大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇地方裁判所 平成11年(ワ)209号 判決 2002年5月14日

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は、原告Aに対し、金5億2000万円及びこれに対する平成10年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告Bに対し、金1607万7800円及びこれに対する平成10年2月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  争いのない事実等

(1)  安里川は、那覇市に位置し、その源を同市東部の弁ケ岳に発して市街地中心部を貫流し、東シナ海に注ぐ流域面積8.6平方メートル、流路延長約7キロメートルの2級河川であり、被告は、公共用物である安里川の管理者である。

(2)  原告Aは、安里川上流域に隣接する、那覇市ab丁目c番地のd、同番地のe、同f番地のg、同番地のh、同番地のiの5筆の土地(以下まとめて「本件土地1」という。)を所有者C外2名から使用貸借に基づいて借り受け、平成8年1月ころから、ソテツその他の花卉類を栽培していた。

原告Bは、安里川沿いにある、那覇市ab丁目j番、宅地82.97平方メートルの土地(以下「本件土地2」という。)を所有している。

(3)  平成10年2月18日から同月20日にかけて、那覇市内に大雨が降り、そのため那覇市a4丁目12番地先付近において安里川が氾濫し、流水による被害が発生した(以下「本件氾濫」という。)。現在の本件土地1及び2付近の安里川の形状の概略は、別紙1のとおりである。

2  原告らの主張

(1)  本件氾濫前の本件土地1及び2付近の安里川の形状の概略は、別紙2のとおりであり、安里川の中央部には、大きな根石が4個とアカギの成木が2本存在し、川の流れを阻害していた。本件氾濫は、この根石及びアカギに土砂や雑木等が引っかかり、流水の正常な調節機能が阻害されたことにより発生したものである。

さらに、被告が本件氾濫箇所の上流に川床工事や護岸工事を施工していたことで、本件氾濫箇所における流量が大幅に増加し、溢水氾濫の危険性が著しく増幅することとなった。

被告は、安里川の維持管理をする者であり、水路を遮断する状態で存在していた根石が流水の正常な機能を阻害しており、大雨になれば、根石付近の河川が氾濫、溢水し、付近に甚大な被害が発生する可能性について認識していたのであるから、根石を速やかに除去する等の緊急措置を執り、氾濫、溢水の発生を未然に防止するべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、根石を放置していた結果、本件氾濫が発生し、原告らに次のとおりの損害を発生させたものである。

したがって、被告は、原告らに対し、不法行為による損害賠償責任を負う。

(2)  原告Aの損害

本件氾濫により、原告Aが本件土地1において栽培していたソテツ、新種の花卉類及びオリジナル肥料等の資産が流出し、原告Aは、次のとおりの損害を被った。

① 白ソテツ2532本(単価3万円)  7596万円

② 黄金ソテツ5928本(単価3万円)  1億7784万円

③ まだらソテツ5070本(単価3万円)  1億5210万円

④ モスグリーンソテツ1万1868本(単価3000円)

3560万4000円

⑤ 黄金ソテツ親株9本(単価300万円)  2700万円

⑥ まだらソテツ親株7本(単価400万円)  2800万円

⑦ オリジナル肥料、種子類、その他  2500万円

合計 5億2150万4000円

(3)  原告Bの損害

本件土地2は、本件氾濫により削られて流出し、農地、道路、駐車場等として使用されていた機能が失われた。本件土地2を復元するには、1607万7800円が必要である。

(4)  よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償として、原告Aに損害額の内金5億2000万円、原告Bに1607万7800円及びそれぞれに対する本件不法行為による損害発生の日の翌日である平成10年2月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

(1)  本件氾濫前の本件土地1及び2付近の安里川の形状の概略は、別紙3のとおりであり、川の中央部にアカギは存在せず、根石は河道底部を構成する岩盤の一部であり、川の流れを阻害するような形状ではなかった。また、本件氾濫以前には、本件土地1及び2付近の土地について溢水被害が発生した旨の訴えは全くなかったことから、被告が本件氾濫を予見することはできず、根石の撤去工事を行うべき緊急性はなかった。

