那覇地方裁判所 平成12年(わ)360号 判決 2001年10月18日
主文
1 被告人Aを懲役13年及び罰金80万円に処する。
未決勾留日数中280日をその懲役刑に算入する。
その罰金を完納することができないときは金5000円を1日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
押収してあるけん銃86丁(平成13年押第13号の5から90まで),実包1038個(同号の91,93,95,97,99,101,103,105,107)及び弾丸・薬きょう各69個(同号の92,94,96,98,100,102,104,106,108)並びに沖縄県石垣市所在の有限会社D資材置場で保管中のヨット1隻(平成13年那覇地方検察庁領第58号符号1382),沖縄県E警察署で保管中のゴムボート1隻(同符号1373)及びオール1本(同符号1374)を同被告人から没収する。
2 被告人Bを懲役7年に処する。
未決勾留日数中280日をその刑に算入する。
3 被告人Cを懲役7年に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1被告人A及び同Cは,F1と共謀の上,偽造された別人名義の運転免許証を利用するなどして消費者金融会社からいわゆるローンカードをだまし取り,そのカードを使用して金員を盗み取ろうと企て,
1 平成12年6月24日,京都市伏見区所在のG株式会社H支社I支店が管理する自動契約コーナーにおいて,同コーナーに設置された自動契約機を介して,同市中京区同社J勤務のK1らに対し,実際に借入申込みを行うのは被告人Aで,その生年月日は昭和36年6月12日であり,有限会社Lで稼働している事実はなく,Mは親族でないのに,氏名欄に「N」,勤務先欄に「㈲L」,親族欄に「M」等と記載されたO1会員入会申込書をK1に提示した上,氏名欄にN,生年月日欄に昭和40年7月3日等と記載され,同被告人の写真が貼付された偽造の運転免許証を確認書類として提示し,K1を介してその上司であるK2にその旨誤信させ,同日同人をして同社(代表取締役K3)が管理する借入極度額50万円等の基本契約を内容とするN名義のO1カード1枚の発行を決定させ,即時同自動契約コーナーにおいてその発行を受けてこれをだまし取り,
2 同日,京都市伏見区所在のP株式会社Q支店管理に係るR自動契約コーナーにおいて,同コーナーに設置された自動契約機を介して,同市中京区同社S審査係T1らに対し,前同様,氏名欄にN,生年月日欄に昭和40年7月3日等と記載され,被告人Aの写真が貼付された偽造の運転免許証を確認書類として中嶋に提示した上,氏名欄に「N」,生年月日欄に「昭和40年7月3日」,勤務先欄に「㈲L」,親族欄に「M」等と記載された借入申込書を提示し,T1らをしてその旨誤信させ,同日同人をして同社(代表取締役T2)が管理する借入極度額50万円等の極度借入基本契約を内容とするN名義のPカード1枚の発行を決定させ,即時同自動契約コーナーにおいてその発行を受けてこれをだまし取り,
3 同月27日,沖縄県石垣市P株式会社U支店において,前記2のとおりだまし取ったPカードを利用して,同店設置の現金自動入出金機から,同社が管理する現金20万円を出金してこれを盗み取り,
4 同月30日,前記R自動契約コーナーにおいて,前記3と同じPカードを利用して,同コーナー設置の現金自動入出金機から,同社が管理する現金30万円を出金してこれを盗み取り,
5 同日,京都市伏見区所在のV1株式会社R店の自動契約コーナーにおいて,同コーナーに設置された自動契約機を介して,大阪市西区同社自動受付センター勤務のW1に対し,前記2同様,氏名欄に「N」,生年月日欄に「昭和40年7月3日」,勤務先欄に「㈲L」,親族欄に「M」等と記載されたV会員申込書と共に,氏名欄にN,生年月日欄に昭和40年7月3日等と記載され,被告人Aの写真が貼付された偽造の運転免許証を確認書類としてW1に提示し,W1を介してその上司であるW2にその旨誤信させ,同日同人をして同社(代表取締役W3)が管理する借入限度額30万円等の金銭消費貸借包括契約を内容とするN名義のV2カード1枚の発行を決定させ,即時同自動契約コーナーにおいてその発行を受けてこれをだまし取り,
6 同年7月1日,京都市下京区所在のX株式会社Y1支店自動契約コーナーにおいて,同コーナーに設された自動契約機を介して,大阪府豊中市同社Y2勤務のZ1らに対し,借入申込みを行う被告人Aの生年月日は昭和36年6月12日であり,同被告人が有限会社Lで稼働している事実はないのに,生年月日欄に昭和40年6月2日等と記載され,同被告人の写真が貼付された偽造の運転免許証を確認書類としてZ1に提示した上,生年月日欄に「昭和40年6月2日」,勤務先欄に「㈲L」等と記載された申込受付票を提示し,Z1を介してその上司であるZ2をしてその旨誤信させ,同日同人に同社(代表取締役Z3)が管理する借入限度額50万円等のカードローン契約を内容とする同被告人のY4カード1枚の発行を決定させ,即時同自動契約コーナーにおいてその発行を受けてこれをだまし取り,
