那覇地方裁判所 平成10年(ワ)815号 判決 2001年11月30日
第1事件原告 知花昌一
第2事件原告 有銘政夫 ほか6名
第1・第2事件被告 国
代理人 齊木敏文 杉浦徳宏 築雅子 竹中章 宮本典幸 椎葉一仁 石川裕一 三井賢 西郷雅彦 桑野順一 中尾隆三 瑞慶山良宗 米澤和則 松本広次 島袋和夫 大城進 丸田賢一 小岩井利恵 ほか26名
主文
1 第1事件被告は、第1事件原告に対し、47万9671円を支払え。
2 第1事件原告のその余の請求及び第2事件原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1事件原告に生じた費用及び第1・第2事件被告に生じた費用の2分の1は、これを5分し、その1を第1・第2事件被告の負担とし、その余を第1事件原告の負担とし、第2事件原告らに生じた費用及び第1・第2事件被告に生じた費用の2分の1は、第2事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 第1事件
第1事件被告(第2事件被告、以下、一括して、「被告」という。)は、第1事件原告(以下「原告知花」という。)に対し、247万9671円及び内200万円に対する平成9年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
(1) 第2事件原告らと被告との間で、被告が、別紙物件目録記載2ないし11の土地(以下、一括して「本件第2土地」という。)について、賃借権などこれを占有すべき正当な権原を有しないことを確認する。
(2)イ 被告は、第2事件原告有銘政夫(以下「原告有銘」という。)に対し、313万5971円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載2の土地を明け渡すまで年82万5282円の割合による金員を支払え。
ロ 被告は、第2事件原告眞榮城玄徳(以下「原告眞榮城」という。)に対し、5112万2967円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載3ないし6の土地を明け渡すまで年1345万3840円の割合による金員を支払え。
ハ 被告は、第2事件原告池原秀明(以下「原告池原」という。)に対し、2万5881円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載7の土地を明け渡すまで年6811円の割合による金員を支払え。
ニ 被告は、第2事件原告大城保英(以下「原告大城」という。)に対し、2万5881円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載7の土地を明け渡すまで年6811円の割合による金員を支払え。
ホ 被告は、第2事件原告宮城正雄(以下「原告宮城」という。)に対し、4213万5992円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載7ないし9の土地を明け渡すまで年1115万7789円の割合による金員を支払え。
ヘ 被告は、第2事件原告島袋善祐(以下「原告島袋」という。)に対し、870万8694円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載10の土地を明け渡すまで年228万8742円の割合による金員を支払え。
ト 被告は、第2事件原告津波善英(以下「原告津波」という。)に対し、311万7376円及び平成13年5月15日から別紙物件目録記載11の土地を明け渡すまで年83万2283円の割合による金員を支払え。
(3) 被告は、第2事件原告らそれぞれに対し、金100万円及びこれに対する平成9年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件第1事件は、原告知花が、在沖縄米軍の楚辺通信所施設(通称「象のオリ」)の用地内に所有し、従前は被告との間で賃貸借契約が存続していた別紙物件目録記載1の土地(以下「本件第1土地」という。)について、<1>従前の賃貸借契約の期間満了日の翌日である平成8年4月1日から平成9年4月24日(平成9年4月23日法律第39号「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の一部を改正する法律」―以下「改正特措法」という。―15条及び同法附則2項に基づいて被告が担保の提供を行った日)までの被告の本件第1土地の占有は占有権原なくしてされたものであることを根拠とする、不法行為又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(賃料相当損害金及び慰藉料)、<2>平成9年4月25日から平成10年9月2日(沖縄県収用委員会による使用裁決の定めた権利取得日の前日)までの被告の第1土地の占有は占有権原なくしてされたものであることを根拠とする、不法行為又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(賃料相当損害金及び慰藉料)、<3>改正特措法が憲法に違反するものであることを前提とし、改正特措法の制定により第1事件原告は精神的苦痛を受けたとして、改正特措法を立法した国会議員の立法行為につき、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰藉料)、<4>原告知花が被告により本件第1土地の立ち入りを妨害されたことについて申立てを余儀なくされた立ち入り妨害禁止等仮処分命令申立事件(当庁平成8年(ヨ)第56号)の弁護士費用(または本件訴訟の弁護士費用)、同事件において提出した鑑定意見書作成費用、被告に対して本件第1土地の従前の賃貸借契約満了日前に送付した内容証明郵便代の総合計額363万0891円(賃料相当損害金112万2782円から損失補償として支払われた金額64万3111円を控除した残額47万9671円と慰藉料合計200万円、弁護士費用100万円、鑑定書作成費用15万円、内容証明郵便費用1220円)の一部である247万9671円及びこのうち慰藉料請求部分200万円に対する改正特措法施行日以降の遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告が、<1>被告の占有は「公権力の行使」によるものであって、民法709条の適用はなく、<2>占有権原のない占有も直ちに国家賠償法上「違法」と評価されるものではない、また、<3>改正特措法は憲法に反するものではなく、その立法行為には違法はないし、改正特措法の定める手続に従ってされた被告の占有は適法な占有である、<4>平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有については、被告(那覇防衛施設局長)は平成10年6月22日に47万9671円を供託し、平成9年4月25日から平成10年9月2日までの占有については、64万3111円を原告知花の指定した銀行口座に振り込む方法により支払った、旨各主張し、<5>予備的に仮処分の弁護士費用、鑑定意見書作成費用、内容証明郵便代については消滅時効を援用して争っている事案である。
本件第2事件は、いずれも在沖縄米軍施設用地(嘉手納飛行場の一部、普天間飛行場の一部、キャンプ・シールズの一部及び牧港補給地区の一部)であり、従前から改正特措法による改正前の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下「改正前の特措法」という。)に基づいて昭和62年2月24日にされた沖縄県収用委員会の使用裁決に基づいて被告が占有し、使用期間満了日の翌日である平成9年5月15日からは、改正特措法15条及び同法附則2項に基づいて被告が占有する本件第2土地の所有者である第2事件原告ら(各原告らとその所有土地の対応関係は後記「前提事実」欄に記載のとおり)が、改正特措法が憲法に違反する無効なものであることを前提として、<1>被告の占有が占有権原のないものであることの確認、<2>被告の占有が占有権原のないものであることに基づく、不法行為又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(平成9年5月15日から各土地明渡済みまでの各賃料相当損害金及び慰藉料)、<3>改正特措法を立法した国会議員の立法行為につき、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償(慰藉料―慰藉料額上記<2>と併せて各合計100万円宛)を求めるとともに、<4>上記各慰藉料に対する従前の使用期間満了日の翌日からの遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告が、改正特措法は憲法に反するものではなく、その立法行為に違法はないとして争っている事案である。
1 前提事実(証拠により認定した事実については末尾に証拠を掲記した。その余は当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる事実ないし当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 原告らによる本件各土地の所有
イ 原告知花は、平成6年6月1日、本件第1土地の所有権を父知花昌助から贈与によって取得した。
ロ 原告有銘は別紙物件目録記載2の土地を、原告眞榮城は同目録記載3ないし6の土地を、原告池原は同目録記載7の土地(共有持分138分の4)を、原告大城は同目録記載7の土地(共有持分138分の4)を、原告宮城は同目録記載7の土地(共有持分138分の13)並びに同目録8及び9の土地を、原告島袋は同目録記載7の土地(共有持分138分の69)及び同目録10の土地を、原告津波は同目録11の土地をそれぞれ所有している(<証拠略>)。
(2) 被告による本件各土地の占有及びアメリカ合衆国軍隊への提供
イ 被告は、本件第1土地及び本件第2土地を、沖縄県の日本への復帰以降、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安全保障条約」という。)」6条及び「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(以下「日米地位協定」という。)」2条1項に基づいてアメリカ合衆国軍隊が使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供している。
ロ 上記提供を受けたアメリカ合衆国は、本件第1土地を楚辺通信所の施設用地の一部として、別紙物件目録記載2ないし7の土地を嘉手納飛行場の施設用地の一部として、同目録記載8及び同9の土地を普天間飛行場の施設用地の一部として、同目録記載10の土地をキャンプ・シールズの用地の一部として、同目録記載11の土地を牧港補給地区の用地の一部としてそれぞれ使用している。
(3) 被告の従前の占有権原及び使用期間の満了等
イ(イ) 原告知花の父知花昌助は、昭和51年、被告(那覇防衛施設局)との間で、本件第1土地について、賃借期間を昭和51年4月1日から20年間(平成8年3月31日まで)とする賃貸借契約を締結した。
(ロ) 原告知花は、平成7年11月22日、被告(那覇防衛施設局長)に対し、本件第1土地について新たな賃貸借契約を締結する意思はない旨及び期間満了後は本件第1土地の返還を求める旨を表示し、その後も平成8年3月31日まで、本件第1土地についての賃貸借契約の更新に応じなかった。
(ハ) 被告(那覇防衛施設局長)は、平成7年4月17日、内閣総理大臣に対し、本件第1土地の使用認定を申請し、内閣総理大臣は同年5月9日、改正前の特措法5条に基づいて本件第1土地の使用認定をし、同日付け官報で告示した。また、被告は、平成8年3月29日、沖縄県収用委員会に対し、改正前の特措法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定に基づき、本件第1土地について使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)をした。
しかし、結局、本件第1土地についての使用権原を取得できないまま、従前の賃貸借契約の使用期間満了日である平成8年3月31日は経過した。
(ニ) 被告は、平成8年3月29日、本件第1土地について改正前の特措法14条1項により適用される土地収用法123条の規定に基づいて、沖縄県収用委員会に緊急使用許可の申立てを行ったが、同申立ては、同年5月11日、不許可となった。
(ホ) 上記(ハ)の使用裁決手続は、平成9年4月23日当時、いまだ終了せず、被告は結局、本件第1土地の賃貸借の期間満了日までに本件第1土地についての使用権原を取得することができなかった。
ロ(イ) 沖縄県収用委員会は、改正前の特措法に基づき、昭和62年2月24日、本件第2土地について、使用期間を昭和62年5月15日から10年間(平成9年5月14日まで)とする使用裁決をした。
(ロ) 内閣総理大臣は、平成7年5月9日、改正前の特措法5条に基づいて本件第2土地の使用認定をした。
(ハ) 被告(那覇防衛施設局長)は、平成8年3月29日、沖縄県収用委員会に対し、改正前の特措法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定に基づき、本件第2土地について使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)をした。しかし、結局、平成9年5月14日までに、使用裁決手続は終了しなかった。
(4) 改正特措法の成立及びその内容
平成9年4月17日、改正特措法が成立し、同月23日、平成9年法律第39号として公布され、同日施行された(同法附則1項)。
