那覇地方裁判所 平成13年(ワ)174号 判決 2002年5月23日
主文
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、平成5年8月31日から前項の明渡済みまで1か月金7万円の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物につき、それぞれ平成5年5月13日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 請求原因
(1) 原告と被告は、平成3年5月13日、売主を被告、買主を原告として、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地建物」という。)について、代金額2000万、所有権移転登記手続の時期を平成5年6月30日、引渡日を平成5年8月30日とする売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。
(2) 原被告は、本件売買契約締結の際、本件土地建物の代金の支払は、①原告の被告に対する昭和63年2月4日付けの400万円の貸金債権、②原告の母であるAの被告に対する昭和62年7月10日付けで200万円、同月21日付けで200万円及び昭和63年1月8日付けで500万円の各貸金債権、③Aが被告に対して有するBへの立替金債権200万円、④Aが被告に対して有する昭和63年2月4日付けで100万円、同年6月28日付けで200万円及び平成2年4月13日付けで200万円の各化粧品売掛金債権、合計2000万円と相殺する方法によることを合意し、相殺の意思表示をし、売買代金の精算は終了した。
(3) 本件土地建物の相当賃料額は、1か月7万円である。
(4) よって、原告は、被告に対し、売買契約に基づき、本件土地建物の明渡し及び平成3年5月13日売買を原因とする所有権移転登記手続並びに約定の引渡日の翌日である平成5年8月31日から上記明渡済みまで相当賃料額である1か月7万円の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(1) 請求原因事実は、すべて否認する。
(2) 被告が原告と本件売買契約を締結した事実はない。本件売買契約締結の際作成されたとされる売買契約証書(甲3、以下「本件契約書」という。)等は、偽造されたものである。まして、被告が売買代金に関する相殺の意思表示をしたことはないし、そもそも、被告は、原告及びAのいずれに対しても債務を一切負っていない。また、原告主張の貸金債権等も存在しない。
第3当裁判所の判断
1 本件売買契約の成否
(1) 本件契約書(甲3)は、本件売買契約締結の際の作成とされるものであるが、その原本を検分すると、市販の契約証書(乙1)の文書名及び契約条項が印刷された部分を切り抜いて別の用紙にコピーしたものに、原告が主張する契約内容がボールペンで書き込まれた上、末尾に「平成三年五月十三日 土地と家の金額として五百万円也領収 浦添市字abーc 被告」とボールペンで記載され、指印が押捺されていることが認められる。また、本件領収証は、「不動産売買の代金として浦添市ab-c土地と家屋の代金として」と記載された原告宛の同年9月8日付けの2000万円の領収書(甲4、以下「本件領収証」という。)であり、「被告」と署名された上、認印及び指印が押捺されている。
被告は、本件契約書末尾の被告の住所及び氏名の記載並びに捺印、本件領収証の被告の氏名の記載及び捺印について、いずれも被告の自署及び指印であることを認めているから、それらの文書はいずれも真正に成立したものと推定される。
(2) 本件契約書及び本件領収証について、被告は、従前から金員を貸し付けていた原告の求めに応じて、内容が記載されていない領収書やその他の鉛筆書きで書かれた用紙ないし白紙に住所・氏名を記入して交付したことがあり、これらの書面を利用して、原告又はその関係者によって偽造されたものであると供述する。