7 同年7月3日,前記V株式会社R店において,前記第5のとおりだまし取ったV2カードを利用して,同店設置の現金自動入出金機から,同社が管理する現金30万円を出金してこれを盗み取り,
8 同日,大阪府堺市X株式会社Y3店において,前記第6のとおりだまし取ったY4カードを利用して,同店設置の現金自動入出金機から,同社が管理する現金50万円を出金してこれを盗み取った。
第2被告人3名は,F2らと共謀の上,法定の除外事由がないのに,先にフィリピン共和国内で入手したけん銃86丁(平成13年押第13号の5から90まで)及びけん銃実包1107個(同号の91,93,95,97,99,101,103,105及び107並びに弾丸及び薬きょうとして存在する同号の92,94,96,98,100,102,104,106及び108)を本邦に輸入しようと企て,
1 営利の目的で,平成12年9月19日ころ,フィリピン共和国a島沖に停泊したヨット内に前記けん銃86丁を積載した上,同ヨットを本邦に向けて航行させ,同月21日午後9時36分ころ,北緯24度4.5分,東経123度22.5分の沖縄県八重山郡b町c島西端から真方位238度12海里付近にあたる本邦領海内に同ヨットを到着させて,同けん銃を本邦内に搬入し,もってけん銃を輸入する予備をし,
2 前記1のとおり本邦領海内に搬入した,いずれも関税定率法上の輸入禁制品である前記けん銃86丁及びこれとともに同ヨットに積載していた前記けん銃実包1107個を,同月22日午前10時15分ころ,沖縄県石垣市de番地f先g灯台から真方位245度約1070メートル付近海上において,前記ヨットに搭載していたゴムボート内に積み替え,同ゴムボートを不開港のg周辺陸岸に向けて航走させた上,これらを陸揚げして保税地域を経ずに本邦に引き取ろうとしたが,同海上付近を警戒中の海上保安官に発見されたため,その目的を遂げず,その際,前記けん銃86丁及びこれに適合する前記実包1107個を所持した。
捜査関係事項照会書(回答書添付)(丙30)
(事実認定の補足説明)
第1争点
被告人Cの弁護人は,けん銃等の輸入に係る判示第2の各罪について,同被告人はこれらの犯行を共謀したことはないので無罪である旨主張し,同被告人も公判廷においてこれに沿う供述をするので,この点について補足して説明する。
第2本件の基本的事実関係
1 被告人A(以下「A」という。)は,本件の10年以上前に被告人B(以下「B」という。)と知り合い,以後同人の生活上の面倒を見るなど兄貴分のような存在であった。被告人C(以下「C」という。)も平成7年ころからAを兄のように慕うようになり,AがCに金策や雑用を依頼すると,Cはこれに応え,AもCの信頼を裏切ることなく行動するなどの親密な関係を維持していた。
2 Aは,平成5年ころ事業に失敗して多額の借金を負い,暴力団関係者に命を狙われるなどしたことから,合法的な方法による起業等では成功できないとの考えを持つようになり,平成10年ころから,U島を拠点として,けん銃,薬物等の禁制品をフィリピンからヨットで運搬して我が国に密輸することを企てるようになり,平成11年に入ると,Bにその計画を明かして,船舶免許を取得させたり,本件犯行に使用したヨットを購入するなどの準備を進めた。
3 Aは,平成11年末ころ,Cに対し,U島における会社設立費用の名目で資金の調達を約束させるなどし,平成12年4月ころから,Cらとともに,「サラ金作戦」と称して運転免許証を偽造して身分を偽るなどして消費者金融から現金をだまし取ることを計画し,実行に移すようになった(判示第1の各犯行)。同年5月,Aは,禁制品密輸の下見のためフィリピンに行くこととしたが,その際,Cに対し,フィリピンから品物を密輸する旨述べた上で,Aの留守中に,その購入資金調達のためサラ金作戦を進めておくこと,密輸した品物の保管場所を確保することなどを指示し,Cはその品物がけん銃,薬物等の禁制品ではないかとも思ったが,これを承諾した。
Aは,フィリピンでの下見の結果,同年6月初めには,けん銃を密輸することを決意し,同月4日に帰国した。翌5日,Aは,京都市内の喫茶店にCを呼び出し,密輸品購入の段取りがついたので,サラ金作戦を早期に進めるよう強く指示した上で,その他に300万円の資金提供をCに約束させるなどし,同年7月上旬,Cから現金300万円を受領した。
Aは,同年7月4日,上記300万円とサラ金作戦で得た現金等を持ってフィリピンに赴き,本件けん銃86丁及びその適合実包1107個を購入した。
その間,Cは,連日のようにAから電話で連絡を受けるなどし,密輸した品物の保管場所として公団住宅を契約するよう指示され,同月中に公団住宅を自己名義で賃借した。
4 Aは,Bにフィリピンまでヨットを操船させ,本件けん銃等をヨットに積み込んで我が国に持ち込むこととし,同年7月下旬,Bは,Aの指示どおり,ヨットでU島を出発したが,天候不順等により予定の日時にフィリピンに到着できなかったことから,同年8月,Aは本件けん銃等をa島内に隠匿したまま,いったん帰国した。
Aは,Bとともにヨットで本件けん銃等の回収に向かうことにし,同年9月4日,Cに電話をしてフィリピンに出発することを電話で伝えた上,同月14日U島からヨットを出航させた。