本件土地1及び2付近の上流部については、昭和62年6月の豪雨で護岸が浸食され、法面が崩落したことから、災害復旧工事をしたもので、河道拡幅を伴わない工事であるから、流量が著しく増加するなどということはない。

よって、被告には、安里川の管理に関して瑕疵はなかった。

(2)  たとえ、本件氾濫前の安里川の形状が原告主張のとおりであったとしても、沖縄県知事は、平成9年11月9日、安里川改良工事全体計画を策定し、同月28日、建設大臣の認可を受け、上流域における金城ダムの建設及び支流における遊水池の建設を柱とし、引き続き下流部から順次上流部に向けて河道拡幅工事を進めている最中である。本件土地1及び2付近は、未改修地域であるが、未改修部分につき水害発生の危険性が特に顕著となり、早期に改修工事を施工しなければならないと認めるべき特段の事情もなく、安里川の管理に瑕疵はない。

(3)  原告らが主張する損害は、いずれもその主張を裏付ける証拠がなく、被告が負担すべきものとは認められない。

第3当裁判所の判断

1  本件氾濫前の根石の状況

本件氾濫後の本件土地1及び2付近の安里川の形状の概略が、別紙1のとおりであることは争いがない。原告は、本件氾濫前、特に別紙2に記載された②の根石及びアカギの成木(1)及び(2)の2本が安里川の流れを阻害していたと主張する。

(1)  乙第14号証の写真③(以下「氾濫前写真」という。)は、本件氾濫前である平成2年度に被告土木建設部河川課が作成した安里川河川現況台帳(乙19)に掲載されている写真であり、那覇市ab丁目f番地g先、すなわち、本件土地1付近の様子を下流から上流に向けて撮影したものである。同写真には、別紙2に記載のある、ガジマルの生えた岩石(前記写真左側)と④の根石(同写真右側)の間に木材を橋渡したと思われる簡易歩道橋が撮影されており、両岸から岩石がせり出して川幅が狭くなっているものと認識される。しかし、別紙2で原告が主張するような簡易歩道橋の真下に位置して川幅を塞ぐような形状の②の根石は存在せず、川の中央部に位置して川底から生えているとされるアカギの成木(1)及び(2)も見受けられない。むしろ、ガジマルの生えた岩石の対岸で簡易歩道橋の根元、すなわち、④の根石の上にしっかりしたアカギの成木が生えていることが認められる。原告Aは、④の根石の上に生えていたのはヤシであると供述するが、原告Bの夫である証人Dは、ヤシかアカギか分からないと曖昧な証言に終始しており、原告Aの供述は信用できない。

原告側において本件氾濫直後の様子を撮影した各写真(甲1の1ないし5、甲6ないし10、甲11ないし13、甲19の1ないし4)によれば、別紙2のアカギの成木(1)のあたりに、アカギと思われる木の切り株が認められる(本件氾濫から約2か月後の様子を撮影した乙14の写真⑦及び⑭も同様)。しかし、この切り株は、川底から生えていた木の残存物ではなく、側の小さな岩塊に付着して生育していたものと認識され、証人Eも同様に証言する。また、氾濫前写真において別紙3の④の根石の先端部に生育していたアカギの成木が、本件氾濫直後の様子を撮影した前記写真(特に甲1の2、3及び5)では見受けられないことからすると、前記切り株は、別紙3の④の根石に生育していたアカギの成木の根元付近の岩塊が、根石から分離して川の中に崩落して形成されたものと推測するのが相当である。

(2)  原告が②の根石が存在したと主張する部分(甲7の写真の撮影対象。これは乙14の写真⑤のA、B、C、Aを順次直線で結んだ線でで囲まれた範囲の部分に当たる。)には、本件氾濫直後、確かに木材や土砂が堆積して完全に川を塞ぐ形の塊状のものの存在が認められる(甲6ないし8)。