改正特措法15条1項は、「防衛施設局長は、<1>駐留軍(日本に駐留するアメリカ合衆国の軍隊)の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又はこの法律の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について第5条の規定による認定があったもの(以下「認定土地等」という。)について、<2>その使用期間の末日以前に第14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定による裁決の申請及び第14条の規定により適用される土地収用法47条の2第3項の規定による明渡裁決の申立てをした場合で、<3>当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときは、<4>損失の補償のための担保を提供して、当該使用期間の末日の翌日から、当該使用認定土地等についての明渡裁決において定められる明渡しの期限までの間、引き続き、これを使用することができる。ただし、次の各号に掲げる場合においては、その使用の期間は、当該各号に定める日までとする。」と規定し、ただし書きの各号として、「1 裁決の申請等について却下の裁決があったとき 前条の規定により適用される土地収用法130条2項に規定する期間(裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して30日)の末日(当該裁決について同日までに防衛施設局長から審査請求があったときは、当該審査請求に対し却下又は棄却の裁決があった日)、2 当該認定土地等に係る5条の規定による使用の認定が効力を失ったとき 当該認定が効力を失った日」と規定している。
また、同法15条2項は、同条「1項の規定による担保の提供は、防衛施設局長において、同項の規定による使用(以下「暫定使用」という。)の期間の6月ごとに、あらかじめ自己の見積もった損失補償額(当該見積額が当該認定土地等の暫定使用前直近の使用に係る賃借料若しくは使用料又は補償金の6月分に相当する額を下回るときは、その額とする。)に相当する金銭を当該認定土地等の所在地の供託所に供託して行うものとする。」と規定し、同条4項は、「防衛施設局長は、認定土地等の所有者又は関係人の請求があるときは、(中略)損失の補償の内払として、2項の規定による担保の全部又は一部を取得させるものとする。」と規定している。
さらに、同法16条1項は、「暫定使用によって認定土地等の所有者及び関係人が受ける損失(中略)の補償は、暫定使用の時期の価格によって算定しなければならない。」と規定し、同条2項は、「収用委員会は、認定土地等について明渡裁決をする場合において、当該明渡裁決において定める明渡しの期限までの間に暫定使用の期間があるときは、当該明渡裁決において、併せて暫定使用による損失の補償を裁決しなければならない。」と規定している。
加えて、同法附則2項は、第15条及び第16条の規定につき、「<1>改正特措法の施行の日前において、駐留軍の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又は改正前の特措法の規定により使用されている土地で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について改正前の特措法5条の規定による認定があったものについて、<2>防衛施設局長がその使用期間の末日以前に同法14条の規定により適用される土地収用法39条1項の規定による裁決の申請及び改正前の特措法14条の規定により適用される土地収用法47条の2第3項の規定による明渡裁決の申立てをしていた場合についても適用するものとする。」とするとともに、「改正特措法施行日において従前の使用期間が満了しているにもかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等の暫定使用」につき、暫定使用期間の始期を「当該担保を提供した日の翌日」と規定している。
(5) 被告による担保金の支払
イ 被告(那覇防衛施設局長)は、本件第1土地につき、次のとおり、損失補償額を見積り、損失補償のための担保を那覇地方法務局沖縄支局に供託した(<証拠略>)。
平成9年4月24日 12万5286円
(平成9年4月25日から同年10月24日までの分)
平成9年10月17日 12万6162円
(平成9年10月25日から平成10年4月24日までの分)
平成10年4月8日 12万6762円
(平成10年4月25日から同年10月24日までの分)
ロ 被告(那覇防衛施設局長)は、本件第2土地につき、次のとおり、各期間の損失補償額を見積り、同額を損失補償のための担保として那覇地方法務局沖縄支局に供託した(<証拠略>)。
平成9年5月15日から同年11月14日まで
別紙「暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分)」一覧表の第1回目供託額欄記載のとおり
平成9年11月15日から平成10年5月14日まで
同一覧表の第2回目供託額欄記載のとおり
平成10年5月15日から同年11月14日まで
同一覧表の第3回目供託額欄記載のとおり
平成10年11月15日から平成11年5月14日まで
同一覧表の第4回目供託額欄記載のとおり
平成11年5月15日から同年11月14日まで
同一覧表の第5回目供託額欄記載のとおり
平成11年11月15日から平成12年5月14日まで
同一覧表の第6回目供託額欄記載のとおり
平成12年5月15日から同年11月14日まで
同一覧表の第7回目供託額欄記載のとおり
平成12年11月15日から平成13年5月14日まで
同一覧表の第8回目供託額欄記載のとおり
平成13年5月15日から同年11月14日まで
同一覧表の第9回目供託額欄記載のとおり
(6) 沖縄県収用委員会による使用裁決等
イ 沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地について、次の内容の使用裁決をした(<証拠略>)。
i 権利取得の時期 平成10年9月3日
ii 使用期間 平成10年9月3日から平成13年3月31日まで
iii 土地及び土地に関する所有権以外の権利に対する損失補償 111万4230円
iv 平成9年4月25日から平成10年9月2日までの期間にかかる暫定使用による損失補償 64万3111円
ロ 被告(那覇防衛施設局長)は、上記裁決に従い、平成10年7月17日、原告知花に対し、損失補償金合計175万7341円を同原告の指定した銀行預金口座に振り込む方法により支払った(<証拠略>)。
(7) 原告知花による仮処分申請等
原告知花は、平成8年4月1日、原告知花を債権者とし、被告国を債務者として、本件第1土地の明渡及び同土地への立入りを求める仮処分命令の申立を当庁に対してし(当庁平成8年(ヨ)第56号妨害禁止等仮処分命令申立事件、以下、この仮処分を「本件仮処分」という。)、同年4月26日の審尋期日において、原告知花ほか29名以内の者の本件第1土地への2回の立入りを骨子とする和解が成立した。
その後原告知花は被告に対し本件第1土地の明渡しを求めて本件第1事件を当庁に提起したが、改正特措法が施行され、沖縄県収用委員会が平成10年5月19日に上記のとおり本件第1土地について使用裁決をしたことから、原告知花は本件第1事件の訴えを変更した。
2 争点
(1) 被告の本件第1土地についての平成8年4月1日(従前の賃貸借契約による使用期間終了日の翌日)から平成9年4月24日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日の前日)までの占有の占有権原。
(2) 被告の本件第1土地についての平成9年4月25日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日)から平成10年9月2日(使用裁決による権利取得日の前日)までの間、本件第2土地についての平成9年5月15日(従前の使用裁決による使用期間終了日の翌日)以降の占有の占有権原。
(3) (改正特措法が憲法に違反する法律である場合、)かかる立法をなした国会議員の立法行為につき、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生するか。
(4) 原告知花及び第2事件原告らに生じた損害の有無及び範囲。
3 争点に関する当事者の主張の要旨
(1) 争点(1)について
(原告知花)
イ 仮に、改正特措法に基づいて暫定使用権が創設されるとしても、本件第1土地について改正特措法に基づく担保が提供されたのは平成9年4月24日であるから、暫定使用権が発生するのは翌25日からであり、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の占有は何らの使用権原も存しない不法占拠であり、不法行為又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生することは明らかである。
ロ 楚辺通信所が日本と極東の平和と安全に必要か否かはさておき、被告に日米安保条約上の基地提供義務があるからといって、直ちに、個人に対する所有権侵害が適法となるものではない。
(被告)
イ 被告は、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づき、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾しており、被告の駐留軍に対する同土地の提供及びそれに基づく占有は、公の用に供する行為であるところ、国家賠償法1条にいう「公権力の行使」は、私経済作用及び国家賠償法2条の規定する公の営造物の設置・管理作用を除いたすべての作用を指すから、被告の本件第1土地の占有は「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかである。そして、公権力の行使に該当する行為について民法の適用はないから、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。
ロ 公権力の行使は、元来、国民の権利に対する侵害を当然に内包していると考えられるから、権利侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできず、国家賠償法上の「違法」は、公権力の主体がその行使に当たって遵守すべき行為規範ないし職務義務に違反したか否かによって決するべきである。そうすると、原告知花が所有する第1土地に対する平成8年4月1日から平成9年4月24日までの被告の占有は、占有権原を欠くものではあるが、次のような事情を勘案すれば、国家賠償法上、直ちに「違法」とはいえない。
(イ) 条約上の義務の履行
被告は、アメリカ合衆国に対し、本件第1土地を含む区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負担しているのであり、この義務は、我が国が国内法上当該区域の地権者から使用権原を取得しているか否かにかかわらず存在するものである。そして、憲法98条2項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と定めているから、我が国としては、駐留軍において本件第1土地を含む区域を使用させなければならない条約上の義務を誠実に遵守すべきことを憲法上も要請されている。
(ロ) 楚辺通信所の高度の公共性・重要性
日米安全保障体制は、我が国の安全を確保していくために不可欠であるとともに、アジア太平洋地域の平和と繁栄にとって極めて重要な役割を果たしている上、楚辺通信所は、国家の安全維持のために極めて重要な情報収集のための施設であり、世界的なアメリカ合衆国通信ネット・ワークの不可欠な部分を構成しているところ、本件第1土地を返還することは、同施設の機能を著しく阻害し、ひいては我が国の安全及び極東における国際社会の平和と安全に重大な影響を及ぼすおそれがあった。また、楚辺通信所の通信施設全体を他に移転させることは事実上困難であったし、他方で、楚辺通信所のある区域の面積の約99・96パーセントについては、既に被告がこれを賃借するなどして使用権原を取得しており、使用権原を取得できないでいたのは、わずか約0・04パーセントにすぎない本件第1土地部分のみであった。このように、被告及び駐留軍が本件第1土地を使用する必要性及び重要性は極めて高かった。
(ハ) 使用権原取得の努力及び権原欠缺の一過性
被告は当該区域の地権者から権原を取得するために適正な努力をしていたのであり、権原を取得できていなかったのは当該区域の土地の面積のわずか0・04パーセントを占めるにすぎない原告知花所有の本件第1土地のみであって、同土地についても法的手続を進めており、権原の欠缺は一時的なものとなる可能性が高かった。
(ニ) 本件土地使用に伴う対価支払の用意
被告は、平成8年4月1日以降も本件第1土地の使用を継続する以上、土地使用の対価を適正な鑑定評価に基づき算出した上、支払う用意をしており、原告知花がこの対価相当額を受領する限り、同人に財産的な損害が生じないように配慮していた。
(2) 争点(2)について
(原告ら)
改正特措法15条及び同法附則2項は、次のとおり、憲法に違反する無効な法律であるから、これを根拠とする暫定使用権は発生せず、被告の占有(本件第1土地につき平成9年4月25日から平成10年9月2日、本件第2土地につき平成9年5月15日以降)は、不法占拠であって、不法行為又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生する。
イ 憲法41条に違反することについて
