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諫早簡易裁判所 昭和51年(ハ)58号 判決 1978年4月28日

原告

松浦八郎

右訴訟代理人弁護士

中原重紀

被告

田中源六

右訴訟代理人弁護士

山下誠

主文

(一)  諫早市栄田名字下打越九三六番一一

雑種地二五三㎡のうち

別紙図面に表示する⑤⑥⑥'⑤の各点に相当する実地を直線をもって結ぶ範囲内の土地(三・〇四㎡)が原告の所有であることを確認する。

(二)  被告は原告に対し、金二四万円およびこれに対する昭和五一年一月一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  原告のその余の請求はこれを棄却する。

(四)  訴訟費用は、三分の一を原告の負担とし、三分の二を被告の負担とする。

(五)  この判決は第(二)項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、双方の求めた判決

一、原告の請求の趣旨

(一)  諫早市栄田名字下打越九三六番一一

雑種地二五三㎡のうち

別紙図面に表示する⑤⑥⑥'⑤の各点に相当する実地を直線で結ぶ範囲内の土地が原告の所有であることを確認する。

(二)  被告は右土地内の構築物(石垣)を撤去したうえ、原告に対し、右土地を明渡せ。

(三)  被告は原告に対し、金二四万円およびこれに対する昭和五一年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は被告の負担とする。

および第(三)項については、仮執行の宣言を付せられたし。

二、被告の答弁の趣旨

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、双方の主張

一、原告の請求の原因

(一)  原告は、訴外山下将能から昭和四四年一〇月三一日、諫早市栄田名字下打越九三六番一一、雑種地二五三㎡を買受けて、所有権を取得したが、別紙図面に表示する⑤⑥⑥'⑤の各点に相当する実地を直線で結ぶ範囲内の土地(以下「本件係争地という)は、原告の所有にかかる前示九三六番一一の土地に含まれるものである。

(二)  ところが、昭和五〇年八月二一日ごろ、被告は、原告の右所有土地に接する境界線に石垣を構築するについて、原告の立会を求めてきたので、同月二二日、原告は自己の三男松浦二郎を原告の代理人として、右現場に立会わせ、被告所有地と原告所有地との境界線は別紙図面に表示する⑤⑥'の各点に相当する実地(以下関係地点を符号のみで略記する)を直線で結ぶ線であると指示させたにもかかわらず、被告は故意または重大なる過失により、その直後ごろ、右境界線を越えて、原告の所有である本件係争地に石垣を構築して、原告の所有権を侵害している。

(三)  よって、原告は被告に対し、前示立会いの際、原告の代理人である松浦二郎が境界線として指示した⑥'の線まで、被告の石垣を後退させるように、そのころ申入れたが、被告は、原告主張の境界線は別紙図面表示の⑤⑥の線であると主張して譲らず、本件係争地に対する原告の所有権を争い、本件係争地を原告に引渡そうとしない。

(四)  原告は、本件係争地に対する被告の故意または重大な過失に基づく前示不法占有により金二四万円を下らない慰藉料相当の精神的苦痛を受けている。すなわち、被告は別紙図面表示の本件境界線⑤⑥'点間一五・二mにわたり、不法に侵入しているため、原告住宅の台所および風呂場は、その出入通行に多大の不便を与えており、かつ便所の汲取り口も、被告の右不法侵入により便所の下に設けざるをえない構造を強いられ、これが汲取りに際し、甚だ難儀を与えているものである。被告の右不法行為に因り原告の蒙っている毎日の生活上不自由と精神上の苦痛は、これを慰藉するには金二四万円でも少いくらいと思料するので、被告に対し、右慰藉料として金二四万円および被告の右不法行為の後である昭和五一年一月一日より完済まで、民法所定の年五分の遅延損害金を付加して、支払を求めるものである。

二、請求の原因に対する被告の答弁

(一)  原告主張の請求の原因第(一)項中、本件係争地が原告の所有地に属することは否認するが、その余の事実は認める。

(二)  昭和五〇年八月三日に、被告が本件係争地内に石垣を構築し、右土地を占有している事実は認めるが、その余の原告の主張事実は否認する。すなわち、本件境界線は別紙図面に表示の⑤⑥の両点を結ぶ線であり、本件係争地は、被告の所有にかかる諫早市栄田名字下打越九三六番二、畑四〇九㎡の一部であるから、被告は原告の所有権を侵害しているものではない。

(三)  同第(三)(四)項の原告の主張は争う。

(四)  (抗弁)

