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那覇地方裁判所 平成11年(ワ)736号 判決 2001年3月21日

本訴原告(反訴被告)

合資会社M運輸(以下「原告」という。)

同代表者無限責任社員

甲野一郎

同訴訟代理人弁護士

平田清司

本訴被告(反訴原告)

乙原二郎(以下「被告」という。)

同訴訟代理人弁護士

金城睦

主文

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  原告は,被告に対し,6万1920円及びこれに対する平成12年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告のその余の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は,本訴について生じた部分は全部原告の負担とし,反訴について生じた部分はこれを4分し,その3を被告の,その余を原告の負担とする。

5  この判決は,被告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴

被告は,原告に対し,468万1247円及びこれに対する平成8年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  反訴

原告は,被告に対し,25万4944円及びこれに対する平成12年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,運送業者である原告が,原告の従業員であった被告が原告のクレーン車を運転中起こした交通事故について,被告に対し,民法709条及び715条3項に基づき,損害賠償金468万1247円及びこれに対する上記事故の日である平成8年11月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(本訴)のに対し,被告が,原告に対し,未払の労災保険金及び源泉徴収還付金合計25万4944円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成12年8月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(反訴)事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は,一般区域貨物自動車運送事業を営む会社であり,甲野一郎が代表者を務めている。

(2)  被告(昭和45年12月5日生まれである。)は,平成7年4月から平成10年3月11日まで,原告の従業員として勤務し,クレーン車の運転等に従事していた。

(3)  被告は,平成8年11月20日午前10時15分ころ,沖縄県中頭郡北谷町<以下略>を,原告所有のユニッククレーン車(番号「沖縄○○き○○○号」。以下「本件自動車」という。)を運転して走行中,クレーンのブームを歩道橋に衝突させるという交通事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

(4)  被告は,本件事故の際,本件自動車の荷台にスーパーハウス(移動式の事務所等)を積載して走行していたのであるから,クレーンのブームを縮め,これを前方に向けて一杯に伏せ,フックをブーム先端の所定の位置に格納する義務があるのにこれを怠り,漫然とブームを立てたまま走行したため,これを地上高4.5メートルの歩道橋に衝突させた過失がある。

(5)  被告は,原告に対し,本件事故の損害賠償の一部として,平成9年1月から平成10年2月まで毎月3万円宛て合計42万円を支払った。

2  争点

(1)  本件事故による原告の損害額(本訴)

(2)  原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)及び求償権行使(同法715条3項)の可否(本訴)

(3)  被告の原告に対する労災保険金及び源泉徴収還付金支払請求権の有無(反訴)

3  当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告)

本件事故により原告は次のとおり合計510万1247円の損害を被った。

ア 道路清掃費3万円

本件自動車の油圧オイルが漏れ路面を汚したため,原告は,A株式会社に対し清掃費用3万円(保険免責額)を支払った。

イ スーパーハウス運搬費2万8000円

搬送中のスーパーハウスが破損したため,原告は,Bクレーンに対し修理業者C産業までの搬送費用2万8000円を支払った。

ウ クレーン使用料4万円

上記搬送に際しての積み替えのために,原告は,Bクレーンに対し自動車使用料4万円を支払った。

エ スーパーハウス修理費18万7460円

スーパーハウスの修理のため,原告は,株式会社D工機(以下「D工機」という。)に対し修理費18万7460円を支払った。

オ レッカー使用料3万5000円

自走不能となった本件自動車の原告車庫への牽引のために,原告は,有限会社Eレッカーに対しレッカー使用料3万5000円を支払った。

カ 車体修理費84万円

曲がった本件自動車のシャシーの修理のために,有限会社F開発に対し修理費84万円を支払った。

キ 荷台製作費及び資材代84万6250円

上記修理によっても本件自動車にユニッククレーンを再度積載することは不可能であったため,原告は,カーゴとして使用するため荷台を改造したが,その見積もり費用が84万6250円であった(原告自ら製作したが同額の費用がかかった。)。

ク ユニッククレーン損失192万6036円

本件自動車に積載していたユニッククレーンは,平成5年11月15日に275万1481円で購入したものであるが,本件事故により使用不能となった。

クレーンの耐用年数を10年とすると,購入3年後の本件事故当時の時価は192万6036円である。

ケ 得べかりし利益7万円

原告は,スーパーハウス運搬費7万円をD工機から取得できなかった。

コ 営業損失109万8501円

本件自動車が使用できなかった3か月間の原告の営業損失は109万8501円である。

(被告)

ア 原告主張の損害のうちカ,キは実際に支払われていない。また,クに関し,クレーンは中古品であり,その耐用年数はせいぜい5年である。コについては,原告は他に多数の営業用車両を保有しており,本件自動車が使用できなかったからといって営業損失が生じたとはいえない。