(イ) 憲法41条に基づく国会の「立法」は、一般性(受範者が不特定多数であること)及び抽象性(規制の対象となる場合ないし事件が不特定多数であること)を具備したものでなければならず、特定の者をねらい打ちする立法は、立法権の範囲を超え、憲法上禁止されている。そして、法律が一般的・抽象的性格を有するかどうかは、立法の動機や立法の内容のみならず、制定された法律の適用結果をも考慮して判断すべきである。
(ロ) しかるに、改正特措法15条1項及び同法附則2項の法文自体は、一般的・抽象的な体裁となっているが、在日アメリカ軍基地の現状からは、改正特措法15条1項の適用対象は、現実には沖縄県における未契約地主の土地に限定されることが明らかである上、「使用期間末日になっても必要な権利取得手続が完了していない」という今回と同様の事態が将来においても生ずる可能性は極めて低く(橋本内閣総理大臣も今回の使用権原切れは「さまざま予期しない事件に遭遇」したことによって生じた旨答弁している。)、結局、改正特措法15条1項の適用対象は、本件第2事件原告らを含む平成9年5月15日からの契約を拒否した約3,000人の未契約地主の土地だけに限られるということになる(本件第1土地については後記のとおり同条項が適用されない。)。
そして、改正特措法15条1項は、「当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了していないとき」を要件としているが、「使用期間満了後なお権利取得手続が未了」の場合(本件第1土地の場合)は、端的にいえば、被告が違法に土地を占有している状態を指すものであり、同条項もまた最高法規たる憲法の授権に基づいて制定された以上、かかる状態を予め想定して同条項を成立させたと考えることはできない。すると、かかる場合には、同条項の適用はない。したがって、改正特措法附則2項後段は、確認規定ではなく、かかる場合にも暫定使用を可能とするために創設的に制定された規定であるといわなければならない。
したがって、本件第1土地は改正特措法附則2項後段の規定によってはじめて暫定使用の対象となったというべきであり、かつ、同条項は、同土地だけを適用対象とすることになる。
(ハ) このように、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、受範者が第2事件原告ら未契約地主約3,000人及び原告知花だけに特定されているという意味で個別的であり、また、上記地主らが賃貸借契約を拒否している場合にだけ適用されるという意味で具体的である。特に、同法附則2項後段は、原告知花だけを受範者とし、本件第1土地だけを対象としており、個別的なものである。
したがって、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、憲法41条の「立法」には当たらず、法規範としての効力を持たない。
ロ 憲法29条に違反することについて
(イ) 本件における暫定使用は、憲法29条3項の「公共のために用ひる」の要件を満たさない。
仮に改正前の特措法に基づく土地の強制使用について、それが「公共のために用ひる」といえたとしても、そこから直ちに本件における暫定使用までもが「公共のため」であるとはいえない。本件での暫定使用が「公共のため」といえるためには、少なくとも暫定使用をなすに足りる必要性・緊急性が客観的に明らかであるという場合でなければならない。
しかし、駐留軍基地の使用形態は様々であるから、単に使用認定がなされているというだけでかかる必要性・緊急性があるとはいえない。一旦提供を合意した軍用地についても、当該土地についての使用権原を日本政府が取得し得ない場合には、条約上、提供しないものとすることが可能であり、しかも、当該土地が米軍にとって必要性が極めて弱い場合には十分アメリカ合衆国政府の同意を得ることが可能であるから、使用認定手続が完了しない場合に直ちに日米安保条約の実施上の重大な支障が生じるとはいえない。にもかかわらず、改正特措法15条には暫定使用権を付与する必要性があることを個別に審査・判断する行政判断手続が用意されておらず、財産権制限の仕組みとしては著しく不当である。
また、改正特措法の国会における審議の経過から考えてみても、要するに本件第1土地に対する暫定使用権原の取得の規定(附則2項後段)に関しては、5月14日で期限の切れる他の施設に対し使用権原を取得させる法改正のついでに、この際一気に全ての土地についての使用権原の疑義を解決しておこうとの意向のもとで、挿入されたものと言わざるを得ず、少なくとも本件第1土地について、使用権原をあえて付与する法改正などする必要性・緊急性は全くなかった。また、本件第2土地についても、使用期間の満了は10年前から予測されていたことであり、土地収用法に存する緊急使用裁決制度があるにもかかわらず、被告はこれを利用しておらず、法改正の緊急性はなかった。
(ロ) 暫定使用は「正当な補償」に基づくものではない。
憲法29条3項にいう「正当な補償」は、財産権という憲法上保障された基本的人権を制約する条件であることからは事前にこれをなす必要があると解するべきである。
しかるに、改正特措法は、使用申請者の一方的な判断で決められた見積額を担保として供託することを要件としているのみであり、これが適正な補償とならないことは明らかである。
また、改正特措法15条4項は、「所有者または関係人の請求があるときは、政令で定めるところにより、(中略)損失の補償の内払いとして担保または一部を取得させるものとする。」と規定するが、これでは、いまだ私有財産権の制限のための補償の履行としては不十分である。
ハ 憲法31条に違反することについて
(イ) 憲法31条は、直接的には刑罰を科する場合について規定するが、適正手続の要請は刑罰を科する場合に限定されるものではない。
そして、財産権が憲法の保障する重要な基本的人権であることからは、憲法は、私有財産を制限するに際しては、<1>事前に「告知、弁解、防御の機会」を与えられること、<2>中立的で公正な機関によって判断されること、<3>行政手続内部において、行政判断の違法性の有無及びその妥当性についても再考を求めること(不服申立手続)を保障していると解するべきである。
そして、<1>改正特措法15条によって制限されるのは、土地所有権という財産権の中でも特に保障の必要性が高い権利であること、<2>その制限の程度も暫定的とはいえ使用権という土地所有権の中心的な権利を剥奪するものである上、その期間も、「暫定」とはいうものの、使用裁決申請が収用委員会によって却下された場合においても、防衛施設局長が建設大臣に対して審査請求をなすと、さらに建設大臣が審査請求を却下するまで「暫定的」使用が継続し、建設大臣が裁決を取り消すと、改めて収用委員会が裁決をなすまで「暫定的」使用が継続するものとされており、結局のところ長期間にわたるものであること、<3>沖縄にあっては土地の有効利用は地域社会にとっても必要性が高いものであることからは、適正手続の要請は強い。
しかるに、改正特措法は、<1>土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、<2>収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与し、しかもそこでは、個々具体的に私有財産権の保障と公共の利益との調和を判断するのではなく、一律に暫定使用権を発生させ、さらに、<3>事後の不服申立も一切認めておらず、適正手続を欠くものであることは明らかである。
(ロ) この点、被告は、使用によって達成しようとする「高度の公共性」「緊急性」を強調するが、改正特措法の規定それ自体は、「緊急性」は要件としていない上、実際にも適正手続の保障を不要とすることを正当化するだけの緊急性は何ら存しない。
また、被告は、暫定使用権発生のための要件はいずれもその要件の有無が外形的・客観的に明らかなものであるから土地所有者に対する事前の告知・聴聞は不要であると主張するが、その要件は、いずれも権利を制限される側の事情を最初から全く無視するものである。
(ハ) 法の不遡及原則違反
i 憲法は、近代法の根底に横たわる自明の原理・原則として、刑罰だけでなく、一切の不利益・負担を課すについて、立法以前の事実を理由に、あるいは過去の事実を基礎に不利益・負担を課すことを禁止していると解するべきで、これも31条の適正手続の保障に含まれると解するべきである。憲法39条は、刑事処罰における刑罰不遡及の原則を規定しているが、これは近代社会における自明の原理・原則を歴史の中で最も弊害の大きかった刑事罰について明文化したものであり、その原理・原則は、刑事罰に限定されるものではない。
ii そして、確かに、改正特措法に基づく暫定使用権限の発生自体は、改正特措法施行後であって、それ以前に遡及して発生するものではない。
しかし、そもそも暫定使用権原は、改正特措法によって創設された権原であり、改正特措法と改正前の特措法は、別個の法律である以上、暫定使用権を発生させるためには、改正特措法に基づいて要件を充足する必要がある。そして、改正特措法附則2項は、改正前の特措法によってアメリカ軍に提供されている土地については、改正特措法施行前になされた改正前の特措法5条による使用認定及び14条による裁決申請等をもって、改正特措法5条の使用認定及び14条の裁決申請等がなされたものとみなすことで、改正特措法5条及び14条を施行日以前に遡及的に適用している。
iii また、暫定使用権の付与は、新たな所有権制限という面のみならず、従前の使用権取得時に保障された期間終了後の返還請求権を剥奪するという面を有しており、この面でも法の不遡及原則に違反している。
ニ 憲法95条に違反することについて
憲法95条の趣旨が、一般の法律とは違った特例を特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等な扱いが住民の意に反してなされないようにするということにあることからすれば、当該立法が適用されることによって特定の地域住民が不利益を負う場合には、地方公共団体の組織、権原、運営についての特別立法でなくても、立法に際して住民投票を実施することが必要であると解するべきである。
すると、改正特措法は、沖縄県だけに適用されるものであり、かつ、暫定使用という名目のもと半永久的に土地を強制的に取り上げることを可能にするものであるから、その成立のためには、国会の決議のみならず、沖縄県民の住民投票を実施する必要があった。にもかかわらず、改正特措法は、これを実施せずに公布されたもので、憲法95条に違反する。
(被告)
改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、同法の暫定使用権に基づく占有は適法な占有である。
イ 憲法41条に違反しないことについて
(イ) 原告知花及び第2事件原告らは、改正特措法15条及び同法附則2条は、一般性・抽象性を有しないから、憲法41条の「立法」に該当しないと主張するが、憲法は、法律が常に一般的規範であることまで要求しておらず、個別的・具体的法律も一定の限度までは許されると解するべきである。
(ロ) また、確かに、改正特措法案の提出は、改正前の特措法には、継続して使用する必要がある土地等について、従前の使用期限までに収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかった場合の手当がなかったため、平成9年5月14日をもって従前の使用期間が満了する土地につき、同手続が完了しなかった場合の問題点が顕在化するおそれがあったこと、及び、本件第1土地については、既に平成8年4月1日からその問題点が顕在化していたことから、これらの問題を解消する必要があったことを契機としてはいる。しかし、立法の契機と立法の内容とは別に考えなければならず、改正特措法の適用対象は、沖縄県に限られるものではなく、今後全国において本件と同様の事態が生じれば、同様に適用されることになるのであるから、法文上も、一般的・抽象的性格を有することは明らかである。
(ハ) さらに、そもそも改正特措法附則2項は、同法の施行後において、その施行前になされた使用認定及び裁決の申請等がなお有効に存続していることを要件として、同法の施行日後に従前の合意又は使用裁決による使用期間の末日が到来するものについてはその翌日から、同法の施行日前に従前の合意又は使用裁決による使用期間が満了しているものについては同法の施行後担保の提供をした日の翌日から暫定使用ができることを確認的に明らかにしたものにすぎず、創設的な規定ではない。したがって、たとえ、同法附則2項後段が適用されるのが事実上原告知花所有の本件第1土地のみであっても(同法附則2項自体は、平成9年5月14日に使用期限が切れる約3000人の土地にも適用された。)、憲法違反が問題となる余地はない。
ロ 憲法29条に違反しないことについて
(イ) 憲法29条3項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」と規定しているから、私有財産であっても、「正当な補償の下に」「公共のために」用いるのであれば、同条1項に違反しない。
(ロ) 暫定使用制度は、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。
我が国は、日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めにより、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負う。そして、我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らず、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならない。
