那覇地方裁判所 平成12年(ワ)434号 判決 2004年4月27日
主文
1 被告は原告に対し、金211万9436円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金1081万4000円及びこれに対する平成12年6月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、トウモロコシ、金、銀、パラジウム等多種類の商品先物等取引で損失を被った原告が、受託業者である被告に対し、本件取引の勧誘から取引終了に至る一連の被告外務員の行為は商品先物等の受託業者として社会的に許容された範囲を逸脱する違法なものであるとして、不法行為(民法715条)に基づき、委託金相当額、弁護士費用及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。)
(1) 当事者
ア 原告は、平成10年11月当時、66歳の男性で、A株式会社(以下「A」という。)の販売代理等を業とする有限会社B商会(以下「B商会」という。)の常務を務めていたが、従前、先物取引や株取引の経験はなかった(甲6、乙2の1、原告本人)。
イ 被告は、商品取引所法に基づく商品先物市場における上場商品の売買及び受託業務等を行うことを業とする会社である。
Cは、平成10年11月当時、被告福岡支店所属の外務員で、原告に対する勧誘を電話にて行い、平成11年3月までその担当者であった者であり、D課長は、同11年1月当時、同支店の課長をしていた者であり、Cの上司であって、原告と唯一面談したことがあり、Eは、同年4月以降、被告福岡支店所属の外務員で、同月から本件取引の終了時(同12年2月9日)まで、原告の担当者であった者である。
(2) 原告と被告の取引の概要
ア 原告は、平成10年11月初めころ、Cの勧誘を受け、その後同年12月14日付けの口座開設申込書に署名押印し、そのころ被告との間で先物取引に関する委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した(乙2の1、乙6)。
原告は、平成10年12月18日から同12年2月9日までの間に、被告に委託した上、本件契約に基づき、別紙1<<建玉分析表>>(以下「別紙1」という。)記載(但し、「直」「途」「日」「両」「不」欄の記載は除く。)の各取引及び別紙2(オプション取引一覧表)記載の各取引(以下、これらを一括して「本件取引」という。)を行った。
イ 原告は、本件取引の結果、合計1210万4800円の売買利益を上げたが、被告に支払うべき手数料が2030万7280円となったため、消費税及び取引所税を含めると最終的には922万0201円の損失を被った。
なお、このうち、別紙1の各取引の取引結果は、売買利益が1267万4800円、受託手数料2024万7080円で、最終的には858万6938円の損失であった。
3 主な争点
(1) 本件取引の受託行為の不法行為該当性
(2) 原告の損害額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 本件取引の受託行為の不法行為該当性(争点(1))について
(原告の主張)
ア 適合性原則違反
商品先物取引は、少額の証拠金で差金決済により多額の取引ができる極めて投機性の高い取引であって、市場価格形成要因について相当高度な知識とその知識を活用する経験が必要である。したがって、被告の外務員には、知識、経験及び財産等の点で商品取引を行う能力を欠くと考えるものに対する勧誘を避ける義務がある。
原告は、Aの販売代理等を業とする有限会社の常務であり、本件取引開始当時66歳の男性であったが、従前、先物取引も株取引の経験もなく、商品先物の取引方法についても、商品取引に関する知識も全く有していない者であったから、商品先物取引を行う適格性を欠いていた。
イ 無差別かつ執拗な電話勧誘
被告は、平成10年11月初めころ、原告が資料送付を求めた訳でもないのに突然ダイレクトメールを原告に送付し、その後、Cが、原告の自宅や会社に架電して「当社はG商事の関連会社であり、世界に拠点を持つG商事の情報網を活用して仕事を展開している会社である。」、「銀行取引も利息はゼロに近い。証券もパッとしない。商品取引は一般にイメージが悪いがそんなことはないし、難しいものではないから資産運用を任せてください。」などと述べて、執拗に勧誘を繰り返し、さらに後日架電して「今、トウモロコシが買いのチャンスです。傾向として春先に値上がりします。至急口座の開設をお願いします。どれくらい投資できますか。」と勧誘した。
ウ 説明義務違反、断定的判断の提供
(ア) Cは、本件契約の勧誘に際し、原告と直接に面談せず、架電するのみであり、先物取引の危険性については文書を送付するのみで電話で具体的に危険性を説明することはなく、むしろ、電話では、被告の信用性を宣伝し、トウモロコシを買えば必ず儲かり、早急に取引を開始しなければ儲けを逃してしまうと断定的判断のみを提供して勧誘した。
(イ) D課長は、平成11年1月14日、沖縄を訪れて原告と面談し、「トウモロコシで失敗して申し訳ない。この状態を切り抜けるには、貴金属を含めた複数の商品の運用で挽回したい。すでに320万円を投資して大変でしょうが、もう180万円投入できませんか。合計500万円で修復を図ります。買いから売りだけではなく、売りから入る方法もあります。自分達たちがしっかりしないと裁判沙汰になることもあるので任せてください。」などと述べ、損を回復するためと称して貴金属取引を勧誘し、原告をして、任せて取引をすれば損を回復できると認識させ、新たな取引に巻き込んで行った。
(ウ) 平成11年3月19日、CとD課長の転勤に伴い、担当者は被告福岡支店長のFに、さらに同年4月5日からEに変更となった。Eは原告に対し、「自信があります。今までにもピンチを切り抜けてきました。」とEの指示に従えば必ず損を取り戻せるかのような勧誘を行って、取引を継続させた。
(エ) 以上の説明義務違反、断定的判断の提供は、改正前の商品取引法136条の18、同施行規則46条に違反する。
エ 新規委託者保護義務違反
前記のように、原告は商品取引の経験がない者であり、年収は500万円以上1000万円以下であるから、被告の内規によれば取引開始後3か月間は建玉枚数20枚の制限を受ける。
また、原告は、平成11年3月29日付けのアンケートにおいて、平成10年12月に取引を始めたばかりで非常に難解であること、スピードを要する商いなので担当者の早口についていけないこと、専門用語に戸惑うこと、知識が浅く委託のガイドに時々目を通すが理解するにはほど遠いこと、被告担当者のアドバイスどおりにお願いしていること、無理のない取引を希望することなどを記載しており、同年4月26日付けのアンケートでは、損益計算はできないが、損益計算書で確認している程度の知識であり、取引を行いながら損得を計算できず、事後になって儲かったか損をしたかの理解ができる程度である旨を記載している。
このように、原告は、取引量の制限を受け、商品取引の内容を理解しているとは到底いえない状態であったにもかかわらず、本件では、危険性についての説明もないまま、取引開始日(平成10年12月18日)の建玉であるトウモロコシ買20枚を仕切らないままに、平成11年2月4日には、トウモロコシのオプション買20枚を建玉している。
また、原告は、同年3月26日には、コーンのほかに、金、銀、パラジウム、大豆、白金及びゴムの取引を行い、建玉数も同月23日の時点で100枚にも上っており、制限枚数の5倍を超えている。
さらに、平成10年12月18日の第1回取引から平成11年2月22日の第2回取引までの間、原告の知識習得や理解のための被告による啓発は、全く行われていない。
これは前記制限に違反する過大な取引である上、未だ通常の先物取引すら理解できていない者に、より複雑なオプション取引を行わせたもので、新規委託者保護義務に違反している。
オ 過当売買、無意味な反復売買
(ア)a 本件取引は、平成10年12月18日から同12年2月9日までの間に取引件数は延べ937回、取引商品は15銘柄に上るもので、しかもその間、別紙1のとおり、常時多数の商品が取引され、1日に10件を超える取引が頻繁に行われていた。
b 原告は、取引開始から第2回取引日である平成11年2月22日に至るまでの間は追証拠金を支払うのみで、何ら先物取引の仕組みについての知識の収得と理解のための啓発を受けていない状況にあった。それにもかかわらず、CとD課長により同日から開始された取引は、金、銀、パラジウム、プラチナ、大豆と多数の商品を同時に扱い、各商品の建玉と仕切を繰り返すもので、取引開始から数か月しか経験のない原告には、これらの商品が現在いかなる条件のもとで幾らの値段を付けているのか、また、今後の値上がり、値下がりがいかなる条件で決まっていくのか、今後の値動きの見通しはどうなのかといった基本知識や値動きを予測する能力もなく、被告担当者の指示に従うほかないという状況が続いていた。被告担当者らも原告が基本知識を有しないことは十分に認識していた。
