那覇地方裁判所 平成12年(わ)429号 判決 2001年10月23日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
押収してある果物ナイフの鞘(平成13年押第3号の1),果物ナイフの刃(同号の2)及び果物ナイフの柄(同号の3)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成12年10月30日午前11時30分ころ,沖縄県八重山郡d町字ef番地g海水浴場において,A(当時26歳)から金品を強取しようと決意し,Aの背後から所携の果物ナイフ(刃体の長さ約10.07センチメートル)をその顔面付近に突き付け,「静かにしろ。」などと語気鋭く申し向けた上,Aを背後からうつ伏せに押し倒して乗りかかるなどの暴行,脅迫を加え,その際Aが畏怖している様子を見て劣情を催し,Aから金品を強取するとともにAを強いて姦淫しようと決意し,大声を出すAの頭髪をつかみ,付近の岩にAの顔面を数回打ち付けるなどの暴行を加えたが,Aがなおも大声を出し抵抗し続けたため,この上はAを殺害するほかないと決意し,Aの背後からその頚部に自己の左腕を巻き付け,右手で自己の左手首をつかんでその頚部を強く締め付ける暴行を加えて,その反抗を抑圧した上,A所有の現金約5万7500円等を強取するとともに,強いてAを姦淫しようとしたが,自己の陰茎が勃起しなかったためその目的を遂げず,そのころ,同所において,Aを頚部圧迫により窒息死させて殺害し
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において前記果物ナイフ1丁を携帯した。
(事実認定の補足説明)
1 被告人は,公判廷において,Aを殺害する意思はなかった旨供述しているので,この点について補足して説明する。
2 被告人は,公判廷において,殺意を否認する一方で,Aに暴行を加えた際の自己及びAの体勢などの客観的な状況については,検察官に対する供述調書(乙3,5)のとおり間違いない旨供述している上,同供述調書の内容は,具体的で自然に理解することができ,格別その信用性を否定すべき事情も見当たらず,十分な信用性が認められるというべきであるところ,これらによれば,被告人は,判示第1のとおり,Aの顔面を付近の岩に数回打ち付けるなどの暴行を加えた後,Aの背後からAに覆い被さり,その頚部に自己の左腕を巻き付け,右手で自己の左手首をつかんで,1分間程度手加減をすることなくその頚部を強く締め付け,いったん腕を緩めた後,既にAが気絶していることを認識しながら,更に同様の体勢でAの首を当初の倍以上程度の間絞め続けたことが認められる。このような行為が客観的にみてAを殺害するに足りるものであることは明らかある。そして,Aを殺害しようと思った動機について,被告人は,所持金を使い果たしてしまったため,e島から出るために何としてもフェリー代金等に充てる金銭が必要になり,人気のない場所で見かけたAから金銭を強奪しようと決意し,更にAを強姦しようと思って暴行脅迫を加えたが,Aが大声を出し続けたため,第三者に犯行を目撃される不安とAに対する腹立たしさが募って殺害を決意したというのであり,その動機は十分に了解可能である。
3 なお,被告人は,公判廷において,殺意を否認するとともに,殺意を認める内容の前記検察官調書(乙3,5)について,検察官から押しつけられたと供述する一方で,これらに署名押印した際の状況については,「眠かったので,目は通したが,読んでいないので内容は分からない。」とか「殺してしまったことは同じだと思った。」などと供述するにとどまっており,さらに,裁判で真実を述べれば良いと思った旨供述しながら,第1回公判期日においては公訴事実を認める旨の陳述をしていることなどを考え併せれば,その公判供述は信用性に乏しいものといわざるを得ない。
4 以上のような,本件犯行の態様,動機,被告人の供述状況等に照らせば,被告人が殺意を有していたことを認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,強盗殺人の点については刑法240条後段に,強盗強姦未遂の点については同法243条,241条前段に,判示第2の所為は銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,判示第1の各罪は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い強盗殺人罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1の罪については無期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるが,判示第1の罪につき無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないこととし,同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,押収してある果物ナイフの鞘(平成13年押第3号の1),同刃(同号の2),同柄(同号の3)は判示第1の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は刑事訴訟法181条1項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 