大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

那覇地方裁判所 平成13年(わ)433号 判決 2002年10月25日

主文

被告人を懲役2年に処する。

未決勾留日数中260日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第1  被告人は、湧川朝大及び比嘉貞夫と共謀の上、平成13年2月8日、那覇市泉崎1丁目2番2号沖縄県農林水産部水産振興課において、同水産振興課職員に対し、上記湧川が船舶番号沖縄第1100号汽船「サブリナ」の所有者となった旨の内容虚偽の船籍票書換申請書等を提出し、よって、同月9日、前記水産振興課において、情を知らない職員上原賢正をして、前記水産振興課備え付けの船籍簿原本にその旨の記載をさせ、これを即時前記水産振興課に真正な船籍簿原本として備え付けさせて行使した。

第2  被告人は、那覇市首里石嶺町2丁目243番地1の13の家屋の所有名義人である湧川麗子の父であるが、那覇市の所有する沖縄県中頭郡西原町字池田我喜又453番の3の土地の一部である約66.71平方メートルを同家屋の庭として利用しようと企て、石嶺武則と共謀のうえ、平成13年7月下旬ころから同年8月中旬ころの間、同市に無断で同土地を重機で掘削して基礎を作り、その上にトンブロックを設置するなどして高さ約1.35メートルないし約4メートルの擁壁を建築したうえ、同家屋の敷地と同じ高さにまで擁壁の内部に盛り土をする工事をし、もって、同土地を侵奪した。

(証拠の標目)省略

(事実認定の補足説明)

1  弁護人は、公訴事実第1について、<1>船籍票は刑法157条1項にいう公正証書の原本に当たらない、また、<2>被告人は、本件当時すでに汽船サブリナ(以下「サブリナ」という。)の所有権を真実湧川朝大に譲渡しており、湧川名義への書換は虚偽ではない、<3>仮に、真実所有権が移転していなくとも、その旨誤信していたのであるから故意がないと主張し、公訴事実第2について、<1>被告人の娘である湧川麗子所有名義にかかる那覇市首里石嶺町2丁目243番地の13の家屋(以下「被告人方居宅」という。)の敷地と那覇市所有の西原町字池田我喜又453番の3の土地の一部(以下「本件土地」という。)との境界(以下「本件境界」という。)が不明確であり、被告人には境界を侵奪する故意はなかった、<2>仮に、境界を越えていることを知っていたとしても、自分で本件土地を使用する意思はなく、不法領得の意思がない、従って、被告人はいずれの事実についても無罪である旨主張し、被告人も当公判廷においてそれに沿う供述をしているので、以下若干の説明を加える。

2  公訴事実第1について、まず、弁護人は、船籍票が公正証書原本に該当しない旨述べるが、本件で問題となるのは船籍簿であって、この点弁護人の明らかな誤解と認められるので、以下船籍簿について論ずる。

まず、刑法157条1項にいう「権利義務に関する公正証書」とは、「公務員が職務上作成する文書であって、権利義務に関するある事実を証明する効力を有する文書」をいうものである(最高判昭和36年6月20日刑集15・6・984)とされるものであり、権利義務の得喪変更自体を証明するものに限られず、その原因事実を証明するもので足り、かつ、権利義務は、私法上のものに限られず、公法上の権利義務をも含むものと解されている。

さて、船籍簿は船舶法21条に基づく小型船舶の船籍及び総トン数の測度に関する政令(その後、平成13年11月30日制定の「小型船舶の登録等に関する法律の施行に伴う関係法令の整備に関する制令」により、題名を「小型漁船の総トン数の測度に関する制令」と改められた。)により、船舶ごとに備えることを要するとされるものであるが、ここには船籍票の記載事項並びにその他の法定事項の記載が必要とされている(同政令8条の2)。そして船籍票には、船舶の種類、船名、船籍港、所有者の氏名又は名称及び住所等の記載が定められている(同政令2条)。

ところで、船舶所有者は、船籍票の交付を受けなければ船舶を航行の用に供してはならず(同政令1条)、所有者の変更があったときも、船籍票の書換を申請した後でなければ、同様に当該船舶を航行の用に供してはならない(同政令4条)とされているうえ、これらの義務に違反したときの罰則が定められ(同政令11条)ているほか、真正な交付申請については、船籍票の交付を受ける権利が認められ(同政令2条)、滅失等の場合の再交付の権利も認められている(同政令7条)。そうすると、船籍簿は、船舶の所有権等の得喪変更を公示する私法上の機能を有するとは認められないものの、少なくとも前記の公法上の権利義務の帰属主体としての船舶の所有者を明らかにする機能を有していることが認められるのであり、したがって、船籍簿が権利義務に関する公正証書であることは疑いがないものというべきである。弁護人のこの点に関する主張は、単に独自の見解を述べるものであり、全く理由がないものといわざるを得ず、とうてい採用できない。