イ その余は知らない。

(2)  争点(2)について

(被告)

貨物運送業者は,業務の遂行に当たり,あり得べき事故や損害の発生に備えて損害保険に加入しておくことは常識といってよい。したがって,本件事故において損害保険により補てんされなかった損害は原告が負担すべきものであり,これを従業員である被告に対し請求するのは筋違いである。

また,原告が日常的に従業員に対し加(ママ)重労働を強制し,10トン車に23トンもの積載を命ずることもあったことからすると,本件事故の責任の一端は原告にあるというべきである。

被告は,本件事故当日,午前8時(以下,午前の表記は省略する。)までに読谷村へ到着するよう命ぜられ,出勤時刻の1時間前の7時に出勤して本件自動車で原告車庫を出発した。ところが,走行中,沖縄市在のD工機へ向かい,スーパーハウスを積載して午前11時30分ころまでに今帰仁村の運天港まで運搬するよう指示され,急遽行き先を変更した。そして,1人でスーパーハウスを積載し,構内を出ようとしたが,出入口の構造上クレーンのブームを斜めに上げなければならず,いったん伏せたブームを持ち上げてここを出たところ,時間に余裕がないと焦っていたために再度所定の位置に伏せ直すことを失念し,そのまま走行して本件事故を起こした。この経過からすると,本件事故の責任を原告のみに負わせるのは酷というべきである。

以上の事情を総合すれば,原告が,すでに42万円を支払った被告に対し損害賠償金等の支払を求めるのは許されない。

(原告)

本来伏せておくべきクレーンを立てたまま走行した被告には重過失があるというべきであり,本件事故の責任は被告が負うべきである。

原告が従業員に加(ママ)重労働を強制したり,制限違反の積載を命じたことはない。また,本件事故当日被告に対し行き先の変更を指示した事実もない。D工機の出入口は,クレーンのブームを伏せたまま容易に出入りできる構造であり,被告の運転技術が未熟であったから本件事故が起きたというべきである。

原告のような零細企業ではすべての損害保険に加入する余裕がなく,したがって,待合室に就業規則を備え置いたり,朝礼で安全管理を徹底するなどの対策を講じている。

したがって,被告は原告に対し本件事故による損害を賠償すべきである。

(3)  争点(3)について

(被告)

ア 被告は,平成10年2月5日,宜野湾市内の資材置き場において,原告の業務に従事中,積み重ねた鉄骨の上から足を滑らせて転落し,右膝打撲の傷害を負って,同月10日から同年3月14日まで休業した。

被告は,この労働災害に関し労災保険請求手続に着手したが,原告代表者が担当従業員に対し同手続を取らないよう命じたため,労災保険金19万3024円の支払を受けられなかった。

イ 原告は,被告の給与の源泉徴収分につき6万1920円の還付を受けたがこれを被告に交付しない。

(原告)

ア 被告の主張アはすべて否認する。

イ 同イは認める。

第3争点に対する判断

1  争点(1)について

(1)  証拠(関係箇所に掲記したとおり)によれば,原告が本件事故により被った損害として認められるのは,次のとおり169万6201円である。

ア まず,油漏れ処理台(ママ)としてA株式会社に支払った3万円(<証拠略>),クレーン使用料及びスーパーハウス運搬代としてBクレーンに支払った6万8000円(<証拠略>),スーパーハウス修理費としてD工機に支払った18万7460円(<証拠略>,弁論の全趣旨),レッカー使用料として有限会社Eレッカーに対し支払った3万5000円(<証拠略>)が,いずれも本件事故により原告に生じた損害であると認められる。

イ 原告が平成5年11月15日に株式会社G自動車整備工場から275万1481円で購入したクレーン(<証拠略>)は,本件事故により使用不能となった(<証拠略>)が,中古品であったと推認されること(弁論の全趣旨)からすると,本件事故当時の時価は購入価格の半額の137万5741円であったと認めるのが相当である。

原告は,クレーンの耐用年数を10年とすると,購入3年後の本件事故当時における時価は192万6036円であると主張するが,原告はこれに関し商業帳簿などの客観的資料を提出しないし,減価償却期間経過後の残存価値も考慮しておらず,失当である。

(2)  原告が車体修理費として有限会社F開発に84万円を支払ったこと,荷台製作費及び資材代として84万6250円相当を要したこと,スーパーハウス運搬費7万円をD工機から取得できなかったこと,本件自動車が使用できなかった3か月間の営業損失が109万8501円であることを認めるに足りる的確な証拠はない(<証拠略>はいずれも見積書にすぎずにわかに採用できない。なお,原告代表者もF開発に対し実際に支払をしていないことを自認している。また,上記運搬費及び営業損失に関する客観的証処はいっさい見当たらない。)。

