過について検討する。

証人小田島秋夫、同川守藤吉、同惣田清一、同高橋忠三の各証言、証人斉藤徳次、同山下敏夫の各証言(被告人目黒につき各証人尋問調書)、及び被告人等の当公廷での各供述を綜合すると、

(1)  昭和三七年五月一六日当時、被告人山地は、国鉄動力車労働組合(以下動力車労組と略称する)盛岡地方本部執行委員長の、被告人小原は動力車労組北上支部書記長の、被告人目黒は動力車労組中央本部書記長の被告人吉田は岩手木炭製鉄労働組合(以下木炭労組と略称する)執行委員長(組合長)の、被告人小松は同組合書記長の、被告人菊池は同組合調査宣伝部長の、各地位にあつた。

(2)  国鉄動力車労働組合政治連盟議長中村順造は、昭和三四年施行の参議院全国議員に立候補して三年議員として当選し、昭和三七年七月一日施行の参議院議員通常選挙に際しても、かねて全国区から立候補すべきことを予定されていたのであるが、動力車労組は、昭和三六年六月に開催された第一一回全国大会において、右参議員選挙の全国区候補者として同組合出身者である中村順造を組合として支持推薦することを決定し同労組北上支部も右全国大会の決定に基いて同人の推薦を決定した。一方木炭労組は、前回昭和三四年施行の参議院議員選挙においても中村順造を推薦したのであるが、今回の参議院議員選挙についても、上部団体である鉄鋼労連からの指示に基き、昭和三七年二月一二日に開催された代議員会において、再び中村順造を組合として支持推薦することを正式に決定し、鉄鋼労連本部及び東北地方協議会の確認並びに了承を得た。

(3)  被告人目黒は、昭和三七年五月中旬頃動力車労組中央本部から東北方面にオルグとして派遣され、被告人山地と同行して動力車労組各支部等を巡回したのであるが、被告人山地は、本部役員である被告人目黒と共に動力車労組北上支部へ赴くのを機会に、来るべき参議院議員選挙に関して動力車労組と同じく中村順造の支持推薦を既に決定している木炭労組の役員と会合をして、将来の選挙活動のための連絡打合せをしようと考え、北上支部の被告人小原に予め木炭労組への連絡を依頼しておいた。

(4)  そして同月一六日午後五時四〇分頃から、北上市黒沢尻町黒金屋旅館二階において被告人等及び動力車労組北上支部執行委員長川守藤吉、同支部教育宣伝部長小田島秋夫の計八名が会合した。(但し被告人小松は約四、五〇分遅れて参加した)右会合の席上、先ず被告人目黒が、同年七月に行わるべき参議院選挙の意全国的情勢等について話し、続いて出席者等の間において、選挙情勢の展望、各組合員による投票の獲得努義、力目標、獲得見込数についての検討、組合機関紙の利用方法、公職選挙法の改正点、立候補届出後になさるべき選挙運動の具体的方法、即ちポスターの配分、貼付方法、標旗の来た場合の処置、演説の場所、方法、開票立会人の問題等について、互に意見を交換して討議をした。そして後記認定のとおり出席者全員が酒肴を飲食して、午後七時頃散会した。

以上の事実を認定することが出来る。

そこで、被告人山地、同小原、同目黒が、川守、小田島と共謀の上右会合の席上において、公職選挙法第一二九条によつて禁止されている所謂事前運動をなしたか否かについて判断する。

先ず右五名等が被告人吉田、同小松、同菊池に対して投票取纒め等の選挙運動をされたい旨依頼したか否かの点について検討すると、被告人等の当公廷での各供述によれば、右会合の過程において、組合員一人につき五票を獲得すべきことについて話合いがなされ、木炭労組側から一人五票の獲得は困難な情勢にある旨述べられていることが認められる。しかし乍ら、押収にかかる総評新聞(証第四号)、証人斉藤徳次、同惣田清一、同高橋忠三、同山下敏夫の各証言によれば、動力車、木炭両労組の加盟する総評では、従来から組合の選挙活動の方針として組合員一人当り五票を獲得すべきことを努力目標としていたものであり、木炭労組においても総評の右方針に本件会合以前から了知していたことであり、また鉄鋼労連、動力車労組各本部の方針として、中央において推薦母体間の綜合選挙対策会議を行うと共に各地方における下部の推薦母体間においても中央と同様に地域綜合選対会議を積極的に行い、地域推薦母体間の連絡提携を緊密にする様要望していたことが明らかである。そして、被告人等の当公廷での各供述、川守、小田島証言、及び前認定の会合の経過に徴すると、本件会合当時は既に両組合とも中村順造の支持推薦を組合規約に則り正式に決定していたものであり、本件会合は、中央における綜合選対会議に準じて、地域における推薦母体たる両組合の特定執行部のみが会合して、将来提携してなるべく具体的選挙活動が緊密円滑に行われる様、選挙情勢の分析検討、将来の選挙運動の具体的方法等について、互に推薦母体として連絡打合せすることを目的として行われたものであることが認められる。従つて、中村順造が動力車労組出身であり木炭労組とは直接の利害関係がなかつたことを考慮に入れてもなお、本件会合の席上一人五票獲得について話合いがなされた点を捉えて、動力車労組側からことさら木炭労組側に対して一方的に投票取纒め等の選挙運動の依頼がなされたものとは、軽々に認定することが出来ない。