Aらは,同月18日ころ,フィリピン沖海上において,隠匿した本件けん銃等をヨットに積み込んでU島に向かい,同月21日午後9時36分ころ,判示の本邦領海内に到達した。Aらは,同月22日,U島g近海に至り,Cに電話をかけて状況を伝えた上,ゴムボートに本件けん銃等を積み替え,付近の海岸に陸揚げしようとしたが,ゴムボートのエンジンが停止してしまったため,これをヨットに曳航させて付近の海岸に向かって航走していたところ,U海上保安部巡視船に発見され,Cに電話をかけてその旨伝えるなどしたが,間もなく両名とも緊急逮捕された。
第3当裁判所の判断
1 以上のとおり,Cは,①従前からAと親密な間柄にあり,平成12年5月ころにはAから密輸の計画を知らされ,その資金集めのためにサラ金作戦を遂行するよう指示され,これを実行していること,②本件けん銃等の購入資金の大半を占める300万円をAに提供していること,③密輸した品物の保管場所に使用するために公団住宅を自己名義で賃借していること,④AとBが密輸の実行行為を行っている前後において,逐一Aから電話連絡を受けるなどしていることが認められるのであり,これらの事実関係からすれば,Cは本件けん銃等密輸の準備及びその実行に必要不可欠の役割を果たしたものと認められ,また,Aにとって,直接けん銃等の搬送にあたることが予定されていたBを除けば,国内において連絡役等として密輸を支援すべき者としては,C以上に信頼すべき間柄の者は存在しなかったのであって,以上からすると,CがAから本件密輸の対象である品物がけん銃であることを知らされていなかったとは通常考えにくいところである。
2 ところで,Cの平成13年1月30日付け検察官調書(乙28)には,平成12年6月5日の時点でAから密輸の対象がけん銃であることを知らされた旨本件共謀を認める記載があるが,Cは,公判廷において,警察官による取調べの際には概ね自己の言い分に沿った内容の調書が作成されていたが,乙28の調書が作成された検察官による取調べに至って,それまでと異なり著しく自己に不利益な内容の調書があらかじめ作成されており,それにやむなく署名押印したものであるなどと述べ,共謀の事実を否認している。
そこで,検討するに,Cの警察官調書及び検察官調書(乙33から40まで)によれば,Cは,既に平成13年1月18日の取調べから,密輸の対象がけん銃であることを認識していた旨供述し,同月22日の取調べ以降は,けん銃であることを認識した時期は平成12年6月5日である旨を警察官に対しても一貫して供述しているのであって,Cの前記公判供述はこれらの供述調書の内容に明らかに反している。
また,Cは公判廷において,取調べで自白に転じた理由について,本件の裁判はけん銃輸入罪の既遂時期を巡って最高裁判所まで争われることになり10年かかると聞かされており,自分が共謀を否認すれば更に長期化することになるので,それを避けたいと思ったとか,結果的にけん銃の購入資金を提供した責任があり,それで家族も泣いているのだから,けん銃であることを認識していたかどうかは大きな問題ではないと思ったなどと述べている。しかし,他方で,Cは公判廷において,輸入の既遂時期と共謀の成否とは別問題であり,共謀については地裁で判決が出ればそれで終わりだと聞かされていたとも述べているのであり,また,けん銃の購入資金を提供した責任があるからといって,けん銃であることを認識していたかどうかが大きな問題ではないと思ったというのもいかにも納得しがたいことである。さらに,Cは公判廷において,フィリピンから品物を密輸する旨Aから聞いた時点で,それがけん銃かもしれないと思っていたとも供述しており,公判廷においても,必ずしもこの点の認識を強く否定しているわけではない。
加えて,サラ金作戦に関与した共犯者F1の公判廷における供述によれば,同人が平成12年8月ころにCに対しAの事業について尋ねたところ,Cが「それは言えないし,聞かない方がいい。」旨答えたこと,さらに,Aらが逮捕された後,同人がCに対しAの事業はけん銃の密輸だったのかと尋ねたところ,Cが,「実はそうだったんです。黙っていてすみません。」旨答えたことが認められる。
以上に検討したところからすれば,本件共謀の事実を否認するCの公判供述は信用しがたいものというほかない。他方,平成12年6月5日の時点で本件共謀が成立した旨の検察官調書(乙28)は,警察官調書(乙34,36,38)の記載のほか,前述の基本的事実関係から推認されるところなどにもよく合致し,信用性が高いものと認められる。
3 なお,Aは,捜査段階においてはCの本件けん銃輸入罪への関与について供述しておらず,公判廷おいては,Cの本件共謀を否定し,平成12年6月5日にCと会ったのは喫茶店の屋外テラスにおいてであり,そのような場所でけん銃密輸の話などするはずがないなどと供述している。しかし,同日にその場でAがCに対し,少なくともサラ金作戦の話やフィリピンから品物を密輸する旨の話をしたことは争いのないところであって,けん銃の話をするはずがないとはいえないし,その他Aの当該公判供述の具体的内容を検討しても,本件共謀の成立につき合理的疑いを生じさせるものではない。
4 したがって,Cの検察官調書(乙28)等の関係証拠によれば,平成12年6月5日の時点でCにつき本件共謀が成立した事実を認めることができ,弁護人の主張は採用できない。