(イ)a 本件取引では途転、直し、日計及び手数料不抜けが頻繁に行われており、1日のうちに建玉と仕切を行う日計だけでも50件を超えている。また、損を生じると両建の勧誘が行われているが、両建は新たな資金と手数料が必要である上、いつ両建をはずすかの判断が困難で、しっかりとした相場観と的確な判断能力が必要な極めて困難な取引であることから、商品取引法施行規則46条11号でその勧誘が禁止されているものであるところ、原告の能力、状況は前記のとおりであり、同人がしっかりとした相場観と的確な判断能力に基づいてこれらの取引を行ったものとは到底いえない。これらの取引は全て被告外務員の指示通りに行われたものである。
b 特定売買率、手数料化率の制限は、業界内部における業務の適正化を図る趣旨で定められたものであるが、個々の受託業務が顧客に対する忠実義務に違反していないか否かを検討するに当たって重要な指針になるというべきである。そして、知識や取引経験が浅く、特定売買の必要性・合理性に対して十分な判断ができないと推認される顧客との取引においては、取引全体に占める特定売買の比率が高かったり、損金に対する手数料の比率が高く、かつ、特定売買の必要性・合理性を顧客に十分に説明し、納得を得た上で当該売買を行ったと認められない場合には、その取引は全体として顧客の利益を犠牲にした取引と推認せざるを得ず、顧客に対する忠実義務違反となる。
本件取引は、<1>仕切件数537回のうち、特定売買は218回(直し58件、途転54件、両建33件、日計51件、不抜22件。詳細は別紙1「直」「途」「日」「両」「不」欄のとおり。)で、その特定売買率は40・6パーセントに上り、<2>419日の間の仕切件数は537件で、30日間の売買回転率は38・45回と異常に高い頻度で取引が繰り返されており、<3>1267万4800円の売買利益を出しながら、被告の手数料が2024万7080円であるため、結局、858万6938円の損失となっており、その手数料化率は235・79パーセントと異常に高率なものである。
なお、手数料化率を、委託手数料÷委託証拠金という算式で算定する考え方もあり、この算式により10パーセントと算定された手数料化率を異常な高率であると評価されているところ、本件ではこれをはるかに超えた28.6パーセントとなっている。
(ウ)a 被告外務員は、本件取引によって利益が出た場合には、その利益を原告に還元せず、委託証拠金に振り替えて新たな取引を行って取引枚数を拡大させ、逆に本件取引によって損失が出た場合には、損失の担保として預託されている委託証拠金から精算するのではなく、原告に別途損失を負担させて委託証拠金を維持し、取引枚数の確保を図っていた。本件取引では委託証拠金は取引の担保ではなく、被告の手数料の担保として確保されていたというほかなく、本件取引は、取引枚数、取引回数を増やすことによって被告が多額の手数料を取得することを目的として行われていたというほかない。
b 原告は、支払った金額は全額損失であり、多額の損が続いているとの認識しか持っていなかった。原告は、損を回復するには被告担当者の指示に従うしかないという認識であり、本件取引から利益が出ており、委託証拠金の返還を受け得ることは理解していなかった。被告担当者は、原告に対して適切な説明をせず、その無理解を利用し、損を回復するためと称して次々と取引に巻き込んで行ったのである。
(エ) 前記のような状況でなされた本件取引は、顧客である原告の利益を考慮せず、被告の手数料稼ぎの目的でなされたもので、忠実義務に違反する。
カ 実質的一任売買
本件取引は、前記オのとおり、常時多数の商品の建玉と仕切を大量かつ頻繁に繰り返したものであり、原告は自己の支払った委託金がどのように扱われ、売買損益がどのように出て、手数料がどの程度支払われているかという取引の実態も理解し得ないまま、被告外務員の指示通りに行われたものであり、実質的には一任売買であった。原告には取引の実態を理解しうる程の知識もないし、会社員である原告が業務の傍らで受電して、本件取引のように1日に多数の取引の値動きや利益状況を判断することは不可能である。
被告は、分散投資では取り上げる商品の特性や受給要因等の詳しい説明は必要でないというが、それでは取引判断の基礎となる知識も根拠もないままに取引が行われたということであり、実質的には一任売買が行われていたということになる。
キ 両建の勧誘
両建は、損失を固定するものであるが、両建をした時点では委託者にとっては引かれ玉を手仕舞うことと同じ効果しかもたらさないし、両建において、その一方を外すタイミングが難しく、また、委託者にとっては、両建をすることにより、新たな委託証拠金が必要となり、さらに委託手数料も余計にかかることになるから、限月の相違や市場の相違を問わず、これを勧めるべきではないとされている。すなわち、委託者にしっかりした相場観と的確な判断能力が必要とされ、極めて困難な取引であるから、商品取引所法施行規則46条11号においても両建を禁止しているのである。
しかるに、原告は、両建て申出書(乙11)を作成しているところ、その作成当時、現実には両建を理解していないまま、同申出書が作成されていた。そして、原告に知識等がないにもかかわらず、いきなり既存建玉を仕切るとともに同一日内で新規に反対の建玉を行う途転や既存建玉を仕切るとともに同一日内で売直し・買直しを行う直しが頻繁に行われ、取引による利益が出ているもののこれが委託手数料よりも少なく、差し引き損となる不抜けが頻繁に発生しており、これらは専ら被告外務員の指示によるものである。
ク 一体的な不法行為の成立について
本件取引の勧誘、開始から手仕舞いまでにおける被告外務員の一連の行為は、前記のとおり、商品先物等の受託業者として社会的に許容された範囲を逸脱する違法なものであり、一体として不法行為を構成するというべきである。
(被告の認否、主張)
ア 適合性原則違反について
争う。
被告は、本件取引の開始に先立ち、日本商品先物取引所協会が定める「受託等業務に関する規則」に基づいて自主規制として定めた「受託業務管理規則」(乙1の2)に基づき、原告の取引経験、資力、判断力等について審査しており、その結果、原告は、商品先物の取引経験がないものの、商品先物取引を開始するだけの適合性を有すると判断した。商品取引への参加者を当業者や投機家のみならず、投機に関心を抱く一般人に拡大していくことは、商品市場の健全な育成にとって欠くことのできないものであり、商品取引所法は取引経験のない者であっても、その者が適合性を欠かない限り、取引の危険性(リスク)を十分に伝えることを条件にこの取引に参入することを勧誘することを推奨していると解され、現に委託者の約70パーセントは一般の委託者であるとされている。
イ 無差別かつ執拗な電話勧誘について
被告が平成10年11月初めころ、原告にダイレクトメールを送付し、その後、Cが原告の勤務先に架電して当社がG商事の関連会社であり、世界に拠点を持つG商事の情報網を活用して仕事を展開している会社であるとして勧誘したことは認めるが、その余は否認する。
被告福岡支店は、当時、九州地区で年収700万円以上の人が掲載された名簿に基づいて原告にダイレクトメールを送付し、その上で担当者であるCが架電したもので、「無差別」に勧誘したものではない。また、Cが熱心に見込み客の勧誘をするのは当然のことであり、「執拗」な勧誘とは別物である。そして、原告がCの勧誘を受けて取引を開始していることからすれば、その勧誘が迷惑なものであったということもできない。
なお、被告では外務員の勧誘により口座開設の申し込みを受けた後も、管理担当者が顧客としての適合性について慎重に審査しており、この段階で丁重にお断りする例も多数ある。
ウ 説明義務違反、断定的判断の提供について
(ア) 原告の主張ウ(ア)は否認する。
Cは、平成10年12月14日と同月16日の2回にわたり、電話ではあるが、既に送付してあった資料(「口座開設のご案内」(乙1の1)、「受託契約準則」(乙4)、「商品先物取引 委託のガイド」(乙5))を基に、商品先物取引の仕組みとリスク、委託証拠金・限月のこと、追証制度等について説明している。また、「トウモロコシの春高に期待して、この時期に仕込みましょう。」と言って勧誘しただけで、「必ず値上がりする。」とは言っていない。
被告は、顧客の勧誘について、書面を送付後に電話で説明するという方法によっているが、充分に時間をかけて説明を行っているから、顧客が商品先物取引の仕組みや取引に伴う危険性を認識する上で何ら支障となるものではない。
そして、原告は、Cが前記説明を行った当日である同月14日付けで「口座開設時の商品先物取引の仕組み及び損失のリスクの説明に関する確認書」(乙3)に署名、押印して被告に送付しており、これはCの説明によってこれらを理解することができたことを示している。
なお、「口座開設のご案内」や「商品先物取引 委託のガイド」においては、商品先物の仕組みやリスク、取引中の留意点、相場が予想と逆に動いた場合の対処法等について色刷りで説明されている。
(イ) 原告の主張ウ(イ)のうち、D課長が平成11年1月14日に沖縄を訪れて原告と面談して、貴金属の取引を勧誘し、資金の積み増しを要請したことは認めるが、その余は否認する。
当時、トウモロコシの値洗いはマイナスであったが、この取引は最終的には利益を出しており、原告が多額の損を抱えて、被告担当者が原告に謝罪しなければならないような状況にはなかった。