3  さて、関係証拠によれば、サブリナの前所有名義人である上原邦浩は、その前所有名義人である池原宏から貸金300万円の担保として平成11年4月9日その所有権(但し、その当時のサブリナの名称は「ウエルネスⅢ」である。)を取得したのであるが、その後、真実の所有者であるという仲程光男が現れ、その紹介により、平成12年7月ころ、代金800万円でこれを被告人が買い取ることとなり、代金として、うち450万円が仲程に支払われたほか、平成12年8月ころ100万円、同年9月ころ100万円、同年10月ころ150万円の計350万円が上原に支払われ、それと共に名義書換に必要な書類が上原から被告人に交付されたことが認められ、従ってそのころ、被告人がサブリナの所有権を取得したことが認められる。ところが、平成13年2月9日には、直接上原から湧川に、サブリナの船籍票の書換申請がなされ、その旨船籍簿に記載登録されていることも記録上明らかである。

そうすると、何らかの合理的説明がない限り、真実の所有者でない湧川の名義に虚偽の登録をしたことが推認されることとなるところ、この点について、被告人は本件当時すでにサブリナの所有権を湧川に贈与していた旨弁解し、証人比嘉の当公判廷における証言にも、「被告人から、サブリナを子にやって仕事をさせる、名義変更できるかと聞かれた。」などと、これに沿う趣旨の供述部分がある。しかしながら、同証人は、捜査段階においては、検察官に対し、概要次のとおり述べている。すなわち、被告人は、「サブリナの名義をどうしようか。」などと私に相談してきたので、私は、「仲程光男というヤクザが船を手に入れたが那覇港の停泊の許可が下りなかった。」ことを話したところ、被告人は、「分かっている。」といって、何かを考えているようだった。被告人から電話があり、「子供を名義人にすることにした。」と言われたことから、私は、被告人が堅気の自分の子供を名義人にすることでヤクザである自分名義にすることを避けるのだと分かった。那覇画廊で書類がそろい、湧川が来たときに、被告人は、「これ(湧川)の名義にしてくれ。」といったので、私は、「分かりました。」と答えた、というのである。このように、証人比嘉は、公判において突然被告人から湧川へのサブリナの贈与の話を持ち出しているのであるが、同証人は、公判廷において、突然捜査段階におけると異なる供述をした合理的理由を明確に説明していないところ、公判においては、暴力団幹部である被告人の面前での供述であることに鑑みると、被告人の主張を知った同証人が、被告人に迎合し、被告人の主張に合わせた虚偽の供述をする疑いが非常に強いといえるのであって、この点に関する同証人の公判供述はとうていこれを信用することができないものと言わざるをない。これに対し、同証人の捜査段階での検察官に対する前記供述は、サブリナの名義変更の経緯等に関し、全体として具体的かつ詳細であり、その内容に不自然、不合理な点も認められないうえ、住民票や印鑑登録証明書の受け渡しの状況等について、湧川の検察官に対する供述内容とも概ね一致しており、その信用性は十分にこれを肯定することができるものである。

もっとも、関係証拠によれば、たしかに、被告人が述べるとおり、被告人がサブリナを取得するに際し、ワインの卸売り業者との間でサブリナを使ってクルージング等の共同事業を計画していたこと、しかし、その後の同卸売り業者の資金繰りの悪化等から結局同計画が頓挫したこと、そこで、今度は湧川を主体としてクルージング等の事業を始める目論みを持っていたことなどの事実が認められる。しかし、そもそも、湧川が主体となってクルージング等の事業を行うとしても、そのこと自体は必ずしもサブリナの所有権の贈与を前提とするものでもないから、このことは贈与を認める十分な根拠とはならない。のみならず、被告人は、その贈与の日時・場所等を全く明らかにできないばかりか、贈与したという当の相手方の湧川本人が、自身の刑事被告事件の捜査及び公判を通して、本件被告人からサブリナの所有権を移転してもらえる話は一切聞いていないと明確に述べていること、加えて、本件では被告人から湧川へのサブリナの贈与税の申告もないことなどに照らせば、被告人と湧川の間のサブリナの贈与の事実は到底認めがたいといわざるを得ないところである。