2  争点(2)について

(1)  前記争いのない事実等に証拠(<証拠略>,原告代表者,被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,本件事故の前後の事情について,次のとおりの事実が認められる。

ア 被告は,本件事故当日(平成8年11月20日),8時までに読谷村へ到着するよう命ぜられ,出勤時刻が8時であったにもかかわらず,7時12分に出勤し,本件自動車で西原町小那覇の原告車庫を出発した。ところが,読谷村へ向けて走行中,配車係から携帯電話に,沖縄市山内2丁目のD工機スーパーハウス展示場でスーパーハウスSH80型を積載し,11時30分までに今帰仁村の運天港まで運搬せよとの指示が入り,これに従って,沖縄市方面へ行き先を変更した。

イ 本件自動車の荷台の長さは8メートル強,幅は2メートル40センチであるが,上記スーパーハウスSH80型は長さ8メートル,幅3メートルの大型のもので,被告は,これを補助者なしで1人で積載したため,荷台を長さで約25センチ,幅で両側に30センチずつはみ出した状態とならざるを得なかった。被告は,積載後,いったんクレーンのブームを前方に一杯に伏せて(上記スーパーハウスの高さは2メートル59センチあり,ブームを後方に伏せることはできない。なお,原告は,「ブームを格納する」と表現するが,(証拠略)によれば,格納するのはフックであり,「ブームを伏せる」とするのが正確である。),展示場の構内を出ようとしたが,荷物が荷台からはみ出した状態では,出入口の構造上,フェンスにフックが引っかかる危険があったため,本件自動車を円滑に転回させるために,いったん一杯に伏せたブームを斜めに上げて,公道に出た。その際,被告は,再度ブームを一杯に伏せ直すべきであったが,指定された時刻までに目的地である今帰仁村の運天港に到着しなければならないことに気が急いて,これを元に戻すことを失念し,そのまま走行した結果,高さ4.5メートルの歩道橋にブームを衝突させるという本件事故を起こした。

ウ 原告は,クレーンにつき,H海上火災保険株式会社との間で機械保険契約を締結しているが,同契約にはクレーンの移動中の事故に関しては保険金を支払わない旨の特約がある。その他,原告が本件自動車につき自損事故による車両損害を担保するタイプの損害保険契約を締結していた形跡はない。

エ 原告は,本件事故後,本件事故の賠償金名目で,被告の同意を得て,平成9年1月から平成10年2月まで毎月3万円宛て合計42万円を給料から差し引いた。ただし,差し引きの終期につき合意はなく,これが終わったのは被告が出勤を止めたからであった。なお,被告は,本件事故前に追突事故を起こしたことがあり,原告代表者は被告の業務遂行能力や仕事ぶりを問題視していた。

(2)  本件事故につき被告が責任を負うべきことは当事者間に争いがない事実であるところ,前記認定の本件事故に至る経緯に照らすと,被告が本件自動車の円滑な転回のためにいったん伏せたクレーンのブームを斜めに上げたことはやむを得ない措置であったというべきであり,そうだとすると,本件事故について被告に重過失があったとは認め難い。

また,被告には業務中の事故歴があって,原告代表者は被告の業務遂行能力等を問題視していたのであるから,原告において被告が再度交通事故を起こす危険があるを(ママ)予測できたというべきであるが,そうであるにもかかわらず,原告は,損害保険契約の内容を見直すなどの適切なリスク管理を怠ったばかりか,被告に補助者をあてがわずに大型のスーパーハウスを積載させるなど,本件事故に対する万全の予防策も講じなかった。そして,本件事故が起きるや,被告の同意を得たとはいえ,給料から3万円を終期も決めずに継続して差し引いたため,被告の手取り額は13万円程度(<証拠略>)となっていたのであって,このことが被告に退社を決意させる遠因となったとも考えられるところである。

これらの点からすると,原告が,本件事故により生じた総損害額(169万6201円)の約24.7パーセントに当たる42万円を弁済した被告に対し,さらに損害賠償金の支払を求めたり求償権の行使をすることは,損害の公平な分担の見地から,許されないというべきである。

なお,仮に原告が従業員控室に就業規則の写しを備え置いていたとしても,このことが原告の責任を軽減すべき事由に当たるとは解し難い。

3  争点(3)について

(1)  証拠(<証拠略>)によれば,被告は平成10年2月に21日間出勤したこと,転落事故による負傷についての治療が同年3月11日の1回だけであることが認められ,これによれば,同年2月5日に負傷しその後欠勤していたとの被告の主張は失当である。

(2)  原告が,被告の給与の源泉徴収分につき6万1920円の還付を受けたがこれを被告に交付しないことは当事者間に争いがない。

4  以上によれば,原告の本訴請求は理由がなく,被告の反訴請求は,還付金6万1920円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成12年8月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は失当である。

第4結論

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 松田典浩)

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