しかし、被告は、原告の言うままに白紙に署名したことがあるかもしれないと供述しながら、その署名が行われた年月日や、その署名の際の具体的事情等を覚えがないとして全く供述することができない。また、被告は、長年教職についており、昭和45年ころ那覇市de町にマンションを購入し、昭和55年に本件土地を購入し、昭和56年に同土地上に本件建物を新築し、昭和61年ころ、e町のマンションを売却して、同市fのマンションを購入しており、これらのマンションは不動産会社を通して賃貸している。したがって、被告は、不動産に関する契約書を作成し署名捺印した経験が豊富であり、これらの不動産に関する契約書の重要性を十分に認識していたものと自認している(被告本人)。このような経験及び認識を有する被告が、原告に頼まれただけで、必要性もないまま理由を尋ねることもなく白紙や金額欄白地の領収証に署名押印するという軽率な行為をしたというのはいかにも不自然である。
また、本件契約書は、前記のとおり、契約条項がコピーされた用紙にボールペンによる直筆で被告の署名がなされており、しかも、コピーされている契約条項と被告の住所・氏名の部分の位置関係が適度に離間している。このような文書の体裁からすると、本件契約書は、契約条項等が予めコピーされた後に、被告の住所・氏名等がボールペンで記入されたと考えるのが自然であり、被告主張のように被告の住所・氏名だけがボールペンで記入された白紙等を利用して作成されたとはおよそ考え難い。
しかも、筆跡鑑定の結果(甲11)によれば、本件契約書(甲11中の乙第15号証〔鑑定資料11〕)中の被告の住所・氏名以外の直筆部分についても、数字やひらがな文字等が、配字形態、筆勢、筆圧、筆順、字画(運筆)形態等に多くの共通同特徴が認められるとされているのであり、これからすれば、本件契約書中の直筆文字は全て被告の筆跡であると認めるのが相当である。
以上に加え、被告は当初、本件契約書について、少なくとも3枚の用紙(そのうち1枚は被告の署名が記載された用紙)を糊付けして繋ぎ合わせて作成されたものであると主張していたが、第2回弁論準備手続期日において、同契約書に糊付けされた痕跡がなく、1枚の紙で作成されたものであることが判明するや、第3回弁論準備手続期日において、3枚を糊付けして作成したのではないが、他目的で被告が署名した用紙を利用して作られたものである旨主張を変更したという訴訟経緯を併せ考慮すると、他の用途で被告が住所・氏名を記入した書面が利用されたとする被告の前記供述は、到底信用することができない。
(3) 被告は、本件売買契約の締結日とされている平成3年5月13日、被告は東京で日本語教員研修を受講しており、沖縄で本件売買契約書を作成して原告に渡すことは不可能であって、本件契約書は被告が作成したものではないと主張する。
確かに、乙第37号証によれば、被告が、同月9日から同月30日まで行われた日本語教育法研修会を受講し、所定の課程を履修したことが認められるが、上記期間を通じて被告が東京に常駐していたことの立証はなされておらず、また、被告作成の講義受講ノートの日付け(乙35、36)のみから、被告が同月13日に東京にいたことを認定することはできない。
(4) 被告は、その他本件契約書について、①既成の契約書をコピーして作成されたと推測されること、②被告の印が三文判であること、③指印が照合不可能な形で押されていること、④代金の支払方法等が契約書上では不明確であること、⑤所有権移転時期及び引渡時期が売買契約締結日より2年余り後であること等が不自然であると主張する。しかし、①ないし④については、本件売買契約自体が素人の当事者同士で行われたものであり、その際に作成された契約書が、不動産業者等が介在する場合のような体裁を整えていないとしても不自然ということはできないし、むしろ、本件契約書は、不動産売買契約書としての重要事項は記載されているものと認められる。また、⑤については、本件売買契約当時、被告は東京に在住していて沖縄県に住所がなく、本件土地建物を延正行に賃貸していたことから(当事者間に争いがない。)、原告と被告との間で、所有権移転登記の手続及び賃借人との交渉等が円滑に進むように、被告が確実に沖縄県に戻る予定であった平成5年6月及び8月に所有権移転時期及び引渡時期を定めたとしても不自然ということはできない。
(5) 上記のとおり、本件契約書及び本件領収証は、被告本人の署名捺印がなされたものであり、白紙に署名捺印したとの被告の主張が認められない以上、いずれも真正に成立したものと認められ、被告が縷々主張する貸金や化粧品売掛代金等に関する間接的な事情は、上記認定を左右するに足りないものといえる。