なお、被告人は、サブリナの所有権を湧川に贈与することを湧川本人に明確に知らせなかった理由について、もしこれをはっきり知らせると、本人を甘やかすことになるからであるなどと弁解しているが、他方で、本人にやる気を起こさせ、責任を持たせるために湧川の名義にしてやったとも述べている。しかし、名義のみの取得がやる気を起こさせるとは考えられず、結局名義変更により贈与事実を知らせてやる気を起させる必要があるが、それでは甘やかさないために贈与事実を本人に知らせないということと明らかに矛盾するというべきであり、被告人のこの弁解もまったく理由がない。

以上により、すでに所有権が譲渡されていたとする弁護人の主張はとうてい採用できず、結局、被告人が、サブリナの所有権を取得したものの、被告人の所有名義ではバースの使用許可が下りないことから、あえて湧川名義に虚偽の登録をしたことが合理的疑いを超えて認定できるというべきである。

4  次に、被告人は、湧川本人との間に合意がなく、これに対する贈与が客観的に認められないとしても、贈与により所有権が移転していたものと誤信していたとも弁解し、弁護人も、被告人には故意がない旨主張している。しかし、そもそも被告人には、湧川に対しサブリナを贈与する意思が認められないこと前述のとおりであるから、所有権移転を誤信するということはあり得ないのであって、被告人のこの点に関する弁解にも理由がなく、弁護人の主張も採用できるものではない。

5  公訴事実第2について、関係証拠によれば、以下の事実が明らかである。すなわち、<1>被告人方居宅の擁壁が崩れかけていたため、平成13年7月ころ、擁壁の工事を始めたこと、<2>同工事は当初既存の擁壁があった場所に構築する予定であったが、そのころ、設計士である共犯者石嶺武則に対し、「庭をもっと外に広げられたら上等だろう。駐車場も広く作りたい。」、さらには、「できるだけ伸ばしてほしい。いずれは庭にしたい。」などと言って、被告人方居宅の敷地を越えて、まず、その北側南興首里火薬販売所使用の土地の一部、次いで那覇市所有の本件土地を取り囲む形で擁壁を構築する旨指示したこと、<3>石嶺は、前記指示に従い、結局前記南興首里火薬販売所使用の土地の一部及び那覇市所有の本件土地を囲むようにトンブロックを設置するなどして土留めをしたが、さらにそのころ被告人から、「土を盛ってくれ、いずれは庭にするから。後々は行政のことを頼むかもしれない。」などという指示があったことから、被告人方居宅の敷地と同じ高さまで本件土地の内部に土盛りをして、平成13年8月ころ本件擁壁工事を完成させたこと、以上の事実が認められる。

6  ところで、証人石嶺は、捜査段階における検察官に対する供述調書では、前記認定のとおり、那覇市所有の本件土地につきこれを庭として使用するために取り囲む形で擁壁工事及び内部の土盛りを被告人から指示された旨認める供述をしているのに対し、当公判廷においては、那覇市所有の本件土地については被告人の指示は受けておらず、土盛りも自分の判断でやったものであるなどと異なる供述をしている。しかしながら、その供述の変遷を説明する理由として述べるところは何ら説得的でないうえ、そもそも、施主である被告人の指示なくして、擁壁の位置や土盛りの内容を工事担当者が勝手に決められるはずはないのであり、同証人の公判供述は到底信用できるものではない。加えて、石嶺自身、暴力団幹部である被告人に不利な話をするのは法廷ではやはり怖いという気持ちがあると述べるように、被告人を恐れるあまり、公判廷においては、ことさら被告人に有利に虚偽の証言をした疑いが強いというべきである。これに対し、石嶺の検察官に対する供述調書では、本件工事に至るいきさつや、工事における被告人の指示等が具体的、詳細に述べられているうえ、その指示の様子は現に工事を担当した型枠大工の玉城恵の供述とも一致しており、何ら不自然、不合理なところは見当たらず、極めて信用性が高いと認められるものである。これによれば、被告人が石嶺と共謀して故意に本件土地を侵奪したものであることは明らかというべきである。