そして、改正にかかる暫定使用制度は、内閣総理大臣において引き続き駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断した土地等を対象とする収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しない場合に生ずる日米安全保障条約の実施上の重大な支障を回避するための制度であって、同条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるから、私有財産を「公共のために用ひる」ことに該当する。
(ハ) 暫定使用制度には「正当な補償」がある。
憲法29条3項は、私有財産を公共のために用いるために「正当な補償」を要求しているが、その補償が財産の供与に先立って、又はこれと交換的に同時に履行されるべきであるということまでは規定していない。そして、改正特措法15条及び16条は、事前の「損失の補償のための担保の提供」と事後の「収用委員会の裁決」により土地所有者等が受ける損失を補償することとしており、これら規定が、<1>損失の補償のための担保(金銭)を、その期間の6月ごとにあらかじめ提供(供託)しなければならないこととしていること、<2>土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができることとしていること、<3>暫定使用による損失については、収用委員会が明渡裁決において裁決し、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決による当該土地等の使用開始前に完了しなければならないとしていること、<4>補償額は、使用の時期の価格によって算定しなければならないものとしていることからすると、その補償は憲法29条3項の「正当な補償」として欠けるところはない。
ハ 憲法31条に違反しないことについて
原告知花及び第2事件原告らは、憲法31条は、<1>告知と聴聞の機会を与えられる権利、<2>財産権の制約・収用を求める者とその判断を行う者(機関)とが同一でないこと(中立性の保障)及び財産権の制約・収用を判断する者(機関)が公正であること(公正さの保障)、<3>事後の不服申立手続の存在、<4>法の不遡及原則をそれぞれ保障していると主張するが、次のとおり、原告らの主張はいずれも失当である。
(イ) 行政手続についても、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に憲法31条の保障の枠外にあると判断することは相当ではないが、憲法31条による保障が行政手続に及ぶと解すべき場合であつても、行政手続は、刑事手続とはその性質においておのずから差異がある上、行政目的に応じて多種多様であるから、保障されるべき手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである。
(ロ) これを暫定使用権制度について検討するに、<1>制限される権利は、土地等の所有者がその使用を受忍しなければならなくなるという私益であること、<2>制限の程度も、暫定使用は、従前と同様の使用態様が継続されるだけであり、しかも使用期限も定まっている暫定的なものであること、<3>対象土地は、内閣総理大臣による使用認定によって、その必要性が客観的に認められたものであること、<4>暫定使用は、収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかったことによって生ずる日米安全保障条約上の義務の履行上の重大な支障を回避するという高度の公共性及び緊急の必要性を有すること、<5>適正な補償が確保されたもとで行われること、<6>暫定使用権が発生する用件は、その有無が外形的、客観的に明らかなものであり、しかも、これらは土地等の所有者側の事情にはかかわらないものであることなどの事情を総合考慮すれば、暫定使用に当たり、<1>事前の告知・弁解・防御の機会の保障や<2>中立的で公正な機関による裁定という制度を採らなくても、憲法31条に違反しないことは明らかである。
(ハ) さらに、事後の不服申立手続についてであるが、行政手続において適正手続の内容とされるのは、通常、告知・聴聞、文書閲覧、理由付記、処分基準の設定・公開であり、事後の不服申立手続はこれに含まれていない。また、暫定使用は、改正特措法15条の定める要件に該当する限り、行政処分の介在なく使用権が発生するものであるから、厳格な意味において、行政内部における事後の不服申立手続を観念する余地はない。さらに、改正特措法15条の定める暫定使用権発生要件を満たしていないというのであれば、暫定使用権は発生していないものとして、所有権に基づき当該土地等の明渡訴訟を提起することができるし、また、この要件の一つである改正特措法5条の規定による使用認定に取り消すべき瑕疵があるというのであれば、その取消訴訟を提起することにより暫定使用権の発生を争うことができるから、実質的には、事後の不服申立ての方法があり、いずれにしても原告らの主張には理由がない。
(ニ) 法の不遡及は、憲法31条の内容ではない。
法の不遡及の問題は、法の効力の時的限界の問題として憲法39条の問題として取り上げるべきものであり、憲法31条が保障する適正手続の内容とはいえない。
そして、憲法39条は、民事法規の遡及効を禁止したものではなく、原告らの主張はその前提を欠いている。また、改正特措法附則2項は、前記のとおり、改正特措法の施行前に使用認定及び裁決の申請等がされている場合についても、改正特措法15条の規定が適用されることを確認的に明らかにしたものであって、改正特措法の遡及適用を規定したものではなく、この点でも原告らの主張はその前提を欠いている。
ニ 憲法95条に違反しないことについて
憲法95条にいう「特別法」とは、地方公共団体について一般的・原則的な制度を定めている既存の法律に対し、新たに特別的・例外的な制度を設ける法律であり、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをする法律をいうところ、改正特措法は、一の地方公共団体の組織、運営又は機能について他の地方公共団体と異なる定めをした法律ではなく、また、同法は、前記のとおり一般的・抽象的性格を有しており、沖縄県にのみ適用される特別法になっているものでもないから、憲法95条にいう特別法に該当しないことは明らかである。
(3) 争点(3)について
(原告ら)
イ 国家賠償法上の「違法」
立法行為といえども、明白な憲法解釈違反が存する場合には、国家賠償法上「違法」と評価される。そして、改正特措法15条及び同法附則2項には、次のとおり、明白な憲法解釈違反が存する。
(イ) 改正特措法は、土地所有権に対する重大な制限を課するものであることは、その規定上、一見して明らかであるにもかかわらず、<1>土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障せず、<2>収用委員会の判断を経ないで、起業者としての地位しか有しない防衛施設局長の判断(供託判断)で「暫定使用権」を付与するもので、かつ<3>事後の不服申立も一切認めておらず、憲法29条1項、2項、31条に反することは明白である。
(ロ) 改正特措法は、補償金の支払いではなく、担保の提供だけで所有権を制限するもので、この点が憲法29条3項の文言に一義的に違反することは、明白である。
(ハ) 特に、改正特措法附則2項の規定は、過去の事実を対象(要件)として、過去に収用手続により保障されていた権利を剥奪するもので、立法の名において特定の者の権利を制限・剥奪するものであり、これが近代法の大原則、法の不遡及原則に違反することは明白である。また、同項は、土地所有者の権利を強制使用する際に、保障されていた権利(裁決により定められた使用期間満了時の土地返還請求権)を事後に剥奪するという点においても、事後立法により土地収用手続(ルール)を変更するものであり、近代民主主義の公正手続の精神及び憲法31条が保障する「適正手続の保障」に違反することが明白である。さらに、同項は、憲法41条における国会の立法権の限界を超えることも明らかである。
ロ 国会議員の故意・過失
国会議員は、憲法99条において「憲法を尊重し擁護する義務を負う」ものと規定され、立法にあたっては、当該立法が合憲か違憲かを審議、判断する高度な義務を課せられている。そして、この義務は、国会議員がその行動について、これを選出した国民に対して政治的責任を負うことによって免除されるものではない。
しかるに、改正特措法は、その立法経過及びその内容からして、立法によって権利制限を受ける原告知花及び第2事件原告らの意見ないし利益は全く考慮にしていないことが明らかである。今回の改正特措法は、「立法」に名を借りた暴挙法であり、わが国の憲法秩序の下では到底許されないものである。
そして、改正特措法が適用される沖縄におけるこれまでの土地強制使用の歴史、とくに原告らが憲法価値、平和と人権を勝ち取るためにこれまで闘ってきた歴史を踏まえると、当該立法行為の恣意的政治性、違憲性は明白であり、これを立法した国会議員には故意又は過失がある。
(被告)
改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に適合している上、国家賠償法上、立法行為が違法とされるためには、憲法の規定上あるいは解釈上、憲法に反することが一義的明白であることが必要であるところ、上記各規定が原告知花及び第2事件原告らが挙げる憲法諸規定に一義的明白に違反しているとは認められない。
(4) 争点(4)について
(原告ら)
イ 賃料相当損害金
(イ) 原告知花について
i 従前の賃貸借契約の期間満了の日の翌日である平成8年4月1日から被告が担保を提供した日である平成9年4月24日までの分 47万9671円
被告は、上記相当額につき、改正特措法附則3項に基づく損失補償として供託しているが、前記のとおり、同法は違憲無効な法律であるから、被告の弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、原告知花の上記期間についての損害賠償請求権は消滅していない。
ii 被告が担保を提供した日の翌日である平成9年4月25日から沖縄県収用委員会のした使用裁決による権利取得日の前日である平成10年9月2日までの分 64万3111円
もっとも、原告知花は、被告が改正特措法附則3項に基づく損失補償として供託した上記相当額を、不法占拠に基づく損害賠償金の内金として受領することを明示した上で受領しており、その限度において原告知花の損害は填補された。
(ロ) 第2事件原告らについて
i 従前の使用裁決による使用期間終了日の翌日である平成9年5月15日から4年間(平成13年5月14日まで)分
別紙「第2事件原告らの賃料相当損害金」記載のとおりである。
なお、上記金額は、別紙物件目録記載8及び9の土地については、沖縄県収用委員会が実施した不動産鑑定による鑑定額(平成9年5月15日から平成10年5月14日分)を基礎に沖縄県軍用地地主会連合会・各市町村軍用地地主会作成の各施設毎の契約軍用地料の単価表のうち、普天間飛行場の「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載10の土地については、主位的に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」の賃料を用いて、予備的に同目録記載8及び9の土地と同様に鑑定額を基礎に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載2ないし7及び同目録記載11の土地については、同単価表の各施設の「宅地」の賃料を用いて算出した。
ii 平成13年5月15日以降の分
それぞれ前年度よりも上昇することが予測されるので、平成12年5月15日から平成13年5月14日分と同額を一部請求として請求する。
iii なお、被告は、改正特措法15条及び同法附則2項に基づき、損失補償のための担保を供託しているが、前記のとおり、同法は憲法に違反する無効な法律であるから、被告の弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、第2事件原告らの損害賠償請求権は一切消滅していない。
ロ 慰藉料
(イ) 被告は、本件第1土地については、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間は、まったくの無権原にもかかわらず不法占拠を継続し、その間、憲法に違反する無効な改正特措法を成立させて暫定使用権なるものを創設し、それを根拠にして平成9年4月25日から平成10年9月2日まで不法占拠を継続し、本件第2土地については前記暫定使用権を根拠に、従前の使用裁決による使用期間終了後も不法占拠を継続し、これら各土地を、戦争遂行の目的・機能を有することを基本的任務として存在する軍事基地用地として駐留軍に提供して使用させた。
(ロ) そして、原告知花及び第2事件原告らは、「戦争につながる一切のものを断固として拒否する」ことを強固な思想及び信条として確立し、自らの生き方・人生観の中核にすえて活動・生活をしている者であり、かかる不法占拠及び軍事基地としての提供によって、「戦争につながる軍事基地には自己所有地を一切提供しない」という思想及び信条を侵害され、多大な精神的苦痛を被った。
