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那覇地方裁判所 平成12年(行ウ)6号 判決 2002年3月27日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が原告に対し平成11年3月30日に行った懲戒免職処分を取り消す。

第2事案の概要

1  争いのない事実等

(1)  原告は、昭和20年1月16日、沖縄県aにおいて出生し、昭和43年3月高知大学農学部を卒業後、京都大学大学院農学研究科修士課程及び博士課程を経て学位(農学博士)を取得し、昭和50年10月琉球大学農学部助教授に採用された。平成4年4月から平成7年4月まで、鹿児島大学助教授・大学院連合農学研究科に併任していた。

原告は、昭和51年5月婚姻し、2人の子があるが、京都市に家族を残して単身で沖縄県に赴任し、宜野湾市字bの官舎に一人暮らしをしていた(甲45)。

(2)  Aは、昭和○○年○月○○日、中国上海市において出生し、昭和59年7月中国華僑大学卒業後、日本に留学し、平成4年4月鹿児島大学大学院連合農学研究博士課程生物資源利用科に入学した女子中国人留学生であり、マングースの抗ハブ毒出血因子の性質を調べる研究を行っていた。Aは、同大学院連合から琉球大学大学院に配置され、その主指導教官が琉球大学のB教授、第1副指導教官が原告、第2副指導教官が佐賀大学のCであり、専ら原告の指導を受けていた。

(3)  Aは、平成7年3月14日、「被害届」と題する書面を処分者側に提出し、原告に対する行政処分を求めた。被害届の内容の概略は、原告がAに対し、1年余りにわたってセクシャルハラスメントを続けていたこと及び違法実験を強要したこと、並びにAの学位取得のための論文につき原告が実験データを捏造したということである。

これを受けた琉球大学評議会(以下「琉大評議会」という。)は、農学部助教授らによる違法・違反実験疑惑に関する調査委員会(以下「違法・違反実験調査委員会」という。)及び農学部助教授性的嫌がらせ疑惑に関する調査委員会(委員長法文学部教授D、以下「D委員会」という。)を設置し、被害届記載の事実について調査を行った。

(4)  同調査を行った両委員会は、平成7年4月3日、それぞれ調査結果を被告に報告した。これを受けた被告は、同年4月28日付けで原告に対し、国家公務員法82条1、2及び3号の規定により、懲戒処分として戒告を行った(以下「本件戒告処分」という。)。

処分の理由は、下記のとおりである(以下の事実を「戒告処分事由①及び②」という。)。

① 平成6年8月から12月の間、原告又は原告の責任の下でA又は琉球大学農学研究科大学院生1名は、放射性同位元素等取扱施設から放射線標識試料を無断で同施設外に持ち出し、農学部実験室で実験を行うとともに、平成6年8月から平成7年2月の間、所定の実験室で行うべき組換えDNA実験を所定外の農学部実験室及び放射性同位元素等取扱施設で行ったこと等が判明した。

② 平成7年1月23日、Aから琉球大学農学部長に対し、原告に性的嫌がらせを受けた旨の文書での申立てがあった。

以上のように、原告は、放射線業務従事者、組換えDNA実験安全委員会委員及び組換えDNA実験安全主任者でありながら、上記①のような行為を行い、上記②のような事態を惹起し、結果として、社会の疑惑を招いたことは、国家公務員としての服務義務に反し、国民全体の奉仕者としての自覚に欠け、その官職の信用を著しく傷つけたものと言わざるを得ず、国家公務員法99条に違反する。よって、国家公務員法82条1号、2号及び3号の規定により、懲戒処分として戒告する。

(5)  平成7年6月21日、Aが原告に対し、前記被害届の内容に基づき損害賠償請求訴訟(那覇地方裁判所平成7年(ワ)第455号)を提起した。平成10年3月27日、同訴訟についてAの請求を一部認容し、原告に対し金170万円及びこれに対する平成7年7月2日からの遅延損害金の支払を命じる判決がなされ、同判決は確定した(以下「別件判決」という。)。

(6)  被告は、平成11年3月30日、国家公務員法82条1号、2号及び3号により原告を懲戒処分として免職した(以下「本件免職処分」という。)。処分当時の琉球大学長はEである。

処分の理由は、下記のとおりである。

原告の非違行為疑惑に関し、平成10年6月11日付けで琉球大学農学部教授会から学長宛に「農学部助教授に係る懲戒免職処分について」評議会で審議するよう要請があった。これを受けて、同月15日の琉球大学臨時評議会で設置された農学部問題調査委員会が調査を行った。同年11月9日付けで同委員会調査報告書が提出されたが、これは基本的に別件判決の事実認定及び判断に依拠している。同判決及び同委員会調査報告書等によると、以下の①ないし⑤の事実(以下「免職処分事由①ないし⑤」という。)が判明した。