仮りに,原告所有地と被告所有地の境界線が、別紙図面に表示する⑤⑥'の線が真実であるとするも、左記のとおり、原告の本訴請求は権利の濫用として許されないものである。

(イ)元来、本件境界は甚だ判りにくいものであったのみならず、鑑定人西野直行の鑑定の結果によるも、被告構築の石垣が原告所有地に侵入している面積は、約三㎡すなわち測量誤差を考慮すれば二・二七㎡の僅少部分にすぎないのであって、しかも、その侵入部分は傾斜をなす石垣の根石の外縁線なので、原告の損害は甚だ軽微というべきである。被告は、本件石垣を昭和五〇年八月三日に築造したのであるが、その際、被告は原告に酒を持参し、石垣築造の了承を求めたところ、原告もこれを了承した。その後、被告は、右石垣の東側上部に現在居住中の家屋を建築することとし、同年一〇月一八日に、その建家をしたのであるが、原告は同月二五日、突然、被告に対し、右石垣が境界線を越えて、原告所有地に侵入しているとの理由で、本件係争地内の石垣の撤去を要求したものであるが、右要求が、被告の石垣築造工事中になされておれば被告も本件境界線につき、検討することができ、右石垣工事を中止することも可能であったはずであるが、原告の要求が遅れたため、今日の事態に至ったものであり、右要求の遅延につき原告の過失も否定し難いものがある。

(ロ) 被告は、右石垣工事費としてすでに金八〇万円を支出しているが、これは被告の長男田中薫が工事の手伝をしたため減額されたものであって、本来の右石垣工事費の見積額は一〇〇万円であった。もしも、原告の本訴請求が認容されることになれば、被告は、現在の石垣の撤去および石垣の再築工事をしなければならないが、人夫賃の上昇や材料費の昂騰等を考慮すれば、これらに要する費用は右見積額の数倍を要することは明らかであり、しかも、その工事方法は多大の危険と困難を伴い、且つ、右石垣上部に建設してある被告居住家屋の存立にも多大の影響を及ぼすことが明らかである。

(ハ) 本件土地附近の時価額は、土地一坪当り一〇万円程度であるところ、本件訴訟提起後、原被告間でなされた和解折衝に際し、被告は本件侵入部分の買取りを希望し、その買受価額につき、右土地の時価額に多少の増額を考慮していたところ、原告から提示された額は、約一〇〇万円を原告に支払えとの条件であった。右金額には、石垣の存在により原告の蒙った損失補償的性格と侵入土地に対する使用料を含むものであったが、侵入土地の所有権はあくまで原告に留保するということを骨子としたものであったため被告はこれに応ずることができず右和解折衝は打切りとなった。

(ニ) 以上、本件石垣築造前後の事情を考察し、他方本件石垣の存在による原告の蒙る不利益(逆にいえば、右石垣の撤去により、原告にもたらされる利益)と、右石垣撤去により被告の蒙る損失とを彼此比較衡量し、かつ、前示和解折衝に際し、原告より提示した条件とを綜合考慮するときは、右石垣の撤去を求むる原告の本訴請求は権利の濫用とし許されないといわねばならない。

三、権利の濫用の抗弁に対する原告の反ばく

被告は、原告の本訴請求は権利の濫用として許されない旨抗争するが、被告は権利の濫用を主張しうべき地位にない者である。

(イ)  本件係争土地に対する被告の侵入部分は、僅かに約三㎡にすぎず、原告の損害は甚だ軽微である旨、被告は主張するが、その侵入区間は、別紙図面表示の⑤~⑥'点間、長さ一五・二mにわたり、原告の家屋の構造上、台所風呂場への通路として、出入口利用上必要欠くべからざる重要部分に該当し、単なる面積上の数字だけで、原告の損害を軽微ということはできないものである。

(ロ)  本件石垣築造に当り、原被告間において⑤~⑥'線を境界とすることに、双方協定し、被告においては、この境界線の内側に石垣を築造することとなっていたにもかかわらず、⑥点に、分筆測量時のものと思われる木杭が残っていたとして、原被告間において確認した境界線を越えて本件石垣を築造したものであって、もしも、被告が主張するように、⑥点に木杭が出てきたとして、これに境界線を変更するには、被告は、その境界線変更につき原告に立会いを求め、原告の了承をうべき筋合であるのに、被告は、自己が尽すべき義務を一切していないものである。当時、原告は被告方より約一〇mを隔つる近所に居住していたものであり、「原告を現場に呼ぶのは気の毒であった」との被告の釈明は到底納得し難いものである。

(ハ)  結局被告は、当事者間で取決めた境界線を故意に動かし、これを無視して、現在の位置に石垣を築造しているのみならず、原告が自己の住宅を建築するに際しては、その建築の請負者に対し、被告は、原告の建物の軒先が被告所有地に侵入している等種々苦情を申入れたため、原告において、本件境界を調査したところ、被告の石垣が原告所有地に侵入していることが判明したものであり、原告の本訴請求に対し、被告は、権利の濫用の抗弁をもって、対抗しうべき筋合ではないというべきである。

