西宮簡易裁判所 平成19年(ハ)707号 判決 2008年6月10日
原告
芦屋市長
山中健
同訴訟代理人弁護士
小川洋一
被告
プロミス株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
黒田厚志
主文
1 被告は、原告に対し、30万8280円及びこれに対する平成19年1月20日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は、原告が、地方税法の規定により、地方税滞納者の被告に対する不当利得返還請求権を差し押さえたことにより、被告に対し、取立権を取得したとしてその支払を求めるのに対し、被告が不当利得返還請求権の金額を争っている事案である。
2 前提事実
(1) 原告は、市県民税、固定資産税及び都市計画税の賦課徴収権を有する地方公共団体である芦屋市の徴税吏員であり、上記各税の滞納者に対し滞納処分を行う権限を有する。
(2) 被告は、貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号により法律の題名が貸金業法と改められた。)の登録を受けた貸金業等を目的とする株式会社である。
(3) 芦屋市は、訴外B(以下「訴外人」という。)に対し、平成19年3月19日現在、納期限を経過した市県民税(普通徴収)及び固定資産税・都市計画税の本税額73万2970円、督促手数料5390円及び延滞金54万4040円の地方税債権を有していた。
(4) 訴外人と被告は、平成12年6月23日金銭消費貸借基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、同月30日から平成19年1月19日まで別紙計算書記載のとおり借入と返済を繰り返した(以下「本件取引」という。)。
(5) 訴外人は、被告に対して、利息制限法1条1項所定の利息の制限額(以下、単に「利息の制限額」という。)を超えて支払った利息の不当利得返還請求権(以下「本件債権」という。なお、不当利得の金額及びそれに対する利息については争いがある。)を有していた。
(6) 原告は、上記訴外人に対する地方税債権を徴収するため、平成19年3月19日、地方税法331条6項、同法373条7項及び同法702条の8第1項(国税徴収法62条の例による。)の規定に基づき、履行期限を同日と定めた本件債権に対する債権差押通知書を被告に送達することにより、本件債権を差し押さえた。
その結果、原告は、地方税法331条6項、同法373条7項及び同法702条の8第1項においてその例によるとされている国税徴収法67条1項の規定に基づき、本件債権の取立権を取得した。
3 争点
(1) 本件取引は、貸金業法43条のみなし弁済(以下単に「みなし弁済」という。)の要件を満たしているか。
(被告の主張)
ア 本件基本契約は、訴外人がプロミス会員規約を承諾して締結したものであるが、同会員規約によると、期限の利益を失う事由として、「本規約に基づく債務であるかを問わず、プロミスに対する債務の一つでも期限に支払わなかったとき」とする規定があった。しかし、被告は、平成18年6月30日同会員規約を改訂し、同規定を削除した(乙2)。そして、その旨を改訂日を含む数か月間に亘りホームページにより公告するとともに新聞広告をして、周知徹底した。訴外人が同年7月29日被告から4000円借り入れるに際し、被告は訴外人に対し、「ご利用明細書」を交付した(乙11、14)が、同利用明細書にも改訂後の規定が記載されている。
以上のとおり、同年6月30日以降、訴外人と被告の間の期限の利益喪失特約は、被告に対する約定利率による弁済をしなかったというだけで期限の利益を喪失させる条項はなくなり、期限内の弁済が強制されていることはない。
したがって、同日以降、訴外人は被告に対し、任意に約定利息を支払ったものである。
イ 被告は、訴外人に対し、貸金業法17条に定める書面を遅滞なく交付し、また、弁済の都度直ちに、同法18条に定める書面(乙13)も交付した。
ウ 従って、平成18年7月22日以降の7回の弁済について、みなし弁済の要件を満たす。
(原告の主張)
ア プロミス会員規約によると、上記改訂後においても、「支払停止となったとき」及び「信用状態が悪化し、プロミスが債権を保全するために必要と認めたとき」に期限の利益を喪失する旨の規定が存在しており、借り主である訴外人は、利息の制限額を超える利息の弁済を強制されていて、任意に支払ったものではない。
イ 上記改訂について、ホームページに掲載されたかどうかは知らないし、期限の利益喪失特約は、貸金業法17条の書面に記載しなければならない事項であり、上記改訂についての書面が交付されていない。
ウ 被告が交付したと主張する受取証書の充当額が誤っており、貸金業法18条の要件に合致する受取証書が交付されたことにはならない。すなわち、例えば、平成18年7月22日弁済に対する受取証書(乙13)は、同年6月29日以前の弁済についてみなし弁済を前提として計算しているものと解される結果、返済金額1万2000円のうち、利息に1万0234円、元金に、1766円を充当したこととなっているが、被告が同日以前の弁済につきみなし弁済を主張せずに不当利得金を計算した結果(乙23)によると利息・損害金に充当される金額は3249円であり、元金に充当される金額は8159円となっている。