また、当時なされていた新たな使用裁決手続の進捗状況からは、従前の使用権原の期間満了前に新たな使用裁決がなされることは不可能であり、原告知花及び第2事件原告らは、その期間満了によって、自己所有地が返還されることを強く期待した。そして、かかる期待は、所有権者として当然のものであるのみならず、原告知花及び第2事件原告らの各所有地の特異な歴史を踏まえると、期待権として法的保護を受けるべき実質を有するものであった。しかるに被告は、本件第1土地については、当初は警察権力による物理的強制力をもって立ち入り及び明け渡しを拒み、その後は創設した暫定使用権をもって立ち入り及び明け渡しを拒み、本件第2土地については、上記暫定使用権をもって立ち入り及び明け渡しを拒んで、その所有地を強制使用し、原告知花及び第2事件原告らの上記期待権を侵害し、原告知花及び第2事件原告らに多大な精神的苦痛を与えた。
(ハ) そして、確かに、一般的には、財産上の損害が賠償されれば精神上の苦痛も慰謝されるから、財産上の損害賠償のほかに特に精神上の損害賠償を認める必要はないとされているが、侵害された財産と被害者とが精神的に特殊なつながりがあって、財産上の価額の賠償だけでは、被害者の精神上の苦痛が慰藉されないと認められるような場合には、財産上の損害賠償とは別に精神上の損害賠償が許されると解される。しかるに、原告知花及び第2事件原告らは、その思想信条に基づいて先祖伝来の土地を守り、米軍基地に提供したくないと考えて長年に渡り土地返還闘争を重ね、本件第1土地及び本件第2土地に対して特殊な精神的なつながりを有している上、絶え間ない土地の強制使用という権力的対応の中でやっと法的に土地返還を請求しうる数少ない法的期待を侵害されたものである。加えて、不法行為形態は、精神的損害を発生させる重要な要素となると考えられるところ、前記のとおり、被告国は、本件第1土地についての賃貸借期間終了日の翌日である平成8年4月1日、警察権力による物理的強制力をもって同土地への立ち入り及び明け渡しを拒み、その後、原告ら所有地の所有権を侵害する目的で改正特措法を立法し、国家権力が総力をあげて、特定の限定された原告知花及び第2事件原告らの所有権を侵害したものであり、原告らには、賃料相当損害金だけでは償いきれない精神的損害が存する。
(ニ) このように、被告による不法占拠及び国会議員による違憲立法行為によって、原告知花及び第2事件原告らは、いずれも、多大な精神的苦痛を被ったものであり、原告知花及び第2事件原告らの精神的苦痛を慰藉するには、原告知花については金200万円(内訳 <1>平成8年4月1日から平成9年4月24日までの不法占拠に対する慰謝料100万円、<2>平成9年4月25日から平成10年9月2日までの不法占拠及び違憲な立法行為に対する慰謝料100万円)を、第2事件原告らについては各金100万円をもって相当とする。
なお、原告知花は、前記イ(イ)、後記ハ及びニの損害とともに、<1>のうちの89万円8780円を一部請求し、前記イ(イ)、後記ハ及びニの損害が認められない場合には、認められなかった分について、<1>のその余の請求、次いで<2>の請求をする。
ハ 本件仮処分の申立て関連費用(原告知花に関し)
(イ) 弁護士費用 100万円
被告職員(那覇防衛施設局職員)は、本件第1土地の賃貸借期間が終了したにもかかわらず、原告知花の同土地への立ち入りを阻止したため、原告知花は前記のとおり、本件仮処分の申立て、ひいては弁護士費用の支出を余儀なくされた。そして、事案の性質及び実働弁護士数が20人を下らないということを考慮すると、弁護士費用として少なくとも100万円は必要である。
(ロ) 内容証明郵便代 1220円
被告の不法行為又は違法行為は、平成8年3月12日当時には確実に予測できたから、同日、原告知花が被告(那覇防衛施設局)に対して送付した期間満了後の即時明渡及び立ち入り妨害禁止を内容とする内容証明郵便の費用は、被告の不法行為又は違法行為と相当因果関係がある。
(ハ) 鑑定意見書作成費用 15万円
本件仮処分事件において、本件第1土地の返還により楚辺通信所の機能に支障が生じるか否かが重要な争点となり、この点に関する鑑定意見書は重要かつ不可欠な証拠方法であった。
ニ (ハ(イ)の弁護士費用と選択的に)本件訴訟の弁護士費用 100万円
(被告ら)
イ 賃料相当損害金
(イ) 原告知花について
i 供託の抗弁(平成8年4月1日から平成9年4月24日までの分に対し)
被告(防衛施設局長)は、改正特措法附則3項に基づき、当該期間中の使用権原を欠く使用によって原告知花が通常受ける損失を補償するため、同法附則4項の規定に基づき、原告知花との間で協議したが、協議が調わなかったため、平成9年10月23日、沖縄県収用委員会に対し、改正特措法附則5項及び土地収用法94条2項の規定に基づき、裁決を申請した。そして、同委員会は、平成10年5月19日、当該期間中の損失補償額を47万9671円、損失補償をすべき時期を同年7月3日とする旨の裁決をした。そのため、被告は、上記裁決にかかる補償金を払い渡すため、同年6月19日、原告知花に対し、同人の住所において同補償金につき、現実の提供をしたが、同人はその受領を拒否した。そこで、被告は、同月22日、那覇地方法務局沖縄支局に対し、上記補償金47万9671円を供託した。したがって、当該期間中の占有についての通常の損失に関しては、供託によって填補されている。
なお、使用権原を欠きながらも従前の使用を継続した場合、所有者等が「通常受ける損失」を請求するための法的構成としては、不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権、損失補償請求権等の見解があり得るところであるが、改正特措法附則3項ないし5項は、その法的性質を問うことなく、改正特措法ないし土地収用法の制度を利用して、所有者等の「通常受ける損失」を補償することとしたものである。
ii 弁済の抗弁(平成9年4月25日から平成10年9月2日までの分に対し)
沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地についての使用裁決の中で、当該期間中の暫定使用による損失補償を64万3111円と定めた。そのため、被告(那覇防衛施設局長)は、同年7月17日、原告知花に対し、これを同人の指定した銀行預金口座に振り込む方法により弁済した。
(ロ) 第2事件原告らについて
前記のとおり、被告は、本件第2土地につき、改正特措法に基づく暫定使用権を間断なく有しており、不法行為又は国家賠償法1条1項にいう損害は発生していない。
ロ 慰藉料
前記のとおり、そもそも被告の占有に不法行為又は国家賠償法1条1項にいう違法は認められない。
また、たとえ財産権侵害によって精神上の苦痛を受けたとしても、その苦痛は、その財産的損害が回復されれば慰藉されるのが原則であり、それでもなお慰謝され得ない精神上の苦痛を受けたと認めるべき特別の事情がある場合に限って、慰謝料請求が認められるべきである。しかるに、本件では、原告知花所有の本件第1土地についての平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有に関してみても、使用権原の欠缺は一時的であり、長年にわたって継続してきた占有が継続しただけであって、新たな使用が開始されたわけではないから、例外的に慰藉料請求を認めるべき特別の事情は認められない。さらに、憲法19条が保障する「思想及び良心の自由」とは、内心の自由を意味し、それを「侵してはならない」とは、「人はどのような思想及び良心を持とうとも、自由であり、国家は、それを制限したり、禁止したりすることは許されない意である」と解すべきところ、本件では、被告において原告らの思想・良心の在り方を制限したり、禁止した事実はなく、思想・良心の自由の侵害は認められない。加えて、原告の主張する期待権なるものは、実定法上の根拠を欠くものであり、法的保護に値するものとは解されない。
ハ 本件仮処分の申立て関係費用(原告知花に関し)
(イ) 被告職員(防衛施設庁の職員)は、日米地位協定による米軍の管理権に基づくとして、原告知花の立ち入りを拒否したのであるから、この立ち入り禁止行為が「公権力の行使」に該当する行為であることは明らかであり、民法709条の適用を前提とする主張は失当である。
また、原告知花が本件第1土地の所有者であり、被告が同土地について使用権原を取得できない状態になったとしても、自力救済禁止の原則からは、原告知花は、同土地を直接管理している駐留軍の原告知花の立ち入りを承諾しないという意向に反して強制的に立ち入ることまでは法的に保護されていない上、同土地は通信施設である楚辺通信所の機能面における極めて重要な場所に位置しており、前記のとおり、被告はこれを駐留軍に使用させる条約上の義務を負っていたという事情からは、原告知花の立ち入りを拒否した被告職員の行為を国家賠償法上「違法」であるとすることはできない。
(ロ) また、本件仮処分の申立ては、被告職員による立ち入り拒否行為の前になされており、原告知花が本件第1土地への立ち入り拒否行為によって生じたと主張する各損害は、被告職員による立ち入り拒否行為以前に支出され、または支出が決定されていたものであるから、立ち入り拒否行為との間に条件関係は認められない。
(ハ) さらに、本件仮処分の申立ては、前記(争点(1)についての被告の主張第2項)の事情に加えて本件第1土地の経済的合理性がある利用の困難性からは権利濫用に該当するというべきである。また、債権者たる原告知花に仮の地位を定めなければならないほどの必要性は認められない上、第3者(駐留軍)による妨害禁止を求めた点については履行の確保が図れないもので、いずれにしても申立てが認容される可能性は低かったから、そのための費用相当額との相当因果関係は否定されるべきである。
(ニ) 消滅時効の援用
被告職員の立ち入り拒否行為は、平成8年4月1日の一時的な行為を問題とするもので、被告による本件第1土地の間接占有という継続的かつ観念的な行為とは、損害賠償の発生原因となる行為が異なることから、訴訟物も異なるものと解すべきである。そして、原告知花は、弁護士に依頼して同日には本件仮処分の申立てをし、既に同人主張の各費用を支出していたものであるから、遅くとも、同事件において和解が成立した平成8年4月26日から3年の経過をもって消滅時効の期間は経過するというべきである。しかるに、原告知花は、平成13年2月19日付け「訴状訂正申立書」において、初めて本件仮処分の申立て関連費用についての損害の主張をするに至ったものであるから、被告は、予備的に消滅時効を援用する。
第3当裁判所の判断
1 改正特措法の制定等に至る経緯(前記前提事実を含む。なお、証拠等を掲記していない事実については、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 本件訴訟前の当事者間の交渉経緯
イ 被告(那覇防衛施設局)は、原告知花に対し、同原告が本件第1土地を取得して以降、再三にわたって本件第1土地についての賃貸借契約の更新を求めた。しかし、原告知花は、契約の更新に応じず、平成7年11月22日、被告(那覇防衛施設局長)に対し、本件第1土地について新たな賃貸借契約を締結する意思はない旨表示するとともに、平成8年3月31日(賃貸借期間の満了日)経過後の土地返還を要求した。そして、原告知花は、平成8年3月13日、被告(那覇防衛施設局)に対し、同年4月1日における本件第1土地の明渡、同土地上の工作物の収去及び同土地への立ち入りを要求した(<証拠略>)。
ロ かかる明け渡し等の要求に対し、被告(那覇防衛施設局長)は、本件第1土地は、平成8年4月1日以降も駐留軍用地として使用する必要がある旨回答し、同年3月26日ころ、本件第1土地がその一部として使用されている楚辺通信所に設置された高周波用アンテナ群の周囲にフェンスを設置し、警備員を配置した(<証拠略>)。そして、被告は、同年4月1日午後1時40分頃、家族らとともに本件第1土地への立ち入りを要求した原告知花に対し、立ち入りを拒否し、多数の施設職員及び機動隊員を配置して、これを阻止した(<証拠略>)。
ハ そのため、原告知花は、平成8年4月1日、本件第1土地の明渡及び同土地への立ち入りを求め、原告知花を債権者と、被告国を債務者とする仮処分を当庁に申し立てたが、これに対して、被告は占有正権原は主張せず、同月26日、第5回審尋において、次の内容を骨子とする和解が成立した(<証拠略>)。
「債務者(被告国)は、債権者(原告知花)に対して、平成8年6月末日までの期間内(日米両国の祭日を除く。)に合計2回、1回について債権者及びその指定する29名以内の者が、債権者が那覇防衛施設局長に対する文書によって指定する日時(文書により通知した日から5日間以上経過した日で、午後1時から4時までの間の継続する2時間)に、本件第1土地に立ち入り同土地上にとどまることを認め、妨害しないことを約する。」
この和解成立を受けて、被告は、同年5月14日及び同年6月22日、上記和解に基づき、原告知花とその家族の同土地への立ち入りを認めたが、それ以外の立ち入りは認めていない。
(2) 本件訴訟前における占有権原取得に向けての被告の動き等
イ 被告は、在沖米軍の駐留軍施設及び区域の用地としてアメリカ合衆国に対し提供すべき土地のうち、平成8年3月31日に従前の賃貸借契約による使用期間が満了する本件第1土地を含む民有地の所有者との間で、契約更新の交渉を進め、原告知花以外の所有者全員との間で契約更新の承諾を得た。
ロ しかし、原告知花からは契約更新の承諾を得ることができなかったので、被告(那覇防衛施設局長)は、改正前の特措法に基づく手続を進めることとし、平成7年4月17日、内閣総理大臣に対し、本件第1土地の改正前の特措法4条による使用認定を申請し、内閣総理大臣は同年5月9日、改正前の特措法5条に基づいて本件第1土地の使用認定をした。