① 平成5年12月、Aが論文作成を始めてから1週間ほど経った日、Aが原告の教官室でワープロを操作中、原告は、突然後方からAを強く抱きしめ、キスをした。Aは、何とか逃れて原告を非難したところ、原告はAに対し、謝罪の言葉を述べるなどした。

② それから10日ほど後の日の午後7時ころ、Aが原告に論文をチェックしてもらうため原告の教官室を訪ねると、原告はAを待たせて部屋を出たが、約5分後に戻るや原告はAに突然抱きつき、Aのセーターを無理矢理脱がせようとし、セーターの胸あたりまでめくりあげた。Aは、原告に抗議をしてすぐに退室した。

③ 平成5年12月17日ころ、Aが実験室で実験を終わり、帰ろうとしていたとき、原告は、無菌室に入り、Aを床に押し倒して、その服を脱がせようとした。しかし、Aは抵抗して足が室内の腰掛けに当たってこれが倒れ、その物音で原告は乱暴を止めた。原告は、Aに対し、何度も謝ったが、Aは恐くなって急ぎ帰った。

④ 平成6年1月中旬、Aが原告の教官室のワープロを操作中、原告がAの身体を触ったので、Aは声を出して泣いたところ、実験室の学生がドアを叩いた。しかし、原告は、「何でもない。」と学生を帰した。その後も、原告がAの身体を触ることは何度かあった。

⑤ Aは、平成6年6月下旬、Aを第1著者、原告を第2著者として、「ヒトのα1B-糖タンパク質との間に相同性を示すペプチドのマングースの抗出血因子からの単離」と題する論文を執筆し、学術誌「Toxicon」に投稿し、同誌の33巻1995年2月号に掲載された。同論文の目的は、実験によって調べたマングースの抗出血因子の構造とヒトのα1B-糖タンパク質の構造を比較し、両者が類似していること(相同性)を明らかにすることであった。しかし、原告指導下で作成された同論文中の表1は、マングース抗出血因子から分離精製されたペプチド13種類のアミノ酸組成の実験データを内容とするものであるが、その作成方法は、注記された実験方法とは全く違った手法によるものであったこと、表1の5種類のペプチドのアミノ酸組成の分析は、バックアップ・データがないので実験が行われたかどうか疑問を残したこと、残り8種類のペプチドのアミノ酸組成109か所中27か所で数値の不一致が認められたこと、通常では論文発表後、少なくとも数年は保存すべき実験データをコンピュータから消去したことにも疑問を残したこと等から、問題の表1のデータには、重大な過失が随所に認められるので、虚偽と言われても仕方のない内容であったことが認められる。このようなデータの作成利用を指導されたAは、鹿児島大学大学院連合農学研究科に対し、学位論文の一部に原告の「捏造したデータ」(前記Toxicon33巻論文中の表1を指す。)が含まれていることを理由に、学位請求の申請保留を願い出た(平成7年2月15日、16日)結果、同大学院研究科委員会では平成7年10月27日に疑義ある論文の審査は行わないことが決定された。Aは、その後、原告以外の指導教官の下で全く異なる研究テーマに取り組み博士号を取得したが、そのため更に3年の歳月を費やすことになった。

上記の①ないし④の各行為は、指導教官である原告がAの意志に反して行ったものである。このことは、Aが平成6年3月末ころ、Aの主指導教官に対し、原告による性的嫌がらせのことを訴えたり、平成7年1月13日及び23日には、当時の農学部長に、また、同年3月6日には、学長宛に「セクハラ被害」を訴えたり、民事訴訟の提起から判決に至るまで、原告を相手に和解や取下げをすることなく、一貫して争った事実からも窺われる。

上記⑤の事実によれば、随所に誤りを含み、注記のとおりに作成されず、虚偽と言われても仕方のないような表1を学位論文に掲載することを原告が指導したため、結果としてAの学位請求の申請保留願いにより論文審査が打ち切りとなり、Aは別のテーマに切り替えて学位取得の目的を達成するために、更に平成10年3月までに在学することを余儀なくされた。その結果、不自由な異国での生活に精神面、金銭的苦痛を受けたことになる。およそ大学の学生・院生は支障なく学習、研究を遂行することを保障されなければならないが、原告の指導上の重大な過ちによって、Aに不利益を与えたことは明らかである。