エ 被告は、訴外人に対し、期限の利益喪失特約の改訂後、貸金業法17条の書面として改訂後の規定を記載した「ご利用明細書」(乙11)を交付したと主張している。しかし、同利用明細書には、期限の利益喪失特約が改訂されたことは記載されていないから、貸金業法17条の書面としては、不十分である。また、改訂後29日後の交付は、遅滞なく交付したことにはならない。
(2) 被告は不当利得の悪意の受益者に該当するか。
(原告の主張)
被告は、訴外人に対して利息の制限額を超える利率の金銭消費貸借契約を締結したことを知りながら貸付を行っており、悪意の受益者である。
(被告の主張)
ア 被告は、みなし弁済を前提とした営業を行っており、監督官庁から行政処分を受けていないから、みなし弁済が成立するとの認識しか持ち得ない。
被告は、上記(1)項記載のとおり期限の利益喪失特約を改訂したほか、法令の改訂や新しい裁判例その他行政指導などの事由が発生する都度、貸金業法17条及び同法18条の各書面の書式を変更するなど、みなし弁済の要件を満たすように逐次対応を執ってきた。
したがって、被告はみなし弁済の適用が受けられると信じて訴外人からの弁済を受領していたから、悪意の受益者に該当しない。
イ 仮に被告が悪意の受益者に該当するとしても、民法704条の利息は法律の規定によって発生するものであるから、新たな借入金債務に充当されることはない。
(3) 約定の支払期日を徒過した後の遅延損害金について
(被告の主張)
本件基本契約において、訴外人が約定の支払期日を徒過した場合には、当然に全債務について期限の利益を失うこととなっていた。その後、支払がなされると当該支払を契機にその時点で、被告が訴外人に対し任意に期限の利益を再度付与したものである。したがって、被告は、支払期日経過後、次回の現実の支払期日までの間につき、遅延損害金を請求する権利を有している。
訴外人と被告の間で、遅延損害金について、放棄の合意が成立したことはない。
(原告の主張)
ア 被告は、元本全額の請求行為や利息ではなく遅延損害金の請求行為などを行っておらず、期限の利益喪失事由が発生しなかったと解される。
イ 被告は訴外人に対し、遅延損害金を請求しない前提で請求書等を送付しているのであって、遅延損害金の放棄の合意が成立したと解すべきである。
第3争点に対する判断
1 争点(1)について
プロミス会員規約(乙2)によると、上記改訂後においても、「支払停止となったとき」及び「信用状態が悪化し、プロミスが債権を保全するために必要と認めたとき」に期限の利益を喪失する旨の規定が存在していることが認められる。この特約においても、通常、債務者に対し、支払期日に約定の元本と共に利息の制限額を超える部分を含む約定利息を支払わない限り、期限の利益を喪失し、残元本全額を直ちに一括して支払い、これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え、その結果、このような不利益を回避するために、利息の制限額を超える部分を支払うことを債務者に事実上強制することになるものというべきである。したがって、上記の利益喪失特約の下で、債務者が、利息として、利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には、上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り、債務者が自己の自由な意思によって利息の制限額を超える部分を支払ったものということはできないと解するのが相当である。
本件において、訴外人に上記特段の事情があったことの主張立証はなく、借り主である訴外人は、利息の制限額を超える利息を任意に支払ったものと認めることはできない。
したがって、その余につき判断するまでもなく、みなし弁済の主張は認められない。
2 争点(2)について
(1) 被告が行政処分を受けていなかったとしても、みなし弁済の成立要件を欠いているとの認識を持ち得ない、とは言えない。被告は、貸金業法の登録を受けた貸金業者であり、被告において本件取引について定められた約定利率が利息の制限額を超えることを認識していたことは明らかであり、みなし弁済が認められる場合を除き、利息の制限額を超える部分の利息が不当利得となることを認識していたものと認められる。
本件において、被告は、平成18年7月22日より前の弁済については、みなし弁済の主張をしていないし、被告が任意性の要件を満たすよう改善したと主張する期限の利益喪失特約については、上記1のとおり、依然としてその要件を満たしていないことは明らかであって、被告のみなし弁済が成立する見込みが十分にあったとも言えない。しかも、被告は、プロミス会員規約を改訂した時点では、それまでの本件取引がみなし弁済の要件を満たしていないことを認識していたものと認められるが、それ以降においても、契約当初からみなし弁済を適用した約定利率による充当計算をした結果を残額として記載した受取証書(乙13)を交付しており、その充当計算をなんら変更していないことからすると、本件基本契約締結当時からみなし弁済についての認識に変化がなかった、すなわち当初から悪意であったものと認められる。
(2) 弁論の全趣旨によると、本件基本契約は、弁済当時、他の借入債務が存在しないときでもその後に発生する新たな借入債務に充当する旨の合意を含んでいたものと解され、民法704条の利息が生じる場合には、その利息についても同様に、新たな借入債務に充当する旨の合意を含んでいるものと解される。したがって、民法704条の利息は充当計算されないとの被告の主張は採用できない。
3 争点(3)について