しかし、本件氾濫直後を撮影した乙第14号証の写真⑤を見ると、Cの部分に根石が存在することは明らかであるが、それがCB間にまで張り出しているか否かは必ずしも判然とせず、CB間には単に木材や土砂及び岩塊が堆積しているにすぎないとも解し得る(この点は甲6ないし8の写真でも同様である。)。

もっとも、本件氾濫から2か月後の平成10年4月13日及び同月16日に撮影された写真(乙14の写真⑦及び⑭)では、同写真⑤のCの部分の根石がほぼそのままの形状で存在している(この部分は、現状を図示した別紙1では根石①の一部として描かれていると思われる。)ものの、同写真⑤のBC間の部分は流路となっており、BC間の部分に仮に根石があったとすれば、その部分が除去されていることになる。

この点、原告らは、本件氾濫直後の復旧作業の際、②の根石は除去されたと主張している。しかし、復旧作業の際、流木及び土砂等を運び出すためのトラッククレーン及びチェーンソーは使用されているが、その他の道具は使用されておらず、費用も36万円程度にすぎない(乙11の1及び2)。また、復旧作業に携わった作業員も、南部土木事務所のEからの指示もあって、根石の除去を行っていないとの報告書を提出している(乙15ないし17、証人E)。さらに、復旧作業を撮影したビデオテープ(甲15)には、流木や草や土砂を手作業でかき集め、ビニールシートの上に積載してシートごとトラックにクレーンで引き上げる作業は撮影されているが、根石をつり上げたり、根石を砕いて除去するような作業は撮影されていない。したがって、本件氾濫後に被告が根石を撤去した事実は認められず、原告の主張は採用できない。

(3)  証人D、証人F及び原告Aは、いずれも本件氾濫前、別紙2のとおり、川の中央部付近に4個の根石とアカギの成木が2本あって、川の流れを阻害していたと供述する。

しかし、アカギの成木(1)及び(2)の大きさについて、証人Dは、成木(1)が、直径60センチメートルくらいで高さ7、8メートルくらい、成木(2)が、直径40センチメートルくらいで高さ4、5メートルくらいであったと証言するのに対し、証人Fは、成木(1)が、直径4、50センチメートルで高さが14、5メートルくらい、成木(2)が、直径30センチメートルくらいで高さが12、3メートルくらいと証言し、原告Aは、成木(1)が、直径50センチくらいで高さ10メートル以上、成木(2)が、直径30センチくらいで高さ8メートルくらいであったと供述しており、3人の証言内容にはかなりの相違が認められる。しかも、これらのアカギの成木がいつ頃から存在したかについて、証人Fは、平成2年ころには既に存在したはずであると証言しているのに対し、証人Dは、氾濫前写真を提示されて、平成2、3年ころからあったかどうかは定かではないと曖昧な供述をしている。原告Aは、平成2年ころには存在したが、氾濫前写真には写っていないと供述する。しかし、別紙2に記載されているアカギの位置及び原告Aらが供述する大きさからすれば、氾濫前写真には、当然、アカギの成木が撮影されているはずであり、原告Aらの供述とは矛盾するものである。しかも、平成2年ころに存在しなかったアカギが、本件氾濫までの7、8年の期間で、上記のような成木にまで成長したとは到底考えられないから、上記の供述はいずれも信用することができない。

(4)  証人Dは、平成3、4年ころ、現在県会議員であるGを伴い、那覇市役所と沖縄県南部土木事務所とを陳情のために訪れているが、その陳情の内容は、本件土地2が例年の溢水氾濫のために少しずつ浸食されていく状況にあることを理由として、本件土地2の原状回復又は買取りを要請したものであって、川の中にあるという根石やアカギの撤去を求めたことはないものと認められる(証人D)。仮に、根石やアカギが川の氾濫を引き起こす危険性のある状態にあるとすれば、当然、これらの撤去をも陳情するものと考えられるところ、これらの撤去の陳情がされなかった以上、証人Dが、それほどの氾濫の危険性を認識していなかったことは明らかである。