そして、被告とAとの間で、昭和61年末ころから昭和62年初めにかけて、本件土地建物の売買についての話があり、被告が、Aを購入の検討のために本件土地建物に案内したことがあること(被告本人)、被告が、平成3年5月13日、Aの経営する化粧品店に来店し、持参した本件契約書に署名したが、原告からの申し入れにより茶道具一式を売買の対象から除外して代金額を3000万円から2000万円に減額訂正したこと、被告が、本件領収証を原告に渡した平成3年9月8日に、本件契約書の上記訂正箇所に訂正印を押したこと(原告本人)などからすれば、平成3年5月13日、原被告間で本件売買契約が締結されたものと認められる。
したがって、主文第1項及び3項に係る請求は理由がある。
2 代金の支払
(1) 原告は、被告に対して、昭和63年2月4日、400万円を貸しており、同額の貸金債権を有していた(甲5の1、甲6、原告本人)。Aは、被告に対して、昭和62年7月10日に200万円、同月21日に200万円、昭和63年1月8日に500万円を貸しており、合計900万円の貸金債権を有していた(甲5の2ないし4、甲6、原告本人)。また、被告が昭和63年5月6日にBからAに無断でA名義で借りた200万円を、Aが被告に代わってBに立替払したため、Aが被告に200万円の求償債権を有していた(甲5の5、甲6、原告本人)。さらに、Aは、被告に化粧品の代金として、昭和63年2月4日に100万円、同年6月28日に200万円、平成2年4月13日に200万円と、合計500万円の売掛金債権を有していた(甲6、甲9の1及び2、原告本人)。
したがって、原告は被告に対して貸金債権400万円、Aは被告に対して債権合計1600万円を有していたのであり、前記のとおり、真正に成立したものと認められる本件契約書及び本件領収証によれば、平成3年5月13日の本件売買契約締結日に、本件土地建物の代金2000万円と、原告とAが被告に対して有していた債権合計2000万円を相殺し、平成3年9月8日にその旨の領収書を発行して上記相殺を明確にしたものであって、本件土地建物の売買代金は支払済みであると認められる。
(2) 被告は、上記各債権の存在を否認するが、借用証である甲第5号証の1ないし4の被告の署名部分は、被告による自署と認められるから(甲11、弁論の全趣旨)、真正に成立したものと認められ、売掛帳簿である甲第9号証の1及び2は、原告が被告に対して販売した化粧品の品名、数量、代金額、支払金額、差引残高等を機械的に記入したものであり、信用し得るものと認められる。
また、借用者が原告、その代理人が被告と記載されBに宛てた借用証である甲第5号証の5についても、被告の署名部分は被告による自署と認められる(甲11)から、真正に成立したものと認められるところ、本来、Bが所持しているはずの借用証を原告が所持している事実からすると、AがBに立替払をして返還を受けたものと認められる。Aの立替払の事実を否認するBは、陳述書でこの借用証の存在を否定するが(乙19)、現に存在する借用証(甲5の5)を説明できず、同人の陳述書は信用できない。
(3) 以上によれば、本件土地建物の売買代金は支払済みであると認められるところ、被告とCとの間の本件建物についての賃貸借契約書(甲7)によれば、その賃料は月額7万円と認められるから、本件土地建物の相当賃料額は、少なくとも月額7万円であると認められる。
したがって、約定引渡日以降の賃料相当損害金の支払を求める主文第2項に係る請求は理由がある。
3 以上によれば、原告の請求は全て理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 清水節 裁判官 高松宏之)
裁判官瀬戸さやかは転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 清水節
別紙物件目録
1.土地
所在 浦添市ac丁目
地番 b番c
地目 宅地
地積 150.94平方メートル
2.建物
所在 浦添市ac丁目b番地のc
家屋番号 b番c
種類 居宅
構造 鉄筋コンクリートブロック造陸屋根平家建
床面積 85.88平方メートル