被告人は,高校中退以来,職については些細なことで離職を繰り返すとともに,しばしば好んで当てのない旅行に出かけていたところ,平成12年5月には,旅先で自動車を盗んだことにより懲役1年6月,3年間刑の執行猶予に処せられ,いったんは更生保護会に寄住し造園関係の職に就いたものの,その仕事や人間関係に嫌気がさし,再び放浪の旅に出かけることにし,h島を訪れたのちi島に戻り,更に,所持金を数千円しか持たなかったにもかかわらず,観光地であるe島にいけば自動販売機や売店等から金品を盗んで何とか凌げるだろうと期待して,本件の数日前にe島を訪ね,キャンプ生活等を続けるうちに,所持金や持参の食料が底をつく一方,予期に反して自動販売機や売店等が少なく窃盗を働いて金品を得ることが困難であったことから,帰りの船賃や当面の食費等を得るために観光客から強盗することを企て,たまたま通りかかったAを見て本件犯行に及び,被告人の暴行・脅迫に畏怖したAの様子に劣情を催し,併せて強姦をすることを決意し,更に殺意を生じてAを殺害したものであり,被告人の場当たり的で見通しのない行動には厳しい非難が可能であるとともに,犯行の動機は誠に身勝手かつ自己中心的で酌量の余地は全くない。犯行態様についても,本件現場に人気がなく,しかもAが小柄で体力のなさそうな女性であったことを奇貨とし,やにわに果物ナイフを突き付け,Aが大声を出し助けを求めて抵抗すると,その頭髪を鷲掴みにし,土手の岩に顔面を打ち付け,腕を回してAの頚部を手加減することなく締め付けてAを殺害しており,更に絶命後の被害者を付近の更衣室まで引きずって行き,息を吹き返した場合には直ちにとどめを差せるようその首にベルトを巻き付けた状態で姦淫しようとしているのであって,Aの生命の尊さやその人間としての尊厳を全く考えない,残虐で非人間的な犯行であり,極めて悪質というほかない。
Aは,未だ26歳と若く,神奈川県で理学療法士として勤務し,真面目で明るい性格と熱心な仕事ぶりから誰からも信頼され,前途洋々たる生活を送っていた者であり,本件のような凶行に遭ういわれは全くなく,犯行当日,観光に訪れていたe島で運悪く被告人の目に止まったというだけで,突然一命を奪われたものであって,その無念さは想像するに余りある。そして,Aの両親を始めとする遺族は,一様に極めて強い処罰感情を有しており,Aの両親は公判廷において,Aを失った深い悲しみを述べる一方で,被告人については,謝罪を受けたとしても処罰感情に変化はない,憎いとしかいいようがないなどとして,被告人を極刑に処してほしい旨述べている。また,本件はマスコミ等を通じて大きく報道され広く地域社会に影響を及ぼしたものであり,とりわけ日ごろ犯罪とは無縁なe島の住民らに与えた不安感等には深刻なものがある。
被告人は,あてもなく放浪の旅に出ては所持金が尽きると窃盗を犯すという犯行を繰り返しており,平成3年には窃盗罪及び公務執行妨害罪により保護観察処分に,平成4年には窃盗罪により懲役1年,執行猶予3年に,平成12年5月には前示のとおり窃盗罪により懲役1年6か月,執行猶予3年に各処せられ,本件はその執行猶予中の犯行である。
被告人の刑事責任は甚だ重大であるといわざるを得ない。
2 他方,被告人は犯行の当初から殺意を有していたわけではない。
また,被告人は,公判廷で遺族に対する謝罪の意を述べるなどし,なお十分とは言い難いものの,被告人なりの反省の気持ちを表している。
さらに,被告人は,両親の不仲や父親のギャンブル癖などに悩まされながら成育しており,これらの体験が被告人の放浪癖や投げやりな性格の遠因となっている面があると考えられる。
3 以上の諸事情を総合考慮したが,本件犯行は,その動機・態様・結果のいずれにおいても犯情は極めて悪質であり,被告人の刑事責任は誠に重大というほかなく,被告人のため酌むべき事情を最大限考慮しても,被告人を無期懲役に処することはやむを得ないと判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(検察官大久保仁視,沖田美恵子,国選弁護人島袋秀勝各出席)
(求刑 無期懲役,主文同旨の没収)
(裁判長裁判官 林田宗一 裁判官 西田時弘 裁判官 升川智道)