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那覇地方裁判所 平成12年(ワ)79号 判決 2001年9月05日

主文

1  被告Aは、原告Bに対し、金150万3710円及び内金125万3710円に対する平成9年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告Bのその余の請求及び原告Cの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告Bに生じた費用の5分の4と被告Aに生じた費用の5分の2と被告Dに生じた費用の2分の1を原告Bの負担とし、原告Cに生じた費用と被告Aに生じた費用の5分の2と被告Dに生じた費用の2分の1を原告Cの負担とし、原告Bに生じたその余の費用と被告Aに生じたその余の費用を被告Aの負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは、連帯して、原告Bに対し、金813万8710円及び内金773万3710円に対する平成9年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、連帯して、原告Cに対し、金60万円及び内金50万円に対する平成9年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  争いのない事実

原告B(昭和56年12月17日生)は、平成9年4月14日当時、G高等学校(以下「本件高校」という。)の1年生であり、原告Cは、原告Bの親権者母である。

被告Dは、本件高校の美術担当教師であり、被告Aは、本件高校を設置し管理する者である。

平成9年4月14日、被告Dは、本件高校の美術室において、原告Bに対し、同人の顔面を頭突きする暴行(以下「本件暴行」という。)を加え、原告Bに鼻骨骨折、鼻出血で全治2週間の傷害を負わせた。

2  原告らの主張

(1)  被告Dは、原告Bに対し、故意に本件暴行を加え、原告らに後記の損害を与えたのであるから、民法709条の不法行為による損害賠償責任を負う。

被告Dは、被告Aに雇用された公務員であり、本件暴行は本件高校における授業活動及びこれに関連する生徒指導として、その職務を行うについて他人に損害を加えたものであるから、被告Aは、原告らに対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償責任を負う。

(2)  原告Bが受けた損害は次のとおりである。

① 治療費  3710円

② 後遺症による逸失利益  648万円

原告Bは、本件暴行により、陳旧性鼻骨骨折による斜鼻という後遺障害を負い、これは後遺障害第14級の11「男子の外貌に醜状を残すもの」に該当する。

559万9800円(平成7年男子平均年収)×0.05(労働能力喪失率)×23.1222(16歳の労働能力喪失期間に対応する新ホフマン係数)=648万円(端数切り上げ)

③ 傷害慰謝料  25万円

④ 後遺症慰謝料  100万円

⑤ 弁護士費用  40万5000円

合計  813万8710円

(3)  原告Cが受けた損害は次のとおりである。

① 精神的苦痛に対する慰謝料  50万円

原告Bが本件暴行傷害を受けたため、その後学校生活になじめず、退学に追い込まれたことによって、母親である原告Cは精神的苦痛を受けた。

② 弁護士費用  10万円

合計  60万円

(4)  よって、原告らは、被告Dに対しては不法行為による損害賠償として、被告Aに対しては国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として、原告Bに813万8710円及び弁護士費用を除く内金773万3710円に対する、原告Cに60万円及び弁護士費用を除く内金50万円に対する、本件不法行為発生の日の翌日である平成9年4月15日から各支払済みまでそれぞれ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告Dの主張

(1)  原告Bの怪我は完治し、後遺症もなく、そのために同人が学校をやめたという事実もない。したがって、原告らに損害は発生していない。

(2)  国家賠償法1条1項は、公権力の行使に当たる国又は地方公共団体の公務員がその職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体を賠償の責に任ずるものであって、公務員個人はその責任を負わない。したがって、仮に原告らに損害が発生していたとしても、同条項に照らし、被告Dが個人として損害賠償の責に任ぜられることはない。

4  被告Aの主張

(1)  被告Dは、原告Bに対し、傷害に至るような暴行を加える意思ではなく、軽く頭突きを行ったつもりのところが、誤って原告Bの鼻に当たってしまったために、本件結果が発生したものであり、被告Dの主観的意思としては、原告に怪我を負わせる気持ちは毛頭なかった。したがって、傷害慰謝料については、被告Dの主観的意思を考慮する必要はなく、傷害の程度に鑑みて5万円程度が相当であると思われる。

