那覇地方裁判所 平成12年(行ウ)1号 判決 2001年2月21日
原告
A株式会社
代表者代表取締役
甲
訴訟代理人弁護士
宮良皓
被告
北那覇税務署長
安慶名稔
指定代理人
西郷雅彦
同
金子健太郎
同
世嘉良清
同
小岩井利恵
同
鍋内幸一
同
外間克己
同
我那覇隆
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が、平成10年12月17日付けで原告の平成6年11月1日から平成7年10月31日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税についてした、更正処分のうち確定申告による所得金額3550円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
第2事案の概要
1 争いのない事実
(1) 原告は、平成4年8月12日に設立登記された会社であり、設立当初から甲(以下「甲」という。)が代表取締役を務めている。
原告は、法人設立中である同年7月25日、別紙物件目録1及び2記載の土地並びに同目録3記載の建物(以下「本件土地」及び「本件建物」といい、両者を併せて「本件土地建物」という。)について、有限会社C(以下「C」という。)と代金合計1億3600万円として甲個人名義で売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結してこれらを取得し、同年8月24日付けでいずれも同年5月20日売買を原因として原告名義に所有権移転登記手続をした。原告は、同年9月、本件土地を有限会社料亭D(以下「料亭D」という。)に対し、駐車場として月額100万円(平成6年1月から50万円)で賃貸することとし、平成4年10月ころ、本件建物を取り壊した。
(2) 原告は、本件土地建物の取得に要した費用について、取壊し時における本件建物の帳簿価額等合計7316万0450円が開業費に当たるとして繰延資産に計上し、本件事業年度の所得金額を繰延資産で償却して3550円と確定申告した。
これに対し、被告は、原告が開業費に当たるとして繰延資産に計上した額のうち、7191万0450円を本件土地の取得価額に算入すべきであるとして、本件事業年度につき、平成10年12月17日付で、1527万3359円を加算した1527万6909円を所得金額、納付すべき税額を496万76000円とする更正処分及び71万9000円の過少申告加算税賦課決定処分を行った(以下両処分を併せて「本件更正処分等」という。)。
(3) 原告は、本件更正処分等を不服として、平成11年2月10日、審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成12年1月24日付けで審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。
なお、原告は、被告が原告に対し、平成7年12月22日付けでした、原告の平成4年8月12日から平成6年10月31日までの各年の10月31日を期末とする各事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下両処分を併せて「別訴更正処分等」という。)等の取消しを求める訴えを那覇地方裁判所に提起した(同裁判所平成10年(行ウ)第2号、以下「別訴」という。)が、平成12年9月20日判決によりいずれも棄却された。本件更正処分等は、上記別訴更正処分等の後続事業年度である本件事業年度の調査により、その主たる処分理由を同じくして行われたものである。
2 原告の主張
原告は、本件建物を貸店舗とする目的で取得し、改修工事のため、見積りを進めていたところ、本件建物が相当老朽化し、人命に関わる危険性があることが判明したことから取壊しのやむなきに至ったもので、当初から本件土地だけを利用する目的で本件土地建物を取得したものではない。
したがって、原告の本件土地建物の取得目的及びその経過等に関する被告の誤った事実認定に基づいた本件更正処分等は違法である。よって、原告は被告に対し、本件更正処分等の取消しを求める。
3 被告の主張
原告は、もっぱら本件土地の利用を目的として、本件建物の取壊しを前提に本件土地を取得したものであり、原告が開業費に当たるとした本件建物の帳簿価額等は、本件土地の取得のために要した費用であり、損金に計上すべきものではない。したがって、本件更正処分等は適法である。
4 争点
本件の争点は、原告が本件土地建物購入時に本件建物を利用する目的があったと認められるか否かである。
第3当裁判所の判断
1 取得時における本件建物の状況
