豊橋簡易裁判所 昭和63年(る)28号 決定 1988年7月21日
主文
本件申立を棄却する。
理由
第一 本件申立の趣旨及び理由は、申立人提出の準抗告申立書と題する書面に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
第二 当裁判所の判断
一1 本件記録及び名古屋地方裁判所豊橋支部昭和五九年(わ)第二四六号、第二七三号、被告人Aに対する収賄被告事件並びにBに対する贈賄被告事件(以下本件確定記録という。)の各記録によれば次の事実が認められる。
(一) 申立人は、現在審理中の名古屋地方裁判所豊橋支部昭和五九年(わ)第二四六号、第二七三号、被告人Aに対する収賄被告事件の弁護人である。
(二) 右被告事件において名古屋地方検察庁豊橋支部検察官は、昭和六三年五月一八日付け証拠調請求書をもって同被告人に現金を供与したとするBの検察官に対する供述調書三通の取調を請求した。
(三) 右検察官の取調請求に対し、申立人は、同被告人の弁護人として同年七月六日午後一時三〇分の公判期日に意見を述べるために右Bの司法警察員に対する供述調書その他の捜査資料等を検討する必要があるとして検察官に対し、これらにつき開示を求めたが、開示がなされないので同月一日豊橋区検察庁検察官に対し、本件確定記録(ただし同記録中の検面調書を除く。)の閲覧を請求した。
(四) 右請求に対して検察官は同月四日申立人に対し「検察庁の事務に支障がある。」との理由をもって不許可の処分をした。
(五) 右の「検察庁の事務に支障がある。」とは、具体的には、申立人が閲覧を求める本件確定記録は、Bについて略式命令を請求するに際して裁判所に対し証拠として提出されたものであるところ、本件確定記録中には、右Bといわゆる対向犯となる被告人Aに対する収賄被告事件と関連共通する証拠であって、同被告事件の公判において未だ検察官が取調請求をしておらず、従って右被告人Aの弁護人である本件申立人に開示されていないものが不可分的に含まれていることから、検察官は、現段階において、申立人に本件確定記録を閲覧させることは前記Aの被告事件の公判に不当な影響を及ぼすおそれがあるものであるとしたものである。
2 ところで刑事確定訴訟記録法一条は、刑事被告事件にかかる訴訟の記録の訴訟終結後における保管、保存及び閲覧に関し、必要な事項を定めることを目的とする旨を明示し、同法四条一項は「保管検察官は請求があったときは、保管記録(刑事訴訟法五三条一項の訴訟記録に限る。次項において同じ。)を閲覧させなければならない。ただし、同条一項ただし書に規定する事由がある場合は、この限りでない。」と規定しているところからみると、同法は明らかに刑事訴訟法五三条一項が規定する一般公開の制度を前提としてその事務手続上の手法、基準等の実施手続を定めたものと解せられる。そして、刑事訴訟法五三条一項ただし書の「検察庁の事務に支障があるとき」の中には、検察庁において、裁判の執行、証拠品の処分等検察官の事務を遂行するために訴訟記録を使用している場合等、訴訟記録を閲覧させることにより検察庁において事務を遂行する上で支障が生じる場合のほか、訴訟記録を閲覧させることが公判に不当な影響を及ぼす場合も含まれるものと解するのが相当である。
3 以上を前提に考えるに、一般に通常裁判の手続においては、手持ちの証拠を相手方当事者に対して開示するか否かは刑事訴訟法の規定するところにより、先ず訴訟当事者の判断に任されており、次いで裁判所の裁量権の行使によって決せられるべきものであるから本件確定記録を申立人自らの訴訟手続に利用するための閲覧を許す結果として、公判に不当な影響を及ぼすおそれが予想される場合には、当事者主義の建前をとる刑事訴訟法の趣旨から検察官には閲覧させないことが許されるものと判断される。したがって、閲覧を不許可とした検察官の処分は相当であるといわなければならない。
二 また本件確定記録によればBの前記贈賄被告事件については略式命令が発布され、同命令は昭和五九年一一月一四日確定したもので、事件終結後三年を経過しており、刑事確定訴訟記録法四条二項二号の制限事由に該当するが、申立人は本件確定記録事件の訴訟関係人ではなく、閲覧につき正当な理由があることの疎明もない。故に、この点からも本件確定記録の閲覧を不許可とした検察官の処分は相当であるといわなければならない。
三 更にまた、申立人は、検察官の閲覧不許可処分の理由が不明確であると主張するが、刑事確定訴訟記録法施行規則八条三項は、保管検察官は保管記録の閲覧をさせないときは、閲覧の請求をした者に対し、その旨及び理由を書面により通知するものとする旨規定しており、なお刑事確定訴訟記録法八条によれば、閲覧請求をした者は保管検察官の処分に対して裁判所に不服の申立をすることができるとされているところから前記通知に際し、保管検察官がいかなる理由により閲覧させないこととしたのか判断することができる程度の具体的理由を付する必要があるものと解せられるが、本件において検察官より申立人になされた閲覧不許可通知書には「検察庁の事務に支障がある」との閲覧拒否の理由が示されており、右の程度の記載があれば裁判所に対して不服申立をするか否かにつき判断するに支障はないものといえるから右主張もまた理由がない。
よって本件申立は理由がないので刑事確定訴訟記録法八条二項、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 岸上保男)
<以下省略>