(5)  原告Aは、本件氾濫前の平成9年11月ころ、根石が原因で安里川が氾濫し、本件土地1が冠水し、ソテツが100本ないし150本くらい泥水をかぶって被害を受けたため、当時、HとIを伴い、南部土木事務所のG、K課長補佐に対し、また、県庁の土木部河川課L係長及びM課長補佐に対し、4個の根石の撤去を要請したことがあると主張し、同旨の供述をする。

しかし、そのような陳情は受けていないとのK課長補佐らの陳述書(乙21の1ないし3)が提出されている上、本件氾濫後に原告Aらが沖縄県に対して提出した要請文書(甲28ないし31)には、平成3、4年ころに那覇市役所や南部土木事務所を訪れて陳情した旨が記載されているが、平成9年11月ころの被害及び陳情については、一切触れられていない。

また、原告Aにおいて、一度本件土地1が冠水してソテツが被害を受けた経験があり、しかも、平成9年9月に財団法人ポスタルサービスセンター沖縄支部とソテツのゆうパック用沖縄特産品の指定を受ける契約を交わして、その時点でのソテツの価値が約5億円と把握していた(原告A)のであれば、その後に保険を掛ける等の措置や溢水についての対策を講じるはずであるが、その後も従前同様、漫然と本件土地1上でソテツを栽培し続けていたことは、極めて不自然というほかない。

したがって、本件氾濫前に根石の除去を陳情していたという原告Aの供述は信用できず、また、原告Aの主張に沿うIの陳述書(甲43)及びNの陳述書(甲44)も、同様の理由により信用できない。

(6)  原告A及び原告ら申請の証人D及び同Fは、各尋問において、根石が4個及びアカギの成木が2本存在したと明確に供述しているところ、原告らは、当初、訴状(平成11年5月19日陳述)において、根石は3個と主張するのみで、アカギの存在には全く触れられておらず、訴え提起から1年以上経過した平成12年5月10日付け準備書面(同年5月12日陳述)において、初めて根石が4個及びアカギの成木が2本存在したと主張するに至ったものである。

また、原告Aは、第7回口頭弁論期日である平成13年8月15日に至って、初めて本件氾濫で流されたというソテツ親株の仕入事実について領収書(甲38ないし41)を提出したところ、甲第38及び第39号証の領収書は、それぞれ平成3年12月7日及び平成4年5月10日作成とされているにもかかわらず、「消費税5%」との記載がある。しかし、消費税の税率が5%に変更されたのは平成9年4月1日からであり、また、甲第38号証には、平成5年7月1日から適用される大蔵省告示に基づく収入印紙(乙24の1ないし3)が貼付され、平成4年2月28日作成とされている甲第40号証にも、同種の収入印紙が貼付されている。したがって、これらの領収書は、作成日に真正に作成された領収書であるとは到底認め難い。

そして、原告Aは、これらの領収証について、平成3年及び平成4年に作成され、当時受け取ったもので事務所のテーブルに封筒に入れて保管していたと供述する(原告A)。

以上のような訴訟経緯等からみても、②の根石と2本のアカギの成木が存在したという原告Aの供述は信用し難く、前述のとおり、この点に関する証人D及び同Fの証言も信用できない。その他に原告主張の②の根石並びにアカギの成木(1)及び(2)の存在を認めるに足りる証拠はない。

2  また、原告らは、被告が本件氾濫箇所の上流に川床工事や護岸工事を施工したことにより、本件氾濫箇所における流量が大幅に増加し、溢水氾濫の危険性が著しく増幅したと主張する。

しかし、前記説示のとおり、本件氾濫前の現場付近の形状が、原告らの主張とは大きく相違しており、もともと本件氾濫箇所に溢水氾濫の危険性が容易に看取できたとは認められない上、原告が指摘する工事(甲5の1ないし12)は、川幅の拡幅を伴わない災害復旧工事であって(乙12、13)、この災害復旧工事が本件氾濫の原因となったと認めるに足りる証拠もない。

3  以上のとおり、本件氾濫の原因であると原告らが主張する②の根石及びアカギの成木の存在は認められないから、それらの存在を前提とする原告ら主張の不法行為は成立しない。

よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 高松宏之 裁判官 瀬戸さやか)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例