(ウ) 原告の主張ウ(ウ)のうち、平成11年3月19日にCとD課長の転勤に伴い、被告福岡支店長のFが担当者となり、その後、同年4月5日からEが担当者となったこと、Eが最初の挨拶の際に「自信がありますから任せて下さい。」と言ったことは認めるが、その余は否認する。
(エ) 外務員が、顧客や見込み客に対して自己の相場観を示して取引を勧誘することはあるが、それはあくまで当該外務員の参考意見の域を出るものではなく、最終的な判断はあくまでも顧客や見込み客が下すのである。被告が原告に送付した「商品先物取引 委託のガイド」(乙5)にも「取引を始める際には、あなたご自身の責任と判断によって行うことが大切です。」と一部ゴシックで記載されている。
エ 新規委託者保護義務違反について
新規委託者の保護は、日本商品先物取引協会が定める「受託業務に関する規則」に基づき、被告において「受託等業務に関する規則」(乙1の2)を制定して自主規制を行っている。なお、同規則上、新規委託者とは、最初の取引開始から3か月未満のものをいう。
本件において、Cは、原告が「買い」で建てていたトウモロコシの商品先物価格が予想に反して値下がりしていてその対処方法としてオプション取引を組み合わせることを提案したのである。オプション取引の「買い」の場合は、委託証拠金が不要である上、利益は無限大であるのに、損失はプレミアム分に限定されるという新規委託者にふさわしいメリットがあり(乙5)、それゆえ被告の受託業務管理規則の制限対象外とされているのであって、このオプション取引を除けば、取引開始後3か月未満の取引枚数は20枚に止まるのである。
本件取引は、3か月の習熟期間をおいてから、徐々に取引銘柄や枚数を増やすやり方で行われており、3か月以内にはいわゆる特定売買も行われていない。
オ 過当売買、無意味な反復売買について
(ア)a 本件取引の期間が約1年2か月であることを考慮すれば、本件の取引数が異常であるとはいえない。なお、本件取引で扱った銘柄は正確には16銘柄である。また、商品先物は新規と仕切が対になっており、数回に分けて仕切ることもあるから、これを別途計算するべきではなく、本件では、新規取引数である402回をもって取引回数とすべきである。
b 原告の主張オ(ア)bのうち、平成11年2月22日から開始された取引が、金、銀、パラジウム、プラチナ、大豆と多数の商品を同時に扱い、各商品の建玉と仕切を繰り返すものであったことは認めるが、その余は否認する。
前記取引開始当時の担当者は専らCである。Cは、新規委託者である原告に対し、取引の状況に応じ、相応の指導をしていたし、原告が最初の20枚のトウモロコシ取引において委託追証拠金の支払を余儀なくされたことは原告にとって格好の経験であったというべきである。委託者は、取引開始後3か月もすれば、もはや新規委託者を卒業したとみなされており、原告も少しずつ取引経験を積みながら、取引規模を拡大していったのである。Eの営業スタイルは主として「罫線(チャート)と取り組みを軸にして分散投資を勧める。」という手法であり、同人が原告の担当者となった際(平成11年4月)に原告に対して関係資料を送付して説明を行っているから、これによる場合、個別の取引に当たって、取り上げる商品の特性や受給要因等を詳しく説明する必要はなかった。
Eは、取引が成立する都度、原告に架電していたし、本件取引が行われる都度、被告の管理部から原告宛に「売買報告書及び売買計算書」が送付されていた。原告は、研究熱心な委託者の1人であり、これを克明にチェックして疑問があれば被告に問い合わせるなどしていたし、被告から送付された「残高照合通知書」に対し、何らの異議をとどめることなく「残高照合回答書」を被告に返送しており、その取引状況を把握していた。
(イ)a 原告の主張オ(イ)aのうち、日計が50件を超えていること、手数料ふ抜けが頻繁に存在すること、商品取引法施行規則46条11号において両建の勧誘が禁止されていることは認めるが、その余は否認する。
被告は、原告に両建を勧誘していない。また、同規則は、同一限月、同一枚数の両建の勧誘を禁止するにすぎず、委託者が自分の責任において余裕資金の範囲で両建てを行うことを禁止するものではないところ、原告は、被告に対し、自分の責任において余裕資金の範囲で両建てを行うことにしたとする「両建て申出書」(乙11)を提出している。
日計は、貴金属の場合手数料が半額となるほか、リスクを翌日に残さない意味のある取引手法であり、途転、売り直し、買い直しもそれなりに意味のある取引手法であり、いずれも商品取引所法、同法施行規則において何ら禁止されていない。また、被告が原告に送付した「口座開設のご案内」(乙1の1)の「相場が予想した方向と逆に動いたときに」と題する項目においても、途転、両建についてその注意点とともに効用が記載されている。
b 特定売買比率は、かつて個々の取引員の指導・評価のためのチェックシステムとして、当該取引員の新規委託者全体に対する特定売買比率が利用されたものにすぎず、個々の新規委託者からの受託行為それ自体の違法性を論議するためのものではない。本件取引において、初めて特定売買がなされたのは取引開始後3か月経過後である平成11年3月23日であるから、前記チェックシステムの対象に該当しないが、仮にこれに基づいて算出すると、仕切件数537回のうち、特定売買は174回(両建64回、直し19回、途転20回、日計51回、不抜け20回。詳細は別紙3<<建玉分析表の修正表>>に記載したものの他は別紙1のとおり。)で、特定売買比率は32パーセントである。
売買回転率の概念は、相場が生き物であることを無視した議論であり、統一的な算式はなく、前記チェックシステムにおいても考慮されておらず、違法性を論議するための基準となりうるものではない。
原告の主張する手数料化率も相場が生き物であることを無視した議論であり、結果だけに着目するものであって、正当ではない。商品取引所の定義によれば、手数料化率とは、月間受取手数料を月末現在の預かり委託証拠金で除し、それに100を掛けたもので、委託者の投資金額に対する手数料額の割合を示すものである。本件取引では、月間累計手数料が2024万7080円、月末累計預かり委託証拠金が7060万2571円であるから、手数料化率は28・6パーセントである。
(ウ)a 原告の主張オ(ウ)aのうち、本件取引によって出た利益を原告に返還せずに委託金に振り替えたことがあることは認めるが、その余は否認する。
顧客を勧誘して取引枚数を増やしてもらうことは営利法人である被告の外務員であるCやEの業務そのものであり、委託者もハイリスクではあるがハイリターンを期待して取引を始めており、通常は取引を進める中で取引枚数を増やしたいと考えるに至るものであるから、委託者が利益金の返還を求めてもいないにかかわらず、被告外務員の方から積極的に、利益金は委託者に返還し、損失分は委託証拠金から差し引くように促すべき義務は信義則上もないというべきである。
被告が原告に送付した残高照合通知書(乙17の1ないし15)には「返還可能額」欄が設けられ、残高照合回答書(乙18の1ないし14)には「2.返還可能額の返還を希望される場合は、裏面の通信欄に金額及び有価証券の内容等を具体的にご記入下さい。」という案内も掲げられているが、原告から返還の要望が寄せられたことは1度としてなかった。取引を継続することは、当時の原告の意思に合致していたはずである。
b 原告の主張オ(ウ)bは、否認する。
被告担当者は追証がはずれたことや委託証拠金の状況について、その都度説明していたし、本件取引が行われる都度、被告の管理部から原告宛に「売買報告書及び売買計算書」が送付されており、これを見れば、総取引金額のほか、当日に手仕舞いした場合の損益金、手数料を把握することができるところ、原告は、これを克明にチェックしており、被告からのアンケートにも「売買報告書及び売買計算書」、「残高照合回答書」を「照合・確認している」と回答していた(乙9の2)もので、自己の支払った委託証拠金がどのように扱われ、売買損益がどのように出て、委託手数料がどの程度払われていたかを把握していた。また、取引をしながら、かかる作業を繰り返すことにより、自ずと取引の最中でもその大凡の損益を把握することができるようになるのである。
(エ) 本件取引は、平成12年2月1日(本件取引終了8日前)まではほぼ順調に推移していたもので(同日現在、原告の投入資金は920万0180円であるのに対し、委託証拠金残高は947万7363円であった。)、原告に多額の損失が生じる事態が続いたことはない。
本件取引において原告が受けた損失は、原告が十分に取引経験を積んだ後に開始した東京白金(平成11年11月29日開始)と同パラジウム(同12年1月31日)の取引の最終局面(同年2月2日から9日までの間の取引)で、東京白金の損金が732万5850円、パラジウムの損金が301万8630円出たことによるものである。しかも、それはパラジウムが過去に例がないような高騰となり、そのあおりを受けてその代替金属である白金が高騰するという商品取引員にも予測のつかない異常相場となったことを受けて、原告の資金が続かないことから原告と話し合いの上、手仕舞いしたことによるものであり、気の毒な面はあるが、原告の自己責任であって、被告や被告担当者の責任が云々されるものではない。なお、この最終局面においてなされた特定売買は2回のみであり、それらはいずれもプラスとなっている。
