豊島簡易裁判所 昭和54年(ろ)164号 判決 1979年7月13日
主文
被告人は無罪。
理由
一 本件公訴事実は「被告人は、昭和五四年四月一四日午前一時五〇分ごろ、大豊建設株式会社代表取締役畑谷正實が看守する東京都豊島区西池袋三丁目二一番五号小泉電機株式会社本社ビル新築工事建造物内に、故なく侵入したものである」というのである。
被告人の当公判廷における供述及び司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書によると、被告人が右日時に右建造物(以下本件建物という)内に故なく侵入したことは明らかなところであるが、弁護人は本件建物には看守がなされていなかったから刑法一三〇条の建造物侵入罪は成立しないと主張する。
二 ところで、刑法一三〇条の「人ノ看守スル」とは、人が事実上管理・支配しているという意味で、みだりに他人の侵入することを防止するに足る物的設備または人的配置のあることをいうものと解すべきである。
これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
本件建物は、南側が公道に面した間口二一メートル、奥行東側二一メートル、西側一二メートルの四角形の鉄筋コンクリート造、地上六階、地下一階のビルで、本件当時、工事は九〇パーセント前後完成し、若干の取付工事等を残す程度となっていた。そして、一階部分については、間口二一メートルのうち、西側の四・五メートルが階上へ通ずるエントランスホールへの出入口で、それ以外の部分は一階の大部分を占める倉庫、パイプ置場、駐車場(以下倉庫等という)の出入口となっていて、建物内に車の出入りができるよう設計されているため、道路に向って広く入口が開かれており、またエントランスホールと右倉庫等との間はコンクリート壁によって完全にしゃ断されている。
しかして、被告人が侵入したとされているのは、本件建物内の右倉庫等の部分であるが、本件当時は、本件建物の間口部分に設置されていた鉄板の囲いは既に撤去され、倉庫等の出入口に取付ける予定のシャッターはまだ取付が行われていない階段で、右出入口には侵入防止のための柵を設けるとか、シートを張るとかといった物的設備は全くなされてなく、道路に向って広く開かれた入口から、人は通常の歩行によって自由に本件建物内の倉庫等に立入ることができるような状態になっており、みだりに他人の侵入するのを防止するに足る物的設備は設けられていなかった。
また、看守者である大豊建設株式会社代表取締役畑谷正實は、本件当時は、作業が終った前日の午後一一時ごろ以降、本件建物について守衛、警備員等を置くとか、警備会社等第三者に監視を依頼するとかの措置も取ってなく、全く無人の状態で、みだりに他人の侵入するのを防止するための人的配置をしていたわけでもなかった。
三 この点につき、検察官は、犯行前日は午後一一時まで作業をし、犯行日は午前六時に出勤する状況にあり、その間無人であったとしても一階には電灯が点灯されており、一見して作業中であることが明白な状況にあっては、無人であることをもって看守がないものとは言い得ない、かつ、防犯・防災ベルを設置しており、人の看守する建造物であることは明白であると主張する。
たしかに、《証拠省略》によると、犯行前日は午後一一時ごろまで作業をし、犯行当日の午前六時ごろには下請の作業員が出勤することになっていたこと、倉庫等には左官道具や残材等が置いてあり、工事中であることが一見して判る状況にあったことが認められるが、本件建物に電気が点灯されていたことは、これを認めるに足る証拠がない。かかる状態において、夜間七時間も継続して、道路に面した前記の如き倉庫等の出入口を閉鎖することもなく、無人状態のまま事実上放置しておいた場合まで、看守していたとするのは行過ぎである。
また、《証拠省略》によると、本件建物の各階の天井には火災報知器を、一階のエントランスホール入口には防犯ベルを設置し、作動可能の状態にあったことが認められるが、火災報知器は他人の侵入を防止するものではないので、これをもって看守しているということはできないし、防犯ベルを設置したエントランスホールには被告人は立入っておらず、そこは被告人の立入った倉庫等とはコンクリート壁によって完全にしゃ断されており、右防犯ベルは被告人の立入った倉庫等に対する監視装置ということはできない。
四 以上のとおりであって、この状態である限り、本件建物一階の倉庫等の部分については、これを目して刑法一三〇条にいわゆる看守があるものとはなし難い。したがって、被告人の右倉庫等に立入った行為をもって、直ちに同条の建造物侵入罪を構成するとみることはできず、罪とならないから刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。
(裁判官 箱田敏之)