なお、従前の経過として、性的嫌がらせ疑惑について、琉球大学は平成7年3月10日「農学部助教授の性的嫌がらせに関する調査委員会」を設置した。その調査報告書によると、Aの申し立てた性的嫌がらせという事実の存否に関し、両当事者の主張が対立したため、同委員会としては、密室での出来事を推論によって認定することを差し控え、その判断は最終的には司法の場でなされるべきとし、上記の①ないし④の各行為については判断をしていない。それ以外の非違行為を理由として所定の手続を経て、同年4月28日付けで、琉球大学学長から原告に対する懲戒処分が行われた。

原告にかかる上記①ないし④の各行為の事実は、その後に別件判決において、不法行為とされ損害賠償責任が認められたものであるが、⑤を含め、いずれもいまだかつて琉球大学で懲戒処分の対象となったことのない事実である。特に上記①ないし④の各行為の本質は、原告の指導教官としての地位を利用した、性的「嫌がらせ」というソフトに聞こえる言葉以前の、物理的な暴力行為を含み、問題は余りにも重大である。

上記事実と判断によれば、原告の上記①ないし④の各行為は、国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非違行為であり、また上記⑤の行為はAの指導に際して、教官たる原告が職務上の義務に反したか、少なくとも職務を怠ったことを示すものであり、これらの行為は、琉球大学の名誉と官職の信用を著しく傷つけ、官職全体の不名誉となる行為であり、国家公務員法99条に違反する。よって、国家公務員法82条1号、2号及び3号の規定により、懲戒処分として免職する。

(7)  原告は、本件免職処分について、平成11年4月30日、国家公務員法90条及び人事規則13-1により人事院に審査請求し、人事院は、平成12年6月23日、本件免職処分を承認する判定をし、判定書を同年7月4日原告に送付した。原告は、同月6日、これを受領した。

2  原告の主張

(1)  事実誤認

本件免職処分は、事実誤認に基づくものである。免職処分事由②ないし④の事実は、全くの虚偽であり、同⑤の事実は、学者としての認識の違いであり、指導に誤りがあったわけではないし、Aに損害を負わせたことにもならない。同①の事実は、概ねそのとおりであるが、大人の男女が親密になる直前の通常行われる男女のやりとりであり、この行為が違法又は不法行為になると思えない。現に原告とAは、後になって、深い男女関係を1年余り続けている。

したがって、本件免職処分は違法であって取り消されるべきである。

(2)  二重処罰の禁止違反

本件免職処分は、憲法39条の二重処罰の禁止に違反する。本来、この規定は、刑事上の処罰についてのものではあるが、その趣旨は行政上の処分についても原則として適用されるべきである。したがって、一度懲戒処分にされた者に対し、同一の事案で重ねて懲戒処分をしてはならないし、そもそも重ねて懲戒処分の危険にさらしてもならない。

本件戒告処分手続は、Aの被害届に基づき開始され、被害届に記載された全ての原告の非行事実の存否について、被告及びその関係者によって原告等の取調べ及びその他の調査がなされ、その結果原告に対し、戒告処分事由①及び②によって、懲戒戒告処分がなされたものである。つまり、原告は、本件免職処分の対象となった免職処分事由①ないし⑤の事実について、本件戒告処分手続において、その存否の取調べを受け、調査をされて懲戒処分の危険にさらされた結果、懲戒戒告という処分を受けたものである。

したがって、被告が免職処分事由①ないし⑤の事実の存否について再び取調べないし調査を行い、かつ、これらの事実の存在を理由として原告を本件免職処分にしたのは違法であって、取り消されるべきである。

3  被告の主張

(1)  事実誤認について

被告は、独自の十分な調査の結果及び別件判決に基づき慎重に事実認定を行った上で本件免職処分を行っているのであり、同処分につき事実誤認はなく、裁量権の濫用もない。

(2)  二重処罰の禁止について

一般論として、懲戒処分に二重処罰の禁止の原則の保障が及ぶことは認めるが、本件戒告処分における処分理由としての各事実のうち、原告のAに対する性的嫌がらせに関するものは、免職処分事由①ないし④にかかる事実が認められることを処分の直接の根拠としているわけではない。本件免職処分手続について二重処罰禁止の原則の保障が及ぶにしても、その範囲は、戒告処分事由②の事実と基本的事実関係を同一にする範囲に限られ、免職処分事由①ないし④の各事実は範囲を異にし、二重処罰禁止の原則の保障は及ばない。

また、犯罪捜査の対象とされた事実につき捜査を一旦終了させた後、同一の被疑者に対する同一の事実につき再度捜査をやり直して起訴することが二重の危険の法理に抵触しないものとされているのと同様に、一度懲戒処分の調査対象となった事実について判断を留保した後、新たに民事裁判の事実認定が確定したことを受けて、再度懲戒処分の対象として強制力のない調査をすることが許容されない理由はなく、本件免職処分が二重の危険の法理に反することはない。