被告は、原告が行った取引に対して法定の委託手数料を受領しただけであって、何ら非難されるものではない。
カ 実質的一任売買について
否認する。
原告は、前記のとおり、本件取引の内容を理解していた。取引銘柄や数量について、被告の担当者である外務員から提案がなされ、原告がそれに応じるという方式で取引が行われているからといって、それ自体何ら問題となるものではない。本件において、被告の担当者である外務員の勧めるところに従って取引が行われた場面があったことは事実であるが、個々の取引(建玉、仕切)について原告の了解ないし同意を得ている以上は、一任売買ではない。
キ 両建の勧誘について
否認する。
商品取引所法施行規則46条11号は、同一限月、同一枚数の両建を勧めることを禁じているにすぎない。商品先物取引を行う受託者にとって、両建の効用を無視することはできないのであり、それゆえに、同法上も一律に禁止するまでには至っていないのである。
原告は分かるものと分からないものをはっきり回答する人物であるから、Eの説明を受けるなどして両建について理解し、両建て申出書(乙11)を作成したのである。
ク 一体的な不法行為の成立について
前記のとおり、勧誘段階から取引終了に至るまで、被告側に何ら違法と評価すべきものは存せず、一体として評価しても、不法行為を構成するものではない。
(2) 原告の損害額(争点(2))について
(原告の主張)
ア 損害額
(ア) 支払済みの証拠金相当額 967万4000円
原告は、本件取引において、委託証拠金及び追加証拠金名目で合計967万4000円を支払っており、同金員相当額の損害を被った。
(イ) 弁護士費用 114万円
(ウ) 合計 1081万4000円
イ 後記被告の主張イ(過失相殺)は争う。
(被告の主張)
ア 原告主張の損害額は争う。
なお、被告が原告から委託証拠金又は損金として受領したのは合計967万4000円であり、そのうち45万3571円を平成11年9月7日に返金しており、現在408円が返還未了となっている。
イ 過失相殺
本件において、万一、被告の責任が認められるとしても、原告の損害発生については、原告の過失が深く関わっていたというべきであるから、本件訴訟においてもこれが十分斟酌されるべきである。
第3当裁判所の判断
1 本件取引の受託行為の不法行為該当性(争点(1))について
前記前提事実に加え、証拠(甲6、8、10、11、乙1の1、2、乙2の1、2、乙3ないし6、7の1、2、乙8、9の1、2、乙10、11、12の1、2、乙13の1、2、乙14の1、2、乙15の1、2、乙16、17の1ないし15、乙18の1ないし14、乙19の1、2、乙20の1ないし4、乙21の1ないし26、乙22の1ないし12、乙30ないし33、35、36、37の1ないし13、乙38、39、40の1、2、乙41の1ないし3、乙42の1ないし61、乙43の1ないし13、証人C、同E、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 取引経過
ア 原告(昭和7年6月15日生)は、本件取引開始当時、66歳の独身男性であり、東証一部上場企業であるAの販売代理等を業とするH市内にあるB商会(従業員は当時約25名。Aと資本関係にはない。)において、主に営業を中心に現時点で約24、25年間稼動してきており、60歳のころからは、社長に次ぐ地位である常務という地位にあり、営業業務全般を統括する立場にあった。しかし、原告は、過去において、先物取引や株取引の経験はなかった。
イ 被告は、G商事株式会社(以下「G商事」という。)の100パーセント子会社で、東京工業品取引所(以下「東工」ということがある。)、東京穀物商品取引所、大阪商品取引所の商品取引員で、資本金は16億円である。本社の他に、東京都I区J、大阪市及び福岡市に支店を有する。被告は、商品取引を顧客に勧誘するに際して、パンフレットを送付した上、主に電話により勧誘するという方法をとっている。
ウ 平成10年11月初め、被告福岡支店の外務員であるCは、年700万円以上の所得を得ている者が記載されている名簿を基に、原告に取引を勧誘する旨のダイレクトメールを送付し、同月9日原告に電話をかけ、銀行預金では利息もほとんどゼロに近く、株もぱっとしない、商品先物取引が面白い、資産運用を当社に任せてみないか、先物取引は一般的にイメージは悪いがそんなことはない、難しいものではない、被告はG商事の系列会社で世界的に拠点を持つG商事の情報網を活用して展開している、などと述べて商品先物取引を勧誘した。これに対し、原告が消極的な態度をとったため、Cは、資料だけでも見て欲しいと頼んで、資料一式を原告宛てに送付した。なお、被告において、外務員の給料体系は歩合制が加味されている(その詳細は不明である。)。
エ その後、Cは、原告に計数回にわたり電話連絡をして、商品先物取引の勧誘を行った。Cは原告に対し、同年12月10日、トウモロコシ相場中長期展望(春高期待・「豊作に売りなし」へのシナリオ)と題する書面(乙30)を予め送付して、その内容を説明した上で取引の勧誘を行った。
同書面には、穀物相場の大まかな方向性は、需給のバランスによって決まること、秋口から冬にかけては、需要動向が最大の変動要因となること、過去の値動きを見ると、大豊作の年は翌年の春高に繋がりやすいことから、トウモロコシについては、これから来年にかけて春高の期待感があることなどの記載があった。他方、同書面の末尾には、同書面は相場見通しの確実性を保証するものではないという注意も記載されていた。
そして、同月14日、Cは、原告に対し、電話にて、事前に送付してあった資料(口座開設のご案内(乙1の1)、受託契約準則(乙4)及び商品先物取引委託のガイド(乙5))に目を通しているか否かを質問の上、約13分間にわたり、商品先物取引の仕組みの概略、少ない資金で大きな取引ができるというメリットがあること、委託証拠金の性格等に関して、トウモロコシを例にとりながら説明を行い、トウモロコシは年明けにたいがい上げやすい格好になっているから、ここの局面に何とか間に合って欲しいので、まずは口座開設をするようにと勧誘した。
このとき、原告は、Cの説明を聞いて主に相槌を打ちながら、送付書類は少ししか見ていないこと、自分は100万円程度の資金しか出せないことなどを話したが、Cの前記口座開設の勧誘に対し、「わかりました」と答え、口座を開設することとした(会話の詳細は乙35を参照)。
そして、原告は、同日付けで、予め送付されていた口座開設申込書(乙2の1)及び約諾書・通知書(乙2の2)等に必要事項を記載し、翌15日午前に被告宛に投函した。
なお、原告は、前記口座開設申込書において、自己の年収(税引き前)は500万円以上1000万円未満、金融資産額は500万円以上1000万円未満、目的は投機、当初投資予定額は100万円と各記載し、商品先物取引の理解についてと題する欄にある「商品先物取引の仕組みを理解していますか?」、「取引を自己責任で行っていただくこと、また営業社員に一任できないことを知っていますか?」及び「損失を生じるリスクがあり、元本保証でないことを知っていますか?」の各質問に対し、いずれも「はい」のところに丸を付した。ただ、同時点において、原告は、被告から事前に送付された前記資料にも少ししか目を通していなかったのであり、過去の取引経験もなく、Cの電話による説明も詳細なものではなく、商品先物取引の詳しい仕組み、その全容を本当に理解していたかは疑問である。
オ 同月16日、Cは、原告に電話連絡を取り、まず、前記資料を読んだかを確認した。これに対し、原告は、全部は読んでいないこと、用語が難しいことなどを言ったため、Cは、限月、委託証拠金や追証に関して説明を加えた。そして、Cは、原告から同人が口座開設申込書等の書類を既に投函したことを聞いた上、極力、買ったらすぐ利が乗るような場面でご紹介させていただきたいと思う、80万円を投資すれば、100から200万円くらいのリターンを今回の場の状況では可能性が高い、儲かったら、さらに投資額を広げていっていただくと良いなどと言いながら、翌日に委託証拠金を取引口座に入金するよう促した。原告は、それを了解した。
なお、この時の電話連絡は約11分であった。
カ 翌同月17日、Cは、前記口座開設申込書等の書類が届いたことから、原告に電話をし、同日のトウモロコシの相場が予想以上に上昇したことから同日は取引開始を見送ることを提案して、原告の了承を得た。また、Cは、委託証拠金をさらに80万円上乗せして、20枚での取引を勧誘したところ、原告はこれに応じて、同日、被告の取引口座にトウモロコシ20枚分の委託証拠金160万円を入金した。
キ 同月18日、Cは、前日高騰したトウモロコシの相場が安く始まったことから、原告に電話連絡をし、トウモロコシの買いを勧め、同人からトウモロコシ20枚の買い注文を得た。