利息の制限額を超える利息の支払を怠ったとき、期限の利益を喪失する旨の特約は、債務者に対し、期限の利益を喪失する等の不利益を避けるため、本来は利息制限法1条1項によって支払義務を負わない利息の制限額を超える部分の支払を強制することとなるから、同項の趣旨に反し容認することができない。本件期限の利益喪失特約のうち、訴外人が支払期日に利息の制限額を超える部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は、同項の趣旨に反して無効であり、訴外人は、支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払いさえすれば、利息の制限額を超える部分の支払を怠ったとしても、期限の利益を喪失することはなく、支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払を怠った場合に限り、期限の利益を喪失するものと解される。
ところが、本件取引は、弁論の全趣旨によると、訴外人が返済金を支払ったときに、自動的に約定に従った利息を計算して充当される取扱いになっていたことが認められる。その結果、訴外人としては、利息の制限額を超える約定の利息を支払わない限り、約定通りの元金を支払うことができず、残債務全部につき期限の利益を失うことになり、上記利息制限法1条1項の趣旨に反することとなる。したがって、本件取引においては、訴外人は、未だ、期限の利益を喪失していなかったものと解すべきである。
4 よって、原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判官 西田文則)
(別紙)利息制限法に基づく法定金利計算書
(1円未満切捨。利息計算は閏年を366日とする。過払利息計算は閏年を366日とする。) 過払利率 5%
年月日
借入金額
弁済額
利率
日数
利息
未払利息
残元金
過払利息
過払利息残額
1
H12.6.30
100,000
0.18
100,000
2
H12.7.3
100,000
0.18
4
196
196
200,000
0
0
3
H12.7.8
100,000
0.18
5
491
687
300,000
0
0
4
H12.8.1
11,000
0.18
24
3,540
0
293,227
0
0
5
H12.9.6
10,000
0.18
36
5,191
0
288,418
0
0
6
H12.9.18
10,000
0.18
12
1,702
0
280,120
0
0
7
H12.9.26
10,000
0.18
8
1,102
1,102
290,120
0
0
8
H12.10.16
10,000
0.18
20
2,853
0
284,075
0
0
9
H12.11.24
10,000
0.18
39
5,448
0
279,523
0
0
10
H12.11.29
110,000
0.18
5
687
687
389,523
0
0
11
H12.12.26
10,000
0.18
27
5,172
0
385,382
0
0
12
H13.2.2
12,000
0.18
38
7,219
0
380,601
0
0
13
H13.3.12
12,000
0.18
38
7,132
0
375,733
0
0
14
H13.4.11
12,000
0.18
30
5,558
0
369,291
0
0
15
H13.5.24
12,000
0.18
43
7,830
0
365,121
0
0
16
H13.6.29
12,000
0.18
36
6,482
0
359,603
0
0
17
H13.8.3
12,000
0.18
35
6,206
0
353,809
0
0
18
H13.9.17
12,000
0.18
45
7,851
0
349,660
0
0
19
H13.10.23
12,000
0.18
36
6,207
0
343,867
0
0
20
H13.12.14
15,000
0.18
52
8,818
0
337,685
0
0
21
H14.2.1
15,000
0.18
49
8,159
0
330,844
0
0
22
H14.3.26
15,000
0.18
53
8,647
0
324,491
0
0
23
H14.5.15
15,000
0.18
50
8,001
0
317,492
0
0
24
H14.7.2
15,000
0.18
48
7,515
0
310,007
0
0
25
H14.8.26
16,000
0.18
55
8,408
0
302,415
0
0
26
H14.10.11
15,000
0.18
46
6,860
0
294,275
0
0
27
H14.11.15
15,000
0.18
35
5,079
0
284,354
0
0
28
H14.12.30
20,000
0.18
45
6,310
0
270,664
0
0
29
H15.2.13
15,000
0.18
45
6,006
0
261,670
0
0
30
H15.3.14
12,000
0.18
29
3,742
0
253,412
0
0
31
H15.4.15
15,000
0.18
32
3,999
0
242,411
0
0
32
H15.5.12
12,000
0.18
27
3,227
0
233,638
0
0
33
H15.6.11
12,000
0.18
30
3,456
0
225,094
0
0
34
H15.7.25
12,000
0.18
44
4,884
0
217,978
0