本件建物は、昭和41年に新築され、昭和47年に増築された鉄筋コンクリートブロック造陸屋根3階建の建物であり、原告が取得したころは築後26年を経過していた(甲18、乙26)。同建物は、塩害等の腐食により1階2階の天井の鉄筋がさびて膨張しており、コンクリートの劣化が進行し、手で触ってぼろぼろに落ちる状態で、新しい天井も吊すことができず、壁もブロックも崩れて、階段の鉄筋も落ちており、道路側のひさしは下の鉄筋が見えて上に乗っているだけの状態で、2階と3階のひさしは、平成4年8月ころ落下しており、建物を改修して利用することは不可能であった(甲7、19、20、乙31、35、78、79)。また、平成4年5月ころの時点で、外見上も本件建物の随所にコンクリートの腐食による剥落がみられ、鉄筋が剥き出しになっていた(甲3の2、32、乙19、39)。本件建物への電気供給は、平成3年7月25日から既に停止され、電気メーターも撤去された状態にあって、その後本件建物が取り壊されるまで電気の供給が行われることはなかった(甲3の2、7、乙19、78)。そして、同建物は、平成4年10月ころ、料亭Dが費用を負担して、取り壊された。原告は、取得後に本件建物が相当老朽化している事実が判明したと主張し、甲も料亭Dの専属の大工である丙(以下「丙」という。)も、別訴においてその旨供述し(甲7、20、乙78、79)、本件建物の取壊し工事を担当した有限会社Bの代表取締役乙(以下「乙」という。)も、同旨の申述書を提出している(甲32、乙39)。しかし、前記認定のとおりの建物の老朽化の程度からすれば、本件建物は、原告が取得した時点においても、外見だけからでも、その老朽化した状況は相当程度把握できたものと考えられ、甲、丙、乙らの前記供述はいずれも信用できない。
2 契約締結における原告の姿勢
そもそも、原告あるいはその代表者である甲が真に本件建物を貸店舗として利用する目的を有していたとすれば、本件建物を購入する際に、築後26年を経過した本件建物の客観的状態を調査し、その老朽化の程度を把握した上で改修工事の費用等を考慮して売買代金等を決定し、本件売買契約を行うことが経営上当然の行為であると考えられる。しかし、原告及び甲は、本件建物の取得前に本件建物の内部についての調査を一切行わず、その修繕費用の見積り等の算出の依頼もしないまま、売買代金を定め、購入を決めたというのであって、建物だけでも7000万円、総額1億3600万円の取引をするには、あまりにも合理性を欠く対応であり、また、結果として7000万円で購入した本件建物が全く無価値であったにもかかわらず、甲は売主であるCに対して、瑕疵担保責任の追求や損害賠償請求等の法的手段を講じていないことはもとより、何らのクレームもつけていない。これらのことからしても、貸店舗とする目的で本件建物を購入したとすることは極めて不自然であるといわざるを得ない。
3 料亭Dにおける駐車場の必要性
(1) 原告代表者である甲は、昭和51年の法人設立当初から、料亭Dの取締役を務め、昭和53年にいったん解任されたものの、昭和56年に再び取締役に就任し、平成4年2月19日から、丁(以下「丁」という。)に替わって料亭Dの代表取締役に就任している(乙15)。料亭Dは、平成4年6月15日現在、出資金総額1000万円のうち、甲の出資金額が700万円で全体の70パーセントを占め、これに甲の妻の出資金200万円及び同人の母の出資金100万円を加えると100パーセントの同族会社となっている。原告においては、出資金総額8000万円のうち、甲が2000万円、甲の妻が2000万円、料亭Dが3000万円を出資している(甲3の2、乙19、争いのない事実)。
(2) 料亭Dは、もともと駐車場として玄関前に車両を10台程度駐車することが可能な土地を有していたところ、甲が、平成3年3月9日付けで、本件土地に隣接する那覇市辻所在、136.42平方メートルの土地(以下「隣接土地」という。)を7000万円で取得した。同土地の売買契約締結に当たっては、同土地上の建物の撤去は売主の負担で行う旨の特約が付されており、遅くとも同月末には隣接土地上にあった建物は取り壊され(甲7、乙13の1・2、16、78)、料亭Dは、同土地を駐車場用地として甲から月額25万円で賃借し利用していた(甲7、乙78)。
さらに、料亭Dは、原告が本件土地を取得すると、本件建物の取壊し費用352万円を全額負担した上、本件建物が取り壊される以前の平成4年9月分から月額100万円(平成6年1月分から月額50万円)を支払って賃借を開始し、隣接土地と一体となった駐車場として利用している(甲7、27、31、33、乙38、40、41、78)。
(3) 原告は、料亭Dが駐車場を確保する必要性はなかったと主張し、別訴において甲はその旨供述する(甲7、乙78)。