(法令の適用)
1 罰条
(1) 判示第1の1,2,5及び6の各所為につきいずれも刑法60条,246条1項
(2) 判示第1の3,4,7及び8の各所為につきいずれも刑法60条,235条
(3) 判示第2の1の所為につき刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条の12本文,31条の2第2項,3条の4
(4) 判示第2の2の所為のうち,禁制品輸入未遂の点は刑法60条,関税法109条3項,1項,関税定率法21条1項2号,けん銃及びこれに適合する実包を所持した点は刑法60条,銃砲刀剣類所持等取締法31条の3第2項,1項,3条1項
2 科刑上一罪の処理
判示第2の2の各罪は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断
3 刑種の選択
判示第2の1の罪について,被告人Aにつき,情状により銃砲刀剣類所持等取締法34条を適用して懲役刑及び罰金刑を併科し,被告人B及び同Cにつき,いずれも所定刑中懲役刑を選択
4 併合罪の処理
被告人A及び同Cの判示第1及び第2の各罪,被告人Bの判示第2の各罪は,刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第2の2の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をし,被告人Aにつき,同法48条1項により同罪の懲役刑と判示第2の1の罪の罰金刑を併科
5 未決勾留日数算入
被告人3名につきいずれも刑法21条
6 労役場留置
被告人Aにつき刑法18条
7 没収
押収してあるけん銃86丁(平成13年押第13号の5から90まで),実包1038個(同号の91,93,95,97,99,101,103,105,107)及び弾丸・薬きょう各69個(同号の92,94,96,98,100,102,104,106,108)は,いずれも判示第2の2の犯罪に係る貨物であり,沖縄県石垣市所在の有限会社D資材置場で保管中のヨット1隻(平成13年領第58号符号1382)及び沖縄県E警察署で保管中のゴムボート1隻(同符号1373)は,いずれも前記犯罪行為の用に供した船舶であり,同保管中のオール1本(同符号1374)は,前記ゴムボートの従物であって,いずれも被告人A以外の所有に属しないから,関税法118条1項本文を各適用してこれらをいずれも被告人Aから没収
8 訴訟費用
被告人Aにつき刑訴法181条1項ただし書
(けん銃輸入罪の既遂時期等に関する判断)
第1問題の所在
判示第2の1に関する公訴事実の要旨は,「被告人3名は,F2らと共謀の上,法定の除外事由がないのに,先にフィリピン共和国内で入手したけん銃及びけん銃実包を輸入しようと企て,営利の目的で,平成12年9月19日ころ,フィリピン共和国a島沖に停泊した帆船「F3」内にけん銃86丁及びけん銃実包1107個を積載した上,同船を本邦に向けて航行させ,同月21日午後9時36分ころ,北緯24度4.5分,東経123度22.5分の沖縄県八重山郡b町c島西端から真方位238度12海里付近にあたる本邦領海内に同船を到着させて同けん銃及びけん銃実包を本邦内に搬入し,もってけん銃及びけん銃実包を輸入した。」というものである。この公訴事実について,検察官は,ヨットが本邦領海線を突破し,本邦領海内にけん銃及びけん銃実包が搬入された時点でけん銃輸入罪及びけん銃実包輸入罪がいずれも既遂に達すると主張する。一方,弁護人は,船舶によるけん銃輸入罪等は船舶から本邦領土内への陸揚げによって既遂に達するから,けん銃等を陸揚げしていない本件においては,けん銃輸入罪等は既遂に達していないとして,けん銃輸入未遂罪及びけん銃実包輸入未遂罪又はけん銃輸入予備罪が成立するにとどまる旨主張する。
第2けん銃輸入既遂罪等の成否について
1 当裁判所の判断
(1) 各種の輸入罪における輸入の意義について,関税法には「外国から本邦に到着した貨物又は輸出の許可を受けた貨物を本邦に(保税地域を経由するものについては,保税地域を経て本邦に)引き取ること」との定義規定(同法2条1号)があるが,銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)31条の2,3条の4に係るけん銃輸入罪,同法31条の7,3条の6に係るけん銃実包輸入罪を初めとして,その他の法令においては輸入罪に係る輸入の定義規定はない。