第三、証拠<省略>

理由

一、(所有権確認および構築物(石垣)の撤去請求について)

(一)  <証拠省略>を綜合すれば、本件係争地のうち、別紙図面に表示する⑤⑥⑥'⑤の各点を直線で結ぶ範囲内の土地は、原告の所有に属する諫早市栄田名字下打越九三六番一一雑種地二五三㎡の一部に該当し、原告の所有であることを肯定することができる。

しかしながら、本件係争地のうち、右認定部分以外の土地が原告の所有に属することを認めるに足る証拠はない。

(二)  本件係争地のうち、別紙図面に表示する⑤⑥⑥'⑤の各点を直線で結ぶ範囲内の土地に、被告が石垣を構築し、右土地を占有していることは、被告において認むるところであるから、特段の事由がない限り、被告は、原告の所有権を侵害している右係争部分の石垣を撤去して、原告に対し、右部分の土地を明渡すべき義務があり、且つ、被告は、本訴において右土地についての原告の所有権を現に争っているので、これが確認を求める原告の訴は、その利益があるというべきである。

(三)  (被告の抗弁について)

(1) 被告は、本件係争地につき、原告の所有権が認められるとしても、原告の本訴請求は権利の濫用として許されない旨抗争するので検討するに、<証拠省略>を綜合すれば、被告において石垣を構築し、原告所有地を不法占有している部分は、長さ一五・二mにわたり、最大巾四〇cmであり、その面積は三・〇四㎡にすぎず、しかも傾斜している石垣の根石の外縁線であるため、被告の右不法占有により原告の損害は比較的軽微と認められる。一方、被告において、右侵入部分の石垣を撤去したうえ、さらに、石垣を再築する(被告所有の前示土地の地形上石垣の再築は不可欠と認められる)には、総工費として、一〇〇万円は下らないことが認められ、しかも、右撤去および再築をなすには、原告所有地の使用は避けえられないのみならず、その工法は甚だ困難であり、その工事中には、折角新築した被告の住宅の存立のみならず、原告の住宅すら毀損の危険のあるような情況に在ることが認められる。

(2) そもそも、被告の右窮状を招いたのは<証拠省略>を綜合すれば、原告において、反ばく主張するとおり、被告側の故意または重大な過失に基因するものであり、侵入部分に対する石垣の撤去を求むる原告の請求を権利の濫用として被告から抗弁することは信義則上からも甚だうべない難いところである。

(3) しかしながら、民法第二三四条の規定を検討してみるに、同条は本来、相隣する敷地内に建てる建物についての制限規定であり、同条第二項は、境界線を越える建物には適用すべきでないことを原則とすべきではあるが、すでにできあがった建物を取り壊すような請求は、「私権は公共の福祉に遵う」との民法第一条の法意からも、無制限に認めるべきではないし、権利濫用の法理や占有保持の訴に関する制限規定だけでは、うまく処理できない場合には、右二三四条第二項の類推適用もやむをえないというべきであると当裁判所は解するものである(川島武宜編集注釈民法(7)物権(2)二六五頁参照)。

本件の場合は、侵入物件は建物ではなく、石垣である点において、右規定の類推適用は、さらに困難度を加えるのではあるが、前示認定の原被告双方の諸般の事情を綜合考案するときは、本件の場合においても、民法第二三四条第二項の規定に準じ、原告に対し、損害賠償の請求のみを認め、構築物(石垣)撤去の請求は許さないのを相当と考えられるから、被告の権利濫用の抗弁はこれをそのまま採用することは相当でないが、右石垣の撤去請求を許すべきでないとする点において、被告の抗弁はその理由があるというべきである。

さすれば、原告は、右石垣撤去請求に代わる相当額の損害賠償の請求を被告に対し求めうべき筋合となるが、原告は予備的にも、これが損害賠償の請求をしていないので、民事訴訟法第一八六条の関係上、被告に対し、その損害の支払を命ずるに由なきものである。

二、(慰藉料の請求について)

前掲各証拠を綜合すれば、原告主張の請求の原因第(四)項の事実は、全部これを肯定するに足り、原告の右主張事実によれば、被告は原告に対し、慰藉料として金二四万円および、被告の本件不法行為の後である昭和五一年一月一日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を附加して支払うべき義務があるというべきである。

三、以上の理由により、原告の本訴請求のうち主文第(一)(二)項に相当する部分は理由があるのでこれを認容するが、その余は失当として、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条本文を、また、仮執行の宣言については、同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竜田義光)

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