7  さて、弁護人は、当時被告人方居宅敷地と本件土地の境界が不明確であったため、被告人には境界を侵害する故意がなかったと主張している。しかし、他方で、弁護人は、平成14年8月30日付弁論要旨(Ⅱ)第3の6項で、「被告人らとしては、本件擁壁が那覇市の土地に侵入をして作られていることについては認識を有していた。」とも明確に述べているのであって、この点に関しては主張自体失当とも思われるが、念のため検討すると、被告人は、当時弁第2号証の図面(那覇市備付の併合図)に基づいて本件工事を行ったと供述するところ、同図面によれば、本件境界の位置は、甲第10号証実況見分調書添付の現場見取図3のの位置と一致することが明らかであり、弁第2号証に照らして現場に臨む限り、とうてい本件境界が不明確というには当たらないというべきである。この点、前述の極めて信用性の高いと認められる石嶺の検察官調書によれば、本件土地につき、被告人は、この工事を始める前に『那覇市の土地ではないかね。』と言っていたこと、工事現場において、隣人の持参した弁第2号証の書面と思われる図面を見て、本来の土地の境界を確認していることが認められるのであり、被告人が本件境界を認識し、これを侵害する意思を有していたことは疑いがないというべきである。

8  次に、弁護人は、被告人には、自分でその土地を使用する意思はなく、不法領得の意思がない旨主張する。しかしながら、本件擁壁の外側の本件土地に盛り土をして被告人方居宅の敷地と全く同じ高さにしたことは、本件土地を同敷地と地続きのものとして自己のために使用する目的を明らかに示すものであるというべきであるし、しかも、同敷地と同様に芝を張り、同じ景観を作出していることにも照らせばこれを庭として使用しようと意図していたことは明白というべきである。この点、弁護人は、擁壁を立てる以上その外側に盛り土をして擁壁を支えるのが当然であり、その盛り土は擁壁内側と同じ高さにするのが擁壁工事の常識である旨主張し、証人石嶺も、当公判廷においてはそれに沿う供述をしている。しかし、本件では同擁壁下段の部分にも土留めの工事がなされているが、同部分は他の擁壁に比べて相当低くなっているところ、石嶺自身検察官調書のなかでは擁壁の土留めの工事だけであればこれで十分である旨述べているのであって、擁壁内側と同じ高さまで土盛りをすることが擁壁工事の常識であるなどとはとうてい言えず、この点に関する弁護人の主張は採用できない。

なお、被告人は、もともと被告人方居宅敷地が自己所有ではなく、したがって本件土地のみを侵奪しても意味がなく、また、そもそも本件土地が傾斜地でそれ自体利用価値がなく、さらに、被告人方居宅敷地側からしか出入りができず、市の給水地のささえとしてしか使用できない二束三文の土地であって、高額の費用をかけて侵奪するはずがないなどと弁解する。しかし、自己の使用する宅地が自己所有でなくとも、これと接する本件土地を取得して、これを地続きの土地として利用できるときは、これを我がものとする意味がないなどとはとうてい言えないし、地続きとして被告人方居宅敷地からの出入りが可能である以上、他から見て二束三文であっても、被告人にとっては価値ある土地であることは明らかである。被告人の弁解には全く理由がない。

9  以上により、本件各公訴事実は優にこれを認定することができるものである。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為のうち、公正証書原本不実記載の点は刑法60条、157条1項、に、同行使の点は同法60条、158条1項、157条1項に、判示第2の所為は刑法60条、235条の2にそれぞれ該当するが、判示第1の公正証書原本不実記載と同行使との間には手段結果の関係があるので、同法54条1項後段、10条により1罪として犯情の重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断することとし、判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により重い犯示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中260日をその刑に算入することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、他2名と共謀して内容虚偽の船籍票書換申請書等を提出し、情を知らない県職員をして、船籍簿原本に虚偽の記載をさせ、さらに真正な船籍簿原本として備え付けさせて行使したほか、他1名と共謀して、自宅敷地に隣接する市の土地を取り囲んで擁壁を建設し、その内部に自宅敷地と同じ高さまで盛り土をしてこれを侵奪したという事案である。船籍簿の不実記載とその行使については、暴力団構成員では船の停泊許可が下りないことからこれを回避しようと所有名義を偽ったもので、動機において酌量の余地はなく、公正証書の社会的信用を害した点において犯情は悪質といえる。不動産侵奪行為も、自己の庭を広げようと、公の土地であることを知りながら、関係者を強引に説き伏せて堂々と工事を進めさせたもので、やはり動機に酌量の余地は全くないうえ、犯行態様も大胆であって、誠に悪質である。のみならず、被告人は、自己の行った各行為が違法であることを認識しようとせず、当公判廷において縷々不合理な弁解を述べるなど全く反省の態度を示しておらず、犯情は大変よくなく、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

したがって、すでに長期間勾留されているなどの事情を最大限考慮しても、主文掲記の刑は免れないところである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例