この点については,一般に対象物件を領海・領空に搬入すれば既遂に達するとする見解(以下「領海説」という。),本邦領土に陸揚げした時点で既遂に達するとする見解(以下「陸揚げ説」という。),保税地域等を経由して引き取られる物件については関税線を突破した時点で既遂に達するとする見解などが存在するところ,最高裁判所昭和58年9月29日第1小法廷判決(刑集37巻7号1110頁,以下「前記最高裁判決」という。)は,覚せい剤取締法上の輸入罪と関税法上の無許可輸入罪との罪数関係が問題となった事案において,「(保税地域,税関空港等外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込み,これを携帯していわゆる通関線を突破し又は突破しようとしたような場合においては,)無許可輸入罪の既遂時期は,覚せい剤を携帯して通関線を突破したときであると解されるが,覚せい剤輸入罪は,これと異なり,覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし,あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによって既遂に達するものと解するのが相当である」と判示し,覚せい剤輸入罪の既遂時期をこのように解する理由を「覚せい剤取締法は,覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締を行うことを目的とするものであるところ(同法1条参照),右危害発生の危険性は,右陸揚げあるいは取りおろしによってすでに生じて」いると説明している。
前記最高裁判決が,当該事案のような場合における覚せい剤輸入罪の既遂時期について陸揚げ説を採っただけでなく,その他の場合における覚せい剤輸入罪や銃刀法上のけん銃輸入罪の既遂時期についても一般的に陸揚げ説を採ったものかどうかについては議論の余地があるが,少なくとも,別異に解すべき合理的な理由がない限り,銃刀法のけん銃輸入罪についても陸揚げ説を採用することが素直な法解釈というべきである。
(2) そこで,銃刀法上のけん銃輸入罪の立法趣旨等からその既遂時期について検討すると,同罪は,けん銃の所持等が一般的に禁じられている我が国において,平穏な社会生活を営む一般市民の安全が,外国からけん銃が持ち込まれることにより危険にさらされることを防止する趣旨のものと解される。そして,その危険性は一般的に陸揚げによって本邦領土内にけん銃を搬入した時点において明確化・顕在化するのであり,この段階と,一般市民が通常の社会生活を営むとはいえない領海・領空内にけん銃を搬入したにとどまる段階とでは,当該危険性の程度は明らかに異なるのであって,けん銃輸入罪の法定刑の重さは,この程度の違いを考慮したものと解される。
このような理解の下に,けん銃輸入罪の制定時から,その既遂時期については,下級審裁判例等を含めて一般的に陸揚げ説が妥当性を承認されていたと解されるのであり,また,銃刀法は,けん銃輸入未遂罪を処罰することとしながら,平成3年の改正までは同未遂罪の国外犯処罰規定がなかったため,領海説は採り得ない状況にあった。同年の改正によってけん銃輸入未遂罪について国外犯処罰規定が創設され,領海説を採用することが理論上は可能になったが,その際の立案担当者は,当該改正にもかかわらず,既遂時期については陸揚げ説によることを明言している(第120回国会参議院地方行政委員会会議録第5号等参照)。
以上から,けん銃輸入罪の既遂時期については陸揚げ説によるのが相当と考えられる。
2 検察官の主張とその検討
(1) 検察官の主張
検察官は,前記最高裁判決の判示,覚せい剤取締法と銃刀法との保護法益の違い,近時のけん銃犯罪の状況,けん銃輸入の態様等の事情を踏まえ,本件のような犯人が自ら運行支配する小型船舶を用いて本邦にけん銃を持ち込むといういわゆる瀬取り事案においては領海説を採るべきである旨主張している。その論拠は多岐にわたるが,大要以下のとおりである。
(ア) 前記最高裁判決は,各種の輸入罪つき一般的に陸揚げ説を採用したものではなく,それぞれの法の趣旨・目的に応じて輸入の意義を個別的に解釈すべきであるとの規範を定立した点に先例としての意義がある。そして,前記最高裁判決は,覚せい剤取締法の趣旨・目的が覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するために必要な取締りを行うことにあることに立脚し,そのような危害発生の危険性が生じていることをもって既遂時期とする基準を明確に打ち出したものと解すべきである。
(イ) すわなち,覚せい剤取締法は覚せい剤の拡散の防止を最大の目的とし,陸揚げ後の覚せい剤の不特定多数者への拡散により保健衛生上の危害の度合いが大きくなると想定されているのに対し,銃刀法の趣旨・目的は,銃砲等の所持,使用等に関する危害の予防のため必要な取締りを行うことにある(同法1条参照)。換言すれば,銃刀法は,けん銃の使用それ自体の防止を最大の目的としているのであるから,端的にけん銃を使用あるいは使用できる態様で所持することにより危害の度合いが大きくなると想定されているのであって,これを前記最高裁判決に当てはめれば,けん銃輸入罪は新たにけん銃使用の危険性が生じた時点で既遂に達すると解するべきである。
(ウ) 瀬取り事案の場合,運搬手段が犯人の支配下にあることから,当該けん銃が常時使用可能な状態で犯人の身近に存在しているため,犯人らの仲間割れや海上取引における抗争手段に使用されるおそれ,本邦領海内に入ったところで立入検査を行う海上保安官に対して発砲使用されるおそれがある。海上においてもけん銃の取引は自由に行うことができ,また,その使用者は主に暴力団組織及びその構成員にほぼ限定されることから,洋上で暴力団組織等との取引が行われると,これをもって拡散が終了する場合もあり得るため,拡散防止の観点からも早期検挙,処罰が必要である。近年の小型船舶の普及,GPSや携帯電話等の情報機器の発達により,洋上取引や,取締りの目をかいくぐることも容易になっており,早期にけん銃の所持・使用による危害発生の危険性が顕在化する状況にある。