0
35
H15.8.12
12,000
0.18
18
1,934
0
207,912
0
0
36
H15.9.12
15,000
0.18
31
3,178
0
196,090
0
0
37
H15.10.14
15,000
0.18
32
3,094
0
184,184
0
0
38
H15.11.12
15,000
0.18
29
2,634
0
171,818
0
0
39
H15.12.12
12,000
0.18
30
2,541
0
162,359
0
0
40
H16.1.16
15,000
0.18
35
2,798
0
150,157
0
0
41
H16.2.13
15,000
0.18
28
2,067
0
137,224
0
0
42
H16.3.12
15,000
0.18
28
1,889
0
124,113
0
0
43
H16.4.15
15,000
0.18
34
2,075
0
111,188
0
0
44
H16.5.12
15,000
0.18
27
1,476
0
97,664
0
0
45
H16.6.11
15,000
0.18
30
1,440
0
84,104
0
0
46
H16.7.14
15,000
0.18
33
1,364
0
70,468
0
0
47
H16.8.16
15,000
0.18
33
1,143
0
56,611
0
0
48
H16.9.16
15,000
0.18
31
863
0
42,474
0
0
49
H16.10.16
15,000
0.18
30
626
0
28,100
0
0
50
H16.11.18
10,000
0.18
33
456
0
18,556
0
0
51
H16.12.15
15,000
0.18
27
246
0
3,802
0
0
52
H17.1.12
15,000
0.18
28
52
0
-11,146
0
0
53
H17.2.14
15,000
0.18
33
0
0
-26,146
-50
-50
54
H17.3.14
15,000
0.18
28
0
0
-41,146
-100
-150
55
H17.4.13
8,000
0.18
30
0
0
-49,146
-169
-319
56
H17.5.13
10,000
0.18
30
0
0
-59,146
-201
-520
57
H17.6.15
15,000
0.18
33
0
0
-74,146
-267
-787
58
H17.7.13
6,000
0.18
28
0
0
-80,146
-284
-1,071
59
H17.8.15
10,000
0.18
33
0
0
-90,146
-362
-1,433
60
H17.9.13
10,000
0.18
29
0
0
-100,146
-358
-1,791
61
H17.10.25
6,000
0.18
42
0
0
-106,146
-576
-2,367
62
H17.11.18
6,000
0.18
24
0
0
-112,146
-348
-2,715
63
H17.12.12
6,000
0.18
24
0
0
-118,146
-368
-3,083
64
H17.12.13
190,000
0.18
1
0
0
68,755
-16
0
65
H17.12.21
10,000
0.18
8
271
271
78,755
0
0
66
H17.12.23
30,000
0.18
2
77
348
108,755
0
0
67
H18.1.15
12,000
0.18
23
1,233
0
98,336
0
0
68
H18.1.24
50,000
0.18
9
436
436
148,236
0
0
69
H18.2.13
12,000
0.18
20
1,463
0
138,235
0
0
70
H18.3.19
12,000
0.18
34
2,317
0
128,552
0
0
71
H18.3.21
10,000
0.18
2
126
126
138,552
0
0
72
H18.3.24
10,000
0.18
3
204
330
148,552
0
0
73
H18.5.11
16,000
0.18
48
3,516
0
136,398
0
0
74
H18.6.15
12,000
0.18
35
2,354
0
126,752
0
0
75
H18.6.23
10,000
0.18
8
500
500
136,752
0
0
76
H18.7.22
12,000
0.18
29
1,955
0
127,207
0
0
77
H18.7.29
4,000
0.18
7
439
439
131,207
0
0
78
H18.8.21
12,000
0.18
23
1,488
0
121,134
0
0
79
H18.9.12
20,000
0.18
22
1,314
0
102,448
0
0
80
H18.10.17
15,000
0.18
35
1,768
0
89,216
0
0
81
H18.11.14
15,000
0.18
28
1,231
0
75,447
0
0
82
H18.12.16
12,000
0.18
32
1,190
0
64,637
0
0
83
H19.1.19
374,000
0.18
34
1,083
0
-308,280
0
0
84
H19.3.19
0
0
0.18
59
0
0
-308,280
-2,491
-2,491
*本計計算書中の利率0.18は18%のことです。