しかし、トウモロコシの相場は、Cの予想に反し、翌年の初めまで下落が続くこととなった。このため、被告としては原告に対し委託追証拠金の請求をする必要が生じ、Cは、同月21日、さらには平成11年1月6日に原告に電話連絡をして、春高に期待して取引を続けてはどうかなどと提案し、原告は、これらに同調して、翌日である平成10年12月22日、平成11年1月7日に、各80万円の委託追証拠金を被告の取引口座に入金した。
ク 同年1月14日、被告の外務員であり、Cの上司でもあるD課長は、来沖した際、原告を訪ねて面会した。そのとき、D課長は、今の悪い状況を切り抜けるには貴金属を含めた複数の商品の運用で挽回したいとし、原告に対しさらに180万円の資金の投入を求めた。なお、取引継続中、原告が被告の外務員と面会をしたのはこのときだけである。
同月18日、原告は、D課長の求めに応じて180万円を被告の取引口座に入金した。
ケ 同年2月4日、Cは、トウモロコシ相場の低迷が続いて、トウモロコシの価格が値下がりしていたため、損失をヘッジする目的等から、原告に対して、プット・オプションを買うことを提案し、パンフレット(乙33)を送付し、説明を行った。オプションの買い方の場合、委託証拠金が不要である上、利益は無限大であるのに対し、損失はプレミアム分に限定されるというメリットがあり、このため、被告においては、新規委託者保護の建て玉制限の対象外とされていた。原告は、プット・オプションの仕組みを完全に理解したわけではなかったが、Cから勧められたため、取引に同意し、別紙2(オプション取引一覧表)記載のような取引を行った。
コ 同月22日、トウモロコシ相場がようやく好転したため、売却し、原告に35万6928円の利益が出た。
同日、Cは、原告に対し、電話にて、トウモロコシで利益を出すことができた旨報告し、さらに、他の銘柄にも分散して投資すればリスクが軽減される旨説明し、その上で、金、銀などの取引の勧誘を行い、原告の了解を得て、同日東工金、東工銀の取引を、翌23日には東工パラジウムの取引をそれぞれ開始した。同じように、原告は、被告担当者の勧誘に基づき、同年3月19日には大豆の取引を、同月24日にはゴムの取引をそれぞれ開始した。なお、同月19日以降の取引が取引開始後3か月経過後の取引に該当する。
サ Cは、同年3月末日をもって転勤することとなったため、原告の担当は、一時的に被告福岡支店のF支店長が引き継ぐことになった。そこで、同月19日、Cは、原告に対して、電話にて、転勤をすることや後任者が来るまでの間はF支店長が引き継ぐことを伝えた。
シ 原告は、同年3月29日付けで被告の要請に基づきアンケートを行っているところ(以下「第1回アンケート」という。)、同アンケート(1)(乙7の1)において、原告は、「商品先物取引-委託のガイド-」の内容については、「まだ理解出来ない 5段階の1程度」と記載し、商品先物取引の損益の仕組みについては、「C.損益計算はできないが売買計算書で確認している。」に丸印をつけており、委託証拠金制度の仕組みについては、「C.委託証拠金を期限迄に預託しない場合、建玉が処分される場合があることを承知している。」に丸印を付した上で、「REPORTを見て、必要証拠金の計算が分からない。」と記載し、値幅制限(ストップ安・ストップ高)については、「よく分からない」と記載し、その他ご意見、ご質問等ありましたらお寄せくださいでは、「昨年12月に始めたばかりで、非常に難解。スピードを要する商いなので、貴担当者の早口に仲々ついて行けない。また専門用語がでてくるので、とまどう。」と記載している。
また、同日付のアンケート(2)(乙7の2)において、原告は、先物取引の情報の入手方法については、「当社の営業社員」に丸印をし、担当者からの連絡状況については、「良い」に丸印をし、貴方からの連絡状況では、「ほとんどない」に丸印をし、売買報告書、残高照合通知書のご確認については、「照合・確認している」に丸印をし、現在の預託金・建玉・値洗いについては「全然把握していない」に丸印をし、その他ご意見、ご質問等ありましたらお寄せくださいでは、「知識が浅く委託のガイドに時々目を通すが理解するには程遠い。従がいまして、貴担当者のアドバイス通りお願いしている。無理のない取引を希望します。」と記載している。
ス 原告は、被告に対し、同年4月1日付けで、両建て申出書(乙11)を提出した。
同書面には、「1999年4月の商品取引法の改正により、同限月・同枚数の両建てを勧誘することが禁止となりました。つきましては、弊社からこのような両建てを勧誘することは致しませんが、お客様が、このような両建てを含め、今後両建てを取引手法の一つとしてご利用される場合には、誠に恐縮ですが、下記申出書をご提出下さい。」と不動文字が記載され、さらに「私は、両建ての仕組みや注意事項を十分理解し、取引手法の一つとして、私の責任において余裕資金の範囲で両建てを行うことに致しましたので、ここに申出します。」という不動文字の記載の後に原告が署名押印しているが、原告が自ら進んで申し出て、同文書に署名押印したものではない。
セ 同年4月5日、Eは、原告の携帯電話に電話をして、新たに原告の担当となった旨を伝えて挨拶を交わし、市況の解説を行うなどした。その際、Eは、原告に対して、相場に対しては自信があります任せてください、今までにもピンチを切り抜けてきましたなどと言った。それに先立ち、F支店長も原告に対し、Eのことを有能な外務員であると説明した。
そして、同日以降の取引は、別紙1記載のとおりである。取引の対象である商品としては、従来からの商品に加えて、Eの勧誘に基づき、原告は同月6日から天然ゴム指数の取引を、同月23日から東工アルミの取引を、5月13日から小豆の取引を、同月28日からアラビアコーヒーの取引を、6月7日から粗糖の取引を、7月27日からガソリンの取引を、10月28日からロブスターコーヒーの取引を、12月8日から灯油の取引をそれぞれ開始した。このうち、天然ゴム指数の取引は、ゴムの取引以上に、ハイリスクハイリターンな取引である。それらの取引開始に当たり、Eから原告に対し、個々の商品の値動きの特性について的確な説明がなされたとの証拠はない。
原・被告の取引注文の方法は、まず、Eが原告の携帯電話に電話をかけ、原告が勤務先の自席に着席しているときには、離席した上、まずEが市況、値動きの見込みなどを交えながら購入する銘柄や枚数を勧め、原告がこれに応諾するというもので、Eが主導する形で行われており(このことはEも認める。)、Eが原告の担当者であった間、原告がEの勧めを積極的に断ったことはなかった。Eは、当時約20名ほどの顧客を担当しており、取引所が開かれている日は、ほぼ毎日のように原告を含めた顧客に電話をしていた。原告の携帯電話に電話をするのは、1日多くて5回以内であり、特殊な場合以外は、1回当たりの通話時間は、せいぜい5分程度であった。また、Eは原告に対し、利益が出たことや委託証拠金の状況なども、その時々に応じてあわせて伝えていた。
Eは、原告の担当となる直前ころ、自己ピーアールの趣旨を含めてファックスを用いて資料(乙36、37の1ないし13と類似のもの)を原告に対し一度送付した。
なお、原告は、Eの応対について、ソフトであり、自信もあって、営業が上手いという感想を持っていた。また、Eは、原告について、控え目な方であり、自分のことをかなり信用してもらい、良い関係を保っていたと認識しており、自分の勧誘をほとんど断ったことがないという点では、数ある顧客の中で少ないタイプの顧客である、個々の商品について、相場決定要因を把握はしていなかったとの感想を持っていた。
ソ 被告は、前記アンケート結果を受け、同年4月22日付け書面でもって、原告に再度アンケートをとった(以下「第2回アンケート」という。)。
その結果、同月26日付けアンケート(1)(乙9の1)において、「商品先物取引-委託のガイド-」の内容については無回答、商品先物取引の損益の仕組みについては、前回と同じ「C.損益計算はできないが売買計算書で確認している。」に丸印をつけており、委託証拠金制度の仕組みについては、前回と同じ「C.委託証拠金を期限迄に預託しない場合、建玉が処分される場合があることを承知している。」に丸印を付しており、値幅制限(ストップ安・ストップ高)については、「B.値幅制限により売買注文が成立しない場合もあることを承知している。」に丸印を付け、その他ご意見、ご質問等ありましたらお寄せくださいでは、記載がなかった。
また、同日付のアンケート(2)(乙9の2)において、原告は、先物取引の情報の入手方法では、前回と同じ「当社の営業社員」に丸印をし、担当者からの連絡状況については、前回と同じ「良い」に丸印をし、貴方からの連絡状況では、前回と同じ「ほとんどない」に丸印をし、売買報告書、残高照合通知書のご確認については、前回と同じ「照合・確認している」に丸印をし、現在の預託金・建玉・値洗いについては、「B.だいたい把握している」に丸印をし、その他ご意見、ご質問等ありましたらお寄せくださいでは、「現担当者からまめに連絡やアドバイスを頂き理解度を少しづつ深めているところです。」と記載している。