(エ) 陸揚げ説は,以上に述べた点のほか,以下の点からも不合理である。すなわち,領海搬入後,陸揚げ前に検挙した事案について,同説の立場からはけん銃所持罪又は輸入予備罪で処罰することになろうが,所持罪で処罰できるということは一方で既にけん銃等の所持,使用に関する危害が発生していることを認めつつ,他方で輸入既遂になるほどの危害が発生していないとするもので,はなはだ論理矛盾である。また,海上でけん銃の一部が譲渡され,残りのけん銃が陸揚げされた場合,当初の譲渡について譲渡罪が成立し,その後の陸揚げの時点で輸入罪が成立することになるが,既に譲渡が行われた時点でけん銃の所持,使用に関する危害発生が現実化しているにもかかわらず,いまだ輸入罪が成立していないというのは,いかにも不自然かつ不合理である。また,銃刀法においては国内における売りさばきのための大量所持という所持形態は想定されておらず,輸入に必然的に伴う大量所持は,営利目的輸入罪で評価することが想定されていると解されるところ,陸揚げ説によれば,陸揚げ前の大量所持について,その刑事責任に見合った刑を科すことができないおそれが強い。
(2) 検察官の主張の検討
(ア) 前述したとおり,前記最高裁判決が当該事案のような場合における覚せい剤輸入罪の既遂時期について陸揚げ説を採っただけでなく,その他の場合における覚せい剤輸入罪や銃刀法上のけん銃輸入罪の既遂時期についても一般的に陸揚げ説を採ったものかどうかについては議論の余地があるが,それぞれの法の趣旨・目的をも勘案して輸入の意義を解釈すべきことは,法解釈の一般的な在り方としては,検察官の主張をまつまでもなく,当然のことであると考えられる。
(イ) しかし,銃刀法の趣旨・目的が銃砲等の所持,使用等に関する危害の予防のため必要な取締りを行うことにあるからといって,そのことから,けん銃輸入罪の既遂時期の解釈が直ちに導かれるとすることには,にわかに賛同することができない。すなわち,銃砲等の所持,使用等に関する危害の予防といっても,そこにいう危害の程度や性質は,輸入罪,所持罪,譲渡罪,発射罪などの銃刀法が規定する各種の犯罪構成要件ごとに様々なのであり,けん銃輸入罪についていえば,同罪が予定する危害・危険性とはいかなるものなのかを検討しなければならないのである。
前記最高裁判決の場合は,関税法と覚せい剤取締法という異なる法律について,それぞれの輸入の意義を別異に解する理由等について判示するに当たり,覚せい剤取締法上の輸入罪が成立するために通関線の内か外かは特に重要な意味を持つものではないことを述べるには,覚せい剤取締法の一般的な趣旨・目的を示せば足りたことから,判文上そのような表現になったにすぎないと解されるのであり,そこにおいても,陸揚げによって「覚せい剤輸入罪が予定する」保健衛生上の危害が生じているとの判断が当然に内包されていると考えられるのである。検察官は,銃刀法はけん銃の使用それ自体の防止を最大の目的としており,輸入罪についても新たにけん銃使用の危険性が生じた時点で既遂に達すると解するべきであると主張するが,けん銃使用の危険性が生じたというだけでは足りず,その危険性が輸入罪の予定するものか否かについて,更に検討しなければならないのである。
(ウ) けん銃輸入罪の法定刑は,銃刀法上,3年以上の有期懲役とされ(31条の2第1項),営利目的による場合(同条2項)は,無期懲役を含むなど,けん銃が公共の場所で現実に使用された場合(31条)を超える重い刑が規定されているのであって,けん銃輸入罪が予定するけん銃使用等の危険性は,かなり高度で具体的なものが想定されているというべきであり,洋上における,抽象的な危険性や限定された状況下でのけん銃使用の危険性を前提とするものとは考えがたく,一般市民の多数が社会生活を営む我が国の領土内におけるけん銃使用等の危険性をいうものと解さざるを得ない。検察官は瀬取り事案の危険性や検挙困難性,早期検挙の必要性等について主張するが,当裁判所としても,近時のこれらの問題の重大性等について特に異論を唱えるものではない。しかし,犯人間で使用されたり暴力団関係者の間で取り引きされたりする危険性等というのは,本来,けん銃所持罪や譲渡罪等が想定する危険性なのであり,それについて適切な処罰ができないというのであれば,輸入目的で領海内に搬入する行為を適切に処罰する犯罪構成要件を創設するか,輸入予備罪,所持罪,譲渡罪等の法定刑を引き上げるなどの立法措置を採るべきである。
(エ) 検察官は,陸揚げ説を批判して,同説が,領海搬入後,陸揚げ前において,既にけん銃等の所持,使用に関する危害が発生していることを前提として,けん銃所持罪又は輸入予備罪,譲渡罪の成立を認めながら,輸入既遂になるほどの危害が発生していないとするのは,はなはだ論理矛盾で不自然かつ不合理であるなどと批判するが,輸入罪の予定するけん銃使用等の危険性はけん銃所持罪,譲渡罪のそれとは程度,内容,性質を異にするのであるから,これらの批判はもとより失当である。