尤も、被告人等の検察官に対する供述調書中には、本件会合の席上動力車労組側から木炭労組側に対して一方的に投票取纒め等の選挙運動の依頼がなされ、木炭労組の組合員一人につき五票獲得する様に頼まれた旨の供述部分があるが、前認定の本件会合の性格、経過、及び被告人等の当公廷での各供述、証人小田島秋夫、同川守藤吉の各証言を詳細に対比検討して考えると、右検察官に対する供述部分を公判廷における供述よりも特に信憑性があるものとしてそのまま全面的に信用することは困難であり、むしろ被告人等の当公廷での各供述、小田島、川守の各証言によれば、本件会合において一人五票獲得の問題に関して話合がなされた主要な趣旨は、両組合執行部間において、従来からの努力目標たる一人五票に対する現実の得票可能見込数等について意見を交換し、右努力目標達成のため将来活溌な選挙活動を行うべきことを互に申合せたものであり、動力車労組側からことさら木炭労組側に対して一方的に投票取纒めを依頼する趣旨ではなかつたものと認めるのが相当である。

結局本件会合は、既に中村の推薦支持を決定していた両組合の執行部間において、立候補届出後になさるべき具体的選挙活動が緊密円滑に行われるためその連絡準備を目的として本部の方針に則つて開催された会合であり、両組合の執行部たる特定少数の役員のみが、組合役員たるの資格において集合してなされた内部的準備行為であるから、被告人山地、同小原、同目黒が川守、小田島と共謀して公職選挙法第一二九条に該当する選挙運動をなしたものとは言うことが出来ない。

(二)  饗応罪の成否について。

被告人山地、同小原、同目黒の当公廷における各供述及び証人川守藤吉の証言を綜合すると、本件会合の途中午後六時二〇分頃に至り、被告人目黒は被告人山地と、被告人小原は川守藤吉及び被告人山地と、夫々相談の上会食をすることに決め、直ちに被告人小原が一人約五〇〇円相当の酒肴を黒金屋旅館に注文し、間もなくその用意が出来たので、被告人等及び川守、小田島等出席者全員がこれを飲食して午後七時頃散会したこと、右飲食代金は合計四、六八〇円であつたが、被告人小原が一旦右代金全額を旅館に支払い、更に被告人山地が被告人小原に三、〇〇〇円を交付し、被告人目黒が被告人山地に約五〇〇円交付したことが認められる。

そこで右飲食につき、被告人山地、同小原、同目黒が小田島、川守と共謀の上、被告人吉田、同小松、同菊池に対し、所謂運動買収として饗応をなし、被告人吉田等三名が右の趣旨で饗応を受けたものであるか否かについて検討する。