第3当裁判所の判断

1  事実誤認の有無

(1)  別件判決(甲45)は、本件免職処分の基礎となった原告のAに対する性的嫌がらせの有無が主要な争点となり、甲第33及び第37ないし第42号証(各枝番を含む。)を証拠として審理の上言い渡され、第1審において確定したものであるが、同判決によれば、免職処分事由①ないし④の各事実が認められ、本件における証拠調べの結果に照らしても、この認定は左右されない。

もっとも、別件判決は、同時に、原告とAが親しい交際関係にあった時期があることをも認定している。民事上の損害賠償責任の成否という観点から見た場合に、このことが原告の取った言動の違法性を阻却するものであるか否かは議論の余地があるとしても、原告の取った言動は、妻子のいる大学助教授が、自己の指導担当する女子学生に対して取った言動であり、非違行為との評価を受けるべきものであることは明らかである。

(2)  また、別件判決(甲45)によれば、Aは、平成6年6月下旬、Aを第1著者、原告を第2著者として、「ヒトのα1B-糖タンパク質との間に相同性を示すペプチドのマングースの抗出血因子からの単離」と題する論文を執筆し、学術誌「Toxicon」に投稿し、同誌の33巻1995年2月号に掲載されたこと、同論文の目的は、実験によって調べたマングースの抗出血因子の構造とヒトのα1B-糖タンパク質の構造を比較し、両者が類似していること(相同性)を明らかにすることであったこと、しかし、原告指導下で作成された同論文中の表1は、マングース抗出血因子から分離精製されたペプチド13種類のアミノ酸組成の実験データを内容とするものであるが、その作成方法は、注記された実験方法とは全く違った手法によるものであったこと、シーケンサー分析によって得られた配列から数えた結果を記載したとされる8種類のペプチドについて、正しく数えたとは考えられないほど随所に誤りがあることが認められる(ただし、このことが、Aに対する不法行為責任を発生させるものではないとされている。)

さらに、専門家の立場からみて、同論文中の表1が虚偽と言われても仕方のないものになっていたこと(甲41)、Aが、鹿児島大学大学院連合農学研究科に対し、学位論文の一部に原告の「捏造したデータ」(前記Toxicon33巻論文中の表1を指す。)が含まれていることを理由に、学位請求の申請保留を願い出たこと、その結果、同大学院研究科委員会では平成7年10月27日に疑義ある論文の審査は行わないことが決定されたこと(甲42)も認められる。

(3)  したがって、免職処分事由①ないし⑤について、事実誤認であるとの原告の主張はいずれも理由がない。

そして、裁判所が公務員に対する懲戒処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決民集31巻7号1101頁参照)ところ、上記事実を基になされた本件免職処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものであるとは認められない。

2  二重処罰の有無

(1)  憲法39条の二重処罰の禁止の原則は、直接は刑罰法規を対象とするものであるが、これと同視すべき行政上の不利益処分についても適用されるものと解され、一旦処分をした同一事実について再度懲戒処分に付することは許されないと思料される(このことは当事者間に争いがない。)。そこで、本件戒告処分と本件免職処分が同一事実についての懲戒処分といえるかが問題となる。

戒告処分事由①については、本件免職処分の理由には全く含まれておらず、同一事実についての処分といえないことは明らかである。

問題は、戒告処分理由②が、免職処分事由①ないし④と同一事実といえるか否かである。

(2)  本件戒告処分に至った経緯は、次のとおりである。

Aの提出した「被害届」と題する書面に基づいて調査を開始したD委員会において、原告は、Aと男女関係にあったことを認めた上で、これが性的嫌がらせではなく、合意の上に行われたものであると主張した。これに対し同委員会は、12人の証人を呼び、出来る限り多くの証言を得るように努めたが、Aの言い分に一部符合した証言は得られたものの、性的嫌がらせ行為を直接目撃したような明白な客観的証拠が認められなかったため、結局、性的嫌がらせの存否自体を判断するには至らなかった。しかし、たとえ事実関係が原告の主張どおりであるとしても、妻子のいる大学助教授が、自己の指導担当する学生に対して、結婚の申込みを行い、しかも、その実現に至らず、当該学生から性的嫌がらせを受けたと訴えられたという事実が認められる以上、大学人としての道義的責任を問うべきであるとの結論に達した(D証人)。