(2)  また、原告Bの怪我は完治し、非常に注意深く見なければ痕跡が分からないほど目立たなくなっており、外貌に醜状があるとは評価できず、後遺障害には該当しない。特に労働能力の喪失があるとは思えない。

(3)  原告Cについては、民法711条により、被害者の父母の損害賠償請求が認められる場合は限定されているのであり、本件のような場合に母親の損害賠償請求を認める余地はない。

また、原告Bの退学と被告Dの本件暴行との間に相当因果関係はない。本件は1回きりの行為であり、謝罪もなされているから、原告Bにその後の学校生活を送ることができないほどの影響があったとは考えられない。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

甲第1ないし第5及び第7ないし第11号証、原告B、同明美及び被告Dの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1)  原告Bは、浦添市立港川中学に在籍しサッカー部に所属していたが、当時から遅刻及び欠課が多かった。同原告は、本件高校のサッカー部が強かったことと自己の学力水準に見合うものであったことから同高校を受験し、平成9年4月7日、本件高校に入学した。しかし、入学後はサッカー部より先に勧誘されたラグビー部に所属することになった。なお、サッカー部の顧問は被告Dである。

(2)  平成9年4月14日、原告Bは、選択科目が書道であったにもかかわらず、間違えて中学時代の友達とともに美術の授業が行われる美術室へ入室した。美術担当教諭である被告Dは、出欠を取りながら一人一人名前と顔を確かめたところ、原告Bの名前が名簿になかったため、原告Bの名前とクラスを尋ね、教室に戻って時間割表を確認するよう指示した。原告Bは、美術室の後方出入口から一歩出た後、横を向いて入口のサッシのところにつばを吐いた(この点につき原告Bは、つばを吐く行為は自分の癖であり、特に意図があって行ったものではないと供述するが、その主観的意思は分明でない。)。生徒指導部長でもあった被告Dは、これを自分及び他の生徒らに対する侮辱行為と受け止め、怒り心頭に発し、原告Bを美術室に呼び戻し、手に持っていた画用紙で原告Bの肩を叩き、更に原告Bの後頭部を両手でつかみ、正面から頭突きをした。被告Dは、原告Bの頭と自分の頭をぶつけるつもりであったが、原告Bの身長が178センチメートルあり、被告Dの身長が原告Bより低かったことから、被告Dの頭突きは原告Bの鼻を直撃した。

(3)  本件暴行後、原告Bが鼻から出血していることに気づいた被告Dは、直ちに原告Bを本件高校から150メートルほど離れた私立E病院へ連れて行き、同病院で耳鼻科及び内科の診察を受け、鼻骨骨折、鼻出血、全治2週間と診断された。内科での診察を待つ間、被告Dは、原告Bに対して、「わざとしたのではない。」と述べて謝罪した。

原告Cが同病院に駆け付けたとき、被告Dの連絡によって、既に本件高校の校長、教頭、担任のF教諭が来ていた。被告Dは、その場で原告Cに対し、謝罪の言葉を述べた。

翌日、原告Bは、再びE病院で治療を受けたが、その後、通院はしていない。E病院での治療費は、本件高校が負担した。

(4)  被告Dは、本件暴行を理由に、A教育委員会から戒告処分及び6か月間の昇給停止処分を受けた。数日後、原告Cが、学校から謝罪がないことに対し苦情の電話をしたため、本件高校の校長、教頭、F教諭とともに、被告Dは、原告らの自宅に赴き、原告Cに対し、改めて謝罪した。原告Cは、息子に直接謝ってほしいと述べたが、その後、被告Dが原告Bに直接謝罪をしたことはない。

(5)  原告Bは、1学期中は本件高校に通い、ラグビー部の活動も続け、ラグビーの県大会の予選にも出場したものの、友達が退学するなどして、一緒に登校する友人がいなくなったため、夏休みが明けた2学期から遅刻欠席が多くなり、出席日数が足りずに1年留年することとなった。原告Cは、学校へ行くよう説得し続けたが、原告Bは、登校する意欲を失い、平成10年夏休みころ、仕事をするためという理由を原告Cが記入して退学届を提出し、本件高校を退学した。