先ず、被告人山地、同小原等は当公廷において、本件酒食は無償で供与したものではなく慣例に従い将来割勘として出席者各人から徴収するつもりであつた旨供述し、被告人吉田、同小松、同菊池もまた後日割勘にして負担するつもりであつた旨供述している。しかし乍ら、被告人等は本件会合をしたのち本件捜査を受けるに至るまで約二ヶ月の間右飲食代金の請求或は支払を全然していないし、又、証人菊池理助の証言によれば、動力車労組北上支部、木炭労組等の加盟する和賀郡労連傘下の組合関係の会合において飲食する場合には、飲食費を割勘で負担する事例が多いのであるが、割勘にする際には通常飲食前に出席者の了承を得てから酒食の提供をしていることが認められ、被告人山地、同小原等が平素親交のない被告人吉田、同小松、同菊池等に対し全然事前の了解を求めることなく勝手に酒肴の注文提供をして置き乍ら、後日飲食代金を割勘にして木炭労組側からも徴収するつもりであつたとは到底考えられないし、又、被告人吉田、同小松、同菊池においても飲食費を割勘にして支払うつりであつもたとは考えられないので、この点に関する右被告人等の当公廷における供述は、被告人等の各検察官に対する供述調書(その一部)及び小田島秋夫、川守藤吉の各検察官に対する供述調書(その一部)と比較対照して、たやすく措信することが出来ない。そして被告人等の各検察官に対する供述調書(その一部)小田島秋夫、川守藤吉の各検察官に対する供述調書(その一部)及び被告人目黒の当公廷での供述を綜合すると、本件酒食は、被告人小原、同山地、同目黒等が前認定のとおり順次相談の上、右被告人等の金銭的負担において提供する意思で注文の上、被告人吉田、同小松、同菊池等に無償で飲食させたものであり、将来被告人吉田等三名から会費を徴収する意思はなく、被告人吉田等三名もまた将来の飲食代の負担、支払を予定することなく本件酒食の提供を受けたものであると認定される。

ところで、公職選挙法第二二一条第一項第一号第四号所定の饗応、被饗応罪が成立するためには、当選を得しめる目的を以て選挙人又は選挙運動者に対して饗応がなされるを要し、従つて酒食の提供が、投票又は投票取纒め等の選挙運動をしてもらうことに対する報酬としての性格を有することを必要とするものであるから、被告人山地、同小原、同目黒等が提供した本件酒食が、被告人吉田等三名によつて投票取纒め等の選挙運動をしてもらうことに対する報酬として供与されたものであるか否かについて検討する。

先ず本件会合は、前認定のとおり既に中村順造支持を正式に決定していた両組合の特定少数の執行部のみが集合して、将来連繋して行わるべき選挙運動の連絡準備を目的として行われた内部的準備行為に過ぎないものであつて、特に被告人山地、同小原、同目黒が小田島、川守等と共謀の上一方的に被告人吉田、同小松、同菊池等に対し投票取纒め等の選挙運動を依頼することを目的として開催されたものではないから、本件酒肴が選挙に関する話合の機会に飲食されたものである点を捉えて、直ちに本件酒食が選挙運動依頼の報酬として供与されたものとは、たやすく推認することが出来ない。尤も、被告人目黒を除く各被告人等の検察官に対する供述調書、小田島秋夫、川守藤吉の各検察官に対する供述調書中には、本件酒食が木炭労組側に対する選挙運動依頼の報酬として供与され且つ木炭労組側も右の報酬として供与を受けたものである旨の供述がなされているが、右供述部分は、前認定の如き本件会合の性格、経過、殊に本件会合が投票取纒め等の依頼を目的とする会合ではなかつたこと、及び小田島、川守証言被告人等の当公廷での供述と比較対照してみると、公判廷における被告人等の供述及び右証言よりも特に信憑性があるものとは考えられない。むしろ、本件会合の趣旨、及び証人小田島秋夫、同川守藤吉、同菊池理助の各証言、被告人山地、同小原、同目黒の当公廷での各供述、被告人目黒の検察官に対する供述調書を綜合すると、本件会合に出席した両組合の執行部に互に初対面の人が多く、また本件会合が被告人山地、同目黒の宿泊する旅館において行われ、且つ従来から組合関係の会合は勤務時間の都合上夕食時にわたることが多く簡単な飲食を共にすることが慣例となつていたので、被告人小原、同山地、同目黒等はこれ等の点を配慮して夕食時でもあり又本部役員たる被告人目黒が来ていたので、儀礼上且つ懇親の趣旨を以て会食をなしたものであり、特に本件酒食を投票取纒め等の選挙運動依頼に対する報酬として木炭労組側に供与する意図はなかつたものと認められる。

従つて、被告人等が選挙に関する会合の席上酒肴を飲食したことは甚だ軽率であり、一応公職選挙法違反の容疑を受けてもやむを得ないところであるが、本件酒食が、選挙運動依頼の報酬としてまでの性格を有していたことを認定するに足る十分な証拠はない。

第三、結論

以上の理由により、本件公訴事実については犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第三三六条に従い被告人等に対していずれも無罪の言渡をする。

(裁判官 奥村正策)

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