ハ 被告(那覇防衛施設局長)は、上記使用認定の告示、公告等に引き続き、本件第1土地について、土地調書及び物件調書を作成するにつき、原告知花に対し立会い及び署名押印を求めたが、同人はこれを拒否し、この場合、改正前の特措法14条、土地収用法36条により立会いをし、土地調書及び物件調書に署名押印すべき読谷村村長も立会い及び署名押印を拒否し、さらに、沖縄県知事も立会人を指名し署名押印させることを拒否した。そのため、内閣総理大臣は、平成7年12月7日、沖縄県知事を被告として、本件土地を含む土地について、土地調書及び物件調書を作成する場合の立会人を指名し署名押印させることを求める職務執行命令訴訟を提起し(福岡高等裁判所那覇支部平成7年(行ケ)第3号)、平成8年3月25日、内閣総理大臣勝訴の判決が言い渡された。しかし、沖縄県知事が判決に定められた期限までに立会人を指名し、署名押印させなかったので、同月29日、内閣総理大臣は、沖縄県知事に対し、自らが沖縄県知事に代わって署名押印等の事務を行うこととした旨通知するとともに、その指名した者により、立会い及び署名押印をさせた。なお、同訴訟は、平成8年8月28日、上告棄却により、被告の勝訴判決が確定した(最高裁判所平成8年(行ツ)第90号)。
ニ 次いで、被告(那覇防衛施設局長)は、平成8年3月29日、沖縄県収用委員会に対し、本件第1土地につき、改正前の特措法14条、土地収用法39条、47条の3、123条に基づく使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)並びに緊急使用許可の申立てをした。そして、同年5月11日、緊急使用許可の申立ては不許可となったが、使用裁決の申請は受理された。ところが、読谷村村長及び沖縄県知事は、改正前の特措法14条、土地収用法42条、24条によりなすべきこれら裁決手続に伴う裁決申請書類に係る公告縦覧の手続及び明渡裁決申立て書類に係る公告縦覧の手続を行わなかった。そのため、内閣総理大臣は、沖縄県知事を被告として、本件第1土地について上記各公告縦覧の手続を求める職務執行命令訴訟を提起した。なお、同訴訟は、平成8年9月13日、沖縄県知事が内閣総理大臣に対し、公告縦覧の手続を代行することとした旨通知し、同月18日から手続が開始されたため、同日、訴えの取り下げにより終了した。
ホ また、本件第2土地についても、当時は改正前の特措法により昭和62年5月15日を権利取得日、使用期間を10年間とする沖縄県収用委員会の使用裁決に基づいて被告が在沖米軍用地として提供しており、使用期間が満了する平成9年5月14日の翌日以降も引き続き在沖米軍用地として提供するため平成7年5月9日に改正前の特措法5条による内閣総理大臣の使用認定がされていたが、これについても平成8年3月29日に本件第1土地と同様に改正前の特措法14条、土地収用法39条、47条の3に基づく裁決の申請(使用裁決及び明渡裁決の申立て)をした。
(3) 改正特措法制定前の本件訴訟の推移
以上の経緯により、本件第1土地について原告との間で従前締結されていた賃貸借期間が満了したにもかかわらず、被告が申し立てた使用裁決については沖縄県収用委員会に申請が受理されたにとどまり、緊急使用許可の申立ても不許可となった等、本件第1土地について被告が使用権原を取得できない事態となったので、原告知花は、平成8年7月25日、本件第1土地に関する使用権原の不存在を理由に、同土地上に設置された工作物の収去及び同土地の明渡並びに賃料相当損害金等の支払を求めて、当裁判所に訴えを提起した。
これに対して、被告は、平成8年11月26日、本件訴訟の第2回口頭弁論期日において、原告による本件第1土地の所有権に基づく返還請求権の行使は権利の濫用であると主張した。そして、改正特措法の成立までの間に第4回口頭弁論期日までが開かれた。(当裁判所に顕著な事実である。)
(4) 改正特措法制定前の収用委員会における審理の状況
沖縄県収用委員会は、本件第1土地及び本件第2土地を含む約3000名の所有土地について、使用裁決手続の一環としての公開審理を進めることを決め、平成9年2月21日(第1回)、同年3月12日(第2回)及び同月27日(第3回)に公開審理が開催された。
(5) 改正特措法制定に向けての政府の動向等
イ 法案提出に向けての政府の動向は、新聞報道によれば、概ね次のようなものである。
<1> (朝日新聞平成9年2月9日朝刊)
「政府は8日、5月14日で国の使用期限が切れる沖縄県内の米軍用地12施設、約3,000人分の土地の強制使用問題について、『不法占拠状態をつくらない』との前提にたった対応策を固めた。2月21日の収用委員会第1回公開審理後、月内をめどに6ヵ月間の緊急使用を収用委に申し立て、沖縄県の協力を得て申し立てが認められるよう全力を挙げる。橋本龍太郎首相は米軍用地収用特措法の改正という強硬手段は極力避けたい考えだが、手続きが間に合わない場合に備え、期限切れ後も国の継続使用を可能にする法改正も視野に置く2段構えの対応をとる意向だ。」
<2> (朝日新聞2月22日朝刊)
「沖縄の12米軍施設で国の土地使用期限が今年5月14日に切れる問題で、政府は21日、米軍用地収用特措法改正の本格的な準備に入った。同日に公開審理を始めた沖縄県収用委員会が期限までに国の申請を裁決する可能性は小さいうえ、緊急使用を申し立てても12施設すべてで許可される見通しが立たないためだ。政府は、法改正するにしても、緊急使用を申請して沖縄の理解を得る努力を続ける方針できたが、『不法占拠』状態を回避するため、直接、法改正に進む選択肢も浮上している。」
<3> (朝日新聞2月24日朝刊)
「米国のオルブライト国務長官が23日来日し、池田行彦外相、久間章生防衛庁長官と相次いで会談した。沖縄の米軍基地問題でオルブライト長官は、5月に一部の米軍基地の使用期限が切れることについて『土地収用は日本の国内問題だが、日本政府がうまく取り扱うことを期待する』と述べ、日本側の努力を求めた。」
<4> (朝日新聞3月7日朝刊)
「橋本龍太郎首相は6日、沖縄の米軍用地強制使用問題で、4月下旬までに米軍用地収用特措法の改正案を成立させる方針を固め、沖縄県側に非公式に伝えた。首相は4月24日ごろ訪米し、クリントン米大統領と会談することにしており、米側に『沖縄の米軍用地を安定的に提供し、日米安全保障条約上の責任を果たす』と確約するためには訪米前の改正が必要だとの判断に傾いた。」
<5> (朝日新聞3月13日朝刊)
「沖縄の12の米軍施設の一部用地について国の使用期限が5月14日に切れる問題で、橋本龍太郎首相は12日、最終的に緊急使用申請を見送り、米軍用地収用特措法改正案提出に踏み切る方針を決めた。緊急使用の申し立てをしても期限に間に合わないためだ。」
<6> (朝日新聞3月22日朝刊)
「沖縄米軍基地の一部用地継続使用のために政府が検討している米軍用地収用特措法改正案の全容が21日、ほぼ明らかになった。」
<7> (朝日新聞4月3日夕刊)
「沖縄の12の米軍施設で一部用地の使用期限が5月14日に切れる問題で、政府は3日午前の臨時閣議で、沖縄県収用委員会から期限内に裁決を得られない場合や却下された場合も暫定使用を可能とするための米軍用地収用特措法改正案を決定し、国会に提出した。」
ロ 久間防衛庁長官(当時)は、改正特措法を審議した衆参両議院の「日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会」において、次のような答弁をした(<証拠略>)。
<1> 「失権状態になりますと、土地の明け渡し、あるいはまた立ち入りの要求、いろいろな問題が出てまいりまして、大変混乱する危険もあるわけでございます。(中略)どうしてもその失権状態だけは避けなければならない。そういう中で今回の提案をさせていただいたわけでございますので、どうぞよろしくお願い申しあげます。」
<2> 「この法律を通していただかなかったならば、5月14日で期限が切れて、その後大変なことになる、混乱を招くおそれがあるんじゃないか、そういう危惧をいたしておりまして、それだけはやはりぜひクリアさせていただきたい。」
<3> 「今回は、3,000人に上る方がおられるわけでございまして、そのうちの2900人の方々については、これは1年前から一生懸命施設局の全国の職員がずっと回りました。しかしながら、そのうちの800人以上の方とはお会いすることすらできなかったわけでございます。そういうことを考えますと、知花さんの場合のときと違って、これがもし無権原状態になったら一体どういうことになるのか。もちろん、明け渡し請求もあるでしょう、あるいは立ち入り要求が出されることもあるでしょう。そうなりましたときに、我々としては、国としては法的にはそれを拒むことができない。一方、米軍にそれを、こういう要求があったから立ち入りをさせてくれ、そういうことを頼むことすら、今度は嘉手納飛行場あるいは普天間飛行場のど真ん中でございますから、大変問題があるわけでございます。そういうようなことで、知花さんの場合と違って今度は大変なことになるということで、何とかこの無権原状態を避けたいということでやっておるわけでございます。」
<4> 「しかも、収用委員会へ今のほかの12施設と一緒に申請を出しておる関係上、今回のこの法律によって、12施設と同様にこの知花さんの土地についてもこの法律が施行された後は暫定使用制度になじませていただこうということでそれを取り入れたわけでございます。」
<5> 「今回の法律は、5月14日に切れることを何とかしてこれをクリアしていただきたいということで法律をつくったわけでございますし、また法律が施行されましてからも、担保を提供して初めて暫定使用が始まるわけでございますから、そういう意味では、一日も早く法律を成立させていただくと同時に、そういった後の担保提供の手続に入らせていただきたい、そのためにも公布の日から施行させていただきたいということで、もうすぐに施行するようにさせていただく案でお願いしておるわけでございます。」
(6) 改正特措法の制定及びその後の本件訴訟の推移
平成9年4月17日に至り、改正特措法が成立し、同月23日に平成9年法律第39号として公布され、同日施行され、被告(那覇防衛施設局長)は、本件第1土地及び本件第2土地について前記前提事実に記載のとおり担保を供託し、沖縄県収用委員会は、平成10年5月19日、本件第1土地について、平成10年9月3日から平成13年3月31日までを使用期間とする使用裁決をなすとともに、同期間の損失補償額を111万4230円、暫定使用期間の損失補償額を64万3111円と定めた。これを受けて被告は、同年7月17日、原告知花の銀行口座にこの合計175万7341円を振り込んだ。そこで、原告知花は、平成11年2月2日(本件第11回口頭弁論期日)、本件訴訟における本件第1土地の明渡請求を取り下げた。
2 以上の事実を前提として、以下、判断する。
まず、争点(1)(本件第1土地についての平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有)についてみる。
(1) 前記のとおり、被告は、本件第1土地についての従前の賃貸借契約による賃借期間が平成8年3月31日の経過をもって満了した後も本件第1土地の占有を継続しているところ、被告が改正特措法に基づく担保を提供したのは、平成9年4月24日であるから、同法による暫定使用権が発生するのは翌25日である。したがって、被告は、少なくとも平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間、何らの占有正権原も有しないまま本件第1土地を占有したものというほかない。
(2) そこで、被告の本件第1土地についての占有が国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に該当するものとして国家賠償法の適用を受けるのか、それとも民法の不法行為規定の適用を受けるのかについて検討するに、確かに、従前の賃貸借契約は一般私法に基づくものであり、その占有はその意味では民法上の占有という契機を含むものであった。しかしながら、「公権力の行使」の意義については、私経済作用及び国家賠償法2条に規定する公の営造物の設置・管理作用を除くすべての国家の作用を意味する(いわゆる広義説)と解するのが相当であり、本件における被告の占有が、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づいて、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾し、これを提供することを目的とする占有(間接占有)であることからすれば、本件における被告の占有は、純粋の私経済作用につきるものではなく、公の用に供することを目的とするものであることは、これを否定することはできない。したがって、従前の賃貸借が終了した後における被告の占有は、これを公権力の行使によるものとみるのが相当であり、国家賠償法1条1項の適用があるとみるのが相当である。
進んで、被告の担当職員(具体的に特定する必要はない。)に「その職務を行うについて故意又は過失」が存し、また「違法性」が存するかについてみるに、なるほど、前記のところからすれば、被告が本件第1土地について沖縄県収用委員会に裁決申請手続をするにあたって読谷村長や沖縄県知事がその職務行為であるにもかかわらず土地調書及び物件調書の作成について立会い及び署名押印等を拒否したり(これが沖縄県知事らの職務行為であることは前記最高裁判所平成8年8月28日判決により明らかである。)、その後も被告の申請した使用裁決手続に伴う裁決申請書類に係る公告縦覧の手続及び明渡裁決申立書類に係る公告縦覧の手続を行わないなど、被告においては不測であったろう事態が生じたことが、結局、本件第1土地について従前の賃貸借の期間が満了したにもかかわらず占有権原を取得できないこととなった大きな原因の1つであったといえなくもない。