(オ) 以上,要するに,検察官の見解は,前記最高裁判決が「覚せい剤取締法は,覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締りを行うことを目的とするものであるところ,右危害発生の危険性は,右陸揚げあるいは取りおろしによってすでに生じている」と判示した部分を形式的に理解し,けん銃輸入罪の立法趣旨等に関する個別的な考察を欠いたまま,前記最高裁判決の文言に銃刀法の一般的な趣旨,目的を当てはめ,けん銃使用等の危険性が生じた時点,すなわち領海搬入の時点をもってけん銃輸入罪が既遂に至ると述べるものであり,採用できないものであることは明らかである。
もっとも,検察官としては必ずしも前記最高裁判決のみを拠りどころにしているわけではなく,覚せい剤取締法と比較して銃刀法の場合はけん銃使用等の危険性をより重視すべきであるから,輸入罪の既遂時期を検討する上でもそのような観点を重視する必要があることを強調するものと解することも可能であるが,仮にそうであるとしても,けん銃輸入罪と,所持罪・譲渡罪・発射罪等の相違に照らした検討がほとんどされていないことに違いはなく,結局のところ,実質的な論拠は所持罪や譲渡罪では罪責に見合った処罰ができないから輸入罪で処罰すべきであるというに尽きるのであって,採用することはできない。
第3けん銃輸入未遂罪の成否と予備罪の認定
1 けん銃輸入罪の既遂時期を以上のように解する以上,同罪の実行行為は陸揚げ行為ということになるが,本件のような場合におけるけん銃輸入罪の実行の着手時期は,陸揚げ行為自体又はそれに密着する行為を開始した時で,陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたときと解するのが相当である。
本件の公訴事実であるけん銃を積載したヨットで領海線を突破し領海内にけん銃を搬入することは,けん銃輸入罪の実行行為を陸揚げ行為と解する以上,その一部とはいえない。また,領海線は本邦領土から12海里と離れており,陸揚げまでにはなお時間的経過を要する上,犯人が途中で陸揚げの意思を放棄するなどの可能性もあり,領海線を突破したからといって陸揚げが必然化するとはいえないことからすれば,領海線を突破することが陸揚げに密着する行為とはいえないと解される。
本件においても,A及びBは,領海線を突破した後も海上保安庁の巡視船等の取締機関の監視を気にしながら,最終的な陸揚げ地点を決定するにはなお時間を要していたのであり,領海線を突破した時点をもって陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたとはいえない。したがって,本件けん銃等を本邦領海内に搬入する行為は,未だけん銃輸入罪の予備の段階にとどまるものといわざるを得ない。
2 もっとも,本件においては,関係証拠によれば,Aは,U島g灯台から約1キロメートル付近海上で,本件けん銃等をヨットに搭載していたゴムボート内に積み替え,ヨットでリーフ際まで本件けん銃等を積み込んだゴムボートを曳航し,その惰性と手漕ぎでゴムボートをg付近の陸岸まで航行させて本件けん銃等を陸揚げすることを企て,ゴムボートに乗り込み,Bがヨットを同陸岸に向けて航走させたが,海上保安部巡視船に発見され,最も近い陸岸まで約100メートルの海上において,けん銃等を投棄して逃走を図ったことが認められるところ,この事実が,禁制品輸入未遂罪やけん銃及び適合実包所持罪の訴因としてだけではなく,銃刀法上のけん銃輸入罪についての訴因として記載されていれば,陸揚げ行為に密着した行為が行われ陸揚げの現実的危険性のある状態が生じたとして,実行の着手を認めることが可能な事案である。
しかしながら,検察官は,銃刀法上のけん銃等輸入罪の公訴事実としては,前記のとおりけん銃等を本邦領海内に搬入した事実のみを掲げ,裁判所が訴因変更を促し,被告人らが陸揚げを試みた時点での事実を提示するよう勧告したにもかかわらず,これに応じなかったという経過にかんがみると,本件の銃刀法上のけん銃等輸入罪の訴因としては,前記事実は掲げられていないものと判断せざるを得ない。以上からすると,本件において,銃刀法上のけん銃等輸入未遂罪を認定することはできず,けん銃輸入予備罪のみが成立すると解するほかない。
(量刑の理由)
1 被告人ら共通の情状について
本件は,AとCらが共謀の上,判示第2のけん銃等輸入の資金を得る目的で,判示第1のとおり,消費者金融会社からいわゆるローンカードをだまし取り,そのカードを使用して現金合計130万円を盗み取ったという詐欺及び窃盗の事案と,被告人3名が共謀の上,けん銃及びけん銃実包をフィリピンから本邦に輸入しようとし,ヨットに積載して本邦領海内に搬入したという銃刀法上のけん銃輸入予備の事案,さらに,同けん銃及びけん銃実包を陸揚げしようとしたが未遂に終わったという関税法上の禁制品輸入未遂の事案と,その際,けん銃及びこれに適合する実包を所持したという銃刀法違反の事案である。