タ 原告は、同年5月6日及び翌7日に、Eからの要請に基づき、各100万円、計200万円を被告の取引口座に振り込んだ。被告の作成した委託者別先物取引勘定元帳精算状況という書面(乙22の2)では、5月6日の100万円のうち80万1530円は損金として入金され、委託者別委託証拠金現在高帳(乙20の2)では、残りの19万8470円は証拠金として入金されたと記載している。しかし、Eから原告に対し、予めその各性格について説明がなされたか否かは不明である。同月7日入金の100万円は委託追証拠金である。
チ 同月12日、Eは、原告に対し、損切り手仕舞いしても120万円の不足があり、7月までには修復できる見込みがあるなどと言って、委託追証拠金120万円の必要が生じたことを伝えた。
翌13日、原告は、これに応じて同金額を被告の取引口座に振り込んだ。
ツ 同年8月5日、Eは、原告に対し、状況が悪くなったことを伝え、委託追証拠金で当面の危機をしのいで行くことを提案した。
同月12日、原告は、これに応じて、100万円を被告の取引口座に振り込んだ。
同年9月7日、必要があったため、原告は被告から、請求に基づき、45万3571円の返金を受けた。
テ 同年10月18日ころ、原告は、被告に対して、同月13日現在の差引損益金の誤りをメモで指摘し被告管理部に送付し、被告は原告に対し、電話及び書面にて、省令改正に基づき記載方法が変わったことを説明した。さらに、同月25日、原告は、後記売買報告書及び売買計算書を基に前記報告書に対して質問を行い、Eがそれに回答した。
ト 平成12年の正月、原告はEに対し、年賀状(乙19の1、2)を出し、そこには、「お互い実り多い年でありますように頑張りましょう。」と記載されていた。
ナ 原告の被告との本件取引に基づく損益の累計は、平成11年9月末の時点で、それまで最大600万円近くあったマイナスを回復した後、同年12月の時点で再び同額ほどのマイナスになったが、平成12年1月末の時点で若干のプラスに転じた。しかし、同年2月初め、東工パラジウムの値が異常に高騰し、それに伴い、白金の値も高騰し、いずれも売りを建てていた原告は追加証拠金を準備することもできず、取引の継続が困難となった。結局、原告はEと相談の上、同月2ないし9日ころ、それらを仕切り、白金については732万5850円の損失を被った。Eは、原告に対し、同月7日、最悪の状況になった、同月9日、ギブアップの状況です、明さんのようなズブの素人に大きな損をかけて心苦しい、1からやり直して少しずつでもお返しするように頑張りますなどと伝えた。
同日、Eは、原告に対し、47万3592円の不足となったことを伝えて、同金員を請求した。
翌10日、原告は、47万4000円を被告の取引口座に振り込んだ。
ニ その後、Eは、安定した取引をして損を回復したい、50万円を出して安定したガソリンを始めようなどと勧誘したが、原告は、これを断り、以来、原・被告間において、勧誘や取引は行われていない。
(2) 本件取引の詳細
ア 原告は、平成10年12月18日から同12年2月9日までの間に、被告に委託した上、本件契約に基づき、別紙1記載(但し、「直」「途」「日」「両」「不」欄の記載は除く。)の各取引及び別紙2(オプション取引一覧表)記載の各取引を行い、その結果、合計1210万4800円の売買利益を上げたが、被告に支払うべき手数料が2030万7280円となったため、消費税及び取引所税を含めると最終的には922万0201円の損失を被った。なお、このうち、別紙1の各取引の取引結果は、売買利益が1267万4800円、受託手数料2024万7080円で、最終的には858万6938円の損失であった。このように、被告が取得した手数料が多いのが本件の一つの特色である。
イ それというのは、本件取引において、新規委託者保護期間である取引開始後3か月を経過した後である平成11年3月19日以降、別紙1記載のとおり、取引を行う商品の種類も急速に増え、1日当たりの取引の回数も多数回にのぼり、1日当たりの取引回数が10回を上廻る日も珍しくなく、建て玉した数も売りと買いを合計すると100枚を超えたことも少なくなく、同じ日に複数の種類の取引が同時併行的に取引されているのがほとんどである。さらに、いわゆる特定売買と呼ばれる取引手法が恒常的に頻繁に行われている。別紙1の「直」「途」「日」「両」「不」の記載は、原告が、直し、途転、日計、両建、不抜であるとそれぞれ指摘したものであり、これらがすべて正しいかは断定できない点もあるが、ほぼ正確である。
そして、これらの特定売買を行った必要性について、証人Eは、その当時の相場動向、その読みに関連して、当時必要だと判断して行ったものであると証言するが、現時点で、その具体的な中身について明らかにすることはできない。
このような頻繁な取引が繰り返された結果、委託手数料が増大していっている。一例を挙げれば、ゴムの取引は、別紙1記載のとおり、売りと買いを合計して計125回の取引が行われ(このうち113回はEが担当している。)、委託手数料の額が628万2380円にのぼっており、結果的に563万1000円の損失となった。そのような結果になるまでの間に、原告とEとの間で、ゴムの取引を継続するか否か、手数料の負担と比較して取引にメリットがあるか否かなどについて協議が行われたことは窺われない。他の種類の商品取引についても、その点は、同様であった。
(3) 被告が原告に交付した書面
ア 被告が原告に対して交付した主な書面は以下のとおりである。
a 口座開設のご案内(乙1の1)
同書面は、目次を入れて8ページにわたり、「商品先物取引について」、「商品先物取引のリスクについて」、「相場が予想した方向と逆に動いたときに」、「口座開設について」、「Kでの取引手順」と題し、それぞれの概略について簡潔な説明が行われており、「相場が予想した方向と逆に動いたときに」では、手仕舞い、委託追証拠金の投入、途転、難平、両建に関する簡潔な説明がされている。また、同書面には、口座開設必要書類が添付されている。
b 受託契約準則(乙4)
同書面は、東京工業品取引所受託契約準則全文、取引所によって異なる条文及び東京穀物商品取引所受託契約準則全文が掲載されている。
c 商品先物取引委託のガイド(乙5)
同書面は、32ページにわたり、「商品先物取引を始めるには」、「契約にあたって」、「商品先物取引のしくみ」、「取引の開始」、「取引中の留意点」、「取引の決済」、「書類の確認」、「指数先物取引」、「オプション取引」、「委託者債権の保全のしくみ」、「商品先物取引用語解説」及び「お取引に関するご相談」と題し、各項目ついて比較的詳細な解説が加えられており、「取引の決済」の項目の中で委託手数料について解説されており、その金額については、同書面の別冊において一覧表が表示されている。
d 残高照合通知書(乙17の1ないし15)
同書面は、月次で、委託証拠金預り額(預り区分、現金、有価証券充用額、差引損益金)、建玉内訳(商品名、限月、約定年月日、場節、枚数、約定値段・約定指数、本日引値・本日引指数、値洗損益)、委託証拠金内訳(商品名、本証拠金、追証拠金、定時増証拠金、臨時増証拠金、必要証拠金合計)、返還可能額等を報告するものである。
これについて、原告は、被告に対し、毎月、残高照合回答書を送付しており、同書面には、いずれも「通知書のとおり相違ありません。」に丸印が付されている(ただし、1999年4月5日付けの同回答書(乙18の4)には回答が付されていない。)。
e 委託証拠金預り証(乙42の1ないし61)
同書面は、委託証拠金の「銘柄及び金額又は数量」が記載されており、委託証拠金の金額は累計額が記載されている。
f 売買報告書及び売買計算書(乙43の1ないし13)
同書面には、報告書欄に、商品名、区分、限月、受注日時、約定年月日、場節、数量、約定値段等、総取引金額が、計算書欄に、商品名、売買差損益金、合計委託手数料、消費税等、差引損益金またはプレミアム受払金額、未決済建玉欄に、値洗損益金通算額、仮委託手数料等、仮差引損益金通算額が記載されている。
(4) 以上の事実に基づき、原告の主張について判断する。
ア 適合性原則違反について
受託業務の基礎知識(甲2)によれば、社団法人日本商品取引員協会では、商品先物取引を行うに相応しくない客層に対しての勧誘を不適正な勧誘行為として禁ずる旨を規定しており、社内の内規である受託業務管理規則(乙1の2)によれば、被告社内においても、不適合者の参入を防止するため、受託制限該当者を定め、被告の外務員の判断だけでなく、担当外務員が審査書類を管理責任者に提出して、適合性の審査を行う体制がとられていることが認められるところであり、私法上も、商品先物取引を行うに相応しくない者に対し勧誘行為があった場合には、これを違法行為と認める余地が充分にあり得ると考えられる。しかし、本件において、前記認定のとおり、原告は、本件取引を行う前に、株取引や先物取引の経験を有していなかったものの、営業を中心に長年の勤務経験を有し、従業員約25名くらいの規模の有限会社において60歳のころからは社長に次ぐ常務の地位にあり、自ら申告しているとおり、年収(税引き前)500万円以上、金融資産額500万円以上の財産を保有していたことなどを併せ考慮すると、原告が本件取引を行うについて適合性がなかったということはできない。
したがって、原告の主張は理由がない。
イ 無差別かつ執拗な電話勧誘について