しかしながら、上記不測であろう事態があったからといって法律により行政をなすべき被告がなんらの権原なく故意に個人の土地を占有し得る理由とはならない(日米安全保障条約により被告が条約上本件第1土地の提供義務をアメリカ合衆国に負っていることから、直接、本件第1土地について被告に原告知花に対する関係で占有権原が生じるものではない。)。使用期限がいつ到来するのかは従前から明白な事柄であるし、原告知花は本件第1土地の贈与を受けた時点から契約更新には応じない旨を明確に示していたのであるから事態に対する見通しの甘さを感じざるを得ない。また、本件第1土地についていえば、平成8年12月2日の日米両政府により設置された沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告においては本件第1土地を含む楚辺通信所は平成12年度末を目処として返還されることは日米両政府の合意事項とされ(<証拠略>、但し、現時点でも返還されていないことは公知の事実である。)、本件仮処分において成立した和解によって原告知花ほか29名の者が2回にわたり本件第1土地に立ち入りをしたのに(原告知花本人尋問の結果)、原告知花ほかの立ち入りによって楚辺通信所の機能に格別の支障が生じたという証拠もないのであるから、従前の賃貸借契約が満了した場合には原告知花に本件第1土地を一旦返還するということをも視野に入れて行動することは十分考えられたし、場合によっては、SACO合意の前倒しを求める等を条件として原告知花との間で本件第1土地の返還について話し合いをすることも考えられないではない。しかるに、被告は、従前の賃貸借期間満了後、1年余りにもわたり、その間、原告知花からの土地明渡訴訟も提起されている中で、適正な法的措置も採らないまま本件第1土地の占有を続けたもので、この占有が適法なものであるということはできない。このことは本件訴訟において原告知花が当初請求していた本件第1土地の明渡し請求が権利の濫用に該るか否かとはなんら関係しない。
してみると、被告は本件第1土地を平成8年4月1日から同9年4月24日まで占有を続けたことについて国家賠償法1条1項に基づく責任を負うものというべきである。
なお、被告がこの占有により賃料相当額の利得を得ており、この利得は原告知花の損失に因るものであることも明らかであるから、被告は国家賠償法上の責任とともに民法上の不当利得責任も負担することはいうまでもなく、この両者は選択的(択一的)な関係に立つというほかはないが、一般に、不動産の無権原占有に基づく賃料相当損害金請求に関しては、民法上の不法行為と不当利得のいずれに基づくものか明示することなく認容判決をすることが許されるものと解されるので、当裁判所も、この点についてはこれ以上の判断をしない。
3 争点(2)(本件第1土地についての平成9年4月25日から平成10年9月2日までの占有についての被告の占有権原、本件第2土地についての平成9年5月15日以降の被告の占有の占有権原)についてであるが、これらについての被告の占有が改正特措法に基づく占有であることは前説示のとおりであるところ、本件第1土地については、被告が沖縄県収用委員会が定めた暫定使用期間内の損失補償を原告知花の銀行口座に振り込んだことは前記のとおりである。もとより、損失補償と賃料相当損害金との間に法律上の性質に違いがあることはいうまでもないが、両者がいずれも本件第1土地を被告が占有することの対価であることは明らかであり、現実に原告知花がこれを収受した以上 この期間についての原告知花の損害は填補されたもの、すなわち賃料相当損害金が仮に存在したとしてもこれは消滅したものというほかはない。原告知花自身、この部分の賃料相当損害金は填補された旨の主張(<証拠略>)をしているところである。そうすると、本件第1土地の平成9年4月25日から平成10年9月2日までの被告の占有権原について判断するまでもなく、原告知花のこの部分の請求は理由がない。
なお、原告知花は、前記暫定使用期間内の損失補償を対象となる債務を定めずに充当するかのような主張もするが(<証拠略>)、原告知花が損害賠償の一部と明示して受領したとみるべき証拠もなく、そもそも、そのような恣意的、かつ不特定な充当が許されないものであることはいうまでもないから、原告知花の上記主張は採用できない。また、被告は前記振り込みを「予備的」弁済の抗弁として主張するが(<証拠略>)、その意味するところは、被告としては一次的には損失補償としての支払を主張するが、二次的にはこれが賃料相当損害金債務に対する弁済である旨の主張をするというにすぎないから、これは当裁判所を拘束する訴訟法的意味における「予備的主張」ではないと解されるし、前説示のとおり、この性質決定をする必要はそもそも存しないと考える。
原告知花は、改正特措法15条及び同法附則2項が憲法に違反するものであることを縷々主張するが、ある法令が憲法に違反するか否かは裁判における具体的事実に関する当該法令の適用に関して必要とされる範囲において判断すれば足りるのであり、また、その限度に止めるのが相当であるから、当裁判所としては、前記平成9年4月25日から平成10年9月2日までの被告の占有による賃料相当損害金の請求について改正特措法15条及び同法附則2条の合憲性について判断すべきではないと考える。
そこで、以下、本件第2土地についての平成9年5月15日以降の被告の占有の占有権原についてみるに、本件第2土地についての上記被告の占有は、改正特措法15条及び同法附則2項前段に基づく暫定使用権であるところ、第2事件原告らは、同条が憲法に違反する旨主張するので、第2事件原告らの主張に沿って順次検討する。
(1) まず、第2事件原告らは、改正特措法15条及び同法附則2項は、「公共のために用ひる」ものに該当せず、「正当な補償」に基づくものでもなく、憲法29条3項に違反する旨主張するが、採用できない。その理由は次のとおりである。
イ 「公共のために用ひる」ものか否かについて
我が国は、日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めにより、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負う。そして、我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らず、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならない(平成8年8月28日最高裁大法廷判決・民集50巻7号1952頁参照)。そして、この判断を前提とする限り、暫定使用制度は、内閣総理大臣において引き続き駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断した土地等を対象とする収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しない場合に生ずる日米安全保障条約の実施上の重大な支障を回避するための制度であって、同条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるというほかはないから、改正特措法15条及び同法附則2項前段に基づく暫定使用は、私有財産を「公共のために用ひる」ものである。
この点、原告らは、土地等の使用につき、必要性・合理性のみならず、緊急性もその要件として必要であると主張するが、緊急性の有無が公共性判断に際して必要であるとは解されない。
したがって、前記のとおり、本件第2土地は、内閣総理大臣による使用認定及び沖縄県収用委員会に対する使用裁決申請がなされてその審議中のものであるから、これを暫定使用することは「公共のために用いる」ものということができる。
ロ 「正当な補償」の下になされているか否かについて
憲法29条3項は、「正当な補償」と規定しているのみであって、補償の時期については何ら言及していないから、補償が財産の供与に先立ち又はこれと交換的に同時に履行されるべきことについては、憲法の保障するところではない(昭和24年7月13日最高裁大法廷判決・刑集3巻8号1286頁参照)。
そして、前記のとおり、改正特措法15条及び16条は、事前の「損失の補償のための担保の提供」(15条1項)と事後の「収用委員会の裁決」(16条2項)により土地所有者等が受ける損失を補償することとしており、その支払時期についても、<1>損失の補償のための担保を、暫定使用期間の6月ごとにあらかじめ供託しなければならず、その額は当該土地等の暫定使用前直近の使用にかかる賃借料若しくは使用料又は補償金の6月分を下回ってはならないとしていること(15条2項)、<2>土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができるとしていること(15条4項)、<3>補償額は、使用の時期の価格によって算定しなければならないとしていること(16条1項)、<4>暫定使用による損失については、収用委員会が明渡裁決において裁決し、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決による当該土地等の使用開始前に完了しなければならないとしていること(改正特措法14条、土地収用法95条1項、100条)からすると、その補償は憲法29条3項の「正当な補償」ということができる。
(2) 憲法31条違反の有無について
次に、第2事件原告らは、改正特措法15条及び同法附則2項は、土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障していない点、中立的で公正な機関によって判断されることが保障されていない点、行政手続内部において事後の不服申立手続が認められていない点において適正手続を欠き、また、法の不遡及原則に違反している旨主張するが、いずれも採用できない。その理由は次のとおりである。
イ 憲法31条は、直接には刑事手続に関するものであるが、適正手続の要請が刑罰を科する場合以外にも憲法上存在すると解すべきことは第2事件原告らの主張するとおりである。
しかしながら、一般に、行政手続は刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決、民集46巻5号437頁)。そこで、これを本件についてみるに、暫定使用によって制限される権利は土地等の所有者が一定期間その使用を暫定的に受忍しなければならなくなるというものであり、その態様も従前からの使用が継続されるにすぎないこと、暫定使用権が発生する要件はその有無が外形的、客観的に明らかであり、土地等の所有者側の事情にかかわらないこと、暫定使用は、収用委員会の裁決その他必要な権利を取得するための手続が完了しなかったことによって生じる日米安全保障条約上の義務の履行上の支障を回避することが目的であって、公共性、緊急性があるというべきところ、収用委員会において明渡し却下の裁決をした場合には土地収用法130条2項に定める期間の末日の経過によって暫定使用期間は終了する(改正特措法15条1項1号)こととされ、暫定使用の適否については結局は収用委員会が判断するといい得ること等の事情を勘案すれば、暫定使用制度は、土地等の所有者の権利に対する制限は最終的なものでなく、その程度も従前受忍していた制限と変わりないのであり、その公共性についても後に収用委員会において判断がされるのであるから、暫定使用について、土地等の所有者に事前の告知、聴聞、弁解の機会を与えず、また、中立的で公正な機関による裁定という制度を採らないとしても憲法31条に違反するとはいえない。
次に事後の不服申立手続については、適正手続の要請は、国民に対して行政庁その他の機関による処分が存在することを前提に、その処分に至る手続の適正を図ることを意図するものであると解するべきであるところ、暫定使用権は、改正特措法15条1項所定の要件が充足された時には当然に発生する法定の使用権原であり、行政庁その他の機関の判断、処分によって発生するものではないから、不服申立手続を置くべき理由がそもそも存在しない。防衛施設局長のなす供託行為は、暫定使用権発生要件の1つを充足するためになされる事実行為に過ぎず、その行為自体の効力として直ちに暫定使用権が発生するものではないから、これを不服申立の対象とすべき理由もない。しかも、前記のとおり、収用委員会の判断によっては暫定使用は終了することもあり得ることとされているのであり、もとより暫定使用の適否については、裁判所の判断を得ることが常に可能であるから、行政機関内部における不服申立手続が採られていないことは憲法31条に違反するものではない。
ロ 次に、第2事件原告らは、法律の不遡及も、行為時に保障されていた権利(法的保護の状態)をその後の事由により奪われない権利という形で憲法31条により保障されている旨主張するが、採用できない。
憲法31条が、直接、法律の遡及適用を禁止したものとは解されないのみならず、第2事件原告らの主張を前提とすれば、従前私人が享受していた権利を制限する立法は、それがいかなる内容であれ、およそ制定不可能となってしまうことになるのであり、これが採用できないことは明らかである。
この点、第2事件原告らは、憲法39条が法律の遡及を禁止している旨も主張するが、憲法39条は、民事法規の不遡及まで保障するものではない(昭和24年5月18日最高裁大法廷判決・民集3巻6号199頁参照)。また、第2事件原告らの関係では改正特措法15条及び同法附則2項前段の定める暫定使用権は、改正特措法の施行後に担保を供託して初めて発生するものであって、改正特措法は、法律の遡及を認めたものではない。第2事件原告らは、改正前の特措法に基づく使用認定、裁決の申請等の申請の事実に対して改正特措法15条ないし17条を適用することが遡及原則に反するかのようにも主張するが、そのような主張を前提とすれば、およそ経過規定の必要な法律はすべて憲法違反であるということになるのであって、採用できないことはいうまでもない。したがって、いずれにしても第2事件原告らの主張は理由がない。
(3) 憲法41条違反の有無について