しかし、料亭Dが、従前から甲個人より駐車場を賃借していた上、丁の嘆願書(甲25、乙36)を提出し、本件建物の取壊し費用を負担してまで本件土地を賃借し、隣接土地と併せて毎月125万円もの賃料を支払って駐車場を確保していたのは前示のとおりであり、その必要性がなかったとは到底認められない。
しかも、料亭Dは、収容人員が1500名で、大宴会場は450名まで収容でき、個室が40室もある大規模な宴会場であって、大宴会場だけではなく家族単位での食事会の客なども対象としており(乙4)、また、調理場以外にも踊り子等も含めて約150名もの従業員を雇用し、これらの従業員が、本件土地を駐車場にするまでは隣近所に駐車していたこと、10年ぐらい前から車通勤をする従業員が増加しており、駐車場についての要望が出ていたこと、実際、隣接土地と本件土地を一体として利用した駐車場には、押し込み押し込みして大体30台近くが駐車され、通常、顧客が宴会などで来る時間帯までには従業員の車で既に満車状態になっているのが日常となっていること(甲7、20、乙45、78、79)が認められ、従前の原告代表者である丁自身も、国税不服審判所に対して、「料亭Dは、規模が大きい割に駐車場が狭く、利用者から駐車場の苦情が多く困っていたことから駐車場用地が必要であった。」と申述している(甲3の2、乙19)。
以上の事実を総合すると、平成4年当時、料亭Dにおいて、駐車場を確保する必要性が高かったことは明らかといわなければならない。そして、前記のとおり、原告と料亭Dとが人的構成及び資金面において密接な関連性を有していたこと、特に甲が料亭Dの経営に長く参画していたことを考慮すれば、原告及び甲も、その必要性を十分認識していたものと認められ、前記の主張を採用する余地はない。
4 本件土地建物の価額
本件売買契約書には、土地売買価額が6600万円、建物売買価額が7000万円と記載されており(甲13、乙24)、本件土地(計262.47平方メートル)の1平方メートル当たりの単価は25万1457円となる。他方、平成3年に甲が取得した隣接土地136.42平方メートルの売買契約金額は7000万円であり(乙16)、1平方メートル当たりの単価は51万3121円となる。ところが、那覇市役所の土地・家屋・償却資産名寄帳(兼)課税台帳上の平成3年1月1日から平成4年12月31日までの間の1平方メートル当たりの土地の評価額は、本件土地が6万9895円、隣接土地が6万2963円であって、ほぼ等価といえる(甲3の2、乙19)。むしろ、現況によると本件土地は、二方が道路に面した角地であるのに対し、隣接土地は、甲の取得時には三方を建物に囲まれ、間口・面積ともに本件土地より小さく駐車場としては不便であること(甲3の2、乙19)、現に、料亭Dは、隣接土地について月額25万円の賃料を支払っていたのに対し、約2倍の面積を有する本件土地について、当初月額100万円の賃料を支払っていた。本件土地と隣接土地の前記売買単価の相違は、これらの事情と矛盾するものである。
この点、原告は、本件土地には建物が建っており、更地の2分の1以下の価格設定をすることが一般的であると主張する。しかし、全額を償却の対象として申告した本件建物価格に敷地利用権価格が含まれていないことは当然であり、しかも、前記のとおり、本件建物が老朽化著しく無価値であったことを考えると、本件土地を更地価格の2分の1以下として評価すべき合理性があるとは到底認められず、原告の主張を採用することはできない。
5 原告の主張について
原告は、本件建物を貸店舗とする目的で、平成4年8月ころ、原告が丙に本件建物の改装工事を依頼したこと、同じころ、E(代表者戊)に改装工事に伴う電気工事の依頼をして、見積書を同月10日に提出してもらい、簡単な配線工事もしてもらったこと、本件土地建物購入直後には、己と本件建物2階全部を月額30万円で口頭の賃貸借契約を締結していたことを主張する。
しかし、Eの見積書(甲22の1・2、乙33)は、後日作成されたものであり(甲34、乙73)、本件建物は3階建てであるのに、2階部分までしか見積りをしておらず、見積書に記載されている空調機や照明器具は、当時は製造が終了し、又は未だ製造が開始されていなかった製品である(乙8、9)など、内容自体も著しく信用性を欠くものである。
また、戊は、原告主張のとおりの内容を証明書及び申述書として提出しているが(甲21、34、乙32、73)、具体的な改装工事の内容が全く決まっていないにもかかわらず、電気工事の見積り及び簡単な配線工事までもが先走って行われているということは極めて不自然であり、行った配線工事に対して代金が支払われた様子もなく、前記見積書が後日作成されたものであること及び戊が料亭Dの出入り業者であることからしても、同人の申述内容はたやすく信用することができない。