前記認定のとおり、Cは、原告に対して、平成10年11月初め、ダイレクトメールを送付したうえで電話をかけて投資勧誘を行い、銀行預金では利息もほとんどゼロ近く、株もぱっとしない、商品先物取引が面白い、資産運用を当社に任せてみないか、先物取引は一般的にイメージは悪いがそんなことはない、難しいものではない、被告はG商事の系列会社で世界的に拠点を持つG商事の情報網を活用して展開している、などと言っており、その後も計数回にわたって電話で勧誘を行い、同年12月14日ころには、口座開設の申込みにまで漕ぎ着けていることが認められる。
確かに、Cの勧誘は、これを受ける側に立てば、執拗と感ずる場合も否めない訳ではないが、電話の回数もさほど多いものではなく、勧誘文句も、いわばセールストークとして許容される範囲内のものであると考えられるのであって、この程度の勧誘をもって違法と評価することはできないというべきである。
したがって、原告の主張は理由がない。
ウ 説明義務違反、断定的判断の提供について
(ア) まず、Cが必ず儲かるなどと断定的判断を提供したと主張する点について検討するに、平成10年12月15日及び16日の原告とCとの会話の録音反訳書(乙35)によれば、前記認定のとおり、極力、買ったらすぐ利が乗るような場面でご紹介させていただきたいと思う、80万円を投資すれば、100から200万円くらいのリターンを今回の場の状況では可能性が高いなどと述べて、ややもすれば断定的判断ともとられかねない問題のある言動がみられないわけではない。
しかし、原告の経歴、予想される判断能力との対比で考えれば、これらはいずれもセールストークの一種として発言されたものであることは、推測がつくはずで、可能性の問題としてかなり高いということを言ったもので、断定したものではないと評価することができる。加えて、原告が、その本人尋問において、「必ず儲かる」というニュアンスに聞こえた、絶対と言われたわけではないなどと述べて、その主張よりも後退した供述をしていることも併せ考慮すると、Cが断定的判断の提供に当たるような勧誘を行ったとは認めることはできない。
(イ) 次に、D課長の言動についてみると、前記認定のとおり、同人は、原告に対し、今の悪い状況を切り抜けるには貴金属を含めた複数の商品の運用で挽回したいとし、さらに180万円の資金の投入を求めたことが認められるが、この程度の言動は、セールストークとして許容される範囲内のものというべきであり、説明義務違反や断定的判断の提供に当たるような言動とは認め難い。
(ウ) さらに、前記認定によれば、Eは、原告の担当となった際に、相場に対しては自信があります任せてください、今までにもピンチを切り抜けてきましたなどと言った事実が認められる。これらの発言は、ややもすれば断定的判断ともとられかねない問題のある言動とみられないわけではないものの、セールストークとしてどうにか許容される範囲内のものというべきであり、違法と評価することはできない。
(エ) 以上によれば、原告の主張は理由がない。
エ 新規委託者保護義務違反について
(ア) 前記受託業務管理規則(乙1の2)によれば、取引の開始以降の3か月を習熟期間とし、取引の仕組み、知識の習得と理解が充分に行われるように啓発するとされていること(第7条1b)、商品先物取引(オプション取引を含む)、金融先物取引(オプション取引を含む)あるいは株式の信用取引について3か月未満の経験者ないし未経験はCランクと位置づけられ、習熟期間中は、建玉制限を20枚とされること、オプション取引については、「買」は建玉制限の対象外とし、「売」は通常市場と同様に建玉制限の対象としていることの各事実が認められる。
(イ) このような、新規委託者保護規定は、単なる被告独自の内規に止まらず、外務員に共通の規則であると考えられ、商品先物取引が投機性の高い取引であることにかんがみて、新規委託者が不測の損害を被らないように保護する趣旨であると解され、前記期間内に20枚を超える取引があったからといって、直ちに違法と評価されるものではないとしても、新規委託者の保護の趣旨に著しく違反するような場合には、当該取引が委託者との関係で不法行為を構成することがあり得るというべきである。
(ウ) しかるに、前記認定のとおり、原告の最初の取引は平成10年12月18日であり、習熟期間の終期は平成11年3月18日であるところ、この間に行われたトウモロコシの取引は制限枚数内であり、これを違法ということはできないし、前記期間内に行われたオプション取引(買)20枚についても、原告がオプション取引について十分な理解を有していたかは疑問の余地がないではないが、前記のようなオプション取引の買いの危険度、その間における取引数量や金額、被告内における同期間内における前記建玉制限の対象外とされていることをみても、違法とは認め難いところである。
(エ) また、平成11年3月26日以降の取引は、習熟期間経過後のものであり、違法の問題は起きない。
(オ) さらに、原告は、Cが啓発活動を行っていないことを問題とする。第1回アンケートの記載内容は前記認定のとおりであり、第2回アンケートにおいても、「現担当者からまめに連絡やアドバイスを頂き理解度を少しずつ深めているところです。」と記載しながらも、第1回アンケートと同様の回答が目立ち、さほど理解度が深化していたとは思われず、加えて、習熟期間内において、被告から積極的な啓発活動が行われたとはいい難い面も否めないところである。
しかしながら、Cは、本件取引の開始に先立ち、基本的な知識の習得に役立つと思われる口座開設のご案内(乙1の1)や商品先物取引委託のガイド(乙5)を送付した上で、電話によるものではあるものの、具体的な例を引いて簡潔に商品先物取引の仕組み等を説明し、個々の取引についても、一応の情報提供が行われていることなどからすれば、啓発活動にやや不十分な面がみられるとしても、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反し、違法であるとは認め難い。
(カ) したがって、原告の主張は理由がない。
オ 過当売買、無意味な反復売買について
(ア) まず、Cについてであるが、同人が担当者をしていた期間は約3か月余であり、主に新規受託者保護に関する習熟期間中の取引が主で、取り扱った取引の量も少ないことからして、過当売買や無意味な反復売買とみられる行為は認められない。D課長については、180万円の資金の投入を求め、原告はそれに応じたが、過当売買、無意味な反復売買とは認められない。
(イ)a 次に、Eが担当者となった後のことを判断する(F支店長にも、過当売買、無意味な反復売買の存在は認められない。)に、前記エに判示したとおり、担当者がEに代わった平成11年4月上旬ころの原告の理解度は、第1回アンケート(同年3月29日)において、「昨年12月に始めたばかりで非常に難解。スピードを要する商いなので、担当者の早口に仲々ついて行けない。また専門用語が出てくるので、とまどう。」や、「知識が浅く委託のガイドに時々目を通すが理解するには程遠い。従がいまして、貴担当者のアドバイス通りお願いしている。無理のない取引を希望します。」と記載されているように、かなり低いレベルに止まる。原告は、過去に先物取引や株取引の経験がなく、Cから送られた資料を精読することなく、同人の電話による比較的短時間の勧誘(同種取引の勧誘に当たり、一般には、外務員は顧客と面談した上、ある程度時間をかけて、図などを示しながら説明することが多いと思われる。)に基づき、取引を開始するという決断をするに至ったものであり、また、初めの3か月の間に行われた取引も数少なく、前記アンケートの記載内容は信用できる。さらに、第2回アンケート(同年4月22日)においても、「現担当者からまめに連絡やアドバイスを頂き理解度を少しづつ深めているところです。」と記載しながらも、第1回アンケートと同様の回答も目立ち、その間に、外務員から時間をかけて丁寧に原告に対し商品先物取引の仕組みなどを説明したものとも認められないから、さほど理解内容において深化もみられない状況にあったということができる。
そして、その後の原告の理解度がどの程度進んでいたかは必ずしも明らかではない点も多く、頻繁にEから電話による情報提供を受けていること、残高照合通知書をその都度確認して同回答書を返送していること、同年10月18日ころに原告が差引損益金の誤りを指摘し、被告管理部に送付したりしたことなどの経緯からすると、原告の理解度は、徐々に進んでいった面も存するといえるが、その理解は主に残高照会通知書や売買報告書等に基づく損益計算についての理解に止まるのであり、後記のとおり、頻繁な取引をどれだけ理解し、ついて行くことができたのかは相当に疑問であるといわなければならない。
b また、原告が述べるように、同人は、投資を始めるきっかけとしてG商事のネームバリューを挙げており、専らその外務員であるCやEから得る情報に頼って投資を行ってきているものと認められ、契約締結の経緯(原告は、過去に先物取引や株取引の経験はないのに、Cから送られた資料も精読することもなく、同人の電話による比較的短時間の勧誘に基づき、原告からすれば、少額とは言えない額の先物取引を開始するという決断をするに至った。)から判断しても、G商事という名前に対する信頼、その100パーセント子会社である被告への信頼、その社員であるC、Eらに対する信頼はいずれも相当に厚いものがあったということができ、原告は同人らの取引の勧めや入金の指示等を常に受け入れ、断ったことがないという状態で取引を行っていたものである。Eは、取引開始に当たり、原告に対して、相場に対しては自信があります任せてください、今までにもピンチを切り抜けてきましたなどと申し述べ、それに先立ち、F支店長も原告に対し、Eのことを有能な外務員であると説明したことも、その後原告に対して、強い影響力を持ったものと推測される。