このような調査を経て、平成7年4月3日、D委員会は、調査結果を被告に報告したが、この報告書は、「合意の存否については、本委員会で確認できた事実や証言だけでは、どちらとも断定することはできない。本委員会で確認できた事実だけから推論によって判断を示すことは、事の重大性に鑑み、委員会としては差し控えたい。」とした上で、「たとえ、訴えられている事実が合意の上での行為であり、原告に刑事・民事上の責任は生じない場合でも、(中略)原告の行為は、大学人に期待されている、より高い行為規範の遵守という観点からは非難を免れない。原告の行為が、本学の名誉を著しく毀損したことも否定し得ない。大学が原告に対して、大学人としての倫理的・道徳的責任を問うことは、大学としての品位を維持していく上で当然のことである。」とした。そして、性的嫌がらせの存否の判断については、「本委員会は、Aの性的嫌がらせという主張に対しては明確な判断を示していない。しかし、それは決してAの主張を否定しているわけではない。その判断は最終的には司法の場でなされるべきであり、委員会としては、司法の結論を待つまでもなく、今回の事件について、大学が大学として採りうる措置を検討するに必要な事実の認定と判断を示したものにすぎない。」としている(乙2)。ただし、この報告書は原告には渡されていない。

報告を受けた琉大評議会において、被告から戒告処分の案が提出されて審査が行われ、被告は、懲戒処分の中で一番軽い戒告処分を行うことについて、個々の具体的な性的嫌がらせという事実についての原告の責任を問うているのではなく、倫理的、道義的な騒ぎを起こしたことに対する責任であると説明した。琉大評議会では、原告が自主的に辞職することを期待しているとの発言もなされ、結局、被告による「処分説明書」(甲4)及び「審査事由説明書」(乙6)の案が承認された(乙3、6ないし8、D証人)。

D委員会及び琉大評議会としては、上記のとおり、性的嫌がらせの存否の判断を留保したが、Aが原告の辞職を強く希望していたこともあって、原告が本件戒告処分を受けたことにより、自主的に辞職するものと想定していたため、後日、裁判等の手続により性的嫌がらせの事実が確定したときに、再度処分を行うか否かについてまでは議論を行わなかった(D証人)。したがって、被告からも、原告に対して、裁判等の手続により、今後、性的嫌がらせの事実が確定された場合に、これにつき再度処分がなされるか否かは伝えられていない(原告本人)。

(3)  原告は、本件戒告処分が、性的嫌がらせの事実の存否を判断しない前提で行われているということは認識していたが(甲43の2)、今後、裁判等により性的嫌がらせの事実が認定されても、被告による懲戒処分を再度受けることはないものと一方的に思い込み、この点を被告や琉大評議会等に確認することはなかった(原告本人)。

なお、大学関係者によるコメントとして、「大学の処分は既に出ている。」(甲48)、「大学当局は6月、教授職員会との学長懇談会の席上、一連の疑惑について一件落着との認識を示している。」(甲50)、「助教授に対し3年前に戒告処分を出しており、大学としての処分は終わった。」「新たな処分をするつもりもない」(甲51)旨の新聞記事が掲載されたことが認められるが、いずれも被告による正式な発表ではなく、また、発言者も明示されておらず(甲48を除く。)、その真偽のほども定かではないから、このような記事のみに基づいて、被告が本件戒告処分において、既に性的嫌がらせの事実に関しても懲戒処分を行ったものといえないことは明らかである。

(4)  以上の事実からみると、本件戒告処分においては、性的嫌がらせの事実の存否はさておき、原告の主張どおりの事実関係であるとしても、妻子ある大学助教授と指導下の学生との男女関係が原因で学生から訴えられるという騒ぎを引き起こした道義的責任を問うたものであるのに対し、本件免職処分においては、個々の性的嫌がらせの事実を認定した上で、原告が行った性的嫌がらせの行為に対する直接の責任を問うたものであり、二つの懲戒処分で問題とされた事実は異なるといえる。したがって、二重の処罰禁止の原則には反しないことが明白である。

この点、原告は、懲戒処分の対象となる事実は異なっても、同じ訴えに基づいて同じ性的嫌がらせの事実について調査が行われたのであるから、同じ事実について二重に懲戒処分の危険にさらされており、憲法39条に反すると主張する。

しかし、調査の結果、不利益処分が行われなかった事実行為に関して、後日、更に調査等を行うことまでも憲法39条が禁止したものと解することは困難であり、本件戒告処分における調査においても、性的嫌がらせの事実については、処分が留保されているにすぎないのであるから、当該留保された事実について後日に再調査を行うことが許されないものではなく、それに基づいて行われた処分が違法となるものでもない。

3  よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水節 裁判官 高松宏之 裁判官 瀬戸さやか)

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