被告人らが輸入しようとしたけん銃は86丁に及び,これに適合する実包は1107発と,いずれも極めて大量である。これらのけん銃等は,現実にはその販路が確保されていたわけではないとしても,陸揚げ後は暴力団組織等への売却が予定されていたものと認められ,その暁には暴力団組織同志の抗争,一般国民に対する威嚇,種々の犯罪に利用され,社会に対し甚大な被害をもたらしたであろうことは容易に予想されるところであって,極めて危険な犯行というべきである。犯行の態様も,捜査機関に目を付けられにくいヨットを用い,あらかじめU島に居住して犯行の拠点を作り,輸入したけん銃の保管場所を用意するなどした上で,少人数で実行するという綿密かつ周到なものであり,悪天候等のため一度実行に失敗し遭難騒ぎまで起こしているにもかかわらず,生命保険をかけた上で再び敢行しており,犯行実現への極めて強固な意思がうかがわれる。加えて,A,Cらにおいては,けん銃等購入資金を得るために判示第1の犯行を敢行して,少なからぬ現金を取得し,その多くを現にけん銃等購入のために費消している。
けん銃に係る犯罪については,これまでにも度々銃刀法の改正が行われ,新たな犯罪構成要件の創設,法定刑の引上げなどにより,年々取締りが強化され,関係機関をあげてけん銃を用いた犯罪の撲滅に取り組んでいる。このような状況にかんがみれば,本件犯行は,わが国社会全体に対する挑戦ともいうべき誠に悪質かつ重大な犯罪といわなければならない。
そうすると,幸いにして陸揚げは未遂に終わり,現実に本件けん銃等が使用に供され,あるいは流通することはなかったことなどを考慮しても,本件の犯情はすこぶる悪質というほかない。
2 被告人ら個別の情状について
(1) Aについて
Aは,本件一連の犯行の首謀者である。Aは,事業に失敗して多額の借金を負ったことや,暴力団関係者に命を狙われるなどしたことから,合法的な起業等では成功できないと考え,違法な手段を使ってでも経済的に成功し,社会に対する影響力を得たいと考えるうちに,けん銃等の禁制品輸入を企図するに至ったもので,その動機に酌量の余地は皆無である。犯行への関与を見ても,すべての計画を立案したほか,自己を兄と慕うBやCを叱咤激励し,Bに船舶の免許を取得させ,Cにサラ金作戦を指示するなどし,自ら暴力団関係者との関係を駆使してフィリピンにけん銃等を買い付けに行き,けん銃を取りにくるはずのBがこれに失敗すると,Bとともに自らヨットに乗り込んで輸入行為に及んだものであって,これらの事情にかんがみれば,Aが他の被告人よりもはるかに重い責任を負うべきことは明らかである。Aは,平成11年10月に覚せい剤取締法違反罪により懲役2年・3年間執行猶予に処せられ,その執行猶予中であるにもかかわらず本件に及んだものであるところ,逮捕後は事実を認め,公判廷においても,一応反省の弁を述べてはいるものの,「けん銃の輸入が必要なことであったのであれば成功して法廷にはいなかったはずであり,ここにいるということは必要なことではなかったのだと思う」などと,独自の価値観に基づいた後悔の念を述べるにとどまり,殺傷用具であるけん銃を輸入することが社会にいかに重大な害悪をもたらすかについて思いが至っているとはいえず,また,判示第1の詐欺及び窃盗についても自己の責任を十分自覚しているとはいえない供述をしている。
以上によれば,Aの刑事責任は極めて重大であるといわざるを得ない。
(2) Bについて
Bは,恩義を感じていたAから本件に誘われ,成功すればU島で事業をさせてやると約束されたことなどに魅力を感じて本件に加担したものであり,その動機は自己中心的という以外の何物でもなく,酌量の余地はない。また,Bは,けん銃を運搬するヨットの操船という実行行為において最も重要な部分を担っており,前述のとおり,一度失敗して遭難騒ぎまで起こしているにもかかわらず,生命保険をかけてまで再度本件を敢行しているものであり,自らの命すら省みず犯行に及ぶ強固な姿勢は強い非難に値し,同人自身,詐欺・窃盗の犯行に関与していないとしても,自らけん銃等輸入の実行に及んでいる点などを考慮すると,その刑事責任において,Cとの間に径庭はないというべきである。
以上によれば,Bの責任も誠に重いといわざるを得ないが,他方,Aに比較すれば従属的関与にとどまること,逮捕後は本件を素直に認めて反省の態度を表していること,前科前歴を有していないことなどBにとって酌むべき事情も認められる。
(3) Cについて
Cは,判示第2のけん銃等輸入への関与を否定しているが,判示第1の犯行と同様に,報酬目当てやAの歪んだ成功欲への共感から犯行に及んだものと解するほかなく,その動機に酌量の余地はない。判示第1については,AにF1を紹介して,情報を提供するなどし,判示第2については,けん銃購入資金の提供,保管場所の調達等,犯行の実現に不可欠の役割を担っており,その刑事責任は誠に重いといわざるを得ない。
他方,同人もAに比較すれば従属的関与にとどまること,前科前歴を有していないことなどCにとって酌むべき事情も認められる。
3 以上の事情を総合考慮した上で,それぞれ主文記載の刑に処するのが相当と判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官松井洋,国選弁護人春島美也富,私選弁護人唐真清供各出席)
(求刑 Aにつき懲役17年及び罰金200万円,Bにつき懲役8年,Cにつき懲役10年,主文同旨の没収)
(裁判長裁判官 林田宗一 裁判官 西田時弘 裁判官 升川智道)