c 以上のように、原告の取引に対する理解度は、徐々に進んでいった面(殊に、損益計算等)がみられるものの、頻繁な取引についていくことができたのかは疑問である。しかも、投資判断のほとんどを担当者であるEに頼り切っている状況が見られるのである。前記のように、平成11年3月19日以降、別紙1記載のとおり、取引の種類も増え、1日当たりの取引の回数も多数回にのぼっており、1日当たりの取引回数が10回を上廻る日も珍しくなく、それらの取引が同じ日に同時併行的に行われている。このような多種類の多数の頻繁な取引について、原告は、勤務中、自己の携帯電話にEからの電話を受け、勤務先の自席に着席中には、離席したうえで、特殊な場合以外は、せいぜい5分以内の電話で対応したというが、そのような方法で果たしてEの提案の内容を理解し、自由で、合理的な判断ができたのか疑問である。自ずから、Eが原告に対し、電話にて短時間に一方的に説明し、取引を勧め、原告がそれを無条件に応諾するということが日々繰り返されていたものと推認できる。Eが原告を、自分の勧誘をほとんど断ったことがないという点では、数ある顧客の中で少ないタイプの顧客であると言っているのは、原告の性格、取引に対する態度、両者の関係を象徴的に表す事柄と評価できる。確かに、原告は有限会社の常務という地位にあった者ではあるが、その業種、業態、原告の取引態度等から判断して、先物取引の各商品の値動きを自ら判断する能力を備えていたとは認めがたい。
(ウ) また、前記認定の特定売買について、証拠を精査するも、前記のような、直し、途転、両建、日計、不抜けが行われていることについて、その具体的な必要性についての説明が行われた的確な証拠はない。
(エ) この点、被告は、Eの営業スタイルは主として「罫線(チャート)と取り組みを軸にして分散投資を勧める。」という手法であり、同人が原告の担当者となった際(平成11年4月5日)に原告に対して関係資料を送付して説明を行っているから、これによる場合、個別の取引に当たって、取り上げる商品の特性や受給要因等を詳しく説明する必要はなかったと主張する。
しかし、Eが独自に用いた資料(乙36、37の1ないし13参照)は、同人の供述を併せ考慮しても、難解というべきものであって、原告のような投資経験の浅い者が理解できるとは到底考えられず、むしろ理解を混乱させるおそれすら感じさせるのであり、個別の取引に係る商品の特性や受給要因等に関する説明が不要ということはできない。証人Eも、個別の取引に当たって、取り上げる商品の特性や受給要因等を詳しく説明する必要はないと証言しているわけでもない。また、前記認定のとおり、Eは、原告の担当となる直前ころ、自己ピーアールを含めてファックスを用いてそれらの資料を原告に対し一度送付したにすぎず、その程度の資料であったものと認められる。
(オ) 以上の諸事情を総合考慮するならば、Eは、原告の個々の取引に関する理解度をなお慎重に確認し、その理解度に応じた合理的な取引を行うべきであったということができ、被告における給与体系から考えても、Eが担当者となっていた間の取引は、手数料稼ぎ又は同人の歩合給稼ぎを主目的としたものと評価することができ、いずれも、同人に課せられている顧客に対する忠実義務に違反する違法なものであるといえる。原告の資力が同人の前記申告どおりか否かは不明ではあるが、原告は潤沢な資金、資産を有する余裕資金が豊富にある者ではないと認められるから、担当者である外務員としても合理的な限度を超えない取引に心がけるべきであった。前記認定のとおり、ゴムの取引は、計125回の取引が行われ、手数料が628万2380円にのぼり、結果的に原告は1222万7777円の損失となったが、そのような結果になるまでの間に、原告とEとの間で、ゴムの取引を継続するか否か、手数料の負担と比較して同取引のメリットがあるかなどについて協議が行われたことはないことは、手数料稼ぎ又は同人の歩合給稼ぎを主目的としたものと認定することにより、理解することができる。その他の種類の商品の取引についても、大同小異である。
カ 実質的な一任売買について
まず、Cが担当者であった期間についてみると、前記認定のとおり、Cは、取引開始に当たり、また、その後の取引についても、説明のうえで行っており、その間の取引量も少ないことなどからして、実質的な一任売買と評価できるような事情は見出せない。
次に、Eが担当者であった期間についてみると、原告とEとの間の取引の実情は前記認定のとおりであり、Eは原告に対して、頻繁に電話連絡を行うなどしたうえ原告の了解を取った上取引を行っており、一任売買そのものではない。本件において、原告がどれだけ理解した上注文を行ったかは疑問であり、実質は一任売買ではないかという疑いはあるが、一応電話にて原告に連絡を取り、同人の応諾を得ていることから、実質的な一任売買であると評価するのには、なお躊躇を感じる。以上から、原告の主張は採用しないこととする。
キ 両建の勧誘について
商品取引所法施行規則46条11号は、「商品市場における取引の委託につき、顧客に対し、特定の上場商品構成物品等の売付け及び買付けその他これに準ずる取引とこれらの取引と対当する取引の数量及び期限を同一にすることを勧めること。」と規定しており、一定範囲の両建に限って、その勧誘を禁止している。本件において、原告が自ら進んで申し出て、両建て申出書(乙11)を提出したものではないが、本件における両建が違法な両建であると認めるに足りる証拠はない。
ク 一体的な不法行為の成立について
前記のとおり、Eには違法行為が認められ、それは不法行為に該当するから、被告は、原告に対して、使用者責任に基づき、Eが関わった期間の取引については、後記損害を賠償する義務を負う。
2 争点(2)(原告の損害額)について
(1) 前記認定によれば、原告は、Eが担当者であった間、投資資金、追加証拠金、損失金等の金員として、平成11年5月6日に100万円、同月7日に100万円、同月13日に120万円、同年8月12日に100万円、平成12年2月10日に47万3592円(原告が実際に振込んだのは47万4000円であるが、差額の408円については、被告は、返還未了であり、返還する意思を表明しているから、損害に含まれないと解する。)の合計467万3592円を支払っているところ、これらは前記Eの違法行為がなければ支出を免れた金員であると認めるから、相当因果関係のある損害と認めることとする。
なお、委託者別証拠金現在高帳(乙20の1ないし4)によれば、Eが担当者であった期間に支払われた金額の合計は119万8470円となるが、Eも前記認定の委託証拠金の支払や追証の必要を認める供述ないし陳述(乙32)をしていることからして、同現在高帳の記載は採用しないこととする。
(2) 過失相殺
前記判示のとおり、Eには、忠実義務違反の違法が認められる。同人は、原告の信頼を結果的に利用して、多種類の頻繁な取引を繰り返したもので、結果的に、被告が委託手数料として取得した2024万7080円のほとんどの部分はEが担当者として行ったもので、それは手数料稼ぎ又は同人の歩合給稼ぎを主目的としたものと評価することができる。
他方において、原告には、次のような過失が認められる。すなわち、前記認定のとおり、原告は、長年営業として稼動した経験を有し、中小企業ながら、6年ほど常務という地位にもあって、それなりの収入と財産を保有していた者であり、投機についても自己の主体的な判断が期待されてよく、本件取引開始に当たっては、前記のようなリスクも記載された資料一式の交付を受け、月次で残高照会通知書を確認の上で同回答書を返送したり、委託証拠金預り証や売買報告書及び売買計算書の交付を受けており、これらの書面によっても取引の内容を把握する機会は与えられていた。さらに、Eから電話による情報提供を頻繁に受けていたのであるから、取引について行けず、その内容に疑義が生じたならば、直ちにこれを質問したり、取引量を減らしたり、もっと早く取引を中止するなどすることは充分に可能であったというべきであり、Eに頼り切って、勧誘されるままに取引を徒に継続したことが損害発生の一因をなしているというべきである。
したがって、前記損害について、過失相殺として、その6割を減ずるのが相当であり、過失相殺後の損害額は186万9436円(1円未満切り捨て)となる。
(3) 弁護士費用
本件と相当因果関係にある弁護士費用は、事案の概要、審理経過、認容額等から25万円と認めるのが相当である。
3 結論
以上によれば、本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪木稔 裁判官 鈴木博 裁判官高松みどりは転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官 窪木稔)