己は、原告と本件建物2階の賃貸借契約を口頭で締結し賃料も合意していた旨の証明書を作成している(甲24、乙34)。しかし、高級スナックを営業目的としていたにもかかわらず、電気の供給が停止され利用されていない建物の内部も見ず、どのように改装されるかも全く分からない状態で、賃料も決めて契約書も作成しないまま契約を締結するというのはあまりにも杜撰であり、己が料亭Dの近くの飲食店経営者であり、甲と以前からの知合いであったことにかんがみても、同人の証明書は到底信用できない。
丙は、別訴において改装工事の見積りを甲から頼まれたと証言しているが(甲20、乙79)、丙が、料亭Dの専属大工であって、字の読み書きができず、これまで見積書を作成したことがないこと、同じ内容を記載した丙作成の証明書(甲19、乙31)も、同人の娘が書いて署名捺印したものであること(甲20、乙79)などからみても、原告から見積りの依頼があったとの同人の供述は信用できない。
6 本件更正処分等の適法性
法人税法施行令54条1項1号は、購入した資産の取得価額の範囲は、当該資産の購入の代価と当該資産を事業の用に供するために直接要した費用の合計額となると規定する。同項は、固定資産のうちの減価償却資産の取得価額の範囲についての規定であるが、これは企業会計原則第3の5を具体化したものと解されるから、土地等の非減価償却資産についても類推適用されるべきである。そして、土地とともに建物を取得した場合に、建物の取得目的が当初からその敷地を利用することにあったのであれば、建物を取り壊した時の帳簿価額等(建物の取壊し費用も含む。)は損金に算入することはできず、土地の取得価額に算入すべきである。法人税法基本通達7-3-6が、「その取得後おおむね1年以内に当該建物等の取壊しに着手するなど、当初からその建物を取り壊して土地を利用する目的であることが明らかであると認められるときには、(上記帳簿価格等は)当該土地の取得価格に算入する。」としているのも、同旨に出たものであると解される。そして、このような建物の取得目的は、納税者の内心の意思に係るものではあるが、納税者のこのような主観的意図を立証することの困難性、租税の公平負担という見地からみて、客観的諸事実に合致する明白なものでなければならない。
前記認定のとおり、購入当時の本件建物の極めて老朽化した状況、原告が平成4年7月25日に本件土地建物を購入し、そのわずか3か月後の同年10月末ころまでには、料亭Dが費用を負担して本件建物を取り壊していること、それにもかかわらず原告が本件建物の売主に何らクレームをつけていないこと、原告と料亭Dは極めて密接な関係にあったこと、多数の収容人員及び従業員を有する料亭Dが、駐車場を必要としており、そのため甲が隣接土地を購入して建物を取り壊し、料亭Dに駐車場として賃貸していたこと、この隣接土地と本件土地を一体として料亭Dが駐車場として利用し、本件建物が存続していた同年9月分から既に賃料を支払っていること、隣接土地と本件土地の購入価格単価の著しい相違等を総合すると、原告は、当初から本件土地を料亭Dの駐車場として利用する目的で本件土地建物を取得したと認めるに十分であるといわなければならない。他方で、原告が本訴及び別訴で提出した各証拠は、客観的に原告の主張を理由付ける証拠とはなし得ず、原告にいったん本件建物の所有権移転登記がされている事実も上記の客観的な各認定事実を覆すに足りるものではない。したがって、原告は、本件建物を取り壊した時の帳簿価額等を繰り延べして各事業年度の損金に算入することはできず、土地の取得価額に算入すべきである。
以上の事実をもとにすると、本件事業年度につき原告の支払うべき法人税等は次のとおりとなる。
加算項目 開業費償却の損金不算入 1527万3359円
所得金額(申告額3550円) 1527万6909円
法人税額(法人税法66条) 496万8500円
所得税額の控除額(法人税法68条) 808円
更正処分(国税通則法119条1項) 496万76000円
過少申告加算税 71万9000円
7 結論
以上のとおり、本件更正処分等はいずれも適法であると認められ、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 斉藤啓昭 裁判官 瀬戸さやか)
別紙 物件目録
1 所在 那覇市辻
地番
地目 宅地
地積 116.79平方メートル
2 所在 那覇市辻
地番
地目 宅地
地積 145.68平方メートル
3 所在 那覇市辻2
家屋番号
構造 鉄筋コンクリートブロック造陸屋根3階建
種類 1階公衆浴場
2階店舗
3階居宅
床面積 1階207.33平方メートル
2階201.01平方メートル
3階201.01平方メートル