さらに、第2事件原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項前段は、一般性、抽象性を有しない点で憲法41条の定める「立法」に該当せず、同条に違反する旨主張するが採用できない。その理由は次のとおりである。
イ まず、同法附則2項前段は、文言的には、改正特措法の施行日当時、従前の使用権原による使用期間内である場合、すなわち、「使用期限の末日以前」である場合と、改正特措法の施行日当時、従前の使用権原による使用期間が終了している場合、すなわち、「使用期限の末日を経過後」である場合が含まれている。
このうち、「使用期限の末日以前」である場合は、文言上、同法15条1項の要件を充足するのみならず、従前の「使用期間の末日」以前に使用認定及び裁決申請がなされている場合に、担保を提供することを条件として、収用委員会の判断がなされるまでの間、「引き続き」従前と同様の使用をなす暫定的使用権を認めたという同条項の趣旨にまさしく合致する場合であり、この場合は、同条項の適用があることを確認的に明らかにしたに過ぎない。
ロ ところで、本件第2土地については、被告は、いずれも、この規定によって暫定使用権を取得しているところ、第2事件原告らは、上記規定の適用を受けるのは、実際は第2事件原告らを含む約3000人の未契約地主に限られ、同規定は一般性、抽象性を有しない旨主張するが、そもそも、改正特措法自体、在日米軍の施設及び区域内の土地について権利を有している土地のみを目的としているのであり(第2事件原告らも改正特措法自体憲法違反と主張しているものではない。)、適用対象が限定されることは当然の事理である。しかも、使用期間末日になっても必要な権利取得手続が完了しないこと自体は今後も有り得ないことではない。
してみると、改正特措法15条1項及び同法附則2項前段のうち「改正特措法の施行日当時、従前の使用期限の末日以前の場合」が、一般性、抽象性を有しないとはいえない。したがって、憲法41条に違反するものではない(なお、原告知花については、本件第1土地について改正特措法15条1項、2項前段のうち、改正特措法の施行日当時、従前の使用権原による使用期間が終了している場合、すなわち、「使用期限の末日を経過後」の場合に該当するが、前記のとおり、これによる暫定使用期間内の賃料相当損害金については既に填補されており、この期間にかかる慰藉料その他の損害については、後記のとおり憲法判断をするまでもなく、その請求に理由がないから、同条項については憲法判断をしない。)。
ハ 第2事件原告らは、沖縄県に基地が集中している点を強調し、なるほど、前記改正特措法の立法経緯からすると、立法の動機が第2事件原告ら(及び原告知花)に対する対応を主として考慮したところにあるといって差し支えなく、被告は、沖縄県に基地が集中し、基地が存在することにより生じる被害の絶えない現状を改善する努力よりも、国民の権利、利益を制限する方向で問題を解決しようとしたとみられなくもない。しかしながら、立法の動機と当該立法が一般性、抽象性を有するか否かは別個に解釈されなければならないのであり、憲法解釈としては、前記のとおりであるというほかはなく、立法の当否については当裁判所の判断対象ではないといわざるを得ない。
(4) 憲法95条違反の有無について
第2事件原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項は沖縄県だけに適用されるかのような主張をするが、改正特措法15条1項及び同法附則2項は実際上在沖米軍の施設及び区域の土地について適用されることが多いとはいえても、他の地域に適用される可能性がないとはいえない。
したがって、同条項が沖縄県だけに適用されるものであることを前提に憲法95条違反であるとする原告らの主張は、その前提を欠くというべきであり、採用できない。
(5) 以上に検討したとおり、改正特措法が憲法に違反するとする第2事件原告らの主張はいずれも理由がないものというべきところ、前記のとおり、被告は、改正特措法に基づき、間断なく担保を提供しているから、本件第2土地については、平成9年5月15日以降、被告の暫定使用権が発生している。
したがって、被告の占有は適法な占有である。
4 争点(3)(国会議員の立法行為の違法)について
上記のとおり、改正特措法15条1項及び同法附則2項前段は、第2事件原告らの関係で憲法に違反するものではないから、国会議員が明白な憲法解釈違反の立法行為を行ったことを前提とする第2事件原告らの主張は理由がない。
原告知花の関係では、仮に占有権限が認められないとしても慰藉料等の損害賠償請求に理由がないことは後記のとおりであるから、国会議員の立法行為が明白な憲法解釈違反かについては判断しない。
5 争点(4)(原告知花及び第2事件原告らの損害)について
以上のとおり、本件第2土地に関する被告の占有は適法な占有というべきであるから、第2事件原告らの損害賠償請求は理由がなく、前記の本件の経緯及び以上の説示からして、被告は現在、本件第2土地について暫定使用権を有しているというべきであるから、第2事件原告らの、被告に対して各本件第2土地の占有権原を有しないことの確認を求める請求に理由がないことは明らかである。
なお、一般に給付請求が可能である場合には、単なる権利の存在(もしくは不存在)確認請求は訴え(確認)の利益がないものとされるから、上記確認請求はその意味で訴え(確認)の利益を欠くものと解されないでもないが、以上説示のとおり、既に本案について理由がないので、この請求についても本案判決をすることが簡明である。よって、この点についてはこれ以上判断しない。
そこで、以下、原告知花主張の損害(本件第1土地の平成9年4月25日から平成10年9月2日までの賃料相当損害金を除く。)について検討する。
(1) 賃料相当損害金
イ 前記のとおり、被告による本件第1土地の占有のうち、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有は、占有権原のないものであるから、原告知花には、賃料相当額の損害が発生する。そして、<証拠略>によれば、賃料相当損害額としては、47万9671円が相当であると認められる。
ロ ところで、<証拠略>によれば、被告は、平成10年6月19日、上記賃料相当損害金相当額を「損失補償」として、原告知花に現実に提供した上、同月22日、これを供託したことが認められるので、これによって、被告の賃料相当損害金賠償債務は消滅しているか否かを検討するに、供託実務においては、債権の性質について争いがある場合の留保付受諾は否定されている(昭和39年7月20日民事甲2591号民事局長回答)。例えば、賃借人が賃貸借契約が存続していることを前提とする賃料の供託をするのに対して、賃貸借契約が終了していることを前提として、賃貸人がこれを賃料相当損害金として供託を受諾しようとする場合は、供託金払渡請求は却下される扱いとされているのである。すなわち、これを本件についてみると、前説示のとおり、原告知花は本件第1土地について賃料相当損害金としてこれを取得する権利を有するのであるが、被告のした供託を賃料相当損害金として受領することはできないということにほかならない。してみると、被告が前記のとおり、上記賃料相当損害金相当額を「損失補償」として提供し、供託したとしても、それは、債務の本旨に従った提供でも適法な供託でもないというほかはなく、そのことによって被告の債務が消滅するいわれはないといわなければならない。もとより、原告知花は留保を付けることなく供託を受諾することはできるのであるが、その場合は供託書記載の供託原因での債務消滅効が生じることとなると解されるから、債権の性質に争いがある以上、原告知花において供託を無条件で受諾すべきであるともいえない。
この点、被告は、改正特措法附則3項ないし5項は、その金員の法的性質が不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権又は損失補償請求権等のいずれであるかを問うことなく、所有者らの通常受ける損失を補償したものであると主張し、本件における供託の原因は必ずしも適法行為による損失の填補に限定されていないかのような主張をするが、本件が、そもそも改正特措法附則3項ないし5項による損失補償がされるべきか否かという債務の性質に起因する争いである以上、原告知花が供託を無条件で受諾すべきであるとはいえず、被告の主張は採用できない。
(2) 慰藉料
原告知花は、本件第1土地を被告が占有することにより精神的苦痛を受けたことを理由として慰藉料の請求をするので検討するに、財産権の侵害によって精神上の苦痛を受けたとしても、その苦痛は、その財産的損害が回復されれば慰藉されるのが原則であり、それでもなお慰藉され得ない精神上の苦痛を受けたと認めるべき特段の事情がある場合に限って、慰藉料の請求が認められると解するのが相当である。
なるほど、本件第1土地については、前記経緯によって、被告は従前の賃貸借が終了したのにもかかわらず占有権原を取得することができない状態に陥り、改正特措法によるものでなければ、原告知花の明渡請求に対抗することが困難な状況にあったのであって、にもかかわらず、被告(担当職員)は、故意に(違法であることを充分認識しつつ)本件第1土地の占有を継続したと見られ、他方、原告知花とすれば、本件第1土地の返還を受けられるものと期待していたであろうことは推測に難くない。しかるに、改正特措法の成立、公布といういわばゲームの途中でルールを変えるに等しい手段により本件第1土地は返還されないこととなったのであって、原告知花がいわゆる反戦地主であり、反戦について強固な信念を有していると推測されることにも思いをいたすと、原告知花の怒り、口惜しさは、理解できないではない。
しかしながら、原告知花のこのような期待は、実定法上の根拠をなんら有しないというほかはないものであり、法律上保護すべきものとはいえない上、原告知花の思想や信条は財産権の侵害によって侵害されるものでないことはいうまでもない。さらに、原告知花は、本件第1土地を父からの贈与により取得したにすぎず、本件証拠上も、本件第1土地についてなんらかの具体的な利用計画を策定したとは認められず(<証拠略>)、加えて、結局のところ、本件第1土地については使用裁決がされているのであって、これらの事情からすると、土地の無権原占有の場合に通常予想される以上の損害が原告知花に法律上生じたとは認められない。
(3) 仮処分申立て関連費用
また、原告知花は、本件仮処分の申立てに関連して支出した弁護士費用、内容証明郵便代及び鑑定意見書作成費用も損害であると主張するが、そもそも仮処分は、本案についての権利関係を疎明に基づいて暫定的に定めるものにすぎず、終局的な権利関係は本案訴訟において最終的に確定させることが予定されており、その意味で実体上の権利を実現するための必須の手続であるとは言い難いことに加え、前記のとおり、本件仮処分申立ては和解で終了しており、そこでは法定の申立費用すらも各自の負担とされていること(<証拠略>)を考慮すれば、前記弁護士費用及び鑑定意見書作成費用は、被告の無権原占有と相当因果関係のある損害とはいえないし、もとより、その余の内容証明郵便代についても、原告知花の権利を実現させるに当然必要とされる手続といえない以上、相当因果関係があるとはいえない。
(4) 弁護士費用
本件無権原占有は、従前の契約関係終了後もその占有を継続したというものであって、契約関係の終了に付随する紛争であるという側面を有しており、弁護士強制制度を採らない現在の我が国の民事訴訟制度を前提とすると、このような訴訟についての弁護士費用についてその賠償を認めることはできない。
6 以上によれば、原告知花の請求は、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の賃料相当損害金を求める限度で理由があるから、これを認容し、第2事件原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について、民事訴訟法61条、64条、65条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引穣 鈴木博 高松みどり)
当事者目録<略>
物件目録
1 沖縄県中頭郡読谷村字波平前原567番
宅地 236.37平方メートル
2 沖縄県沖縄市字森根伊森原272番地
宅地 498.66平方メートル
(登記簿上 489.25平方メートル)
3 沖縄県沖縄市字森根石根原359番地
山林 1223.89平方メートル
(登記簿上 1203.00平方メートル)
4 沖縄県沖縄市字森根石根原361番の2
畑 4633.22平方メートル
(登記簿上 4633.00平方メートル)
5 沖縄県沖縄市字森根石根原362番
宅地 1212.62平方メートル
(登記簿上 1186.77平方メートル)
6 沖縄県沖縄市字森根石根原385番
山林 1059.47平方メートル
(登記簿上1041.00平方メートル)
7 沖縄県中頭郡嘉手納町字東野理原351番
畑 141.99平方メートル
(登記簿上 138.00平方メートル)
8 沖縄県宜野湾市字大山勢頭原2500番
畑 2507.90平方メートル
(登記簿上 2439.00平方メートル)
9 沖縄県宜野湾市字宜野湾馬場下原993番
畑 1326.41平方メートル
(登記簿上 1292.00平方メートル)
10 沖縄県沖縄市字知花曲茶原2291番
原野 1473.03平方メートル
(登記簿上 1398.00平方メートル)
11 沖縄県浦添市字城間嵩下1112番
畑 387.83平方メートル
(登記簿上 386.00平方メートル)
暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分)<省略>
暫定使用の担保金について(改正特措法違憲訴訟原告分)<省略>
第2事件原告らの賃料相当損害額<省略>