翌年、原告Bは、県立H高校を受験したが、不合格となり、現在、モノレール建築工事の仕事を支障なく行っている。

原告らは、平成11年10月ころ、弁護士を依頼し、同年11月12日、那覇簡易裁判所に調停を申し立てたが不調となり、平成12年2月1日、本件訴訟を提起した。

2  被告らの責任

被告Dは、美術の授業中に原告Bに体罰を加え、傷害を負わせたものであり、故意による不法行為が成立することは明らかである。その体罰の理由も、高校入学直後の授業で教室を間違えた原告Bが被告Dに注意されて教室を出ていく際につばを吐いたことに腹を立てたものであり、確かに原告Bの行為は指導や注意の対象とされてしかるべきものではあるが、だからといって体罰を加えることが正当化されるわけではなく、その理由としても些細なものにすぎないといえる。また、体罰の態様も、両手で原告Bの頭をつかまえた上でその頭めがけて頭突きをするというものであって、傷害を惹起する危険性の大きいものであり、現に全治2週間の鼻骨骨折、鼻出血の傷害を負わせ、斜鼻という後遺症を生ぜしめており、結果も重大といえる。

このように、被告Dは、公務員であるA立高校教諭として、授業中に生徒の行為を体罰により正そうとして本件暴行に及んだもので、その職務を行うについて他人に損害を加えたものであるから、国家賠償法1条1項により、被告Aにこれを賠償する責任がある。しかしながら、公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最判昭和30年4月19日民集9巻5号534頁参照)ところ、公務員個人である被告Dは、直接被害者に対して損害賠償責任を負うものではない。したがって、原告らの被告Dに対する請求は理由がない。

3  原告Bの損害

(1)  治療費3710円は、原告Bが本件訴訟を提起するため、平成10年5月16日に診察を受けたものであるが、本件暴行と相当因果関係のある損害と認められる(甲2、3、5、8)。

(2)  原告Bは、本件暴行を原因とする陳旧性鼻骨骨折により斜鼻という後遺障害を負った(甲1)。しかし、その程度は、同原告の顔面を注意深く見て初めて鼻筋がやや曲がっていることが視認できるものであり、原告Bの顔全体の印象を損なうほどの醜状とはいえず(甲9ないし11)、鼻の機能にも異常がない上、前記のとおり、現在の職務の遂行に支障はなく、その他斜鼻による労働能力の喪失を認めるに足りる証拠もない。したがって、後遺症による逸失利益は認められない。

(3)  前記のとおり、原告Bは、被告Dから些細な理由で体罰という名目のもとに理不尽な本件暴行を受け、全治2週間の陳旧性鼻骨骨折、鼻出血の傷害を負い、結果として斜鼻という後遺障害を負うに至ったもので、その精神的損害は大きいものと認められる。

また、学校教育の現場において、故意による体罰行為が行われ、上記の鼻骨骨折という相当程度重大な被害が発生している(以上、当事者間に争いがない。)にもかかわらず、その賠償責任を負うべき被告Aが、わずか5万円の傷害慰謝料を認めたのみであり、しかも、当裁判所の和解勧告を拒否していたずらに紛争解決を長期化させたことは、地方公共団体としての自覚と責任を欠くものであって、厳しく非難されなければならない。

したがって、原告Bが教室退出時につばを吐いたという行為が本件暴行の契機となっていること、被告Dらから謝罪が行われ、治療費の負担もされていること、結果として原告Bは本件高校を退学しているが、それは前記1認定の事実からすれば、本件暴行が原因となっているとは認め難いこと、前記のとおりの後遺障害の程度及び労働能力への影響等を考慮してもなお、原告Bの精神的損害を慰謝するに足る金額は、傷害慰謝料及び後遺症慰謝料を併せて125万円とするのが相当である。

(4)  弁護士費用は、認容額等に鑑み、25万円を被告Aに負担させるのが相当と認める。

4  原告Cの損害

民法711条の趣旨により、近親者の固有の慰謝料は、被害者の生命が害された場合か、被害者が生命を害された場合にも比肩すべき精神上の苦痛を受けたときに認められるものであり、本件における原告Bの後遺症の程度に鑑みれば、原告Cの損害は認められない。

5  結論

以上のとおりであるから、原告Bの請求を一部認め、その余の請求及び原告Cの請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 高松宏之 裁判官 瀬戸さやか)

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